今回の話について、特定の個人や団体を誹謗中傷する意図はございません――――と予防線を張ってみる。
というか、適当な考察をそれっぽく難しい言葉で飾り立てて実は大して意味は無い、自己矛盾上等ないつもの厨二。
正義
この世界において、人類の生存圏は限りなく狭い。
既に滅びたが自分達の国を経度ゼロに定めると言い張る様な集団達からすれば東の果ての島国、その一地方にしか文明のようなものが存在しないのだから。
『鎮守府』の提督達による深海棲艦との戦争は、その奮闘にも拘わらず真に安全圏というものを作り出すことが叶わない。
その一方で、人類の“活動圏”はその面積のみで言えば存外に広かった。
無論この場合の人類とは提督達のことのみを指すが、これは鎮守府の『海』と呼ばれる派閥による成果だ。
――――どのみち専守防衛では際限なく現れる深海棲艦にいつ押し切られるとも分からない。
どれだけ陸地で頑張っても犠牲者をゼロには出来ない。それを口実に遠く遠くまで海を往き、敵を狩ることを求める。
海域のより遠くへ行くにつれ強力な深海棲艦が現れ、それと比例して得られる練度もどんどん高くなっていく。
それにより軍団を増強させ、太平洋に点在する島々に泊地を作り、資源と物資をやり取りしては代わる代わる提督を派遣し拠点を制圧・確保する。
人類の大多数はいつとも知れぬ最期に怯えながら日々を過ごしているが、その大多数に当て嵌まらない者達は着実に深海棲艦の領域に楔を打ち込んでいるのだった。
――――それだけに、負けじと知性持つ深海棲艦もその楔を躍起になって抜きに掛かる。
人間を殺すのが深海棲艦だ。
それが逆に練度の為にまるで養分のような扱いとして駆られ、自らの縄張りに攻め込まれるなど許せることでは無い。
生半な提督と艦娘では太刀打ちできない数と質を揃えて彼らを食い止め、殲滅する為に何度も何度も大規模な編隊を組み、怨念に黒く染まる海を行軍してくる。
この数十年、確実に人類側が競り勝ちながらも、異形の数はまるで尽きること無い軍勢としてその襲撃を繰り返していた。
そうした最前線に、この日春也達は向かっている。
「あっつ……」
「ぽいぃ」
「巡洋艦級二匹、二時の方向に居たので、掃除しました……えいっ」
未だ敵影まばら、出てきても“出てくる前に”羽黒が全て沈めてしまう、そんな道程は雲ひとつ無い快晴の空の下だった。
海原に照り返す直上の太陽。
春也に近寄りたくてうずうずしているが近寄れない、それはそんな夕立や他の艦娘達が艤装から吐き出す熱のせい。
既に緯度で言えば沖縄と同じくらいの場所にいるせいで季節感もへったくれもなく、ただただ身を焼く暑さに春也は額の汗をぬぐいながら辟易した。
せめて視覚だけでも涼もうと周囲で跳ねる水しぶきの数を数えると、春也の前後に羽黒と夕立、少し遅れて姫乃に配下の三人組。
「やはり頭がくらくらしそうになるわね、羽黒の異能は」
「相手を倒したと報告してから攻撃を始めるのは、違和感が拭いがたいことは確かです」
「呼吸もだ。拍が狂うなんてもんじゃねえ」
「――――構わん。深海棲艦を効率的に殲滅する有能な艦娘を扱う提督。
そうで在りさえするならば、過程は一切問わぬ」
そして数メートル横に並んで二つ、大小の影が水面を滑走していた。
当然電と航輔ではない。
川内と雪兎でもなかった。
鎮守府に初めて来た時に面通しされ、それ以後は数える程しか顔を見ていない上官の更に上官である短髪の男。
確か厳島中将だったか、そしてその艦娘は――――、
「うー、提督ー。みんなおっそーい!!」
露出の激しく目に鮮やかなトリコロールカラーの衣装。
何故か艤装には引っかかったり絡まったりしない―――夕立や扶桑も同様なのだが―――腰元までさらりと伸びた金の長髪とそれを飾る長いリボン。
小生意気そうだが人によってはそれが良いと言う人も多いだろう、幼けで愛らしい顔つきの少女。
子供らしく堪え性のなく、それ以上に速さを求めて一行を急かす言動は、やはり春也の知る駆逐艦娘・島風のものだった。
「……」
「うわ、無視された!?」
