貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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R.B.D特別小話 『金色さんの心休まらない休日-後編-』

2

 

 

ちょうどその時、彼女は厨房に居た。

 

緊張した表情で抜き足、差し足、忍び足…――秋人の背後に忍び寄る。

 

(ふふ…気づいてない気づいてない)

 

口元に浮かぶのは暗殺者じみた静かな微笑み。頭の上では長いうさ耳が油断を誘うように揺れている。白黒のメイド服も彼女の清楚な雰囲気とマッチしていて見惚れる程に愛らしい。

 

(もうちょっと…あと少し…)

 

標的に近づくにつれ、少女の瞳が三日月のように細められる。静かな微笑みをたたえる唇は今は悪戯なものへ変わっていた。

 

うさ耳メイドは最後にぴょん、と飛び寄って

 

「わっ!…えへへ、お疲れさま」

「!春菜………………びっくりしただろ」

 

突然両肩を掴まれた秋人は一瞬硬直したものの、大して驚いてなかった。予想していたものと違う反応に春菜の方が目をぱちくりさせる

 

「あのなぁ春菜、いきなり驚かされると俺もリトみたいに転んで、アレやコレやな状態にしてしまいますよ」

「えと、あはは…ごめんね」

「まったく、お気をつけ下さいっての春菜さん」

 

困った顔で笑う春菜を見つめながら、皿洗いを続ける秋人。丁寧な語り口だが、妹の艶姿を観察し続ける目は血走っている。

 

「あの、えと、お兄ちゃん?そんなに見つめられるとちょっと、その…」

「だが断る」

 

恥じらいながら背中へ隠れる可憐な仕草に、変態の兄はまじまじ見入ってしまう。接客で耐性のついた春菜でも大好きな兄に見つめられると流石に恥ずかしい

 

「……どうして着替えてすぐ見せに来なかったのだ……!」

「えっ?」

「俺が何の為にココで、こうして、黙々と皿洗いをしてると思っている…ッ!」

「ご、ごめんね…?」

「まったく……似合う、似合うぞ春菜。似合いすぎだ春菜!これはもう犯罪だろッ!?」

「へ、ヘンな褒め方をしないでよ、もう……そんなに似合ってるの?」

 

頬を染めながらスカートの裾をつまむ春菜。それから秋人へ披露する為に、クルッと回ってみせた。

 

ふわっ

 

ギリギリの角度でスカートが翻る。その下に隠された下着を見せることなく、健康的な太ももが白い光を浴びて輝いた。

 

「ハラショー!!!素晴らしい!!!」

 

妹バカの秋人は拳を握りしめて感動した。寸分の狂いもなく春菜の身体にフィットしているメイド服は清楚な容姿と雰囲気を見事に飾っていた。

 

「これならノーベルメイド賞も取れるぞ!今すぐ記者会見を開こう!」

「おっ、お兄ちゃん落ち着いてってば!でも、まあ、褒めてもらえると嬉しいかも…ふふ」

 

照れながらも健気な妹は微笑んでいる。まんざらでもないらしい。

 

「そういえばお兄ちゃん、ここにある料理ってどこに運ぶの?」

 

洗い場のすぐ横に並ぶ料理を指差しながら、メイド少女は首を傾げる。ビッフェ形式のように並んでいる料理はお客に出すものと何の遜色もなかった。

 

「ん?春菜も気になるのか、これは店の誰でも食べていいやつだぞ」

「えっ、私たちも?」

「ああ、そうだぞ。腹へったら適当に食っていいらしい」

「わあ、役得だね。お兄ちゃんはもう食べた?」

「まだ……食えていない……洗い物……いっぱい……だから……」

「そんなに悲しげに言わなくても…」

 

がっくり項垂れる兄に春菜は苦笑い。そして、名案を閃いてしまう

 

『後ろから近づいてお兄ちゃんビックリドッキリ大作戦』は失敗に終わったが、並んでいる料理を使えば汚名返上(?)できるかもしれない――

 

(食べ物で釣ればお兄ちゃんはカンタンだよね?里沙と仲良くゲームしてたお仕置きもしたいし…)

 

里沙と秋人が遊んでいたのは春菜が原因なのだが、それはそれコレはコレ。

 

こうして、『食べたいのに食べさせてもらえないお兄ちゃんかわいそう(;_;大作戦』(※命名:西蓮寺春菜)は実行へ移された。

 

「ね、お兄ちゃん」

「ん?」

 

