運動の秋、とは誰が言いだした言葉なのか俺は知らない。ただ、初秋の朝は運動するのに丁度良い天候だということは同意する。暑すぎず寒すぎず。動く前の身体であっても震えさせることはなく、熱を持った身体は適度に冷やしてくれる。少し前の夏場など、朝を少し過ぎるだけで爽やかさの欠片もなくなるのだから本当にいい季節だと思う。
ぐっと腕を伸ばして、息を吐きながら身体全体も伸ばしていく。
運動前と後のストレッチに関しては一夏に厳しく言われているので手を抜くことはしない。思い返してみれば、こうして朝早くに運動をする習慣が付いたのも一夏のおかげだ。一夏が身体を鈍らせない為にやっていた朝練に、俺を誘ってくれたのがきっかけだからだ。
――それが大所帯となったもんだ。
最初こそは俺と一夏だけで朝練をやっていたが、クラス代表決定戦前後に篠ノ之とオルコットが合流するようになった。クラス対抗トーナメントが終われば凰がこの集まりに加わったとなれば、デュノアも男子としての転校直後から朝練に参加していたのは自然な流れだ。ラウラは例の事件の後くらいから、俺が誘って一緒に朝練をしている。
――だからだな。連休とはいえ、今日は寂しい。
屈伸をしながら、ぼんやりと一夏が言っていたことを思い出す。
家の掃除と冬物の準備をするとかで、連休を機に織斑先生と共に自宅に一度戻ると言っていた。篠ノ之は一夏に着いて行くらしく、それを聞きつけた凰やデュノアも織斑一行に加わっている。こうなればオルコットも、となるかと思いきやイギリス本国に報告があるとかで悔しさのあまり歯噛みしていた。ラウラはオルコットと同じくドイツ軍に呼び出されたそうで、今日は不在。
つまり、初めて一人で朝練をするということだ。
だが、一人になってわかったがこれがなかなか面白くない。ストレッチにせよ何にせよ、人とやる方が効率は落ちるかもしれないが楽しいのだ。一夏を巡って起こる騒がしいやりとりが、どうしても恋しく感じてしまう。
――今日は早めに切り上げるか。
そんなことを考えながら、地面に座って足を開く。普段なら一夏かラウラが背中を押してくれるが、今日はそうもいかない。身体はあまり柔らかい方ではないので、補助なしにどれくらい開脚前屈が出来るかは疑問だ。
「先輩の背中、私が押そうかなー?」
あまりにも自然な申し出。じゃあよろしくと言いかけて思わず真顔になった。俺を先輩と呼んだのはどこの誰だ。IS学園で俺の事を先輩と呼ぶような物好きな後輩はいない。
第一、足音も気配もなく、突然背後に現れるという芸当ができる人物となれば。俺の知る中では一人しかいない。
――束さんその人しかありえない。
嫌な汗が背筋を流れる。これは、何かされてしまうに違いない。理性と本能は逃げるように命令している。にも関わらず悲しいかな、立ち上ろうとしても硬い身体はすぐには言うことを聞いてくれない。
いつもより何トーンか高い声が、俺をからかう様に後輩としての言葉を紡いでいく。
「遠慮しなくてもいいのにー。じゃあ、押しますよ」
俺の拒否など問答無用、と言わんばかりに背中に柔らかい物が当たった。
間違いでなければ、これは胸だ。直感的にわかってしまうのは、束さんと過ごしてきた時間のせいか。とにかく遠慮なしに押し付けてくるものだから、否応なしにぬくもりを感じてしまう。当然、身体が芯から熱くなっていく。
「はい、それじゃあ次は腕を伸ばそうね、先輩」
白蛇が獲物に絡みつく様に、白く細い腕が俺の腕に沿って手首を掴んだ。体温が低いのか、少し冷たく感じる。それがまた、手首に蛇が噛み付いたかの様な連想をさせた。
前屈をさせる為に手首を掴んだ手がゆっくりと、前へと引っ張られていく。合わせて、背中への圧力はますます強くなり、熱を感じる面積は背中から腕に掛けてと一気に広がっていく。息遣いまでもが耳元で聞こえてくるとなると、巨大な蛇に呑まれている、という表現が的確に思えた。
「ゆっくり、ゆっくりだよー、ゆっくりと息を吐いてねー」
身体をリラックスさせる優しい声だが、その中には男を誘う耽美な声音が確かに混ざっている。骨抜きにされそうだと思うと同時に、運動用の服の下にISスーツを着る良さを教えてくれたオルコットたち代表候補生組に感謝した。
