終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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 グロ注意?




直視

 

 提督による住人の虐殺。

 

 “ごく一部”の実態はどうあれ、この世界の一般市民は提督という存在をエリートであると同時に、人々の安寧を脅かす深海棲艦へと勇敢に立ち向かうヒーローのように思っている。

 それは“そうした方が都合がいい”統治する側のプロパガンダでもあるし、事実としてそういう高邁な志を持って日々戦う提督達も多いなど、その背景は少し複雑に絡んでいる。

 

 だが、根源的な話をするのならば、“信じたくない”というのが一番なのかもしれない。

 

――――理由なき深海棲艦の殺意に曝される世界で、同じ人さえも人に理由なき殺意を向けるなど。

 

 生活に行き詰ったから強盗を働く、衝動的に嫌いな相手を殴りつける、そんな真っ当な感情ならまだしも、理解しがたい狂気を以て人を害するようなニンゲンがいると分かってしまえば、過酷な環境の中で集団にとって何よりも重要となる“仲間を信用すること”が難しくなる。

 ましてそれが一般人では到底敵わない艦娘という暴力を備えた上位存在であるとすれば、力無き者は何を縋る縁(よすが)にすればいい?

 

 無意識の恐怖の裏返し、「提督様達は我々を護ってくださる素晴らしい方々だ」と崇めるのは、自覚無き逃避でしかない―――それを責める者など、誰もいないだろうが。

 

 そして死に往く彼らが、死体を操るという異能の為に凶行を為したのが“提督”であると分からないまま死んだのは、何もかもに絶望したまま生に幕を閉じるよりはという救いになっただろうか。

 

 そんな皮肉を理解することもなく、航輔もまた戦場を駆けていた。

 『瑞鶴』が死肉の兵、そしてその操り手と連戦している中で、その討ち漏らしと何度もやり合っている。

 

 蹴散らすように―――なんて当然いかない。『瑞鶴』のように華麗に、夕立のように圧倒的に、なんて凡人の航輔には夢物語だ。

 しかも従える艦娘との繋がりは最低の不調を訴えている。

 

 電の援護は時折鈍重な的すら外し、目くらましにもならないこともあり。

 航輔が全力で殴りつけても、駆逐級より小さい奇妙な異形がふらつく程度。

 

 意思が足りない。祈りが理(ことわり)に屈する。

 異界法則を顕現し活動するという、この世界の艦娘と深海棲艦における最低限の戦いの土俵にすら満足に上がれていない。

 練度だけならこれまでの巡り合わせによる幸運でそれなりのものは確保できていても、戦う気概が足りていなければまっさらな新米提督の方がまだましな有り様だった。

 

 それでも、やるしかなかった。

 

「うえ、ぇ……おにーさん……」

 

「大丈夫、大丈夫大丈夫、だいじょうぶだッ!絶対ここから、生きて連れ出すからっ!!」

 

 腕の中には、灰で肌の煤けた小さな命がある。

 崩れた家屋の下に奇跡的に押しつぶされないで、蹲っていた少女。

 それが完全に崩壊する前に反射的に掻っ攫い、航輔は気が付けばその場を離脱する為に我武者羅に走り出していた。

 

 貧しさのせいか元からやつれていた肉体が穴だらけの襤褸切れから覗き、今にも消えそうな生命の灯。

 それを見捨てることは、航輔にだけはできなかった。

 

 貧しさに喘ぎながら必死に大きくなろうとして、それすら深海棲艦に壊されたことも。

 守ってくれる両親はもはやこの世にいないであろうことも。

 半ば無意識に、弱弱しい手で自分に必死に縋りつく哀しさも。

 

 昔の航輔自身にそっくりで、切り捨てられるわけがない。

 

 だから、無理を通した。

 

 至近に砲弾が着弾して、その爆風に吹き飛ばされても。

 衰弱した少女には転倒の衝撃すら致命傷になり得ると、自分が下になる様に体勢を入れ替えたせいで無様に地面に頭を打ち衝け。

 

 そうと知る由も無いが、声なき屍兵であるせいで存在の察知が遅れて背後から奇襲されても。

 少女を抱くのと反対の腕が嫌な音を立ててへし折れるのにも構わず、掴みかかられたのを強引に振り払い。

 

「――――!」

 

「司令官は………まもるの、です……!」

 

 蟠りの残る電にも、半狂乱で意味を為さない言葉だが、何かを懇願していた気がする。

 そして満足に力を振るえない彼女は、それでも健気に航輔に飛び掛かる異形を小さな体で食い止めていた。

 

 それだけ、無理を通して、ボロ屑みたいな村を右往左往して五分。

 

