貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

9 / 59
Re.Beyond Darkness 9’.『春菜と秋人~Haruna's Strike!~』

45

 

 

「…春菜お姉ちゃん。まだ決まらないのですか?」

「うーん……もうちょっと…」

 

二つのワンピースを交互にあてがって、鏡と"にらめっこ"中の春菜………お姉ちゃん。

 

「うーん…こっち? それともこっちかなぁ…?」

 

白く華奢な背中、鏡に写る顔は真剣そのもの。

 

今日はアキトと"二人っきりで遊びに行く"―――これは"デート"というものらしい。

 

「…うーん、どっちかなぁ……?」

 

家族となり、姉となってくれた春菜は淡青の下着(えっちぃ)姿でデートの服を延々悩んでいた。

 

「…またカゼをひいても知りませんよ、春菜………お姉ちゃん」

 

ふぅ、

 

思わず吐息が溢れた。思いの外大きな音だったので心配するが、服選びに夢中の()は気づかなかったようで――

 

「カゼなら大丈夫だよヤミちゃん。心配してくれてありがとう」

「…なら、いいんですが…」

 

鏡越しに微笑んでいるウチの姉。こんなえっちぃ姿で自然に笑えるなら、元気になったのだと思う

 

 

春菜が倒れたあの日――たくさんの友人がウチに押しかけてきた。

 

 

お見舞いに来たプリンセス・ララや結城リト、古手川唯、籾岡里紗などなど。見舞いに来れなかったクラスメイトからも花や手紙が届けられた。春菜は申し訳なさそうにそれを受け取り、嬉しそうに笑っていた。

 

 

―――自分の家族(・・)が慕われて、嬉しかったのを覚えてる。

 

 

(……家族(・・)………、家族ですか、この私が……)

 

 

ティアと別れ、いくつもの惑星を渡り歩き、広い宇宙で根無し草だった自分。

 

名前を無くし、安らぎとは程遠い生活を送っていたあの頃。

 

これまでも、これからも、闇の中にいつまでも一人きり―――そう信じて疑わなかった。

 

 

けれど。

 

 

(…アキト、春菜……貴方達は私にとって――)

 

 

「…こっちだとスカート短すぎるよね?ヤミちゃん」

 

声にはっとすると、眉間に皺を寄せている少女と目が合った。真昼の日差しを浴びながら怪訝そうにヤミを見つめている。

 

「さっきから何度も訊いたのに…ヤミちゃんってばボーっとしてるんだから」

 

いつも物腰の柔らかい春菜が不満を隠すことなくジトッと睨んでいる。真剣なのだ、ものすごく。ヤミのようにぼうっと物思いに耽る暇はないのだ。

 

「す、すみません…ええっと、そうですね…」

 

威圧感満載の春菜に少しビクビクしながら、いつもの口調でヤミは答えた。

 

「…そこまで短いとは思いませんよ。長いと脚の動きが制限されますし」

「そう? でも階段とか…その、見えちゃったりとかしないかな」

「…今、見えてます」

「い、今じゃなくって!」

 

もう!と顔を赤くしながら春菜は別の服を手にとった。慌ただしい様子にヤミは不思議そうに眉を上げる。

 

(…春菜といい美柑といい、なぜあんなに悩むのでしょう…何を着ても似合うと思うのですが…)

 

ちぎっては投げ、ちぎっては投げと春菜は次々服を選んで捨てる。ベッドも床もたくさんの服や下着で溢れかえり、まるでドロボウに入られたように散らかっていた。

 

(…まったく、コレではアキトの部屋と大差ありませんよ)

 

「う~ん…、こっちだと靴は…うーん…」

 

しかし、散らかった部屋も鏡の前で裸で悩む姿も、決して他人では見られないもの。家族だからこそ見られる自然な振る舞いだとヤミはもう知っていた

 

(……家族とはもしかするとチョット面倒、かもしれませんね……)

 

ふぅ、

 

ヤミは少し大げさに溜息をついてみせる。今度も、ぶちぶち悩んでる春菜には聞こえなかった。

 

「これにしようかな…でも、あんまり薄着すぎるのも…あーん!でもでも…っ!」

 

「…やれやれですね…」

 

春菜と一緒に喜んで、春菜と一緒に悩んで、落ち込んで。

 

鏡の前で延々悩む春菜も、こうして後ろで溜息をつく自分も、なんだか可笑しくて微笑ましくて、

 

 

フフッ

 

 

ヤミは珍しく声を出して笑った。

 

それはとても小さな笑顔だったが、とてもとても幸せな笑顔だった。

 

 

 

 

「……よし、やっぱりこっちで決まり!」

 

と鏡の前でくるりと回り、納得する春菜。エンドレスで付き合わされていたヤミも安心し、胸を撫で下ろした。

 

「…決まったようで何よりです」

「あっ! もう時間がないよ!?ヤミちゃん!」

「…急げばまだ間に合いますよ」

 

片手に握ったままだったワンピースをポイっと放り投げ、服のシワを伸ばして軽くホコリを払う。髪をクシで梳かしたら、今度は薄く化粧をして―――

 

「…デートとは、大変なんですね…」

 

しみじみ、感慨深げなヤミの感想。

 

「えっ?! やっぱりヘンかな?」

「…いえ、とっても似合ってます。だからもう変えなくていいです」

「そ、そう? やっぱりあっちの方が…」

「………時間、いいんですか?」

「ああっ、そうだった!アクセサリーも選ばないと!」

 