「………島風」
「……もー、分かってますってば」
不満げに文句を言う島風と対照的に言葉少なく主が応対すると、聞き分けよくそれを取り下げる。
騒がしい性質のようだが川内と違って人を苛立たせないのは、その子供っぽさと悪意の無さだろう。
それでもやっぱり沈黙が苦になるのか、その甲高い声で春也に話を振ってきた。
「ねー、あなた、うちの提督に訊かれたことある?『お前達の正義は何だ』ー、って」
「そういえばそんなこともあったな」
無理に声を低くしても全然似ていない声真似に苦笑しながら、その問いに肯定する。
「あははは、やっぱり。ちなみに私の正義は“速さ”。速いって、いいことですよね!」
「ああ。いいんじゃないか?」
「あれ?新鮮な反応。みんなこう言うと最初はぽかんとするか『なんでそれが正義?』って顔するのに」
そう言いながら逆にぽかんとした顔で首を傾げる島風。
『~~そして何より速さが足りない!』のくだりを目にしたことくらいはある春也はそういう至上主義があることも知っているが、そんな意味のない例外はこの世界には当然ながら殆どいないらしかった。
「火力ガン積み論者とかソリティアで満足するしかねえ!とか。
そういう結果よりもその過程の手段の方を目的化してる系統の話だろ?
俺はいいと思うけどな、浪漫にこだわるのは」
「そりてぃあで満足?はよく分からないけど、火力をがんがん積むのも正義………。
うん、浪漫ですね。話が合いそう!」
実際に命が懸かる異形との戦争でも浪漫に走る事に突っ込む人間が居ないのはもはや当然なのでさておき、少し言葉を交わすだけで島風はとっつきやすく反応も良いので話しやすいタイプなのが分かった。
少し高い波の上を走っても体幹のぶれもまるで無いままひたすら黙って前を進む、そんな巌を連想させる主とはやはり対照的だ。
一度だけちらりと島風と春也の方を見て、そのまま何事もなく水平線しかない前方へ視線を戻す中将。
雑談を黙認したのだろう、軍人然とした厳しい振る舞いと裏腹に規律に煩い訳でも沸点が低い訳でもないらしいが、それでも彼の艦娘としては島風は明る過ぎるように見えた。
もちろん、彼女と主の相性が悪いということはないだろう。
『別格である元帥を除けば鎮守府最強。その実力、見て来るといい』
そもそも新米の一提督である春也や姫乃が足元にも及ばない戦歴と実力と思われる、そんな一軍の将に命令され何故か最前線に帯同することとなった二人に贈られた雪兎の餞別の言葉だった。
またぞろ奴のにやけ面に何の思惑があるのかはどうでもいいが、嘘を吐く意味も無いだろうし中将の実力に一切の不足が無いことは確実だ。
(この島風が、か―――?)
内心戸惑いを少し含みながらまじまじと島風を見ていると、会話をふくらませようとまた新しい問いを投げてくるので、春也はそれに意識を戻した。
「じゃあじゃあ、あなたの正義は何ですか?」
「俺の正義………?」
そんなことを聞かれても、と残念過ぎる答えを一瞬返しそうになった。
ここまで繰り返し出るということは、“正義”がこの主従の祈りに密接に関わるワードなのだろうが、春也にとってはそうではない。
「正義って、要するに快楽だろ―――?」
「………!?」
正義。
そんな概念、現代人の春也の周囲には――――当たり前に溢れ返ってそこら中に転がっていた。
正義とは、一面において悪に対する優越感だ。
何かを間違っていると批判することで、間違っている悪よりも自分は優れているという優越感の快楽に浸れる。
だから現代では多くの人間が熱心に何かを批判していた。
価値のある何かを所有すること、確固たる地位を築くこと、それよりも誰かを貶め自分が上であると思いこむことの方が明らかに手軽で労力を掛けずに自尊心を満たせるから。
そして、情報爆発の結果批判する対象も批判する為の理屈も探せばいくらでも出て来る。
国、国家元首、政党も、企業にマスコミ公務員、社会制度に法律、人種に宗教主義主張に、特定の個人は勿論果ては創作の設定や登場人物にまで、その他より取り見取りで好みの対象を批判(けな)しそれよりも優れていると感じられる快楽は簡単に手に入った。
