貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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R.B.D小話④『平和な西連寺家~忍び寄る夜のヤミ編~』

とある深夜――――

 

 

「…アキト、何をしているのですか」

 

暗闇の中から声が聞こえる。話しかけられた秋人はびくっと振り返った。

 

「びっくりしただろ、何って別にゲームを…」

「こんな真っ暗で何を…もう夜中の2時ですよ」

「なんか眠れなくて、つい」

「全く…そんなことをしていたら余計眠れませんよ」

 

ヤミはぶつぶつ言いながら秋人の横に腰を下ろすとじっと見つめる。寝ているもう一人の家族を起こさないよう、緋色の瞳による無言の主張は『これ以上ゲームはダメです』と訴えていた。

 

《トニーズマーケット!BOTTAKURI TV…♬》

 

もうちょっと、と同じく目で訴えている秋人も観念してゲームをやめ、テレビ番組に切り換える。まだ眠るつもりはないらしい

 

深夜のテレビが二人の身体を照らす、その画面をなんとなしに眺めながらヤミは口を開いた。

 

「…こんな時間にアキトが起きているのは珍しいですね」

「そういうヤミこそ珍しいな」

「…そうですね」

 

西連寺家に住むようになってからヤミは自分でも驚くくらいぐっすり眠れている。たまに春菜に「ヤミちゃん寝言いってたよ」とからかわれるくらいだった

 

「俺は昼間に寝すぎたらしくて、眠れなくてな」

「…子どもですか貴方は」

「ム。そういうヤミはなんで起きてるんだよ」

「べ、別に何でもありません。何となくです」

「ふぅん…」

「な、何でもありませんったら」

「ふぅうううん…そうですか、何でもありませんのね」

「そ、そうです!乙女にはそういう夜もあるんです!」

「まぁあれだけ昼にチョコだのお菓子だの食ってれば眠れないッスよね」

「…!」

 

『ヤミちゃん、チョコにはカフェインが含まれているから食べすぎはダメですよ?』

――――夕食時に現れた"説明お姉さん"春菜の解説が二人の頭を過ぎった。

 

そう、ヤミは秋人たちに内緒にしていたが、昼間に『世界のお菓子食べ比べフェア開催中!』のカフェで美柑・メア・ナナと共にお菓子を食べ放題したのだ。

 

旺盛な食欲を遺憾なく発揮したメア・ナナ・ヤミの三人はお菓子を食べ尽し奪い尽くし店に甚大な被害を与えた。涙目の店員から「お願いですからもうお引き取り下さい」と退席させられニュースにもなり、それで皆が知るところになったのだった。

 

ちなみに、美柑はアイス専門のハンターだったので他のお菓子()滅ぼしていない。そしておまけにニュースでも報道されていない。みかん☆イリュージョンだった。

 

「…オホン。無益な言い争いは止めましょう。」

「フ。まあやめといてやるか」

「貴方にしては珍しく素直ですねアキト…?」

 

 《今回ご紹介する商品は料理が格段に手軽に…♪》

 

珍しく素直に矛を収める秋人をヤミが訝しむと、秋人はテレビをじっと見ていた。

画面では料理などしそうにない大男がミキサーを片手に微笑んでいる

 

「…アキト、貴方は料理などしないくせに…こういうものが欲しいのですか」

「いや、欲しくはないけど…なんか見ちゃうんだよなーこういうの」

 

《HAHAHA!面倒なみじん切りもほぉら!この通りあっというまに!》

《凄いわトニー!ソレってさっきまで土に埋もれていた新鮮な玉ねぎでしょう!?》

《そうさ!妹のミリーと作った玉ねぎは新鮮そのもの!みじん切りにしたら涙が止まらないのはミリーと苦労した想い出のせいじゃない!新鮮だからさ!》

 

微妙にずれている会話を聞きながら、ヤミもぼうっとテレビを見始める。なんだかんだとテレビに向かって文句を言いながらも二人は寝ようとしなかった。

 

《この玉ねぎを育てるのはベリーハードな苦労をしたのさ…ミリーが途中で『やっぱり歌の夢を捨てられない』なんて言いだした時は揉めてね、でもそんなクソ玉ねぎもこの通り!》

 

ウィイインッ!

