提督というものにパーソナリティーが一切設定されてない、原作主人公なんて存在しないと言っていい艦これという作品の二次創作。
それでもオリ主タグは要るんだってさ。
オリ主、オリ主ってなんだ………?
――――躊躇わないことかっ!?
話を聞いた方向に向かうと、月明かりの下に三体の醜悪な怪物のシルエットが見えた。
この世界に来てめっきり冴えた夜目を凝らすと、二体は今まで見た様な二本の後ろ足で腹を引き摺りながら駆ける獣もどきのようなシルエット。
そして、その二体を従えるように、大きさと瘉合した兵器を無視すれば獣と言ってもいいかも知れない個体がいた。
前足も生えて、四脚で地を踏みしめる。
尾も伸びてさながら蘇った恐竜といったところだろうか。
夜暗い場所で見ているから受ける印象であって、昼明るい場所で見れば、もっとおぞましくて気色悪さを覚えるのだろうが。
何せ観察していると次第にオオサンショウウオが蜥蜴やヤモリの速さで動作しているイメージが連想されるのだ、この時点でろくでもない。
そんな動きで、村の方へガサガサ―――重量的にもっと濁点が増える感じだが―――少し駆けては止まり、太い首を右に左に回す。
合わせて揺れる、闇夜に光る眼。
それが、ぼやけた尾を引きながら不吉な輝きを振りまいていた。
(巡洋艦級が駆逐級を従えてる。あれがこの辺の頭っぽい)
こちらは向こうを見つけたが、向こうはこちらの存在をまだ知らない。
隠れる場所には困らない森の中で、化け物三体を慎重に尾行しながら小声で夕立は春也に告げた。
…………それを聞いてこいつら駆逐イ級とか重巡リ級とかかけ離れた見た目じゃないかと春也の脳内でゲーム画面が再生されたが、“深海”棲艦と陸上で戦闘している時点で今更である。
分類についてはどうも強さで階級を大雑把に分けているだけで、そこから更に細かく分類するような余裕も熱意も人類には無いらしい。
ただ、問題は―――その強さに関して、数で劣るこちらの戦力である夕立が“駆逐”艦であることだった。
当の夕立は何の気負いもなく、落ち着いた様子で敵を眺めている。
(やれるか?)
(提督さんの夕立ですもの。余裕っぽい)
(何秒?)
(取り巻き八秒、頭二十秒)
(じゃあちょっと八秒ほど殴りあってくる)
省略の多すぎるやり取り、しかし問題はない、そう納得した春也。
そのまま、矢のように飛び出した。
木々を縫い、体勢を低くして彼もまた獣の様に駆け、土を巻き上げる。
さほどの時を待たずして、間合いは手を伸ばせば触れられる、そんな至近距離。
そのまま、矢のように突き刺されと。
一切の躊躇も減速も様子見もなし、巡洋艦級の不必要に大きな頭を、膝で高く高く蹴り上げた。
「とべぇぇぇっっ!!」
『RRhaaaaa!!?』
通常の動物であれば間違いなく首の骨が折れただろう、前足が釣られて浮く程の速さで跳ね上げられる巡洋艦級の頭。 そして前半身が浮いた事で丁度いい位置に来たその腹部に、春也は渾身の力でブローを打ち込む。
苦悶にのたうつ相手の叫喚が夜の森にこだました。
このまま間断なく追撃を重ねれば、春也一人で駆逐級達を従える一つ上の個体を仕止めることも出来たかもしれない。
だが、相手は一匹ではなく仲間がいる………それを承知していた春也は、これ以上の攻撃を放棄しがら空きになった巡洋艦級の脇を駆け抜けた。
同時に、鳴り響く爆音と焔光。
夕立が駆逐級二匹に腕に装着した連装砲を交互に撃ち込んだ印だった。
『Kyaaaaaaaaaaa!?』
「おーにさんこちら、てーのなーるほうへっ」
『『kyAA!!!!』』
『GYaaaU!』
「、っと!!」
痛撃を受けたことで激昂し、春也に仕返そうと躍起になる巡洋艦級。
その図体が邪魔してその向こうへ抜けてしまった春也に砲撃が食らわせられないこともあり、夕立に狙いを定める駆逐級二体。
結果として、怪物達にとってお互いが数歩の距離にいるにも関わらず敵の分断が成立する。
それの意味するところは。
「ゴチャマンの鉄則は雑魚から潰す――――マンガに書いてた、ってな!」
背後にいる春也を薙ぎ払うべく振られた尾をスウェーからのバック転でかわし、半回転して真正面を向いた巡洋艦級の前足が降り下ろされたのを左に回り込むように避けてついでに裏拳でその脇をはたく。
