貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

37 / 59
Re.Beyond Darkness 25.『世界最期の告白を――~Akito's Strike!~【前】』

66

 

昼下がりの午後、結城家にて 

 

 

「ナナ!大変よ!こちらにお母様がいらしてるわ!」

「!母上が!?ホントか!?」

 

ソファーに寝っ転がり黒髪のフィアンセのようにゴロゴロだらだら状態だったナナ。

勢い良く立ち上がりポイっと投げ捨てられる月間・ペット育成雑誌『犬のきもち 増刊号』

 

綺麗な放物線を描き…――――ポサッ、着地。

 

「ワムッ?」

「お、メダQ。いいカンジだったゾ!キモチよかった!アリガトな!」

「ワムッ~♪」

 

その放物線を一つ眼で追っていた、クラーケンのような触手と巻き貝の殻をもつ生物――メダQ

生態系の全く違うトモダチをギュッと抱きしめ微笑むナナ、メダQは触手を揺らし嬉しそうな鳴き声を上げた

 

「アリガトな!メダQ!これできっと兄上も喜ぶぞ!」

「ワム~♪」

 

幼さと母性を兼ね備えた柔和な笑みのナナと心底嬉しそうな声のふたりは本当の親子のようだった。

 

「どうダロ?おっきくなったカナ?メダQ?」

「ワムー…」

 

ナイ乳を寄せ魅せつけるナナは甘えん坊のメダQに首のリンパ線をマッサージさせていたのだ。触手によるリンパ腺マッサージは何やら豊胸に良いらしい。直ぐ様試し雑誌をゴロ寝で読みながら、今では気まずそうに目を逸らすトモダチと過ごす昼下がり―――古き良き主婦の正しい姿だった。

 

そんな寄せても谷間も出来ない憐れなナナ・アスタ☆無駄努力乙☆デビルークを見つめる

 

「プッ、クスクス…無駄な事を……う、キモッ、やっぱり触手は行為のあとでにゅるにゅる汚れない植物系のものを使わなきゃでしょ」

「―――ムッ!今失礼な単語を名前に入れたダロ!それに!メダQを悪く言うナ!」

「ワムッ!」

 

吼えるナナと触手生物。

 

メダQの怒りと同調(シンクロ)するナナは動物と心を通わせられる能力を持つ。動物は"野生の勘"を持ち、対峙したものが危険であるかそうでないかを瞬時に判別できる能力(チカラ)がある。純粋・純真なナナがそんな動物たちに好かれるのは大きな力を持っていてもその力をみだりに振るうことをしない、時に味方になってくれる――――王の資質があるからだ

 

そんな"獣の王"たるナナは親友であるメアの危険な行動優先順位を正確に見ぬいていた。そしてその矯正方法を雑誌を使い情報収集していたのだった

 

ちなみに

 

あきとせんぱい>>>(越えさせない壁)>>>>ナナちゃん>>>ぺろぺろキャンディー>ヤミお姉ちゃん、マスター>>>>その他イラナイ

 

である

 

「そんなことより危険よ、あの淫乱ピンクの親玉は…!はッ!?そういえば娘である私たちに連絡も入れないなんて!もしかして御主人様の身に何か危機が…!こうしてはいられないわ!」

 

投げられた『犬のきもち 増刊号』は拳を握り唸るモモ・ベリア・ばーかばーかばーかばーかあほあほまぬけぶりっこばかU^ェ^U・デビルークの頭に乗っかってる

 

「―――ナナ、あなた今、心のなかで子供みたいな悪口言ったでしょう?」

「プッ…!イヤー、べっつにィ~?で、ナンダ?誰だよ。その淫乱ピンクの親玉って…あ、モモ、お前…」

 

頭の雑誌に気づいていないのか、間抜けな醜態を晒す(モモ)をじーっとナナは見つめる。同じく抱きしめられるメダQもモモをジローっと見つめる。先ほどの発言でご機嫌斜めなようだ

 

「何見てるのよナナ――――あら、私の胸が羨ましいのかしら?ふっ、相変わらずペタンコ胸ね」

 

ふっと笑い自慢気に胸を寄せ見つめ返すモモ

 

ナナは寄せあげられる白く柔らかい胸も深い谷間を見ずモモの頭上にあるペット育成雑誌、その見開きページ

 

"ペットの躾け大特集!NO!MORE!悪いことをしたらキチンと叱りましょう!"

 

の赤い見出しに目をくれながら

 

――――コイツ、一度ちゃんと叱ってやった方がいいカモな

 

と姉らしい、猛獣使いらしい感想を持つのだった。

 

「さあ!こうしてはいられないわ!御主人様を救いにいかなくては!」

「オイ、モモ。ちょっとココに正座しろナ」

「はぁ?何言ってるのナナ…私の御主人様がピンチなのよ?唯一の正妻、オンリーワンの私が行かなくてどうするの?バカなの?ペタンコなの?沈黙の平原なの?」

「………………――――メダQ」

「ワムッ!」

 

きゃあっ!ちょっ!しょくしゅはむっ!?むむむむむむぐ…!!

 

 

こうして唯一の正妻、オンリーワンのモモ姫のスタートは大きく出遅れた

 

 

67

 

 

場を包む白い風景。

 

セフィと秋人は白の空間、その只中に居た。

 

「アキト。今なら、此処ならば貴方をあちら側へ還してあげることができますよ」

「――――は?」

 

目を瞬かせる秋人の脳裏には音が、セフィの声だけが響いていた。

 

「アキト。貴方はウチに…本当の家に戻れるのです、故郷へ」

「…――もどれる…?――故郷…」

 

その眩しい白光を後光とし「そうです」と相槌を打つセフィ。慈しみの光に玲瓏なる声音。そして完璧なる美の造形(スタイル)。呆然と立ち尽くし「帰れる…?ウチに?」と反芻する秋人にセフィも大きく頷く。そうしてセフィの声音に意味が追いついた時、

 

「――――――――俺を還したいってのか?」

 

秋人の胸の裡に湧き上がったのは喜びでなく怒りだった。

 

「アキト…。望まれる場所、自分が生まれた場所に居たほうが幸せになれるに決まっています」

 

静かに見つめ返すセフィ。睨みつけ責める視線を真っ向から受け止める為、ベールを外す。露わにされた美貌は――――

 

