六話目にしてやっと出す夕立以外の艦娘。
お艦日記から再びメイン格として続投のあの子です。
………微妙に怪しいけれども。
見送られる必要も感じなかった春也達は、面倒なことを言われ始める前に早朝村を発った。
大して寝ていない春也達だが、提督や艦娘の身であればそこそこ無理も利くらしい。
というより、海の上を長い間航海することも想定されているであろう艦娘とそれに準ずる提督が一日や二日寝ないくらいでどうこうなるようでは問題があり過ぎるのだが。
毎夜毎夜深海棲艦のうろつく海の上で、隠れる場所なんてどこにもないのに爆睡するのか?という話になってしまう。
二十四時間の時報任務もやろうと思えばできるらしく、夕立も旅の間春也に何度か時間の区切りを教えてくれた。
彼女達に生理的な機能ではなく文字通りの内蔵時計があっても不思議ではないのだが、実際のところは不明である。
どの道、今重要なのはそんな些細な疑問ではない。
「マルキューサンナナ、提督さん、街に着いたっぽい!!」
「ここが……」
おそらく百キロあるかないかの旅路。
しかし荷車を引きながら碌に整備されていない曲がりくねった悪路を往き、且つ深海棲艦に警戒し時に戦いながらとなると、春也の世界では電車で二、三時間の距離もここまで掛かるものだった。
もし提督ではなくて唯人であったならと考えると、その行程は倍どころか自殺行為となるだけに、感慨深いものを感じながら春也は人の生活が深く感じられる街並みを観察する。
今春也のいる外側に備えるように間隔をおいて警備の詰め所が置かれ、その内側に守られて家や商店が建てられている。
春也にとって親しんだ………とは言えないものの、日本らしいと言える木造や土壁の家々は手間を掛けて設計・管理されているのが分かる整然さを見せていて、確かに“町”ではなく“街”なのだと思える場所であった。
「まだ人間は社会的動物か……あーよかった」
艦娘の材料を大金で買い取る場所(ここ)があり、即ちそれを加工した艦娘(せいひん)を更に高値で鎮守府とやらに売って儲けているということだろう。
ならば経済の流れとそれを保証する法秩序があるということであり、一応はないと思っていたが、この世界の人類が「あたぁ」で「あべし」な世紀末状態までに退行していないらしいことを自分の目で確認してほっとする。
「じゃ、入るか。特に出入りに制限とかは無いんだよな?」
「ぽい。ただ夕立は目立つから……えいっ」
外套をその淡い色の長髪を隠す様にすっぽりと被り、付いていたフードを下ろして顔も殆ど見えないように俯く夕立。
そうして春也の手を取ると、先導してとばかりに一歩後ろの位置にぴったりとくっついた。
「提督さん、つれてって?」
「………」
春也からしか見えない夕立の笑顔に重なる、散歩をねだる飼い犬の幻視は、気の迷いだ。
なんて振り払う彼の服装の方は、誰のものとも知らないが麻の旅装で固めている。
現代からの服装を続けて着る訳にも、ましてろくに洗濯も出来ないのに派手に汚すのも嫌で、早々に着替えて荷物の底にしまっておいた。
深海棲艦の資源で“補給”すればセーラー服も綺麗な状態になる夕立だが、流石に提督にその機能がつくことまではないらしい。
なので春也はこの世界流の服装をしているのだが、隣の夕立も目立たない格好をさせれば、人種の違いもない春也に特別なものをひと目で感じることもないだろうかとふと思った。
そんなこんなで街に入った春也達。
旅人風で見るからに不審者という訳ではない二人が、入口で詰め所から人が出てきて呼び止められるということもなく―――まあ人間と戦争なんてしていないというかそんな余裕がないので当たり前と言えば当たり前だが―――あっさり街に入ることができた。
さしあたってするべきは苦労してここまで荷車で引いてきた資源の換金なのだが、初めて来る春也もこの街のことは地図が頭に入っていただけの夕立も換金場所が分からない。
だが、ぽつぽつと姿の見える通行人に訊くまでもなくあたりを付けることはできた。
この世界の人類唯一の戦力である艦娘の供給元であるからにはさぞ財力も権力も大きいだろう、“神社みたいな施設”が放射状に発展した街の中心、入口からずっと真っ直ぐ進んだ位置にひときわ大きくその装飾付きの瓦屋根を覗かせている。
なのでそちらに向かって歩くことにした。
現代っ子の例に漏れず寺と神社の違いも鳥居の有無以外分からない春也であったが、暫く通りを進むと靖国ほどではないが人が何人も同時にくぐれる巨大な鳥居があったのでやはり神社なのだろう。
「ところで、なんて名前の神社なんだ?」
「えーと……あ、あの上、書いてるっぽい」
「本当だ。なになに………?」
ふと湧いた疑問をぶつけると、ど忘れしたのか視線を彷徨わせた夕立が空を指差した。
視線を上げると鳥居の上部、年月が経って掠れていたが夕立の言う通り神社の号が草書体で確かに記されている。
一旦立ち止って目をこらし、読み取る春也。
さぞご利益のありそうな名前をしているのだろうか?