さほどダメージにはならないのは承知の上、巨体がそのまま横っ飛びして春也を押し潰そうとする前に三メーター以上を軽くバックステップで跳ねた。
まるで慣れた動きで、体高だけでも自らの二倍はある相手を翻弄している春也だったが、実際は提督(超越者)となって跳ね上がった身体能力とゲームやバトルマンガを参考にそれっぽい動きをしているだけで。
「それで―――充分だろ?」
「ぽいっ!」
時間を稼ぐだけで、構わなかった。
ゲーム通りの性能ならその火力は駆逐艦を遥かに凌駕する夕立が、視界の悪く痛打を与えやすい闇の中の戦いで、取り巻き達を片付けるのを。
しかも迂闊に彼女を攻撃すれば、その威力は倍になって跳ね返ってくる。
知能の大して高くない駆逐級達は有効な対策を取ろうとすることすらなく、半ば自滅する様に屠られていった。
それを“目を向けることなく”確認した春也は、サッカーの要領で足捌きでフェイントを掛けながら、更に左に回り込む。
焦れた巡洋艦級―――その前足が、唐突に吹き飛んだ。
そして擬装の下の黒光りする駆逐級のそれより大口径の砲頭、その二つが冗談の様に春也に狙いを定め深いその銃口を見せていた。
「危な――――」
つい先程まで左足だった方が火を吹いて、その穴から砲丸が放たれる。
咄嗟に高く飛び上がった春也の足下を抜けて外れたが、空中の彼に続く右の砲撃を避ける術はない。
殺った、と確信したのだろうか、何となく巡洋艦級の裂けた唇がにやりと歪んだ様に見えた。
それに対して春也が返したのは呆れた苦笑。
「―――いのは、お前だ」
『RRRrhhha!??』
避ける術はない―――避ける必要もない。
春也の足下を、今度は“倍の速度”で逆方向に通り過ぎた砲丸が、巡洋艦級の左足を穿ち貫き、その胴体まで抉った。
大きくバランスを崩し、そしてそれすら分からないほどにパニックになる怪物、その頭上に悠々と着地した春也が。
「あばよ」
その頭蓋を―――骨格があるのかは不明だが、とりあえず踏み砕いた。
「提督さんっ!」
沈黙する深海棲艦………それを確認した春也は、丁度真後ろにいた夕立に振り返る。
笑顔でとてとてと走り寄ってくる彼女に歩みより、ぱんっ、と乾いた音を鳴らしてハイタッチ。
「提督さんと夕立の連携、ばっちりっぽい~っ!えへへ」
「合わせてくれてありがとな。やっぱ凄いな夕立!」
「あ、提督さんに褒められた!」
やったやった、とはしゃぐ夕立に、両手の指を絡ませながら付き合う春也。
夕立が春也をブラインドにしてその背後にいて、巡洋艦級の砲撃を倍加反射したのは、勿論狙ってのこと。
提督と艦娘―――互いの魂を繋いだ同士、意思の方向や危険の認識などといったある種の第六感は共有している。
それを利用したコンビネーションを、あの程度の短いやり取りで可能にしていたのがその一例。
今まで春也が冷静に敵に向かっていけたのも、戦場を知らない素人でも戦いが出来ていたのも、半分はこれで夕立の認識から自分の力量や可能な戦い方をある意味客観的に推し測れていたからである。
提督は艦娘と同等の力を得る………何も身体能力に限った話ではないのだった。
それが現代日本の小市民だった春也が戦える理由の全て、という訳でもないが。
それはともかく、一旦の脅威を排除したことになる。
ひとしきり夕立とじゃれてから、ゆっくりと村に帰ることにした。
そうして向かう方角、東の空。
夜明けなんてまだまだ先の話の筈なのに。
灰の煙を照らしながら、紅く紅く燃えていた。
―――頭が死んで統制を失ったせいか、あるいはたまたまか。
―――少なくとも囮作戦のような小賢しい話ではないのだろう。
―――だが、提督である春也という戦力が出払った隙に、別の深海棲艦が村に現れてしまった。
夕立が先程瞬殺したのと同じ駆逐級、それも一匹で、しかし春也が戻るまでの間に何人も力を持たない村人を殺すには十分な時間だったらしい。
知った顔が、話した顔が、死んでいる。
この世界ではやはり婚姻年齢が低いらしい、十を数えた息子がいるとはいえ、化粧やスキンケアなどろくにしていないことを勘案すればまだ三十代前半と思われた。
腰が曲がるには、あまりに早すぎる。
春也が小学生の頃以来めっきり見なくなって久しかった折り畳み式携帯よろしく、足が膝から胴体に埋まり込む不気味なポーズなんて、墓の下でもやらないだろう。
平太の、母親だった。
「お前のせいだ……」
「……そうか」