「なんだと?」

「だってそうでしょう、"チキュウ"は貴方の故郷。皆、生まれ故郷に居るほうが幸せに決まっています。」

「そんなの、誰が…ッ!」

「本当は貴方は故郷へ還りたいのです、アキト。だけれど皆に呼び戻されたから仕方なく此方に残り、留まっている…貴方が望めばいつでも還れるはずなのに。人のことばかりを考える優しい貴方は還りたいのに還れない、そうに決まっています。」

 

冷たく鋭角的だった。

 

秋人に語らせる気は無いのか。先ほどからセフィは反抗の声を遮り、断定するものだった。

 

静かに見つめる"高貴と下品の色"、紫の瞳

強く睨みつける"神秘と不安の色"、紫の瞳

 

――()の赤色と()の青色が交じり合って生まれる紫は二面性を併せ持つ、そして今の二人はその二面性の一面のみを瞳に宿し、視線を交じり合わせていた。

 

絶世の美貌は絶対的な分厚い壁を作り出し、秋人は巨大な重圧を感じていた。知らず、拳を握りしめる。

 

『――――貴方は仕方なくこちらに居るのです。』

 

耳奥で未だ木霊する、長きに渡り戦乱の銀河を治めてきた元・王妃の玲瓏なる調べはまるでそれ意外の真実がないようで――――

 

「仕方なくなんかじゃないッ!!!」

 

秋人は声を荒げてセフィに詰め寄る

 

「もしも運命の赤い糸(・・・・・)というものが在るのであれば。それはもう途切れてしまっているのですよ?アキト」

「…っ!」

 

『人は縁という見えない糸でつながっていると聞きましたが、こうもハッキリ見えるなん

て!………でもなんだか赤いご縁が途切れそう?』

 

村雨静の言葉が脳裏を過ぎっても、セフィの胸の熱を断つ言葉にも。氷のような冷たい美貌にさえ秋人はめげずに立ち向かってゆく

 

「俺は春菜が望んでくれたから、一緒にいたいと言ってくれたから…ッ!」

「それは貴方がもう還れないと思っていたからです」

「それは違うッ!」

「特別此方が好きなわけでもない、故郷のチキュウが嫌いなわけでもない」

「ちが…」

「違いません、アキト。私は貴方にいちばんに幸せになってほしいのです、貴方を愛しているから………であれば真に望まれない場所より、望まれる場所に居るほうが幸せに決まっています。そうは思いませんか?」

「………。」

 

胸の熱は冷たくさめて、固まって――――…

 

セフィの冷静な物言いはまるでそれが真実かのように聞こえて、秋人は目の前の美しい顔をまともに見れず目を晒す。だが、俯くことはしなかった。あの夕暮れにララから貰った言葉が支えてくれたからだ

 

場を包む優しい白光はあの日の夕焼けによく似ていて――――自分の心を覗き込む

 

 

―――俺はどこの誰に望まれているのだろう。春菜は本当は俺を望んでいないのだろうか。

 

望まれる自分。

 

望まれる場所。

 

故郷に還りたい気持ちがない、といえば嘘になる。セフィの言葉に確かに気持ちは動いたのだ。

 

だけれど春菜がもう一度でも強く望んでくれたら、俺はもっとキッパリ断れただろう。でも、もし今この場に春菜がいて「私はもう大丈夫だから、故郷に還ってもいいよ」と言われてしまえば、もう本当に還るしかなくなる。

 

―――俺は春菜に望まれているのだろうか

 

望まれて生きる、望まれる場所で、望まれて暮らして――――望まれて望まれて望まれて…

 

 

「アキト、貴方が本当に望まれているのは――――」

「違う。セフィ」

 

秋人は視線を再び交える、セフィを見据えキッパリと言い切った。言葉の続きを遮られたセフィも興味深そうに秋人を見つめる

 

「違う。俺は望まれたからココに居るんじゃない。望まれなくなったからって出て行くつもりも―――もう、ない。」

「…では?」

「俺は、俺が望んだから、だからここに居る。」

 

秋人の中で何かの殻が弾け、割れた。

 

「俺は自分で此処に残ると決めたんだ。ウチの春菜を幸せにしたいと俺が望んだ事だから」

 

そうだ。"西蓮寺秋人"は誰かに望まれたからここに居るんじゃない。秋人()が望んだからここに居るんだ

 

「春菜の気持ちなんか関係ない…――――俺は俺が望んだ通り、勝手にやる。故郷に還るかどうかなんてのも俺が、自分で決める!」

 

そうだ。もともと此方の世界で生きる者の気持ちなんて考えず、好き勝手やっていたはずだ。

 

「俺は春菜が好きだ!だから傍にいる!春菜の気持ちなんか知るか!関係ない!春菜が本当は誰が好きだろうが関係ない!俺の方がソイツより大好きだと言わせてやる!俺がウチの西蓮寺春菜を幸せにしたいと望んだから、だから俺は…!」

 

秋人は一気にそこまで言って話すのをやめた。自身を見つめるセフィの表情(かお)がとても優しくなったからだ

 

「セフィ…―――――母さん」

 

セフィは微笑みながら秋人を見つめていた。先ほどの断定口調が嘘のように優しい微笑みで

 

(わざと、こんな真似したのか…――――)

 

心の中で嘆息する秋人、フフッと優雅に口元を隠し微笑む計略王妃セフィ

 

「…ならアキト、貴方は後継者失格ですね」

「…だろうな、」

「そんな他者(ひと)の気持ちを考えない、自分だけ好き勝手するひとを銀河の王になど、できるはずもないでしょう…?ふふっ」

 

くくくと小鳩のように喉奥を鳴らしながら心底嬉しそうに微笑み、それから今度は美しい表情を隠すことなく満面の笑みを魅せる――――ララの笑顔にセフィのそれはよく似ていた。やっぱ母親だからか、と秋人も優しく微笑んだ

 

「そうか、残念だな。王様になったらスク水妹たち(はべ)らせて高級肉とか毎日焼き肉食べ放題だと思ってたのに………なぁ、やっぱリトが王様になるのか?」

「さあ?恐らくララが答えを出しているはずですよ」

「ララが…?そうか」

 

わからないまま納得する秋人に「ええ、」とセフィは頷き、もう一度面白そうに微笑む。母はしっかり(ララ)が持つ答え、その思考が読めているらしい

 

