ダンジョンに裸で潜るのは間違っているだろうか   作:白桜 いろは

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第五閃 徘徊する戦影

 

 美の女神らしく服を物色していた彼女と合流した俺は、昼食を取るために再度“豊穣の女主人”へと足を運んでいた。例の冒険者から頂いたのとコボルトを倒した分でそれなりに金があったので、まぁまぁ腹に溜まる食事をすることが出来た。

 午後からの探索のために腹八分に抑え、パスタ五人前で占めて一五〇〇ヴァリス。ミアさんは「冒険者ならそれくらい食べないとね!」と笑っていたものの、目の前にいた神様はその量に軽く目を見張っていた。

 食事中にはオラリオでの冒険者の常識について聞いたり、またこちらがここに来る前にどこで何をしていたかを語ったりしつつ、互いを知るための情報交換を行っていた。そこで知ったのだが、俺がこれから潜る予定であるダンジョン第六層は本来ならばまだ要求ステイタスを満たしていない場所なんだとか。初心者の攻略はかなり厳しい所らしい。

 ……そういうところを平然と勧めてくるあの受付嬢は一体何だったのだろうか。

 それはともかくとして、食事を済ませた俺達は現在店二階の一室をまた借りてステイタスの更新を行っていた。背を上にして寝っ転がった俺の上に馬乗りになった神様が、午前中にコボルトを倒した分の経験をステイタスへと反映する。

 そんなステイタスの更新は普通なら一日の終わりに纏めて行うものだ。しかし、午後に一気に第六層まで降りることを考えるとやっておいて損はないと彼女に勧められ、その結果、中途半端なこの時間に更新をすることになったのだった。

 

「じゃ、始めるわね。えいっ」

 

 彼女は指に針を突き刺し、血の滲んできた腹で俺の背の紋章を軽くなぞる。

 途端、そこに刻まれた薔薇の紋章が光を放ち、複雑な神聖文字(ヒエログリフ)の列を空中へ投影し始める。そこに刻まれているのは俺が今までに歩んできた軌跡。彼女はその中身をさっと眺めてから、血が滴るままの指で色々と弄り始める。

 彼女が手を加えているのはステイタスの数値。神の恩恵の一端として、彼らは眷属の歩んできた歴史を直接強さへと反映させることが出来る。彼女曰く、“短時間でのコボルト大量撃破”という実績は冒険者の血肉になるのに十分な可能性を秘めているらしい。それで少しでも数値を上げられれば、とのことだ。

 

「コボルド二十二体分の経験値(エクセリア)。普通だったらそれなりにステイタスに反映されるはず。……けれど、さっきの話を聞いて後だったら、貴方の場合はそんなに上がらない可能性もあるみたいなのよね」

「確かに、狩り慣れてる奴らだったからなぁ。その分経験値が低いってのは分からんでもないぜ」

「それでも少しくらいは上がると思うのだけれど……」

 

 カチャカチャと音を立てながら彼女の血が俺の経験値を記録の中から引きずり出し、ステイタスへと還元していく。

 浮かび上がる文字列を眺めつつ、彼女はその内容を読み取りながら小さく呟いた。

 

「貴方さっき、戦ってる最中に少しも手応えを感じたりしなかったって言ってたわよね?」

「ああ。普通にサクサクと狩ってたぜ」

「記録にもそんな風に乗っているし、なるほど……だったら尚更上がらない可能性が高くなってくるわね。経験値はあくまで本人が苦労した経験が反映されるのだし、サクサク狩ってたなんて思ってたらステイタスが上昇しないのは当たり前。つまりは余計なお世話、になっちゃうかもね」

「食後の休憩には丁度良いし、別に時間の無駄になったりはしてないが」

「それはどうも。……はい、終わったわ」

 

 背の光がうっすらと消えていき、恩恵が元の通りに紋章の中に収まる。……これで少なからず強化されたらしいのだが、全然実感が湧かないな。

 

「それじゃあ一旦退くわね」

 

