貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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Re.Beyond Darkness 17. 『楽園への鍵~Rose Bud~』

23

 

 

「…アキト、今度はソレを下さい」

「はいよ」

 

秋人はヤミへと"ソレ"を渡す、ソレとは塩。いつの間にやら具体的名を上げなくてもコミニュケーションが成り立つようになったふたり、ふたりは並んで料理をしていた。

 

だらしなく着崩された制服。その上にヤミとお揃いのエプロンを身につけ料理の補助をする秋人、少しだけ目元に眠気が残っている

 

ぱりっと隙無く着こなされた制服。その上に秋人とお揃いのエプロンを身につけ真剣な表情で手元を動かすヤミ、いつもほとんど表情を変えないヤミだが、頬がぴくぴくひくつきニヤつく変化に必死に抵抗している

 

自身の一番大切な男と最近要注意の妹、並び立つ凹凸を椅子に行儀正しく座り料理の完成を待つ――――――一人、蚊帳の外の少女、西蓮寺春菜、その表情は、暗い

 

(うううぅ…おにいちゃんのばか…そもそもあのお揃いのエプロンは、()お兄ちゃん(・・・・・)で着るはずだったのに…)

 

"仲良し父娘(おやこ)"、お嫁さん(自称)はふたりを評した。決して恋人同士とはしないあたりが彼女の複雑な想いをよく表している

 

春菜の瞳に写る背丈が頭二つ分は違う父娘。

 

ヤミの腰まである背を覆い隠す金の艶髪(つやがみ)…美しく長いその髪は窓から差し込む陽光を反射し綺羅びやかに輝いている

 

秋人の頬にかかるツンツンとした黒髪…伸びてきた髪はヤミのものとは違い光を吸収する黒だ

 

対象的なふたり。でも、どこか似ているような気がするのはなぜだろう…―――

 

ふと同じところ、似ているところを思い浮かべてみる春菜

 

(ヤミちゃんとお兄ちゃん。顔は似てないし、背だって、性格だって…あ、髪質かな…?)

 

ヤミの髪は柔らかい。秋人も固そうな印象を受ける髪だが触ってみると意外に柔らかいことを春菜だけが知っている、知っていた。

 

(そんなところが似てるのかな?…でもソレ、私だけが知ってたのに…今ではヤミちゃんも、ララさんも、古手川さんも知ってるみたいだけど…………あと美柑ちゃんも)

 

じーーーーーーーーーっっとふたりの背中を眺め続ける春菜。

 

睨むとも言えるその視線の先には、柔らかな金の髪の主がいる。固く結ばれたエプロンの結び目、その背に浮かんだ追憶に春菜は目を細める―――

 

 

『春菜お姉ちゃん…毎日家事で疲れが溜まっているのではありませんか…?最近、アキトにだらしなく甘え過ぎですし……たまにはゆっくり休んで、朝の食事の用意くらい私に全部任せてください』

 

ふたりで共に帰路につく道すがら、ヤミはそう言った。

 

「ううん、大丈夫だってば。ありがとうヤミちゃん」

 

やんわり断る春菜にヤミはしゅんと残念そうに俯く。夕暮れが彼女のやりきれない想いを具現化し、横頬に落ちる切ない翳りに―――

 

「やっぱりお願いするね!ヤミちゃん!」

 

と、いじらしさに胸打たれた春菜は承諾したのだった。してしまうのだった。

 

「本当ですか?!ありがとうございます…春菜お姉ちゃん!」と、その時のヤミのにっこり幸せそうな笑みを見た春菜も「ううん、こっちこそ、心配してくれてありがとうねヤミちゃん」と同じくにっこりと幸せな笑顔になった。

 

 

――――私のばか…

 

溜息をつき肩を落とす現在の春菜、思い返した夕暮れのヤミのように残念そうに俯いてしまう

 

先程から春菜はなんとか目の前の現実から逃避してやり過ごそうとしていた。

 

普段は朝、なかなか起きないだらしのない秋人が。そして最近、いろいろと頭角を現してきたヤミが。ふたりは相変わらず仲良く食事の支度に取り組んでいる、違和感を感じさせることなく…

 

そもそも秋人は料理をしない。料理上手で料理好きな春菜が居る上、最近はヤミもそれを手伝う為する必要がなかった。せいぜい皿を準備したり、片付けて(いやいやしぶしぶ)皿を洗うくらいであった。