背中越しの冷ややかな声に、春菜はあたわた慌て始める。困ったように眉を寄せて大忙しで大混乱。普段の春菜とはまるで別人のような子どもっぽい姿、見ていて微笑ましい

 

(……アキト。貴方が春菜をカワイイと言う理由、分かった気がします……フフッ)

 

「ああ、もう、どうしよう! 1つずつ全部試したほうが良いよね?!」

「…それでは時間がいくらあっても足りませんよ」

 

それにもう決まっているはず、とヤミは金の大腕で春菜の髪に白百合の髪留めをつける。白い小さな花の(つぼみ)を模したそれは春菜をより一層輝かせ、変身(トランス)させた。

 

「あ、そうだね。やっぱりこれが…流石は私のカワイイ妹だね!」

 

振り向いて頷く春菜と目が合った。そして黙って見つめてしまう

 

「………これは。」

 

微笑む少女は、同性のヤミから見ても魅力的だった。

 

裾にフリルがあしらわれた薄青色のワンピースと、腰には細い革製のベルト。なよやなかな腰のラインが花のように淡い色香を放っている。

 

風にふわりと揺れるワンピースが乙女の魅力を最大限に引き立て、正に可憐。春菜自身の持つ優しげな空気も相まって、まるで朝露に輝く白い百合のよう

 

――カワイイ、です。

 

「えへへ…ありがと。ヤミちゃん」

「? 何か言いましたか」

「お褒めの言葉をいただきましたので」

 

照れ笑う春菜に目をぱちくりさせるヤミ

 

――しあわせそうな表情(かお)して…そういう笑顔はデート相手(アキト)に向ければいいのでは……

 

「…なんだかモヤモヤしますね」

「?どうかしたの、ヤミちゃん」

「いえ、別になんでも……それより時間がありませんよ」

「たいへんっ! もう行かなきゃ!」

 

春菜はそう言うと、ドアすら閉めずに飛び出していった。どたどたと喧騒の音が遠くなってゆく

 

「…まったく、最後まで慌ただしい…」

 

ひとりポツンと残されたヤミはドアの方を眺め、溜息をつく。今日はやけに溜息を溢している気がする、春菜の準備を手伝って自分も緊張していたのかもしれない。

 

「…なぜ私が疲れて…、デートとは理不尽なものですね」

 

ヤミはぶつぶつ言いながら変身(トランス)で片付け開始。乱雑に引っ張りだされた服を畳みながら器用にしまってゆく

 

「………これは?」

 

ふと、変身(トランス)の手に一着のワンピースが。春菜のものでもサイズが一回り小さい、子供の時の物だろうか

 

「服、ですか…。」

 

一瞬、先程の春菜の姿が思い浮かぶ。

 

作業を一時ストップしたヤミは自分の服を、美柑のお下がりである藍色ホットパンツと白いタンクトップを眺めた後、鏡の前へとおずおずと居直ると、

 

「少し、地味…でしょうか」

 

タンクトップの裾をつまみながら、小さく呟いた。

 

「……………。」

 

少しばかり逡巡したのち、ヤミは先程の白いワンピースを手にとる。サイズ的には問題なさそうだ

 

「……なるほど、こういう感じに……」

 

鏡の前で身体にワンピースを合わせて―――

 

 

ニコッ

 

 

(…わ、悪くないかもしれません。こういうのがアキトにも…―――?)

 

「…はっ」

 

鏡に映り込む、ドアから覗くもう一つの影。ヤミの頭のひとつ上、白百合の髪留めが真昼の光にニンマリと(きら)めている

 

「な、なに見てるんですかあっ! さっさと行って下さいっ!」

「わあ!怒らないでヤミちゃん!いってきますって言い忘れてたからっ!」

 

 

いってきます!

 

 

ヤミは上機嫌な背中にワンピースと"いってらっしゃい"を投げつけた。

 

 

46

 

 

「…………チッ」

 

駅前広場に、男が1人。

 

つま先で石畳をコツコツ叩き、腕を組んで虚空を睨んでいる。時々、行き交う人の中から女性を見つければギロリと睨んで舌打ち―――誰がどう見ても男は不機嫌な様子であった。

 

「遅い…!春菜は一体なにやってんだ!」

 

待ち合わせ時間からもう3分も経っている。まったく、何かあったのかと心配に……全くもってなってない

 

「遅い!遅すぎだ!やっぱり病み上がりだからか?いやいや、今日の朝は普通に元気みたいだったし、余計な心配は過保護のバカ兄貴だと思われるし…」

 

『もう既に過保護のバカ兄貴じゃないの』

 

ぶつぶつ言っていたら"内なる唯"が話しかけてきた。

 

俺の心に棲む"内なる唯"は彩南に住む唯とはまるで違うクール&ツンヒロイン。見た目は同じでもタイプが違う、誰に対しても口調が厳しくピリリと辛口だ。

 

『いつも春菜春菜春菜って、バカみたいにデレデレして甘やかしてるじゃない』

「何を言う!俺はいつも春菜に厳しく、しっかりもので厳格な兄だろ」

『ハッ』

 

仁王立ちで鼻を鳴らす内なる唯。傲慢な王のような態度がとても様になっている。

 

『まだ待ち合わせ時間を少し過ぎただけじゃない。もっと心に余裕を持ちなさいよ』

「…普段いっぱいいっぱいの唯に言われるこの屈辱…」

『あによ、3分も待ってあげられないクセに』

「あのなぁ、3分だぞ! 3分あればカップラーメンが1億個は出来るだろーが!」

『ハァ? せいぜい1個でしょ。何言ってるの?』

「同時に作ればそれだけ作れるだろーが!」

『それなら好きなだけ作れるじゃない!バカじゃないの!?』

 