 彼女は俺の上から飛び降り、近くの机に置いてあったペンを取って紙にステイタスの内容を写し始める。そもそも神聖文字は普通は読めず、背に書いてあるものだから尚更読み取りづらい。故に彼女は、俺に分かりやすいように共通語(コイネー)にそれを翻訳してくれているのだ。

 彼女がステイタスを書いていくその背を見つめながら、俺は近くに脱ぎ捨ててあったシャツに体を通す。

 ペンをカリカリと走らせながら、彼女がふと呟いた。

 

「それにしても、よくこんなステイタスでモンスターと戦えるわね……。貴方のこれ、余裕で勝てるってほどの数値でもないのに。私の憶えている限りじゃ、コボルトを余裕で倒せるなんて数値はもう少し高かったはずなのだけれど」

「そう言われてもな……俺には何も分からないぜ?」

 

 かつて中堅ファミリアを率いた彼女がそう語るのだから、実際の所俺の数値が足りていないのは間違いではないのだろう。しかしそんな数値の差を埋めるものに心当たりはない。

 強いて言うならステイタス強化系の《スキル》、なのだろうが……。

 

「何かスキルが有るわけでもないし、不思議よね……。本当に心当たりはないのかしら?」

「強いて言うなら慣れてるから、って所かな。何回も倒したお陰で動きに習熟している、みたいな感じか」

「そう?だったら第六層まで降りるのは危険だと思うのだけれど。ウォーシャドウとは闘った事がないのでしょう?数値が足りてないのは明らかだし、考え直した方が良いんじゃないかしら」

「でも一層じゃ物足りないしなぁ。せっかく余裕があるんだから、稼げるギリギリの所まで行った方が良いだろ」

 

 でも、と彼女は不満そうに唸る。

 確かに今は彼女の眷属は俺だけなのだ。調子に乗って死んでしまいました、なんて話は洒落でもお断りだろう。

 

「……ま、途中の階層で出会うモンスターに少しでも手間取ったりしたら素直にそこで引き返す。そういう風に決めておけば、問題無いだろうさ」

「それもそう、ね。こんなのは初めてだから良く分からないのだけれど、実際、貴方のステイタスを上げるにも今のままじゃ足りないみたいだし。――それに、冒険をするから冒険者と言うのでしょうしね」

 

 振り返った彼女が俺に見えるようにステイタスを書き起こした紙を見せてくる。

 そこには俺の名前とレベル、加えて基本アビリティ五項目が記載されていた。

 

「でも、少しでも危ないと思ったらすぐに引き返してくるのよ。朝の分だけで一日の稼ぎとしては十分なのだから」

「分かってるって。で、これが俺のステイタスか……」

 

 カタナ・アルマドゥーエ

 Lv.1

 力:I20→I20

 耐久:I15→I15

 器用:I20→I20

 敏捷:I15→I16

 魔力:I5→I5

 魔法、スキル共に無し。

 

 ――敏捷が一しか上がっていないのだが。

 やはりコボルト相手では経験値の上昇には不足していると言うことらしい。

 溜息をつきながらベッドの上に座り込むと、その横に彼女がやってきて横から紙を覗き込んでくる。彼女の方が身長が低いせいで、俺の顔の下に彼女の頭が入ってくる形になる。……長い金髪が邪魔で紙が見えない。

 

「一日目なのだから、ステイタスもこんなものでしょうね。一応、普通の冒険者の成り立てとそう変わりはないわ」

「特徴は強いて言うなら、力と器用だけがちょっと高いくらいなんだよなぁ……。魔力は、まぁ……魔法なんて使えないし今は関係無いか」

「そうね。魔法なんて無くても戦える人は戦えるし、そう深く考えることじゃないわ。ちなみに後天的に覚えるには魔導書(グリモア)が必要なのだけれど、あれって第一級武装くらいの値段がするのよね……」

 

 彼女は遠い目をしながらそう呟いた。

 

「じゃあ今考えることでもなさそうだな。金に余裕が生まれたときにでも、改めて考えることにするか」

「まだ迷宮初心者なのに、よくそこまで行ける気になれるわね……。レベル二に上がるまでには最短で一年。そこから第一級武装を買えるほどのお金を稼ぐ一級冒険者になるまでは、普通に数年かかるのよ?それに他の眷属が居ない現状、貴方はソロで潜らなければならない。尚更のこと、時間が掛かるわ」