“角川神社”
「ぶっっ―――!!!!??………げほっ、げほっ」
「て、提督さんっ!?だいじょうぶー!?」
吹いた。
噎せた。
夕立が背中をさすってくれた。
なんだか作為的なものを感じた春也だが。
本屋と同じ名前の神社、その理由を考えても分かる訳が無い。
艦娘を作るという意味では最高の御利益がある名前なのかもしれないが。
まあ元の春也のいた日本でも探せばそんな名前の神社くらいどこかにあるだろう。
なのでそれはさておき、建物全体の見える程度に近づくと、丁度春也の他にも一人資源を売ろうとしているらしい男がいたので、それについていくことにした。
ナップサックくらいの大きさの籠にブツを一抱えした、ひょろっとした男だった。
敷地の右手へと慣れた様子で進んで行き、その先の独立した建物に入る。
続いた春也が内装を見回すと、祭事には大して関係の無さそうな雰囲気の空間だった。
人も物も必要最低限しか置いておらず、その最低限はと言えばいかにも荒事に慣れていそうな筋骨隆々の男が受付にだるそうに突っ立っているのみ。
「…………」
「…………」
友好のゆの字も無い無言で、男二人は資源と金のやり取りをする。
受付の男が慣れた手つきで受け取った資源を秤に掛けて正確な量を割り出し、帳簿に殴り書いてから、一度奥に引っ込む。
しばらくして今度は別の男と一緒に出てきて、その人が包んだ銭束を確認してから受け取ると、ひょろ長の男は足早に立ち去った。
それを見送ることも無く、受付の男は春也達にやる気の無い視線を向ける。
「で?あんたらもか?」
「………あ、はい。よろしくお願いします」
つい丁寧語で答えてしまう春也。
そんな彼と、隣の外套で身を隠した夕立を男は何故か苦々しげな目で睨んだ後、連れと一緒に荷車の中身を漁り―――もとい査定し始めるのだった。
別に、こんな量をどうやって取ってきたとか聞かれることもなく。
先ほどの男と違って数十分は待たされたが、それだけの量の金額を渡されて、そのまま換金所を立ち去った二人。
暫く適当に通りを進んだ後、開けて通行の邪魔にならない場所で立ち止まって夕立と話し合う。
「とりあえず無事当座の目的は達しました、と」
「大きかったっぽい~」
「ん?………ああ、換金所の受付のおっさんか」
間近で顔を突き合わせると、春也とは30センチ程度の身長の開きがあった。
もし夕立と並んで立たせれば、それはもう遠近狂っているのかと思うくらい凄い身長差になるだろう。
「そりゃ、大金扱う場所だしな。ごねる客もいるだろうし、強盗に押し入られて言われるがままに、なんてなっちゃ大変だ」
そうならないように人員を配置しているのだろう、後で奥から出てきた方の男も、いかにも格闘技をやっていますと言う感じの機敏で安定した所作だった。
なんとなく一度テレビで見た新宿歌舞伎町一丁目の交番のお巡りさん達の体型を―――彼らも全員アメフトかラグビー経験者にしか見えないごつさだったのを思い出す。
求められるのは似たような事情からの身体能力で、事務処理能力や接遇はある程度二の次なのかもしれない。
「しかし、大金とは言うけど――それだけに、重いなー」
荷車に資源と入れ替わりに積まれた資金を見やった。
裸で現金を運ぶのは怖いので今は布を被せて他の荷物と一緒に寄せているが、春也の頭よりまだ大きな“硬貨”の山がそこに置かれている。
一枚だけ抜き取った硬貨をなんとはなしに親指で上に弾き、落ちて来たのを両手を交差させながら片手でキャッチし握り締める。
「さて夕立さん問題です。硬貨はどっちの手の中にあるでしょう?」
「こっちっぽい!!」
「正解!よくできました」
「ぽい~っ」
弾丸の動きを見ることの出来る艦娘にはそれこそ戯れにしかならない遊びをし、じゃれつく夕立の頭をフード越しに撫でながら考えを進める春也。
(紙幣は燃えやすいし、信用保証が微妙だからこの世界で流通しないのは仕方ないとはいえ、硬貨しかないっていうのはさすがに嵩張るよなあ。
―――保管どうしよう)
例えば一万円札は安定した経済を統制する組織である日本政府と日本銀行が一万円分の価値があると保証しているからありがたがられているだけで、それが無ければ少し絵の凝った紙切れでしかない。
そこまで安定した経済を統制する組織とやらを単体で期待できる所は無いらしいこの世界では、金属それ自体が価値になる硬貨しか“お金”としか認められないようだ。
まして紙なので嵩張らないという紙幣の図抜けた利点は、逆に逸失しやすいという欠点ともなる。