 

《Wow!あっという間に細切れね!凄いわトニー!》

《HAHAHA!!あの時の苦労も粉々さ!ふたりで店を持つまでは相当な苦労だったんだ!》

 

「…なんか玉ねぎに恨みが篭ってそうだな」

「…そうですね」

 

テレビの照明が秋人の顔を曖昧に照らしている。ヤミはそんな鮮やかに色づけられる横顔をぼうっと眺めていた。

 

秋人の場合は単に深夜番組に夢中になっているだけだが、ヤミにとってこれは深夜の密会であり、恋仲にある男女の秘密の逢瀬である。ドキドキしてテレビのセールストークなど一切聞いていなかった。

 

静かな夜にテレビの音だけが響いている。そんな二人きりの空間でヤミは秋人だけを見つめていた。

 

―――もしも、アキトとこのままふたりでいつまでも過ごせたら…

 

横顔を見ながらヤミは空想する。秋人と二人で暮らす未来を…

 

 

***

 

 

「ただいまー」

「…おかえりなさいアキト」

「あー、腹減ったっての…今日も疲れたぁ」

「ふふ、お疲れ様でした。まずはご飯にしましょう」

 

夜も深い時間、秋人が帰宅した。2階建てのボロアパートはヤミと秋人の二人が暮らすには狭く、隙間風も入り込む程に古びている。しかし、そんな貧乏暮らしの中で秋人とヤミは夢を叶えて『たい焼き YAMI×2』という店を立ち上げていた。

 

店を持てるようになるまで苦労も多く、今経験している貧乏もその一つだ。だけれど二人で居られる今が幸せなのさ…そんな歌が聞こえてきそうなくらい二人は今、幸せだった。

 

「はい、アキト。今夜はカレーですよ、近所のお肉屋さんがオマケしてくれました。あと八百屋さんも」

「おお、美味そうー!いただきまーす!」

「…隠し味にたい焼きも入れますか?」

「隠しきれないからやめろヤミ………うまい!すげーうまいぞ!」

「ふふ、こらアキトゆっくり食べて下さい。喉につまりますよ」

 

疲れた表情の秋人に笑顔が戻る、ヤミはそんな秋人を優しく眺めた。夕方まで仕事を手伝い、それから秋人の為に早く帰り家事を行う。そんなヤミの苦労が報われる瞬間だった。

 

「今日はどれくらい売れましたか?」

「まあソコソコだな…全世界チェーンへの道はまだまだ遠いってばよ」

 

そう言ってまんざらでもなさそうに笑う秋人、二人の店は小さいが近所で評判の店だ。いつまでたっても可憐な少女であるヤミは店の看板娘、秋人は若いが腕の良いたい焼き店主。

 

定休日の日に二人で買い物へ行くたびに常連客の店主からオマケを貰う、結婚後も恋人のような二人の仲をからかわれてヤミが真っ赤になる。そんな日常がなによりヤミは幸せだ

 

「耐え忍ぶことこそ成功への秘訣ですよアキト、そもそも私は小さいお店で十分だと思っていますが…アキトもやはり男の子ですね」

「夢は大きく持ったほうがいいだろ!たい焼きで世界征服も夢じゃない!」

「世界征服…ですか、いつまでもたっても子どもですね、貴方は…………ふふ」

「なんだ、悪いかよ」

「いえ、私はもう貴方に身も心も全て征服されてますから…貴方なら間違いなく宇宙だって征服できます。」

「そ、そうか…………それってたい焼き屋の話だよな?」

 

真剣な表情で語るヤミを見て、秋人の頬にチィーっと汗が流れる。妻であるヤミはたまに殺し屋だった頃に戻り、とんでもないことを言い出すのだ。

 

「もちろんですアキト、たい焼き型の宇宙戦艦もいいですね」

「ま、まぁヤミが居ればそうだな、宇宙くらい簡単に征服できるな!うん」

「フ…良き妻として夫を支えていますね私は。」

 

スプーンを咥えながらニヤリと笑うヤミに秋人も曖昧な笑顔をみせる。ささやかな夕食でのひととき、幸せな毎日。

 

そんな生活の中でもヤミが一番の幸せに包まれるのは夕食後の――――

 

「もうちょっと、下です」

「ここ?」

「…う」

「あ、わりい、…ここか?」

「あ……ん、いい感じです」

 

ひらひらのせんべい布団で眠る毎日、夏はいいが冬はこうしてくっついていないと寒くて眠れない。身を寄せ合う為、秋人はヤミを腕枕していた。腕の中にすっぽり収まるヤミは抱き締められて頬を赤らめる。

 

実は変身(トランス)で髪を巻きつけて眠ったほうが秋人もヤミも暖かいのだが、それは採用していない。髪の主である妻が「ラブラブ度が薄れます」と反対したからである

 