「ではアキト、戻りますか?貴方の居るべき場所、貴方が望む居場所、彩南町…西蓮寺春菜のもとへ」

「ああ、頼む」

「急いだ方がいいですよ、春菜は何かをリトさんに言おうとしていますから。では…お願いしますね。金色の闇」

「?リトに何を…―――?」

 

この場に居るはずのない家族の名、驚く秋人が振り向くと――――

 

「…アキト」

「ヤミ…」

 

秋人が振り向くとそこには何時の間にかヤミが佇んでいた。話を聞いて感動でもしたのか、瞳は潤み涙ぐんでいる

 

「迎えに来てくれたのか?ありがとな」

「いえ…」

 

目元の涙を拭ってやり、ヤミの小さな頭を撫で付ける秋人。心地よさに俯き目を細め、されるがままのヤミ――――決意したように見上げる

 

「…アキト」

「ん?なんだよ?」

 

ピタリ、撫でる動作を止める秋人

 

「ん」

 

不満気な表情でヤミは小さな掌を秋人に重ね、催促した

 

「ハイハイ」

「…返事は一回です」

「…ハイ」

「…はい、棒読みですがよく言えました。アキト、私は貴方に伝えたい事が――――」

「?なんだよ?」

「…。」

 

秋人を見上げ視線を交じり合わせ続けるヤミ――――しかし目を逸らし俯いた

 

「…いえ、貴方の決意が鈍ると良くないですから………やはり、またあとにします。それより、セフィ・ミカエラ・デビルーク」

 

「はい、なんでしょう?金色の闇」

 

ヤミは秋人の傍から名残惜しそうに離れ、自身たちを微笑ましげに見守っていたセフィに声をかけた

 

「アキトは気付いていないようですが…――――私は気付いてますから。それに、このような理由があったとはいえ、貴方は私の大切な家族に手を出した…敵と見なします」

 

戦闘開始前兆にふわりと浮き上がる金色の髪、心の奥底を射抜くような()色の瞳――――どうやらヤミは本気で怒っているようだった

 

対してセフィは余裕の微笑み。にっこり愛らしい女神の笑顔で微笑みかえしているだけだった。

 

「おいコラ、喧嘩するんじゃないっての」

「…ふにゃ!アキト!顎を撫でないで下さい!」

「じゃあやめます。すいません"金色のにゃみ"さん」

「…なんですか、その呼び名は。馬鹿にしてるんですか?バツとして顎を撫でて下さい。もちろん頭も撫でながらですよ、でないと許しません――――――――んにゃぁ」

「…なんだその声、撫でるなとか撫でろとかどっちなんだっての。それよりココ、どこなの?」

 

とヤミの白い喉をなぞり顎を指先で"ごろごろ"してやりながら疑問を尋ねる秋人。全くの今更だった

 

「…アキト、ふぁ…、ココはですね、ん。私達の住むマンションから歩いて行ける程の場所にある最高級新築マンション…ふにゃぁ」

「ああ、そういえばなんか出来たな、でっかいやつ。近いような遠いような…中途半端な場所に出来たから気にも留めなかったぞ」

「あぁ…アキト…パ、きもちいいです。あ!止めたらダメです」

「…ハイハイ」

「返事は一回です…。指、じょうずです…アキ――――パパト(・・・)

 

"パパトって誰よ!…アタシのお兄ちゃんの名前を間違わないでよね!"

 

内なる唯がすかさずツッコむ。「うむうむカワイイな唯は、遂にデレ期だな」と目を瞑り満足そうに頷く秋人だった。バレるとヤミがコワイので、猫を懐柔させる自慢の手管でヤミの頭もしっかり撫でつつ顎もごろごろして―――

 

「ふにゃあ、パパト…そ、そうです。近距離と遠距離の間、中距離、んふぁ、一番興味と関心の薄い場所。隠れ潜むのに一番最適な場所です…――――近すぎても遠すぎてもダメなんですにゃぁあ…いいです。きもちいいよ…――――パパ(・・)♡」

 

徐々に生えて伸びてゆくヤミの角。変身(トランス)光を瞬かせ、変わりゆく戦闘衣(バトルドレス)。気付かない秋人は目を瞑り内なる唯とトークに夢中だ。

 

"ハァ?お兄ちゃんてバカァ?何がデレよ、バッカじゃないの?全然デレてなんかいないわよ、大好きな人の名前を間違えられた事が嫌で注意しただけじゃない、人として当然の事よ"

 

と大きな胸を張る内なる唯に和んでいた

 

ヤミもヤミで擽ったさの中に淡い快感を得て目を瞑り、与えられる心地いい全てを受け入れようと集中し口調と躰の変化に気付かない

 

「パパ――――チュウ距離だからね、隠れるならもってこいの場所…チュウ♡きょり…ちゅ♡」

「――ん。"ツンデレなんて時代遅れなのよ、私みたいにキリリとしてキチンと言うべきことをいう…そんな女の子の時代なのよ"だってか…ああ、唯は和むなー柔らかいなー」

 

一瞬だけ唇を奪われ閃光――――変身(トランス)・ダークネス発動

 

「パパだぁい好き♡はぁ~、やぁっとパパに会えた♡銀河中三人で探し周って、破壊の限りを尽くしちゃったから力使いきっちゃった。んー!でも流石パパ!すぐに充電できちゃった♡」

「おまっ…!んんむむぐぐぐぐ!!」

 

ぎゅっ!と自らの手で秋人を抱きしめ変身(トランス)の腕できゅ~…ぱっちん!と紐パンを食い込ませるダークネス

 

「フフ、貴方が出てくるのを待っていたのですよ。金色の闇、ダークネス。ひとつ成長したアキトを抱きしめるのを胸が張り裂けそうなくらい我慢しながら…」

「ふーん。おばさん、だからさっきまでイヴとパパの邪魔しなかったワケね。で?イヴのパパを攫った覚悟、死ぬ覚悟は出来てるの?」

「貴方こそ、母たる私に完璧に打ちのめされアキトを完全に奪われる覚悟はあるのですか?」

「チッ、年増のクセに生意気。それにアンタさっき"アキト、貴方が本当に望まれているのは――――この私!その腕の中です!"とでも言おうとしたんでしょ」

「あら?バレていたのですか…フフッ」

「ふん、アンタも淫乱ピンクのモモだって考える事は一緒。私達から遠ざけて自分だけ独り占めしようなんて…――――絶対許さないんだから」

 