 

だから、春菜はいつか秋人に料理を教えて、ふたり(・・・)でアレコレ言い合いながら、笑顔で仲良く料理をしてふたり(・・・)でごはんを食べる、そう夢想していた。

 

そう、まるで仲睦まじい新婚さんカップルのように、目の前にいるふたりのように。

 

春菜が密かに"春菜の秘密の花園"で企んでいた『春菜&秋人お兄ちゃんのらぶらぶ新婚生活~いけない料理編~』が、まさに、今、目の前で、現在進行形で実行されているのだ

 

そしてメインヒロイン兼主人公のはずの春菜はなぜか、その慎ましい夢や願いがふんだんに盛り込まれた妄想計画からはじき出されるわ、一人テーブルで待たされるわ、こうして怪訝な面持ちでふたりを眺めさせられるわ、踏んだり蹴ったりであった。幸せ絶頂ヒロインのはずから一転、春菜は悲劇のヒロインへと陥ってしまう

 

(うぅ~……どうして…ひどいよ…なんで私の、私の密かな蜜月の夢…どうして私がひとり蚊帳の外にいるの…うぅ…)

 

―――春菜もヤミの存在を計画から除外していたので人のこと言えなかった。

 

「アキト、今度はそちらを」

「はいよ」

 

ヤミから指示を受けボウルに入った玉ねぎを渡す秋人。僅かに触れる手と手、ピクリと華奢な肩を上げ、頬にうっすら朱がさした娘は父に微笑み、はにかんでみせる。父もなんだか擽ったそうな顔をして頬を掻いてみせる。春菜は更に怪訝な視線を強めピクリと眉をひそめてみせた。

 

以心伝心、笑顔が連鎖する仲良し父娘(・・)そして、ふたりの後ろで睨むお嫁さん(自称)

 

―――なんだかおかしな三人がいつもの西蓮寺家にあった。

 

 

ウッウウン!

 

わざとらしい咳払い。

 

最近やたらと秋人に、春菜の一人占めしたい男に、甘える妹のヤミ。そしてそれを甘受する秋人

 

―――我慢の限界を彼女らしい婉曲したやり方で伝えてみせる

 

しかし、反応無し

 

「…アキト、口を開けて下さい」

「お?味見か?待ってました」

 

ひょい、と口に料理を放るヤミ。もぐもぐと咀嚼し「お、うまいなヤミ」とグッと親指を立てサムズアップする秋人、ヤミもほっと安心し微笑む

 

「"豆腐ステーキ"です…お子さまへの離乳食にも最適です…アキトのようなお子さまにも」

「だーれがお子さまだ、だれが」

 

ふっと口角を上げ微笑うヤミにチョップを落とし、ガシガシ乱暴に撫でる秋人。それを気持ちよさそうに受けいれながら文句を返すヤミ。和気あいあいといったふたり…

 

そんなに気になるなら春菜も共に料理の輪に加われば良かったのだが、いかんせん従来の生真面目さと律儀さが邪魔をし、ヤミとの約束を守らせていた。

 

気を引くことを諦めた春菜は頬杖をつき、面白くなさそうにふたりを見る

 

ふぁ、と口元に浮かび上がろうとする欠伸を噛み我慢する春菜。目元にじんわりと涙が浮かぶ、確かにヤミの言ったとおり疲れが溜まっているのかもしれなかった。

 

じわっと湧きあがってきた涙が、彼女の気分を変えさせた。

 

(昔はお料理、よく手伝ってくれたなぁ…)

 

昔とは、春菜の背が今のヤミと同じであったくらいの事。あの頃の秋人は小さな春菜の世話をよく焼いてくれていた。それが今では春菜が秋人の世話を焼いている。日増しに増えた苦労、それは春菜にとって決して嫌なものではなく、むしろ幸せなことであった

 

(お兄ちゃん………秋人くん…)

 

春菜にとって"西蓮寺秋人"とは目の前のその人であった。本物、偽物、関係なく秋人はただ秋人だ。

 

好きという気持ちの前には、秋人の抱える悩みなど春菜にとっては些細な事だった。それは秋人に告白した時から何も変わっていない

 

変わってしまったのは自分の気持ちの…その性質(たち)であった。

 