紫青の髪を揺らし踊らせて、メイド少女がそっと微笑む。そのまま秋人に甘えるように近づき、肩へ寄り添った。突然のことに秋人も動揺しているが、春菜はもっとドキドキしている

 

頬を紅潮させたメイド少女は、耳元へ艶やかな唇を近づけて……

 

「…たっ、食べさせてあげよっか?」

 

どもってしまった。

 

「ホントですか春菜さんッッ!!!」

「え、えーっと…」

 

恥ずかしい自爆に真っ赤になっている春菜をよそに、秋人は目を輝かせている。普段ならすかさずツッコんでくるところだったが…

 

「ホントなんですよね!?期待してて良いんですよね!?」

「え、えー……は、はい」

「それは助かります!ぜひお願いします!」

「お兄ちゃん、そんなに食べたかったの?」

 

問いかける春菜に無言でこくこく頷く秋人。目元には薄っすら涙さえ浮かべている。

 

(か、かわいい…)

 

兄の可愛い表情にメイド少女は困ったように眉を寄せた。あまりの衝撃に、手を当てた口元にだらしない笑みが浮かぶ。

 

「でっでも、ダメだよ、お仕事が終わったらみんなでパーティーなんだから…お兄ちゃんはすぐに食べ過ぎちゃうし…やっぱりダメ」

「…。(´・ω・`)」

「そ、そんな可愛い顔をしてもダメです」

「…ウッ(´;ω;`)」

「っ!わかったから!食べさせてあげるからキラキラした目をしないで下さい!」

 

兄の表情にクラクラしたのか、メイド少女は両手で顔を覆ってしまった。作戦失敗。

 

「…もう、一つだけだからね?一つしかあげないんだから、絶対だよ?」

「それはフリということですな、春菜さん」

「違います」

 

観念した春菜はふうっと息を整えて、並べられた料理を見渡した。唐揚げ、串焼き、春巻き――忙しい皆に配慮されてか、指で摘めるものばかり。しかも、どの品も料理好きの春菜が見て一級品である。ぜひ作り方が知りたいところだが…

 

「オホン、ではご主人さま(・・・・・)、こちらでよろしいですか?」

「おおっ!春菜が中身までメイドさんじゃないか」

「まあ、折角だし……ダメだった?」

「うむ!くるしゅうないぞ!」

「お兄ちゃん、それじゃ"お殿さま"だよ。はい、あ~ん」

 

逡巡していた春菜は美しい"春巻き"を一つとり、秋人へ向けて差し出した。春菜にとってコレ(・・)は何度か経験済みの行為、大きな恥ずかしさはなかった。

 

「はふっ、はふはふはひふ!…ム!これはウマい!」

「ふふ、良かったね」

 

待ってましたと言わんばかりに食いつく秋人。嬉しそうに見守る春菜。家庭的なメイド少女は美味しそうに食べる兄が好きだ

 

「これは…外はパリパリ中はジューシー、まるで春風の中でお弁当の蓋を開けた時のような、そんな興奮が俺の身を包み、全身を喜びが駆け抜けている」

「? それって、春巻きの感想?」

「勿論、そうですが…」

「そんな難しいこと言わなくても、美味しいって分かったよ?」

「お、おう、そうだな」

 

唯が言えっていうから…、と兄は何やら落ち込んでいる。不思議そうに見守りながら、春菜は指先に残る食べかけを口にした

 

「――うん、ホントに美味しいね」

「春菜が食べさせてくれて美味しさ激増だったな!…もう一個良いですか」

「ありがと、お兄ちゃん。おだてても一個だけですからね」

「!異議あり!!俺は一個も食べてないぞ!?半分だけだし、残りは春菜が食べちゃったし」

「確かにそうだけど………あっ」

 

間接キス、そんな言葉が春菜の脳裏を一瞬よぎった。普段からよくやっている事とはいえ、ココはウチじゃなくて、確か厨房にはセフィさんも居たはずで……み、見られちゃったかも……

 

「ん?おーい、どうした春菜……………。」

 

急に押し黙ってしまったメイド少女はもじもじと俯き、頬を染めては辺りを見回している。

 

春菜のちょっと恥ずかしそうな、困っているような、それでいて嬉しそうな微笑み。時折、秋人の様子を窺うように上目で見つめてくる。見るもの全てを虜にするレジェンド級の可愛さに秋人は一瞬で目を奪われた。

 

