貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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Re.Beyond Darkness 6.『闇夜に浮かぶ欠けた月~Battle of Darkness Ⅰ~』

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――――――あつい

 

頬をさすりながら思いふける。気温じゃないぞ、俺の頬があつい。ヤミや美柑のように照れてるわけでも、春菜のように恥ずかしがってるわけでもない。痛みによる熱……

 

温泉宿から無事(?)彩南町へ戻ってきた俺、恐る恐る…朝のドアを開ける。まだ4時。日の出はまだ、白む空には日は差していない……春菜が起きるのは5時半…。規則正しい春菜がこんな時間に起きているはずが―――

 

ガチャ、と開ける。ゆらりと幽玄な………影。

 

――――――おにいちゃんのばか!もうしらない!おにくぬき!

 

春菜(怒鬼)にビンタで出迎えられた。

 

春菜ビンタ(強)をくらった頬を擦る。痛い。……お兄ちゃん、補正ないって言いましたよ?しばらくこのまま過ごすの?……

 

――――――アキト、オカエリナサイ

 

倒れ伏し、見上げれば其処には金色の闇。闇サイ怒(side)

ヤミはにっこり微笑み首を傾げる

 

――――――か、カワイイじゃないか…

 

次の瞬間遥か高みの成層圏へ……こんなアトラクションが遊園地にあったよな…フリーフォールとかなんとか…あれの安全ベルトナシの壊れた状態。地面がドンドン遠のき、頂点で止まり、地面がぐんぐん近づき……怖すぎだろ

 

…と泣き叩かれた頬には真っ赤な紅葉化粧が施されている。……ちきしょう。天上院のせいだ……覚えてろよ…

 

――――――ああ、もうヤダ。

 

思い返すのは止める。これからモモと今週のアレ。正直めんどくさい。結城(・・)のやつがハーレム王?でいいんじゃないの?

 

 

いつもの待ち合わせ場所。その1、鉄橋の下。

 

月明かりを遮りガタンゴトンと頭上を電車が軋みを上げて通過する。うるさい、スゴイうるさい。電車ってのは案外騒音だすんだな。薄暗い中、モモの躰を電車の光が通過する

 

「あらお兄様(偽)こんばんわ♪……よくも寒空の下で3日も4日も待たせてくれましたね………ブチ○されたいんですか…?逆さまに吊るしてドライフラワーにしますよ?」

 

電車の音が止んだと同時に低いドスの効いた声。雰囲気もあって…おおコワイ。黒モモだな

 

「おや、プリンセス・モモ、麗しの外面が剥がれてますわよ」

 

頬を撫でてやろうと片手を伸ばす、バシッ!と弾くモモの白い手。あうち

 

「気安く触れないでください!…あらやだ♪じょーだんですよぅ♡お兄様♪……消してあげましょうか?それとも特殊液に沈めてプリザーブドフラワーに?」

 

―――瞬時に愛想よく微笑むモモは流石だと思う、あと即黒モモに変身するのも。最近は黒い部分も無遠慮に晒すようになったモモ。結城のための花嫁修業らしく、たまに春菜不在のウチにやってきて器用に洗濯物を畳んでくれる。そういえば俺のパンツが何枚か減ったと春菜が言ってたな、どうせあのアホしすが持ってってんだろ

 

「まぁまぁモモ姫…我が妹よ、これで機嫌を直してくださいませ」

ぎゅっ…とモモを抱きしめる。

 

「はぅ…お兄様ぁ…♡んんっー♡あぁ…もっとぉ…―――ってそんな声あげると思いまして!?私はリトさんのモノだって言ったでしょう!気安く触らないで下さいッ!」

 

バシンッ!と頬をビンタされる、っつぅ!と思わぬ声を上げてしまう。お、おまえ…春菜ビンタの上から…

 

「お兄様っ!だいじょうぶで―!…ふん!いい気味です!」

 

ハッ!と嘲笑っている黒モモ。一瞬狼狽えたように見えたが気のせいだったようだ

 

「悪かったっての、そんな怒らなくてもいいだろ」

「…私の躰に触れていいのはリトさんだけです!最初に会った時もそう言ったでしょう!」

 

