貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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Re.Beyond Darkness 7.『戻る"困難な"日常~"difficulty"Love color~』

38

 

 

暗闇の中、一人の少女が泣いていた。まわりに誰もおらず……静寂ばかりが広がっている。

 

嗚咽を零してしゃがみこみ、泣き濡れる少女。その頭に一枚、葉が舞い落ちる。

 

少女が振り向くと其処には青い鬼が立っていた。おどろおどろしい外見。手に持つ棘付きの棍棒。でも本当はやさしいイイ鬼であることを少女は知っている。自分の身を他人の為に―――大切な者の為に傷つける事ができる。そのことを少女は誰より知っている。力は決して強くないが、その心は何よりも誰よりも強く気高い。強く眩しく、清らかな光。

 

――――光が広がって――――

 

 

「…アキト」

 

ヤミが目を開けると秋人が顔を覗き込んでいた。

 

「おう、目が醒めたか」

「…ハイ」

 

黒いツンツンとした頭を見ながら、んっとベッドから半身を起こすヤミ。直ぐ側のベンチに座る秋人の全体像を捉え、少しだけすまなそうに目を伏せる。

すぅ…すぅ…、と秋人の肩に寄りかかり眠る姉、春菜を視界に収めたからだ。家から急いで来たのだろう、いつものエプロン姿。手にはヤミ専用のピンクのお弁当箱…

 

「ヤミの分の晩飯だとよ」

 

ヤミの視線から先回りして応える秋人は、優しい眼差しで身を預ける春菜の前髪を耳にかけ直している。安心しきった様子で眠る春菜の寝顔…。春菜にとって心から安らぐ場所は秋人の傍…安心して眠ることの無いヤミにもそう思える程に安らかな寝顔だった。

 

「アキトはもう食事はすませたのですか?」

 

はぁ、と溜息をつき顎で部屋の隅をさす秋人、そこには大きな男用、秋人専用の弁当箱と春菜専用の弁当箱が並んでいた。家族揃っての夕食を最優先事項とする春菜はヤミと秋人が食事をとっていない内は、どれだけお腹がすいても食べない。だから今も食事を取っていないはずであった。自身がどれだけの時間、眠りについていたのか定かではないが、とうに夕食の時間は過ぎていることだけは確信できるヤミは"家族"の団欒を急ごうとする。

 

「…では食事に…――――はまだ早いですね」

ヤミに向けてゆっくり首を横に振る秋人。もう少し寝かせてやれ、とのサインだ。

 

「こういう時にテンパらなかったところは流石だったけどな、普段からそうだったら俺も苦労せずにもっとラクできんのによ」

 

やれやれ、と肩をすくめ悪態をつく秋人。しかし春菜の頭がずれ落ちないよう、しっかり腰を抱き支えてやっていた。そんな秋人にヤミは冷ややかな視線を刺し向ける。

 

「…普段から苦労しているのは春菜の方でしょう…それに落ち着きがなくなるのは大抵アキト、貴方の事がらみですよ」

「そうか?」

心底意外そうな顔をする秋人

「…そうですよ」

ジト…と睨むヤミ――――その鈍く重い視線は、白々しい…と語っていた。

 

「まぁそこにヤミの事も最近は追加された気がするけどな」

むっと片眉を上げるヤミ、その台詞に一理あると思っていたので言い返すことが出来ないようだ。

 

………少しの静寂が狭い病室を包む

 

「…暇になりましたね」

「もうちょい寝てりゃいいだろ、俺は春菜にイタズラでもしとく」

ふっと溜息をつく秋人に先に釘を刺す

「…えっちぃのはきらいです」

「まだえっちぃ事はしてませんにょ」

ホホホといやらしい笑い

「…気持ちの悪い声を出さないで下さい。気持ちの悪い」

対する冷ややかな呆れの溜息。

そしてヤミの視界に映るのは――変わらず心地よさ気な寝息を立てる春菜の姿……ふと思いつく。

 

「…なんだよ」

 

ベッドから這い出て春菜の反対側、秋人のあいている肩に頭を預ける。少しだけ消毒液の匂いに混じる秋人の…不快でない汗の匂いがした。――――私を心配し駆けてくれた…匂いだ、とひとりごちる。

 

「…少し、眠ります…ので」

 

蚊の鳴くような声で"理由"を宣言する、

 

――――今、怪我人だから…そしてココは病室だから…

普段は立って眠るか、ベッドに入っても眠りは浅いけれど、都合のいい"理由"はいくつも今、ここにはあって……

 

