ダンジョンに裸で潜るのは間違っているだろうか   作:白桜 いろは

5 / 11
第四閃 迷宮の第一層にて

 

 “豊穣の女主人”を出てからの俺の行動は早いものだった。

 店先で神様と別れた後にその足でギルドへと赴いて、先日の受付嬢に恩恵を受けたことを報告。

 ――え、あんな姿で登録出来るファミリアなんてあったんですか?

 彼女は信じられないような眼で何処のファミリアに所属したのか聞いてきたが、恩恵を受け取った以上は登録に問題は無い。手続きの書類を書く際にもしつこくファミリアの名称を聞いてきたのだが、昨日恩恵の無いことを理由に断られた俺は意趣返しで敢えて何も話さなかった。

 別に冒険者が公表する必要が有るのは本人の名前とレベルだけなので、ファミリアの名は必要ない。それでも大抵の人間はファミリアの名を上げるために自身が何処に所属しているのかを明らかにしている。

 しかし俺の場合はファミリアの名前が逆に足を引っ張る恐れすらある。何しろつい最近崩壊した所だ。今も耳を澄ませば時折その名が聞こえてくるし、内容も大抵碌でも無い話ばかりだ。公表すれば一騒ぎになることは間違いない。

 結局最後まで誤魔化し通して冒険者登録を済ませた俺は、その後少しのやり取りを経た後に、早速迷宮の入り口の存在する超高層の白塔“バベル”、その地下一階へと赴いていた。

 迷宮の入り口は一見単なる大広間であり、そこから徐々に奥へと進んで行く仕組みになっている。階層間の移動手段は主に階段であり、それを利用して進んでいく。時折層の間で縦穴が開いており、そこから運良く行けるケースもあるようだが、今回は一層がメインなのでまず使う事はないだろう。

 

「さて、それじゃあ今から初迷宮と洒落込むわけだが。それにしても、これは無いよなぁ……」

 

 第一層へと足を踏み入れる前に見直した自身の武装は、お世辞にも冒険者とは言い難いものだ。冒険者舐めてんのか、と言われても文句は言えないほどの軽装。

 まずは腰に下げたロングソード、これは問題無い。むしろ駆け出しには身に余る剣だが、それはさておいて。続いて一本の回復薬の入った魔石収納袋を兼ねるポーチ。コレもまだ普通だ。

 しかし残りの装備はと言えば、単なる黒のシャツとズボン。負荷効果も掛かっていない、バーゲンセールで売っている程度の服。そもそも冒険を想定して作られたものですらなく、どう考えても冒険などする気のない奴の服装である。

 

「あの受付嬢には“何考えてるんですか”なんて言われたが、別に村にいたときもこんな感じだったし問題は無いんだが」

 

 少なくとも一、二層程度のモンスターならばまず問題ないだろう。多分。

 実際そこらのメインモンスターのコボルトは狩り慣れた相手だ。奴らの巣を潰しに行った時と同じ要領で攻略すれば、これだけでも十分なハズ。

 しかしそれを知る訳もない彼女は俺の話を一笑に付した挙げ句、“回復薬の一本も持たない馬鹿に降りる許可は有りません。私の権限で攻略禁止にしますよ”などと言ってくれた。金がないと言っても聞く耳持たず、“だったらそのコート、売ればいいじゃないですか”と無理矢理買わされる羽目になった。

 そもそも回復手段(ポーション)を得るために防御手段(コート)を捨てるのが間違っている、そうと思うのは俺だけだろうか。ともかくそこだけは譲られなかったので、仕方なしにコートを犠牲としてポーションを買ったのだった。

 

「ったく、別の人に声を掛ければ良かったのかね……もしくは登録を済ませたらさっさと逃げれば良かったのか?」

 

 頭の中に受付嬢の顔を思い出しながら悪態をつく。

 個人的には正直不要だというのに。ホント、余計なお世話を焼いてくれる。そんなことを思いながら歩いて行くと、第一層へ踏み込む前から多くの視線がこちらに向けられてくる。やはり軽装の少年がたった一人で、かつ剣一本でダンジョンに潜ってれば誰だって違和感があるのだろう。

