修学旅行二日目。気持ちのいい青空、騒がしい室内、睨みつけてくるクラスメイト。
「ちょっと、どういうことよ!」
朝食に行こうとしたら神楽坂明日菜に止められる。後ろで班のメンバーが何事かと覗きに来る。
「どうしたんですの明日菜さん、長谷川さんが何かしましたか?」
「何かじゃないわよっ!」
春日がこちらのほうを見てくるので頷いておく。
嫌な顔をしてそそくさと立ち去ろうとするので十字を切っておいた。すると顔を青ざめて立ち止まる。シスターシャークティーのことを思い出したのだろう。
今ここで立ち止まらなかったら帰った後に千雨は絶対にシスターシャークティ―にばらしていた。今ここで春日が何もしなければ魔法の守秘義務に引っかかるのだから止めるのは義務なはずだからだ。
「ほら明日菜、少し落ち着きなよ。なにがあったの?」
いやいや明日菜を宥める春日。
明日菜は内容を口にしようとして、躊躇した。
そうだろう、魔法使いの関係のことを大声で話すわけにはいかないとやっと気が付いたのだ。明日菜は何も言えずに言いよどむ。
「なんでも……ないわよ」
「なんでもないなら長谷川さんに突っかからないでくださいな。まったく、だから明日菜さんはお猿なのですわ。せっかくの修学旅行を台無しにしないでください。せっかくネギ先生との記念すべき旅行ですのに」
そう言いながらあやかは食堂へと歩き出す。千雨もそれに習おうとしたが、それは明日菜によって止められた。
嫌な予感がしたのでもう片方の手で春日の手をつかんで止める。
「なんすか?」
それはものすごい嫌そうな目をして春日が呟いた。目が語っている。面倒事に巻き込むなと。
「神楽坂の世話する気はねぇぞ私は。一般人引き込んでんのはそっちの責任だろうが」
「そんなの上に言ってくださいよ。知らんっスそんなこと」
春日が千雨を振り払おうとするが、千雨はそれを話さない。
「そりゃあねえだろ。わざわざ京都くんだりまで連れて来てんのは麻帆良だろ」
「麻帆良の学園長であって魔法使いの私のせいじゃないっす!」
「美空ちゃんも魔法使いなの!?」
明日菜が驚き声を上げる。それに対し千雨はにやりと唇の端を吊り上げ、春日はげんなりとした。
「違います。人違いです」
「ちょっと待ちなさいよ! 人違いなわけないでしょうが!」
「知らないっす! そんな面倒なことは瀬流彦先生にでも言ってよ!」
どんどんとばれていく魔法先生と魔法生徒。
正直千雨にとってはどうでもよかった。
そして心底朝倉と春日の班構成を変更したのに感謝していた。矛先がそっちに向いているのをいいことに、そちらへと興味を向けさせる。
「とりあえず話すんなら瀬流彦先生連れてこい一般人。部外者が喚いてもどうにもならないことがあるんだよ」
「このかが攫われそうになったのよ!?」
「知るかそんなもん。むしろ関西にいるべき立場の人間が独断で魔法使いの傘下にいるのが間違いなんだ。関西の言い分は取り返しに来たってことになるんだよ」
今までの穏健派はこのかを関東に送っているのに賛成だった。
余計な問題をこれ以上引き起こさないからだ。
しかし、千雨が送ってきている情報――魔法使いとの同居や関東魔法協会の会長がお見合いを強要しているなど――によって今はこのかが関東にいることを認めていない。
先日も長以外の満場一致で関西に戻るべきという結論が出ていた。
それ以前に警告書を送るべきという意見も持たれたが、長のこれまでの魔法使いの対応を指摘されると、それを成しても効果はないと言われたのだ。そもそもなんで長が今の立場にいるのかという疑問まで上がってきた。
青山時代は関西に何も貢献していない。
魔法世界にいたのだから当然だ。嫁の木乃葉が血縁者なのだから木乃葉が長になるはず。
そもそもなんで術者でなく剣士の、しかも青山の人間がどのような理由で長になるのか。
その経緯がはっきりとしなかったからだ。
一応、両面宿儺乃神を退治したという功績があるにはあるが、それは剣士としての功績である。