内なる唯が真っ赤な顔で怒鳴ってくる。こうして俺と唯はいつも喧嘩してしまう。一体、いつになったら唯はデレてくれるのか、このまま鉄の処女(アイアンメイデン)と呼ばれて、一生独り身なんてことになるんじゃ―――

 

「ごめんな、唯。お兄ちゃんが撫でてやるからな? 元気だせな?」

「う、うん…。お兄ちゃん…」

 

ハンドバッグを抱きしめながら、おずおずと唯が近づいてくる。上目遣いがカワイイ

 

「………にふへへ」

 

撫でてやると、キリリとした目がだらしなく垂れ下がる。まるっきり子どもだ。まったく、しょうがないヤツめ、なでなでなでなで…―――――ん?俺は一体何してるんだ

 

「にふえへへへ…、撫でられるの気持ちいい…」

「…何してんスか」

 

いつの間にか、目の前に実物の唯がいた。袖なしセーターの巨乳とデニムスカートから覗く生脚が眩しい。

 

「こら唯、一体いつから居たんだっての」

「にへへへ…えへへ」

 

大人のお姉さんっぽい装いの唯が「にへにへ」言いながら悶えている。俺は未だかつてこんな緩みきった唯を見たことがない。デレる唯もカワイイがちょっと危ない人にも見える

 

俺は撫でている手をおおきく振りかぶって――

 

「あいたっ! なんで叩くのよ!お兄ちゃん!」

 

正気に戻った唯がさっそくツンツンする。良かった。キリっとした切れ長の目に睨まれると、なんだか安心するのだ。

 

「オレはここで――ホントのエースになる!!」

「えっ? なんのこと?」

「…なんとなく言いたくなっただけだ。しかしだ唯、空気読めっての」

「な、何が?」

 

全く心当たりがない唯は目をぱちくりする。ズビシッと唯の鼻を指して

 

「今日はな、お兄ちゃんはな!春菜とデートなんだよ!ニヘヘ…おっと、素の笑いが溢れてしまった」

「ええッ!? 西連寺さんとデート!?!」

「フッ…、まぁ、春菜がどーーーーーーっしてもってお願いしてきたからな」

「ハレンチな!兄妹でデートなんてハレンチッ!うらやま…ハレンチですッ!!」

「うーん、この慌てぶり。やっぱりこっちが唯らしいよなぁ」

 

唯は顔を真っ赤にしてギャーギャー騒いでいる。内なる唯はどうもツンが強いすぎるのだ。たまにはデレるかあわあわしてほしい。

 

「ハレンチ!ハレンチ!ハレンチ!はれ………なによ、私だってお兄ちゃんを心配して…」

「……唯?」

「ふんっ」

 

赤い顔でハレンチハレンチ騒いでた唯が、急に大人しくなった。まるで人が変わったかのように仁王立ちで俺を睨んでくる。傲慢な態度は内なる唯のようで…

 

「お兄ちゃんの方は大丈夫なの?春菜をキチンとエスコートできるの?」

「ふん、当たり前だろ?どんとこいっての」

「…ホントに?」

「なんだよ急に静かになりやがって…大丈夫だっての。たぶん」

 

それに、春菜がデートにアレコレ注文をつけるタイプだとは思えない。『割り勘はイヤ』とか『電車の時間くらい調べときなさいよ』とか文句を言う姿なんて1ミリも想像できないし

 

(…いや、春菜は俺にはキツいところあるし…もしかすると…もしかする……のか?)

 

「やっぱり、心配なのね?」

「…ズルいだろ唯、煽りやがって」

「あら、煽ってないわよ。お兄ちゃんがずっと思ってた事を言っただけだもの」

 

フンッと鼻を鳴らす唯。ストレートな視線は心の奥まで見抜いてるかのようで、今の唯には大人の余裕すら感じてしまう

 

「それで、ちゃんとデートできるか心配してるんでしょ?」

「うぐ……」

「そ・う・な・ん・で・しょ?」

「ぐ……っ、実はお兄ちゃんハラハラしてました。デート初めてなんです。」

「大丈夫? おっぱい揉む?」

「…うむ」

 

胸を両腕で挟み、誘うように突き出されるたわわな膨らみ。そのまま手を伸ばして唯のバストをむにむにと揉みしだく

 

「ン…! あっ…手つきがほんとにやらしい…はぁっ、あぁああ…」

 

唯の膨らみは果てしなく柔らかく、どんな角度で触っても指を飲み込んでしまう。指の動きに合わせて驚く程いやらしく形を変えてゆく

 

「んっ、ふぅっ…はぁ、あぁあぅ…」

 

それにただ柔らかいだけじゃない、押せば返ってくるふにふに感。セーター越しにずっしりした重みを感じて、おっぱいらしい感触だと思う。

 

あまり感想になってない気がするが、まぁ、それだけこの感触がたまらないってことだ。

 

「…んっ……あぁっ…!」

 

柔らかさとは真逆の固いものに触れた瞬間、唯が甘い嬌声を上げた。唯自身は意識していないのだろうが、あまりにも艶っぽい喘ぎだ。

 

「はぁっ、あぁああ…っ、お兄ちゃん…っ!」

「声、エロいな」

「だ、誰のせいだと…思って…あっ…!んんっ!」

 

切なそうな表情が色っぽい。熱情を帯びた吐息も聞くだけでゾクゾクしてくる。

 

色々な表情が見たくて、反応を見ながら手を動かせば唯はびくびくと身体を震わせた。面白いように悶えるフリーハレンチの唯に止まれそうになかった

 

「あっ、あぁっ…はぁっ! ゆ、指、動かしたら…だめぇ…!」

 

 

(うきゃああああああぁああああっ! ナニされてるのよ私っ!?)