甘い空気は変わらずとも沈黙する二人。

 

停滞した時間を動かしたのは、春菜の妹兼秋人の娘である所の殺し屋の声であった。

 

「…アキト、ちょっといいです………なにしてるんですか」

 

ビクッと声の方を振り向く二人。入り口に立ち竦んで、ヤミが不審げに見つめている。

 

「「おっ、おかえり」」

 

響き渡るぎこちないユニゾンに殺し屋は

 

「…ここはウチではありません」

 

と、冷たく返した。

 

 

3

 

 

「…では、話は終わりますが」

 

「は、はい…」

「長かった……春菜の説教グセがうつったんじゃないのか…」

「そ、そんなことないよ……?たぶん」

 

威圧感満載だったお説教が終わり、二人は胸を撫で下ろした。秋人はコキコキと固まった首を鳴らし、メイドの春菜もしれっとお茶の準備を始めている。

 

「…。」

 

ヤミの形の良い眉がくいっと上がった。

 

「…あまり反省の色が見えませんね…?」

「「そっ、そんなことないです!」」

 

ユニゾン。

 

ジト目のヤミ。

 

「……本当ですか?」

「「はっ、はい!」」

 

破壊光線のような視線を受けて、兄妹たちはかしこまったように身を縮めている。一応、反省はしているらしい

 

「…まあ、今後このようなことがないように、イチャコラも場所はわきまえて下さい。」

「はい………、イチャコラってヤミちゃん…」

「アキトの方は反省として一時間に一度、私の頭を撫でて下さい。」

「お、多すぎだろ…って睨むなよ!イヤとは言ってないだろ」

 

秋人が頭へ手を伸ばすとヤミの硬い頬はすぐさま緩んだ。膝上でくつろぐ猫のように気持ちよさそうに目を細めている。説教は布石で初めからコレを言い出したかったのはヤミの秘密だ

 

「ほわ……そうです。話があったのでした」

「ん?今、ほわって言わなかったか?」

「…コホン、なんでもありません。手は止めないように」

「へいへい」

「美柑たちには内密にして欲しいのですが……ココは敵に囲まれています」

「あん?敵?」

「ええ、普段ならあり得ない数の敵です。中には手強そうなのも何人か……性悪女の差し金かもしれません」

 

ヤミがちらっと視線を向けると、セフィは微笑を浮かべたまま料理に励んでいる。特に慌てている様子もない

 

「あら、どうかしましたか?金色の闇」

「クィーン、外の敵について貴方は何か知っているのではないですか?」

「まあ、外に敵がいるなんて…今知りましたわ。一体どこのどなたでしょうか」

 

敵の気配は数百以上。軍のような規模の敵に狙われるのはヤミのような殺し屋ではなく、ララやモモといったプリンセス、もしくはデビルークの実権を握っているセフィ以外にあり得ない。セフィは微笑みを崩さず、首を傾げているが……

 

「…本当に知らないのですか?クィーン」

「ええ、外の敵について詳しいことは分かりませんわ」

「…分かりました。」

 

ヤミはしぶしぶ納得した。性悪(セフィ)と腹の探り合いに時間を割き、敵に攻め込まれては本末転倒だ

 

「それではアキト、私は―」

「金色の闇、貴方が警戒するほどに外は危険なのでしょう?決して出てはいけませんよ(・・・・・・・・・)?」

「…つまり、黙って見ていても問題ない、ということですか」

「――きっと、すぐにザスティンたちが助けに来ます。それまでは全員お店から出ない方がいいでしょう」

「…貴方の事ですから、何か手を打ってるのでしょうが…数が数です。もしもの場合もありますので、私は打って出ます」

 

ヤミは会話しているセフィではなく、秋人へ向けて言い放つ。黙って見守る秋人もヤミの決意が固いことは知っていた。お互いが考えていることは目を見るだけで分かっていた。

 

「ふーん…まあ頑張ってこい、転ぶなよ?」

「…それだけですか」

「それだけですな」

「…。」

 

ヤミは呆れたように秋人を見上げた。

 

「アキト…もしうっかり敵に襲撃されたら、死ぬ気で避けて下さい。」

「死ぬ気でって…それだけかよ」

「…それだけです」

「…。」

 

呆れている秋人にヤミはニヤリと笑った。

 

「春菜、貴方が狙われることはないと思いますので…心配しないで下さい」

 