ギロリと睨むモモはさっきから近い。見下ろした胸と胸がくっつきそうな程。抱きしめたのも近すぎたからだ。

 

「そうだったっけ?おにいたんだがら良いじゃないかええじゃないかモモ桃萌萌」

 

もう一度抱きしめてやろうと腕を広げるがサッと身を翻しモモは半歩距離をとった。

 

「ダメです。なに言ってるんですか?…石で挟んで押し花に?」

 

…チッ、睨みすぎだろ…そんな嫌なのか、まぁいいけど。

 

「で?状況はどうなの?めちゃくちゃ長い無駄説明で教えてモモセンセーイ」

 

頭を掻く、また電車が通過し始めた。

 

「何ですか、バカにして…いいでしょう!無駄に長ーく説明しましょう!今週はこういう感じです」

 

《正統ハーレム王、愛しの愛しのリトさん♡》

お姉様、春菜さん、ルンさん、セリーヌちゃん、モモ♡

《要排除(デリート)要らないコなお兄様(ウザ邪魔)秋人さん☠》

春菜さん

 

パッとスクリーン。開始早々終わる説明セッション。

 

「ん?春菜は結城の方にも入ってるな」

「ええ、私が見たところ春菜さんはまだリトさんに想いがあるようです」

 

グイと横に並びながら戦況報告をするモモ。まぁ時々電車の騒音でうるさいし声が聞こえにくいからだろ

 

「ん?そうか?異性の親友って感じじゃないか?」

 

モモに首を傾げ、春菜の話を思い返す。なんかそんな事を言っていた気がする

 

「違いますね。リトさんが転んでもみくちゃにされても怒りませんし」

 

グイグイ近づくモモ。近い。腕を手にとってなんだよ、触るなって言ったのはお前だろ?尻尾を目の前で揺らされてスクリーンに影が映りこんでいる。

 

「そうなのか」

「そうでなくては私が困りますから」

 

困る?と首をひねる、なんだそれはちゃんと答えろ、といつものように尻尾へ手を伸ばすが……

 

《おにいたーん!はろはろー!で・ん・わ・だ・よ♡はわわ、いけないですぅ!ねめしすはまたもやパンツを…》

 

ピッ!と煩わしい着ボイスを切る…あんのヒマ人…いつの間に…。社会的に殺されるわ、モモが心底見下げたという顔で「…最低」と呟いた。あともう少しだったのに…とも言った気がするが気のせいだろう、睨みつけてるし

 

「もしもし、こちら司令部。どうした?癒やしの光、春菜ホワイト」

『もしもしお兄ちゃん?ヤミちゃん知らない?まだ帰ってきてなくて…もう、それは二度とやらないって言ったしょ、』

「どっかでたい焼き拾い食いしてるんじゃないのか?そのうち帰ってくるだろ」

『そんなことヤミちゃんがするわけないでしょ!どこいったのかな?しょうがない妹だなぁ…お姉ちゃん困っちゃうなぁ…お兄ちゃん探しに行ってもらえる?私は晩ごはん作っておくから…』

「はいよ」

『うん。お願いします…イイコだからおかずを一品増やしてあげます』

ふっ

『でもしばらくは春野菜料理が続きます』

くっ…なんてことだ

『…ローストビーフ焼いて待ってるから、ヤミちゃん連れて早く帰ってきてね』ガチャッ…

ローストビーフ!なんてことだ!

 

「じゃあ今日はもう終わりだな?俺は帰る」「え!?もうですか?」

「は?なんかまだ何かあんのか?」

 

お前も結城のところに早く戻りたいだろ?ええ、確かにそうですね…他に何もありませんし…と続け、モモはくせっ毛を直した髪を不服そうに指に絡める。

 

「じゃ、また来週」「ええ、また来週。」

 

モモを置いて走って立ち去る。早く見つけ出してビフテキ祭りがウチで待っているのだ。

 

 

30

 

 

去っていく背中。――――――勝手に手が伸びていく、シャツの裾は……また掴めなかった。

 

ズルい。こんなに調教・開発され尽くしておきながら「また来週。」だなんて……ゲームだったら素早くコンティニュー乱打してますよ?

