終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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年末はやっぱり忙しいですなー。




二章 新兵転戦編
鎮守


 

「なあ、夕立。そろそろ……」

 

「だーめ。提督さんはじっとしてるっぽい。

 大丈夫、夕立が全部やってあげるから!!」

 

「でも――、」

 

「動かないでーっ!提督さんは天井の染みでも数えてるっぽい!」

 

「天井ないぞ?」

 

 

 

「………うわお、いかがわしー」

 

「どこがだよ」

 

 川内の茶々に平静に返すのは春也。

 一晩を明かし意識を取り戻した時点で早くも肩の傷は違和感程度にまで快方に向かい、歩くくらいならもう全く問題がなくなったのだから、提督というものも大概だろう。

 

 春也に医学的知識なんて無いが、あの傷は体感で言えば骨までばっさり行っていた気がする。

 それは当事者故の大袈裟としても、完全に切り飛ばされない限りはもう少し深手でもちゃんと治りそうな予感がする辺り、今の自分の体がちゃんと水とたんぱく質で出来ているのか不安になりそうだった。

 

 それはそれとして―――夕立にとっては本当にそれはそれとして、らしい。

 

 春也が歩けると主張しても荷車から下ろしてくれる気配がない。

 それどころか、起き上ろうとする素振りだけでわたわたと腕を振りながら、泣きそうな顔でいいから寝ててと制止してくるのである。

 どう見ても自分より年下の女の子に荷車を引かせ自分はその上でのうのうと寝ているとか、居心地の悪さが半端ではないし、ましてや既に丸一日はそれで過ごしてしまっているのだが。

 かといって夕立の涙が春也に無視できるなんてあるはずもなく。

 

「まあいいじゃん。役得だと思ってお大尽やってれば?」

 

「うっせ。これが役得とか俺はどこの鬼畜外道だ」

 

「夕立は提督さんの為なら犬馬の労も厭わないっぽい………っ!」

 

「まあ、犬だよね」

 

「あいにくそりにくくりつけて雪道走らせる文化圏の出じゃないんだよ」

 

「?何それ」

 

「………滅びてんだな」

 

 けなげに引っ張り続ける夕立が止まらないので、仕方なくふてくされたように寝ころんだまま川内と遠慮の無いやり取りを交わすことにしたのだった。

 天真爛漫な夕立がこうまでなるくらいに心配を掛けたと思うと申し訳なさでどうにも座りがよくないし、現状では目を逸らして川内と心のこもらないやり取りをした方がまだましだ。

 

「やっと解放されたのです………」

 

 そんな春也に、何故か寝不足のように疲れ切った顔の電が感謝の視線を向けている。

 眠っていた彼は知る訳もないが、旅の途中に夜も更けるまでちょっかいを掛けてきて、終いには「呼んでみただけー、てへ」なんて恋人でない他人にやられたら殺意しか湧かないようなからかいまでされた電だった。

 活動に支障はなくても精神的疲労が洒落にならないくらい溜まっている。

 

 一方春也は、別に川内の相手が苦という訳でもなかった。

 この手の人の話を聞かない相手は未熟者の集まりである学校という集団の中には探せばいくらでもいたし、そういう相手と誠意なんて欠片も込めないコミュニケーションを取るのも、気を使う必要が全く無い分かえって楽な面もある。

 

 単に根っこが真面目な電だけが苦労したというだけの話なのだが、その苦労は果たして報われるものなのか。

 そして、春也に選手交代はしたものの、ちょっと遅すぎてあまり意味は無かったのではないか。

 

 

「――――で、あれが“鎮守府”ってことでいいのか?」

 

「まあね。それなりに見れる場所ではあると思うよ?」

 

 

 春也が目を覚ました頃には、目的地が既に遠目に見える位置に入っていた。

 

 進入路の限られた小高い山に囲まれた港という要害の立地。

 神社に負けず劣らずの立派な建屋がそれぞれ一定の隙間を空けながら林立しているが、立派といってもその方向性はやはり実用性を重視した造りに見えた。

 

 画一的な細長い建物が、トラックが複数台横に並べそうなくらいの間隔で配置され、時折入口の広い建物が厳めしい守衛を立てながらその重厚な扉を構えている。

 奥には倉庫の建ち並ぶ区画やグラウンドもあり、更にその向こうに連なる防塁の先に――――海が見えた。

 

 忌まわしき異形の湧き出づる水底、人に仇なす化生の魔窟。

 そんな深海の領域を潜めているとはつゆとも感じさせぬ、そんな澄んだ青が波間に日の光を煌めかせ輝いている。

 

