ダンジョンに裸で潜るのは間違っているだろうか 作:白桜 いろは
それではどうぞ。
今回の話は主神sideです。
ある日の夜、迷宮都市オラリオの一角ではある一つの宴が催されていた。
全長は三十
その正体は下界の人間が敬う神々そのもの。そんな、本来畏怖されるべき彼らが集うそのパーティーの名は――【神の宴】。下界に娯楽を求めて降りてきた彼らが、更なる娯楽を求めるためだけに集うという、その実馬鹿馬鹿しさ溢れるイベントである。
「やぁそこのお姉さん、ボクと一緒にちょっとアツい一夜を過ごさないかい?」
「盛ってんじゃないわよこのド変態!」
ナンパを仕掛けた男神がドレスを着た女神に吹っ飛ばされ、
「なぁアイツん所の眷属、おっぱいデカイので有名なんだぜ?今度いっちょ声を掛けに行かねぇか?」
「いいねいいね、あの子マジ可愛いし、あの柔肌蹂躙したいわー」
「お前ら俺の眷属に手ェ出したらタマ潰すからな」
股間を押さえた男神達が生まれたての子鹿のように震える。
きっと、純粋かつ敬虔な信徒達が見たら一瞬で発狂するような光景だろう。正直女神である私からしても、これが本当に各地に奉られる神々の集まりとは思えない。唯々、
ちなみにそんな宴の主催者はと言うと、
「ふはは!盛大にお前達が騒ぐことはガネーシャ超楽しいぞ!お前達、もっと明るく楽しく宴を華やかに盛り上げろ!」
「さすがガネーシャいいぞ!」
「ガネーシャさんマジリスペクトっす!」
大広間の中心にて馬鹿神数名に囲まれて、大声を張り上げていた。
唯でさえ非常に適当な性格なのに、調子に乗って楽しむ神が居るから余計に騒がしくなる。……本当にいい加減にして欲しい。その言動に振り回される神も居ると言うことを、そろそろ理解して欲しいものだ。
そんなことを考えながら、私、アフロディーテは一人でちまちまと近くにあったお饅頭に舌鼓を打っていた。
「男神達って、本当どうしてあんなに騒々しくできるのかしら。……うん、美味しいわね」
前までの私ならあの近くで他の女神と談笑したりしていたものだが、今は状況が違う。
見て分かるとおり、あんな常識を知らない
改めて他神の俗物さに呆れていると、そんな自分の肩を誰かが叩く。
……服装も控えめにして、壁の隅で大人しくしたハズの自分に気付くなんて。
一体この手の正体は誰なのだろうかを考えながらそちらを振り返ってみる。と、そこに立っていたのはよく知る女神の一人だった。
「あら、へファイストスじゃない。お久しぶりね」
そう声を掛けると、彼女は挨拶代わりにこちらへ軽くウインクを返した。
鍛冶の女神、へファイストス。炉に揺らめく炎の様な紅髪が特徴的な彼女は、多くの子供たちの目を惹く美女でありながら、かつて天界で様々な武具・防具を打った神匠でもある。そんな彼女は今日その髪と同じ真紅のドレスを纏い、普段からは想像も付かないようなハイヒールを身につけていた。
「えぇ、本っ当に久しぶりねアフロディーテ。暫くぶりに会ったと思ったら、また一ヶ月も姿を隠しちゃって。一体何してたの?」
「ごめんなさいね。新たに入った眷属が中々に手の掛かる子供なんだもの、仕方無かったのよ。時間さえあればお菓子でも持って挨拶に行ったわよ」
「ホントかどうだか……。それにしても、そんなにヤバいのその子?ええと、確かカタナって言ったかしら?」
「そうよ。ダンジョンに行ったかと思えば重傷を負って帰ってくるものだから、いつも包帯と
「どこが可愛いのよ……。ただの問題児じゃない」
話を聞いて肩をすくめる彼女に、こちらはただゆっくりと微笑み返す。
「……何よ、その顔は?」
「いえ、彼のことを知らない神からしたら、確かにそうなのかもしれないわね、と思って」
「そりゃ私が知ってるのはその子の名前くらいだからね。どんな子なの?」
「そうね――」
本当なら互いに会ってみた方が分かりやすいと思うのだけれど。
いざ話すとなると、他人の口からは中々に伝えにくいのよね。
「冒険者というよりは、剣士に近いんじゃないかしら」
「剣士?」
「ええ。彼がオラリオに来たのは、剣を振るう為だと言っていたから。名を上げるわけでもなく、お金を稼ぐわけでもなく。ただ、昔に魅せられた剣に近づくためなんですって」
「ふぅん。それで、なんでそこから重傷を負うまでダンジョンに潜ることに繋がるのかしら」
