終焉世界これくしょん   作:サッドライプ

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しかし、よく寝る主人公というか………。




誘導

 

 夕立と敵艦が戦闘を繰り広げた街道脇。

 川内がその場に居合わせたのは、当然偶然ではなかった。

 

 哨戒の網に掛かった深海棲艦、それも人型を迅速に殲滅する為に緊急で駆けつけたのだと語る川内は、即ち単騎であれを確殺するに足る実力を持つと見ていいのだろう。

 その川内の案内で一行は彼女の所属する『鎮守府』までの先導を受けることになったらしい。

 

………“らしい”と伝聞形なのは、負傷した春也が手当てを受けたところで、体が休眠を求めるのに抗えなかった為、到着するまで意識が曖昧だったからだ。

 

 後でまたこのパターンか、とぼやくことになる春也の静かな寝息を聴きながら、街道を往く夕立は彼を乗せた荷車を慎重に引いていく。

 そんな彼女に、川内は余裕のある笑顔を湛えながら話を振った。

 

「代わろうか、夕立?私はあの人型による被害が出る前に駆逐せよ、と命令を受けて来たから。

 それなのに私がもう少し早く着いてたらこの人の怪我も無かったと考えると、少しは申し訳なくもなるしね」

 

「別に。“それについては”謝ることでもないっぽい」

 

 数刻経っても引き摺っているのか、途中から戦いを出歯亀していたことについては当て擦る言い方でその申し出を断る夕立。

 その口調はいっそ冷たいくらいに拒絶の色合いを含んでいる。

 

 信用できない。自分の大事な提督(春也)を預けるなんて以ての外。

 口には出さずとも容易にそんな思惑が読み取れた川内が苦笑しながらなおも喋るのを止めない。

 

「あはは、嫌われちゃった」

 

「…………」

 

「好かれようとしているとも思えないのです」

 

 話すのももう嫌だと言わんばかりに黙りこくった夕立の代わりに、少し遅れて歩いていた電が返答をするが、その声もまた硬さを含んでいた。

 

 どうもこの川内、“うさんくさい”のだ。

 

 春也が重傷を負っている中で彼を必死に守りながら深海棲艦と戦う夕立という戦況下で一時的とはいえ傍観を決め込んでいたという、初対面としてはマイナスの大きな第一印象を抱えているにも関わらず、へらへらと笑いそれを払拭しようという姿勢は見えない。

 

 更に言えば、春也が負傷したこと自体は航輔を庇ったことも含め、ただ自分達の実力が足りなかった故のこと。

 そのことについて川内を責めようものなら、滑稽なのも惨めになるのも自分達の方だ。

 それを分かっていながら『申し訳ない』とわざわざ言い出すのは、明らかに誤用の意味での確信犯であるとそのにやけ面に書いてある。

 

 喧嘩を売っていると解釈されても致し方ない。

 別段出会ったばかりの野良提督と艦娘に誠実である必要は無いのかもしれないが、それならそれでそんな川内を嫌うのも夕立達の自由だった。

 

「あ、気に障った?本当にごめんね、どうにも私、自分の提督の態度とか移っちゃってるみたいで、人を怒らせること多いんだ」

 

「……呆れて言葉も出ないのです」

 

 挙句に、訊いてもいないのに自分の提督も似たような性質だと遠回しにひけらかす彼女に、電も相手をするのがうんざりしそうになる。

 それでも相槌を打つのは、律義さ半分と、あとは川内がこの調子で延々と話し続けるのを聞いている方が苦痛だからである。

 

 少し接しているだけで分かったのだがこの川内、どうにも黙っているのが我慢ならない性質らしい。

 しかし適当に何か言っておけば、それを聞く為にこのおしゃべりは一度止まる。

 そしてその貧乏くじの役割は、電以外引く事すらなかった。

 

「「…………」」

 

 夕立は完全に話に参加する意思が無いし、春也は夢の中。

 己の主である航輔は、心ここにあらずといった様子で数歩遅れてとぼとぼと歩いている。

 

 どうやら先ほどの戦いの衝撃が冷めやらぬようだが、さて何に衝撃を受けたのかは電にも判然としない。

 

 春也が重傷を負いながら、躊躇い無く殺し合いに復帰しようとしたことか。

 自らは何もしていないとはいえ、すぐ目の前まで近付いた死線を潜ったことか。

 電達だけでは為す術無く殺されていた、人型深海棲艦と出くわしてしまったことか。

 

…………そういえば、航輔の両親を殺したのも人型だったか。

 

 訊いてもいないのに鎮守府で別の提督の隷下にある那珂の前で夜戦(意味深)を連呼してセクハラし、しまいには泣かせたなどという全然笑えない話をオーバーな抑揚をつけてし始めた川内に適当に相槌を打ちながら、ほんの少し昔を思い返す。