兄を、秋人を幸せにしたいと強く願うと同時に自分自身の幸せを…秋人と甘いふたりきりの生活を。それも強く希うようになっていった。

 

(他の誰かが傍に居てもいい、でも一番は私がいい…)

 

あくびとは違った涙が、瞳の奥にじっくりと湧きあがってくる感覚を春菜は感じていた。

 

少しの間だけ、春菜にとっては永遠を思わせるような時間だけ―――秋人の居ない日々があった、空間があった、生活があった。

 

奪われ失った幸福な時間の流れ、その中で過ごした日々…―――

 

春菜にとって文字通り半身を失っていた生活。ぽっかりと胸に穴が空いた空虚感、思い返した時の流れがどうしようもない焦燥感を伴って春菜の心に悲しみの波紋を広げていく―――――

 

「秋人くん、」

 

耐え切れなくなって思わず声をかけた。

 

「ん?なんだよ春菜」

 

手元を動かしながら答える秋人。春菜の声に含まれる微かな震えは、せわしない朝の空気の中に混じり溶け込んで彼の耳には届かなかった。

 

春菜は逆にそのことに感謝した。今の自分の決意が鈍るような考えを、じっくりと自分の中にある秋人への想いに溶け込ませていく

 

「男の人のエプロン姿ってなんかいいね。お兄ちゃん似合ってるよ…私、好きかも」

 

口に出したその言葉に、先程の震えはなかった。

 

「そうか?…俺は男がエプロンするより女の子エプロンの方が好きだぞ」

 

秋人はちらっと自分の胸元に目をやって自身を眺めた後、やっと春菜の方を振り向いてそう答えた。先程からジトッと自身とヤミを睨む春菜に気づいていたが、秋人はとりあえずそっとして置くことにしていた―――――嫉妬するウチの春菜はカワイイと思っていたからである。

 

だが、あまり放置しすぎるのも可哀想だった、悪かったな春菜。と目で合図を送る。

 

(ぅ、秋人くん………)

 

優しく撫で上げるような視線が春菜の上に注がれる。自分の気持ち全てを包んでくれているように思わせる想い人の視線を一身に受け、春菜の頬がみるみる紅潮していく―――― 

 

「お、お兄ちゃんが好きなら私…裸でエプロンしてもいい……よ?」

「ふむ。ノーマルな裸エプロンか…」

 

 

『えへへ…秋人お兄ちゃん。お料理するから見ててね』

 

白い素肌に純白のふりふりエプロンだけを身に纏って、春菜はくるりとまわり背を向ける。後ろからは艶めく黒髪ショート、ほっそりした肩、腕、なめらかな背中。きゅっと引き締まったくびれ、小尻、太くもない太腿―――――上から下に向かっての脚線美はこれ以上無い程整っていてあられもない姿だ。スレンダーな白い肢体が、後ろ髪が誘うように小尻が揺れる

 

『春菜っ!』『きゃっ!秋人くんっ!』

 

ガバッと後ろから抱きしめられる春菜は批難の意を込めて視線を秋人へ投げかける、しかし瞳は潤み期待している様をありありと示していた

 

『あ…あきとくん…今お料理つくって…んあっ!』

 

ぷるんとフリフリエプロンから零れ出る春菜の慎ましい膨らみ。よく手に馴染む柔らかい感触を、まるで"俺のものだ"と主張するかのように揉みほぐす秋人

 

『だ、ダメだよぉ…も、もう…お料理頑張ってる途中なのにぃ…♡』

『頑張る方向が違うぞ春菜…作るのは料理じゃなくて…』

 

 

「赤ちゃんでした…なんちゃって…」

「…大丈夫、なんですか。春菜、お姉ちゃん…」

 

さっきから二人のやり取りを黙って聞いていたヤミは、さすがに振り返って呆れたような眼差しを春菜に向ける。彼女は心の中で春菜ならやりかねない、と思っていた。

 

いやんいやんうふふと頬に手を当て揺れる春菜。頬を、というより全身を赤らめ幸せそうだ。

 

ヤミはそのまま視線を秋人に向けて少しの間硬直してしまう。

 

秋人は真剣とした表情で春菜の事を見つめていた。どこかその(おもて)は凛々しさがあり、ヤミは思わず見とれてしまう。しかし彼の頭の中では、純白エプロンのみを身に纏った春菜が自分の胸に縋り甘い声で啼き喘ぐイメージが渦巻いていた。そしてそれは春菜の妄想と見事に一致し、シンクロしていた。ちなみに…両者どちらかとは分からないが、慎ましい2つの丘の大きさは若干増量の方向へ修正があったようだ

