ダンジョンに裸で潜るのは間違っているだろうか   作:白桜 いろは

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第一閃 白刃に魅入られた男

 

 ――ほら、持ってみな。

 

 ドサリ。そんな男の声と共に、腕に重みが加わった。

 少年は自身の腕に握られたそれの、鞘と柄を掴んで、一気にそれを引き抜く。そして、そちら自体にはもう用がないかの如く手を離し、布製の灰鞘をハラリと酒場の床に落とす。

 

 そんな彼の様子に気がつかないまま、男達は揃って酒を伴にして談笑を続け始めた。

 彼はその横で、渡された武器の真価である、鋼色の刃を食い入るように見つめていた。

 辛気くさくもどこか明るい酒場の灯りを受けて、刀身が鈍く光る。それは店の棚に並んでいるような新品が放つ初々しさ、一片の濁りもない処女の剣とはまた違う。幾たびの戦闘を経て、モンスターの血肉によって刻まれた時間の重み……目の前の彼らと同じ、熟練の冒険者が放つ威圧感と同じ強さをたたえている事が容易に読み取れる。

 それこそ、それらに命が宿っているかの如く。

 

 それが例え、齢三歳に満たぬ少年()の眼であっても。

 本来はただ命を奪うことに特化されたはずの白鋼の刃縁(エッジ)。誰もが本能的に死への恐怖を感じてしまうその光が――何故か、美しく見えた。

 母親が美味しいご飯を作ってくれる時にもっている包丁とはまた違う(・・)。同じ刃物で、同じく命を奪うことの出来るものであるはず、そう教わった。それでも何かが明らかに、異なるのだ。

 

 あの野菜を切り、肉を切り分けるただの道具なんかとは違う。

 冒険者達が命を賭けて振るい、生と死の境目を漂う歴史を積み重ねた相棒(パートナー)。その魅力は、武器の“凶器としての面”を知らぬ幼い少年に、“美術品としての面”を真っ先に植え付けた。

 

 結局その日、その酒場で働いていた一人のウェイトレスがその姿を見つけるまで。

 俺は何かに取り憑かれたかのように、その武器を見つめ続けていたという。

 

 そして、九年弱の月日が流れ――。

 

 ■

 

「……うし、こんなもんか」

 

 俺は自分が背負ったリュックサックの重みを確かに受け止めながら、村の出口に立っていた。

 今日は待ちに待った俺のオラリオへの出立日であり、暇な村人達全員に見送られながら出発することになっている。

 

「本当に迷宮都市(あそこ)に行くつもり、か?」

「ああ、もちろんさ。その為だけに今日まで頑張ってきたんだから」

 

 見送りに来てくれた知り合いのおばさんにそう告げる。彼女は俺の母親の妹であり、村で宿屋を経営している。それなりに儲かってはいるらしく、俺が武器を手に取ったのもそこでの話だ。

 

「そうだったな。まぁ、正直悲しくないと言えば嘘になる。ある意味一種の村の名物だったからな、お前は」

「俺は物か何かかよ……」

 

 ふふっ、と小さく笑いながらおばさんは俺の肩に手を乗せた。

 

「それでもお前が出て行くとなると、村の男達にもそろそろ勘を取り戻させねばならないな。そうだろう、お前達」

 

 そうして後ろを振り返った彼女に、同じく見送りに集まってきていた村の男衆が騒ぎ立てる。

 

「あー、言われなくても分かってるっての!」

「だから俺達はここ最近、ずっとコイツの修行に付き合ってやってたんだよ!知ってるだろ!?」

「付き合って“やった”、か。真実は果たしてどちらなのか……私の記憶が確かなら、カタナの実力はとうにお前達の実力を越えていたはずだが」

「かっ、違ぇねぇな!」

 

 苦笑するおばさんに、その場にいた全員が大きく笑う。

 

「なにしろカタナには八歳から村のモンスターの相手をさせてきた。それからお前達はと言えば、鍬は握っても剣も槍も握ろうとはしない。全く、明日からは全員キチンと基礎から叩き直してやるとしよう」