 一秒を永遠にも感じながら全身の激痛と痙攣を堪え、『瑞鶴』が敵の提督を翻弄した五分を耐え抜き、腕の中の少女は目を回して気絶しながらも確かに息をしている。

 

「ぜえ、ぜえ、っ………ぐ、ぅ」

 

 その航輔の奮闘に報いるように―――敵の群れは彼の回りから引き揚げて一目散に去っていった。

 司令塔が追い詰められたことでその下に呼び戻されたのだが、朦朧とした意識で暴れる呼吸の箍を外さないようにするので精一杯の彼には、現状を認識することすらおぼつかない。

 それだけ無我夢中で戦っていて……何十回も濁った呼吸を繰り返してやっと状況が落ち着いたことを理解できる思考が戻ってきた。

 

「あ……終わった、のか………?」

 

 満足に働かない意識で周囲を見渡して、襲いかかってくる敵がいないことにようやく安堵する。

 崩れることさえ忘れた膝を初めとして、全身に鉛を流し込まれたような鈍さが走っていた。

 

 それでも、懐に感じる暖かさに笑み綻ぶ。

 

「護れた」

 

 比べるものなき達成感。

 情けなくて、泣き虫の自分が為せたこと。

 

「やった、やったんだ。俺は――――」

 

 

 

「司令官ッッッ!!!?」

 

 

 

 背中に炸裂する熱と衝撃。

 着弾と、電の振り絞るような叫びは、殆ど同時だった。

 

『RRRRhaaaaaaa------!!!!』

 

「っ、あ―――」

 

 忘れていた、完全に。

 そもそも『瑞鶴』と航輔はこの村を襲おうと進んでいた深海棲艦の群れを迎撃しようとしていたことを。

 

 屍兵が消えたからといって、否、不幸にもそれによって丁度気を抜いたタイミングで。

 正統な人類の天敵は現れてしまった。

 

「ぐあああああぁぁっっ!?」

 

 巡洋艦級の砲弾の直撃による激痛で絶叫を上げる航輔――――たまらず少女を投げ出して悶えてしまった。

 傷だらけの状態で受けるには余りにも大きなダメージで、しかし追撃の二射目が来る前に慌てて放り捨ててしまった幼い体を抱き込もうとする。

 黒い巨体に癒着した砲塔が鳴らす火薬の炸裂音が響き、まだ動き始めたばかりの航輔の焦りに染まった感覚は引き延ばされ一瞬が何十秒にも思えるほどに錯覚した。

 

 再度、着弾。

 航輔は少女の躯を抱き込むことに成功する。

 

「……!間に合った!!」

 

 

 

 べちゃり。

 

 ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ。

 

 

 

――――それはこれ以上なく気色の悪い感触だった。

 

 人が骨と内臓を固めた血袋だと雄弁に示してくれる最悪の感触だった。

 なのにそれが何を意味するか分からなくて、すぐには信じたくなくて、航輔は“潰れて輪郭を失くした”少女の躯をまさぐり、――――骨に、内臓に、どす黒い血の奔流に、触れて掻き混ぜてしまった。

 

 

「う、あ……ああああ、あ゛あ゛あ゛ああああ゛あああああああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ―――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!」

 

 

 失った。

 弱い自分に誰かを救うことなどできなかった。

 

 グズグズの肉塊を抱いたまま、双眸から涙が溢れ出る。

 喘ぐように吐き出す天まで届かんばかりの慟哭は、しかしニンゲンを殺戮する異形には何も響かない。

 

『RHA!!』

 

「司令官っ!!ぐ、ぅ………!」

 

 飛び掛かる巨体と、間に割り込んでそれを受け止める電。

 だが、航輔同様ぼろぼろでダメージを受け過ぎた小さな体に、その重量を長い間支え続けることはできないだろう。

 

 数秒後か、持って数十秒後かに航輔と電は主従揃って潰されて死ぬ。

 

(ここまで、なのです………)

 

 電は最後の力を振り絞って圧し掛かってくる深海棲艦を腕で支えながらも、そういう現実を受け入れた。

 

 納得した訳じゃない、悔いを残さない訳がない。

 けれど諦めなければ道が開けるという程この世界は優しくない。

 

(それでも、せめて司令官と)

 

 仲違いしたまま死にたくはない、何か想いを残したい。

 その感情を込めて背後で嗚咽に蹲る航輔へと精一杯に吐き出した言葉は――――何故か初めて逢った時と同じものだった。

 

 

「泣いて、何になるのですか?」

 

 

「何にもならない。でも、悲しいのに泣かないなんて、そんなの出来るわけないだろッ!!」

 

 電と航輔は繋がっている。

 だから電の言葉は届いて、そしてその返事もいつかと同じだった。

 

 ああ分かってる!所詮名前も知らない他人で、それが死ぬのなんてありふれたことで、めそめそ泣いて自分まで死んでりゃ世話は無いって!だからって目の前の悲しみを見ない振りして誤魔化して、俺はそんなに器用じゃない。情けなくて、泣き虫で、それでも目の前の現実を受け入れるしかできないんだよ!!

