終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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 ただでさえ毎回お待たせして申し訳ないのに、暫く更新速度が更に落ちるかも………。

 おかしい、これから暫くぽいぬの出番が無いってだけで執筆速度ががが(中毒性並みの感想)





迷走

 

 深海棲艦がその攻勢を活発化させる。

 

 凶暴性と残忍さ、そして何より普段よりも統一性を持って軍勢を組み、何処とも知れぬ水平線の彼方から押し寄せてくる。

 この世界で一定周期をおいて度々発生するその凶事のメカニズムを把握している人間は殆どいないが、元より前線で戦う者にとってはその仕事が厄介で厳しいものになる、それ以上でも以下でもない。

 

 そしてその活性化の影響が亜種とすら言える陸上種達にも及ぶことを、この世界の誰もが知っていた。

 『鎮守府』の提督の多くが海上方面の防衛に駆り出されることもあり、人里の防備がむしろ手薄になる中を暴虐に餓えた異形達が襲いかかるのだ。

 血と涙と、慟哭と断末魔の叫びが量産されるまさしく悪夢と言える化外の蹂躙を――――しかしその“提督”は鼻歌交じりに逆撃していた。

 

 

「なっがれぼし~、おっちてきた~♪これがホントの流星、ってね☆」

 

「色々ちがうのです」

 

 

 三機程の艦載機が別方向から機銃を浴びせ、直撃よりはむしろ逃げ道を塞ぐような火線で動きを止めた所に、上空から鉄槌を下す。

 遥か天から重力を味方に音速越えで急降下してきた機体が、その相対速度を乗せる特攻染みた爆撃。

 それは悲鳴を挙げる時間すら与えず異形を貫通・爆砕して、直下に掘ったクレーターを即席の墓標にしてしまう。

 

 張りのある可憐な声で適当過ぎる節を付けた歌を即興で歌いながら、和弓を明らかに弓道に関係ない構えで振り回してびしっとポーズを決めるのは、『瑞鶴』もどきの提督、ウインク付き。

 その操作で急降下して来た艦載機が機首を持ち上げ、人間が乗っていれば慣性で体がバラバラになるような急制動をかけて地面と擦れ擦れを水平に這い、そしてまた天へと舞い上がって次の攻撃へと移った。

 

 数機での足止めと必殺の一機、それだけで大抵の地上種を葬るに事足りる。

 その実力は確かにこの変態の力量を物語っていたし、それだけが芸という訳でもないのに敢えて難易度の高いこの魅せ業で敵を次々と沈める余裕さはこの戦場の空気をどこか別世界へと変えていた。

 

 当然ながら、いくらこの変態でも周囲に人がいない状態で必要以上に見てくれを意識するほど酔狂ではない。

 従える艦娘である翔鶴は当然として、顔見知りで少し注目していた新人の頼みごとで自分の仕事に二人程連れ回していた。

 駆逐艦・電とその提督である紀伊航輔―――戦力で語れば駆け出しの尉官が持つ駆逐艦相応以上でも以下でもない凡庸な者達だが、そんな二人でも愛嬌を振り撒くのは流石と言うべきかそれとも何か思惑があるのか。

 

 確執が生まれて十日を数える電達だが、相変わらず航輔は冷たく壁を作った対応をし、電も時折悲しそうな目で彼を見ながらも踏み込むことをほぼ諦めていた。

 

「ま、活性化の時期っていっても瑞鶴にかかれば深海棲艦なんてこの通り!航輔君と電ちゃんは今日ものんびりと見学してくれればいいよ?」

 

「………ぅっす」

 

「あぅぅ……申し訳ないのです」

 

 笑顔で投げられる言葉を気遣いと解釈し頭を下げる主従だが、悲しいまでに息の合わないちぐはぐさが気まずさを一層掻き立てる。

 だがそれに頓着した様子は欠片も見せず、『領域』に沿って二方向に飛ばしていた偵察機から情報を受け取った『瑞鶴』はくすりと笑う。

 

「ちょっと向こうでも深海棲艦が暴れてるみたい。対応できるのは私達くらいだろうし、あーもー瑞鶴ちゃんってば大人気―」

 

 荒れ地に横たわる数々の骸が全て完全に沈黙していることを見回して確認すると、一度矛を収めて次の戦場に向かう為に戦闘用の艦載機を呼び戻す『瑞鶴』。

 空母をイメージしてデザインされた艦娘服、その甲板部に次々と舞い降りた飛行物体が忽然と姿を消していく。

 電達が砲塔や海上航行用の艤装を瞬時に出し入れするのとはまた違った風情の武装の収納をなんとはなしに見やりながら、ふとその内の数割は後ろに控える翔鶴の下に戻っているのに気が付いた。