「おばさんが居るから大丈夫なんじゃないのか?男衆全員で掛かってもおばさんには勝てないだろうし」

「まあ、な。実戦から身を引いたとは言え、まだまだそこまで衰えてはいない。……しかし、それは女性に対して失礼だと理解した方が良いだろう」

 

 ギロリ、と彼女が俺を睨んでくる。

 正直ここ五年で奴ら……モンスターの殺意を受け慣れた俺でさえ、未だにそれだけは恐怖を感じてしまう事を禁じ得ない。

 ちなみに今日まで師匠を務めてくれた彼女だが、ぶっちゃけモンスターより彼女から受けた傷の方が遥かに多く、そして深い。俺が苦労して潰したコボルトの巣を、片手間に殲滅してしまうような鬼だからなぁ。

 

「い、いぇ。何でもないです……」

「そうか」

 

 元の微笑みに戻った彼女の顔を見ながら、俺は背中に冷や汗が流れたのを感じる。

 元々彼女は俺がこれから向かう迷宮都市でそれなりに有名な冒険者だったらしい。ならばモンスターよりも恐ろしいと感じるのはあながち間違いでもないのだろう。

 

「まぁ、この数年で最低限の基礎は身につけさせたつもりだ。今のお前ならよほどのことが無い限りは生活に苦労することもないだろう。少しばかり浪費癖があるのが玉に瑕だがな」

「うぐっ……その辺りはまぁ、追々直すよう心がけるさ」

「そうだな。何しろ魔物を倒した報酬が“武器を作ってくれ”、なんて筋金入りの大馬鹿だ。少しは衣食住の事も頭に置け」

「へいへいっと……」

 

 今となってはもう随分前の事に思えるが、村の近くに一頭のコボルトがやってきたことがある。普通は二、三匹くらいで群れを作っているはずなのだが、どうやら仲間からはぐれた所を偶然村に来てしまった、ということらしかった。

 更に運の悪いことに、奴が姿を現したのは村外れの子供たちの遊び場。武器も防具もあるわけのない場所だ。というか有っても、子供の筋力じゃ碌に扱えやしない。

 当然初めて見た魔物に、他に遊んでいた仲間達は真っ先に大人を呼びに行ったのだが……俺は少々違っていた。

 その頃から素人の興味本位で棒きれを振っていた俺は、少し前に“コボルトの爪からはナイフが作成できる”なんて話を思い出し、ならばと近くの家からスコップをかっぱらい、それを手にして突撃を敢行したのだった。もちろん愚の骨頂以外の何者でもない。

 それでも全身をズタボロにしながら何とか生き残り、村の大人達がやってくるまでにコボルトの首を落とすことに成功した俺は、気絶間際にこう言ったらしい。

 “此奴で作った武器が欲しい”――と。

 当時はなんとなくだが、自分オリジナルの物が欲しいお年頃。それも武器に魅せられている俺だからこその願い。それを聞いたおばさんは、苦笑しながら倒れた俺を家まで運んだ後、村の鍛冶屋のおじさんに頼んで一振りの短刀の作成を頼んだ。

 そもそも魔物の体は異常発達していない限り魔石を剥ぎ取った後に死体が残ることはなく、それにコボルト一匹程度の爪では精々おもちゃのナイフが良いところらしい。だがしかしそこは運が良かったらしく、倒したコボルトからは左上腕骨が残り、それによって叔父さんは一振りの短刀を作成してくれた。

 当時十歳だった俺の体にとっては丁度良いくらいだったのだが、成長期に入った俺にはもうそれこそ、お守り程度でしかない。それでも未だ折れていないので、俺の服の内部に一応収納されている。間違っても衣食に困ったからと言って売ったりはしない。そもそも二束三文程度の価値しかないからな、コレ。売買してもパン一個にすらなるか怪しいところだ。

 

「ま、さすがにあんなことはもうしないぜ。よほどの魔物じゃなけりゃ売り払って飯代にでもするからよ……多分」

「その言葉は本当に信じても良いのか?」

 

 そういって彼女は俺の服装をじろじろと見る。

 基本的には村人と変わらない布製の服で、特に違和感はないはずだが。

 