 

 そんな、『現在(イマ)を肯定する者』という属性。

 電にそのまま伝わる、迸るような感情の行き着く先で――――かつて掛けられた言葉に辿り着いた。

 

 

―――負け惜しみさえ言えなくなったら、終わりだろ

 

 

「………はは」

 

 そういえば、こんな自分にそう言ってくれたトモダチがいた。

 すぐに死ぬというこの瞬間まで惨めに泣きごとを続ける航輔を許すようなその言葉に、開き直りにも似た何かが心に生まれた気がした。

 

「そうだよ、俺はどうしようもない、誰より情けない泣き虫だ。でも、泣いた数だけ強くなれるっていうなら、俺はいつか最強になれるんだろ?」

 

「なのですっ……!!」

 

 

「だったら今くらい思い切り泣かせてくれよ。この世界が残酷だなんてのは十分分かったから。俺、強くなるから。

 

………だから、せめて泣く時間くらい、俺に寄越せ!!!」

 

 

「――――はい。司令官が安心して震えていられるように、電はここにいます」

 

 

 一度壊れた航輔と電の絆。

 それをより強固に上塗るような何かが、形成さ〈生ま〉れた気がした。

 

 二人合わせたよりも何倍もある巨大な敵に今にも押し潰されそうなその影で意思を交わす主従に陰りは無い。

 

「電、俺はたぶんお前を一生許せない」

 

「はい」

 

「電、俺はそんなお前に一生を預ける」

 

「はい……っ!」

 

「勝手ですまない。駄目な提督でごめん。それでも。

――――電、俺に力を貸してくれッ!!!」

 

 

「当然。電の司令官は、そんな航輔さん以外あり得ないのです!」

 

 

 電は一瞬だけ全身に力を込めて深海棲艦を押し返す。

 一瞬だけ浮いた巨体は、しかしすぐに再度降り掛かり地面の間にあったものを全て押し潰した。

 

 

『………..rhha??』

 

 異形は感じなかった手ごたえに訝しむ。

 前脚を上げて押し潰した地面を確認し………そこにプレスされた死体は存在しなかった。

 それだけなら獲物に逃げられた、それだけの話であったが。

 

 そこに座り込んだままの航輔はいた。

 

『RRhhhaa---!!!』

 

 何かの間違いだと、再度その状態を振り上げて勢いよく落とす。

 だが手ごたえは無かった。

 まるで実体の無い幽霊のように――――。

 

 

「あなたの相手は、こっちなのです」

 

 

『Rhaa!?』

 

 混乱する異形の鼻面を吹っ飛ばすような、強烈な砲撃が突き刺さる。

 崩壊した民家の一つの上に仁王立ち、主砲を構える電の艤装も服装も、破損は全て消えて綺麗になっていた。

 

 もう動かない深海棲艦の死体、即ち『資源』はあちこちに転がっているとはいえ、艦娘でも有り得ない回復速度。

 練度が積み重なっているにしても駆逐艦とは思えない火力。

 

 完全復活どころか以前と比較にならない存在となった駆逐艦『電』が強い意思で敵を睨みつける。

 一瞬その足元の航輔に視線を向けたが、彼の安全は“自分が敗れない限り完全に保証されている”と理解している為、すぐに意識を戦闘に集中した。

 

「ここからが、真剣勝負」

 

――――悲しいなら、泣いていい。

――――何に邪魔も否定もさせない、その時間は私が護り抜く。

 

 

「電の本気を見るのです!!」

 

 

 





☆設定紹介☆

※紀伊航輔(提督)

 主人公と対比して一般的な新米提督として登場させたキャラクター……だった。
 ロリおかんの妹ということで生まれてしまった電らしきナニカを相棒にしてしまった為に妙な存在感を発揮し、遂に今回異能に目覚める。

 ただし常識人枠であり、キチガイが暴走した場合突っ込みというか「ヤベえよこいつ怖いよ……」と戦慄するモブとして実に使いやすい。
 真っ当かつ素直な感性で生きている為だが、『瑞鶴』に指摘されたように、こんな悲劇がありふれ過ぎた世界でバナージ・リンクスみたいな(悲しいと感じる心を捨てたくない)生き方できる時点でそれはそれで狂気でした、というオチ。

 異能の描写と詳細は次回。


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