43
家のドアを開けると結城と抱き合う春菜がいた。ブツかった。
「!すいませんっ!!」
ダダダっと走り去る結城。
…おにい…ちゃん?
こちらを見つめる春菜の声。――――が、聞こえたような、気がした。
(ん、ぼーっとしてたのか。俺は、あ、結城と、居たのか、ウチに何の用だったんだ…?随分急いでたな)
乱れた下着姿の春菜
身体はびしょびしょに濡れ、なぜかハイソックスは履いているあられもない姿
(…そんな格好、リビングではだらしないな……最近俺には下着姿なんて見せないが、結城には、そうか、結城と、そうかああ、えっと)
「ただいま、春菜。面白い格好だな」
どこからか引き攣った
瞬間、春菜に抱きしめられる。凄い力だった。
「……そんな顔しないで、おにいちゃん…、」
は?
「すき。おにいちゃん大すき」
…。
すき、とぎゅっと抱きしめられる、耳の上から春菜の声が聞こえる。顔には水気と共にやらかい感触。押し付けられたブラは透けていて桜色がのぞくが、気持ちは不思議と穏やかに落ち着いていった。
――春菜は抱きしめ続ける力を緩めると、秋人の唇に唐突なキスをした。
いつもよりも積極的な春菜の動きに少しだけ見開き、驚いた秋人の瞳には、瞳を閉じた春菜の顔だけが広がっていた。春菜の艶やかな前髪がはらと流れ、ふたりの間に零れ落ち自身の髪と交わり、重なる…――――その様を見届けたあと。秋人も同じく、瞳を閉じた。
どれくらいの時間そうしていたのか、しっとり濡れた唇が離れ……静かに見つめ合い…―――
――…と、秋人は落ち着き、
全身ほんのり桜色。うっとり潤んだ瞳で見つめる春菜はいつもの体調ではなく―――
きゃっ、と小さな悲鳴。秋人は春菜を抱え上げるとゆっくりずんずん部屋へと運ぶ。
「勘違い…した?」
「別に」
「ほんと?もうおこってない?」
「怒ってないっての」
「ほんと?」
ほんとだっての
ふふふっと
「うそ、おにいちゃん拗ねてる…カワイイ」
おにいちゃんのウソツキ――、囁くと頬を撫でつまみ今度は額にキスを落とした
「私がお水こぼしちゃって、転びそうになって、結城君が支えてくれて、ああなってただけだよ、……秋人お兄ちゃんが誤解するようなことなんか無いんだから…」
「別に説明しなくていいっての」
リビングから春菜の部屋への短い道のりだったが秋人が春菜を揺らさないよう慎重に運んだ故、多少長めに時間を必要とした。春菜はその間ずっと幸せそうに頬を緩め、控えめに秋人を見上げながら頬を撫で続けた。白く柔らかな細い指は少し冷たく、その低い心地の良い冷たさが秋人に冷静さを取り戻させるように頬の固さと熱を奪っていく…
やがて春菜の部屋、ベッドの前にふたりはたどり着いた。
ゆっくり優しく秋人は春菜を下ろすが、春菜は腕を掴んだまま首を横に振り離れるのを拒む
「…ね、今、ヤミちゃん居ない、ね…」
「…それで?なんだよ」
それは、その…
隣室からの明かりだけが差し込む、薄暗い春菜の部屋に二人の声だけが響く。先ほどとは逆に春菜の方が冷静でないような掠れた
「
腕に
「…。」
秋人を見上げる春菜はちょっとだけ残念そうな顔をする。
自身の躰の具合がどのようであるかを春菜は気づいていない箇所があった。そこに秋人は気がついてくれた…そして同時に
期待に濡れた瞳を閉じ、心配の手に身を委ねる春菜は残念がるように吐息を零す――――
それは自分よりも誰かの事を第一に考える大好きな、この優しい兄が、一度このように自身を気遣えば、どれだけ春菜が「大丈夫だよ、心配しないで」と言っても聞き入れてはもらえない事をよく知っているからだ。
春菜自身も思い込んだら感情に一直線なところがある事を知らなかったが…――――
今度はいじけたように秋人の片頬をつまむ春菜。その熱、感触…瞳に映るは秋人の横顔
一人占め
脳裏に浮かぶ単語。
――――大好きな人を独占したい。そんな女の子として当たり前な、春菜の恋する愛しい気持ちは秋人と過ごす度に、優しさに触れる度に、どんどん大きく膨らんでいた。
秋人お兄ちゃんを一人占めしたい。
でも秋人お兄ちゃんは…私のお兄ちゃんで――――
[ 結城くんが銀河の王になったら、地球のルールを変えてもらえる ]
そうなれば兄妹で結婚してたって、いつまでもふたり一緒にいたって、ちっともぜんぜん不思議じゃない。
――――見上げ続ける秋人の顔は、怒っているような、責めているような、そんな険しい
