終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

2 / 42

 前話のあらすじ

 大した理由も伏線も無くトリップ→見知らぬ土地→モンスター遭遇→ヒロイン遭遇→助ける・無双・ヒロインが主人公に惚れる

 というわけで、なんだか艦これ+αでキャラと設定だけ引っ張って来たなろう系作品臭がしております。
 無双(ヒロインが)はここ最近見ない気がするけど。



夕立

 

 意識がゆっくりと光を取り戻す。

 

 霞む視界、涙が固まって開けにくい瞼、痛む頭に軋む間接。

 その目覚めは春也の人生にとって最も調子の悪いものになった……、

 

「ぽい~っ、ぽい~っ、ぽいっ!」

 

……筈、だったのだが。

 

「地獄を見て起きてみたら俺の嫁がなんか楽しそうに歌ってる。実は天国だったのか」

 

「ぽいっ!!?」

 

 開口一番に頭の悪い寝言をほざいたのは、地獄(前者)は夢と思いたい、天国(後者)は夢としか思えない、そんな状況だったからだろう。

 

 春也が熱中しているゲーム『艦隊これくしょん』で現れる軍艦の擬人化少女の内の一人、夕立。

 無邪気で天真爛漫、子犬のように懐いてくる褒められたがり、一見いいところのお嬢様風の容貌でありながら兵器としての性能は攻撃力特化というギャップ、ありとあらゆる特徴が春也にとってどストライクの女の子だった。

 

 元は平面のデフォルメが施された絵の中の少女と三次元の実体の差異にも関わらず、声も見た目も雰囲気も、目の前の少女は大好きなキャラクターそっくりそのものとしか思えない。

 そしてリアルに現れていきいきして動く分もっと可愛く感じる美少女が、起き抜けにアップで満面の笑みを見せている、しかも聞いていてとても和む愛らしい声の歌付き、そんなシチュエーションが正に今この時である。

 

 二次元は二次元だからこそいいと言う類の人もいるが、少なくとも春也にとっては正に夢のような光景だった。

 現実と空想は混同しないという良識を持ち合わせていても、いざ実際に空想が現実化するとなればそれはそれで諸手を上げて大歓迎なのが人間だろう。

 

………そんなテンションでつい口を滑らせたのだが、初対面の女の子を嫁呼ばわりなどよく考えなくてもドン引きものの発言である。

 

 寝起きはそこまで悪くはない春也は、顔を擦ってべたつく肌の気持ち悪さを拭いながら、そういう仕草の陰で『夕立』としか思えない少女の反応をうかがう。

 場合においては、およそ想定される九割の分岐で土下座に入る準備をしつつ、眼前の美少女は―――、

 

 

「ぽいー、えへへ………提督さんってば、だいたーん!夕立、提督さんのお嫁さんになれるっぽい?ぽいっていうか、もうなってる?きゃー!!」

 

 

「なん、だと……っ!?」

 

 もの凄く満更でもなさそうだった。

 

 幼さの残る丸い頬を桜色に染め、それを手で押さえながらいやいやするように首を振っている。

 つられて舞う彼女の仄白い髪の向こうに見える満面の笑みが、そのご機嫌と喜びっぷりを十分に表わしていた。

 

 条件反射のように春也の脳内で流れ始める深い絆が云々のBGM。

 とはいえ、そこからじゃあよろしくと抱きしめて押し倒してキスして、といける程はっちゃけた人間でもないので、土下座しなくてよさそうとなったら逆にどうすればいいか全く思い浮かばない春也。

 

 思わず辺りを見回して、そして木の根が張りだした砂の地面に手をついて。

 

…………紛れも無く今が夢でないことを、悟らざるを得なかった。

 

 寝かされていたのは、山道でもないのにろくに舗装されていない砂の街道。

 旅人を少しだけ遮るような、張り出した樹の根元の陰だった。

 

 休んでいる脇には、黒ずんだ染みの付いたリヤカーが置かれ、中に汚れた金属片や何かの部品の残骸、ボトルに入ったなにやら濁っている液体などのジャンク品が積まれている。

 その内のいくつかには見覚えがあり―――あの怪物の巨体を構成していたものなのだと直感した。

 