 周囲を見ていればほとんどの冒険者が最低でも革製の鎧を着て、二人以上のグループを組んでいる。そんな彼らからしたら、こちらはダンジョンを舐めきった新人にしか見えないのだろう。実際その通りなのだが。

 しかしそんな視線に一々答えていてもキリがないので、全て無視しながら俺は足早に第一層の方へと進む足を速める。

 

「なぁ、そこの小僧」

 

 さてさて、とりあえず今回の目標は何体にしようかね。一応、受付嬢には三体くらい倒したら一旦戻ってきなさいと言われている。だが、それでは食前酒を飲んだだけで帰るようなものだ。食欲を刺激しただけで帰るなんて、そんなことが出来るわけがない。

 最低十体……いや、二十は欲しいかな。

 外での戦い方が迷宮内でも通じるかどうか試しておきたいし、平均を取るにはそれくらいは狩っておきたい。

 

「オイそこの新人(ルーキー)、無視するんじゃねぇよ」

 

 肩が掴まれると同時に、強制的に後ろを向かされる。

 それによって俺は先ほどから声を掛けてきていた相手と顔を合わせることになった。……せっかく、なんか面倒事の予感がしたから無視していたのにな。無理矢理振り向かされたら嫌でも互いの顔を見なきゃならなくなる。

 俺はさっさと離れるためにも、不機嫌さを表に出しながら顔を向ける。そんなあからさまな新人の態度が気にくわなかったのだろう、目の前に立っていた三人の男達は怒りを露わにしながらこちらに話かけてきた。

 

「何か用かおっさん達?こっちはあんまり暇じゃないんだが」

「は、なんだよその態度は。てめぇ見たところ新人見てぇけどよ、先輩に対してそんな態度でダンジョンに潜るってのか?」

「そうだよ。文句あんのかコラ」

 

 完全に見下してきた相手に対し、敢えてこちらからも喧嘩を売るように答える。

 それが相手の逆鱗に触れたのか、相手の男は額に十字の血管を浮かべた後、腰に差していた剣に手を掛ける。しかしそれより一足早く、俺が男の首筋にヒタリと冷たい感触を添えていた。

 

「鞘から一ミリでも刃を見せてみろ、その首飛ばすぞ」

 

 その正体はこちらが一足先に抜いた長剣。巻いておいた布を解き、その切っ先を相手の首に軽く押し当てている。未だ柄に手をかけただけの相手とこちら、どちらが有利かは馬鹿でも分かる。

 そんなこちらの様子に、背後にいた残り二人も咄嗟に剣を抜こうとするが――。

 

「「っ!?」」

 

 少し眼を動かして殺気を放つ。――こいつを()ったら次はお前らの番だぞ、と。

 相手が人だろうと遠慮しない、そんな俺の雰囲気を悟ったのか、奴らはすぐに柄から手を離した。もし少しでも刃を見せたのであれば、その瞬間目の前のコイツの首を落とし、剣を抜ききってしまう前に速攻で彼らの首も刎ねてしまう心算だった。

 相手はいくら先輩と言っても、新人にちょっかいを駆けてくるくらいならどうせ大したステイタスでもあるまい。レベルも1だろうし、今の俺でも殺せるハズだ。

 

「……で?」

「え、いや、こっちは剣から手を離したんだぜ?だから、そのアニキに向けた剣、下ろせよ……いや、下ろしてくだ、さい……」

 

 どうやら相手は、不戦の意志を表せばそれで済むと思っているらしい。

 しかし俺はそれだけで終わらせるつもりはない。

 

「いやいや、こっちは襲われかけたんだぜ?やっぱり止めた、ってだけで見逃すわけねぇだろうが」

「え?」

「相応の誠意って奴を見せろよオイ。目の前のこいつの命が掛かってるんだ、最低でも財布くらいは置いていって貰わないと、俺が割に合わないってのは分かるよな?」

「い、いや、それは……」

 