 

 

どこか冷静な秋人とは裏腹に、唯は大混乱だった。

 

 

(ど、どどどどうしてこんなことに…っ!? って、私の身体…透けてるっ!?)

 

先程まで目の前には秋人だけが居たはずなのに、今は秋人と自分(・・)の二人がいる。今の唯は幽霊のようにふわふわ宙に浮かびながら、秋人と()の二人を観察していた。

 

「あぁっ…!んぅ…っ!はぁ、はぁ、はぁ…っ!」

 

(きゃあああああああっ!! 人前でなんて声だしてるのよ私っ!!)

 

霊体の唯が止めさせようにも身体の自由が全くきかない。唯の身体はいいように胸を揉みしだかれながら甘い声で悶えている。身体の主導権を奪われた唯はそれをただ見ているだけだった。

 

(見られちゃう! 見られちゃうからぁっっ!!)

 

しかもココは駅前広場で、当然ながら人通りも多い。

今は人混みに背を向けているせいで気づかれてないようだが――――

 

(ひっ! い、いま…み、見られて……っ?!) 

 

すぐ傍をサラリーマンが通ったが、二人の方を見ることなく通り過ぎていった。霊体の唯はホッと胸を撫で下ろすが本体の唯は快楽に屈し、トロトロに蕩けている。

 

「はぁ…んっ、あっ、あぁっ…ふぁっ!」

 

(ぎゃああああああっ!!あたしのハレンチハレンチ!ハレンチなぁああっ!! なんで!? どうして動かないの!?)

 

唯が自分の身体に触れようとしても、虚しく空を切るだけ。なのに、快感と興奮だけは伝わってくる

 

「んんぅ…!ふぁっ…!うるさいのね、妄想でも、してればっ…いいのに…っ!あぁっ!」

「…妄想?」

「なんでも…ふぁっ、あっ、あぁっ!」

 

 

(も、妄想!? わたし、今、妄想って言った…!? もしかしてコレって現実じゃ―――はっ!)

 

 

「ねー、あのおねえちゃんなにしてるのー?」

「うーん、しんぞうまっさーじとか?」

 

じーっとコチラを見つめる子どもたち。黄色い帽子の園児たちが唯と秋人を不思議そうに見ている。

 

 

(きゃあああっ! 見られてる! 見られてる! 見られてるからあぁっ!)

 

 

「はぁぅうぅっ!はあっ、だ、だめっ!見られるのはだめなのに…っ!やぁあんっ、ああっ!」

 

 

(だ、ダメだけど、ダメなのにドキドキして…!こんなっ…!だめぇっ!私もうっ…!)

 

 

「んああっ!ふぁあっ!あっ、あ、あ!~~~~~~~~っっっ!!」

 

美貌が妖しく蕩け、唯は声にならない悲鳴を放つ。眼の前で火花が散り、意識が遠いどこかに飛ばされる。

 

綺麗な背筋がびくびく震えながら弓なりに反って、秋人はとっさに抱きしめた。

 

「おっと、大丈夫か唯…?」

「あぅ……んっ……はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

唯は荒い息を繰り返して答えない。瞳も虚ろで、支えた腰にはじっとりと汗が滲んでいた。

 

「はぁっ、はぁっ…はぁっ………、お兄ちゃんの、はれんち……」

 

恍惚の表情で唯はやっとそれだけ呟く。囁くような低い呟きはどんな愛の言葉よりも扇情的で甘美な響きだった。

 

 

 

『…ふぅ、満足だったでしょ』

 

内なる唯が真っ赤な顔で威張っている。吐く息も荒く、出かけていたのだろうか

 

「ところで唯。お兄ちゃんな、この後の展開が読めるようだぞ。この後スグに春菜が来てだな、ビンタを…」

「もう居ます。」

 

落ちついた声に振り向くと、妙に優しい笑顔の春菜が立っていた。

 

「お待たせしてしまって、すみません。お兄ちゃん」

 

にこにこ

 

ツノでも生えんばかりの怒りを内在してらっしゃるラブリーマイシスター春菜たん。ああ、風もないのにショートカットがゆらめいておるよ

 

「…お兄ちゃん。どういうことですか?」

「違う!誤解だ!誤解なんだ春菜!俺は何もやってない!」

「どうして浮気した夫のような言い訳しか出ないんですか!しかもそんな露骨に!」

「これはまぁ、その…違うよな!?唯!」

 

痴話喧嘩中の春菜と秋人に話を振られても、唯は別天地の安らかな表情。情事の後の気だるさに揺られながら、唯は遠い未来を想っていた

 

「おい!しっかりしろ唯! 頼れる風紀委員として援護を!」

 

「あぁ、お兄ちゃん――…」

 

 

―――私、お兄ちゃんの3人家族。

 

 

すやすや眠る赤ちゃんを見つめる。穏やかな眠り顔は本当に天使のようで、見ているだけで癒やされる。

 

「…しあわせね…」

「そうだな…唯、俺も幸せだよ」

「うん…」

 