無事にリベンジを済ませたヤミは春菜に水を向ける。怖がりの春菜は敵の話をした途端、深刻な表情で固まっていた。

 

「ヤミちゃん、私…」

「大丈夫です、心配はいりません。アキトにああ(・・)言いましたが、店の中が襲われることは…」

「ヤミちゃん、私…コンロの元栓締めたかな?急に心配になってきちゃって…」

「…心配なのはそちらですか…春菜も大概ですね」

 

ちゃんと締めてありましたよ、と投げやりに答えながらヤミは肩を落す。兄の秋人に慣らされたおかげなのか、それとも元殺し屋の自分のせいか、春菜は妙なところで肝が座っている。なんだか色々気を回している自分が馬鹿らしくなってきた

 

「…では、ちょっと行ってきます」

「うむ、がんばってこい。…足元には気をつけるんだぞ」

「気をつけてね、ヤミちゃん。転んでケガとかしちゃダメだよ?」

「貴方達はどれだけ私が転ぶと思ってるんですか!転びませんよ!」

 

怒鳴り声にびっくりした春菜は逃げるように走り去り、一緒に逃げようとした秋人は金色の大腕からは逃げられなかった。

 

 

3

 

 

「…このあたりが良いでしょうか」

 

大切な二人に見送られたヤミは一人、誰もいない廊下へ向かう。メアにも協力を頼んでいたが、できれば大事な妹を巻き込みたくなかった。

 

「…まったく、あの二人には困ったものです。緊張感がないのも考えものです」

 

ぶつぶつ言いながらも、ヤミは自分の身体から余計な気負いや強張りが消えていることに気づいていた。二人に励ましとも言えない励ましを受け、全身にいつも以上の気力とパワーが漲っている。ダークネス化した時以上に瞬間の鋭さを感じる。

 

「…今ならダークネスに頼らずとも対処できるでしょうが……素直に感謝できませんね」

 

窓から差し込む月光を浴びながら、ヤミは溜息をついた。不満げな表情のまま窓の縁へと足をかける。月の浮かぶ夜が、ヤミに以前の凄惨な過去を思い出させるが…

 

ビュゥ――

 

舞い込んできた風に一瞬、ヤミは目を細める。

 

風の中、微かに感じる危険の香り。嗅ぎ慣れていた戦場の香り……

 

――もとより負ける気はサラサラありませんが…今は敵が数千いようとも負ける気はしません

 

「…それにしても、殺し屋の私が転ぶはずがないでしょうに………ふっ!」

 

開け放った窓から一気に跳躍。風の中で金色の髪とスカートが踊る、夜の闇と月の光が彼女を美しき金色の死神へ変える。

 

 

"金色の闇"はたった一人で暗闇の戦場へ飛び出した。

 

――大切なものを護るために。

 

 

「ヤミお姉ちゃん♪遅いよー、敵ならもう全滅しちゃったよ?」

 

ドサッ

 

「あ。顔面からいったね、痛そう」

「ククク、あの"金色の闇"の顔面ダイブが見れるとは……無様だな」

「んな!?ちょっ!メア!?ネメシス!?」

 

ヤミが地面から顔をあげると、メアとネメシスの二人が黒い塊(・・・)を背後に笑っていた。

 

「来るのが遅すぎだぞ、金色。あまりにも遅すぎて敵も眠ってしまったようだ」

「っ!?これは一体どういうことですか!?」

「んー?どういうことって…」

「我々はちょっとしたゲームを楽しんでいただけだが?」

 

黒く、大きな塊は人の山――気絶した敵兵たちが積み重ねられたものだった。巨大すぎて周囲の建物より高くそびえ立っている。

 

「ゲーム…?メア、ネメシス、貴方達がやったのですか」

「それは俺から説明しよう、"金色の闇"」

「…貴方も居たのですか」

 

影から現れた長身の男――その名はクロ。"クロ"の名前通り、全身黒ずくめの殺し屋である。金色の闇とは因縁浅からぬ同業者だった。

 

「コイツらは武装組織ソルゲムの連中だ。デビルークの王妃を狙って来たらしい」

「やはりそうでしたか…」

「ソレを俺たちで潰した。全ては俺と生体兵器の共演、"死神のいる悪夢"(デス・イン・ザ・ナイトメア)というワケだ」

「デスイン…?何かの武器の名前ですか?」

"死神のいる悪夢"(デス・イン・ザ・ナイトメア)だ」

「…さっぱり分かりません」

 