 言外に有り金全部置いてけと問いかけた俺に、相手二人は互いに顔を見合わせて眼をパチクリとさせる。

 しかし考える暇なんて与える気は無い。騒ぎが大きくなる前に話を終わらせたい俺は追い打ちを掛ける。

 

「へー、躊躇うのか?仲間の命が掛かってるってのに、それと懐の様子を天秤に掛ける余裕があるなんてなぁ。最低だな、アンタのお仲間さんは」

「っていうか、ふ、ふざけてんじゃねぇぞ!そんなのギルドが許すわけが――」

「んな戯言言う前にさっさと有り金全部寄越せよ。それとも、なんだ?それは渡す気が無いって意思表示と受け取っても構わないのか?」

「あ、ま、待ってくれ!分かった分かった、全部渡すから!……ホラよ!」

 

 男達が全員、身につけていた財布を俺の近くへと放り投げる。ドサッという音からするに、それなりの金を持っていたようだ。

 

「よし、だったら良いだろ。最初からそうしてれば良かったんだよ、全く……。次からは格を見抜いてちょっかいをかけるようにしろよ。それじゃあな」

 

 剣をゆっくりと離し、俺は固まっていた三人に切っ先を向けたまま距離を取りつつ片方の手で地面の財布を拾っていく。全て集め終わってから剣に布をまき直し、再度腰に吊り下げて、俺はようやく元の方向へと振り向いた。

 そうして再度迷宮の奥へ向かおうとしたのだが――。

 

「く……ふざけてんじゃねぇ!」

 

 今のやり取りで相手は彼我の実力を理解できなかったのか、それとも見るからに年下であるこちらに気落とされたことに苛立ったのか。先ほどまで剣を当てられていたその男は、俺が後ろを向いて歩き出した途端に剣を抜いて襲いかかってきた。

 

 ――なんというか、予想通り過ぎて笑ってしまいそうだ。

 

「死ね馬鹿」

 

 振り返りざまに勢いをつけ、人差し指と中指を突きだす。その二指は狙ったとおり綺麗なカウンターとして、剣を振りかぶった男の両目に突き刺さった。

 

「ぎゃあああああああ!!」

 

 所謂――目潰し。普通どんな人間でも眼や金的だけは鍛えようがないため、そこは金的と同じように弱点として数えられる。

 それも互いに交差する形でやられてしまっては……失明する危険性だって有るかもしれない。恐らくあの男には、雷に灼かれたかのような激痛が走ってるんだろうな。

 きっと攻撃を受けるなんて想像もしていなかったんだろう。男は激痛に剣を取り落とし、眼を押さえながら芋虫のように床を転げ回る。

 

「ちょ、あ、アニキィィィィィッ!」

「大丈夫っすか!?くっ、アイツ、なんてえげつねぇ……っ」

 

 むしろ剣を突き刺さなかっただけありがたく思って欲しいものだ。

 ともかく俺は今度こそ、そんな馬鹿一名の悲鳴を背にしながら、ダンジョンの第一層へと足を踏み入れるのだった。

 ……ああいう奴は新人に脅されたなんて不名誉なことは口が裂けても言えないだろうし、ギルドに報告が行く心配もないっと。これだけあれば、数日分の宿代にはなるかなぁ。いやー、思わぬ稼ぎが手に入って良かった良かった。

 

 ■

 

「おらよ、っと」

「グギッ!?」

 

 突きだした長剣の切っ先がコボルトの首を穿つ。それを受けて首と体がサヨナラした個体を尻目に、今度は左から迫ってきていた奴をそのまま切り払う。両腕の爪で防御の姿勢をみせたコボルトだったが、俺はその上から無理矢理力を掛けて胴体を薙ぎ絶命させる。

 そいつらの死体から魔石の欠片を剥ぎ取ってポーチに放り込み、次なる敵を探してまたダンジョンの奥へと進んでいく。

 さて、あの冒険者との一騒ぎを終えてから既に十を越える個体を潰したのだが……。

 