 訳の分からない場所にいるのは相変わらず、そしてあの怪物が暴れていたことも春也の見ていた夢などではないと、まるで突きつけるように証拠がそこにある。

 持ってきた当人に、そのつもりはないのだろうが。

 

「あ、提督さん、報告!敵駆逐級四隻、殲滅。損害は皆無!残骸から、まとまったお金になる分の“資源”はその中に確保してるっぽい!」

 

「え?えっと、資源?」

 

「残りは夕立の補給に充てて、それでも余った分は諦めて置いてきたっぽい」

 

 褒めて褒めてーと頭を差し出してくる少女―――夕立と名乗っていることだし、春也はそう呼ぶことにした。

 つい手がその上に伸びそうになったが、掌が砂まみれなことを途中で思い出し不自然な軌道でわたわたとさまよわせつつ、まず色々と訳の分からないことを分からないなりに少しでも解決しようと質問で返す。

 

「その、ごめん………色々確認させてくれ。君は夕立、でいいのか?艦娘の?」

 

「ぽい!白露型駆逐艦『夕立』よ。よろしくね!!」

 

「それで俺が君の提督?」

 

「っぽい!!」

 

 

 夕立は艦娘っぽくて春也は提督っぽいらしい。

 

 

…………訊き方もうちょっとなんとかならなかったのか、と春也は自分に苦情を申し立てた。

 

 ただでさえ公式では細かい設定がされていないというか、メディア媒体どころかライターごとに“艦娘”という少女達がどのような存在か全く違ってくるような作品が『艦隊これくしょん』である。

 ゲームではなく現実に自分が夕立という艦娘の提督になったからといって、感慨深さを覚える前にまず艦娘、提督とは具体的に何を指すのか分からないと何も進展はしていない。

 

 春也は自分なりに座ったまま居住まいを正し、まず夕立に向き合った。

 きょとん、とする彼女に一度頭を下げると、固い声で切りだす。

 

「ごめん夕立、いろいろ質問していいかな。だいぶ長くなると思う」

 

「………ん。なんでもこの夕立に頼るといいっぽい!!大丈夫、夕立提督さんのお願いなら全部聞いちゃうっぽい!」

 

 ぴしっ、と妙に様になっている海軍式敬礼と共に朗らかな笑顔で返してくれる夕立。

 初対面なのになぜこんなに好かれているのだろうと思いつつも、この不可思議過ぎる状況下でその存在は既に春也の中で癒しであり、救いとなっていた。

 

 

 

…………。

 

 

 20世紀中盤の話だ。

 

 世界の広さをおおよそ測り終えた人類は、その広さを悟りながらなお飽きもせずに野心と欲望と、それに対する拒絶反応に突き動かされるままに同族での奪い合いを続けていた。

 

 少しでも自分の国を大きく、強く、より豊かに――――結局はそこにしか収束し得ないエゴをイデオロギーという正義の皮で塗り固め、やがては自らを列強と誇る者達が熱狂のままに何百万と殺し合った戦いがあった。

 

 大東亜戦争………後の世に第二次世界大戦と呼ばれる“筈だった”戦争。

 それを終わらせたのは、都市を灰塵に帰す殺戮爆弾でも戦車と軍艦と戦闘機が物量のままに波と押し寄せる光景でもない。

 

 外敵を忘れて同族で殺し合っていた人類を、突如として幾千幾万年ぶりに食物連鎖の頂点から叩き落とした海の怪物、深海棲艦。

 春也が目撃したあの化け物達が、その序列階層の最低位に燻る超越種。

 

 その出自は戦没者の怨念の集合体だの突然変異だの色々言われているが、深刻なのは、その脅威が瞬く間に数百万数千万と戦力を増大していったことだった。

 その被害はシーレーンが壊滅したなんてぬるいものではない。

 

 一切合切、蹂躙された。

 

 人同士の戦争に向けていた全精力を防衛に裂いてなお、世界各地から国が消えた。

 飛び地として利益を貪られていた植民地から本土防衛の名の下に戦力が引き上げられ、見捨てられた現地民は迫る深海棲艦の前に為す術なく生け贄と化した。

 それで見捨てた側が助かったかといえばそれもなく、有効打を与えられない火砲で押し下げられる一方の防衛線を築くのが精一杯。

 