激しい厨二病を患うクロは殺し屋としては最強クラスでも、会話を成り立たせるのは難しい。

 

「えっとね、ヤミお姉ちゃん、つまりねー♪」

「我々三人の分担作業ということだ。金色」

 

変身(トランス)姉妹は片手を上げてハイタッチ。無邪気な姿だが、山にされた敵の前で喜ぶ様子は異様である。

 

「フッ…分担作業か…確かにそうとも言える」

「むしろそうとしか言えないでしょ♪死にたいの?」

「メアがサイコダイブで奴らの身体を一斉ジャックし、クロの電撃で気絶させる。そして私は倒れた敵をワープゲートで回収し、テトリスしていたワケだ。コイツらは自分がどうなったかなど理解するヒマもなかっただろうよ」

 

わかったか?金色のドジめ、と顎をしゃくり上げながらネメシスが付け加えた。軽くムカつくヤミが目を向ければ、敵はブロックのように折り重ねられている。ネメシスなりのこだわりらしい

 

「という事は、私のでば…敵の脅威はなくなったワケですか」

「ああ、そういう事になるな。不服か?」

「いえ、面倒事に巻き込まれずに済みましたので……感謝します」

「んふふー、どういたしまして♪」

「フッ…」

「くくっ…まさかメイドの金色に礼を言われる日が来るとはな」

 

素直に頭を下げるヤミにメアたちは照れくさそうに笑った。クロでさえ柔らかい眼差しをヤミに向けている。

 

「へぇ、ずいぶんあっさり片付いたんだな」

「…アキト」

 

ヤミが声に振り向くと、串焼きとお茶のカップを片手に秋人が笑っていた。こっそり抜け出してついて来ていたようだ

 

「アキト……貴方はこうなると知っていたのですか?」

「まあな、前もってセフィに聞いてたし。」

 

彩南町(ココ)に来る前にわざと情報を流し、敵を集めたのは計略王妃のセフィだ。セフィ自身が囮となり、予め周りに精鋭を潜ませておけば敵は一網打尽。しかもセフィはアキトや愛娘たちと触れ合うことも出来るという――一石二鳥の計画だったのである。

 

「……あんの性悪王妃……」

「まあまあ抑えろっての、ネメシスに頼んでたのは俺だぞ。…クロも協力してたのは知らなかったけどな」

「フッ…マンガを返すついでで受けた依頼だ。それより、とても面白い作品だな…ダリフラは」

「そうだな、俺はイチゴが好きだぞ」

「フッ、冷めた感じのハルナか」

「イヤな表現をするんじゃないっての」

「…クロと会話を成立させるなんて……」

 

ヤミは改めて目を丸くして驚いた。秋人がクロと漫画の貸し借りするほど親しい事にもびっくりだが、会話が成り立っている事にも驚いている。

 

「ねぇねぇ、せんぱい♪私も頑張ったよ…報酬は?」

「へいへい」

「♥」

 

固まっているヤミの脇をすり抜け、メアが秋人の腕に擦り寄る。

秋人が手を伸ばすと、メアは猫のように背を伸ばし顎を上げる。ヤミは髪を撫でられるのが好きだが、メアは首から背中を撫でられるのが好きなのだ。

 

「あっ…ふぁ……」

「…メア?」

 

なんともいえない甘い声にヤミはハッとなった。メアの唇からネズミをいたぶる猫のような笑みが消えている。濡れた唇は噛まれ、今は快楽を堪えていた。

 

「あぁっ、んぅ…ふぅん…っ」

「…メア、何を……声がえっちぃですよ」

 

紅い唇から溢れる吐息も、反らした喉の白さもメアの全てが艶めかしい。

月明かりに濡れる黒い戦闘衣(バトルドレス)と生白い肌が美しく淫靡で、押し殺した囁きがいけないものを見ている気分にさせる。ヤミを見つめる瞳は羞恥心のせいか、それとも欲情のせいか、潤みきっていた。

 

「ひぁっ、あっ!しょ、しょうがないんだもん…ふぁっ!」

「…な、なぜですか」

「これっ、すっごくゾクゾクして…あっ!はぁうっ!!」

「………め、メア……?」

「こんな、外っ、んふぅっ!恥ずかし…やぁんっ!んんぅっ!」

「……………………………。」

「ああっ、だ、ダメっ!私もうっ、お姉ちゃんに見られながらイッ…んンン~~~っ!!!」

 