「なんか、全ッ然、もの足りねぇー……」

 

 元から狩り慣れていたせいか、俺は全く消耗していない。奴らの爪が掠ったりすることは一切ないし、全て一太刀で切り伏せている。

 迷宮内ということで少しは苦労するかもと思っていたが、その期待は綺麗に裏切られた。むしろ暗く狭い洞窟なんかで巣を作り、その中で十、二十くらいに繁殖している外の奴らの方がまだ手応えがあった。迷宮では精々多くても五体くらい、それも結構開けた場所での戦闘だ。やりがいがない。

 こんなのを幾ら斬った所で、俺の求める剣には到底届かない。

 

「あー、せめてモンスターを誘き寄せる餌とかあれば良かったんだけどな……」

 

 そもそも第一層にそこまでの価値を求めていたことが間違いなのか。

 そんな事を考えながら、俺は襲ってくるモンスターを着々と沈めていった。

 時折落ちるドロップアイテムなんかもついでとばかりに拾いながら、俺は探索を続けて行く。危険も何も感じられないので、非常に味気ない。もはや作業と呼んでも差し支えないだろう。

 

「お、あっちに二、三体はいるな」

 

 迷宮外のモンスターは主に、森や洞窟と言った所に存在する。そこでは奴らも木や岩の陰と言った場所に隠れたりするので、視覚だけでは奴らを補足しきれない。

 もし死角から攻撃を受けたりしたら、当たり所が悪ければ死ぬ。

 そんな中で生きてきた以上、自然と俺の視覚以外の五感も上がってきている。木々の梢の中に潜む不自然な音を捉えるために発達した聴覚が、迷宮内をペタペタと歩く奴らの足音を捉えた。

 

「つまらんなぁ……。アイツラを狩ったら、もういっその事、第二層に降りることも考えてようかね。いや、もういっその事五階層くらいまで降りても構わないか?」

 

 そんなことを呟きながら、俺は奴らの居る方向へと足を向けた。

 少し先の角を曲がったところで、三体が揃って歩く姿が視界に入る。奴らはまだ俺に気付いておらず、こちらに背を向けて歩いている。

 

「――ほっ、と」

 

 その内の一体に狙いを定め、構えた剣を投擲。軽くその頭を貫通し、その個体は即死する。突然の仲間の死に残った二体が慌てて戦闘態勢を取る。その隙に距離を詰めて、その細い首を一息に蹴り飛ばす。

 奴らの首は軽くへし折れてしまい、あっけなく死んでしまう。……剣を使う必要性すらないじゃねぇか。

 

「ホント手応えがなさ過ぎてつまらんなぁ……」

 

 そいつらからも魔石の欠片を剥ぎ取り、俺はそろそろ第二層へと向かおうかと考える。

 ――いや、けれども、下手に調子にのって余り奥深くまで潜っていくと夜までに帰れなくなる恐れがあるな。しかし生憎、神様も俺も今は一文無し。俺は一人でダンジョンで寝ても問題無さそうなものだが、さすがに女性で在る彼女を町中で野宿させるのは問題が有るだろう。

 ……あ。

 それ以前に重要な事に一つ気が付いた。所持金がゼロってことは、飯も抜きになるわけだ。俺も飯を持ってきてない。

 二層以下に潜るにしても、一旦戻って飯を食ってからの方がよさそうだ。その時についでに彼女に宿代を渡せばいい。

 

「よし、一旦戻るか」

 

 宿と言っても、安い所で構わないだろう。幾ら神様でも、ベッドさえあれば十分なはずだ。それくらいなら今有る魔石の分でも事足りる。

 そう考えた俺は一旦探索を打ち切り、外へと戻る事を決めたのだった。

 

 ■

 

 ダンジョンの外へと出た俺は、早速ギルドの換金所を訪れていた。

 倒したコボルドの数は帰り道で遭遇した分も合わせて、計二十二体。言われていた数の優に七倍以上。忠告をまるっきり無視した形になるが、別に怪我はしていないから文句は言われないだろう。