特にISスーツの下半身部分にはサポーターが仕込まれている。これのおかげで、のっぴきならない下半身事情が起きたとしても、傍目にはわからないようになっているのだ。
最後の一線を保ちながら、大きく息を吐いていく。途中、苦しさのあまりに空気を吸い込んだ。たちまち花の良い香りが鼻孔を刺激する。シャンプーの香りだろうか、それにしては生々しい甘さがある。こればかりはどうにも表現できない。
「はーい、いいよー。楽にしてねー」
ふっと、背中から掛けられていた圧力がなくなった。同時に胸の感触がなくなったということでもあるが、今の俺には九死に一生を得た気分だ。あのまま押し付けられていたら、もしかしたら出ていたかもしれない。
何がとは言わないが、とにかくサポーターがなければ立つことも出来ないところだった。
「じゃあ、次は私の番だよね! 先輩!」
いい加減そのキャラはなんですか、と若干夢心地だったのは別として文句の一つでも言いたくなる。言ってやる筈だった。
――え?
絶句。あまりのことに二の句を告げることが出来ない。今更になって腕のみならず視神経に悪影響が出たのか、はたまた俺の頭が遂におかしくなったのかと思わずにはいられない。
何故かなど、束さんを見ればわかる。ウサミミカチューシャがないこととか、ロングヘアーがポニーテールに結われていることではない。無論、ブルマ姿であることも違う。
束さんの背が、いつもより小さい。小さいつながりでいえば、胸も確実に小さくなっている。けれども束さんの魅力がほんの僅かでも削がれた訳ではない。妖艶さの中にあどけなさを残す束さんが、そこに居た。
「へへー、どうかなこれ? 前に制服で一緒に学園を歩いたことを思い出しちゃってさ、君と先輩後輩になってみたいなー、って。まぁ、先輩なんて誰にも言ったことないから想像なんだけどね」
どうかな、ってとても魅力的ですが。その姿は一体何がどうなって。
「んー? 束さんは細胞単位でオーバースペックだからね! 自分の遺伝子を弄るくらいは朝飯前だよ! この話をするとなると軽めに話しても三日は掛かるから……つまり、束さん流に発展させた遺伝子工学を駆使すれば肉体年齢なんてこの私には関係ないのさ! 子供になるのも大人になるのも自由自在! 流石私! ま、これだとあくまで不老であって不死ではないんだけどね!」
いつもより少しだけサイズダウンした胸を張って、ドヤ顔の束さんを見ていると頭痛がしてくる。が、酷く乱暴な言い方をしてしまえば『いつもの束さん案件』だ。とはいえ人類の果てしない夢の一つ、不老不死がこんな形でほぼ完成しているとは誰が思い付くものか。
「あれ……? もしかして、お気に召さなかった?」
――お気に召さない筈がないですよ。
色々思うところはあるが結局それはそれ、これはこれという話でもある。
ポニーテール姿は体操服姿の束さんによく似合っている。下半身はブルマだ、上に着ているもの自体は俺と同じIS学園の半袖体操服だが。
この今の時代に、と言われることもあるブルマだが、女子用ISスーツと形状が似ているからとIS学園では体操服として正式に使われている。決して、決して束さんが俺の趣味に合わせたからじゃない。
「ブルマ、嫌いなの?」
――好きです。
ついつい即答してしまった。
これは酷い誘導尋問だ。にんまりと束さんが笑っているが、俺は反対に茹で蛸の様になってしまう。情けないのは、恥ずかしくても視線を逸らすことができないことだ。
単なる色気だけではない。夜を落とし込んだ暗い布地から、一足先に新雪が降り占めた様な脚が伸びているのである。束さんが持つ四肢の美しさも相まって、目線を外すのは美術館を後にする様な名残惜しさを感じさせるのだ。
「……ちょっと、ちょっと待って! 流石に見過ぎだよっ! 本来の趣旨から逸れるからもうダメー!」
束さんがブルマに入れていたシャツを引っ張り出すと、スカートを押さえるのと同じ仕草で下半身を隠してしまった。魅惑の紺色が見えなくなったのは残念ではあるが、内股気味になって恥ずかしそうにシャツを握りしめる姿はかなりくるものがある。
――そういえば、靴下は履いてないんですね?