えっちぃことをしたら許しませんよ……と、ヤミは頬を桜色に染め一度だけ、呟いた。

 

暖かく、静かな部屋で―――

穏やかな眠りの抱擁に抱かれるその時まで―――

名残惜しむヤミの心の掌は、光に包まれ優しい輝きに満ちていた。

 

やがて二つの安らかな寝息が病室に響く。秋人のやさしい指が柔らかい金の髪を撫で梳く、ヤミと春菜が寒さに震えないよう身を抱き寄せる。春菜も…ヤミでさえも眠りから目覚めない。その時、抱き眠る小さな少女の唇が微かに動き、何かを呟く――――、その呟きを秋人は目を瞑り、ただ、黙って聞いていた。

 

空を黄金色に染める朝の光が穏やかに眠る少女たちを照らし、輪郭を与えていく――――

 

暖かな春風が白いカーテンを揺らし、彼女たちの艶やかな髪を靡かせる――――

 

 

―――迂闊に紡ぎ出されていたのは、一番親愛の情を欲した相手の名だった。

 

 

39

 

 

「それで?もう身体の方は大丈夫?」

 

美柑とヤミ、仲良し二人組はいつもの公園で並んで座りたい焼きを食べていた。

 

「…はい、問題なく」

 

はむ、とヤミは一口でたい焼きを完食した。美柑はその食べっぷりに安心しつつもちょっと呆れる。

 

「美柑にも心配をかけました…ゴメンナサイ」

 

美柑に向けてペコリと頭を下げるヤミ、美柑はいいって、友達心配するのは当然でしょと微笑んだ。その笑顔をみてヤミは胸が暖かくなり…同じ暖かさを思い返す――――

 

「美柑、貴方にとって"家族"とは何ですか?」

「家族?」

コクと頷くヤミさん。

「家族ねー……」

 

自分の家族を思い浮かべる、まずリト…兄貴。世話がかかるだけ…まあちょっとは役に立つ…かな?お父さんは…漫画で忙しくてあまりウチに居ないし…お母さんは世界各国を飛び回ってウチに居ないし…家族の団欒とかってウチには無いなぁ…でも…――――

 

「離れてても繋がってるような…確かな絆、みたいなものかな?」

「絆…ですか?」

小首を傾げるヤミさん。うん、と頷く

「この人たちと一緒に居たい、安心する、そう思えるような人たち…の事、だと思うよ」

一緒に居たい…安心…と反芻するヤミさんは胸に手を当て何度も呟いてた。

 

「ヤミさんは家族がほしいの?」

「…。」

 

頬を染めてぱくりともう一口食べるヤミさん。さっきと違って小さくたい焼きを齧ってる、照れてるんだ

 

「ナルホド…あ、イイコト思いついちゃったカモ♪」

 

名案が浮かぶ。天啓と言っても良いかもしれない。イタズラな笑みが勝手に口元に浮かぶ、ヤミさんはきょとんと口元に餡をつけながら見返した。困惑してるんだ…よね?ちょっとだけ怯えた様子だけど気のせい?

 

 

こうして美柑の"しあわせ家族計画"が前倒しで進められることになる。

 

 

40

 

 

「…というワケだぞ!」

「ナナ、まだ説明セッションの半分も…」

「モモの説明は長い!ムダばっかだろ!」「な、なんですって!?説明に関して私は宇宙一ですよ!?」

「ふ、二人とも落ち着いて…ね、それでそのつまり…」

 

春菜が部活を終え、校内を歩いているとナナが補習を終え帰るところに出会った。秘密の(女子)トークで盛り上がっている(ナナの胸はちっとも盛り上がっていない)とモモが現れ突然"説明"しだしたのだ。

 

「そうだ!兄上(仮)と兄妹では結婚はできないんだぞ!春菜っ!ま、あたしは別だし…、地球じゃそーだけど宇宙じゃ…むがっ!」

「…という訳です♡」

余計な事を口走ろうとする姉、ナナの口を塞ぎまとめに入るモモ。

 

「う、うん…」

 

取り敢えずの納得。春菜はナナの口にずっぽり刺さる自身の手にもある冷たい缶ジュースを握りしめる。ナナは声にならない苦悶の叫びを上げごろごろとのたうち回っているが、春菜はそれに追求せずにごくっと一口飲んだ。ふらつく頭に火照った身体。それもそのはず、やたらと目についていたのは…モモの後ろに設置されたホワイトボード。

 

「Session 3.結婚したらこんな生活~イケナイ新妻、朝のHな起こし方編~」

 

