終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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 夕立フルスロットル。

 巡恋歌がまさにそれですし士道リバにも片鱗はありますが、「人外の人外なりの人の愛し方」を描くのかなり好きなんですよね。
 ヤンデレなようなそうでないような。
 この世の誰もされないような深さで、方法で、思考回路で愛される。
 そんな特別さ、ちょっと惹かれません?




邂逅

 

「いたい、……っぽい」

 

 服に着いた土をはたきながら軽く呟く夕立は、高層ビル屋上から飛び降りたくらいの落下で出来た穴から這い上がった。

 踏みしめた土が空気を含んだ妙に軽い感触を彼女の足に返してくる。

 

 落下エネルギーの直撃した一帯の地面は抉れ返り、飛び散った黒い腐葉土が周辺の木々に降りかかって木の葉をまだらに染める有り様だった。

 夕立の名誉の為に述べるならば落着の衝撃を自動で反射したせいであり、彼女が重いせいでは断じてない。

 

「っと。………どうしよう、これ」

 

 振り返って自らと一緒に穴に半分埋まっていた人型空母の残骸をしげしげと眺める夕立。

 夕立が戦闘状態のまま墜ちて来た為、落下に対する倍加反射のあおりも喰らいもはや原型の分からぬ程にばらばらに千切れている。

 ところどころに人間じみた青白い肌が見えているせいで、遠目には猟奇死体と見まがう可能性すらあっただろう。

 

 それだけに、夕立はこの死骸をどう扱うか判断しかねていた。

 

 持って帰る―――満身創痍で疲労困憊の一行に荷物を持たせるのも、その帰路で唯一無傷であるが故に警戒を担わざるを得ない夕立が手を塞ぐのも、あまり賢いとは言えない。

 とはいえ、課せられた任務は一応情報収集であるのだから、原因とそれを討伐した証として何か持って帰る必要はあるのかも知れない。

 

 となれば、必要なのは人型らしく人間の肌みたいな部分―――。

 

「………ありえないっぽい」

 

 狩ったネズミの死体を飼い主に見せたがる猫じゃあるまいし、一見バラバラ死体を持ち歩く猟奇少女になる趣味は夕立には無かった。

 補給ならば他に転がっていた死骸もたくさんあった、見なかったことにしてこのまま提督と合流するのも手か、と考えを及ばせていた、その時だった。

 

「なあ、それ俺にくれよ」

 

「ぽい?」

 

 まだ声変りも済んでいないような少年の、しかし草臥れた中年のような低い声音。

 いつもの口癖と共に振り返ったものの、そこに込められたドロドロした何かに夕立は内心警戒を怠ることはできなかった。

 

「………!!お前、あの時の!」

 

「?どこかで会ったっぽい?」

 

「覚えてないのか……ッ!」

 

 夕立に後ろから声をかけたのは見た目では彼女と同年代くらいの、村民が着るような綻びだらけの麻着を身に纏った少年だった。

 不健康そうな隈にぎらぎらした念の宿った瞳を除けば、顔は整った部類に入るのだろうか。

 

 別の“夕立”と会ったことでもあるのか、夕立の顔を見て驚く相手に疑問に思いながら視線を彼の横に向けると、白紺系統のセーラー服でおそらくその少年の艦娘なのだろう少女が俯きがちに控えていた。

 花柄の髪飾りと、横で括った活動的な髪型に似合わぬ鬱鬱しい表情でしきりに何か呟いている。

 

 

「――――げて。にげて」

 

 

「え?」

 

「うるさいんだよ何度も何度もッ!!」

 

「……っ!?」

 

「………かふっ、ぐ……、逃げて……!」

 

 夕立にも聞こえるくらいの音で、突然息を荒げながら振り抜いた少年の足が少女の脇腹にめり込んだ。

 蹴飛ばされて土に転がり、痛みで掠れた声でなおもその艦娘は何かを訴えている。

 その有り様に夕立は眉をひそめた。

 

「あなた、ちょっと感心しないっぽい」

 

「うるせえよ。元深海棲艦が偉そうに指図するな」

 

「?」

 

 “女”としても“兵器”としても褒められたものではない扱いに苦言を呈すると、帰ってきたのはちぐはぐな拒絶だった。

 確かに艦娘の原材料は深海棲艦の骸だが、そんなことは常識であり人類唯一の対抗兵器に対してわざわざそこを嫌悪して差別意識を持つような人間は見たことが無い。

 まして、扱い方は乱暴とはいえ己が提督として従えている艦娘がいるというのに。

 