「それでもいずれはそこまで行かなきゃ、俺の目的だって叶わないだろ?」

「それもそうだけれど……」

「だったらそれくらいの気構えでいたっても問題無いんじゃないか?」

「夢は大きく、って奴かしら……まぁ、そう焦らずに気長に頑張って行きましょう。余りに急ぎすぎれば命を落とす危険性だって有るのだし。今は貴方しか居ないんだから、簡単に死んで貰ったら困るわ」

「はいはい、引き際は心得てるっての。死んだら元も子もないからな」

 

 紙を彼女に渡し、立ち上がった俺は壁に立てかけておいた剣を取る。鞘代わりの布の一部に吊すための紐を取り付け、腰のベルトに下げ直す。

 手を離すと同時に一部からギシギシと音が鳴る。どうやら剣の重量を受けてか、自重で布が若干破けそうになっているようだ。

 

「あー、そういえばコイツの鞘も要るな。せっかく手に入れた金も有ることだし、行く前に安物でも良いから作っておいた方がいいみたいだな」

「……そう言えば貴方、ここに来たときに全財産をはたいてそれを買ったって言ってたわよね。もしかしたらコボルド相手に戦えたのって、その剣の性能だったりするんじゃ……」

 

 俺はそんな彼女の問いをし、首を振って否定する。

 

「いや、コイツは確かに強いけどさ。別にそこまで特出した性能ってほどでもないぜ?切れ味だって普通の剣と変わらないし。強いて言うなら圧縮鋼鉄だから結構重いってことくらいだけど、小型モンスター相手だったらそこはむしろマイナス要素だぜ?」

「そうだったの?」

「ああ。というかそんな事も知らなかったのかよ」

「し、仕方無いじゃない……前はこんな風に話したこともなかったのよ」

 

 ……呆れた目をむける俺に、彼女は気まずそうに目を背けた。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。俺は同じく腰に取り付けたポーチから中身を取りだし、鞘に必要そうな分の金だけを取って残りを彼女に渡す。冒険者三人の所持金と魔石を換金した分を合わせるだけで、結構ずっしりとくるものがある。

 それを受け取った彼女は不思議そうな顔をしながら袋と俺の顔を交互に見比べる。

 

「これは?」

「宿代だよ。どうせ神様は暇だろうし、だったら先に部屋を取っておいてくれよ。それに、一々それだけの金を迷宮に持っていくのも面倒だし、ひとまず管理は神様に任せておくさ。飯代くらいは一日で稼げるし、下手に無駄遣いさえしなければいくつか衣類とか揃えておいても良いぜ?神様と言っても女性だからな、身だしなみには気を付けておきたいだろ」

「ふふっ、そう言うのなら大切に使わせて貰うとするわ。それじゃあそうね……日の入りくらいに、ここでまた落ち合いましょう。夕ご飯を食べてから、部屋に向かうってことでいいわね?」

「分かった」

「じゃあ、ダンジョン攻略頑張ってきてね。決して無理はしないように」

 

 そう言って俺は彼女より一足先に外へとでる。

 そしてまずは鞘を造りに、バベルのヘファイストス・ファミリアへと向かうのだった。

 

 ■

 

 カタナに渡された朝の稼ぎを机に置いたアフロディーテは、午後の冒険に向かう彼を見送ってからごろりとベッドの上に寝転んだ。ステイタスの更新のために借りたとはいえ、もう少しくらいならゆっくりしていったって構わないだろう。

 彼女は天井の木目を見つめながら、先ほど書き留めた彼のステイタスの内容を思い浮かべる。

 

「それにしても、不思議ねぇ……」

 

 あのステイタスはそれこそ本当に、一般人より少し上というだけしかない。アフロディーテが以前のファミリアで刻んできたメンバーの数値と比べても、平均より僅かに上と言った所だろう。