剣呑に目を細め輝く変身(トランス)光、長き爪が瞬時に金色の大剣へと変わる。

 

「ではまた勝負(・・)…といきましょうか。金色の闇」

「いいよ。でもその前に………………パパ、ちょっとごめんね。先行って待ってて♡イヴもすぐいくから♡」

「むぐぐぐ………ぷあっ!ってどこに――――うおっ?!」

 

抱きしめ押し付けた発達途中の膨らみから開放し虹色のワープゲートに放り込むダークネス。秋人は抗議の声を上げながら消えていった。

 

 

――――結末の場所、彩南ウォーターランドへ

 

 

68

 

 

()りつく太陽。

 

「んっ…しょっと、」

 

水面から勢いをつけて浮上し、プールサイドに降り立つ春菜。上下別のビキニ、テニスで鍛えられた俊敏そうでしなやかな肢体――――伝う水滴

 

プールが弾く強い陽光は夏の残り火。水面は燃え尽きそうな太陽を鏡の如く宿し上と下から春菜の身に降り注ぎ――――眩しい日差しに白い素肌が輝いていた。

 

「ん…」

 

春菜が常夏の外気に頭を振って髪を散らす。髪にまとわりついていた水滴、光の雫がきらきらと輝きながら弾かれた。

 

「秋人くん――――お兄ちゃん。まだ、かな…」

 

未だ水気の残るしっとり濡れた黒髪を耳にかけ直し、視線と言葉を地に落とす春菜。震える瞼に濡れた唇、憂いを帯びた表情は切なげであり、俯くことで隠された清純なる美貌。それは成長中の少女というより大人の女の色香があった

 

当然といえば当然かも知れない。恋と決意を胸に宿した少女は―――迷いなんて無いのだから

 

そんな清浄な美しさを体現した西蓮寺春菜は振り返り、未だにプールではしゃぎ回る友人たちを眺め見る。

 

何やら水を掛け合ったり、走って泳いで追いかけあったり、喧騒から離れ優雅に平和に高笑いで流れるプールで流れたり――――

 

楽しそうな大勢の仲間、友人たち。いくら視線を彷徨わせてもその中にやはり探し人は見つからなかった。

 

「お兄ちゃん………秋人くん、やっぱり居ない。どこでなにしてるんだろ、早く来て欲しい…」

 

――――逢いたいよ、

 

呟いた小さな独り言。それは声をあげて遊びまわる、リゾート・プールで今最もはしゃいでいる親友兼姉妹のララの耳には届いたのか

 

「お―――――――い!!!は――――るなっ!もう出ちゃったのー?!お兄ちゃんならまだだよー!春菜も来るまでこっちで遊ぼうよー!」

 

ぴょんぴょんとプールで無邪気に跳ねるララ。すっかり躰も元のサイズに戻りメリハリボディーをぶるんぶるんと揺らしている。隣でリトは顔を真っ赤にしていた

 

「ララさん………ごめ――ん!私、疲れたからちょっと向こうで休憩しておくねー!」

 

声を張り、申し訳無さそうな顔でララに手を振る春菜。踵を返し歩みを早め

 

(喉乾いちゃったって、飲み物でも買いに行くふりして―――行こう)

 

春菜が向かう先は皆の荷物が纏めてあるベンチ…でなく、出口の方向。秋人を探しに行くつもりなのだ。

 

『…成程、そんな事があったのですか。では、すぐに見つけだし連れ戻します。春菜お姉ちゃんはそのまま水上スポーツフェスに参加して下さい。そちらに合流させますので……では』

 

とひとり捜索をかってでた、家族のヤミを信頼していないわけではないが…それはそれ。春菜の躰は逸る心に突き動かされていた。

 

あの冬の夜――――クリスマス・イヴと同じように

 

(大丈夫大丈夫、誰にも気付かれてない――――九条先輩にはバレてそうだけど…)

 

そそくさと先を急ぐ、その背に声と柔らかい感触がぶつけられた。

 

もにゅっ!

 

「こらーっ!はーるーなっ!どっこいくのっ!とっ!」

「きゃあ!…ち、違うんです!九条先輩―――ってララさん!?」

「もう、めっ!ダメだよ春菜ー!、ちゃーんとココで待ってなきゃ!」

「…でも、」

「ダイジョウブ!私たちで迎えに行かなくたって、ひとりでだってお兄ちゃんはちゃんとこっちに…―――春菜のところに帰ってくるよ!」

「…。」

 

ぎゅっ!と逃げる背中にしがみつくララ。春菜は首を抱く両腕に手を添え、滴る水滴を目で追いかける

 

乾いた地へと落ち、弾ける水滴。

 

その光景にいつか見た、白い雪が。今と同じように地に小さな水たまりを作っていた事を春菜は瞬間的に思い返す

 

秋人くん――――また、何処かへ消えたりしないよね…

 

嫌な予感、同じ水気が瞳の奥からじんわりと湧き上がるのを春菜は感じた。

 

秋人くん――――約束、してくれたよね

 

ゆっくりと不安と悲しみが膨らんでゆく、その恐怖に意識が触れないよう春菜は視線を前へと向けた。

 

秋人くん…――――逢いたいよ、

 

相変わらず友人たちは楽しそうだ、青空に浮かぶ太陽、煌めく水面に映る満面の笑顔。だが、そこにはいくら目を凝らしても探している想い人はいない。過去と未来の愛は行き場を失い眩しい日差しと涙へ流れ…

 

秋人くん――――私のところに帰ってきてくれるよね…

 

滲んだ瞳で眺める夏色の景色、どこか遠い情景に思える楽しげな喧騒―――

 

「はーるなっ!ダイジョウブ!きっとダイジョウブだから…」

「ララさん…」

 

背に感じるやさしいぬくもりは春菜の全てを包み込むように強く抱いた。

 

(あたたかい…ララさん――――ありがとう…秋人くんならきっと…、きっと大丈夫だよね…)

 

プールにはしゃぎ、水遊びを続ける仲間たちの声をひとつひとつ聞き分けるようにして、春菜は優しく潤む瞳を閉じて想い出の海へとだれかを探して――――――――――――飛び込んだ。

 

 

秋人くん――――

 

 

『…もう何処にも行かないで』

 

