終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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「夕立の、ちょっといいとこ、見せるっぽい!」

 ワタシノセリフー!!





没収

 

「夕立が……!」

 

「攻撃を喰らった………!!?」

 

 人型との激戦に、突如現れて春也を提督として甘える羽黒というらしき艦娘、そこに戻ってきた夕立は敵意を剥き出しにして襲いかかる。

 突飛な出来事の連続に反応することすら疲れてきていた航輔達だったが、それ以上の……まさに予想もしていなかった事態には、唖然とせざるを得なかった。

 

 夕立が春也の艦娘になってから、これまでに彼女は傷一つたりとも負ったことは無い。

 如何な巨大な砲弾を直撃されようが、四方八方から火薬を雨霰と炸裂させられようが、異形の剛腕に華奢な体を押し潰されようが、彼女を怯ませることすら出来なかった。

 一矢を報いることもなく、寧ろその悪あがきすらも反射に利用されて、春也と夕立の敵は今まで為す術無く蹂躙されてきた。

 

 羨ましくないと言ったら嘘だ。

 況や憧れないなんてあるわけない。

 

 航輔も姫乃もその艦娘たちも、無敵の能力が仲間の持つ力であることに頼もしさを憶え、それだけに絶大な信用をその能力に寄せていた。

 どんなに強大な敵とぶつかることになっても、春也と夕立さえ居るなら切り抜けられる。

 

 尉官と佐官。あまりに隔絶した実力差。

 無意識にでも彼女らに甘えと依存が何処かで生まれていたのは無理からぬことだろう。

 

 それを断ち切るような光景が―――頬に痣をつくり、地面に尻もちをついているまるで見た目通りのか弱い少女のような夕立の体勢。

 戦いとなれば深海棲艦の群れの只中へといの一番に特攻する彼女のイメージがあまりに鮮明にこびりついていて、目の前のそれと同一に結びつけるのすら苦労するほどの衝撃だった。

 

 そんな外野を差し置いて――――冷静なのは、むしろ冷徹なまでに冷えた思考を回しているのは、当事者達。

 

 

 まずは、羽黒。

 

 当然ながら彼女に自分の異能が為したことに対して驚きは無いし、そもそも夕立の異能の存在すら知らないのに驚きようがない。

 やっと見つけた自分のご主人様、その傍から羽黒を排除しようとする“外敵”から身を守る、その一心で即座に戦闘体勢に入っていた。

 まともに人と交わらず、生を受けてから共鳴した祈りのままに人殺しの怪物達の掃討ばかりを続けていた彼女には対話や懐柔などといった概念は無い。

 

 故に力づくで夕立を逆に排除する。

 至極単純にして明快な論理で彼女は夕立と春也の間に立ち塞がり、艤装を展開して相手を睨みつけた。

 

 

 そして、夕立。

 

 倍加反射の異能は、当然ながら夕立にとっては絶対の信頼を置く自らの兵器としての“機能”であり、そして敬愛する主との繋がりの証であるという誇りだ。

 それが破れ………彼女が思ったのは。

 

(反射ができないっぽい。じゃあ、こいつとどう戦うべき?)

 

 必要な戦法と切り替えの模索。

 

(前兆なしに攻撃を喰らった。頬に受けた感触とその後のあいつのモーションからして、もらったのは拳打。確実に異能を持っているとして、その効果は、たぶん『攻撃動作の前に対象にその攻撃を命中させる』類のもの。それがどうして夕立の反射を貫けるかは、“重要なことでもなんでもない”。重要なのは、たぶん回避も防御もできないということ。そうだとして、有効な対処は、ある。………っぽい)

 

 動揺。周章狼狽。

 そんなものを毛筋ほども挟むことなく、これまで戦場にて頼みにしてきた能力に対してあっさりとこの場では役立たずと見切りをつけ、夕立は兵器としての思考回路で必要な戦法を弾きだす。

 

 懸想する殿方に邪魔な女が纏わりついた……戦う理由は女の情念丸出しだが、その方法論には一切の感情を持ちこまない対照的な在り方で、彼女は戦いに臨む。

 そしてそれを実践するのは、肉食獣よりも尚苛烈な熱い闘志だ。

 

 背中のバネだけで跳ね起きると、夕立もまた各所に武装を構えて羽黒を睨み返した。

 

「やる気、ですか……?」

 

「当然っぽい」

 

 敵が春也から離れた以上、火砲を使うにも遠慮は要らない。

 流れ弾が春也に当たる?そんな下手くそな真似、夕立がする訳が無い。

 

 犬歯を剥き出しにして凶暴な威嚇の表情を浮かべて、それでなお可憐な表情の裏で彼女は最大級の警戒を全身に行き渡らせる。

 

 必要なのは、気合だ。

 

 羽黒の異能は攻撃の命中よりもモーションの方が後に来るという性質上、いつどこに攻撃を喰らうかすら分からない厄介な能力。

 だが、逆に言えば、その命中を我慢して、怯むことなく攻撃をやり返すとする。

 