秋人お兄ちゃんを一人占めしたい。
こんなにカワイイ、大好きな人をずっと一人占め……できるなら、できたなら、
[ 結城くんが銀河の王になったら、地球のルールも変えてもらえる ]
秋人お兄ちゃんを一人占めしたい。
だったら、私は……――
――――それは春菜の小さな決心だった。
「…なに見てんだよ、さっさと寝ろって」
「…まだ眠くないもん」
はぁー、と深い溜息。それから頭をくしゃくしゃと撫でられる。私が実はこんな風に乱暴に撫でられるのをホントは好きな事……たぶん知ってるんじゃないのかな、
「ね、お兄ちゃん……んっ」
誓いのキスをお兄ちゃんの左薬指に落とす。これは私の秋人お兄ちゃんに対して勝手に
「お兄ちゃん、何かお話して聞かせてほしい…な」
指へのキスに不思議そうにしてる秋人お兄ちゃんに甘える
――今は風邪引いているんだし、こうして久しぶりに二人きりだし、いい雰囲気だし、いっぱい甘えよう
「話……話ねぇー」
ベッドに腰掛け、腕を組みどこかを見上げる秋人お兄ちゃん。――首筋がセクシーな気がする…こうしてベッドに今、ふたりきり…ドキドキしてる。私。
「うーん、そうだな…むかーしむかーしあるところに今は泣き…まちがえちった。えーっと、体育の時間は今は無きブルマー必着の学校があり、さらにその学校は体育しかなく、ぬるぬるプールやぬるぬるマット運動やぬるぬる「えっちなのじゃなくて」」
空気をよんで欲しい、とジトッと見つめる。ちっ、いいじゃねぇか、とジトッと見つ返すお兄ちゃん。だめ、やりなおしです――とアイコンタクト。でも、ちょっとだけ気になるから、また今度聞かせてもらお…あ、そうだ
「おなかをぽんぽんしながら、お話してほしいな」
子供っぽくて恥ずかしいから口を毛布で隠し、呟くようにお願いする
「はいよ」
…お兄ちゃんは優しく目を細めてぽんぽんしてくれる、心地の良いリズムに心が暖かくなる
「それと、ときどき頭撫でてくれたら嬉しいな」
「はいよ」
…さらりと髪を撫でられる、きもちいい
「それから程よいタイミングで手を握ってほしいかも」
「はいよ」
…手が髪から手へと移る…撫でられた髪の感触が名残惜しく切なくなる
「それからお話はロマンチックなもので」
「はいよ」
…ロマンチックねー、と呟くさっきキスした唇…。はずかしい、またしちゃった
「ファンタジーの、シンデレラみたいな女の子が王子様に見初められて…っていうの憧れちゃうよね、そういうロマンチックなお話、ね」
「はいよー」
…えっと、難しいな…そんな顔してるお兄ちゃん…ふふっ、楽しい
「それからドキドキするようなタイミングで顎もごろごろしてくれると、きゅんとするかも」
「はいはいよー」
…眉を寄せあげ、んーって困った顔のお兄ちゃん、………カワイイ♡
「えっとね、それから…」
「オイ、まだあんのか春菜…」
困惑顔のお兄ちゃんを見上げ、私はお腹が暖かくって、
――今は、一人占め……こんな時間を、ずっと…
のんびり待ってるだけじゃホントに欲しいものは手に入んねーぞ
前にお兄ちゃんに言われた事を思い返す、うん、そうだよね、確かにそうだよね、と納得した。
「ふふっ、あははっ…――――…お兄ちゃん、私、デートしたい…秋人くんとふたりで…」
布団で鼻先まで隠してお兄ちゃんの様子を上目遣いで
一人占めなんだから――
もう一度、心の内で呟いた。
44
「もしもし、結城です」
『ああ、美柑か、こんばんわ西連寺、秋人だ、夜遅くに悪いな』
秋人さん!
「こんばんわ、何かありました?」
努めて冷静。チラとリビングを見るとテレビに夢中のララさんとセリーヌ、ナナさんとモモさんはゲームに夢中みたいだった。リトは…電話がなった瞬間飛び上がって震えてる。…何してんの?
『実は春菜がカゼ引いてさ"おかゆ"ってどうやって作ればいい?あれか?炊飯器でできんのかな?』
「"おかゆ"ですか…そうですね、炊飯器でできますけど………いえ、アレはあまり良くないですよ?」
『そうなのか、困ったな』
「…そうなんです。ですから私が作ってあげますね」
『いや、悪いぞ、"おかゆ"くらいなら俺でもなんとか…』
「いえいえ、丁度時間ありますし。
ビクッ!とリトが身体を震わせカタカタと部屋の隅で震えだした。……あんた一体何したの?また春菜さんのパンツにつっこんだの?