『ふん、バカ…相変わらずの泣き虫め、ちゃんとメインヒロインとして成長してるのか、ウチの春菜は………――――行かないっての』

 

『ホント?』

 

『ホントだっての』

 

『ほんと?』

 

『行かないよ』

 

『うん…』

 

 

触れ合う唇。蕩けていくほどの甘い愛の熱が伝わる、抱かれる躰全身と口づけから…

 

 

秋人くん――――大好きだよ、信じてる。信じてるから…

 

 

 

 

「うん、もうダイジョーブだねっ!はるなっ!心配しない!」

「うん…」

 

背中が優しく暖かい。

 

きっと振り向けばララさんの太陽の光を弾き悩みも不安も跳ね飛ばすような、そんなにっこり眩しい笑顔があると思う――――ゆっくり肩越しに視線を向ければやっぱりそんな笑顔があった。

 

「…ありがと、ララさん――――――――私、ここで待ってる」

「ウン!」

 

ぎゅっと更に抱きつくララ。背中に押し付けられる、裏切りの象徴である豊かな双丘。

 

(ララさん…やっぱり胸、大きい。優しいし無邪気でカワイイし、秋人くんとも仲がいいし――――要注意かも…あ)

 

春菜は視線を前へと戻し悪戯っ子のように微笑んで

 

「…行こう、掴まっててね!ララさん!」

「え?だからダメだってば…っととと!オー!はやーい!行けー!ハルナ号ー!」

 

急に走りだす春菜、背に抱きついた姿勢から慌てておんぶの体勢をとるララ。

 

口角を上げ微笑みながらプールへと一直線に走る春菜。弾む黒髪、同じく揺れる意外に大きい胸の膨らみ。

 

細身の体躯をフルに使い一気にプールへ―――それはいつも無邪気な王女(プリンセス)に振り回され気味な春菜の小さな反乱だった。

 

西蓮寺春菜はこの場に来て初めて、心からの笑顔でプール走り―――――――飛び込んだ

 

ザブンッ!!

 

――わッ!!

――んっ!!

 

立ち昇る大きな水飛沫

 

「わーお!春菜ったらヒジョーシキでお子さまな委員長さんだねェ、コレは胸の成長を揉んで確かめなきゃだね♪」

「すごっ!、私もしてみた…おホン!西蓮寺さん!プールに飛び込んではダメです!ビキニが取れたらハレンチな事に!」

「オーッホッホ!下僕の妹も活発でいいですわね!綾、凛。貴方達も飛び込んで今より凄い水飛沫を上げてご覧なさいな!流れるの事にも飽きましたわ!」

「まったく、春菜まで秋人と似たような事を…。かしこまりました。沙姫様」「"流れることにも飽きた"…なんだかロックな感じですね!沙姫様!私は準備で疲れましたよ…」

 

プールから湧き上がる仲間たちの歓声

 

「「――――――――ぷはっ!」」

 

水面上に浮かび上がる春菜とララ

 

「んぅ、もう、ヒドイよー春菜ー!いきなり飛び込むなんてー!…でも楽しかった!ね!」

「―――けほっ、ちょっと水飲んじゃった。しっぱい、失敗、けほっ…!飛び込みはホントはダメなんだよ?ララさん。秋人くんならやるかと思ってしてみたけど…これ、案外楽しいかも。ふふ」

 

秋人と共にプールに飛び込むところでも想像したのだろう。春菜は宙に浮かんだ映像を優しい視線で撫で上げる

 

「ウン!すっごい楽しかったよー!もっかいやろ!春菜!」

「もう、ダメだよ?ララさん…じゃあ秋人くんが来たら古手川さんに注意されないようコッソリやろっか。ぷっ、ふっ、ふふ――――あはは」

 

春菜が照れくさそうに喉奥を鳴らして小さく笑う。それはすぐに目を線にした幸せそうな笑顔に変わった。

 

 

そんな笑顔の進化を黙って見つめるララ

 

――――やっぱり、おんなじだね

 

そんな優しい笑顔に秋人の面影を重ねララもにっこり笑う――――ふいに

 

春菜のところに(・・・・・・)帰ってくるって!』

 

先ほどの自身の言葉が脳裏を過ぎる。いつもなら"私と(・・)春菜のところに"と言うはずであったが、ララにはなんだかそう言った方が相応しいと無意識で思っていたのだ。

 

それは春菜と秋人。並び立つふたりはこの世界にぴったり収まるパズルのピース。ふたりが居なくては、きっとこの世界は始まってさえいなかったろう。それは発明アイテムを構成する部品のようにひとつでも欠けたら決して動かない―――無くてはならない不可欠なもの

 

それがララにはよく理解(わか)っていた。

 

銀河有数の発明家のもつ天才的閃き。それは目の前、笑顔の春菜が弾く水の輝きよりも、水面上を揺らめく終わる夏の日差しよりも、その陽光に隠され見えない星の在り処よりもいっそ確かで―――

 

その閃きは

 

"ララ・サタリン・デビルークには結城リトこそが自身を幸せにしてくれる存在である"

 

 

"西蓮寺春菜には西蓮寺秋人こそが必要不可欠である"

 

と理解させていた。

 

その理解はララにとっては尾先から光線を出すのと同じくらい当たり前のこと。生まれた時からもっている能力(ちから)に"なぜそんな事できるの?"と問うても逆に"なんでそんな事聞くの?"と問い返したくなるくらい自然な事だった。

 

だが秋人と同じ笑顔で春菜が微笑み、その笑顔を向け合い語らうふたりを見て、胸の奥が小さく痛むのが何故だかはララには理解(わか)らなかったけれど。

 

(う~ん………なんだろ、この気持ち。もやもや――――…あ!そうだ!)

 

だからそれは無邪気(・・・)な彼女に合わない仕返しだったのかもしれない。

 

「よーし!ペケ!反重力ウィング展開!今度は空から落ちてみよっ!飛び込みはダメだけど飛んで落ちる(・・・・・)のはダイジョウブだよねっ?いっくよー!ぎゅーーーーん!」

「きゃあああああっ!ら、ララさんッ!はやすぎっ!高っ!高すぎっ!ちょっ、だっダメ!」

「ダイジョウブダイジョウブ!いくよ――――――っ!!「ひっ!だいじょばなぁああああああああああいっっっ!!」」

 

本心の読めない笑顔、ぺろっと可愛く舌を出し天真爛漫さ全開のララ。結局ララに振り回されることになり笑顔をひきつらせる春菜の――――

 

きゃああああああああっ!あはは、それー――――っ!!