「お前が早く帰って来なかったからっ!母さんは死んだんだっ、お前が、お前が全部悪いんだっ!!」
「よせ、平太!!提督様にそんなことを言ってはいけない!」
「うるさい、何が提督様だ!母さんを守れなかったくせに!!」
やり場のない怒りを、帰るなり即刻始末を着けた春也にぶつける平太の顔は、ひたすら醜く歪んでいた。
それをもし春也を逆上させでもしたらという恐怖心からか冷静に宥めようとする父親………否、無事だった村人全員。
“言ってはいけない”けれども、思ってはいけないわけではないのだろう。
春也を崇めて持て囃していた時の態度なんてどこへやら、やるせない恨みの視線が集中していた。
「…………」
眠れる訳もない、たまたま村外れに近かったおかげで何の被害もなかった春也達の寝床。
一人寝そべりながら、春也はぼうっと天井を眺めていた。
感覚だが時刻は3時頃だろうか。
おずおずと、どこかに出ていた夕立が戻ってきた。
そのどこか不貞腐れている様な、やさぐれている様な雰囲気と。
瞳の光が褪せている様な気がして心配になった春也がどうしたのかと訊ねる。
浅ましい、が第一声だった。
「夕立達が倒したあの駆逐級一匹の死骸の分配をどうするか、それしか話してなかった」
あの後村人達ですぐに今後の対応を話し合うべく寄り合いを開いたらしい。
だがそれを隠れ聴いていた夕立が言うには、ただ金の話でしかなかった。
死者を弔うとか復興の人手をどうするかとか、そんな事には誰も興味がないみたいで………いや、それを言い出して話を逸脱させれば、自分だけ分配にありつけなくなるという不安があるのか。
春也達の荷物はリヤカー一つでいっぱいであり、資源として買い取ってもらえる深海棲艦の死骸は村で勝手に処分して構わないとだけ残したのだが、果たしてそれは良かったのか悪かったのか。
平等に分配だと誰かが言えば、いや家に被害を受けた自分達が補償を受けるべきだと他の誰かが言い、誰かが責任を持って自分が分配をすると言えばお前じゃちょろまかさないか心配だ俺がやると喧嘩を売り。
深海棲艦に命を脅かされたばかりというのに何度かつかみ合いになりながら、元気に飽きもせず夜が更けても延々と続けていたとのことだった。
挙げ句に、実際の換金はどうするんだ?という懸念が上がり、春也に街まで“往復”護衛してもらおうなんて言い出されたところで夕立は堪えきれなくなって戻ってきた、と。
春也の上にそっと体を預けながらこぼす夕立を、頭を優しく撫でながら落ち着かせる。
「……夕立、むしょーに腹が立つっぽい!」
「そっか………いやまあ確かに文字通り現金な奴らだけどさ。でもそんなもんだろ」
生きる事には金が必要だ、そのお金の為に一生懸命になっている彼らは、ある意味命をとても大事にして生きているのだろう。
そういうものを、春也はあえて嫌おうとは思えない。
勿論、手段と目的を履き違えたら意味がないことだとも思っているが。
そんな達観したような話をすると、夕立は緩やかに笑って言った。
「提督さんは、強いね。ここよりずっと優しい世界にいたはずなのに。
―――夕立は、護国の為に作られたらしいけど、あんな奴らを守って戦おうなんて思えない。ただ提督さんと一緒にいたいだけ」
「強くなんかない。ただ、納得しちゃっただけだ」
あるいは、ただ麻痺しているのかもしれなかった。
一つの強い怒りに。
「違う世界だから仕方ない」
世界が輝いていないのも、人生が希望に満ち溢れていないのも、春也の世界とは違うのだから仕方ない。
けれども、それでも命は尊いものだと信じたいから。
なのにこの世界は人が死に過ぎる。
それがどうにも不快で、赦せない。
これは正義どうこうではなく美観の問題だ。
ある種の人々は、その美観にこそ人生を擲つ狂気を見る………伊吹春也という人間は、少なくともその精神性は、芸術家に向いているのかも知れない。
「夕立。俺、この世界でやりたいこと、見つけたよ」
日常を生きる穏やかな笑みのままで、春也は言う。
そんな彼を大好きになって、どこまでも着いていくと誓った夕立に。
「深海棲艦をぶっ潰す。一匹残らずな」
「…………あはっ」
人の命は尊いと語る暖かい笑顔の下に濃縮された殺意。
至近距離、真正面から浴びてぞくぞくどころか気が飛びそう。
火照りを抑えきれない夕立は、そんな春也の胸元に顔を埋めるのだった。
「深海棲艦は殲滅だ!」