 

――――計画の為に手段を選ばない。最大限の努力を発揮する。私はぜったい負け(ゲームオーバー)たりしない。

 

そうして掴むふたりの未来は――――――うふふ♡

 

あの繊細な動きをする指がスキ。匂いもスキ。触れられればゾクゾク、抱きしめられたら…たまらない。そしていつかは…その先へ。その先を私はもう知っている

 

―――桃の花は花粉がある品種なら勝手に実を作る。でも花粉をつくらない桃の花もある。

 

さあてそういう桃はどうやっては実を作るのでしょう?―――ふふっ♡

 

嗚呼、でもなんて事…私達ふたりに多くの障害が…取り除かないと…。障害があればあるほどに燃え上がる心と躰。はやくはやくリトさんのハーレムを完成させないと…そして私は。

 

「うふふふふふふふふ♡」

 

きらりと口元の雫が光る、夜空に浮かぶ月だけ(・・)が悶え震えるモモを見ていた。

 

 

31

 

 

夜空に浮かぶ一つの月、満月ではなく欠けた三日月。

 

アスファルトには桜の花弁が優雅に舞い落ち、今も桜が夜の闇にひらひら踊るように散っている。暗闇を照らす街灯のぼやけたオレンジ、浮かぶ桜のくっきりとしたピンク。二つのコントラストは情緒があって美しい、とヤミは思った。

 

『君の本質は闇……殺戮以外に生きる価値など無い―――――甘い夢(・・・)などもう終わらせるべきなのだ結城リト(ターゲット)は傍にいるのだから――――――』

 

脳裏に先日の強襲者の声がよぎる…(わずら)わしい。邪魔な声を振り払い、地を蹴り電柱へ飛び移る

 

『目を覚ませ。金色の闇……此処は君の居るべき居場所ではない―――』

 

再び声が響き、眼前の夜景を汚す。揺らぐ思考は過去と現在(いま)を虚ろにさせてゆく―――…

 

 

「…。」

 

静寂な真昼に独り。其処に本を読み耽る私がいた。周囲に()の姿はない。数刻前まではそうだった。

 

「…なんでしょうか」

 

ケヒヒ、気味の悪い声と虚ろな瞳、返答は言葉でなく強烈な打撃。腰掛けていたベンチが二つに叩き割られる。

 

重厚なブラウンの木片、そして同じ色のふんわり軽いたい焼きたちが共に宙をぱらぱらと舞う。宙へと逃れ、逆さに跳び浮かべば馬鹿力の刺客の数6―――嘗められたものですね

 

着地と同時に背後に強烈な殺気が2つ、身を捩り避け――られなかった。

 

―――はやい?!違う…!わたしが遅いんだ…

 

      この生活に慣れすぎて―――!

 

 

「……ふぅ」

 

一息つき、かぶりをふって後悔を振り払う。電柱上から見上げる夜は、広告のネオン光に負けること無く三日月が浮かび上がっている。

 

雲の隙間から降り注ぐ月光、それは優しくも強い光(・・・)

 

―――眩しい(・・・)光弾が場を包む。爆音と共に閃光が弾ける。楯を築き刺客達(クラスメイト)を庇う。睨み見上げる校舎屋上、煙の向こうへ黒咲芽愛が立っていた。私と同じ変身(トランス)能力。制服(わたし)と違う戦闘衣(バトルドレス)

 

覚悟の違いを見せつけられた気がした。

 

 

もう一度、ヤミは頭を振った。ゆっくり瞳を閉じて、そして開いた―――過去は過去、今とは違う

 

振り切った私の瞳に映る三日月の光。都市の綺羅びやかな光たちに負けず輝いている、息を呑み掌を伸ばす

 

―――――今度こそ、

 

月光へ向けて掌をかざし、くるりと握ってみる―――やはり、掴めなかった

 

夜闇の中、都市光さえも凌ぐ輝く三日月でさえも、掴めない。

 

―――――実態のないものですから当然といえば当然ですが…

 