と書かれた下、イメージ画像として、顔は分からないが春菜と同じくらいの髪の女の子(・・・・・・・・・・・・・・)が…どうみても兄、西連寺秋人の布団に入り恍惚とした表情で兄に跨っている……顔にお尻を乗せて…それから先の展開を春菜の聡明な頭(・・・・)はさっきからずっと想像していた。

 

「でも、私が結城くんのハーレムに入るのは…」

 

両手にしたナナからもらったスポーツドリンクは温度差の汗をかいている。春菜は緊張から乾いた口に二口ほどまた含み、やがて全部飲み干した。

 

「なんの問題もありませんよ!春菜さん!――――――

 

つまり!!宇宙においてはお姉様も春菜さんもみんな幸せになれるのです!」

 

と、大げさに、高らかに宣言するモモ。隣にいるナナはゲホゲホ言いながら荒い呼吸で地面に這いつくばっていた。ようやく口封じの呪縛から解き放たれたらしい。「あら、ナナ、ペタンコ胸をそんなに激しく上下に体操したって大きくならないわよ?プッ」と、気づいたモモはナナに呆れ嘲笑(あざわら)った。

 

―――みんな幸せ…―――

 

ララさんと私達で結城くんのハーレムに?でもそれは秋人お兄ちゃんを裏切ることになるんじゃ…?でも結婚したら一人占めできて…一人占め!?いいのかな?!――――でもハーレムなんて非常識だし、やっぱりダメ!秋人お兄ちゃんを裏切れないよ!でもララさん達が幸せになれるのに私は自分だけ幸せになろうとしてたの!?―――でもでも…あれ、めがぐるぐるぐるるる…

 

モモは目を細め、見つめる―――春菜さん…本命であり、ハーレム計画の要…

ナナは牙を剥き出し、拳を握る―――モモ、オマェはアタシを怒らせた…

 

「あれ?モモ、それにナナも、まだ残ってたのか?」

 

ナナと同じく補習を終えたリトがその場に現れる。グッドタイミ~ング♡とモモはうふふと、声を出さずニヤリ。その背後からはスーパーデビルーク星人が迫っていた。気のせいだろうか、小石や木片が重力に逆らい空へと……

 

「あ、リトさ…「キャー!!結城くん結城くん結城くんのえっちセイサンキー!」ん」

きゃっきゃっと大きな声で楽しげに笑う春菜。

 

「オイ!春菜っ!ヘンだぞ!?どうした?!大丈夫か?!」

 

怒りの覚醒を手放したナナは慌てて春菜の肩を揺らす、それもそのはず同じ師を仰ぐ者同士。ナナにとって春菜は大事な"ちっぱい同盟"の同志なのだ。

 

「えへへ~らいじょぶらぁ~このナイチチができないようなイチャラブみせちゃる」

「ナイチチってアタシのコトか!?」

 

ガーン!とショックを受けるナナ。同志の絆にぴしりとヒビが入る

 

「ナナ…コレ…酔っ払ったの?春菜さん」

 

モモはナナが春菜に渡したデビルーク印のスポーツドリンクとふらふらと揺れる春菜を交互に見つめる。

 

「ごめん春菜っ!地球人に合わないとは知らなかった!と、とにかくなんとか…「リトさん、春菜さんをウチまで送って下さい♡」へ?リト?!」

「え?オレ?いいけど、どうせなら西連寺のお兄さんを呼んだほうがいいんじゃないか?」

自身を指さし困惑顔のリト

 

「いえいえ♡お兄様はお忙しいでしょうし、リトさんに春菜さんも送って頂きたいようですよ?ね、春菜さん♪」

とんっと軽く春菜の肩をつつく笑顔のモモ

「わらしにまかへなさぁ~い、このムネナシがぜーったいできないようなぁーすんご~いイチャイチャしちゃうんらからぁ~♡」

ふらふらゆらゆらと立ちゆれる春菜

「ムネナシってアタシのコトか!?」

ガーン!と再びショックのナナ。同志決壊の序曲であった

 

「ではお願いしますね、リトさん♡」

 

モモは春菜をリトに押し付け、可憐にウインクした。リトの視界にはモモの上機嫌に揺れる尻尾がやたらと目についていた

 

 

41

 

 

人で賑わう歓楽街を歩いてる、いつもの帰り道。

 

「なァーちょっと付き合ってくれよー」

「…うっさいなァーアンタみたいなチャラ男に興味ないんだってば」

 