 魔石の欠片を換金した結果は六千六百ヴァリス。どうやら一つ辺り三百ヴァリスってところか。一回の飯が五十ヴァリスで十分だってことを考えれば、まぁ稼ぎとしては上々な部類だろう。

 

「あら、新人さん。戻ってきてたの?」

 

 今日の午前中の結果に満足しながら頷いていると、そんな声を掛けられる。

 そちらの方へ振り向くと、そこには例の受付嬢が胸元に書類を抱えたまま立っていた。

 

「あ、……えと、アンナさん、だったか?」

「そうよ。というか少し前に話したばっかりじゃない。なんでもう名前を忘れてるのかしら」

「悪いな、大して気にも留めてなかったし。というか一々ギルドの職員の名前を憶える必要なんてないだろ、面倒臭い。で、そんな受付嬢サマがわざわざこんな一新人に声を掛けてきたのはなんででしょうかね?」

「なんだって良いじゃない、単なる安全確認よ」

 

 彼女はそんな風に語りながら、俺の手元を見る。

 

「それが今回の稼ぎ?なんかかなり稼いだみたいだけど」

「あぁ。コボルド二十二体分、占めて六千六百ヴァリスだ」

「……おかしいわね。私は三体で一旦切り上げて、って伝えたハズなんだけど。なんでその数倍の魔石の欠片を回収してきてるのかな?」

「悪いな、なんか偶然(・・)モンスターが俺に集中して寄ってきたみたいでさ。俺は三体で止めようとしたんだが、迫ってきた以上は仕方無く(・・・・)その場で倒すしかなかったんだよ。これは事故なんだ、事故。決して自分から奴らを捜し回ったりした結果じゃないからな。いやー、運が悪かったなぁー」

「……ふぅん」

 

 白々しくもあくまで事故と言う所を強調する俺。それに対し彼女は半眼になってジロジロと見ながら、最初っから疑ってかかってくる。見るからにこちらを信じてなさそうだ。まぁどう考えても胡散臭い説明だし、俺の方としても別に納得されることを求めてないからな。

 それでも何も言われないのは、一重にこちらが無傷であるが故だろう。これで爪が一掠りでもしていれば、きっとそこをグチグチと責められたに違いない。

 

「どう見ても嘘でしょうけど、まぁいいわ。その建前はともかくとして、ソロで午前中で二十二体倒したのは素直に賞賛させて貰うわ。というか普通は積極的に探したとしてもそんなに遭遇しないものなのだけれど」

「その辺りの常識は知らんが、そうなのかよ?」

「ええ。普通に探索してても、一時間で二、三体。多くて四体ね。それもソロじゃ四体は無理だから逃げるとして、三時間で成果が二十二匹なのは少し異常よ。……実はそんな呪い系のスキルでも持ってたりするのかしら」

「お生憎様、俺のスキル欄は空白でね。最もそんなスキルがあったとしたならば、是非欲しい所だけどな。その分多く稼げるし」

「……バーサク思考は冒険者には禁物よ、常識的にもね」

 

 そんな俺の思考に彼女は額に手を当て、呆れたように溜息を吐く。どうやら俺が言っても聞かない相手だと言うことを悟ったらしい。

 

「ちなみに聞くけれど、そんな暇だったのならなんで偶然(・・)二階層への階段を転がり落ちたりしなかったの?」

 

 もうどうでもいいわ、と半ば吹っ切れたような表情で彼女はそう聞いてきた。

 それに対し俺は、見れば分かるだろとでも言うように一言でその理由を説明する。

 

「ただ単に昼飯を忘れただけだが」

「なるほど、馬鹿なのね」

 

 口元に手を当ててクスリと笑う彼女。

 

「そもそも昼飯を買う金すら無かったのは知ってるだろうが。コートを売らせてまで無理矢理回復薬を買わせたくせに」

「あら、そうだったかしらね」

「惚けるんじゃねぇよコラ」

「そんな責められてもねぇ?私は単に職員として、ギルドのガイドに従っただけよ。文句を言われる筋合いは無いわ」

 