かざし続ける小さな掌は固く握りしめられ、月の光と都市の光が輪郭を与えつづける。

 

それはひどく頼りなく、とても情けなく思えた。

 

そう、何の力もない一般人のように―――

 

眼下に蠢く人々の群れ。交差した道と道。そこを急ぐように歩く帰宅者達。もうそんな時刻。"家族"のある者達は家に戻り、待っている人の為にその脚を動かすのだろう……と、どこか他人事のようにヤミは思った。

 

――――もう私にも…"金色の闇"にもそんな家が出来たというのに。

 

「…ふぅ」

 

静かについた溜息が更に過去へと連れてゆく。瞼に浮かぶ、甘い願いと淡い夢――――儚く消えてはまた浮かぶ

 

与えられた力…変身(トランス)能力さえなければ。普通の少女として、ティアと毎日微笑んでいられたのに――――

 

 

『むかしむかし、はるかな銀河の海の中。

 

小さな少女イヴには光にみちみちたやさしい日々がありました。

 

イヴの傍にはイヴによく似たお姉さん、ティアが居ていつもにこにこと笑顔で絵本をよんでくれました。

 

はらはらしたりわくわくどきどきするお伽話たち。イヴにはいない、おトモダチに囲まれ幸せにくらすその話をイヴはいつもうらやましい気持ちで聞いていました。

 

そんなある日のこと

 

 

「ねえティア、わたしにもおトモダチできるかなぁ?」

 

イヴはティアにたずねました

 

「ええ、もちろんできるわよ、いつかわたしにも紹介してね」

 

ティアはにこにことイヴの頭をなでました

 

「おトモダチもほしいけど、お兄ちゃんもほしいな」

 

まぁ欲張りさんね、とティアはくすくすと笑いました。イヴもくすくすと笑いました

 

「でもいちばんほしいのはね!―――――」

 

 

―――――…。

 

 

そんな光にみちみちた日々の中で、またある日のこと、一人の男が言いました

 

―――君は兵器だ。我々が正しく(・・・)導いてあげよう。あらゆる生命を摘み取る(・・・・)兵器として―――

 

「ねえティアは?ティアどこにいったの?」

 

イヴは白衣の男たちにたずねました

 

―――君にヨロシクと言って出て行ったよ――――さあ、我々が正しく(・・・)導いてあげるからね

 

――――こうして光に代わり闇にみちみちた生活が始まりをつげました。

 

正しく(・・・)導かれた少女、イヴはいつしか"金色の闇"として生まれ変わり、生命を摘み取る変身兵器(トランスウェポン)として、はるか広い銀河の海にその名を轟かせたのでした。

 

「正しさなんて人それぞれ違うのにね。ばかみたい」

 

赤く染まったかつての小さな少女は、同じ赤い血に染まる荒野でひとりゆっくり呟きました。満天の銀河の星たちへと還る崩壊の煙を背にして…

 

それから小さな少女イヴを見た人は誰もいませんでした。

 

                            めでたしめでたし   』

 

―――――これでは夢も希望もありませんね…

 

心の筆を置き、〆。薄く自嘲の微笑みを浮かべようとし……やめる。代わりにニヤリと悪く微笑んでみた…案外気持ちがいいものですね、とヤミは微笑った。

 

その時、

 

かざし続ける小さな掌に一つの走る人影。雑踏の中、見開いた瞳に飛び込む

 

―――――アキト、

 

小さく勝手につき動かされた唇。発したのかさえも分からない程の掠れた言の葉

 

それが届き、まるで此処にその小さな少女が居るのが分かっていたかのように――――視線はひしと掴まえられた。

 

< お い ば か な に し て る >

 

―――――失礼ですね。貴方たちに迷惑がかからないよう、こうして襲撃に備えているに決まっているでしょう

 

< め し だ か え る ぞ >

 

―――――先に帰っていいですよ、今夜の夕食はなんでしょうか…春菜は美柑と同じくらい料理が上手なので楽しみです。あとでちゃんと頂きますので

 

< あ と な ぱ ん  >

 

―――――なるほど、今夜はパンですか…アキトはご飯派でしたね。私もご飯は好きですが…いちばんは勿論たい焼きです

 

< ぱ ん >

 

―――――何パンでしょうか…惣菜パンは意味が分かりません。甘いものこそパンでしょう。あともう少し大きな声で言ってくれないと聞こえませんよ、アキト。唇の動きを読むのは案外難しいんですから

 

眼下の脚元にいるアキトが呆れたよう私の下半身を指さし、次に桜を指す。…なんでしょうか、桜は見事に満開、綺麗な桜色ですが……モモ色……ピンク色……

 

―――――!!