それにその後、結局それはなぜ起きたのかも調査されていない。
関西の過激派が行った可能性ももちろんあるが、たまたま漏れた結界のほころびによってなのかもしれない。
魔法使いが何かしたのかもしれない。
むしろ戦いたいからという理由かもしれなければ魔力の高いものが多く集まったせいなのかもしれない。その、長自体を疑問視するということが一点。
そして、そもそも関東の最近の行動は一般人として過ごしていかせたいという理由で送った長の気持ちを踏みにじる行為であり、お見合いをさせるという行為は己の陣営へと引き込もうとする行為に他ならない。
敵対組織の長がそういった行動をとっているのだから戦争になってもおかしくはないのだ。
さらには見習いの魔法をばらすような魔法使いに対して「ナギの息子だから大丈夫でしょう」という言葉を発する詠春は長であることを忘れているか、自覚していないのだと判断された。
そもそも、ネギとこのかを会わせること自体が関西所属の人間にとっては許せない行為なのだから。
さらには先日の仮契約未遂。
ネギ、魔法使いが知識がないのをいいことに既成事実を作ろうとしているのを許せるはずがなかった。
父親としての近衛詠春が組織人としての近衛詠春より強くなり、しかも混ざっている。
そしてその混ざった結果が公私混同している上に紅き翼としての青山詠春の判断しかしていないのだから、今まで付き従っていた人間も疑問視をしていた。
そして次に出てくるのが近衛木乃香のことだ。
彼女は実は関西呪術協会に所属している。いや、生まれた時からそういう運命になっている。
近衛の血を引いている時点で次代を担うためにもこれは必須なのだ。
詠春が後任を決めるなどすればまだ可能性もあったのだが、なぜか彼はそれをしない。
彼がしたことと言えば日々の業務のほかには関東との仲を取り持とうとすること。
下の人間に何もせずに。
そもそも話し合いなどをしていれば千草が恨みを持ったりなどはしない。
したとしても軽減くらいはできているはずだ。
天ヶ崎千草の名は長の耳に入るくらいには有名な名前なのだ。
そのくらいになれば危険因子にならないためにも少しは話をするべきである。
けれど彼は魔法使いのことを考えて行動していた。それはあってはならないことだということを彼は理解していないのだ。
魔法世界に武者修行に出て紅き翼と一緒にいた人間はむしろ日本よりそちら側になってしまっていた。
形式上の抗議すらできないくらいまで魔法使い陣営寄りになってしまった長に部下は言葉も出なくなっていた。
そして今回、下された関西の決定は近衛木乃香の奪還だった。
青山の血だけならば話は早い。
麻帆良に送ってしまえばいいのだ。青山はあくまで神鳴流の血統だ。それはそちらで決めればいい。
けれど代々続いてきた近衛の血は違うのだ。
さらに近衛性の人間が関東のTOPになっているのも問題ではあるのだが、近衛門が関東に行ったときにはまだ関東との融和という選択肢もあったのだ。
お互いを尊重できるようなものならば。
しかし結果としてはそのようなものにはならずに、近衛門は独断専行を始めた。
結果として呪術協会の情報が魔法使いに与えられただけになったのだ。その時点で亀裂が入り、しまいには大戦での青山の徴兵である。
近衛との婚約関係にあったとはいえ青山の人間が命令を出して呪術協会が聞くということは、立場を壊すこととなる。
過去の決まりを壊すと言えば聞こえはいいが、結果はすべての組織との間に亀裂が入ったにとどまる。
さらに最近言われ始めたのが青山の秘匿性の薄さであった。
青山の一門が秘匿を無視しているために神鳴流の秘匿性が薄まり、一般人でもしっている者が出てきた。
しかしそのことに対しても青山詠春は口を出さない。出せない。
そして子飼いの桜咲刹那しか麻帆良に送っていない。これは組織としての失敗ではないが、組織の亀裂を大きくした。
昔から重用されている大家に見向きもしないのだ。
組織の人間を考えていなかった。
そしてその彼女もしっかりとした護衛をしているわけではない。