「彼からしてみれば、ある程度自身より上の強さを持つ相手と斬り結んだ方が良いらしいの。余りに弱い相手では何も得られる者が無いし、同じくらいの強さの相手では中々成長しない。強敵であれば得られる経験値も大きいから、すぐにより強い相手へと挑んでいくことが出来る。「死にたくはない。けれど、死線を越えないと望みは叶わない」んだって」
「言ってることだけは随分と大きいことで。で、そんな大口を叩いておいて、実績は伴ってるのかしら?」
「もちろん」
余りに私が自信満々に言うものだから、彼女としても嘘だとしか思えないのだろう。
「なら教えて頂戴。この一ヶ月でその子は、一体どこまで進んだのかしら?」
ダンジョンの攻略階層は基本的にギルドに報告されており、後に確認すればそれが嘘か誠か判断できる。
故にそこで試そうとしたのだろうが……こちらは嘘を言っているつもりは無いのだから関係無い。
「ちなみにウチの子たちだったら、二、三人のパーティーで一月で五階層まで行ければ大したものよ。それだけのことを語ったのなら、そうね……精々六階層まで進出出来ていて欲しいもんだわ。で、どうなのかしらね、そのカタナ君とやらは」
「ふふっ、聞いて驚かないでよ?」
「なんでそう勿体ぶるのよ」
笑みを浮かべてままのこちらに、彼女は半ば呆れたように答えを促してくる。
ならばお望み通り、答えてあげるとしよう。
「十階層」
「……おかしいわね。私の耳が確かなら、今十階層って聞こえたんだけれど」
「ええ。その通りよ」
それを聞いてピタッと彼女は動きを止める。
そして何度か目をパチクリとさせた後、「……ホントに?」と信じられないかのように呟いた。私はそれにコクリと頷く。
「ソロで、かつ一ヶ月程度で?」
「ええ」
「嘘、じゃないでしょうね?」
「そんなわけないじゃない。ここで嘘をつく利点でもあるのかしら?」
「……はぁ!?」
ふふふと笑い続ける私に、彼女は大きく目を見開いて顔を近づける。
「一体どんなペースで進んだらそんな無茶苦茶な事が出来るってのよ!?どう考えてもそんなの、出来るわけないじゃない!?」
「まぁまぁ、落ち着いて一旦座りましょうかへファイストス。その綺麗な顔が台無しよ?」
私達は近くに置いてあった椅子に腰掛けて、ヒソヒソと話を始めた。
「それじゃあ、どこから話し始めましょうか」
「最初っから話しなさいよ」
「別に最初の方は関係無いし……。そうね、まずは一日目に六階層に行っちゃった所からが良いかしら」
「……ごめん、そこからもう呑み込めないんだけど」
「一層じゃ物足りなかったからって、受付嬢の子――確か、アンナと言ったかしら――にそう勧められたらしいの」
「受付嬢?……ああ、アドバイザーのことね。また随分と酷い子に当たったものね」
「まぁ、当の本人は別に気にしてないし良いんじゃない?それは置いておくとして、それで当たり前だけど、彼は酷い体になって帰ってきたわ。幸いにも骨折は無かったけれど、全身打撲に裂傷が数ヶ所、血が泉のように傷口から湧き出ていたわ」
「でしょうね。というか生きて帰って来られただけでも奇跡だわ」
「で、普通ならここで一旦諦めて、普通の攻略に戻るでしょう?……でもね、彼は違ったの。それが彼に火を付けちゃったみたいでね、とにかくその傷が治ってから、早速また第六層に戻っちゃったの」
「ちょっと待ちなさい。どんな思考回路してるのよその子」
「さぁね。で、毎回死にかけるほどの経験値を積めば、すぐに腕も上がってくるじゃない?そして攻略を始めて四日くらいたった頃かしら。六層で物足りなくなった彼は私や受付嬢に何の相談もなく、第七層に降りたの」
「……」
「で、また死にかけて戻ってきて……それを繰り返してまた物足りなくなって――。そんな感じで着実に攻略階層を下げていったの」
私が忙しかったのもそのお陰だ。
彼が帰ってくるまでに血塗れになったタオルやシーツを洗濯し、戦闘で使い物にならなくなった衣類を纏めてゴミに出し、
今までは眷属に全てを任せっきりだったので何をどうすれば良いのか最初は分からず、そのお陰で上手く時間を作ることが出来なかったのだ。
そこまでの話を聞いた彼女は、一言。
「……馬鹿じゃないの、その子」
「ええ、大馬鹿でしょうね」
「アンタそれでも何も言わないの?」
「私としては別に止める必要は無いと思ったから、良いでしょう?」
そう言った私に、彼女は不思議そうな顔をする。
「彼は私の知らない“美”を追う者。美を司る女神の私は、応援こそすれ、引き留める理由を持たなくってよ?」
「……そう言えば、美の女神って大概こんな感じだったわね」