 その時、羽黒は攻撃直後の隙どころかまさに“攻撃途中のモーション”というまっさらで特大の隙を曝すことになるのだ。

 ならば、やるべきは羽黒が一発攻撃を当て、夕立が一発やり返す、そんな技術や駆け引きというものを一切捨てた単純真っ向勝負の正面決戦。

 

 言うほどに容易い戦法ではない。

 来ると分かっていれば痛みや衝撃など………というのはあくまで我慢できるかどうかの話であり、そこから神経伝達の混乱や筋肉の収縮といった肉体の防衛反射を意志で抑えつけて確実に相手に有効打を命中させる、というのは人間にはまず不可能な話だ。

 兵器とはいえ、どうしても肉の身体を持つ艦娘でも怪しい話になってくる。

 

 更に言えば、夕立がその戦法を取っても羽黒にとって有利なことには違いない。

 重巡洋艦の羽黒と、駆逐艦の夕立。

 見た目にはただ数歳年齢が離れているだけのようではあるが、反射という異能が無効化されている現状、兵器としての両者の素の耐久力にはかけ離れた性能差が横たわっている。

 羽黒先制で一発交代の殴り合いの応酬をすれば、どちらが先に力尽きるかは第三者からすれば火を見るより明らかだろう。

 

「―――上ッ、等ォ……ッッ!!!」

 

 それを承知で、しかしそれ以外の活路は無いなら全力で突っ込む。

 そんな夕立の精神に玉砕や捨て身と言った後ろ向きの決意など無い、あるのは火の着いた闘争心のみ。

 

 相手が強敵、勝ち目が薄い?

 そんなことでおめおめ引き下がるようなら、全ての深海棲艦を駆逐するなどと言ってのける伊吹春也の艦娘など務まるものか。

 

「跳ね返すだけが能じゃないってとこ、見せてやるっぽい……!!」

 

 夕立の勇ましい啖呵と共に、緊迫した間が時間を支配した。

 

 羽黒がいつ予備動作も無しに夕立を攻撃するか、それが苛烈かつ熾烈な艦娘同士の激突の合図になる―――。

 

 

 そんな張り詰めた空気の中で、最後の当事者である春也は。

 

 

「…………夕立、“おすわり”」

 

「ぽいっ!!?」

「ふぁ……っ?」

 

 

 呆れていた。疲れていた。脱力していた。馬鹿らしくなっていた。

 戦闘の為に張り詰めていた羽黒と夕立とは別の方向に、全くの冷静だった。

 

 それを隠そうともせずに、躾通りにその場に正座する夕立と後ろから頭にポンと手を置いて撫でただけで蕩けた顔で放心する羽黒に面倒そうに言う。

 

「ったく、じゃれるのなら帰ってからやれっての。

 疲れてるし、ここ危ねーんだから」

 

 夕立以外の女性経験など皆無同然なのに、春也を巡る修羅場に対して自分でも不思議なほど落ち着き払って仕切っていた。

 

 おそらく彼女達の提督として、直感で理解していたからだろう。

 

 羽黒が自分のことを司令官と呼んでいるのは、経緯は分からないが人違いや勘違いでは有り得ないことを。

 そもそも物騒な気配を漂わせてはいるが、春也の祈りに共鳴しているなら、この戦いは殺し合いには絶対になり得ない―――春也の感覚では艦娘も尊い命なのだから、それを奪う下劣な行為をする訳が無い―――ただの茶番だ。

 

 そして、兵器でもある彼女達は、主である自分の制御を無視して暴れることなどあり得ないことを。

 例外は春也自身に身の危険が及ぶ場合だろうが、むしろ彼の道具が勝手に損耗する方が余程迷惑が掛かるのだからなおさらだ。

 

 それでも、何も言われなければ女として絶対に相容れない両者であり、いがみ合い続けただろうが……。

 

「つーか仲良くしろよ、夕立に、羽黒も。

 二人とも俺の艦娘で仲間なんだから」

 

 

「あ、はい……。えっと、仲良くっていうの、どうすればいいのか分からないけど。よろしくね、夕立ちゃん」

 

「ぽいっ。それじゃよろしく、羽黒。大丈夫、夕立がせんぱいとして色々教えてあげるっぽい!」

 

 

 まるで掌を返すように、さらりと艤装を収めて近づき、二人はにこやかに握手を交わした。

 

 おずおずと遠慮がちに微笑む羽黒と、夕立の太陽のように満面の笑みは先ほどまでのものと正反対の態度だった。

 

 二人ともしぶしぶといった様子は見られない。

 主の命令に内心を押し隠している、というものでも当然無い。

 羽黒にも夕立にも、そんな器用さは存在しない。

 

 ただ単に、そう、ただ単に―――愛する男に他の誰より自分を見ていてもらいたいという女のプライドより、愛する主の為に役に立つ兵器であるという誇りが優先される、それだけの話だった。

 

 それどころか、二人とも春也の命令に嬉々として従順。

 

「えへっ。司令官さんに、初めて命令されました。嬉しいです………」

 

「よかったっぽい。おめでとう、羽黒!」

 

 まるで十年来の親友のような気安さで笑顔で祝福を交わす二人に、棘や影は欠片も見当たらなかった。

 それを見届けると、春也は肩をすくめて姫乃や航輔達にも聞こえるように声を上げる。

 