そして結果、関西の決定は長を通さずに下に出されることになる。長以外の満場一致で。
組織として問題ある行動だろうが、クーデターとは得てしてこういうものである。
非は組織にあるのだろう。しかし組織にそこまでやらせたのは誰なのか。
結局一番不幸なのは親に振り回された近衛木乃香なのかもしれない。
「お前が口出せないところで動いてるもんもあるんだよ」
せめて今の時点で攫うことができたなら、魔力を封印して一般人にすることができる。
それが失敗し駄目になった場合、近衛木乃香が魔法というものを知った場合、それは近衛木乃香に義務が生まれるということになる。生まれる家が近衛だったがために関西に所属している近衛木乃香には、魔法を知るということは、それが関西の人間の手でなされるときは長の追訴と同じタイミングになるだろう。そうなってしまえば彼女を組織がやめさせることはない。許さない。ある意味ここで攫われたほうが一番だったかもしれない。
それを知っている千雨は自然と明日菜に向かって言っていた。
これ以上のことを言えば彼女の口から関東に情報が移るだろう。
それは千雨が裏切ることに他ならないため、関東と心中する気のない千雨はこれ以上の口を利かない。
「刹那に事情は聞いたんだろ? あいつはなんて言っていた?」
「刹那さんはこのかが関西なんちゃらのお嬢様で自分は裏切り者だって」
「そうだな、あいつはあれでも一応関西の所属なんだ。そんなやつが裏切り者って言っている理由はわかるか? あいつ、長直々の命令で麻帆良に行ってんだぜ」
「わかんないわよ。そこまで聞いてないし……」
明日菜はイラつきながらも知らないと答える。
千雨はその答えをすぐに言うか迷った。すこしでも考えることで立場というものを理解するのではないかと。
「あいつが裏切り者って言ったのは組織の立場じゃないんだ。ここまでは理解したか?」
「う、うん。けど、じゃあなんで裏切り者なんて自分のことを言うのよ」
「関西の人のほとんどが近衛木乃香を麻帆良に置きたくないからさ。
関西と関東の仲が悪いのに仲が悪い相手に預けたくはないだろ? たとえばうちのクラスメイトをウルスラのドッヂ部の奴らのクラスに置きたいか?」
「ううん、いやよあんな人たちのところに」
明日菜は首を振って否定する。春日もうんうん頷いた。
「そういうことをしてるってことさ。それに神楽坂、お前は大切なものを預けるときに誰に預ける?」
「このかかいいんちょかな」
「春日は?」
「私? 私はココネ……一緒の見習いシスターにだね」
「二人ともその理由は?」
「あの二人なら絶対なくさないし壊さないし」
「信頼してるからねー、ココネのこと」
二人はそれぞれ答える。それに対して千雨は口を開いた。
「そう、信頼している奴。安心している奴に預けるよな。
それが関西の長、近衛の父親にとっては学園長だったんだ。
敵対している組織の長に預けるのが一番安全だと思っている人間と信頼関係が取れない。そのほかにお前等にも原因があるんだぜ? 神楽坂」
明日菜は何を言っているのかわからないような顔をする。
「ネギ先生といろいろやらかしているそうじゃねえか。
近衛が一番最初に被害にあったのは惚れ薬か。それにお前はクラスで何度も脱いでるし、この前なんてあのガキは杖で飛んでるところ見られてんだぜ?
魔法から遠ざけるための麻帆良なのに近くでそんなことが起きてるんだ。取り返したくもなる。」
「ちょ……それは私のせいじゃなくてネギの――」
「かわんねぇよパートナーさん。そういえばパクティオーもしようとしてたな。
それに一緒にいるオコジョ、犯罪者じゃねえか。そんなやつらの近くにいるのも、いさせているのも不信感を感じさせる原因なんだ。
しまいには学園長自身が図書館島に追いやって近衛を利用しているからな。はっきり言うと、近衛がここにいるのも、近衛が連れ去られそうになるまで危険な状態になっているのも、全部ネギ先生が来てからだな」
「アスナさ……え?」