 

瞬間、気づいて飛び降りる。

 

「早く言って下さい!何をじっと見てるんですか!えっちぃのはきらいです!」

「お前な、あんな高いとこいたらパンツ丸見えになるに決まってるだろ。バカなの?おバカさんなの?ホントはえっちぃの大好きなの?」

「そんなわけないでしょう!えっちぃのはきらいなんです!また打ち上げられたいんですか!?今度は地球を一周させますよ!!旅行が好きなようですし!丁度良かったですね!」

「お前もまだ怒ってんのか、ちゃんと埋め合わせするって言ったろうが…ったく」

 

くしゃくしゃと髪を撫でるアキトを見上げ、頬を膨らませ文句を言う

 

これは心地のいい関係。擽ったい"家族"の関係。姉の春菜や親友の美柑がアキトへ向けるものとは違う想い、そんな気がする。

 

―――ねぇ、こういうものかな?ティア

 

瞳を閉じてアキトへ向けて掌をかざし、くるりと握って…

 

「!!!」

 

闇を切り裂き、乾いて響く電子炸裂音。

 

大気を震わす一筋の光弾がヤミと秋人の立つ場所を包み込む。鼓膜が裂けるような轟音が響く刹那、ヤミは伸ばしかけの手で秋人を押し倒し変身(トランス)で繭の楯を築いた。

 

「こんばんわ♪ヤミお姉ちゃん」

 

崩壊する瓦礫の音。ヤミと秋人が微笑み語らっていたその場所に――立ち上る砂煙と舞い散る桜の花びら、三日月をバックに黒咲芽愛が降り立っていた。

 

漆黒の双眸が妖しく輝き、蜘蛛の足を思わせる朱い8の()が陽炎のようにゆらゆら揺れる。両腕のアサルト・カノンの銃口から昇る、白い余韻の煙……

 

遊び(・・)に来たよ♪」

 

――また!いきなり、

 

「邪魔を――ッ!」

 

"金色の闇"の言葉を合図に朱と金の刃が交差した。

 

 

32

 

 

1合、5合―――計26合、弾かれる私の刃。

 

矢のように突き出された金の刃を身を低くして躱し、背後に水平蹴りを放つ。

 

「ぐッ!」

 

ヤミお姉ちゃんが痛そうな声を上げる――――感じる(・・・)2つ(・・)の痛み。気づけば脚に傷を負っていた。

 

地面を転がるお姉ちゃんに追撃。上から突き刺す8つの刃。これも金の楯で弾かれる――感じる(・・・)苛々と苦悶の感情、そして殺気。()が放つ飛ぶ斬撃を横へ跳び、回転する様に躱す。

 

――1、3……今!

 

「♪」

 

1つ、2つ、3つ! 3発目で金の楯が砕けた。お姉ちゃんの苛々が増したのを感じる(・・・)

 

「ほら♪―――やっぱり♥」

 

崩れる楯の隙間、苦虫を噛み潰した顔のヤミお姉ちゃんと目が合った。

 

ビートを激しく刻む鼓動。昂ぶる気持ちの高揚感。月夜に(たけ)る。瞳の奥の暗闇で確かな光を感じる(・・・)

 

――――感じる感覚こそ全て

 

気づくと私はいつものように嗤ってた。

 

 

33

 

 

交差を続ける刃と刃。

 

メアの刃は変幻自在で両腕のアサルト・カノンで牽制を混じえ、8つの刃で斬撃を放ってくる。私の作れる刃は最大12。刃の数は私が上――けれど、遠距離武器(アサルト・カノン)は作れない。刃の疾さもメアに分がある。