 

定番だし、王道でいいかもしれないな…真剣な顔から一転、頬をだらしなくゆるめながら秋人はそう結論へ持って行った。それが同時にヤミをはっと正気に戻らせる。

 

似たもの兄妹の妄想を蹴散らしたのは横にたたずむ()の一喝だった。

 

「パパ!!」

「パパァア!?」「ふえ!?赤ちゃんがしゃべった!?」

 

ブンと音がしそうなくらいの速さでヤミの方を向く秋人。あからさまな膨れ面と睨み付ける視線の鋭さを受けて、秋人の頬にチーッと汗が流れる。ちらっと春菜の方にどういうことだ?と視線を向けて救いを求めるが春菜は春菜できょろきょろと周りを見渡したかと思ったら、ふぅ、と安堵の溜息をつき額の汗を拭っている。無事現世へ帰還したらしい。

 

「パパってなんだ!?大丈夫なのかヤミ、変身(トランス)しすぎて脳がトランスしちゃったのか?」

「ばっバカにしてるんですか…!アキト、いいい今のは言葉のアヤというやつであり決して…!って熱はありません!正常です!えっちぃ春菜と一緒にしないでくださいっ!」

「清純なのにムッツリなのが春菜のいいところだろうがぁ!」

「ちょっ…!お兄ちゃん!!なにいってるの!違うもん!そんなことないもん!」

「そんな事あると思います…この間だってナスをはだけた胸ではさ…「や、ヤミちゃんダメ!言わないでっ!むぐっ!」「さあさあ教えて下さいヤミサマ。わたくしめには必要な情報であります」

 

姉たる自身の痴態を口走ろうとするヤミ、ガタッと立ち上がり紡がれる続きを塞ぐ為に飛びつこうとする春菜。その躰を後ろから抱きしめ口を手で塞ぐ秋人

 

騒がしい朝の日常。ドキドキと安心。もがく躰を優しく押さえる秋人の体温…見上げればニヤニヤと邪な笑みを浮かべる想い人。秋人と自分、そしてヤミ。二人を、秋人を変わらず見上げながら、もがくのをやめた春菜は無意識の内に薄い唇を動かす―――――

 

 わたしだけの…

 

掌の中で紡がれた言葉は喧騒の中では、秋人の腕の中では、春菜以外にとらえられる者など居なかった。

 

 

24

 

 

「みなさんこんにちは、本日からよろしくお願いします。ティアーユ・ルナティークです」

 

パチパチパチパチ…

 

と暖かい拍手で迎えられるティアーユ・ルナティーク博士。タイトなブラックのスーツを隙無く着こなし、深い知性を思わせる穏やかな微笑み。落ち着いた雰囲気はとてもドジでだめだめな女性とは思えない(ヤミの評価)だが、そんなヤミの辛辣な評価とは裏腹にその他の生徒たちは皆「とても頼りになりそうな、保険医の御門先生に並ぶほどにマトモな大人の先生そう」という固い(・・)評価だった。

 

「よろしくね、みんな…ああっ!大変!あそこにUFO!異星人!」

 

そんなキリリとしたイメージをもたれるのを嫌ったのか。わざとらしい冗談を口にする新米ティア教師。ぴっと青空へと指差すティアーユの…豊満すぎる胸がふるりと揺れる。

 

べたべたな注意の引き方にクラス一同苦笑いを浮かべながらも指された空を見やる…その方角を見ていないのは三人だけであった。

 

「すげー、どうやったらあんなおっぱいが実るんだ…」と口から思考をダダ漏らすペタン娘

 

「あぁ…今日は待ちに待ったお兄様へとの逢瀬の日♡たまには嫉妬するお兄様が見たい…先にリトさんに会おうかしら…男の匂いに嫉妬してより激しいオシオキを…うふふっ♡」と同じく思考とよだれを垂らす桃色の姫。

 

(貴方も同じ異星人でしょうに…)

 

最後の一人、呆れを隠さない表情で自身の顔によく似ているティアを見つめるヤミであった。

 

無論、三人とも青空もティアそのものを見てはいない。意識は遥か彼方、だった。

 

パシャ

 

(?)