 だが、続く言葉でなんとなく夕立は理解した。

 

「………ああ、そういえばこいつ、元々お前たちが一月前に村に放置した化け物の死体だもんな。

 どうした、お仲間が痛めつけられて一丁前に怒ったのか化け物?」

 

「どういうこと?」

 

「とぼけるなよ。俺は見てたんだ、母さんを殺したこいつが死体から艦娘になる所を!」

 

「………。そういうこともあるっぽい?」

 

 『神社』でなくとも深海棲艦の死骸から艦娘が出来る。

 夕立がどこかの村に放置した、ということに関しては心当たりなど全くきれいさっぱり無いが。

 そういう事象があることと、それが故にその艦娘が手酷い扱いを受けていることに夕立は深く考えることもなく納得した。

 

 夕立は、春也が絡まないのであれば物事を深く考えることは無いし。

 裏返せば、春也の艦娘として考えなければならないことが他にあった為、“その程度”の話に気を向けることは無かった。

 

「――ばっちい」

 

「なに?」

 

「ゴミくさいっぽい。―――――あなた、今まで何人殺してきたのかしら?」

 

 そう。

 白い布を巻いていない、鎮守府に所属していない提督。

 一月前に艦娘が生まれたというのに、魂の圧力から感じられるのは異常な密度の戦闘をこなしてきた春也に匹敵する練度。

 

 人型がいたとはいえ、誰一人逃げることもできずに―――――この地で何人も行方知れずになった提督達。

 

 殆ど予感だった。だが夕立の感性では、その直感こそが証拠や論拠を差し置いても信頼すべき判断基準。

 それを肯定するように、相対する少年の表情がひきつるように歪む。

 

「ああ、つくづく腹が立つなあ、お前。間抜け共は相手が人間だったらいくらでも油断してくれたのに」

 

「練度を、喰らったっぽい……?」

 

 提督と艦娘は、倒した敵の魂を喰らって成長し、そして強くなる。

 倒した敵の魂というのは――――何も深海棲艦である必要などない。

 騙し討ちが通じるなら、練度を溜めこんだ提督を襲い丸ごと“いただく”のだって一つの強くなる為の手ではあるだろう。

 

 その為に―――目の前の提督は、同胞を、人間を殺した。

 

 春也(あるじ)の祈りに共鳴する艦娘として、それは認める認めない以前の問答無用の罪だ。

 

「……とりあえずここで処分するっぽい」

 

 目の前の相手に見覚えも因縁も無いが、夕立は冷徹に相手を敵と見做して艤装を顕現し構えた。

 互いの位置関係はせいぜい十数メートル。

 的を外す訳も無いほぼ至近距離であるのを確認すると、警告も無しにその単装砲を撃ち放す。

 

 炸裂音と共に空を駆ける弾丸―――躊躇いなく放たれたが為に相手によっては真正面からですら虚を突くような効果があっただろうが、そこまで楽な相手でも無かった。

 

 

「おい、いつまで寝てる。“やれ”」

 

「ぅ……くそ、ていとく……ッ!」

 

 

 自分が蹴飛ばした少女に情の一切混じらぬ言葉を掛ける少年を、身を呈して庇う肉盾があった。

 夕立の一撃を阻み、その鋭い着弾音から破壊力を推して知ることが容易い弾丸を体にめりこませ。

 それでなおふらつきながらも立ったまま崩れ折れない………“黒い巨体”。

 

「深海棲艦ッ!?」

 

『……….』

 

 いつの間に現れたのか、地上種が腹よりグロテスクに体液と内容物を撒き散らしながらも、夕立の前に立ちはだかっている。

 

 奇妙なのは、化物といえども痛覚や肉体構造へのダメージへの蓄積はある筈なのに、ゆらゆらと体を揺らしながらも唸り声も上げずに直立し続けていた。

 よく見れば夕立の砲撃以外にもその体表には抉れ切り刻まれた跡が無数にあるが、その満身創痍を意に介した様子も無い。

 

 それより何よりも奇妙かつ不気味なのは、ただただ無言でこの深海棲艦が夕立の敵である少年と艦娘を護るようにこちらを向いていることだ。

 誰彼構わずの怨念と殺意の塊である深海棲艦にはありえない行為であるが、その負の瘴気すら夕立は感じ取ることはできなかった。

 

 腰を落とし砲を構え直しながら、一筋縄ではいかない相手と警戒度を上げる。

 

