ダンジョンに裸で潜るのは間違っているだろうか   作:白桜 いろは

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第七閃 道化師の眷属

 暗い街の中を抜け、俺達は再度“豊穣の女主人”へと戻ってきた。

 数時間ぶりに見るそこは暗闇の中に輝く太陽のように、静寂に満ちた夜の通りの中を明るい雰囲気で照らしている。中からは一日の冒険を終えた者達の明るい喧騒が聞こえ、忙しそうなウェイトレス達のやり取りが入り口にまで届いてくる。

 

「……凄い繁盛してるな」

「この辺りじゃ凄い有名なのよ?有名なファミリアも何かイベントの際にはここに予約を入れたりするわ。私も前は、眷属の誰かがランクアップした時などにここで宴会を開いたものよ」

「それが今じゃ二人っきりのファミリアなんだよな。随分と寂しい宴会になりそうだぜ」

「そもそもその見た目からして、ランクアップすらほど遠そうなのだけれど?」

「はっ、怪我が治ったら速攻でやってやるよ」

「期待せずに待ってるとするわ」

 

 そんなやり取りを交わしながら、俺はふと今の自分の格好を再確認する。

 彼女が買い揃えてきた服は以前と似たズボンに薄手のシャツ。その下には、僅かに血が滲み出ている包帯の数々が至る所に巻かれている。レベル2への上昇なんて、夢物語にすら届かないような外見だ。

 ……帰り際に回復薬(ポーション)数本飲んでおけば、明日には潜れるようになったりしないだろうか。見た目さえ整えば、言い訳はどうとでもなるだろうし。

 

「はい、有り難うございましたニャー!」

 

 内の様子が鮮明に見えてくるようになった頃、丁度一人のウェイトレスが他の客の見送りに通りへ出てきた。

 彼女は二人のパーティーを夜のオラリオへ送り届けた後、店の中に戻ろうとしたところでこちらへと気付く。

 並んで歩く俺と主神の姿を認めた後、何故か俺の方を再度見つめ直して――目をパチクリとさせた。

 

「ぎ、銀髪頭、その体はどうしたのニャ!?」

 

 驚きの声を上げながら、こちらへと駆け足で近づいて来る。

 

「ちょっとばかし迷宮で、な。とは言ってもこんなのは見た目だけだから、んな気にすることでもねぇよ」

「と本人は言ってるけれど、割と本当に重傷だから。歩けるのが不思議なくらいなのよ」

「分かってますニャ。血の臭いがプンプンしてますからニャァ」

「だから問題無いっての」

「はいはい、男の子だから威勢を張りたいのは分かるニャ。でもちゃんと結果は認めなきゃダメなのニャ」

「問題無いって言ってんだろうがオイ!」

「それじゃあアフロディーテ様、席へとご案内致しますニャ」

「ええ、よろしくね」

「話聞けよ!!」

 

 こちらの話を聞かぬままに勝手に話を進めていく二人。

 余りの扱いに悲しすぎて――と言うより、叫んだせいで涙が出そうだ。胸元に傷がジクジクと痛む。

 楽しそうに話しながら席へ向かう二人に、俺はしぶしぶとついて行くしかないのだった。

 案内された先は店の隅、かろうじて空いていた二席だった。壁側に主審が座り、その正面に俺が腰掛ける。体格差もあり、俺が丁度彼女を覆い隠すような形になる。

 二席しか空いてないというのは、どうやら元から繁盛している上に、今日は大手のファミリアが宴会のためにわざわざ予約していたからだとか。店の中心部にある大円卓では、周囲とは一線を画した雰囲気を持つ実力者達が楽しそうに宴会を繰り広げている。その中には俺と同じ年代くらいの少年少女の姿もあった。

 

「……へぇ」

 

 その一部に目を付けた俺は意図せず、感嘆の声を漏らす。

 彼らが身につけている武具は、どれもこれもこちらの目を惹くものばかりだった。

 聖銀(ミスリル)により装飾の施された細剣。

 強靱に練り上げられた鋼で組み上げられた脚甲。

 迷宮産のモンスターの骨を母体とした大型のククリ刀。

 同じく強大なモンスターの巨骨を削った戦斧。

 その全てが、中々に使いこなされた武具だ。表面の霞み具合と言い、光の反射加減と言い、相当な数のモンスターを狩ってきた証がありありと浮かんでいる。

 

「はい、お冷やニャ」

 

 トントンと置かれた冷えた水に、俺の意識は正面の、主神が座っている方へと引き戻された。

 彼女をそっちのけで中心の集団に目をやっていた俺に対し、彼女は若干不機嫌そうだ。そんな雰囲気を帯びた声がこちらに届く。

 

「……何を見てたのかしら?」

「ああ。俺と同年代くらいなのに、強い奴が居るなと思って見てたんだよ。特にあの金髪の女子、あれは別格だな」

「ふぅん、女子(・・)を見てたの?」

「なんでそこを強調するんだよ」

「いえ、別に。何でもないわ」

 