「夕立も戻ってきたし、撤収しようぜ!」

 

 調査という目的はある程度果たして、人型も撃破した。

 損耗も激しい以上理由には十分だと判断して、帰還の提案にまず賛同したのは不知火だった。

 

「姫。どの道これ以上の戦闘は不可能です。さっさと引き上げましょう」

 

「……今のごたごたは完全に収まった。そう考えて、いいのかしら?」

 

「?ええ」

 

 たった今繰り広げられた一幕にまるで着いて行けない。

 そんな風にぽかんとしながら確認する姫乃に、不知火は逆に訝しげに頷いた。

 

 それでももやもやが残る姫乃は食い下がる。

 

「男を取り合って修羅場になっていたようだけど、艦娘はあんな風にいきなり和解できるものなの?」

 

「ええと、私が仮にあの立場だったら同じ言動をするとは言えないけれど………。

 でも艦娘として提督の命令でああなるのは不思議って程じゃないかしら」

 

「そうだな」

 

 気でも違ったのではと心配になるくらいの夕立達の掌返しと豹変。

 健常な思考からすれば理解不能さがいっそおぞましいその心理が、同じ艦娘の扶桑や天龍にも自然な流れであるらしかった。

 

「そう――――そんなものなのね」

 

 そして異能を着実に強化している―――健常な思考とやらから着実に道を踏み外して行っている姫乃は、夕立達をごく自然に受け入れた春也ほどではないが、納得してしまう。

 

 逆に、どこまでもまっとうな精神を持つ、持っていてしまう人間は、あるいは不幸と言えただろうか。

 

「電、お前もなのか?お前もあれが不思議じゃないって思うのか?」

 

「?いきなりどうしたのですか、司令官?」

 

「………ッ!!」

 

「司令官に命令されたら電もああなるのかってことですか?

 大丈夫なのです、電はたとえ誰と仲良くしろって言われても、きっと無理なのです。浮気はしないのです!」

 

 

「理由は?」

 

「だって司令官以上の可愛い可愛いダメ人間が居る訳――――ととっ、いつまでもそれに引っ掛かる電じゃないのです!」

 

 

「手遅れっぽい………」

 

「ふふっ、だいたい言っちゃいましたね」

 

 いつものやり取りで談笑する―――闖入者で、憎しみ合っていたばかりの羽黒と夕立を平然と交えて談笑する艦娘(ヒトではないモノ)達。

 彼女達に対して、怯えを含んだ眼を揺らがせながら、紀伊航輔は喉に空回る声で悲鳴のように叫ぶ。

 

「意味が、判らねえよ……。なんなんだお前らッ!!?」

 

 

 

「司令官?何か言いましたか?――――よく聴こえなかったのです」

 

 

 

 叫んだつもりだったその声は、萎縮した喉に遮られて大して響かず。

 その内容と同じように、相手に伝わらずに空気に虚しく掻き消えるのみだった。

 

 

 

 





☆設定紹介☆

※羽黒<艦娘>

 属性は『十字を撃ち建てる者』、表性は『信仰、厭わぬ献身』、対性は『依存、揺らがぬ固執』。

 生命は尊い―――そしてその教義を犯す罪深き異教徒は例外も情もなくただ粛清在るのみ。
 宗教とほぼ無縁な現代日本人の春也と、しかし相性は夕立に匹敵するほどに抜群の艦娘。
 むしろ春也の血を介した呪いじみた渇望のせいで、生まれである人型深海棲艦からのドロップが羽黒に固定された疑惑あり。

 生まれながらにしてその祈りに染められた為、共鳴度合いも好感度もともすれば夕立の春也に対するそれを超えている。
 夕立への好感度は初対面時を除き、親友を超えた親友レベル。
 春也に次いで特別な相手であり、理由は「司令官から初めてもらえた命令が“夕立と仲良く”だった」から。

 要はただの(?)春也に対する狂信者であり、実は本文で騒ぎ立てているほどキチ度が高い訳ではない。


 夕立と違って。


 ただし、提督の命令一つで殺し合い一歩手前だった相手とにこやかに友誼を結べる点では類友だし、彼女らを除けばそんなことが出来る艦娘もさすがに稀少であることは念の為述べておく。

 それはさておき、異能は人殺しを実際に殺人行為を行う前に殺すという、夕立同様『命を脅かすモノの存在を認めず、勝手を許さない』もの。
 因果すら遡る回避・防御不可能の絶対先制は、多くの読者が予想してくれやが……もとい夕立が弾き出したように、ターン制の一撃応酬という突破口はあるが、逆に言えばそれ以外の攻略法がほぼ皆無。
 それにしたって先攻かつ自分だけ命中率100%の羽黒が有利なんてレベルじゃ無いし、そもそも初見の一発でその戦法を瞬時に見出した夕立の修羅思考がおかしいだけで普通は思いつく間もなく一方的に混乱の中嬲り殺されるだけである。

 一対多でも問題なく全ての敵に発動する上、“遡る因果をバラけさせる”ことで攻撃動作は一回に圧縮される為、乱戦に弱いということもない。


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