とうとうメアは我慢できなくなり、甘い絶叫を上げる。長い朱髪を揺らし、秋人の身体にしがみつく。すっかり腰砕けになったメアは腰を押し付けるようにして脚を震わせていた。

 

「あぅ……んっ…はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

 

獣のように荒い息をしながらメアは秋人に身を委ねている。焦点のあっていない潤んだ瞳、蕩けそうな恍惚の表情。普段の無邪気さとは別人のような淫らな痴態にヤミは言葉を失った。

 

「…………アキト……貴方は………」

 

言葉は失っていたが、ヤミは怒りの感情は失っていなかった。ゴゴゴ…と地鳴りが聞こえてきそうなほど怒り心頭、金色の髪が文字通り怒髪天を衝いている。

 

「俺はただ撫でていただけだぞ!不可抗力だ!」

「何が不可抗力ですか!貴方という男は……ッ!許せません!」

「どこもヘンなところは触ってなかっただろ!?」

「そういう問題ではありませんッ!」

 

ヤミは怒りながらメアへ視線を向ける。メアは秋人に身を委ねて、ぼうっと放心したままだ。ほんのり浮かべている笑みが堪らなく幸せそうで――ヤミは泣きそうになった。

 

「この浮気者っ!私の首や背中は撫でたことのないクセに!よくもメアのを触りましたね――!」

「怒るのはソコかよ!?」

「黙りなさい!今すぐぶん投げて地球を一周させてネメシスにぶつけてやります!」

「ククク…無関係な私を巻き添えにするとは、金色のサディストめ」

「暴力反対!そういうふうにすぐに力で訴えるのは良くないと思いまーす!」

「聞く耳もちません!!ええい、手慣れた感じだったのが余計に腹ただしい!」

「グハハハ!見つけたぜぇ…!!"金色の闇"!」

「これはとてつもないDVです!悪逆非道の行いです!娘であるこの私の前で、よりにもよって妹のメアに手を出すなど!手を出すべきは私でしょうに!!」

「お前は何を言ってるんだ」

 

怒りと涙でパニックになっているヤミは自分が何を言っているか分かっていない。ずるい、恨めしいとメアを見ながら文句を続ける

 

「アキト、貴方は有罪です!その行いは西連寺法に明らかに違反しています!」

「そんな法律を作った覚えはないっての」

「やい、"金色の闇"!貴様にかけられた懸賞金はすべてこのオレ様が…って聞いてんのか!?」

「しかも!五分に一回撫でるという約束さえもアキトは破っています!」

「増えたなおい…一時間に一回じゃなかったか?」

「貴方は娘の私が可愛くないんですか!?メアと私のどちらを娘にするんですか!?」

「やい!"金色の闇"ッ!!ムシするんじゃねえええええええええええ!!」

「ええい!うるさい!なんですか!」

 

振り向いた先にいたのは筋骨隆々の大男。

巨大なトゲ付き棍棒と銀のメタルアーマーを装備した異星人、ガチ・ムーチョという哀れな賞金稼ぎである。

 

「やっとコッチを見やがったか!オレ様は最強の賞金稼ぎ!てめえの命を貰いに来てやったぜ!」

「………は?」

 

身体と同じく声も大きな男に向かってヤミは小さく首をかしげた。その姿は幼い外見と白黒のメイド服も相まって一輪の花のように可憐である。

 

「しかしよ、金色の闇はもう少し大柄の女だと思ったが…とんだチビ女じゃねえか!ガハハハ!金色の闇ってのはお子さまだったのかよ!ガハハハ!」

「…。」

「はるばるマスール銀河から来たってのに、コレじゃ食いでがねえやな!ガタイもひょろくてちっとも楽しめそうにねえ!ガハハ!」

「…。」

「こんなガキを殺れば懸賞金が出るなんてよ!殺しの世界も甘くなったもんだぜ!ガハハハハハ!」

「…。」

「ガハハハハ!恐ろしくて声もでねえか!安心しろ!すぐにあの世に送って――」

「殺しますよ」

「エッ」

 

聞こえてきた声は息を呑むほど冷たく、生殺与奪のすべてを奪うものだった。

 

「今死ぬか、あとで死ぬか。選びなさい」

 

真っ暗な瞳、埴輪のような無表情で問いかけるヤミ。

月光のように煌めく長い金髪に宝石のような真紅の瞳、人域を逸脱した美貌の殺し屋――金色の闇が切っ先を向けている。

 

「えっ、えっ…?あの…」

 