新雪を滅茶苦茶に荒らしたいという獣欲を何とか誤魔化しつつ、ブルマが隠れることによって広くなった視界で束さんを見る。
ブルマによって足を大きく露出する為か、ニーソックスやハイソックスを履いて体育をする女子ばかりなのだ。もっとも、ISスーツでも似た形状の物を着用している為、先生たちも着用を禁止できないという側面はある。
「そりゃあ私の脚は君、ううん! 先輩の為に存在するからね! 布切れなんかで隠すつもりはない……んだけど……今の先輩の目がえっちすぎるからそんなにジロジロ見ないでぇ!」
まだ続けるつもりだったんですね、その
それはともかく、普段は俺が束さんに恥ずかしがらされてばかりなのだ。こんな風に立場が逆転しているのは新鮮だ。なかなか趣深い物がある。世の中には異性を赤面させたいフェチがいるのは知っていたが、これは癖になりそうだ。
「う、うぅ……ふぇ……」
まずい、調子に乗っていたら束さんが涙目になってしまった。
罪悪感の高まりが凄い。目に一杯の涙を溜めて、それでも逃げ出すこともない。ただ、シャツでブルマを隠しながら上目遣いでこちらを見ている。背が低くなっているからか、普段よりも小動物っぽさが増すことで罪悪感を加速させるのだろうか。
一方で背中をぞくぞくと焼く様な、奇妙な高揚を感じているのも事実だ。束さんは言うまでもなく年上だ。その束さんが俺と変わらないか、もしくは俺より下の年齢の肉体でやって来たのだ。更には俺を先輩とまで呼んでいる、これに背徳感がないというなら嘘だろう。
――いや、とりあえず、ストレッチしましょうか。
理性と欲望の全面戦争の結果、辛くも理性が勝利した。
前に会った一夏の友人、五反田弾にこのことを言えば思いっきり罵倒してくれるに違いない。自分でもそう思えるくらいに、ブレーキを踏み込んだのは自覚している。
ああ、弾といえば初めて会った時の第一声が『女じゃないのかよ!』だった。思い出したら腹が立って来たな。今度、体操服女子と二人っきりでトレーニングしたと自慢してやろう。もちろん、嘘は言っていない。
◇
――甘かった。
そんな声をもらしてしまうほど、俺の目論見は生温いものだった。束さんという魅力的な肉体を持つ人と、肌を触れ合う様なストレッチをみっちりとするのである。よく理性を保っているのが俺自身驚きだ。
「あれ? どうかした?」
いつもの調子に戻った束さんが小首を傾げた。軽く上気した頬に、垂れた髪が張り付いている。たったそれだけのことなのに、興奮を煽られるのは何故なのか。
なんでもないです、という一言だけを絞り出すのが精一杯だ。
「そう? じゃあ最後に先輩と同じ開脚前屈をやるから、背中を押してね!」
束さんは俺に背を向けて座ると、脚を開いた。
無防備で真っ白な背中が眩しい。たまらず視線を下げると、土との圧力で程よく形を変えた束さんのお尻が目に入った。たっぷりと詰まった柔肉が、ブルマ越しにシャツを押し上げている。
思わず唾を飲み込む。ごくりと、喉が鳴った。視線を下げたのがよくなかったのだと、束さんの後ろ頭に集中する。
――ふわりと、束さんの髪から花が咲く様に匂いがはじける。
無心を心掛けて、束さんの背中を押す。
――同じ素材の体操服を着ている筈なのに、どうしてこんなにも手触りが違うのか。
ぺたりと束さんの上半身が地面についた。体操選手に負けない柔軟性である。
――前屈で伸びた服から、胸囲を覆う黒い布地が透けている。
「どうどう? 凄くない?」
無邪気にはしゃぐ束さんに、生返事を返すのがやっとだ。
――流石に、もう。
「よしよし、ストレッチもこれくらいだね」
手を無理矢理引き剥がして束さんから離れる。