 

ザッブン!!!

 

立ち昇る巨大な水飛沫、日差しを弾きかかる虹、湧き上がる一際大きな歓声。

 

 

――――彼女たちの、最後の夏が、はじまった。

 

 

69

 

 

「おーう……ってここかよ。ったくヤミもまた面倒なとこに…」

 

プールの隅。設けられた休憩スペース、自販機の物陰にてはしゃぐ少女たちを見つめる一人の黒髪の青年、西蓮寺秋人

 

「おおー、すげー高いところから落ちたぞ。大丈夫なのかよ春菜とララ、楽しそうだなあいつら―――しかし、出辛い。ウチの、俺の春菜にどう声をかけていいか分からなくなってきた」

 

怒ったような春菜の笑顔。楽しそうにララに仕返し(?)に水を浴びせる様子を見つめ続ける

 

「春菜…」

 

このっ!ララさん!飛び込みはだめっていったじゃないっ!このっ!きゃっ!えー?落ちるのはいいでしょー?

 

笑顔と幸せの波動を散らす二人。周りにいる全ての光景が輝いているように秋人には見えた。眩しいその光景は今も日差しに煌めく水飛沫が「本当は宝石だ」と言われても信じるくらいに

 

春菜、

 

はるなー!おかえしーっ!それー!!きゃああああああっ!!ララさん!もう!力加減して!よくもやったなぁっ!

 

「嗚呼、西蓮寺春菜さんてホント、なんてカワイイんだ――――…ってウチの、俺の春菜じゃないか。何を今更…」

 

ふっ、やれやれと内なる唯がよくやるようなポージング

こんな風に巫山戯(ふざけ)てでもいないとドキドキとしてなんだか落ち着かないのだ。しかし、いつもは会話できるはずの内なる唯は先ほどからジト目の無表情で声を発しない

 

(どうしたんだっての唯…、いやソレより春菜…――――ああ、どうすれば…!)

 

「はぁ…全く。こんな場所で何を不審者してるんだキミは…秋人」

 

ぽかり。頭に軽い衝撃

 

「イテッ!殴んな!誰だっての!?!?ってなんだ、凛か…。」「なんだとはなんだ、相変わらず失礼な奴だな、キミは」

 

振り向いた背後でキリリと睨んでいるのは凛だった。

 

「キミをこうして見つけだすのはいつも私だ。その自負が私にはあるからな」

 

凛は珍しく得意げに鼻を鳴らし腰に手を当てた。豊満で女らしい躰が秋人の目先に強調される。しかし、その身を包むのは伸縮性が高く布面積の大きい色気皆無の水着

 

―――アホクイーン沙姫が無様に溺れたりしたときに助けるためだろ、せっかくプールに来てるのに実用性重視の競泳水着か………凛らしいけどな

 

呆れたように苦笑いを浮かべる秋人は知らない

 

『凛…――――せっかくプールなんですから、あのエロ下僕にサービスしてやる意味も兼ねて、こういう魅惑的なビキニなんか着てみたらどうですの?』

『いえ、私は…――――沙姫様の護衛もありますし、いつものもので』

『はあ…いつもは従順な貴方がなぜコレほどまでに強情なのか、(わたくし)、分かりませんわ。食いしん坊バンザイエロ下僕の妹、西蓮寺春菜よりずっとスタイルもいいでしょうに…』

『いえ…――――その、…本当は着てみたいのですが、その西蓮寺春菜も同じくビキニでしょうし、その………………、比べられそうで…――――』

 

と切なげに睫毛を震わせ俯いた凛の表情(かお)を――――だけれどその想いは

 

「まったく、さっさと春菜に逢いに行ったらどうなんだ。何か企んでいるようだったぞ、この馬鹿者」

「あだッ!!…おい凛!頭殴るなっての!アホの沙姫みたいになったらどうすんだ!」

「……沙姫様を悪く言うな」

「あだッ!!――――つぅ………いってぇ…!」

「それで少しは反省しろ、もしまた言ったら更にキツい鉄拳制裁だ」

 

分かってくれていると凛は知っている。

 

そして此処が、この場所が――――

 

「……そういえば竹刀じゃないんだな、凛が素手とは珍しい…流石に水着じゃ竹刀は持ってこれなかったか」

「……ん?これのことか?」

「いつの間に…………どっから出したんだよ、いったい」

「フフ、乙女には"ひみつのポケット"がいくつもあるんだぞ。秋人」

 

――――絆を紡ぎ変える場所だということを、ふたりはきっと気付いていた。

 

「はぁ…、そんなもんスか」

「ふふっ、ああ…――――そんなもんス、だ。………」

 

軽く微笑んで戯けてみせた凛は一転、整った美貌と透き通った瞳で秋人を見つめる。

 

「…。」

「…。」

 

一呼吸、間を置いてから凛は問うた

 

「決めたんだな?」

「…ああ」

 

力強く頷く秋人、見つめる凛も満足そうに頷く――――が

 

「いや、な、しかし……――――出て行くタイミング失ったっていうか、いきなりで心の準備が出来てないっていうか、そもそも俺は春菜になんて言って告白すれば…」

 

とぶちぶち呟いたかと思えば自信なさげに狼狽する秋人。普段見れない想い人の仕草に凛は微笑ましく思いながらも呆れ、肩を落とした

 

「…はぁ、全く。こんな軟弱者を私は――――なら、これが私の役目ということか……」

「深々と溜息つくなよ、悪かったっての。いや、でもな…いざってなると……――――!」

 

ヒュンッ!

 

空を斬る、澄んだ音。

 

九条凛は秋人の頭上に竹刀を振りかざし、言った

 

「…行け、秋人。キミは欲しい者を他の誰かから奪ってでも欲しがれる人間のはずだ。そしてキミに心を奪って欲しい、キミに一番大切にしてほしい者を自身の手で(・・・・・)大切に守れる男のはずだ!誰に預けることも託すこともなく――――」

 

―――だから行け!!

 

「そんなキミだから、私も春菜もキミに恋をしたんだ。だから――――」

 

――――行け!!