目が点になったガチムーチョは冷や汗が止まらない。

これは殺気だ。全身を串刺しにするような濃密な殺気がヤミの身体から噴き出していた。勝てない。絶対に勝てない。肉塊にされる。こんなはずじゃ…

 

「さあ、早く選びなさい。私が笑っているうちに」

 

ヤミは全く笑ってない。氷のように冷たい目で見据えるのみである。

 

「えっと、そ、その…ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!すみませんでした!」

「…選べないなら、私が選んであげましょう。今ここでしふぁあああぁあああんっ!」

 

男が全力で土下座した次の瞬間、悲鳴を上げたのはヤミだった。

 

「なっ、何をするんですかアキト!いきなり首を撫でるなんて!」

「五分に一回撫でろって言ってただろ?」

「そ、それはそうですが時と場合が…あっ、ふぁっ…!」

「それにだな、こんな見るからにやられ役なザコに本気出すんじゃありません」

「だ、だって…こら、急に指を……はぅん」

 

言葉では反抗してみても、ヤミは秋人の腕をしがみつくように抱きしめている。びくびくと背筋を震わせ、甘い喘ぎで悶ていた。

 

「んんっ…ふぅん…ぁ…んんんっ」

 

背筋を優しく撫でられると電気が走ったように気持ちいい。くすぐったさがそのまま快感に変わって、胸の奥で蝶が羽ばたく

 

「あっ…ふぁっ…あ、アキ…」

「で、分かったのか。こんなザコに本気だしたらダメだぞ?」

「ふぁっ…で、ですが…ふぅっ……んあっ…!」

「わかったな?」

「ひぅっ!?」

 

耳の中へ指が入り、ヤミは思わず驚きの声を上げる。見開かれた瞳に困惑顔の知らない男が映った。

 

「んふぁっ!み、見るなぁっ…!あふぁっ!これ以上見たらこ、殺しますよっ!」

「えっ、あの…」

「い、いいからはやく…っ!ああっ!ふぁんっ!」

 

男の視線に吐息を弾ませて抗議っぽく鼻を鳴らすヤミ。鼻にかかった喘ぎを漏らして細い肩を震わせている。涙混じりに訴える瞳に先程までの殺気は微塵もなかった。

 

「あぁっ!ひぁ…っ!わ、分かったらどこか遠くの星にイキ…あぁぁぁぁぁっっ!!」

「す、すみませんでしたぁああ!」

 

命拾いした大男は一目散に逃げて行ったが、快楽に目を伏せるヤミが見ることはなかった。脱力しきった身体が崩れ落ちる。金色の髪が宙をふわりと舞い、殺し屋メイドは秋人の胸へ倒れ込んだ

 

「パパの、ばかぁ………」

 

拗ねたような甘い囁きが暗闇の中へ溶けていった。

 

 

4

 

 

メアと同じプレイを堪能し、ヤミが秋人にひとしきり悪態をついた時。既に他の三人の姿はなかった。しんと静まる夜空に月が浮かぶのみである。

 

「メアはもう帰ったのですか?それに、敵の山も消えていますが」

「メアたちなら、ついさっき店に戻って行ったぞ。パーティの準備するってさ、敵もザスティンが回収していった」

「…私の話は」

「ちゃんと聞いてましたっての!見えてたんだよ!聞いてなかったわけじゃないっての!」

 

ジト目のヤミに慌てたように言い訳をする秋人。

説教第二弾が終わって安心している秋人に溜息をついて、ヤミはクールな口調で言い放った。

 

「まったく…アキトは調子に乗りすぎです。いつか痛い目をみますよ」

「ははは、まあ、その時は金色さんが助けてくれるはず!」

「また調子の良いことを…」

「なんだ、助けてくれないのか?」

「それは………助けますけど」

 

アキトに死なれては後々面倒ですから、と付け加えてそっぽを向く。そんなヤミらしい答えに笑いながら、秋人は小さな頭に手を置いた。

 

撫で梳くとブロンドの髪が指の間をサラサラとすり抜けてゆく、まるで絹のような触り心地だ。秋人がヤミに伝えることはなかったが、金色の髪は撫でていると心まで落ち着いてくる。

 

ヤミは日向ぼっこする猫のように大人しくなって

 

「…今夜の恥ずかしいことやえっちぃことは、ひとまず不問にしてあげます」

「ほとんどヤミの自爆だった気もするけどな」

 