 それで一層を余裕だと言い切る原因は、外で剣の扱い方を予め覚えていたからか。彼の剣の腕は、食事中に聞いた話では迷宮外で弱体化しているとはいえコボルトの巣を単身で潰せるほどらしい。

 しかし、幾らそうとはいえ……平均17くらいのステイタスで攻略出来るほど、迷宮は甘くはない。例え第一層のモンスターと言っても、恩恵の無い大人一人くらいなら簡単に殺してみせる。

 それにあの剣。単純に考えて数値的に持てるような重さではなかった。そもそも切っ先から柄に掛けて鋼鉄製なのだから、非常に重い。きっと、単なる技量だけで振り回せるものではない。

 だとすれば、残る可能性はあと一つ。

 

 今の数値で本当に、モンスターを圧倒してみせるほどの実力があるということか。

 

「数値の最大値は個人の成長できる限界を意味する……なれば」

 

 低い数値でこれほどの技量を発揮する彼は、そもそものスペックが高い……そういうこと、なのかもしれない。

 そんな彼が、もしこの先に成長を見せたなら――。

 

「それはそれで、楽しみね」

 

 引き入れた最後の希望は、どうやらただの少年ではないのかもしれない。

 そんなことを考えながら、アフロディーテは一人笑うのだった。

 

 ■

 

 バベルで安物の木製鞘を手に入れ、早速俺は迷宮第五層まで降りてきていた。

 素材は迷宮の武器庫(ランドフォーム)産の木斧、その折れた柄の部分。後は精々棍棒程度にしか再利用できないであろうもの。それに職人が手を加えて作り上げた一品だ。安物と言うことでそこまで丁寧には仕上げられていないのだが、それが逆に素材の自然味を生かしているとも言える。

 ちなみにお値段は二千ヴァリス。お手頃で助かった。

 

「ふっ!」

『ギギャッ――ガッ!』

 

 紫色の毒々しい色をしたカエル型モンスター、その伸ばしてきた舌を斬り落とす。続いて距離を詰め、本体の脳天にドスッと剣を突き立てる。

 魔石を貫かれたモンスターが体を粒子状にして散らし、戦闘が終了する。

 

「……よし。ここまでは問題はなさそうだな」

 

 剣を鞘に戻し、ようやく見つけた下層へと続く階段に目を移す。

 迷宮探索を始めて二時間近くが経過している。ここに来るまでに優に十体近くのモンスターを倒してきたのだが、一応苦労したりはしなかった。コボルトは例の如く瞬殺として、蜥蜴っぽい見た目のモンスターは顔を縦半分に割って脳漿を撒き散らしたし、犬型モンスターは軽く一閃するだけで体が真っ二つになって死んでしまった。

 何匹かは魔石を砕いてしまったものの、既に鞘の分を埋めるのに十分な魔石の欠片は手に入れている。いざ第六層でしくじったとしても、即座に地上に戻っても問題は無い。

 

「んじゃ、そろそろ第六層に降りるとしますかね」

 

 改めて気分を引き締めてから、俺は次層へと続く階段を下りていく。他の冒険者も見かけられるし、余りの軽装にちらちらとこちらを見てくるが、誰も変に関わってこようとはしない。

 ここまで来るともう死のうが生きようが自分の責任、ということなのだろう。

 そのさっぱりとした空気が、逆に今の俺には楽だった。

 何しろ今の俺は、この先に待つウォーシャドウとの戦闘だけを心待ちにしている状態だ。今まで手応えがなかった分そこに寄せる期待は大きい。そんな戦意の燻っている時に今朝みたいな奴らに変に絡まれると、つい――相手が人間でも斬りたくなる。

 数分ほどして降り立った第六層の基本構造は、今までの層と大して変わりはなかった。

 しかし、何となくだが……雰囲気が重い。危険視されているウォーシャドウが初出現する所だからなのだろうか。

 

「ま、俺はそれだけを目的として降りてきてるんだけどなぁ……」

 

 そんな空気は知った事かと、俺は近くの通路を探索し始める。

 少しばかり奥へ進んだところで、全身が真っ黒に染まったモンスターが視界に入る。

 

『……』

 