 

呆気にとられているヤミをカメラに収めるティア。金髪ブロンドを揺らし、てへっと舌を出し幼子のような悪戯な笑みを浮かべてみせる

 

「なにやってるんですか…仕事中に」

 

写真を確認しデレデレといった具合にだらしない表情を浮かべるティア。自身とよく似た面立ちでああもだらしない表情をされると、ヤミの心のウチに何だかもやもやとしたものが広がる

 

(もしかして私もあんなだらしない、ふにゃふにゃ顔ができるのでしょうか…ふっ、そんなまさか)

 

ふっと口元にも嘲笑を浮かべるヤミ。

が、そのまさかであることをヤミは知らない。秋人の腕に抱きついている時などはまさにそんな蕩けたようなふにゃふにゃ顔をしている事を

 

 

そしてそんな三人より他、黒咲芽亜は空もティアーユも見ていなかった。目をつぶり、自己だけを見つめていた。

 

(ククク…期待しているな?メア………濡れてきているぞ)

 

耳元で囁かれる…愉しげに嗤うその声に、芽亜は頬を染めコクリと頷き返すのだった。

 

ティアが指し示した青い空、その宇宙を朱く染め上げる逢魔(おうま)時まではまだかなりの時間を必要とした。が自身の裡に潜むもう一人の躰の主、その闇と会話できる兵器少女(ウェポンガール)には関係なさそうであった。

 

 

25

 

 

はぁ、とセフィは何度目かの溜息を付いた。

 

物憂げなその顔はベールで隠され、表情は定かではなかった。が、憂いの雰囲気を帯びているセフィ王妃のその表情(かお)は銀河一美しいことだろう…と傍で控える給仕の誰もがそう思っていた。

 

「ンだよそのウゼェ溜息は…」

「はぁ…」

「ったく、近々身体も元にもどる…そしたら珍しいタイプとかいう生体兵器のとこ行って叩き潰してヤルからよ心配すんな」

「はぁ…」

「オイ!セフィ!聞いてんのか!?」

 

ギロッと小さなギド・ルシオン・デビルークは自身の妻であるところのセフィを見上げた。モモ・ナナが生まれた後。ギドはずっと小さな―――ヒトで言えば推定5さいくらいの背丈だった。だが力自体は全盛期より大幅に劣るものの、少し名が売れた程度の刺客ならワケもなくブッ飛ばせるほどの実力はあったが。

 

「聞いてるわよ…ギド…相変わらず小さいのね」

「?しかたねぇだろ、力使いすぎちまったからな」

「そういう事じゃないのだけれど…まぁいいわ―――――」

 

はぁ、と深々溜息をつくセフィ。ギドは青筋を立てる。

 

「オマエがチャがどうのこうの言うからクソ忙しいのにきてやったんだろーが!」

「貴方は遊んでるだけじゃないの…」

「ふん、用がねえならオレはもう行くぞ!」

 

図星をつかれ、不機嫌オーラ全開で場を去っていくギド…その背中をセフィは椅子に優雅に身を預けたまま、ぼんやり眺める。

 

―――――この日は偶然にも、雨であった。

 

雨音はあの日をセフィに回想させるには十分過ぎていたのだ――――…雨でなくても毎日思い出していた事をセフィの理知的な頭脳は知らない

 

建物から外部に突き出したバルコニー。其処へテーブル、チェアを一組設けさせ優雅にアフタヌーンティーを嗜むセフィ。それは一枚の絵画のようだった。それを時折遠くから眺める事が城に仕える給仕たちの数少ない楽しみでもあった。が、今日はそこへ夫であり銀河の覇者でもあるギド・ルシオン・デビルークが加わり…穏やかなティータイムが痴話喧嘩へとなってしまう。

 

もう一つ、溜息をつきレモンティーを口へ含み直すセフィ。広がる酸味、舌に感じる酸っぱさに気持ちの切り替えをはかり…

 

今日もこれから仕事ね…と一人呟いてみた。

 

外交や統治といったものはセフィ。危険な軍事関連はギドの分野であった。

平和な現在、セフィの負担は日増しに増え…スケジュールは過密。既に数年先まで埋まっている。

 

「はぁ…」

 

白く濁った溜息が、雨の空気の中…霞となって消えていく―――――

 