俺は今何を考えていたのか。落ち着く為に深く深呼吸する。ここで手を出せば、今まで必死に我慢してきたのは一体何だったのか。
俺はまだ、束さんに何も応えてはいない。受け入れてくれるからと甘えるのは、男じゃないとちっぽけなプライドが叫んでいる。
――どうせなら最後まで意地を張ろう。
と、頬を叩いて気合を入れ直す。
「やっぱり地べたに座ると砂が付くね」
立ち上った束さんが、ぱんぱんと脚に付いた砂を払う。手はだんだんと位置が高くなっていき、ふくらはぎから太腿へと。最後には向かうのはもちろん、お尻である。
これで何度生唾を飲み込んだかわからない。
束さんの胸はいつもより小さくなっているとはわかっていた。ではお尻の方も小さくなっていたのか。答えは否だ。むっちりとしたお尻が、砂が払われる度にぷりぷりと震えている。きゅっとしまったお尻がブルマに収まりきらず太腿に乗って絶妙なラインを作り出していた。思わず指を這わせたくなる魔性の曲線が、そこにはある。
「あ……」
束さんがこちらに振り向く様な気がした。慌てて、平静を装いながら近くに置いておいた水筒に手を伸ばす。あくまで束さんの方は見ていなかったという、ささやか過ぎる抵抗だ。
ちらりと確認された、気がする。単に気がするだけだ。もしかしたら先程の感覚は勘違いで、束さんはまだこちらを見ているかもしれない。
――勘を信じる。
と、俺は再び束さんの方へと視線を向けた。こっそりと、素早く。
「ん」
束さんの手がブルマへと向かって行き、くいっと差し込まれた。ちょっとだけ生地を浮かせながら、摘まんで引っ張る。
僅かな間だけだが、紺色の布に梱包された白桃が見えたのは俺の見間違いではないだろう。つまりは、そういうことだ。桃と形容されることもある安産型の大きなお尻が、はっきりと見えた。
素知らぬ顔で水筒をあおりながら、先程の光景を脳内に焼き付けていく。
「あっ、先輩! 私にもお水!」
知ってか知らずか、こちらに向き直った束さんは純真な笑顔である。俺は何も見ていないし知らないという態度を一歩も譲らないまま、水筒を束さんに手渡した。
ごくごくと音を立てて水を飲む束さんを見る。先輩と慕ってくれる無垢な後輩の女の子に、初めて女を感じる時というのはこういう感覚なのだろうか。
完全に術中だな、と自嘲した。
「あ、間接キス……だね」
頬を赤らめる束さん。今日はポニーテールの為、耳までほのかに赤いのがよくわかる。
あざとい。あざといが、可愛いものは可愛い。全て計算してやっているのではと疑ってはいる。でも束さんだからと許してしまうのは、束さんのそんなところも好きだからだ。
――よし、もう俺に隙はない。
こうして冷静になったのは、関接キスで頬を赤らめる初々しさによって自分の汚さを自覚したからである。俺は間接キスに気付くよりも先に、ブルマを直しているのを覗いたことがバレたかと思ってしまった。
そんなところに、ちょっとどころではない自己嫌悪を感じずにはいられなかったのである。
◇
己を省みることにより、幾分か頭が冷えたおかげでその後はつつがなく進行した。腕立てで束さんの胸に砂が付いたのを確認したり、スクワットで弾力のある太腿を隣で眺めたりしたが、特には何もなかった。
このまま何も問題なく、恒例のランニングをして朝練は終わる筈だった。木陰で休んだ後に解散しようと息を整えていた時、俺はとんでもないことに気付く。この禁忌の発見をしてしまったのは、頭を冷やしてしまったからか。
――束さん、透けてる。
束さんの胸元で、スポーツタイプのブラジャーが透けている。グレーを基調とした、極めてシンプルなやつだ。だが白を基本とした体操服は暗色との相性が極めて良くない。加えて汗で服が体に張り付いているのだから、色と形が更にくっきりと浮かび上がっている。