 

「――――――っ」

 

 

 海なんて、別に初めて見るものでもない。

 それどころか春也の住んでいた街は海岸線からそう遠くなかったので、海水浴に行く頻度も高かったし、見慣れていた。

 

 人殺しの汚物が闊歩しているが故に、皮肉にも産業の発展による汚染が存在しない、綺麗な海では確かにあった。

 だが、それだけだ。それだけの筈なのに………春也の胸に、言い様のない深い感情がじわじわと浸透するようにその存在を拡げていく。

 

 感じる。あの海には、確かに何かが込められている。

 綺麗とか汚いとか、そんな形容を超越した“何か”が渦巻いている。

 否――――渦巻くというよりも、ただ純真なオモイそのものが、“流れ出して”水の一滴一滴になって溢れているような―――、

 

「すげえ」

 

 どうしてか言葉を失ってしまう春也の代わりとばかりに、それまでの何やらの懊悩を投げ捨てたかのように航輔が久方ぶりに口を開く。

 

「生まれて初めて見た!そっか、あれが海なんだな!?

 もっと恐ろしくて暗いものだと思ってたのに!なんだ全然綺麗ででっかいじゃん!!」

 

「!?いきなりはしゃぐから、びっくりしたっぽい」

 

「………黙ったりうるさかったり、忙しいヤツだな」

 

「でも、司令官が元気が出てよかったのです。電も安心したのです」

 

 子供のように拙い言葉で騒ぐ航輔のおかげで平静を取り戻した春也は、肩をすくめて電を見やる。

 「で、本音は?」なんて問いは、その本当に優しく航輔を見つめる電の表情から無粋と察して引っ込めた。

 心配事がなくなった時くらい、建前を間違えて本音にしてしまってもいい筈だ。

 

「ちょっとー、私が鎮守府を褒めた次の瞬間にこれって、なんか間抜けみたいじゃない?」

 

「知るかっての」

 

 春也は鎮守府より海に注目が移ったことに不服そうな川内をあしらいながら、今まで海を見た事のなかったらしい航輔―――この世界の海岸付近の危険度を考えれば無理もないが―――を見てふと思い出したことがあった。

 

(迷った時は海を見るといい。人間なんてちっぽけなもので、自分の悩みなんて大したものじゃないとよくわかる、か)

 

 海だったり空だったりはまちまちだが、ドラマやアニメなんかでたまに使われる言い回しだ。

 正直水や空気に光が屈折や散乱して青色になっている景色程度に、人間様が存在をちっぽけ扱いされてたまるかという春也は共感したことなど一度もない話なのだが。

 

 逆に言えば、共感出来る人間にとってそれはとても役立つ、どうにもならない焦燥や不安感のいい解消法になるのだろう。

 どうも共感出来る側らしい航輔には後で伝えておこうと思った。

 

「………案外、俺こいつのこと気に入ってるのかね」

 

 どうも自分が寝ている間ずっと塞ぎこんでいたらしい航輔。

 理由まで知っている訳はないが、それの解消に気がかりになる程度には、もう彼を友人と呼んで十分差し支えないくらいには思っているのを自覚した。

 

 そもそも航輔は、電によれば不安から道連れが欲しくて鎮守府への志願に春也を誘ったらしいのだが、春也にとっても仲間が出来たのは素直に嬉しいと思う。

 頼りになるかどうかは別として。

 

「なあ春也!お前ならこの感動、分かってくれるよな!?な!?」

 

「あーはいはいわかったわかった。っつかいいから離れろ、近いんだよ。

 復活したら復活したでやっぱ鬱陶しいし!」

 

「お、衆道?衆道?秋雲がなんか騒ぎ出す感じ?」

 

「殴るぞ」

 

「あはは、じょうだ―――うおあっ、まさかの夕立からの拳が飛んで来た!?危なっ!!」

 

「………え?だって提督さん、殴るぞってわざわざ予告してあげたっぽい?」

 

「きょとんとしてるよこの娘………。

 自分の攻撃即ち提督の意思と直結って覚悟完了しすぎじゃない?」

 

「お世辞言われても何も出ないっぽい」

 

「褒めてないよ!?」

 

「………まあ、“俺が”殴るとは一言も言わなかったしなあ」

 

 

 

 

 春也が目を覚まし、夕立も川内の相手をするようになり(ただし友好的とは言ってない)、航輔も元気を取り戻した為俄かに賑やかになった一行は、話が弾んでいる為に体感時間も早く川内の案内で鎮守府中央の建物の一室に通された。