 

 その情報自体は伝聞でしかないが、電と航輔の出会いは人型が蹂躙した戦場跡だった。

 電の記憶の始まりは神社ではない―――ふと気付けばそこにいて、両親の骸に泣き縋る航輔を見つけたのだ。

 

 親しい人間が死ぬことなどこの世界ではありふれている、そんなことは誰に教わるでもなく電も知識として知っていた。

 人型は鎮守府の艦娘によって既に殲滅されているとはいえ、そんな場所に長く留まっていて安全になる訳はないし、庇護してくれる存在がいなくなった子供では生きる為に行動することに時間がいくらあっても足りない。

 

 ある意味ドライだが、骸を見ればまず自分を生かす為にその所持品を漁れ、というのが人の命が羽より軽いこの世界の暗黙の風潮である以上、航輔の無駄な時間の浪費はそういう意味では愚かの一言に尽きた。

 例え両親でも、いや両親だからこそその死は自分を生かす為に“有効活用”しなければならない。

 僅か半世紀の間に何億もの人類が殺され、極東の島国の僅かな地域のみがその生存領域となってしまった世界の冷たい“正常”からすれば、航輔の行動は間違いなく落第点である。

 

 だが、電はその姿に何か胸に迫る物を感じ、気が付けば声を掛けていた。

 

『泣いて、何になるのですか』

 

『…………何にもならない。でも、悲しいのに泣かないなんて、そんなのできる訳ないだろ』

 

『そうやっていつまでも泣いているのですか?』

 

『そんなの知るか。明日も悲しければやっぱり泣いてるし、楽しい事があったらきっと笑う。

 いつまでなんて、分かりっこない』

 

『――――』

 

 電の詰るような問いに、甘ったれた答えを返した航輔。

 それでも電は―――自分の提督はこの人しかいない、そう思った。

 

 両親の死という現実を受け入れない訳でもなく、見ない振りをして賢ぶるのでもなく、ただ悲しいから泣く。

 恐怖にみっともなく震え、初対面の人にも警戒を怠って壁を作ることなく接し、提督になった今ではいい暮らしが出来るという陳腐で手軽な幸せだけを見て浅ましく舞い上がる。

 

 現在(いま)を肯定する――――。

 

 そんな、この世界では“みっともない”“情けない”としか言いようのない姿が、電には何故かかけがえの無いものに思えるのだ。

 

 だから。

 

(ああ、司令官のしょぼくれたへたれ顔が、電の疲れた心を癒していくのです…………っ)

 

「あれ?おーい、聞いてるー?」

 

「もちろんなのですっ!」

 

 きりっ。

 

 残念な内心に気まぐれな猫を被せ、川内と適当に会話をしながら悦に浸るという器用な真似をする電。

 アクシデントで旅の遅れを余儀なくされた一行が翌日に鎮守府へ辿りつくまで、電はそうやって頑張るのだった。

 

 

 

 

 

 そんな一行が立ち去った後の、人型深海棲艦の襲撃を受けた場所。

 

 そも“人型”とは何か?

 

 春也の中の『艦隊これくしょん』にある通り、海上に出ればいくらでもとは言わないまでも、この世界でもヒトの形をとった深海棲艦を見つけるのはそこまで難しいことではない。

 しかし“深海”棲艦と名を冠する以上、そもそも異形らは致命的なまでに陸上行動に適しておらず、それは地上の食物連鎖の頂点に立つ人間の姿を模していても同じだった。

 

 重装、堅牢。

 その一匹一匹が個体差はあれど軍船の火力と防備を持つが故に、浮力という水の加護を失えばそこに在るだけでいとも容易く自壊する。

 まるで“そう定められている”かのように、陸に上がってしまった深海棲艦の寿命は決して長くない。

 

 だがその法則の例外か、それとも適応能力すら人智を超えているのか、現れたのがこれまでにも春也が何度か戦った“陸上種”であった。

 まるで環境に適応する為に、一度退化と進化をやり直したかのようなことさら特異かつ怪奇な形質を有する種であった。

 

 おたまじゃくしからやり直し、足を生やし、腕を生やし、水上水中を行く術を切り捨てて地を駆ける能力を会得する。

 当然その途上では戦闘能力が半端な変質の犠牲になり、陸上種は通常の深海棲艦と比べ総合的に半減した戦力しか有しないが――――進化の終着に達した瞬間、その力関係は逆転する。

 

 順当に強化された通常の深海棲艦――いわゆる“発光種”ですら遠く及ばない脅威、それが人型深海棲艦―――正確には“陸上覇種”である。

 知能、装甲、機動力、殺傷能力、どれをとっても軽く他の十倍は跳ね上がっている正真正銘の化け物。

 