いつものように男に声をかけられる。いつものように拒否を返す、こんな風に私をカンチガイして声をかけるナンパ男は腐る程いた。

 

「そんな事いわずにさぁー」

 

―――チッ…しつこい。アタマの悪いカンチガイ男程、分かってない(・・・・・・)。コッチが追いかけたくなるような男じゃないと魅力を感じないし、女は大抵追いかけられるより追いかける方がスキなもの。それに私はシンデレラガールじゃなく、追いついて追い越して、振り向いて、同じ道の上の先で少しだけ(・・・・)待つ。それが女としての――――私、籾岡里紗の理想像。

 

「お?」

 

視線の先にとあるオニイサンの背中を見つける。

私と同じく補習だったんだろう、放課後にしては遅い時間。確か部活動はしてなかった、と思う。女子の中では背の高い私より更に背の高いとあるオニイサン。最近ではウチのクラスのハレンチさんが後ろから口うるさく注意してるから、だらしなく着崩された制服も後ろからは整って見えた。

 

「そんなカッコして遊びたいんだろ~なぁ?」

 

―――私の制服、とっくに春用でスカートは普通よりはかなり短め、シャツのボタンも上から二つ外してリボンも付けてないから少し覗けばブラと谷間がよく見える。理由は特にない、その方がカワイイと思うからそうしてるだけ。遊びたいって?バカじゃん?遊びたいに決まってんじゃん。もちろん相手は選ぶけどさ―――そしてアンタはお呼びじゃない

 

「あぁ~ん!ダァーリーン!置いてかないでぇーハニーはココよぉー!」

 

―――ウザいナンパ男をムシして、オニイサンの背にふりふりと走り寄る。向こうはムシしてるのか、それとも聞こえていないのか、振り向きもしやしない。

 

「あぁ~ん!ダァーリーン!あなたのハニーよぉー!」

 

まわりから沢山の視線を感じる。それはオニイサンの先を歩く奴からもだ。たぶん…ううん、間違いなく聞こえてるハズ。だったらムシしたんだ。アイツめ、憎たらしい――――唇に微笑みが浮かんだ

 

「あ!オイ!…チッ!彼氏持ちかよ」

 

―――カレシじゃねーし、やっぱアンタバカだね。初めてナンパ男の顔を見る、予想通りのカンチガイしたチャラ男だった

 

「ああぁん!ダぁーリーン!まってぇー置いてかないでぇー!」

 

甘えた声を出すあたしをムシして歩いて行くその背に追いついて―――追い越す。

 

「あらー?オニイサン、こんにちはおひさしぶりはじめまして。今日はベーグルですねー?ごちそーさま♪」

 

――――くるりと向き直り、にんまり挨拶をする

 

「まだ何にも言ってねーぞ、俺…」

 

見つかったか、と苦笑いをするオニイサン。優等生、妹の春菜と違ってだらしなく着崩した制服。あたしと同じく不良高校生。この外見で金髪にでもしたらさぞかしチャラ男になると思う。あーあ、と面倒くさそうに頭の後ろをかくオニイサン。あたしが追いかけてくるとまでは思ってなかった…どうだろう、そこまでは分からない…けど、どっちにしたって―――

 

あらヤダ、釣ったお魚さんにエサをやらない男ってサイテー、と――(にく)い背中を蹴飛ばした。

 

 

42

 

 

―――――二人の男女は一方の行きつけである特殊な(・・・)喫茶店に居た。特殊な挨拶をされた秋人は顔を引き攣らせ、ギロリと腕にまとわりつく上機嫌な女子高生を見る。そこにはぷくくっと笑う悪戯好きの高校二年のお姉さまであり、おっぱいに悩む女の子の強い味方…"揉み丘教"の教祖様…籾岡里紗が居た。

 

「…それであたしがどーんだけオニイサンに苦労させられてると思ってるんですかぁ?ナナちぃといい、唯っちといい、ムッツリ春菜といい…こーーーんくらいは苦労させられちゃってますよぉ?」

 

秋人へ向け両手をいっぱい広げて「こーんくらい」を連呼する里紗。ウェーブの髪が揺れ谷間が秋人にだけ見えるように覗いている(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「サンキュな、助かった」

 

そんな魅惑の女子高生に一瞥もせず、ズズッと音を立ててコーヒーを啜る年上の(・・・)秋人に苦笑いをする里紗。

 

「そんだけッスかぁー?あ、オニイサン空になりましたねぇー?オカワリは?」

 