 何も言葉を発さないまま、地面を滑るようにして通路を移動している。両腕の先には鋭く尖った三本の爪が伸びており、それがいかにも危険そうな雰囲気を醸し出している。ギルドで予め聞いていたとおりの特徴だ。

 つまりはあれが、ウォーシャドウ。

 ――さて、どうするか。

 幸いにもまだ俺に気付いている様子はない。ゆらりゆらりと体を揺らしながら、静かに廊下を進んでいる。

 ――この隙に、まずは一撃加えてみるか。仮にも相手は上層でトップクラスのモンスターと言われている奴だ。あくまでお試しと言うことで、俺の一撃がどこまで通じるか計ってみる。

 そうと決めた俺は剣を抜き、気配を消して地面を蹴る。

 狙うは一撃でトドメを刺せるであろうウォーシャドウの細い首。相手の実力も分からないので、とにかく今出せる全力を最初から込め、助走の勢いと体重を最大に乗せて重刺突を放つ。

 

「――ハァッ!」

 

 全力のダッシュに加えて、今までの戦いでは放つ必要の無かった本気の閃き。

 それが相手の首元に吸い込まれるようにして突っ込んでいき――ギィンッ!

 突然振り返ったウォーシャドウの右腕の爪が鋼鉄の切っ先を受け止めた。

 

「ほぅ……っと!」

 

 続いて雷鳴の如く頭に走った警告音(アラート)

 本能が告げた警告に、咄嗟に攻撃をキャンセルしてバックステップ。勢いを反転させ、モンスターから距離を取る。

 それとほとんど同時に、残った腕を使った凶爪の一撃が放たれる。

 それが後一歩の差で、後ろに下がった俺の胸元を通り過ぎた。

 ――ちょっとばかり危なかったかな。

 後一歩で俺の体を二分していた一撃に、つい冷や汗が流れる。

 そんな俺の様子を知ってか知らないでか、モンスターの顔が完全に俺の方を向く。黒い全身の中に一つ、金属の丸盾を張り付けたかのような顔の部分が俺の目に入る。

 ダンジョンの光の加減のせいか、偶然にも、そこに映し出された影は口元で三日月の形になっている。それはまるで、不意打ちに失敗したこちらを嘲笑うかのようだ。

 

「……」

 

 まるで最初から気付いて居たかのようにすら感じられる表情に、舌打ちを一つ。

 というか実際にそうだったのだろう。でなければ背後からの一撃に爪を合わせる事なんて出来ないハズだ。

 

「結局はまともに戦うしかないってことか。……・まぁ、元々そうする予定だったし別に良いんだけどさ」

 

 それくらい出来るモンスターなら、丁度良い。これでようやく、俺も戦える(・・・)

 実力が拮抗している者同士でこそ戦いは成り立つ。片方が一方的に嬲るだけの雑魚相手では、狩猟にしかならない。だというのに、オラリオに来てからというものの、出会うモンスターのほとんどがそもそも一撃で終わっているのだ。五層までのモンスターも手応えはなかったし。

 その点で考えれば、目の前のこいつは良い相手になりそうだ。

 こちらの攻撃を察知出来る所からして、気配探知は相手の方が上。しかし先ほど刃を合わせた際には力に差はなかった。総じて考えれば、相手の方が若干ながら格上なのだろう。

 

 なら、きっとコイツはステイタスを上げるには好都合な相手に違いない。

 改めて剣を構え直す……と、少しばかり胸元に涼しい風を感じる。そちらに目を向けると、先ほどの一撃が原因だろうか、服が裂けて肌が露出していた。前言撤回。どうやら速度も相手の方が上らしい。

 

「……そうだよ。これくらいやってくれないと、剣の錆にすらならないもんなぁ」

 

 そんな相手に対し、俺は口の端を吊り上げながら柄を握り直した。より強く、次こそはこの剣でもって相手の爪を払えるように。

 

「んじゃ、改めて――行くぜ!」

 

 随分と久しぶりな戦いの高揚感に全身が包まれるのを感じながら、俺は勢いよく脚に込めた力を爆発させた。

 

 

 


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