 正確には一度待合室で荷物を預けながら待たされた後その間川内が報告と再度案内の為に己の提督とその上司の所へ行き交いしていたのだが、まあ大差はないだろう。

 

 それなりに地位のある男の執務室なのか、几帳面に整理された書類の棚と運搬に男手六人くらいは必要そうな重厚な机、そして棚に置かれた装飾を収める空箱が存在感を放っている。

 そしてその中身―――勲章、なのだろうか―――を装着して重そうな白い軍服を皺一つ無く着こなす威厳ある部屋の主が、机の向こうから春也達に眼光を飛ばしていた。

 

 精悍な顔にうっすらと刻まれた皺から察するに四十代くらいだろうか、だがきっちりした所作と弛みのない鋼の様な雰囲気により十年程度は若い印象を受ける。

 きっちりと揃え整えられた短髪は金がかって見え、背後の窓からの逆行も併せさながら獅子を思わせる圧に、航輔など先ほどから忙しなげに電の後ろに隠れられないかとじりじり動いている。

 あとついでにそんな情けない(ご褒美なのです)主に、電の口元が微妙ににやけているのは見なくても分かった。

 

 部屋にいるのは、その男と、なんだかんだでいつも通りの春也に夕立に航輔に電、あとは男と勲章以外は揃いの服を着ているものの他は正反対なくらいに軽薄な雰囲気の青年が男の後ろに控えている。

 他にも右後ろの部屋の隅から視線と気配を感じるが、一応気をつけの姿勢で男と向かい合っているのでその人相はまだよく分からない。

 

 とりあえず後ろの人は今の時点で話に関わる人物ではないのだろう、気にしないことにしよう。

 そういう風に春也が考えたあたりで、芯の太い良く通る声で男は話を切り出した。

 

「伊吹春也並びに隷下艦娘『夕立』、紀伊航輔並びに隷下艦娘『電』だったな。

 私は大和鎮守府外海方面部隊戦略統括長、厳島龍進(いつくしま・りゅうしん)中将だ。

 

 報告は簡易的にだが受けている。まずは礼を言おう、“現時点では”民間人である君達が深海棲艦を食い止めてくれたおかげで、被害が最小限に抑えられた」

 

「…………」

 

 一番最初に出るのがそれであるあたり、まともそうな場所だな、と見当をつける春也は果たして計算高いのかそれとも逆にまだ認識が緩いのか。

 一拍置いて、厳島と名乗った男は更に続ける。

 

「そして、今後は我らが鎮守府の一員として、人民の安寧と未来の為に尽力したいとのことだな?」

 

「はい」

 

「…………は、はいっ!」

 

 眼光で射抜かれながらの確認に、単にここまで来て考える意味も無いのでという理由で適当に即答する春也と、緊張で固まったまま電に突っつかれてから辛うじて上ずった声で返答する航輔。

 そんな違った二人の態度に、厳島が何を思ったのかはその顔からは覗えない。

 だが、次の問いでは誤魔化しもその場しのぎも許さないと力を込めてきた。

 

「成程……ならば問おう。君達の正義はなんだ?」

 

「正義、ですか?」

 

「例え艦娘という対抗手段があろうとも、深海棲艦との戦いは過酷にして苛烈。

 明日の命も保証されていない戦場に出る覚悟は、その胸に宿る正義から来るものの筈だ」

 

「「…………」」

 

 要は志望動機か、と春也は理解した。

 何が哀しくて異世界に来てまで就活体験せにゃならん、と思ってしまったが、ふと見ると隣の航輔が本当にヤバそうな青い顔で震えているので助け舟を出すことにした。

 

 確かに航輔の志望動機は「鎮守府所属の提督なら良い暮らしが出来ると思った」だから、こんなどう見てもガチの軍人さんに堂々と言えるものではないだろう。

 なので、春也がまず先に喋りあとは「右に同じです」と言わせればいい。

 

 幸い春也はこういうものに関してそれっぽい理屈をつけるのは得意な部類に入る。

 数秒で結論と大まかな構成を練り、あとは話しながら考えようと口を開きかけたところで―――釘を刺された。

 

「正義、とは言ったが。別段覚悟を誘発させるに足る理由ならばそれでいい。

 復讐でも名誉欲でも大いに結構。ただし正直に話して欲しい」

 

「………なら、本音で言いますけど」

 