 ただ黙って滅ぼされるのを待つ人類では当然ないが、しかし逆転の打開策などそうそう出ない。

 せいぜいが米国の未だ実験もろくに行えていなかった核兵器と―――日本の投入したオカルト兵器、『艦娘』くらいのものか。

 

 それらは果たして最後の希望なのか、それとも窮鼠の一噛み程度に過ぎないのか。

 半世紀以上を過ぎた現在の世界の有り様を見れば、あるいは歴然なのかも知れない。

 

 統治機構も満足に働かず、沿岸部でなくとも日々深海棲艦の襲撃に怯える村々。

 彼らは知らない――――深海棲艦の無い世界と、そして外国という概念そのものを。

 

 ここ三十年、提督が前面に立つことで辛うじて戦力としての体裁を保つ『大和鎮守府』―――政府とはとても言えない上に外に目を向ける余裕が無いとはいえ、その公式記録に、日本人以外の生きている人間を確認したものは存在しない。

 

 そう、つまりは―――――。

 

 

「世界は滅亡するっぽい!!」

 

「な、なんだってーーーっ!?」

 

 

 春也にとっては以上の概要を理解するまでぽいぽいぽいぽい気の抜ける語尾を挟みながら、夕立との問答や説明を繰り返した為、いまいち緊張感に欠けていたが。

 紛うことなき終末世界の有り様がそこにはあった。

 

(勘弁してくれよ………)

 

 目眩がしそうになるのをこらえ、春也は軽く溜め息を吐く。

 

 経緯をどう辿ったところで、明らかにここは自分のいた世界ではない。

 ただでさえ身一つで唐突に何も知らない場所に放り出され、帰る手段など分からない。

 それに加えて、元の世界―――春也のいた日本の日常のように、余程の不幸でもない限り命が脅かされることなどそうそうない安全も保証されてはいない。

 

 あの怪物―――深海棲艦に人々が虐殺され、村が滅ぶ光景だって、この世界ではよくあることなのだ。

 忘れ得ぬ血臭や、惨たらしく潰された死体の光景が、信じられないだの現実感がないだのといった戯れ言をいともたやすく打ち砕く。

 

 降りかかった理不尽に、さて考えられる反応としてはひたすら泣きわめくか、塞ぎ込んで現実から逃げ出すか。

 そうした当たり前の反応は理屈の上では何ら生産的ではなく、それどころか現状では命取りにすら成りうるが、それでも感情が先行するのが人間だろう。

 

 春也もまた、そうしたくなる誘惑を覚え――――理屈を取った。

 

「…………ん、なんとなく分かった。ありがとな、夕立」

 

 どれだけ衝動が襲っても、生きるのを諦める選択肢は取らない。

 そんな彼は、さて器用なのか要領がいいのか。

 

 夕立は、どこか澄んだ瞳で春也をじっと見つめてきていた。

 

「俺、この通り異邦人だから、知らない事が多すぎるくらいだけど――――」

 

「だいじょうぶ」

 

 夕立には、春也がこの世界とは違う場所、少なくとも深海棲艦なんて影も形も無い世界から来たことを既に伝えてある。

 

 夕立は、僅かも疑う事なく信じてくれた。

 

 純真だからとか、騙される事を知らないとか、そういうことではなく―――多分、もっと深い理由で。

 

 

「提督さんは、戦える。提督さんは、生き抜くことができる」

 

 

「そっか。それだけ分かれば、とりあえず今はいいや」

 

 砂を踏み締め、立ち上がった。

 

 この世界に来て、あの惨劇があったのが何時のことで、そこから何時間春也が気絶していたのかは分からない。

 丁度高く登った太陽が憎らしいくらいの青空を支配する下で、眩しそうに目を細めながら見上げてくる夕立に、春也は笑顔を返した。

 

 そんな彼の手を取り、こっちの方ー、とさしあたっての進行方向を示す夕立。

 暫くは何もかも彼女に頼ることにはなるだろうけれど。

 

 とりあえず、一歩踏み出してみた。

 

 

 

「提督さん、荷物荷物ー!置いてっちゃまずいっぽいー!」

 

「あたたっ、腕引っ張るな夕立、なんか関節が今ぐきって………!」

 

 

 そしてすぐ引き返した。

 

 






「………ロリ巨乳かな」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。