そして人々は聞くに堪えない好き勝手な事でも言い放題な表現の自由という甘い蜜を貪り、『何かを批判できる、自分の意見を言える人間は立派だ』とおためごかしで遠回しに自己肯定し、『人の悪口を言ってばかりの人間に碌な奴はいない』という当たり前の真理に背を向ける。
春也の両親は真っ当な尊敬できる二人だったが、悲しいかな社会には正義〈快楽〉に任せて何もかもを冷笑し、結果として熱く語るべき信念をその自覚も無く見失った人間がよく目立った。何せ彼らは“声が大きい”。
そういう大人達を横目に見て育ち、ありふれ過ぎた正義という概念に幻想を抱かなくなった―――春也はそんな、ごくごくありふれた現代の若者だった。
「正義、正義、うーん……」
考え込むが、しっくりする答えは当然出てこない。
そんな春也に、厳島中将は何故か視線を戻し低い声で言った。
「正義をただの快楽と言い切るか、伊吹春也。
――――ならば何故、貴様の目はそんなに澄んでいる?」
「………はい?」
男に言われても微妙な気分にしかならない言葉に意識が引き戻されたが、すぐに相手はそっぽを向いて前を見る。
要領を得ずに首を傾げた春也に、島風が先の問いの答えを催促した。
「それで、出た?あなたの正義」
その問いで求められているのは“冷笑”ではなく“熱く語るべき信念”だと判るだけに、難しい。
思えば提督となる際にも似たように問われたが、あの時は結局ほぼはぐらかす形になってしまった。
だがそんな春也の意識に島風と仲良く話す姿に不満そうな夕立が止まり……思い立って夕立においでと手を拡げる合図をしてみる。
「ぽいっ!提督っ、さーんっ!」
意図を汲んで艤装を消しながら体重を軽くして飛びついて来る夕立を受け止め、島風に掲げるように両脇の下から腕を回して“あすなろ抱っこ”な体勢に移って一言。
「可愛いは正義、とかどうだろう?」
「「「…………」」」
「~~~っ、提督さん、夕立、可愛いっぽい!?」
無言で冷たい視線を送ってくる島風とついでに姫乃達。
半分本気、半分は変な空気になりかけた―――ほぼ自業自得だが―――場を仕切り直す為のジョークだったのだが。
それに我関せず満面の笑みで懐の間近に振り返る夕立可愛いやっぱり俺の嫁、とごくごくありふれた(?)現代のオタクである春也の肩を、遠慮がちに後ろから叩くのは羽黒。
「司令官さん、私は……?羽黒は、可愛いですか………?」
「お、おう…。可愛い、と思う、かな?」
「……えへへ。ありがとうございます」
「「………」」
羽黒は照れて笑っているだけだ、なのになぜ不安感が掻き立てられるのだろう。
彼女も可愛いと褒めたこと自体は間違ってないと思うのだが、空気がさらによく分からないものと化す。
敵の大群に立ち向かう最前線に、鎮守府の中でもかなり重要な地位を持っていると思われる上官と帯同。
なのに道中は何故か緊張感とはまるで明後日な雰囲気に包まれていたのだった。
☆設定紹介☆
※春也の正義論
当然ながら、ヒネくれまくっている。
育ちが良く、異世界に投げ出されてまず自分が大変なのに赤の他人の為にあれこれ世話を焼ける春也は、この終末世界においてははっきり言って狂人なレベルで正義感が強い部類なのだが、自覚がないというか自分を正義とするのを嫌がるお年頃(別名、高二病)というか。
それにしても世間全体が嫌いになるような結論に達しているが、なのに“目が澄んでいる”のは、どんな汚い世界だろうが生きることの尊さを揺るぎなく信じているから。
世界が輝いているから、人生は希望に満ち溢れているから、“だから”命は尊い。
――――なんだそれは?
真に尊いモノに尊い理由など在りはしない。
ケチが付けば堕ちる程度のモノは、所詮偽物だ。
命のみが絶対―――戦いの中で滲み出し始めたその自分の本質を直視した時、彼の歩みは果たして“踏み出す”一歩なのか、それとも“踏み外す”一歩になるのだろうか。
それはその時にならなければ、分からない。
………なんなんだろう、間違い無く善性なのにこのキチガイ臭は。