後ろからぎゅっと優しく抱き寄せられた。もちろん、私の旦那様に。

出会った頃は初恋の先輩で、それからお兄ちゃんになって、それからこうして愛しの旦那様になって―――本当に不思議…

 

「また赤ちゃんほしくなっちゃった…」

「もう二人目か、早いな」

「貴方がこんなハレンチな奥さんにシたんでしょ…ばか」

 

振り向いて熱いキスを交わし合う。やがて二人は……だめ、赤ちゃん起きちゃうから……

 

 

「いいえ、起きて下さい(・・・・・・)。古手川さん」

 

「…はっ!?」

 

だらしない唯の顔を春菜が覗き込んでいた。唯はきょろきょろと周りを見渡して

 

「もしかして、これが夢オチってものなのかしら…」

「何言ってるんだコイツ…」

「古手川さんって、もう少しまともな人だと思ってたのに…」

 

秋人はともかく、春菜さえも呆れている。妄想のほとんどを口にしていたため、内容はダダ漏れだったのだ。ちなみにジト目で呆れる春菜も同じクセがあるのだが、本人は気づいていない。

 

「オホン! ハレンチなのは控えなさいよ、お兄ちゃん。西連寺さんも!」

「「お前も(古手川さんも)な(ね)!」」

 

 

47

 

 

ハレンチ風紀委員、古手川唯と別れた秋人と春菜は未だもめていた。

 

「おーい、春菜ー。どこ行くんだよ?」

 

ぷんすかと肩をいからせて歩く春菜は、先程から無言。そしてずんずん先へと進んでいく、目的地などない歩みは春菜の心を如実にあらわしていた。

 

「おーい春菜ぁ、機嫌直せよー」

「…。」

 

「なぁー、春菜ってば」

「…。」

 

一応は並んで歩いているものの、春菜は秋人を見ようともしない。

 

秋人も自分が悪いと自覚があるので何とかしようとしているが、肝心の春菜の機嫌をどう取ればいいのか分からない。そもそも、春菜とケンカらしいケンカをしたことがないのだ。

 

(うーむ…どうすれば……ん?)

 

春菜が微かに不満げな表情を浮かべる。それは秋人にしか分からない本当に微かなもの。

 

(なるほど、そういうことか…)

 

春菜のことなら何でも分かる兄はすぐにその意図を察した。

 

「…ほら、そっちは違うぞ春菜」

「あっ」

 

急に手を握られて、春菜は頬を赤らめた。人前でこうして兄と手を繋いだのは初めてのこと。もじもじと視線を逸して恥じらっているが、どこか嬉しそうだ。

 

「まったく、手を繋いで欲しかったならそう言えばいいだろ」

「そ、そんなこと考えてにゃ(・・)いもん!」

「にゃい? なんだ今の…噛んだのか?」

「~~っ! とっ、とにかく!こんな事くらいじゃ許してあげません!」

 

春菜がほんの一瞬目をやったカップルは手を繋いでいた。分かり易すぎる気もするが、春菜の望みそうなことだと納得する

 

「じゃあ今から頑張って機嫌を直していこうかね…似合ってるぞ?そのワンピース。」

「…お世辞だけじゃ機嫌は直りませんから」

 

そっぽを向かれるが、春菜の唇は綻んでいる。にやにやと満足そうに緩んでいる――こんなに近くで春菜を見るのは久しぶりだ。

 

そういえば、彩南に帰ってきてから春菜とふたりだけで過ごすのは久しぶりだった。

 

帰ってきたあの日以降、ほとんどの日をララたちと一緒に過ごしていたのだ。当然ながら俺も春菜も遊びの誘いを断るはずもなく、気づけば二人だけで過ごす時間というのは殆どなかった。

 

そんな毎日も楽しかったが、春菜としては二人で過ごしたかったのかもしれない。俺を呼び戻したのは皆の力だが、一番想ってくれたのは春菜なのだから――

 

「…悪かったな、春菜」

「し、仕方ないから許してあげる」

 

うっすら頬を赤らめながら春菜が言う。繋いでいる左手がぎゅっと握りしめられる。

 

これは勘だが、俺の考えを全て見抜いた上での許しなんだと思った。

 

「我ながらとんでもないヒロインを生み出してしまった…」

「?どうかしたの」

「なんでもないっての、じゃあ行くってばよ!しゅっぱつしんこー!」

「おっ、お兄ちゃん、手をぶんぶんさせたら危ないよ!」

 

今日は春菜のささやかな願いを叶えてやることにする。…まぁ俺のほうが年上だしリードしてやらないとな

 

「もう、強引なんだから…お兄ちゃんは…」

「おい、今日は違うんだろ?」

「え、う……うんと、」

 

ぽっと頬を赤らめる春菜は――

 

「…秋人くん」

「おう」

 

―― "俺"の名を呼んだ。

 

「よし、じゃあ行こうぜ!」

 

春菜の白く細い指をもう一度握りしめ、走り出す―――別に照れているわけじゃない。ニヤけてもいないし、断じて違うのだ。

 

「ちょっと…もう、そんなに照れなくてもいいじゃない」

 

先程までも不機嫌さはどこへやら。

背中に笑いかける春菜も手を繋いだまま弾むように駆け出した。

 

 

48

 

 

「わあ、すっごく大きなお魚…ね、すごいね。秋人くん」

「はは、子どもみたいな感想だな」

 

薄青の光が広がる水族館。春菜は大きな水槽へ手をかざし、悠々と泳ぐノコギリエイに感動していた。

 