「お母さんどうしたらいいのかしら……ねぇ、アキト…」

 

が、考えているのはそんな仕事のことではなく一人の青年の事。自身の娘、ララと同じくらいの若者―――――なのに。

 

無意識で伸ばした指先が唇へ向かう、ベールの滑らかな感触、その下の小さく柔らかい感触、だが欲しいのはこの感触ではなく…また違う別の、同じ柔らかい感触だ。

 

完全に消えてしまった霞の向こうに、先ほどの答えを探すが今日もまた、セフィには見つからないのだった。

 

 

26

 

 

「くちゅっ!く、うぅん…はっ!ちゅっ!ちゅっ!」

 

キスを交わしながら噛みつくように背中を掴み握る少女。背中に爪を立てられる――――口づけをかわす男は鈍い痛みに眉を顰めた。

 

―――夕暮れの朱に包まれた2-Aの教室に唇を貪り合うふたりの男女がいた。

 

一人は朱い三つ編みの少女―――黒咲芽亜。長い一つに結われた三つ編み、どこか動物の尻尾を思わせるそれは先端が手のように変身(トランス)していた。何かを食すように閉じたり開いたり…何度かそうした後、ピンッと大きく広げられ――――ぐったりとしたように元の髪へと戻った。

 

「ちゅっ!んんんっ!!!―――ふ、あ…………」

 

うっとりした顔で甘い吐息を、まるで躰の中の灼熱を逃がすかのように芽亜は零した。

 

「…もういいか?」

「だぁめだよせんぱい……今23?回目だから、約束だと最低でもあと二万回はしなくっちゃ…あーむっ♡んっ、くちゅっ…っは。んんっー……」

 

もう一人は西蓮寺秋人。疲れに翳りを帯びた表情をしていた。

ふたたび無人の教室に淫らな水音、興奮しているとはっきり分かるような甘い声音が吐息と共に響く

 

「ふっん…んっ――――んんっ!んむぅううっ――――っ!!」

 

芽亜はもう何度感じたか分からない絶頂にびくびくと躰を震わせた。力を失いくったりとする芽亜。腰の、全身の力が抜けた四肢が床へと崩れ落ちていく…それは秋人が腰を抱き支えてやることで辛うじて避けられていた。

 

「はぁ、はっ…はっ――――はぁっ…――――あむっ」

 

芽亜は達した余韻に浸りながら漆黒の瞳を閉じ思考と快楽の海へと沈み込む、

 

せんぱいとこうして抱き合っていると確かに光の中にいると思えた、暖かく包むような癒やしの光―――…

 

だがキスは違う。唇と舌を交えれば、高鳴り、震え、快感の奔流が躰の中をぐるぐる駆けまわり、何度も何度も快感が(またた)いた後、一瞬の全てのものを銀河の彼方へと弾き飛ばす特大の爆発となる…それは達した瞬間に脳髄に電流の如く走る快感と瞳の奥でスパークする白い、閃光―――――芽亜は再び躰を大きく震わせた。

 

メアにはイヴと違い最初から優しくしてくれる甘い者など居なかった。

 

彼ら研究者にとっては兵器としての存在自体が重要であって意志はむしろ不要と思っていただろう。例えそう語らずとも、モルモットを見るような研究者特有の眼差しは彼女の幼い情緒を閉じこめるには十分だった。

 

メアは自然と自己の意志というものを失っていった。そんな折り、研究所崩壊と共にマスター・ネメシスと出会う―――――

 

「くちゅっ!く、うぅん…はっ!ちゅっ!ちゅっ!」

 

くだけた腰を抱かれながら懸命に唇を重ね、舌を伸ばし交じり絡ませ合う黒咲芽亜。主導権を完全に奪われていることに対する反抗のようだった。密着する躰と身体。敏感に反応する自身の躰、そしてそれに反応を返す男の身体。それがたまらなく淫らに芽亜を興奮させていた。

 

黒咲芽亜の制服が黒い霧に包まれ……本来の戦闘衣(モノ)へとうつろいゆく―――

 

戦闘衣(バトルドレス)を纏うメア。透き通るような白い素肌は儚げな妖精を思わせる。メアは華奢な肢体をより秋人へと密着させる。既に胸と胸は隙間もなく接していたがそれでも尚足りないようだった。

 

うっすらと目を見開く秋人、唇を重ね合わせる少女を見て驚いたように目を見開いた。

 

(あたしのこと識らないでしょ?)