 

「…………?」

 

 覚える違和感の理由は、主の活躍を邪魔しないためなのか、翔鶴が戦っている場面を一度も見たことがなかったからだ。

 

 空母の戦いは、ミニチュアサイズの艦載機を射出してそれに敵艦を襲わせあとは高みの見物、ではない。

 飛行するそれらの機体に乗っているのは当然人間ではなく、便宜上妖精と呼称されているが要は自動制御装置のようなものだ。

 放っておいても空を飛び続け散発的に銃撃や爆撃を行うが、単調で直線的な機動しかしないので対処は容易いため、適宜命令や指示を出してやらなければ一定以上の相手には通じなくなる。

 操作自体は頭の中で思考すれば艦載機はその通りに応えてくれるとはいえ、それを何十機も同時に動かすのに必要な集中力は並大抵ではない。

 

 つまりはといえば、艦載機を操っている空母は、無意識に視線や手指を振ったり、息遣いを操る対象と同期させるなど必ずその気配があるのだ。

 演技、振る舞いへの気配りに余念の無い『瑞鶴』ですら微かに見えていた挙動が、ひたすらに主を見守り続ける翔鶴に見当たらなかった以上、彼女が戦闘に参加していないのは間違いない―――と思っていたのだが。

 

 そんな電の視線に気づいた翔鶴自身が、微笑みながらその疑問に答えてくれた。

 

 

「私の仕事は、艦載機を射出するところまで。あとはその制御権、ぜんぶ提督に取られちゃうんです」

 

 

「―――!?」

 

 あっさりと言われたその事実は、俄かには信じ難かった。

 いくら契約で繋がっているとはいえ、配下の空母艦娘の艦載機を直接好き勝手に操れる提督など寡聞にして思い当ったことすら無かった。

 とはいえ、そもそも『瑞鶴』のように艦娘としての力を振るえる提督などという存在自体が稀少事例である以上、むきになって否定する理屈ではない。

 

 納得はしづらいが。

 何せ艦娘は提督の“兵器”として傍に侍る存在。

 これも一つの使われ方ではあるのだろうが、武装だけ掻っ剥がれてあとは置物というのは、人格を持っている意味の薄い本物の“道具扱い”されているといっても過言ではないだろう。

 される側の性質にもよるが、屈託なく受け入れられるものとは普通思えない―――、

 

 

「それで、いいのですか?」

 

 

「い、イイなんて思ってませんよ!?私の大事な子たちが、提督に奪われちゃって、言うこと聞いてくれなくなって…………寝取られ………、……あ、はぅ」

 

 

「…………なのですか」

 

 納得した。

 

 というか、何も聞こえなかったことにした、見えなかったことにした。

 戦場にそぐわない艶めいた喘ぎ声も、次の戦闘ではまた自分のモノではなくなってしまう艦載機の帰還を迎え入れる蕩けた目つきも。

 

 こんな彼女達とはいえ、いやこんなんだからこそ、鎮守府の中でも上位の実力者。

 特筆すべき能力も無い駆逐艦と、信頼関係もなく戦闘行動が出来るかも怪しい提督が、伊吹春也と離れさせられ彼女達にまで愛想を尽かされれば、どんな末路が待つのか想像したくもない。

 

 冗談でも悪態をつくなんて出来ない、そんなある種の卑屈さから電は関知しないことを選択するのだった。

 

 

 

 

………。

 

「どうしろって、言うんだよ……」

 

 艦娘の感覚や感情は、提督に一定の割合で共有されている。

 打つ手などない八方塞がりの中で心をすり減らしていこうとしている電のことを、彼女の主である航輔が気付いていないわけでは無かった。

 

 だが、それでも彼女に対する蟠りは捨てきれない。

 提督になって贅沢なくらしが出来るようになって、明るく振る舞っていても、愛する家族を失った悲しみが癒えることはなかったし、原因がその“贅沢なくらし”を出来るようになった相手でもあるとすれば、自分でも何がしたいのか、未だに整理できなかった。

 

 どうするべき、という話ならば何も無かったことにして或いは問題を棚上げにして、電に歩み寄ればいい。

 航輔のどんなダメな部分でも受け入れる彼女であれば、猿芝居にも付き合ってくれるだろう………そしてあとは時間が摩耗と忘却による解決を運んでくれる。

 