「あ、アキト…当たってます」

「む…それは男子特有の生理現象的な……?」

「そ、そうです…えっちぃですね」

「生理現象なので勘弁していただきたい」

「…ダメです。こ、これは妻としてしっかり解消しなくては…」

 

そしてその夜も二人は…――――

 

 

***

 

「ふふ……、だっダメです、最初は私が気持ちよくしてあげます…………」

「おいヤミ、おい起きろっての」

「ん、仕方ないですねアキト…まずは口でしてから、それから親子プレイを……はっ」

「何言ってるんだお前は…寝ぼけてんのか」

 

ヤミが目を覚ますと秋人が不思議そうな顔で覗き込んでいた。まだテレビは放送中、いつの間にか眠っていたらしい。

 

「なんか近所で評判の店とかなんとか言ってたけど…やっぱりヤミも欲しかったのか」

「…なっ、なにがですか」

 

「こっ子どもをですか?」と思わず言いそうになったヤミに、秋人がテレビに向かい指をさす。秋人との濃厚な夜を想像していたヤミは熱い頬を誤魔化すように指先を追った。

 

《そう!この玉ねぎがウチのバーガーの美味しさのヒミツさ!これのおかげでこの国一番のバーガー屋になったのさ!》

《凄いわトニー!ワンダフル!信じられない!》

《ストレスが溜まったらミキサー!たまにはコイツを使うのも悪くない!近所で評判の店くらいにはなれるさ!HAHAHA!》

《凄いわトニー!今ならこのミキサーは29800円で買えるのね!》

《ああ!そうさ!このミキサーぽっちがなんと29800円もするのさ!電話番号はこちら!0☓☓☓☓☓☓☓!いますぐ電話だ!》

 

「いやぁー途中の回想シーンでボロアパートに二人暮らしてたとことか…ちょっとウルッときたよな」

「…そ、そうですね。まさかあんな夢を見たのはテレビのせい…」

「ミキサー欲しいよなぁ、あれば多分便利だよなぁ―、でもいるかと言われるとちょっとなぁー…勝手に買ったら春菜に怒られそうだし、でも欲しいなぁー」

「しかしアキト、ミキサーなら既にありますし別に買わなくても…」

 

《なんでもこのミキサーには夢を叶える力があると言われているらしいぞ!》

《まぁ!ホント!凄いわトニー!》

《ああ!例えば気になるボーイとTAIYAKI屋なんておっ始めたいガールにはマストアイテムだ!》

《Wow!ジャパンで極地的人気になっているTAIYAKIね!》

《ああそうさ!この世界で大人気の"トニーバーガー"には勝てないが…TAIYAKIはクールだ!》

 

「なんかこれを聞いても別に「買いましょうアキト」…え?」

 

なぜか立ち上がっているヤミ、力強い口調で言いきっているので寝ぼけているわけではないらしい。

 

「"トニーバーガー"ごときに負けてはいられません。『たい焼き屋YAMI×2』は宇宙一ですから」

 

やっぱり寝ぼけているらしい。

 

「なんだそのたい焼きヤミヤミって…あ!おい、どこ行くんだよ」

「電話してきます。私たちの未来の邪魔はさせません…まずは敵を知ることから始めましょう」

 

困惑する秋人に力強く頷いたヤミは、電話機のある暗闇に消えていくのだった…

 

 

―――一週間後、

 

「これは何かな?ヤミちゃん」

「み、ミキサーです」

「なんで三つもあるのかな?」

「家族みんなにひ、一人一つずつ…」

「…ミキサーは家庭に一台で充分です!」

 

"トニーズミキサー"を前に仁王立ちの春菜、内緒で注文していたこと、夜更かししていたこともバレてヤミは正座&説教されていた。

 

「なんで俺まで…」

「お兄ちゃんも同罪です!」

 

そしてもちろん、春菜のヤキモチ満載の説教が秋人にも向かうのだった。

 

「アキト、耐えて下さい。耐え忍ぶことこそ成功への秘訣です…」

「はぁ?何言ってんだお前は…」

「お兄ちゃんヤミちゃん、聞いてるの!」

「「ご、ごめんなさい」」

 

なんだか通じ合っているように見える二人に眉をひそめる春菜の説教はまだまだ続きそうであった。

 

何はともあれ、今日も西連寺家は平和です。

 

 




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2017/09/16 一部改訂

※シリーズ化検討中

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