「深海棲艦を……違う、死体を操る異能っぽい?」

 

 じりじりと焦げ付くような熱を周辺の空気が帯びて行く。

 険しい顔であてずっぽうの言葉でも投げてみたが、返ってきたのは以外にも素直な肯定だった。

 

「ああ、だから必要なんだ、お前の後ろの、その強い死体がさ。

 だからそれ、よこせよ。そして俺はもっともっと強くなる」

 

 バラバラな状態だが、散々手こずらされた空母級の人型深海棲艦。

 爆風で飛び散った欠片が元に集まってまた動き出すと考えるとぞっとする。

 

 きっ、と相手を睨みつけて夕立は否定した。

 

「させると思うっぽい?あなたはここで殺す―――ッ!!」

 

「それは……こっちのせりふだぁぁ!!!」

 

「……やめてって。言ってるのに」

 

 少年の雄たけびと、少女の悲しげな呟きを合図に、夕立の側面、更には背後からも気配が膨れ上がる。

 殺気は無い、虚ろな巨体が空気を掻き混ぜるだけの奇妙な感覚の中で、しかしそれらは夕立に一斉にあらん限りの暴虐をぶつけてきた。

 

「っ、――――!!」

 

 突進。圧し掛かり。その状態で味方ごと一斉砲火。

 夕立の小さな体躯はあっと言う間に容赦のない炎と煙と黒い怪物の気色悪い肌の中に消えていく。

 

 

 

………強力な異能では、あるのだろう。

 

 理屈など知ったことではないが、敵の操る死体は急に至近距離に現れる。

 騙し討ちに最適な奇襲性に優れた手駒であり、そして本来の深海棲艦ですらしないような味方を敵もろとも巻き添えにする容赦の無い攻撃。

 そして何より、死体故に致命傷をものともせず、木端微塵になるまで動き続ける耐久性。

 下手に胴を真っ二つにすれば上半身と下半身がそれぞれ襲いかかってくる始末だ。

 

 それでも、“その程度”の殺意に夕立の倍加反射はどうこうできるものではない。

 ないのだが、夕立が四体配置された深海棲艦を捌き切るには相応の手間を必要としてしまった。

 

 二体を全力の突進を誘って倍加反射でぺしゃんこに潰し、一体を穴だらけどころか穴しか無い状態になるまで滅多撃ちにする。

 そして最後の一体を体内に魚雷をぶち込んで内側から爆裂させた、………そんな頃には既に少年もその艦娘も、そして空母級の死体も綺麗さっぱり消え失せてしまっていた。

 

「ぅぅ……時間が経ち過ぎたっぽい」

 

 戦況が戦況だっただけに死体と折れた草葉がぐちゃぐちゃに混じり合った凄惨な現場の中で、まだ使える死骸のパーツに手をかざし光の粉にしながらそれを柔肌に触れさせて体内に取り込み、補給を行う。

 

 先ほどから盛大に使い続けていた弾薬や燃料が補充されるイメージで自らが回復するのを実感しながらも、夕立は暗い顔で頭に手を当てて失態を嘆いていた。

 だがすぐにその頭の中を切り替えると、そのさらさらの長い髪を躍らせながらぷるぷる犬の様に首を振る。

 

「とりあえず、提督さんのところに帰るっぽい。報告、報告っ!!」

 

 夕立にとって、愛する主に構ってもらえるなら大抵のことは気にする必要もない。

 春也のことを考えるだけで花咲くような笑みを顔に浮かべて、彼女は補給を終えると同時に駆け出した。

 

 戦果としては色々と満足のいかない部分はあるが、自分なりに出来る限り頑張ったし、そうでなくても優しい“提督さん”は夕立をいっぱい可愛がってくれる。

 それを期待し、そしてそれは余計な事象が差し挟まれなければ確実な未来だったが……しかし浮かれた彼女に別のイレギュラーな要素を予想しろというのは酷な話だろう。

 

 

 そう、時間が経ち過ぎた。

 人型空母との激戦で少なからず“血を流していた”春也と離れた状態で。

 

 

 その匂いが“彼女”の始まりそのものであるが故に、撃滅対象である深海棲艦のことも忘れて強く強く惹き寄せられた艦娘がいた。

 己の艦娘と支え合いながら、警戒しつつも暫しの休息を取っている仲間から離れたところで岩に背中を預けて夕立を待つ彼を一目見て、総身に真っ白な痺れを走らせ。

 