俯きがちな金色頭を撫でながら、秋人が笑う。微かに漂う石鹸とリンスの香りが年頃の少女の甘い体臭と混じり合っていた。

 

ヤミが秋人に伝えることはなかったが、秋人も同じ石鹸の匂いがする――そして、それに気づくたびにヤミは胸がいっぱいになるのだ。

 

「はぁ……もう、どこにもお嫁にいけません……」

「どっから覚えたんだそのセリフ…そうなったら責任取ってやる」

「…えっ」

「まあ、ヤミは大丈夫だと思うけどな」

「そ、そそっそうですか」

 

ぽっと頬を染め、戸惑いの目を向けるヤミ。しかしすぐさま俯き、長い前髪で顔を隠した。照れくさいのか慌てて話題を変えてしまう

 

「と、ところで、今日のパーティーは楽しみですね。美柑たちと過ごすのも久しぶりです」

「ん?ああ、そうだな。帰ったらウチでもパーティーだしな…食べすぎるなよ?」

「それは私のセリフでしょう……アキトは人の言うことを聞きませんからね」

「それは俺のセリフだろ金色さん……あんだけ言ったのに、やっぱり転んだだろ」

「!み、見てたのですか!」

「まあな、顔面から行ってたろあれ。後ろからだったからよく見えなかったけど」

「あ、あれはその…っ!」

「俺も春菜も転ぶなって言ったのに…」

 

やれやれ、と肩をすくめる秋人にヤミは耳まで真っ赤になった。髪を振り乱し言い訳をする

 

「着地しただけです!スライディング!あれは実はスライディングなんです!」

「ふーん」

「くっ…!まさか見られていたなんて…一生の不覚です…!」

 

バレバレな言い訳に秋人がニヤニヤ笑っている。誂うような視線を受けて、ヤミはがっくり肩を落とした。ヤミがこんな風に子どもっぽい仕草を見せるのは秋人の前だけである

 

「ヤミって、一生の不覚が多いタイプだよな」

「どういう意味ですか!」

「何食わぬ顔で『アキト……貴方はこうなると知っていたのですか?』って訊かれた時は笑いを堪えるのが大変だったぞ――ぷっ!思い出したら笑いが…くくっ!」

「うわぁぁああああ!忘れなさい!忘れなさいアキト!」

「うおっ!?こらっ!揺するな!頭がバカになるだろ!あばばっ!?」

「それなら心配ありません!」

「どういう意味だゴラァ!あばばがが!?」

 

白く輝く月の下、二人は騒ぎ続ける。

月夜は、ヤミに心休まらなかった過去を思い起こさせるが…――今は、それも多くない。

 

「…アキト、いつまで冗談みたいな顔しているのですか。それではサンタも来ませんよ」

「けほっ!お前のせいだろ!――今なんて言った?」

「アキトがえっちぃ上に悪い子なのでサンタが来ない、と言いました。」

「微妙に内容変わったような…もしかして、サンタを信じてんのか?」

「ええ、勿論です。ちゃんとこの星の(・・・・)どこかにいますよ」

 

微笑みを浮かべたまま空を見上げるヤミに、秋人は曖昧に頬を掻く。ヤミの冗談なのか、それとも本気で言っているのか、秋人でさえ読み取れない。金色の少女は静かに、愛でるように夜空を眺めていた。

 

「でもな、ヤミだってそんな暴力ヒロインだとサンタにプレゼント貰えないぞ」

「…私はもう貰いましたから」

「なぬ?春菜のやつ…いつの間に」

 

首をひねっている秋人をチラと見ながら、ヤミは微笑みを深くする。思い違いをしている秋人がなんだか可笑しくて堪らなかった。この罪作りな少年が自分の心をしっかりと握っていることも、なんだか嬉しくて堪らなかった。自覚がないからこそ、この少年が愛おしいのだ。

 

――今はあの日々とは全てが違う。この街でアキトに出会って、春菜が、皆が私を気遣って暖かく迎え入れてくれた。

 

その日常を受け取れたことがヤミにとっては最高のプレゼント、心休まらない日々が最高に愛おしい。だから

 

「ほら、アキト、夜はまだこれからですよ」

 

そう言って、ヤミは愛らしい笑顔を向けたのだった。

 

 

                                       【END】

 




ヤミの日常編終了、お読み頂きありがとうございました。

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2018/02/05 一部改訂

2018/03/15 一部改訂

2018/03/16 一部改訂




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