白で塗られた樹脂繊維板。薄い・狭い・安いと三拍子そろった丸テーブルにトンッと軽い音を立て秋人は飲み干したコーヒー(・・・・)をやや乱暴においた。

 

「…頼む」

「こーゆうのはオトコのヒトが注文するっしょ?」

 

ニタニタと悪戯な笑顔の里紗、秋人はややひきつった笑みを返した。

 

「すいませーんッ!」

 

毒食らわばなんたら、秋人は思い切り声を張り上げる。目の前の里紗はこみ上げてくる笑いを堪えようと口に手を当て震える。

 

「「「はぁーい!待っててね!おにいちゃん!」」」

 

「…くっ」「ぷっ!あははははっ!お腹痛いっ!しっしぬ!あははっはっ!!」

 

耐える気もなく涙目になり笑いながらバンバンとテーブルを叩く里紗。置かれた食べかけの"いもうとラブ情熱べ~ぐる"が跳ねた。

 

「はぁ~い♪おまたせ、お・に・い・ち・ゃ・ん♡リサ笑いすぎぃ~お店に響きわたっちゃってるし」

「あははっははっ…あー!笑った笑った、ごみんごみんミオ」

「…コーヒー、サンキュな」

 

秋人はメイドコスの沢田未央からサッとケトルを奪い取る。何かを恐れているかのようだった。里紗の、チシャ猫の眼が光る。

 

「ミオミオ~このコーヒーなんだっけぇ?わすれちったぁ~」

 

秋人が手ずから注ぐコーヒーをしなやかに指さしながら、またもこみ上げる笑いを堪えようと震える里紗

 

「えー?リサ結構しょちゅう来てるのにぃ~しらないのー?しょうがないなぁ~おねえちゃん(・・・・・・)はぁ~♡これは"おにいちゃんだーいすき♡甘甘コーヒー"だ・よっ♪」

 

ピシッと固まる秋人。注がれていた甘すぎのコーヒーはギリギリカップの縁で止まった。

 

あはっはっはっっひぃい~!と笑う里紗、未央もトレイで口元を隠しクスクスと笑った。イタズラ好きは同じらしい。

 

――――――西連寺先輩は妹フェチである。そういう噂話は彩南高校二年で蔓延していた。三年では転校生ネメシスが「おにいたん」と呼び大抵いつも傍にいる。二年では実妹の春菜が、ララが、最近では古手川唯が「おにいちゃん」と呼び、1年ではモモ、ナナ、ヤミが新たに妹になった。

 

まだヤミだけは秋人を「おにいちゃん」と呼んでは居ないが、たまに春菜を「春菜………お姉ちゃん」と呼ぶことから秋人もいずれそうなるはずである。とまわりは結論づけた。

 

…ちなみに3-Aでは凛がいつ秋人を「兄様(あにさま)」と呼ぶか賭け事が行われているのは余談である。

 

「あたしも"あきとにいに♡"って呼んだほうがいいんですかね?ぷっ」

「…オマエな」

 

こぼさないように慎重にコーヒーを飲む秋人は目の前のチシャ猫をムッと睨みつけた。里紗は視線の独占に満足したのかフフッと微笑った。

 

「少々宜しいでしょうかッ!」

 

店内に響く大声。

音源は後ろの席にいた眼鏡の男、ガタッと立ち上がり秋人と里紗のテーブル横に立つ

 

「…なんだよ?」

 

ギロロと睨みつける秋人。

機嫌が悪いのだ。図星を刺されると機嫌が悪くなるというがそれじゃないぞ、魅惑な女子高生お姉さまとの逢瀬を邪魔されたからだ。まったく…せっかくこれから春菜にどうセクハラするか語り合おうと思っていたのによ

 

「ヒッ!コワイ!……私は会長・中島という男……名前はまだありませんッ!」

 

何を言ってるんだコイツは……里紗になんとかしろ、と視線を投げるが小さく口を開け不愉快そうに男をジトッと見上げていた。

 

「西連寺先輩に見て頂きたい者達が居ます!同志諸君ッ!」

ザッ!と立ち上がる大勢の客。

 

空気を読めないヘンなヤツばっかり…デブだったり七三分けだったり強面だったり……と二人は同時に同じことを思った

 

「…なんだっての」

 

溜息をつき、変態臭のする中島から目を逸らし里紗を眺めることにする。

今はなるべく綺麗なものを見ていたい。里紗は視線を感じたのか目が合うと少しだけ嬉しそうな顔をしたあと、イタズラっぽくセクシーにさくらんぼを唇にくわえた。さくらんぼって舐めても味はないだろ?でも色っぽなソレ、と里紗に微笑う、里紗も微笑った。