 そう言ってそっぽを向く彼女。……理由が分からん。

 何か失言でもしたかと頭を悩ませる。そんな俺に、ウェイトレスが話しかけてくる。

 

「へー、銀髪頭、お前って目の付け所が良いんだニャ。あれは噂の“剣姫”だニャ」

「剣姫?」

「レベル2にランクアップした際に神々から授かる二つ名のことだニャ。その人の特徴を示すもう一つの名前。彼女はその名の通り、剣を振るう姿が舞姫のように美しいとされているニャ」

「ふーん……」

「ちなみに戦闘狂(バトルマニア)の気があるから、一部ではそれをもじって戦姫と呼ばれてるニャ」

「それは確かに、そうだろうな」

 

 彼女の言葉に頷きながら、俺は再度剣姫とやらの武器に目を向ける。

 周囲の同年代の奴らの物と比べてみても、彼女の武器だけが異様に傷が多い。単に二、三倍では済まされない数のモンスターを斬ってきたのだろう。

 

「ニャニャ、もしかして銀髪頭は剣姫に一目惚れかニャ?」

「ああ……そうかな。(彼女の使うあの細剣に)興味が有るな」

「あらあら……」

 

 何故か額に血管を浮かび上がらせた主神が顔をこちらに戻し、話に口を挟んでくる。

 

「ウェイトレスさん?あまりウチのカタナ君に変な話を持ちかけないでくれるかしら?」

「え、でもアフロディーテ様……ニャッ!?」

 

 何故か満面の笑みを浮かべる彼女に、ウェイトレスはビクッと蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまった。

 

「そんな、ねぇ?カタナ君に限って他のファミリアの子に惚れちゃったなんて、ないわよね?」

「何をそんなにお怒りかは分からんが、んなわけないだろうが。俺が見てるのは剣だ、剣。あれほどの剣なら相当のモンに違いないからさ」

 

 その言葉に、彼女は打って変わって毒気を抜かれたかのように元の態度へと戻る。

 

「……そうよね、カタナ君にそう言う心配をする方が馬鹿だったわよね」

 

 そう小声で呟く彼女に、何故か面白そうな顔をしてウェイトレスがこそこそと耳元に口を近づけてなにやらこそこそと囁いていた。

 ……何を話しているのだろうか。

 

「ニャ、もしかしてアフロディーテ様、アイツにほの字だったりするのニャ?」

「そんなわけないじゃない、そもそも知り合って二日目よ?ただ、唯一の眷属が取られるのが嫌なだけよ。だからそういう勘繰りは止めなさい」

「痛たたたっ、ごめんなさいニャ、アフロディーテ様!!」

 

 何故か主神がウェイトレスの頬をつねりだしたのだが、一体何の話をしているのだろうか。

 こちらに隠すようにして話しているので、内容がサッパリ分からん。

 ……とりあえず、メニューでも見ておくとするか。お、今日のオススメは肉料理か。ならば後は魚とスープ、飲み物は……水で良いか。その分肉を腹に詰め込むとしよう。

 

「コラそこ!いつまで油売ってるんだい!いい加減仕事に戻りな!」

「は、はいニャ!済みませんなのニャ!」

 

 厨房の方から聞こえてくるミアさんの声に、彼女はほとんど反射的にぺこぺこと頭を下げる。

 ……さすがに無駄話が過ぎたようだ。

 そちらへ目を向けると、大きな鉄鍋をその剛腕で振るいながら、彼女はウェイトレスを睨んでいる。

 ビクッと振るえながらは慌ててこちらへと振り向いたウェイトレスは、急いで注文票を手に取る。

 

「そ、それではご注文はお決まりかニャッ?」

「んじゃ、俺は今日のオススメを二人前と、魚の揚げ物二つと野菜スープの具多めで」

「よく食べるわね……。それじゃあ私は、野菜と魚のパスタを頂こうかしら。あ、もちろん一人分よ?」

「分かってますニャ。というか冒険者にしても銀髪頭は食い過ぎな気もするニャ」

「仕方無いだろ、生憎と燃費が悪いモンでな。それに多く食っておけば、回復速度も少しくらい上がるだろ」

「……もしかして銀髪頭も戦闘狂(バトルマニア)だったりするのかニャ?」

「……多分ね」

 

 はぁ、と溜息をつく主神。

 

「ともかく、ご注文は以上でよろしいですかニャ?では暫くお待ちニャ!」

 

 そう言ってさっさと持ち場に彼女は戻っていった。

 料理が出来るまでの間、暇な俺達の話題は、自然と宴会を繰り広げているファミリアの内容へと移っていく。

 

「あの道化師のエンブレムは、間違いなくロキ・ファミリアの証よ。フレイヤ・ファミリアと並ぶ、攻略系で最高位のファミリアね」

「道理であんな実力者ばかりだってことか。誰も彼もが力の限界が見えん」

「少なくともレベル2以上、だからでしょうね。ランクアップは体のみならず、魂――眷属の器そのものを昇華させる。神々(わたしたち)に一歩近づくという事なの。例えば、基礎アビリティ上の数値で少し負けていたとしても、レベルを一つ上回っていれば相手を汗一つかかずに屈服させることが出来る。こう言えば分かってくれるかしら」