 

――でもやりようは、ある。それに、何より…

 

「貴方はアキトへ手を出した。敵とみなします」

 

「素敵な眼…♥」

 

かつて復讐に生きた、己の命を削って戦いに身を費やした。復讐の黒い炎の残滓が今なお胸に(くすぶ)っている。戦闘となれば再びそれは炎となってイヴの身を包み、"金色の闇"へと変身(・・)させる。

 

見つめ合う漆黒の双眸。嬉々と鬼気がまた加速度を上げた。

 

 

34

 

 

この闘いはお世辞にも上品なものとは言えない。

 

金色が瓦礫を蹴飛ばしメアへ向ければ、メアはただ躱すだけでなく影から光弾を放つ。儀式めいた様式美はなく、不意打ち、奇襲、目眩まし、何でもありの闘い。

 

変則も極めれば、殺し合いも極めれば、それは新たな別の美を生む。

 

――ククク…

 

互いに命をチップに変えた刹那の無数の攻防は、兵器同士の優劣を決めるウエポン・トライアル。目的の為に命を摘み取る二つの変身兵器(トランス・ウェポン)は戰いというものの原理をよく示している。

 

「…面白い。」

 

暗闇の観客が呟き、三日月の下で舞い続ける二つの影へ拍手を送る。

 

漆黒の浴衣と髪が風に靡いていた。

 

 

35

 

 

――相変わらず疾い。

 

金色の闇は内心で感嘆していた。同じ変身(トランス)兵器でも自分ではついていくのがやっとだ。

 

スピードこそがメアの武器。一撃の重さは自身程ではない、しかし速度と手数が尋常ではなく矢継ぎに攻め立て隙を生み、そこに最大火力の光弾を叩き込む。そういうスタイルのようだった。自身も攻撃よりも防御の姿勢をとることが多くなっている。

 

――ですが、

 

弧を描きながら迫る朱い刃、白い首筋に吸い込まれる―――…

 

――こういうやり方も、ある!

 

金色の闇は斬撃を無理に躱すのではなく、逆に踏み出し受け止めた。斬り払うと表現したほうが正しいかもしれない。

 

メアの刃へ最大の力を込めて振るわれる金の大剣。大きく後方へ弾けるメアの朱い刃。速度があっても軽ければ重い一撃を叩きつけてやればいい。そして、そうすれば――

 

「…っ!」

 

流れるようなメアの動きが止まっていた。

開いた脇、靡く2つの戦闘衣(バトルドレス)、腕を捻り金色の闇の大剣が軌道を変え、再びメアへ叩き込まれる。メアはマントを翻し身を捩るが、避けられたのは致命傷のみ。切り裂かれた脇腹から血がしぶく

 

「が…、ふっ――…♥」

 

2人に力量の差は確かにあった。

 

銀河に名を馳せた殺し屋・金色の闇とはいえ、日常的に血をみる生活を送っていた(メア)とそうでない(ヤミ)では神経の研ぎ澄まし具合に差が出る。

 

しかし、それはこれまでの事。

 

秋人が温泉へ行った後、その不在を狙ったかのようにメアはヤミへ奇襲していた――その数13、流石にヤミにも鈍っていた戦闘感覚も戻ってきていた。条件さえ五分になれば、あとは兵器としての資質と能力がものをいう

 

金色の闇はオリジナル、そしてメアはそのデータを元に作られた―――

 

 

――――決着は、つまりはそういう事だった。

 

 

36

 

 

二人の姉妹の優劣が決まる同刻、桃色の乙女に近づく複数の影。

 

「あら、お兄様♡…じゃ、ないんですか。リトさん…でもなく…」

 

乙女は背後を振り向きもせずふわりと微笑み可憐に呟く。そこには少しの落胆と…分かっていたという怒気。そこは変わらず薄暗い鉄橋の下だった。ゴトンゴトンと音を立て列車が通過している。先程までモモと秋人が秘密の逢瀬を交わしていた場所ではない、川を渡った向こう側。見るものによっては"河岸を変えた"とも言える行為だったがそうではない、兄へ淡々と(・・・)戦況報告をするその場所はモモにとっては何より大切な秘密の花園……その場を汚したくなかったからこの場へと誘導し、飛んできた。