 そしてその血の匂いにたまらず唇と舌を暴走させ、主でありこうして一目逢う前から恋慕う相手であり、ある意味で親である春也の赤い生命の味に酩酊の中蕩ける女。

 

「お前、えっとっ、羽黒!?いきなり何なんだ…!!」

 

「しへーはん、ひれーかん、………ちゅっ、えへへ、……おいしいです。もっほ……ぺろ、ぺろ」

 

「え、えぇ……?」

「なのです……?」

 

 困惑する春也とついでに外野を気にも留めずに、傷口に這わせることで口いっぱいに生まれて初めて知った味が広がるのを堪能する、羽黒。

 

「だからッ!ちょっと止まれって!!」

 

「ふぇ?………あ、くちびる」

 

 傷口を舐められて痛みというよりはくすぐったさしか感じなかったが、突然現れた艦娘の羽黒に司令官呼ばわりされながらぺろぺろされるという、何が異常なのかも咄嗟に出てこないくらい異常なシチュエーション。

 それでもなんとか困惑を解消しようと疲労の抜けない腕で春也が羽黒の肩を揺すると、惚けた表情で見上げてきた。

 

 その長い前髪の下、くりくりした瞳が口内も切れていたことで彼の唇の端から垂れていた血の痕を捉えた。

 当然にそれも舐めようと、羽黒は衒いもなく顔を春也のそれに近づける。

 

 つまりは。

 

 

 

「ちゅっ」

 

 

 

「――――――ぽい?」

 

 

 

 帰参した夕立が見たのは、丁度その場面だった。

 そして一目見た瞬間、精神が一斉に暗色に染まる。

 

 艦娘の夕立には、分かってしまった。

 春也にはしたなく纏わりつくあの牝猫もまた、己と同じくらい彼の祈りに共鳴する彼の下僕だ。

 そして、夕立の受けて然るべき愛情を横取りしようとする、文字通り倶に天(はるや)を戴けない憎むべき相手であることを。

 

 そこからの行動は本能だった。

 春也を巻き添えにしないように火砲は使わず、その女の頬を殴り飛ばそうと拳を振り被り、矢の様に跳びかかる。

 

 

「そこは、夕立の場所ッ!!」

 

 

「――――そう。じゃあ今日から、羽黒の場所です、ね?」

 

 

 夕立の感じたものを、未熟ながらも同様に察し、そして同様の結論に達した彼女は躊躇わず因果を遡った。

 人を殺傷する力を倍にして反射する―――その異能という“原因”に割り込みをかけ、先んじて未だ春也とキスを交わしたまま体を動かしてすらいないのに殴り返すという“結果”を発現させる。

 

「………っ!??」

 

 カウンターで頬を撲たれ、吹っ飛ばされて地に這う夕立。

 春也から唇を離し、反動が返ってくる振り抜いた拳の動きを逆の手で押さえながら、羽黒は夕立を見下ろし艶前と微笑んでみせるのだった………。

 

 

 





☆設定紹介☆

※艦娘

 もはや存在しない大日本帝国海軍の艦船の銘を持つ、見た目は少女の兵器たち。
 提督となれる特定の人間が扱うことで、異界の法則を身に纏い深海棲艦という怪物に対抗、練度が上がれば軍艦と同様の馬力や火力をその等身大の体で発揮するが、提督の深い祈りを世界に汲み上げ異能として奇跡のような現象を引き起こすことこそがその真価と言われる。

 深海棲艦の骸から生まれる存在ではあるが、この世界においてそれがどういう理のもと、どういう意味を持っているかを知る者はあまりに少ない。

 人同様に魂を持ち、見た目同様に女としての情動を持ち合わせているが、それと同時に彼女達は兵器である。
 故にそのアイデンティティ、プライド、プライオリティは究極的な部分では人間のそれと同一ではなく、真っ当な神経では理解しがたい部分も沢山あったりする。

 主の為の兵器としての自己と恋する少女としての自己、どちらも純粋に肯定して両立する夕立の天衣無縫さがある意味この世界の艦娘の端的な姿である(同時に極端でもあるが)ことを考えれば、人間と艦娘の価値観の違いがなんとなく判るだろうか。

 その精神性の例を挙げ出すとキリが無いし、個体ごとに大きな差異もあるので本文の描写に譲るとするが。
 一つ言えることは、相性の良過ぎた艦娘が必然に己の主を慕うなら―――その愛し方も必然に人間のそれとは異なってくることだろう。


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