「……そりゃ、読めるわけないハズだよなぁ」

 

 思っていた以上に、俺と彼らの戦力差はハッキリとしているらしい。

 確か、オラリオの中ではレベル2以上の者が上級冒険者と呼称され、ダンジョン中層以降の攻略を許されるのだったか。しかしその上級冒険者も数多くいる冒険者の中のほんの一握りだけであり、その他大勢の下級冒険者がランクアップのために未だもがき続けている。

 ……オラリオに来たばかりの俺がレベル二へと昇華できるのは、一体何時になる事やら。

 

「ちなみに先ほど貴方が目を付けていた彼女、“剣姫”アイズ・ヴァレンシュタインだけれど。彼女は確か今、レベル3だったはずよ。そして、現在のレベル2への世界最速姫(レコードホルダー)でもあったかしら」

「へぇ、それで大体、どれくらいなんだ?」

「約一年くらいだったと思うわ」

「一年、か……」

 

 つまりは約十二ヶ月。気の遠くなるようなならないような長さだ。

 

「付け加えて言えば、大体私がここに来た頃、つまりは四年前のことなのだけれど。ある一つの噂がオラリオを駆け巡ったの。“僅か八歳の少女が、レベル2にランクアップした”と、ね」

「それがその剣姫だと?」

「えぇ。その頃から自身の器を昇華させるような戦いを生き残っているような才能の持ち主なのよ、彼女はね。だから比べちゃダメよ?」

 

 彼女は俺の心を見透かすかのように、忠告する。

 

「彼女には彼女、君には君のペースがあるのだから。一年なんて、考えなくても良い。二年三年掛かっても良いから、ゆっくりと鍛え上げて行きなさいな」

 

 ……その言葉に、俺は即座には返事出来なかった。

 死と隣り合わせの危険性ではあるが、ランクアップへの近道。

 最低限の危険はあるものの、ある程度保障された長い道のり。

 意識せず、その二つを心の中で天秤に掛けていた。

 

「……一応、考えておくかね」

「一瞬迷ったかと思えば、なんでその返事を返すことになるの?普通そこは『はい神様、そうしておきます』とか、『腰を据えて頑張ります』とかでしょうに」

「どうせ破ることになるだろうからな、これでも歯に衣着せたつもりなんだが」

「それを言っちゃったら何もかもお終いよ、カタナ君……」

 

 しかしそんな返事をある程度は予測していたのだろうか、これ以上深く言うつもりはなかったらしい。

 彼女も仕方無いわね、と水を軽く飲む。

 

「まあ、結局生きて戻ってきてさえくれれば何の問題もないのだし、言って聞かないのならもう良いわよ。今回も一応は戻ってきてくれたことだものね。酷い重症も抱えて、だけど。――あぁ。そういえば、まだ言ってなかったわね」

 

 彼女は何かを思い出したかのように、コップを机の上に置き、改めて俺の方へと顔を合わせる。

 

「先に説教臭いことを言っちゃったからアレだけど……。いえ、下げて上げると考えればこっちの方が良かったのかしら」

「言いたいことがあるんなら早くしてくれ」

「もう、そう催促しないでくれないかしら。雰囲気が台無しになっちゃうじゃない」

 

 コホン、と息を整える。

 

「――カタナ君。色々あったけれども、とにかくダンジョン攻略初日、お疲れ様でした」

「……ああ」

 

 微笑みと共に優しさを感じさせるその声は、『ダンジョンから帰ってきた』と言うことを改めて感じさせる、安らぎを与えてくれたような――そんな気がした。

 俺の生きて帰ったことに対する、暖かさの篭もった女神の笑顔。

 “美”の神であることを再確認させるその表情は、危うく俺の剣一色に染まったはずの心が染め直されていくかのような感触を得てしまうほどだった。きっと普通であれば、この顔一つで彼女に心酔してしまうのだろう。

 

「はいはい、ご注文のメニューだニャ!」

 

 そんなこちらの空間に割り込むように、先ほどのウェイトレスが山盛りとなった料理の皿を次々とテーブルの上に運んでくる。

 俺の前には注文通り大量の肉料理が運ばれ、作りたて特有の暖かな湯気が香りと共に鼻腔をくすぐる。今更ながら、緊張の連続だった戦闘のお陰で体の底から空腹感が押し寄せてくる。

 俺の様子に彼女はまた微笑みながら、近くにあったフォークを差しだす。

 

「さぁ、ご飯にしましょうか。次の冒険のためにもね」

 

 そして俺は、早速目の前の料理を口に運び始める。

 喰らうといった表現が似合うように次から次へと料理を腹の中に収めていく俺の様子を見ながら、彼女はずっと微笑んでいたのだった。

 

 




 アイズさんの実際の所は、現十六歳でレベル6。
 具体的にレベル三で何歳だったのかは書かれて今千でしたが、八歳でレベル2だったのなら、今くらいなら大体レベル3くらいかなと考えた次第です。

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