 観念した春也はどこか投げやりになってぶっちゃけることにする。

 己の意見が、大抵の人間からはまともと見なされないのを理解していながら、それでも自分にはこれしかあり得ない“戦う理由”を。

 

 

「――――ていうか、そもそも深海棲艦と戦うのって、正義とか覚悟とかそんな話なんですか?」

 

 

「どういうことだ」

 

「例えば、ここで寝ろと閉じ込められた部屋。脱出口は無い。凄く汚い。

 壁を毒蜘蛛が這っている。

 天井に殺人蜂が巣を作っている。

 入口前で大蛇がとぐろを巻いている。

 伝染病持ちのハエが排水溝に集っている。

 電話一本ですぐに呼べる駆除の業者なんていないなら――――諦めてそこでぐーすか寝るのか?寝れるのか?

 そんな部屋(せかい)から逃げられないのなら、そしてそいつらを処分する為の艦娘(ちから)が有るのなら。

 

 危なくたって、汚物共は全て駆除して叩き出す…………人間ってそういうものだと、俺は思います」

 

「「「…………」」」

 

「……くすっ」

 

 春也は自分に唖然とした視線が集まるのと、夕立が嬉しそうに笑んだのを感じた。

 正直、自分が異常なのは分かっていても、それが何故異常なのかはいまいちピンと来ないのだが。

 

 生まれた時から人類が深海棲艦に絶滅の危機に立たされた状況の彼らとは、ある意味この終末世界はもともとこんなものなのだと諦観してしまっている彼らとは、前提が違う。

 超越者となった異邦人は、そんな己を無自覚に貫くしか知らぬ。

 

 

 

「俺はここに、兵士になりに〈戦争をしに〉来たんじゃない。

―――――ゴミ掃除をしに来たんです」

 

 

 

 それが、深海棲艦のいない平和な世界で育った少年の認識だった。

 

 





☆設定紹介☆

※春也の祈り・11話時点

 世界は輝いている。
 人生は希望に満ち溢れている。

 だから、命は何よりも尊いに“違いない”。

 別段こう思っているのは特別春也に限った話ではなく、むしろこの祈りは誰もが当たり前に持っているような認識である。
 誰だって自分や自分の愛する人達が生きていることに価値がないなんて思いたがる訳がないし、故に生きているということの価値を否定する人間というのは余程誰も愛さずかつ自分も生き続けることに希望を全く見出せない、そんな追い詰められきった人間くらいのものだ。

 もちろん、人生を歩む内に相手によって例外や優先順位、果ては「こいつが生きていることが許せない」なんて間逆の否定も合わせて抱いていくこともあるだろう。
 しかし、もともと根源的に命に対する信仰といっていい程の狂的な思想を持ち、現代日本の何不自由ない平和で満たされた環境でそれを更に育んだ春也は「死んでいい人間」なんて枠を作ることは一切なかった。

 そんな積み上げた塔のような命への信仰は、この世界で人々が深海棲艦に無意味無価値に虐殺される光景の前に土台から発破解体される。

 瓦礫が変じたのは、命を踏みにじる汚物への殺意。
 勝手を認めないし存在を許さない。
 そして、それは例外なく“元”人間だろうが命持つ者とも認められない、価値などありえない。

 自業自得すら生ぬるい、何も出来ないままに自滅して朽ち果てろ、仕方ないから手伝ってやる―――。


 “今はまだ、この程度の狂気”。



 なお、生命礼賛とはまた微妙にベクトルが異なる。
 必死で生き抜く姿がいいとか誇りある生き様がいいとか、そういうものに関しては一般人と同じ程度の感慨しか持たないし、そういう人生を送った人間が怠惰な人生の人間よりも価値があるなんて見方はしない。
 単純かつ純粋な命の存在価値のみに重点を置いている。
 故に、生きる為とか誇りをもって行動してとか、どんな理由があってもそれで人を殺せばただのゴミ扱い。
 逆に言えば、人の命を奪うような真似さえしていなければ、それがどんな悪人でも殺すとか生きていちゃいけないなんて言い出すことは絶対にないし、そいつが死にそうな目に遭っていたら可能な限り助けるという妙な懐の深さがある。


…………ところでふと思ったんだが、仮にこれで人を殺したセージをゴミ認定したとして、春也は逆十字に引っ掛かるのだろうか。
 そもそも相手を人間として見なくなり、腐ったゴミとそれに湧いたハエやゴキブリに対するものと同列項の殺意と嫌悪感を抱く訳だが。



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