 

「この世界で出来ない何か。それを成す為にキミは今、ココに居るはずだ!―――――――そうだろ?秋人」

 

一つ結びが風に靡く、"凛"とした瞳の輝きが秋人だけを貫く

 

沈黙し、目の前に立つ凛を見つめる秋人、見つめ合う二人

 

秋人と凛は精神侵入(サイコ・ダイブ)で心を繋ぎあわせた過去がある。だからあの時、秋人には手に取るように凛の心が理解っていた。どれだけ自身を大切に想ってくれていたのか、凛自身の戸惑い、迷いよりも秋人の不安な気持ち、迷いを包んで癒やしてあげたいと願っていたのか、夏の日のデート。あの日のキスがどれだけ凛にとって大切な宝物であるのか―――

 

だけれど

 

「…。」

「…。」

 

だけれど目の前にいる凛は俺の頭上に竹刀を振り下ろしたまま、その名の通りキリリと引き締まった"凛"とした表情(かお)でいて、手を伸ばせば触れられる程の距離にいるというのに。いくら俺が必至にその表情を見つめ心を掬い取ろうとしても――――分からない。

 

ただ、分かるのは…

 

「凛…」

「…っ!」

 

見つめ続ける"凛"とした表情(かお)が険しいものに変わった。奥歯を強く噛み締め、射殺すように睨みつける瞳。その潤んだ輝きは"それ以上の言葉は許さない"といっている。

 

だから俺に分かるのは凛が発した言葉の通り"ここを離れ、欲しい者(春菜)のもとへ向かう事"

 

それに

 

「――――――――――――ありがとな、凛」

 

感謝の言葉。その気持ちを伝えたい事だけが心の中に溢れている事だけだった。

 

――――やっと言えた、凛、お前に

 

――――ふん、言われずとも分かっていたとも。秋人、キミのことなら私は何でもお見通しだ

 

凛の想いも、湧き上がる何かを堪え爆発する直前みたいに握りしめる拳も、泣き笑いの笑顔も――振り向かずに走りだした秋人の目に映ることはない

 

だけれどふたりは満足だった。

 

満ち足りたこの気持ちは…――――旅をしていたように思う。俺と凛が辿り着くべき場所、その場所はきっと凛と俺でしか辿りつけない場所だ。あの時出会った屋上より高い、天より高いそんな場所。そしてその場所へ至る道こそがきっと"絆"というんだろう。ずっと、長く、それこそ死んだって切れない絆を凛とは繋いだと――――俺は思うから

 

(ありがとな、凛。……待ってろよ――――春菜…!)

 

かけがえない親友と同じようにしっかと唇を引き結び、休憩スペースを飛び出すように走りだす秋人。眼前を睨みつけ、身体の力をフルに使い全力で走る。走って、走り抜けて、人で混み合う彩南ウォーターランド。その人混みへと纏めて蹴散らすように飛び込んで、走って、走って、一刻も早く春菜のもとへ―――!

 

 

70

 

 

「――――春菜ッッ!」

 

楽しげな喧騒の中、いきなり響く大きな声。振り向く大勢の来園者…少年、少女、大人、母親、父親、兄弟姉妹――――

 

――――居ない!?どこいった!?

 

先程までララと水を掛け合いはしゃいでいた場所にはもう居なかった。

 

――――ココじゃないってのか!?さっきまでココに居ただろ!

 

きょろきょろとまわりを見渡す秋人。人混みとプールの中を血眼になって必死に探すが、いつもはすぐに見つかるはずの黒い艶髪も、いつも自身を優しく包みこむように見つめる紫の瞳も見つからない。

 

――――どこだっての……!?……――――あっちか!?

 

人だかりの中で幾人かが団子みたいになって固まり移動する方角。その方角は幾つも団体がやがてひとつの束になり何処かへ向かっているようだった。何か大きな、盛り上がるイベントでもあるのだろう

 

「アホ馬鹿クイーンの天上院がこの前言ってた"大☆丈☆夫☆天上院沙姫考案ですわ!大逆転!参加人数制限ナシ!でもなんでもアリ!の障害物レース~優勝者には豪華客船ディナー付き~オーホホッホ!流石はこの天上…(略)"とかいうやつか?どこの攻略本だアイツは。しかも全く信用出来ないっての」

 

脱力しつつも脚へと力を込める。「そろそろいこっか」と移動し始める周りより先に一刻も早く春菜の元へと――――

 

「待ってろよ――――うおっ!?」

 

グイと強く手を引かれる。掴む腕の先を見ると――――里紗だった

 

「春菜をお探し?オニーサン」

「おう!丁度良かった!!あっちだよな?春菜は人混みとか騒がしいところが好きじゃないけどなんかあっちから気配を感じるんだよな――――ってなんだよ」

 

俺をさらに引っ張り鼻と鼻が触れ合う程顔を近づける里紗。瞳をじっと覗き込み――――あからさまな溜息をつくと

 

「ふぅ~~~勝ち目なし、か…。やれやれしょーがないねェ、オニーサンは」

 

肩をすくませた

 

「なんだよ?で、知ってのか?こっちで合ってるよな?」

「ん――――逆よ。春菜はあ・っ・ち♪」

 

ついと指をさす里紗に「あっちだったか!サンキュな!」と言い切り、走りだそうとする俺の

 

「ウ・ソ♪ホントはそっちで合ってるよ、オニ――――サン!」

「いってぇ!!」

 

背中を大きく蹴飛ばされる。秋人はたたらを踏んでなんとか踏みとどまった

 

「ほらほら、行った行った」

「…――ああ!ありがとな!」

 

文句のひとつもいおうかと、思ったが里紗に急かされ飛び出すように駆け出し――――再び止められた

 

「お、あ、ちょ!おい!なんだよ!」

「お――――い!唯っち!アンタもオニーサン蹴飛ばしてやんなさいよ!」

 

腕をつかむ里紗は離れた場所で懸命に大きな胸と浮き輪を膨らませていた唯を呼びよせる

 

「何よ……もうちょっと待っててよ。里紗がすぐ迷子になるから私がついてて上げなきゃダメでしょう?それにまだレースまで時間も――――あ。お兄ちゃん!どこいたのよ!ちょっ!引っ張らないでよ里紗!」

「はいはい、待っててあげてるのはホントは私。すぐ時間にテンパッて迷子になる唯っちの為にだからね…――――いいから蹴りなさい、蹴るのよ!唯!せーのっ」「きゃっ!ちょっと!え?え?こっ、こう!?」