「む…じゃあ秋人くんはどんな感想なの?」

「そうだな、俺は………お、あっちにマグロがいるぞ?トロが食べたくなってきた!」

「秋人くんってば……あ、カワイイ!シロイルカだよ」

「おおっ!なんだこの白い海豚は!?」

「カワイイね、お話したいのかな?」

「きゅーきゅーと媚びやがって……お、あっちにはサメもいるぞ!」

「ホントだね、色んな種類の魚さんがいるんだね」

「あんだけデカイとキャビア沢山とれるんだろーなー…食べたいよな!キャビア」

「…食べ物から離れようね、秋人くん」

 

水槽を生簀に見立てる秋人に呆れながらも、春菜はどこまでも幸せな笑顔だった。そのあまりに可憐で愛くるしい笑顔に通行人が振り向くが、乙女の瞳は傍らの恋人しか映していない。

 

「あとな、こういう地味な水槽にいるカニとかヤドカリって結構好きだったりするぞ」

「地味とかカニさんに失礼だよ、もう。ちょびっとずつ食べてるトコもカワイイんだよ?」

「まあ、確かにそうだな。ごめんなカニ、ゆっくり食べるんだぞ」

「そうだよ、冬のごちそうだよ」

「何気に捕食者目線な春菜さんなのでした。」

 

春菜と秋人は次々と水槽を周りながら、足を止めて語り合う。手をつないで笑い合う姿は、誰が見ても仲の良い恋人同士にしか見えなかった。

 

 

****

 

 

「…うむ、やっぱりデカイ水槽にいるデカイ魚はいいよなぁ…」

「そうだね…でも、クラゲとかも可愛かったよ?」

「デカイ魚やデカイ動物は男子永遠の憧れ、ロマンなのだよ! 春菜くん!」

「もう、それってば秋人くんだけじゃないの?」

「いいや、違うぞ! 大体だな、デカイ動物や合体ロボはだな…―――」

 

ライトブルーの水槽に張り付きながら、子どもみたいに目を輝かせている秋人くんは、ちっとも年上の"お兄ちゃん"に見えない。

 

けれど、秋人くんは皆のことを誰より大事に思っていて―――いつも力をかしてくれる。

 

ヤミちゃんの事も、私のことも、本当に大切に思ってる事を私はちゃんと知っている。

 

大切なものを大事にできるお兄ちゃんを、秋人くんを―――

 

――どうしようもないくらい、好きなんだ。

 

 

「って、おいこら、聞いてんのか春菜」

「うん、聞いてるよ。大きな動物はロマンなんだよね?」

「後半話した合体ロボの話、やっぱ聞いてなかったな!?」

 

がっくり肩を落として落ち込んでいる秋人に春菜はクスリと微笑んだ。

 

 

48

 

 

「「イルカショー?」」

 

ユニゾンでの問いかけに「はい」とにこやかに頷く案内係のお姉さん。

春菜と秋人が順路通りに進んだ先に出会った案内係は、なんと顔見知りであった。

 

「気合の入ったイルカさんがカップルに水をぶっかけびしょびしょ、びしょ濡れ、化粧も崩れてあら悲惨。キャー!ざまーみろバカップル!な展開になるわけで……うふふふふふふ」

 

「闇が深いな」「ちょ、ちょっと、紗弥香…言い過ぎだよ?」

 

名前を呼ばれた案内係、新井紗弥香はジトぉ…っと目の前のカップルこと西連寺兄妹を睨んだ。視線は雄弁に『こっちがバイト中だってのにイチャついて……羨ましい』と物語っている

 

「こっちがバイト中だってのにイチャついて……羨ましい」

 

――言うのかよ

 

――言っちゃうんだ

 

「ああ、そういえばあの(・・)時はサンキュな」

「? なんのことですかねー?」

 

唇に指を押し当て、首を傾げている元・ミニスカサンタ。まったく察しが悪いな

 

「クリスマスイヴのバイトの話だっての」

「あー!あのハレンチさんのおっぱいを揉みしだいたり、パンチラさせたりしたショーのことですかねー!」

「んなっ!わざわざ言わなくていいってのに!」

「キャー!私もついでに揉まれちゃったアレですね!里紗にしか揉まれたこと無かったのにぃー!キャー!」

 

ピシッ

 

傍らの春菜の表情が氷ついた。ぎゅっと握られている手が痛い。

 

「オイ、このバカ!空気読めよ」

「他にも私とハレンチさんを二人同時にサンドイッチ…もがふが」

 

人間スピーカー、新井紗弥香の口を塞ぐ。まったくコイツ、余計なことを…!

 

「むーっ!」

 

もっと言わせろと目が訴えてくるが、ダメだと視線で黙らせた。多分コイツは分からないだろうから小声でも言っておいた。

 

「フン、わかりましたよ。もうあの夜の事は誰にも言いませんよ」

「意味ありげに言うんじゃねえっての!」

「つーん!」

「…ったく、じゃあ俺達はもう行く、そろそろショーが始まるんだよな?」

「ソウデスヨ。案内板に従って進んでくださいネ」

 

ところどころ片言だが無視する。春菜は相変わらずにこにこ顔だが、プレッシャーが半端ないのだ。繋いだ手もギリギリと締め上げられ、痛いのだ。

 

「それじゃ、また揉んで下さいねー!せんぱーい!」

「だからだまって……おあっげふぅ!?」

 

ゴキッ!

 

なにもないところで男は躓いたが、力強い彼女が引き上げてくれたおかげで転倒は免れた。

 

 

49

 

 

ポンッ!