 だが、そのような賢明な選択肢を取る気には、なれなかった。

 それが何故なのかに気付くことも出来ないまま、航輔もまたどちらに進むべきかも分からない暗闇の中もがき続ける。

 

「…………難儀な子だね、キミは」

 

「『瑞鶴』さん?」

 

 次の戦場に移動すべく駆け足にならない程度の早歩きで街道を移動しながら、航輔の横に速度を合わせて並んだ『瑞鶴』が、静かに告げた。

 何か深刻な意味やどうしても伝えたい重大な意図がそこに籠っている訳ではない、軽々しく上滑りする言い方。

 今から話すのは所詮戯言だから聞き流しても構わないと言外に示すそれは、しかし彼ないし彼女にとっての“理想の瑞鶴”なのだろう底抜けの明るさを振り撒く普段と様子が違うことから、航輔にもその異常さがひしひしと感じられた。

 

「さて問題、『この世界は天国か、地獄か』。

 どう思う、紀伊航輔少尉?」

 

「え?………そんなの、どっちでもない、と思います。今は生きてるんだし」

 

「そう、どっちでもない。くす、やっぱり思った通りだね」

 

 急な問いに戸惑いながらも返した航輔の回答に、何故かすこし可笑しそうにする『瑞鶴』は静かに続ける。

 

「あの、どういう――?」

 

「この問題、普通の人々――万年尉官で燻っている提督達やそれにすらなれない民衆に訊くと口を揃えて『地獄』って答えるの。

 当然よね、いつ化け物に襲われて殺されるか、明日無事に生きている保証すらない苦しみに塗れた人生だもの」

 

「っ、それは――、」

 

 

「そして私達みたいな“異能持ち”ならこう答えるわ。

 ここはなんて素晴らしい天国なんだ、って。

 自覚するしないに拘わらず、ね」

 

 

―――例えばここが深海棲艦のいない、そして艦娘も居らず異能も無い平和な世界だったとして。

 

 人は繁栄を謳歌し、社会を維持する為の秩序と法を定めていることだろう。

 もしそうならば、異能を発現する……世界に斯くあるべしと定められた法則を『自分のルールで塗り替える』ような狂人達にとって、そこは果たして生きやすい世界だろうか?

 

 否、断じて否だ。

 えてして極端に走るからこその祈りは、人間という群体が絶対として在る社会において排斥の対象にしかなり得ない。

 渇望は内心のみに留まらず言動や素行となって知らず表れ、摩擦と軋轢を生みやがて異端となって本人を苦しめるのだ。

 

 伊吹春也は殺人を犯した者を酌量なく“掃除”しなければ気が済まない。

 『瑞鶴』は恋した対象への情動が昇華されず、やがて奇矯な結論へと至るだろう。

 厳島龍進は絶対的な正義などというモノを追究する人間がどういう行動に走るのか、歴史が繰り返し物語っている。

 

 超人を志したニーチェは発狂した、つまりそういうことだ。

 そしてその事を、絶対的な渇望を抱く者達は心のどこかで分かっている。

 

 だから彼らは思うのだ、排斥されるべき自身の祈りが生きる為の力となり、上位者として我を通すことの出来るこの世界は悪くない、と。

 平和で退屈な世界――――それこそが己にとっての真の地獄だと分かっている。

 

 ある意味でそれは、現実と真実を直視するのを恐れているのかも知れない。

 

 無理もないだろう、人の心は他者の存在なくしてそれを維持することは叶わない。

 もしそれでも社会にとっての己がなんであるかを直視しようと出来る渇望持ちがいるとするならば。

 

 他者の一切を逆に排斥することが祈りであるか、あるいは―――『直視することそのもの』が祈りであるかだ。

 

 

「この世は天国でも地獄でもない、なんて。

 どっちでもないキミは………大変ね、ホント」

 

 

 呆気にとられる航輔に対し、哀れみ半分気まぐれ半分のお節介。

 決して『瑞鶴』という虚像を演じるだけのAIではないその提督の、ほんの小さな親切がその繰り言だった。

 

 

 





☆設定紹介☆

※妖精

 この終焉世界において、意思を持った不可思議な存在は深海棲艦と艦娘、そして提督のみである。
 空母の艦載機は本文の通りだし、深海棲艦の死骸=資源であり修復も建造も何かの媒介を必要とせず関係者の意思一つで行える為、工廠などというものも存在しない。
 ましてや行き先をルーレットで決める航海をする艦娘も居ない。

 である以上、妖精の定義とは文字通り『名前だけの存在』となっている。

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