 

――ではどうぞ、いらっしゃいませ♡

 

勿論その内なるつぶやきが聞こえたわけではなかったのだろう、言葉が終わると同時に飛びかかる影……同級生の男たち。目は血のように赤く涎を垂らし乙女へ迫る。

 

モモが振り向きざまに抜き放った蹴りは軽々と男を弾き飛ばし、三日月の下、木の葉のようにくるりくるりと――――――宙を舞う

 

―――暖簾に腕押し

 

―――柳に風

 

名は体を表わしていた。迫る魔手をひらひらと躱す桃色の乙女。攻撃を紙一重で躱し、交差際の一撃で仕留める。制服のスカートが舞い上がり、直した髪は翻り、ぼやけたオレンジがスポットライトのように乙女の躰を通過する。周囲を取り囲む複数の影たちは怒涛の攻撃を加えているが、乙女に決して触れられない。もしも乙女の肢体へ触れれば熱に浮かされ苦しみながら死に至ることを知っているのは―――――他ならぬモモ自身だけだ。

 

「転送」

 

透き通った声で、明確なたった一つの意志を告げる。――――が列車のきしむ音に掻き消され辺りには響かない。

 

―――やはり野に置け蓮華草

 

乙女の放つ色香の毒は周りの影達を魅了する。熱に浮かされたように手を伸ばす影たちは既に蔦で捕らえられていた。

 

「はぁ…こんなはしたないところをお兄様に見られてしまったらまた(・・)お仕置きされてしまいます…ね…♡」

 

甘い吐息と自身を抱きしめ、悶えるモモの声は誰の耳にも入らない。それもそのはず電車の踏み鳴らす鉄の通過音はそれほどまでに喧しい。なぜそのような場所をモモが選んだのか。それはモモの可憐な唇から溢れる淫らな声を兄以外に聞かせたくない、という乙女心の発露だった。この場を選んだのは喧しい男のうめき声が聞きたくなかっただけ、という違う理由であったが――

 

―――ドサリと初めに蹴飛ばされた男が地に落ちる音だけが場に響く。とうに列車は過ぎ去っていた。

 

37

 

ドサリ…ヤミは糸の切れた操り人形のように受け身もとらず倒れた。

「あなたの負けです、メア」と呟いた唇からは苦しそうな荒い呼吸音しか聞こえない。

 

「おい!しっかりしろこのバカ!破壊大好き金色ブラック!」

 

痛む頭と呆然とこの後どうなるんだっけ、と考えていたらどうにも様子がおかしい。だいたい先の事など解るはずもないというのに。そんな当たり前のことに気づいたらこの状況、ヤミが倒れた。ってそんなことは状況報告だろうが!今はとにかく急いで医者……医者キャラ…キャラ?お医者さんだろ、えっと御門涼子だ!そうだそうだ、あのおっぱいキャラだ!ティアーユと知り合いの…ティアーユって誰だっけ?…ああ、もうウルセェ!とにかく今はヤミを!

 

直ぐ様秋人はヤミを担ぎ、瓦礫とヒビの入った地面を蹴り走る。駆けていく、流れ過ぎるネオンライトの河の中、識らない(・・・・)メアのことが秋人の脳裏から離れないのだった

 

 




感想・評価をお願い致します。

2016/01/24 一部描写改訂

2016/05/22 一部改訂

2016/07/19 一部改訂

2016/10/22 一部改訂

2017/06/14 一部改訂

2017/07/31 一部改訂

2017/08/10 一部改訂



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【 Subtitle 】

29.朝帰りの代償

30.面背腹従のほろ酔いプリンセス

31.殺し屋"ヤミ"のジレンマ

32.変身兵器(トランス・ウェポン)の試金赤

33.暗色の瞳

34.影の監視者

35.決着

36.桃色の毒薔薇

37.抜け落ちた記憶

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