「では今から行きますね」
『いや、夜だし。危ないぞ?迎えに行こうか?』
きゅん
「あ、いえ、だいじょうぶですよ。ありがとうございます。
ビクンッ!と跳ねてクッションで頭を保護するリト。……愚か者。美柑フィンガーが突き刺さるのは目だ
「ではスグ向かいますね、それでは…」
『ああ、サンキュな美柑』
きゅんきゅん
「はい、では…『またあとで』」
ガチャ、と電話を切る。"またあとで"…なんて素晴らしい甘い響き…とにかく、こうして浸ってるバアイじゃないよね。…えーっと、あれ買って…それからあれも切らしてたから…、よし買うものは大丈夫。
でもまずはオシオキ。
ギロリと部屋の隅のリトを睨み、逃げるリトをすばやく捕獲。…まぁこうして素晴らしい機会をくれたから少しだけ、ほんのちょっとは手加減してあげる。
「美柑ー、どうしたのー?」
セリーヌを抱いてこっちを見上げるララさん。
「あ、ララさん。オシオキ」
「えー?またいつものー?またリトが美柑のお風呂覗いちゃったー?ダメだよリト。めっ」
可愛く頬を膨らませてぱしと頭をはたくララさん。甘い…それじゃリトにはご褒美だよ
「それならいいの。ちゃんとシメといたから…そうだララさん【ごーごーバキュームくん】だっけ?アレある?リト吸い込ませるのなんてどうかな?」
「うーん…できるかも!でも危ないよ?アレの中はマイクロブラックホールで吸い込まれたら中で押し潰されてミンチに…」
いいのいいの。
「よーし!それじゃあ出す「やめろララーッ!」「ウルサイ」うぎゃーッッ!!!目がぁあああ!!」ね!」
リトへのオシオキ、とりあえず完了。続きは帰ってから。
ララさんの発明品に吸い込まれていくリトに手を振りながら、意識は既に秋人さんと……ふふふ、えへへ…
45
「ふーっ、ふーっ、…あつっ、もう少しですね、」
ふーっ、と息を"梅粥"に吹きかけるヤミちゃん。丁寧に作られたおかゆはとても美味しそうにほくほくと湯気を上げてる。添えられた大葉やごま、刻み海苔。
こんな丁寧なものをお兄ちゃんがつくれるワケもなく…――――
『春菜さん、こんばんわ。お邪魔してます。おかゆ、私と
やたら
残されたのは"秋人と美柑がふたりでつくったおかゆ"をお盆にのせたヤミとベッドの上で半身を起こして呆然の春菜。
(な、なに、この敗北感……それに美柑ちゃん、お兄ちゃんの事"秋人さん"って…もしかして美柑ちゃんも秋人お兄ちゃんを…まだ小学生なのに…)
「…負けないもん」
「?何がですか?春菜……………………お姉ちゃん」
ふにゃりと固かった頬が緩む。――――"お姉ちゃん"いい響き…年下のカワイイ妹に頼られるなんて、なんだか気持ち良いよね、えへへ
(似たもの兄妹……)
「それでは、どうぞ、もう熱くないですよ」
「ありがと、ヤミちゃん」
呆れ細めていた目を戻し、いつもの無表情に戻るヤミ。
「明日は学校は休ませると、アキトが言ってましたよ」
「…え?少し寝たから、大分具合良くなったよ?」
はふはふと梅粥を口へと運ぶ春菜はヤミへと小首を傾げた
「…私もアキトと同意見です、春菜…お姉ちゃんは頑張りすぎです…、私もアキトも春菜に頼り過ぎでしたから…ゴメンナサイ」
ぺこりと頭を下げるヤミ。春菜は優しく微笑むとヤミの頭をゆっくり撫で、幼子へと言い聞かせるように言った。
「そんなこと、ないよ?誰かの為に何かができる…それって、とてもしあわせな事なんだから…私だってヤミちゃんとお兄ちゃんに頼ってるところ、あるんだよ?」
「…私にも、ですか?」
そうだよと頷き、ぽんと撫でる春菜は、
「ヤミちゃんがウチに来てからウチはもっと明るくなった。そしてとってもあったかい…今の季節、春のお日様の日差しでのんびり日向ぼっこしてるみたいに…
本当に優しい眼差しでヤミをみつめた。
(――似たもの兄妹、ですね…)
呆れていた先ほどと違う、けれど同じ感想。
ヤミも同じように春菜に向け微笑みを浮かべる。
それはとても幸せそうな、見る者の微笑みを誘うような、そんな可憐な笑顔だった。
そしてそれは春菜も例外ではなく同じようにもう一度微笑む
目には見えない心の絆。
微笑みを交わし合うふたりは、それが確かに見える気がした。
感想・評価をお願い致します。
2016/04/13 一部改定
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【 Subtitle 】
43.切なる誓いへ踏み出す一歩
44.押しかけ幼妻
45.重なる影に咲いた