なんだか失礼なことを言われた気がする。
何故私がフレイヤやイシュタルと同列に扱われなければならないのだろう。片やヤンデレ、片や嫉妬中毒。そんな彼女らと一体どこが同じだと言うのか。
「意外そうな顔してるけど、誰だって今の話を聞けばそう思うわよ。……そんなんじゃ、いつか本当に死んじゃうわ。せっかく今の貴方の側に居てくれているというのに」
「大丈夫でしょう、どうしようも無いときはさすがに回復の日を取らせたりしてるから」
「それでも随分な無茶だと思うけれど。ま、良いわ。究極的に言えば私には関係のないことだしね」
「そう言って貰えると助かるわ、下手な神だと面白がって噂を立てかねないから。例の家の事と言い、当分貴方には頭が上がらないわね。安く譲って貰って本当に助かったわよ」
「ああ……あそこも随分使っていなかったからね。使わずにただ寂れていくだけの家っていうのも悲しいから。必要としている人がいるなら使って貰った方が良いと思っただけの事よ」
「それでも、よ。本当にありがとうね、へファイストス」
普段は済ました顔でいる彼女も、素直な好意には弱いらしい。
赤らみを隠せない頬を掻きながら、恥ずかしそうに彼女はぼそぼそとそう呟いた。
「ったく、これだから天界でも散々誤解を引き起こすのよ……。で、それはどうも。感謝してくれるってのならそれはそれで良いんだけど……そもそもアンタ、どうして来たのよ?自分が面倒事の種になると分かってるだろうし、ただ誘われたからって訳じゃ無いんでしょ?」
「そうね。少し相談事があったのよ。別に貴方でも良いのだけれど、これ以上助けて貰うのもあれだし……」
「何を今更。まぁ、さっきの話の報酬ってことで構わないわよ。ほら、話してみなさい」
「それじゃ話してみるけど……。実はそろそろ、あの子のパーティーメンバーが必要かと思っているのよ」
カタナ君のことだ、ダンジョンの上層もあと一ヶ月程度あれば終わってしまうだろう。
正確に言えばまだ、勢いに任せて突っ走っているってだけで細部まで攻略したとは言えないのだけれども……。それでも彼が遠からず上層区域を攻略し終えてしまうのは目に見えている。
しかし幾ら異常だとはいえ、彼は未だレベル一。
あのウォーシャドウとの戦いでスキル【
故に最低一人、いや二人はメンバーが欲しい所なのである。
あの受付嬢も、そうでなくては中層以下の探索を許可しないと言うし……。
「……ごめん。ここ最近で入った子は彼らだけでもう組んじゃってるし、今から新たな人員を入れると変に空気が壊れちゃうかな。それも他ファミリアの眷属となると、尚更」
「やっぱりそうよね。ま、それならそれで聞き流してくれて構わないわ。いずれどうにかなるでしょう。それに彼相手じゃ、生半可な子供じゃ相棒は務まらないでしょうし」
「ホントどんな性格なのか、一度会って話してみたいものだわ」
「そうね、貴方とは気が合うと思うわよ?何しろ名前からして武器が好きそうな名前でしょ?」
「お生憎様。刀は東方の武器だから私の専門外なの。タケミカヅチなんかなら気が合いそうね。何しろ武神だし、さっきの話とかいかにも好きそうに思うわ」
「なんだなんだ、俺を呼んだか?」
丁度そこに、独特の服装をした男神――タケミカヅチが現れた。確か、紋付き袴と言ったろうか。黒と白という一見地味そうな色の組み合わせだが、それでも武神である彼が纏うと雄大な巨山を思わせるようになるのだから不思議なものだ。
「ようへファイストス、久しぶりだな!それでこっちは、ええっと……」
「見知らぬ女神Aで構わないわよ」
「あら、それでいいの?」
「ええ、下手をすれば会場中が騒ぎになるわ」
「そうか。じゃあそうしておこうか。それで、どうかしたのか?なんか今、俺を呼んだような声が聞こえたんだが」
「別に呼んじゃいないわよ。なに、この子のファミリアの子が今一人しかいないから、パーティメンバーを探してるって話だったのよ。名前がカタナだから、東方出身のアンタと気が合いそうだなぁ、ってね」
「へー。でも悪いな、俺にはそういう心当たりはないな。悪いが他を当たってくれ……おっと」
何故か突然タケミカヅチが、慌てて私達の影に隠れる。
その向こうからは、手に酒の入ったグラスを持った男神の一集団がこちらにやってきていた。
「あー、何処行ったタケミカヅチの奴ぅ!」
「あの間抜け、今日も遊ぼうと思ってたのに逃げやがって!」