 

「「「「おおぉお~!」」」」「「「「「すごーい!」」」」「「「カワイイー!!」」」

 

大きなビーチボールをイルカが(ヒレ)で思い切り叩く、観客席に打ち込まれるボール

 

ぽんっ!

 

打ち込まれたボールは観客たちに跳ね返され、再びイルカの泳ぐプールへと返される。イルカはボールをクルクルと口先で回しながら、キューと鳴いた

 

「すごいね!イルカさんって鳴くんだね! 秋人くん…知ってた?」

「おう、知ってた……けど初めて聞いた!なんて愛らしいんだ!キュート!」

 

口を開けながらイルカショーに夢中な秋人おにいちゃ…秋人くん。

 

「おお、今度はフラフープか、跳ぶのか?跳ぶんだろ!?イルカジャンプなんだろ!?」

 

天井からぶら下がるフラフープを目掛けて、イルカさん飛び上がる。

 

パシャッ!と跳ねる水しぶきがキラキラと輝いて、それがますます隣の秋人くんを興奮させているみたい。

 

「おおー!すげー!飛んだぞ!飛んだ!すっげー!」

 

声を上げてはしゃぐ秋人くん。男の子ってこういう動きがあるものが大好きと思う―――そういう私も秋人くんと繋いだ手に力を入れたり緩めたり…ふたりして子どもみたいに夢中だった。

 

司会者さんがイルカの生態を紹介してくれるけど、右から左で―――

 

「おおー、すげーかわいー」「わあー…かわいいね」

 

放られたビーチボールを鼻先で受け返し、キャッチボールするイルカさん

 

「すげーな、俺もやってみたい」「わあー…すごいね」

 

お姉さんを背に乗せてプールを悠々泳ぎ、キューキュー鳴くイルカさん

 

「おおーすげー…乗りたい!あれ乗りたいぞ!」「わあー…早いね、乗るのはちょっとかわいそうかも」

 

――その愛らしさに私たちはますます夢中になっていた。

 

「…?」

 

ふと気づくと一頭のイルカさんが私たちを見つめていた。なにかな、と思ってたら…

 

「きゃっ!」

 

襲いかかる水しぶき、その前に―――

 

――秋人お兄ちゃんに抱きしめられて、(かば)われた。

 

 「イルカさんは悪戯好きなんですよー」

 

―――さっき司会の人が言ってた言葉が脳裏を(かす)めていって…

 

 

…気づけば、ショーは終わっていた。

 

 

「あの…ありがと、おにいちゃ…秋人くん」

「ああ、やっぱ動物は癒やしだよな。それより春菜、ずっと口半開きだったんだぞ…ぷぷ」

 

(む…自分だってそうだったくせに…、それよりずぶ濡れだよ…秋人お兄ちゃん…)

 

ニヤニヤと(よこしま)な笑顔の秋人くん、どうあっても私よりも優位でいたいみたい。

 

(だったらさっき水しぶきから私をかばった事を自慢すればいいのに…まったく、秋人くんは時々私のドキドキを暴走させようとするんだから)

 

「ははは…むっ…こら、おい」

 

私は何も言わずに鼻を摘んで目を見つめる。こういうカッコイイこと、他の子にしないでほしい。

 

真っ直ぐ私を映す瞳は何でも識っているみたいに優しげで、吸い込まれそうなほど綺麗。黙っているお兄ちゃんはちょっと凛々しくて、贔屓ぬきでもカッコイイと思う。

 

でも、私は「お腹すいたー」って騒いだりする子どもっぽいお兄ちゃんが好きだし…こういう不意打ちは本当にドキドキするからしないでほしい。

 

「…おい、こら、いつまで鼻摘んでんだよ」

「…秋人くんが悪い。私は悪く無い」

 

むーっと瞳を見つめる。こうしてドキドキさせておいて…このままだったらカゼひくかな?その時は看病してあげればいいし―――いけない考えが浮かんでしまう。

 

「はい、おしまい」

 

ぱっと摘んだ手を離した。

 

「ん? おい、まだ濡れてないか?タオル貸してくれよ」

「さ、次にいこっ」

 

言葉に答えず先をゆく。ゆっくりだけど、足早に

 

「あ、おい!春菜、待てってば!」

 

――今、私が秋人くんを追いかけているように、秋人くんにも私を追いかけてほしい

 

(私がカゼひいちゃったのも、元はといえばお兄ちゃんのせいなんだし、いいよね?)

 

春菜は秋人に見えないよう、小さく舌をだしていた。

 

 

50

 

 

「…意外に美味しいね」

「意外にとか言うな、それより寿司とか刺し身を食べたかったな」

「もう、水族館は大きな生け()じゃないんだから…」

 

水族館のレストランで遅いお昼ごはん。こういうところにあるレストランって香辛料とか添加物が多めで、新鮮な食材を使ってなかったり…うんぬんかんぬん

 

「おい、春菜。口から漏れてるからな?向こうからヒソヒソなんか言われてるぞ?おい」

「…え!?あ、ごめん、お兄ちゃん」

 

言ってしまって、すぐに間違いに気づいた。

 

「…ごめんね、秋人くん…」

「ま、いいんだけどさ」

 

くるくるとパスタを器用に巻きながら、お兄ちゃんは気にしてないみたい。だから余計に私は気になって

 

「急に呼び方変えるのって…その…恥ずかしくって…つい…」

 

ついうっかり本音を伝えてしまう、赤くなって俯いてしまう。

 