 

識らない…メア?

 

(うん、マスターに黙ってアノ時(・・・)にせんぱいの記憶、ちょっとイジッちゃった♪素敵でしょ)

 

お前…

 

(だって識らない、識らないセカイの…ニセモノのメアと一緒にしてほしくないもん…そんなのちっとも素敵じゃない。識ってるのはこっちのメア?)

 

繋がる意識と思考の中。無邪気に微笑む…彩南高校の制服を纏ったメア――黒咲芽亜が浮かぶ

 

(それともこっち…?)

 

戦闘衣(バトルドレス)を纏うメアが自身の躰を抱きしめ着衣を乱れさせる。綺麗な縦長の臍を魅せつけながら挑発的な視線を投げ―――――光が走った

 

「んんんっっっ!!!あぁぁぁッ!あぁっ!はぁっはっ…!」

 

メアの躰が仰け反るように緊張を増し、固まる―――――力なく崩れ落ちる躰、まわしている腕に力を込めなおす秋人―――を引きずり込むように後ろへと倒れ込む

 

「はぁっ…あっ、あぁ…んっ…あたま、打っちゃった…」

 

ふたりの衝撃で舞い上がった埃が斜陽(しゃよう)を散乱してきらきらと光った

 

「自業自得だろ、それより記憶―――…」

「もどさないもん…でもせんぱいがあたしのモノになるならいいよ?」

「なんだそりゃ」

「思い通りにならないなんて面倒くさいし…考えるなんてバカみたい」

 

―――ふたりの出逢いは運命と言えた。互いに互いが必要であったからだ。ネメシスには依代となる"肉体"が、メアには生きてゆく"意志"が。

 

ネメシスは教えた。"思い通りにならないモノなら壊してしまえ、ソレこそ兵器としての本質だ"と。そしてその通りに、メアは生きてきた。――これまでは

 

「ふふふっ…」

「…なにが可笑しいんだよ?」

 

メアの漆黒の瞳を見つめる秋人の瞳。その中に写るのは自分ひとり。ふたたび立ち昇ってくる快感にメアはゾクゾクと背筋を震わせる。堪らずその頬を掴み唇を押し付けた

 

―――マスターは"破壊には二種類ある"とも教えてくれた。"心理的"か"物理的"か

 

(心理的…せんぱいのあったかいのがそうじゃなくなるのは素敵じゃないし)

 

「あーむっ…ちゅっ…ちゅっ…」

 

(物理的…簡単だけど、一つに交われないからイヤ……どっちも選べない、どうしよ…………あ、)

 

「ひょうほお?」

「…………調教?なにアホしすみたいなこと言ってんだ」

 

僅かに唇を離す秋人とメア。触れ合う吐息の熱を唇で感じる

 

「…でもせんぱいを従えるのは難しめ?ハード?やっぱり邪魔者(ヤミおねえちゃん)消す?」

「お前な…仲良くしなさい」

「あややー…はぁーい…」

 

クイとおさげを引かれつつ、ふてくされるように頬を膨らませるメア。その様がなんとなく自身の計画通りにいかない時の不機嫌な桃色の姫に似ているような気がして…秋人は苦笑いを作る

 

―――メアの中に確かな意志が芽生える。それはマスター・ネメシスが与えたものとはまた別の…

 

「むー…今、別な事考えたんでしょ?ユルサナイ…あむっ…んっ!んっ!」

 

誰もいない夕暮れの時だった教室―――そこには既に宵闇が訪れ、淫靡な静寂さだけがあった。

 

―――やはりそうか

 

暗闇の片隅から呟きが溢れる。メアの裡以外の暗闇から…

 

「トランス・ダークネスへの変貌への鍵。退屈極まりない平和な世…それを破壊し混沌へと導く鍵…それは…―――」

 

その呟きはメアのくぐもった嬌声にかき消されてゆくのだった。

 




感想・評価をお願い致します。

2016/01/20 台詞改訂

2016/01/27 台詞改訂

2016/02/07 文章構成改訂

2016/04/06 文章一部改訂

2016/04/10 文章一部改訂

2016/05/22 文章構成改訂

2016/06/16 一部文章改訂

2016/07/13 一部改訂

2016/11/25 一部改定

2017/02/12 一部改定

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