「お前の事だ、モンスターの皮が残ったりした場合、そのまま服に仕立てたりしそうだからな。あれは何時のことだったか……少し前に、何処からかトレントの枝を持ってきて“何かの武器に(・・・)加工出来ないか”などと言ってきた記憶が有るが」

「は、はは……気のせいだろ、多分」

 

 実際はそれでこっそりと、前から欲しかった弓を作ったなんて間違っても言えない。

 

「そういうのなら、そういうことにしておこう。これ以上は私が口を出す領分でもないからな。自分の事は自分で何とかする、お前の目指す冒険者の基本だ。覚えておけ」

「はいはい」

「他に言える事は……そうだな。“冒険者は冒険をしてはならず、されど冒険をしない者は冒険者に非ず”」

「……矛盾してないか、それ?」

「なに、オラリオに辿りつけばいずれ分かることだ。今はそう深く考える必要は無い」

 

 そう笑いながら、最後に彼女は俺の髪をくしゃくしゃと撫でた。

 

「――息子よ」

 

 そこで彼女は一旦身を引き、代わりに俺の父さんが村の衆の中から姿を現した。

 

「……これは餞別だ」

 

 そういって、拳サイズの小さな袋が手渡された。

 

「中には一万ヴァリスある。武器なり防具なり、それで準備を整えろ……後」

「後?」

「所属するファミリアはよく考えておけ。弱小に所属するも強大に所属するもお前の自由ではあるが、間違っても管理の行き届いていない所なんかには入らないようにな。オラリオは世界最大の迷宮都市で有るが故に人も多く、それだけ問題のある人物だっている。そのことを忘れるなよ」

「ちなみにそれはアルマが女に引っかけられ、剣以外全部無くしたときの経験が元だ」

 

 そんなおばさんの余計な一言に、再度村の人間達から大爆笑の嵐が巻き起こる。

 

「――ッ!!余計なお世話だ馬鹿ッ、ったく、これから旅立つ息子に少しは父親の威厳を見せておこうと思ったのに逆に恥掻いちまっただろうがぁ!」

 

 父さんは顔を真っ赤に染めた後、おばさんへと殴りかかっていった。

 しかし瞬時に頭を殴られて、その場で逆に締め上げられるのだった。最初の落ち着いた雰囲気は何処へやら、今では半分面白騒ぎみたいな感じになっている。

 

「兎にも角にも、これからはお前一人で戦っていかなければならない。精々良い主神と巡り会うことだ」

「死にさえしなきゃなんとかなる。お前の人生だ、そう気負わず適当にやってりゃ良い」

「分かった分かった。――じゃ、そろそろ出るわ」

「……おぅ」

 

 最後に父さんはそれだけ言って、口を閉じてしまった。

 俺は再度リュックをしっかりと背負い直し、今まで世話になった村へと背を向ける。

 

「じゃーなお前らァ!ま、精々頑張ってくるからよ!」

 

 そんな言葉だけを最後に残し、俺は一直線にオラリオへと向かって駆けだす。

 おおおおおおっ、とそんな歓声の沸いた背後から湧き、それに後押しされるようにして俺の頭の中はこれから訪れるオラリオのことへとシフトしていく。

 迷宮都市――オラリオ。

 そこは世界でも名高い大都市で、迷宮と呼ばれるモンスターの巣窟を元として発展した場所。ギルドの管理する冒険者達が一手に集い、己の人生をかけて攻略に乗り出していく、命の燃え盛る場所。

 

 そこで、己にとって唯一無二(オンリーワン)にして最適仕様(ベストスペック)、俺に取って己の人生をかけて鍛え上げるに相応しい、いわば魂を分けた(つるぎ)をこの手に掴む。

 それが俺の最終目標。それ以外のことはどうだって良い。二つ名とか攻略階層だとかレベルだとか、……正直、神様ですらどうだって良い。

 

 

 

 望むべくはただ、至高の一振りを。

 

 

 

 さぁ、俺なりの冒険譚を――始めよう。

 

 

 

 


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