「ん、ほら」

「…あむ」

 

お兄ちゃんは私の顔を上げさせて、パスタを食べさせた。

 

「お前はなんでも真面目に考えすぎだ、もっと力を抜けっての」

「でも…」

「でもへちまもないっての」

 

――今日のデートで私はずっとお兄ちゃんを"秋人くん"って呼ぶと決めていた。その方がヘンに思われないし、何より恋人らしいから

 

「そういうのはゆっくり自然に任せとけばいいじゃねぇか、な?春菜」

 

目を細めてにこっと笑う…私の大好きな笑顔―――ズルい

 

「うん、それもそうだね…お兄ちゃん」

「おう」

 

私の返事に満足して、お兄ちゃんがもう一度笑う。ズルい。

こうやって私の心をどんどん満たして、一人占めしていく…もう私の心はお兄ちゃんへの気持ちでいっぱいなのに。これ以上お兄ちゃんは私の心を満たしてどうするつもりなのかな―――ズルい、じぶん、ばっかり

 

「はい、私も…お兄ちゃんあ~んして」

「は? いいっての」

「いいから、はいあ~ん!」

 

私が食べているグラタンをお兄ちゃんの口へ運ぶ。お兄ちゃんは恥ずかしそうに視線を泳がせてる。勿論やってる私だって恥ずかしい、お兄ちゃんへの仕返しのはずが…これって自爆かな…?うう、早く食べてよお兄ちゃん…

 

「はい、あ~ん!あ~んったら!」

「わかった分かったっての! ほら、あーーーん!」

 

漸く観念して、ぱくっともぐもぐするお兄ちゃん。

私はとっても満足…恥ずかしいけど、しあわせ…こういうのも良いかもしれない…―――これからはウチでもやろう

 

「うん、意外にうまいな」

「…意外にとか言わないの」

 

まったく、失礼なこと言ったらだめだよ、お兄ちゃん。

 

バツとして私はもう一回あーんしてあげて、お兄ちゃんも私にパスタをあーんしてきて…

 

 

結局、私たちは料理を交換しあって一緒に(・・・)食べました。私はとっても満足でしたマル

 

 

51

 

 

楽しい時間は本当にあっと言う間で……

 

 

「…わあ」

「風、結構強いな」

 

 

「帰ろうか、春菜」に首を横に振って答えると、お兄ちゃんはこの場所へ私を連れ来てくれた。

 

 

「遠くまでよく見えるね……、風が気持ちいい」

 

眺めのいい、ビルの屋上。夏は花火もよく見えそう

 

遠くの海へ沈んでいく太陽、茜色に染め上がる空。高層ビルの屋上では、世界が静かに眠ろうとする夕暮れだけが広がっていて…

 

「…きれい、」

「だな。」

 

ふたりしてそれを見つめる。優しく暖かな、この世界。

人もビルも山も何もかもが茜色に溶け合って、柔らかい輝きを放っている。

 

次第に色彩を失ってゆく景色の中で、いつもの街はただただ静かに佇んでいた。

 

 

時々吹く風に押されて、

 

 

――秋人くん、

 

 

私はほんの少しだけ、隣を盗み見る。なぜか…ううん、どうしても顔を見たくなったから。

 

「…。」

 

美しい夕陽に目を細めて、お兄ちゃんは遠くを見ていた。何を考えているのか、分からない。その真剣な横顔からは…

 

「…春菜?どうした、急に」

 

手を引けば、お兄ちゃんが私を見つめる。深い紫の瞳、私と似てる瞳の色。

 

なんでもいいからこっちを向いて欲しかった、私を見ていて欲しかった。

 

――お兄ちゃんは私を識ってる。私はお兄ちゃんを知ってる。別々の世界に居たことも知ってる。それで、私たちは今、こうして並んでる。繋がっている(・・・・・・)

 

帰ってきたあの日と同じ夕焼けが、あの時と同じ気持ちにさせていた。

 

「…もう、何処にも行かないで……」

 

泣くつもりなんて無かったのに、勝手に涙が溢れてしまう

寂しくて、安心して、自分でも気持ちが分からない

 

「…相変わらず、ウチの春菜は泣き虫だな。兄として、俺はちょっと心配だぞ……――行かないよ」

 

…ほんと?

 

「…行かないよ」

 

うん…

 

頬の涙を指で拭って、お兄ちゃんは優しく笑ってくれる。

 

…ズルい、他の女の子にそんな顔したらダメだからね、お兄ちゃん

 

「ね、お兄ちゃん…」

 

見つめて、それから静かに瞳を閉じる。私はもう、何も言わない。

 

だって、お兄ちゃんはきっともう分かってくれているから。私が今、いちばん欲しいものを…

 

 

踵を押し上げる春菜と腰を抱く秋人の影が重なり、やがて一つのシルエットにな――…

 

茜色に包まれる中、二人の伸びた影はいつまでも重なっていた。

 

 

こうして、忘れられない二人の初デートは幕を下ろしたのだった。

 

 

ちなみに"早すぎる"門限を過ぎた姉をヤミが正座&お説教をしたこと、幸せ笑顔いっぱいのお姉ちゃん、春菜がそのお説教を全く聞いていなかったのは余談である。

 




改訂版(2018/4/8)



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

45.春色ドレスアップ

46.トリップ注意!

47.いつもと違うカンケイ

48.水槽、連想、天衣無縫

49.災難は忘れた頃に

50.一人占めの心、二人占めの時間

51.茜に溶ける境界



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。