 

我々(・・)と志を同じくする紳士たち!V・M・C(ヴィーナス・モモ・クラブ)の諸君ですッ!」

 

まだまだ空気を読めない集団筆頭中島。

 

お前な―――我々?ってお前…俺も入ってるんじゃないだろうな…ちらっとだけ変態どもを見るが…ああ…ダメだ。こいつらの闇は不快…まちがえちった、深い。なんでヘンな仮装みたいな眼鏡かけてるんだ…かんべんしてくれ…、と目の前の里紗に視線を戻す。あー、あついですねぇ~オニイサン♪とわざとらしく胸元をぱたぱたと広げ扇いでいた。ちらちら見える紫のブラ。そういうのもイイな、と微笑う。里紗も満足気に微笑った。魅惑なその仕草にウオオオッ!と変態から歓声を上げられる……表情を無にした里紗はパッタリ仕草をやめた。

 

「ズバリ西連寺同志もおなじでしょう」

 

―――オマエもそうだったのか、的目(まとめ)あげる……ズバリって言うな

 

「是非!同じ純情可憐で絶対無敵のモモ様を愛する者として!同じ変態紳士として!VMCへお越し下さいッ!特別変態会員として招きたいと思っておりますッ!」

「ズバリ入るべきでしょう」「「「「お待ちしておりますッ!!」」」」

 

―――ズバリかんべんしてくれ…

 

もう見るだけでなんか嫌だ。既に俺と里紗のテーブルは四方をぐるりと変態に囲まれていた。こんなに居たのか、モモバカの変態……俺もヘンタイだと春菜によく言われるが、こいつらと違うよな?春菜、同族嫌悪じゃないよな?春菜、お兄ちゃんは特別な良いヘンタイだよな?春菜、……そうだと言ってくれ、春菜……お兄ちゃん自信を失いそうです。内なる唯は「な、ななななに泣いてるのよ、コレ……使いなさいよ、ちっちがうわよ!アンタが泣いてるなんて珍しいから…ただの気まぐれよ!きまぐれ!ふんっ!」とちょっとだけデレをくれた。和むな、とにかく今は綺麗なものをみて癒やされよう……里紗を見つめるが……珍しい、というより初めて見た、青筋立てもう我慢出来ないといった表情。いつも余裕のある悪戯好きなのにな

 

「あ~っ!あっちでモモちぃが結城と二人でラブホなお城にぃいい!」

 

里紗が突然立ち上がり、暗がりの外を指差す。確かにその先にはホテル街があった。

 

「「「「「何ぃいイイ!!!!」」」」「急げ同志よ!モモ様をお救いするのだッッ!あの変態めぇえ!」

ドヤドヤガタガタッ!と店を出て行くVMC一同。ほっ、と息をついた。ナイス里紗、と飲みかけコーヒーを差し出す。どーもどーもサンキュですオニイサン♪と受け取る里紗。どーせカラっしょ?コレとカップを揺らすが波打つ琥珀色の水面に意外そうにきょとんとする。

 

「あ、あの人達お金……」

 

ぽつりと呟くメイド店員、未央。視線の先にはカランカランと揺れる出入り口のベルがあった。

 

「だいじょーぶだいじょーぶ♪あたしが払ったげるよ♡」

 

コーヒーを飲み干した里紗はカップに口づけると、ピースで店員達に向けて宣言した。

 

「そ・の・か・わ・り♪オニイサンがカラダであたしに支払うコト、でわでわ今日からあたしのカレシということで♡一日、日給500えーん♡」

 

は!?なんだと!?なんで俺がモモバカ変態どもの肩代わりせにゃならんのだ!と立ち上がり文句を言おうとする秋人にニンマリ微笑む里紗は飲み干したコーヒーカップを唇に押し付け沈黙させる。

 

「はぁ~いコレで契約成立♪判子いだだき♪唇だから…キスイン?間接だけど、ん?間接キスなら何度もしましたっけねー、オニイサン♡」

 

ニシシと満足気に微笑う里紗の明るい笑い声が、がらんどうの"おにいちゃん大好き妹メイド喫茶"を満たすのだった。

 




感想・評価をお願い致します。

2016/07/19 一部改訂

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【 Subtitle 】

38.暗闇照らす光の抱擁

39.家族の絆

40.揺れ動く春菜(酔)

41.這い寄るチシャの笑み

42.(しす)カフェ放課後デート

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