深海棲艦のせいで村まるごと一つ燃えるのがざらにあるのに、その度に流通している現金がなくなっていったら物価がどんどん悲惨なことになる。
硬貨なら、焼け残ったのをいつか誰かが回収することもあるだろう。
………なんていう、脱線しまくった考察をしているのは、結局は自分達で気を付けて持ち歩くしかないという結論が出ているからだった。
都合よく信用のおける銀行が利用出来るなど、安心して財産を預けられる相手なんて暫くは見つけられないだろう。
それこそ、懐の内で頭を撫でられて上機嫌に笑っている夕立以外、誰もいないかもしれない。
「………ありがとう、夕立」
「?急になんのこと?」
「いや、感謝を込めて、これからもっともっと夕立のこと大事にしようと思って」
「ほんとっ!?よく分からないけど、嬉しいっぽい~!!」
知らぬ世界に投げ出されても、夕立がいるから一人じゃない。
春也にとってそれだけは確かな真実だった。
それを再確認していた、そんな時。
「――――なあ、ちょっといいか?」
「あ、明らかによくないと思うのですが……っ。
これどう考えてもお邪魔虫だと思うのです、司令官」
「………っ!!」
春也と同年代の、垂れ眼気味のどうにもお調子者みたいな顔をした少年に掛けられた声より、それを窘めるようなその連れの特徴的な声音と口癖に反応してしまった。
幼い少女で夕立同様大きな外套で身を隠しているが、『艦隊これくしょん』の代表的なヒロインの一人であるその“艦娘”のことが春也に分からない訳がない。
「なあ、あんた提督と艦娘だよな?」
「なんで、そう思うんだ?」
「…………」
となると、十中八九この少年が“彼女”の提督(あるじ)ということになるのだろう。
初めて出会う自分以外の提督に、緊張と警戒で掌を軽く握りしめながら応対する春也と、それに準じて僅かに気配を鋭くして動きを止める夕立。
「へっ、さっきあんたが荷車で深海棲艦の資源売りに行ったところ見てたんだよ。
戦場跡まで資源漁りしに行ってる商売の奴らは、深海棲艦に見つからない内にとにかく早く帰る為に、せいぜい抱えられる量しか一度に持ち運ばないからな」
――――身軽さが要求される中で移動に手間の掛かる荷車に山積みなんてもっての他、なのにそれを選択するということは、深海棲艦に襲われてもある程度問題ない存在………つまり提督だということ。
「あ………」
言われてみれば春也の前に換金した男も、いかにも身軽そうな出で立ちと体型であったし。
受付の男のきつい視線の意味も、こちらが提督だと察したせいか。
心当たりが繋がって意味の無い声がつい漏れてしまう春也に、自慢げに推理を披露した少年。
そしてその連れが、悲しそうに続けた。
「司令官……。それ、さっき“電(いなづま)”が教えたのそっくりそのままなのです」
「な、何のことかなあ!?」
「「…………」」
とりあえず警戒する必要はないのかもしれない。
疑念はあるものの、仮に今すぐ殴りかかられても反応できる用意までは解いて一旦落ち着けた。
ただ、少し気になることが一つだけある。
春也の学校にもいたが、基本おどおどした人間というのは自分の言葉に自信がないので、実際に喋っている間さえその内容を反芻して更正し続けている為、そのせいでしっかり文章が繋がらないことが殆どだ。
『電』であるらしいその少女もゲームの通りなら基本的に内気で気弱で心優しい性格らしいので一見そのままなのだが、受け答えがややしっかりしているのが少し違和感だった。
もちろん、その違和感とはただなんとなくの話だ。
「とりあえず、俺達が提督と艦娘だったとして………あんた達はなんなんだ?」
「よく聞いてくれたな!ふっ、俺は紀伊航輔(きいこうすけ)。
将来の大提督様だぜ、覚えておくんだな!!」
だから、ただなんとなく訊いてみた。
「駆逐艦、電なのです。………もう、大提督って一体なんなのですか。
さっきからごめんなさい、司令官ってば本当に失礼なことを」
「―――で、本音は?」
「まともに挨拶もできないダメダメな電の司令官がもうたまらなくキュンキュンして涎が止まらないのです、うへへ――――――――――――はぅっ!!?」
「「……………」」
いとも簡単に口を滑らせる電に、夕立と二人生ぬるい視線をついつい向けてしまう。
最早警戒なんて吹き飛んでしまった春也の頭には、電の姉妹艦のことが過っていた。
(あ、この子“ダメ提督製造艦(いかずち)”の妹だ)
そんな、この世界で夕立以外の艦娘と、ついでに他の提督との初めての出会いだった。
「だめんずうぉーかー?…………何それ?」