 はっきり言って初見で必殺を狙う夕立の異常なまでに凶悪な能力がなければ、経験の浅い提督二人と駆逐艦娘二人では抵抗すらままならなかっただろう。

 それだけに援軍である筈の川内がその異常さに興味を惹かれ、面白半分で様子見を決め込むということにもなったのだが。

 

 そして、そんな人型には、殆ど知られていないもう一つの特色がある。

 

 

 

「……あれ?わたし、は………?」

 

 

 

 派手に弾薬を撒き散らしながら全速力で動き続けた夕立の消耗を補填し、あとは誰も回収しようとしなかった為に風に曝された人型の骸。

 それが影も形も無くなったと思えば、代わりとばかりにそこにいたのは修道女のような黒服を纏った少女だった。

 

 その飾り気の無い丈長のワンピースを物騒に彩る二門の鉄の砲塔が、その気弱げな容貌の少女に隠された牙を象徴するように存在感を主張している。

 しかし、それを見るものは誰もいない。

 

 時は既に夜、比較的まだ安全な地域とはいえ、深海棲艦の跋扈するこのご時世で深夜にこんな開けた街道を進む人間などほぼゼロといってよかった。

 夜間偵察機も暗闇の中で探すのは深海棲艦の凶悪な巨体である為、誰もその背も小さな少女の存在に気付かない。

 

 月明かりに照らされた長めの前髪の下で、目覚めた少女は生まれたばかりの曖昧な自我で、孤独と寂しさにその円らな瞳を潤ませる――――ことはしなかった。

 

 似た生まれの電と違い、彼女には幸か不幸か道標が既に“付着”している。

 己の提督(あるじ)を認証する為に必要な魂の情報は、深々とこぼれ出した生命の滴が、乾いてもなおその輝きで少女を惑わしている。

 

 それは生まれたばかりの彼女にとってあまりに毒だ。

 身を犯し、心を侵し、存在を冒す、無垢をどす黒く染め上げる猛毒の祈りだ。

 

――――滅ぼせ。処分。廃棄。駆除。駆逐。“人殺しを、許すな”。

 

 是非の判断などつかないまま、彼女はその強烈な意思に染め上げられる。

 それが悦楽か悲哀かも分からずに、ただ己が生まれの性として自動的に少女は認めてしまった。

 

「私の司令官は、このひと」

 

 契約が成る。魂を繋げる。

 目的意識が生まれ――――そして、物凄く困った。

 

 名前も知らない、顔も知らない。

 繋がりはなんとなくの方向を示してくれるが、あてになるほどはっきりした感覚でもない。

 そしてそれすら、生まれたての五感が初めて捉えるありとあらゆる未知の感覚と混線して自覚すらできない。

 

 自分の提督になってくれた人に会わなければ、探さなければ………そうは思うのだが、手掛かりがほぼゼロだ。

 たった一つの感触だけを頼りに人を探す、その途方も無さを、しかしまだ彼女は知る由もなくとりあえず動き出す。

 

 そう、唯一の標―――片手の指と爪をどす黒くコーティングし、染み込むような血の感触。

 

「ぺろ、ん、ちゅ…………れろ、っはふ」

 

 そんな指におもむろに口を付け、乾いてしまった血を溶かす様に無心に舐めて己に少しでも馴染ませる。

 ふらふらと歩き出しながらも、彼女はただそんな奇行に耽るほどに大きくなる不思議な胸の高鳴りに困惑していた。

 

 それを排出する様に、熱い吐息と共に呟く。

 

 

「私の、羽黒の司令官、どこですか……?」

 

 

 茫洋としたか細い声は、冷たい夜風に紛れてすぐに消え去るのみだった―――。

 

 





☆設定紹介☆

※ドロップ

 この世界では、艦娘神社以外で唯一艦娘が生まれる方法。
 やり方は簡単、死んだ深海棲艦の躯を全部資源にして解体するのではなく、原型を残した状態でほったらかして野風に曝すだけ。

 強力な深海棲艦ほど発生しやすい(人型ならほぼ絶対)が、低級な個体だとそれに比例して確率が下がりぶっちゃけその資源を有効利用して艦娘を一から作った方がよっぽど早い。
 そして強力な奴らはそれはそれでそんな強い相手が倒された後その戦場に一日も二日も留まりたがる馬鹿はなかなかいないので、ドロップの瞬間を見たことのある人間はほぼいない。

 こうして生まれた艦娘も自分がどうやって生まれたかなんて自覚していないので、何故かごく稀に艦娘が自然発生している、として片付けられている。
 なので、この仕組みを知っている人間はゼロと言っていい。

…………なお、ここまでで一つくっそドロドロしたヘビーな事実がある訳だが、お分かりだろうか。

 今回の話をよく読み直すと…………。

 あ、羽黒ちゃんマジ依存系ヤンデレ臭とか今回一話一ぽいぽいのノルマ達成し損ねたとかではないです。


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