――どうする。
心の中で葛藤する。自慢じゃないが、俺は女性にそこまで慣れていない。束さんによって変な経験を積んではいるものの、異性の下着について言及できるほどの度胸はなかった。
これが一夏なら、何のイヤらしさも感じさせずに注意できるだろう。しかし俺は一夏ではないのだ。どうしても下着を意識してしまう。
――どうすればいい。
俺が混乱の絶頂にある中、遂に束さんが俺の様子に気付いてしまった。視線を辿り、じっと俺が見ているものを束さんが見下ろした。
束さんは恥ずかしがるでも、隠すでもなく、ましてや悪戯っぽい笑みを浮かべるわけでもない。屈託のない笑顔を浮かべるのだった。
「ん? これ? 大丈夫大丈夫! 私を見ているのは君しかいないし、スポーツ用だから見られて恥ずかしいブラでもないからね!」
あはは、と笑いながら束さんは体操服を捲り上げた。ぎょっとするが、目は離せない。
捲り上げた服で顔の汗を拭く束さん。当たり前だが、束さんの下腹部辺りから胸辺りまでがばっちり見えてしまっている。
引き締まってくびれたお腹と、形の良い小さなおへそ。主張こそいつもより大人しいものの、スポブラによってくっきりとかたどられた美しい胸。紺と白と、グレーという色彩の乱流が、視界を明滅させた。
「でもやっぱり運動すると暑いねー、シャワー浴びたいなー」
顔を拭くのを止めた束さんが、今度は体操服の真ん中辺りを持ってパタパタと仰いで空気を取り入れている。
シャツに隠れたり隠れなかったり、おへそがちらちらと覗いて見える。流石にこれ以上見るのは、と視線を横に流す。
束さんの腰に、ちょうちょがとまっているのが見えた。
――ちょうちょ?
束さんの腰とブルマとの境目に、何故ちょうちょが居るのか。水色の羽根には、大きな穴が開いている。これが何かを理解するのに、時間はかからなかった。
――ちょうちょ結びされた紐?
頭の中を閃光が駆けた。ありとあらゆるものが、一本の線になっていくのを感じる。
束さんと運動していた時に何もなかったのは、逆におかしい。
最初束さんはお尻への食い込みを気にしていた筈だ。なのに、束さんは下着がブルマからはみ出すことに頓着していない。加えて、束さんがブルマを直した時に直接お尻が見えたということは。
「んふふ、気付いたかな? 先輩?」
束さんがシャツのあおぐ手を止めて、片手でブルマの端を少しだけ下ろした。ちょうちょに結ばれた紐の下には、むちむちとした真っ白な太腿だけが見える。
――これは、相当エグい角度。
頭の中で何かが弾けた。
束さんの肩を掴んで逃げられないように木に押し付ける。束さんは一瞬驚いた顔をしていたが、すぐにやにやとした笑みを浮かべる。
これは、イタズラが成功した時の笑い方だ。
「我慢できなくなっちゃった、先輩?」
この問いに、どう返したら正解ということはない。
束さんはわかっていて俺を煽っていた。俺が我慢できなくなることも計算の上でやっている。つまり何を言っても束さんは喜ぶし、受け入れてくれるのだ。無言でも、束さんはこの笑みを崩すことは決してないだろう。
だったら、恥ずかしい事でもなんでも言ってやろうではないか。
――好きです、束さん。
「ふぇっ!?」
みるみる顔真っ赤にして、束さんが硬直した。
確かに好意を打ち明ける時ではないかもしれない。でも好きだから、束さんだから俺は抱きたいのだ。
――好きだから、止まれませんよ。
「う、うぅ……反則だよ……」
束さんが小さくしぼんでいくように見えたのは、俺の気のせいだ。けれどもそう表現するのがぴったりだった。
「も、もうっ!」