「こうなりゃもうしらみつぶしに探すしかないなぁ!はっはっは!」
……なるほど。
普段は自分から女性に話しかけるなんて事をしない彼が何故こちらに来たのかと思えば、こいつらから逃げ回ったってわけね。
彼らが消えた後に再度姿を現した彼に、私達は揃って溜息をつく。
「女の影に隠れたからって笑うなよお前ら……。アイツラ、俺を見つけた途端碌でもない事ばっか仕掛けて来やがるからな。油断出来ないんだ」
「たまには男らしく、ガツンと言ってやればいいじゃない」
へファイストスがそう呟くが、タケミカヅチは首を振る。
「それが出来たら苦労しないっての。アイツラに聞く耳を持つ事なんて期待するだけ無駄なんだよ」
「「はぁ、全く……」」
女神二人で、情けない姿を見せる武神に首を振る。
これでも天界では勇猛果敢な神として知られていたのに、今ではこんな風になってしまうとは。
「……ともかく、今日はこれ以上居ても仕方なさそうだし、もう帰ろうかしら」
「あら、まだ宴の終わりまで結構有るわよ?せっかく会ったんだし、もう少し話していかない?」
「残念だけれど、そろそろカタナ君がダンジョンから帰ってくる頃なのよ。先に帰って包帯や
「ふーん……。愛されてるわね、その子」
「もちろん。だってあの子は現状唯一の、私の眷属なのだもの。大切にするのは当たり前じゃない」
それじゃあね、と手を振って私は二人と別れて会場の出口へと向かう。
入り口に立っていた守衛に挨拶をして、そのまま一直線に我が家の方向へと足を向ける。
と、青年像の下に見慣れた姿の彼が剣を携えたまま立っていた。
彼は私の姿を認めると、こちらにゆっくりと歩いてくる。
相変わらず至る所を赤く染め、数ヶ所に傷を作っているが……珍しく、その体に大きな傷を負ったりしていないようだ。
「あらカタナ君、今日は珍しく血塗れじゃあないのね」
「今日は神の宴だと聞いてたからな。出迎えに来るには、流石に真っ赤な姿は拙いかと思ってな」
かといって体の三割方を血で染めてくるのも十分問題なのだけれどもね……。
「その気持ちは有り難く受け取っておくとするわ。というか珍しいわね、貴方が他の事のために迷宮探索をいつもより早く切り上げるなんてね」
「普段から世話になってるからな。それに、夜の女の一人歩きは危険だろうが。唯でさえウチの女神様は美人だからな、護衛の一人くらい必要だろ?」
そんな彼の言葉に、私は心底驚いた。
と同時に、クスリと笑顔が浮かぶ。
「……なんで笑うんだよ、オイ」
「いえ、貴方の頭にも他の人のことを考えるスペースがあったなんてね」
「置いてくぞ」
「ちょっと、待ちなさいよ」
恥ずかしそうに先を歩こうとする彼の腕に、私はスルリと腕を絡ませる。
「女性を守ろうとする心意気は良いけれどね、せめてキチンとエスコートしなさいな」
「……くっついてたら余計帰りが遅くなるぞ」
「良いじゃない、別に。眷属との仲を深めるのも主神の努めなんだから」
そう無理矢理言い聞かせながら、私は彼の腕を放そうとはしなかった。
最初は抵抗していた彼だったが、否が応でも離れようとしない私にやがて諦めて、結局はなされるがままに私と一緒に歩き出した。
星が燦然と輝く夜の中、私達はひっそりと通りを進んでいく。
一歩、また一歩と歩くごとに、彼の熱がこちらに伝わってくる。その感触から、剣への憧憬に近づく努力がなされていることが自然と読み取れた。
思えば昔……前のファミリアの時は、こんな風な眷属との交流なんてしていなかった。私は自身の美を追い求めることに精一杯で、眷属達には恩恵を与えるかわりにお金を上納してもらう。たったそれだけの、機械的な関係。
あの時はそれで十分だと思っていた。彼らが去っていったときでさえ、僅かばかりの寂しさは感じたけれど、それもどちらかと言えば虚しさに近いものだったのだと思える。
けれど
また、それだけではなくて、なんと言えばいいのかしら。
具体的に説明することは出来ないけれど、なんとなく、こんな日常の方が――楽しい。彼が私達に近づいて来る姿を、もっと見ていたい。危なげながらも、ギリギリで毎日を生き抜こうとする彼。いつ足を踏み外してしまうか分からないその生き方が日々心配で仕方がない。でも、それを乗り越えて来て欲しいという思いもまた、心の奥にある。
例えどんな不安を感じたとしても、その背中を私は押していこう。
きっと彼なら、どんな死線に巡り会っても、私の下に戻ってきてくれるから。
感想等々よろしくお願いします。