 ……そういって俺の神経を逆撫でするかの如く、彼女は笑いながら語る。

 なんか一々癪に障るなぁ、本当に。なんで昨日の俺は彼女に眼を付けてしまったのだろうか。こんな中身の奴だと分かっていたのなら話しかけなかったというのに。

 ウチの女神様も最初はこっちを騙すつもりだったらしいし、俺もそれを今朝になって知ったわけんだよなぁ。俺って実は女運が悪いのかもしれない。

 

「ともかく、そんなに物足りなかったのなら、そうね。試しに第六層まで一気に進んでみなさい。そこならきっとコボルド相手に無傷な貴方でも手応えを感じられるでしょう」

「六階層?」

「あそこには上層の中でも厄介な、新人殺しの筆頭たる“ウォーシャドウ”っていう影のモンスターが出るの。あれなら貴方でも少しくらい手応えを感じるでしょ。詳細を知りたければ、後でギルドの図鑑で調べなさいな」

「分かった。じゃあ飯食ったら、腹ごなしにでも行くとするわ。ありがとな受付嬢さんよ」

「ホントは安全マージンをキッチリ取って、ゆっくり攻略階層を下げていくんだけどね。どう見ても貴方は、口にしたとおりコボルトじゃ足りてないみたいだし。――あ、でも“ウォーシャドウ”相手に死にかけたからって文句は言わないでよね。私はあくまでちょっと(・・・・)口を滑らせちゃっただけなんだから」

「……コイツ」

 

 最後の一言は先ほどの意趣返しだろうか。それも中身は相当に悪質。ここまでの嫌らしい口ぶりと言い、髪に隠して俺だけにひっそりと見せる愉快そうな笑みと言い、碌でも無いことを考えているに違いない。

 多分コイツはいざとなったら――口先三寸で責任を全部俺に押しつけるつもりだろう。

 それに加えて、更に余計な一言を彼女は呟く。

 

「あぁ、そういえばさっき、眼から血を流しながら苦しそうに換金をしに来た中年獣人の冒険者が居たわね。終始新人の冒険者にやられたって呟いてたわ」

「……で?」

「さて、私の記憶が確かなら、ここ最近の新人は一人しかいないのよね。私の目の前に立ってる、どこぞの不貞不貞しい新人さんくらいしか。――彼らはギルドに訴えたりはしてなかったけど、知ってた?迷宮内で問題を起こした冒険者って、ブラックリストに載せられたりするの。さーて、そんな面倒な問題を起こすような馬鹿は一体誰だったのかしらねぇ?」

 

 彼女はつんつんとその人差し指で俺の鼻をつついてくる。

 ……明らかに俺だと分かって言ってるよな、コイツ。

 まぁハッキリと言われていない以上、俺としてもシラを切れば問題無いか。

 

「さぁ?いやぁ、珍しいこともあるもんですね。その不貞不貞しい輩ってのは一体、誰だったでしょうかね?俺も是非知りたいですよ」

「……ま、そうね。何か情報があったら、教えてくれると助かるわ」

「そうですね、俺の知っていることなら何時だって提供しますよ」

 

 うふふ、あっはっはと互いに笑う俺達。その間には異様な雰囲気が漂っている。

 何故か周囲に他の冒険者や職員の姿が見えなくなっているが、なんでだろうなぁ。

 

「ええ、期待せずに待ってるわ。ちなみに死にかけた時の対策を教えて上げましょうか」

「碌でもない事に違いないだろうが、一応聞いておいてやるよ。なんだ?」

「逃げに徹すれば死なないんじゃないかしら」

「対策でもなんでもないだろ、それは。……これ以上話してたらキリがなさそうだし、俺はもういい加減行くわ」

 

 俺は彼女との話を強引に打ち切り、神様が散策していると言っていた通りを目指してギルドを飛び出すのだった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。