 

「おい、急いでるんだっての――――うおおぉおっ!!?」

 

思いの外強く蹴られた秋人は転びそうになったが、地に手をつくとそのまま勢いをつけて走り出した。

 

 

71

 

 

凄まじいスピードでの疾走。去っていく背中

 

「おー、行った行った。はやいはやい…」

「なんだったのかしら、お兄ちゃん…。で、何よ?なんで頭、撫でるのよ里紗」

「いーから、いーから。よく頑張ったねェ………唯っち」

「はぁ?だから何がよ?」

「いーから、いーから」

 

珍しく、いつもの悪戯好きなチシャ猫を思わせるあの里紗が。本当に珍しく優しい笑顔で目を細め頭を撫でてくる

 

「――――アタシも幾つか恋愛したけど。知らないこと、気付かないことが一番優しい…癒やしなのかもね」

「…何よソレ。里紗のクセに、意味深ね」

「ふっふーん。オベンキョーは唯っちが上でも、こういう恋の、女の子なお話はアタシ。得意だもんよ」

 

フフッと里紗はいつもの悪戯な笑顔。目を細めて人懐っこい、でも気まぐれな猫みたいな笑顔

 

「ふん、私だってそのうちお兄ちゃんと、先輩との恋を成就させて――――――――ダメよ」

「んー?何よ唯っち……お兄ちゃん先輩との恋はやっぱ諦める?」

「ダメ」

 

笑顔を向けるチシャ猫(里紗)の瞳。その奥が名案に輝いている様を見つけた唯は切れ長の瞳で睨みつける。

 

「んー?やっぱりダメよねェ、諦めなきゃだよねェ、お兄ちゃん先輩との…いつも胸を揉みしだかれるハレンチな恋愛なんて」

「…そうね。でもたまにハレンチなのもお兄ちゃん先輩との恋愛も良いの―――ダメよ」

 

風紀委員長らしい簡潔なる否定。唯は取り付く島もない言い方をし、さり気なくハレンチな胸を庇うのも忘れない

 

「いいじゃない…おっぱいなんて揉むために大きいワケなんだから…さァ…」

「ダメ。ダメったらダメ」

「さァ…唯っち…――――スケベしようや」

「どこのオジサンなのって…―――やあっ、ちょっ…だめぇっ!!」

「うひひ、ココか?ここがええのんかぁ…?おー、育ってる育ってる。こりゃ唯もそのうちティアーユ先生なみに大きくなるかもねぇ」

「きゃっ!ちょっ、里紗!今すぐやめなさい!だめっ!くすぐった…――――もう怒ったわよ!」

「ンあ!おおっ!あの唯っちが反撃ぃ?!んっ――アタシも本気でいくわよ!」

「んン~!!!」

 

上になったり、下になったり、転がりながら胸を揉み合う里紗と唯。そんな奇妙なまさぐりあいをする妖艶な美少女二人組を周りの客達が取り囲み

 

「うぉっすご…!いいぞー!ねえちゃん達!はやくポロリしていいぞー!」

「女の子どうし、何やってるのかしら…あーやだやだ、男って」

 

と自分勝手な感想を言い浴びせる。野次ったり、呆れたり――――でも私たちにはどうでもよくて

 

そんなやかましい喧騒に包まれながらも取っ組み合いを止めない二匹(・・)。理知的でキリリとしたネコ目で睨む唯と悪戯なチェシャ猫笑いの里紗。

 

こうしてじゃれつき誤魔化そうとしている里紗も、全部本当は気付いてる唯も、大笑いして、大騒ぎして、怒って、怒鳴って、やっぱり揉んで――――それから気が抜けたように笑って

 

「…はぁっ、はぁっ……ふふっ――――やるじゃない、唯っち…、まだヤる?」

「ふっ、ふん…いいわよ、バカ。私だっていつも一人で励んでるワケじゃないんだから…週6回の実力をみせてあげるわよ」

「…唯っち、アンタそんなに一人で――――皆には黙っててあげる、んんあっ!」

「フフッ、いい声ね。予習復習を欠かさない私の真の実力を見たわね…――――あぁんっ!」

 

そうでもしないとやってはいけなかった。

 

傾き始める、この夏最後の日差しに暖められる――――唯にとっても、里紗にとっても、誰にとっても。今は、この時だけはきっと特別だ

 

「んあっ!里紗…ばかぁ…!」

「ふふっ、あんっ…唯のハレンチ…ッ!」

 

だから文句を言いつつじゃれ合い続ける私達の、揉み合う胸のその奥に秘めたる想いも今は一時棚上げにして、終わりない慰め合いをいつまでも続けたって…

 

 

「――――――――秋人………っ!」

 

別の場所。同じ日差しに縁取られる、竹刀を固く握りしめ未だ動けず立ち尽くす令嬢にも

 

誰にとっても今は、この時だけは特別だった。

 

 

「…はぁっ!はっ!はぁっ!――――春菜ッ!」

 

少しずつ傾く日差し、近づく夕暮れ。やっぱり日が落ちるのが前より早い。でも一瞬で直ぐ様夜になり朝になり日が変わるわけじゃない。

 

「…クソッ――――早く、もっと急げよ…ッ!俺!」

 

終わる夏を"早く変われ"と急かすように。秋へと変わる移り変わる季節に"まだ変わるな"と焦るように――――秋人は走る。

 

走って、走って、全てを振り切るように走って、そして春菜へ気持ちを告げなくてはいけないのだ。誰より、何より、自分自身の為に。

 

「はぁっ!はぁっ!――――あああああっ!もう!めんど……くさくないっっ!!!」

 

だから走る中に感じる。早鐘を打ち続け限界を訴える鼓動の痛みも、それよりつらい胸の痛みも。この終わり生まれ変わりつつある一日を乗り越えれば。目の前の夕日が沈んでまた逆側から再び昇れば。きっと、多分、本当に――――やがて大丈夫になってゆくと(こいねが)

 

 

この終わる季節で、終わる世界で、誰もがそれを。

 

 




感想・評価をお願い致します。


2016/06/23 一部改定

2016/06/28 一部改定

2016/07/03 一部改訂

2016/07/05 一部改訂

2016/07/10 後半一部改訂

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。