突然、束さんが俺の拘束を振り払う。そんなことをされるとは思わず、怯む。ところが束さんは逃げなかった。逃げるどころか俺に飛び掛かる様に抱きついてきたのである。腰が引けていた俺は、尻餅を着く格好で地面へと押し倒された。
束さんは勢いのままに俺とキスをする。前歯がぶつかりそうな程の激しいキス。口内を舐めまわす様なねっとりとしたキスをしてから、束さんはようやく唇を離した。
「ズルいよ……ズルい……」
目尻に涙を溜めながら、頬を火照らせた束さんが目の前に居る。
一体何に対してズルいと言っているのかはわからない。わからないが、このまま押し倒されっぱなしという訳にもいかない。
こちらからも攻めなければ、と手を束さんの身体に伸ばして。
――目があった。
束さんとではない。束さんよりも向こう、木の上に潜む人物と目があった。
にわかに混乱する。束さんは俺たち以外に人は居ないと言った筈だ。居ないと言った以上、それは絶対だ。隠れて近づいてくる人間すらも、束さんなら看破する。ならば一体誰が。
「ご、ごめんなさい。束様、お父様……邪魔するつもりは……」
「え、クーちゃん!?」
俺に気付かれて観念したのか、クロエがするすると木から降りてきた。しゅんとするクロエを怒る気には当然なれない。野外で事に及ぼうとしたのだから、悪いのは全面的にこちらである。
「な、なんでクーちゃんがここに……?」
「束様が初めて運動すると張り切っておられたので、私も混ぜて貰おうと思って……」
言葉通り、クロエは体操服である。
しかし何故クロエまでブルマをチョイスしたんだ。
「これが正式な運動用の服だと、束様が仰っていましたから……」
納得した。
束さんが言うのなら、それをクロエは正しいと信じる筈だ。
「あ、でもお二人の邪魔はしませんから……」
そう言って、クロエは顔を紅潮させながら両手で覆った。その割には、時々指の隙間を開けてはちらちらと見ている。
興味はあるのだろう。しかし義理とはいえ娘に見られながら、というのは特殊性癖に過ぎる。野外という時点でかなり特殊だが、それとはまた別の話だ。
情操教育にも良くない。
「あ、あはは……じゃ、じゃあ三人で運動しよっか」
目にも止まらぬ速さで束さんは俺の身体から離れ、立ち上がった。俺も神速とはいかないが出来得る限りの速さで立つ。必要なのは何事もなかったという振りである。
クロエは未だに顔を両手で覆いながら、こちらの様子を観察している様だった。
◇
後の事は、特に語ることはない。
束さんもクロエも、俺と同じハーフパンツを履いて運動しただけである。
前回の話が思ったより最終回っぽくなりましたが特に関係なく続きます。
一話完結時系列バラバラ、各話はゆるく繋がっている程度です。
前回は割とシリアスな感じだったので今回はちょっとエロティックな感じで。
束さんの格好にブルマがないことについてとある人と盛り上がった結果です。
もちろん許可済みです、込み入ったところも話すとネタが作りやすい……。
束さん+裸足+ブルマ+スポブラ+紐パン=ヤバい、を皆さんに伝えたかった。
次回くらいのネタの為のジャブみたいな実験要素、17歳の束さん。
15歳でも17歳だし19歳でも17歳です。
某所で意見を取ったところ、いつものオチが強かったのでいつものオチ。今回はクロエ。
やっぱり、いつものじゃないオチはR-18でやれってことですね。
Nekuron様、よもぎもち様、俺YOEE様、誤字脱字報告ありがとうございます。
何故読み返している時に気付けないのか、復旧して同じミスをするとは情けない…。
さーくるぷりんと様、脱字報告ありがとうございます。
((´・ω・`)様、誤字脱字報告ありがとうございます…なんだこのミス…何故気付かない…。