大体の事が終わりを迎え、ひと段落が付いた。連合は元老院の弾圧がまだ済んでいないものの、済んでいない問題もいくつかあった。
「で、どうすんだよこいつはよ!」
目の前には仮契約のカード。アスナと千雨の仮契約の結果だ。
最初にされたとき、千雨は大いに驚いたが、自分の立場を把握したときには仕方がないと思っていた。両方とも立場が危うかったのだ。
関西陣営として動きすぎた千雨と、亡くなっていたと思っていた亡国の姫君。それが暗躍した者の情報を持っているのだ。ことが動けば消される可能性がある。
しかし、本当にそうだろうか。
片方を消されても事故で済む。そうだろう。
片方だけならば、何が原因で死んだのかを誤魔化せる。魔法世界側の人間が殺したのか、表の世界の暴走か。どちらかには大事だが、どちらかには害になる存在だから。
千雨が殺されれば正義の魔法使いの暴走になり、アスナが殺されれば、まだ事実を知らされていない魔法国民たちにばれないですむ。事実はうやむやになるわけだ。
だが、この両方が同時に殺されたりなどすれば、修正できないほどの亀裂を双方に産むことになる。それは魔法世界にとっても避けたいものだ。魔法世界が破滅することが決まっているのだ。この先の事を考えるとそんなことはできない。
そこで、少なくともアスナを始末したい元老院だが、そこでクルトがアスナに勧めたのだ。千雨との仮契約を。
千雨と仮契約することで、今の自身の身を守るべきだと。そして、逆に仮契約することで、今後の千雨の身の安全を守るべきだと。この後の事で、魔法世界と戦う千雨の守りとなってやるべきだと。
「と言うことなの」
「なのじゃねえよ! お前はなのなの言われる側だ! そうじゃなくてな、私は普通に暮らしたいだけなんだ。おまえとの繋がりなんて必要ないんだよ!」
「あ、それは無理」
「は?」
千雨の叫びに、アスナは簡潔に答えた。そして、数枚の書簡を取り出した。
「こっちがアリアドネー、こっちがクルト達の派閥、こっちが腐ってる方の派閥、こっちがメルディアナ、んでもって麻帆良。これ全部千雨を招待しようとか取り入れようとかが策している人たちの手紙。これだけあるんだから、引退しましたとか言っても聞かないよ? 15歳で引退なんてありえないもの」
「じゃあせめて大学出るまでは携わらないとか」
「そうするとアリアドネーとメルディアナと麻帆良が生徒にってうるさくなるよ。それに、15歳は既に魔法世界の年齢で社会人の年だから、そんなこと気にしないと思う」
「そっちでそうだってこっちじゃ……そうだよな、あいつらの反応見てる限り、自分たちの事中心にしか物事考えられないからな」
クルトが言うには、そういう教育だからこそ操りやすいのだという。さらに言わせれば、そういう教育を施していたのが、ろくでもない方の元老院議員たちであり、世界は元老院の名のもとに都合よく作られていったのだった。
「だから戦争が起きたんだよな」
「それもふまえて隠しておきたかったみたいよ。でも、それが暴かれた」
「そこまでする必要はこっちとしてはなかったんだがな」
「クルトにとってはいいタイミングだったみたいよ。堂々と千雨の名前を武器に粛清していったわ」
作られた人間と、移り住んだ人間。どちらにも変わりはないはずなのだが、元老院はそれを理解しなかった。いや、曲解したと言ってもいいのだろう。
魔法世界の住人をまるでネットゲームのNPCのように思っていたのだ。もちろん帝国の亜人たちも。場合によってはモンスターと同じ、殺せばPOPしてくるものだととらえていたのだ。しかも、元老院議員で且つ、紅き翼のクルトがそれを発表したのだ。その後の魔法世界はひどいものだった。誰も彼も元老院に対して怒りをあらわにし、その後のタイミングでフェイトは自身を表に出して大戦時に行おうとしていたのは世界の救済であることと、世界の崩壊が近いことを発表。隣には村を元老院に滅ぼされた孤児たちの中から、真実を訴えたいと申し出た者達を連れていた。親を、家族を、友人を返せと嘆く彼等の言葉は、世界の人々の胸を打った。
更に目標は元老院の討伐であったとし、帝国が押していた時に紅き翼のとった行動は間違いであったとクルトが謝罪。その時の動機のところでアスナが生きていることを明かし、アリカが国民のために動いたものを、元老院が自分たちの責任を押し付けて殺したことを明らかにした。動機は腕試し。目立ちたいから。世界を救って回ったのは自分の力を誇示するため。人助けをしていたのはアリカを救出する際の世論先導であったことを明かし、行動の結果、行いの素晴らしさを認めたうえで、間違いであったと公表された。
当時の元老院議員の名前も、その主導者も瞬く間に公表され、クルトと数名を除いた元老院は亡きものとなった。そのほとんどは公的に裁かれることもなく。
それでも後任に腐ったミカンがいるのが連合なわけだが。
元老院は、また主導を握るためにも千雨がのどから手が出るほど欲しかった。
「今どこかに逃げても捕まって終わりだから、ゆっくりと本山でのんびりしなよ。このかの指導だってあるんでしょ?」
「そうだけど、私じゃなくてもそんなもんできんだろ」
「サウザントマスターを超える魔力を扱える人間の指導なんてできないわよ。しかも派閥関係してない人間でなんて。基本を千雨が、知識を千草さんが教えてるんだからそれでいいじゃない」
「私は平穏が欲しいんだ」
「なれればこれも平穏よ。少なくとも常識と非常識は区別されているし、皆自由に動けてるじゃない」
「自由意志ではあるが、政治的にはがんじがらめだけどな」
千雨は、畳の床に体を投げ出した。はだけている和服を治そうともせずに寝返りを打つ。
「あぁ、魔法のない世界に生まれたかった」
「私も。けど、魔法がなかったら私はもうおばあちゃんだから、千雨と友達になれなかったかも」
「エターナルロリータが二人か。麻帆良は平均年齢が高いな」
「千雨?」
にっこりと笑いながら銃を構えるアスナ。さらに千雨の陰から手が出て、糸を括って四肢を動けなくさせていた。
「なかなか面白い話をしているじゃないか? 長谷川」
「お前、なんでここにいるんだよ!」
「嫌な予感がしてな。神楽坂、ぬかるなよ」
「私の名前は違うって言ってるじゃない、エヴァちゃん。任せてよ。屈辱的な発動条件で負けるみじめさを味わいなさい」
両手の銃から排莢がいくつも放り出される。カートリッジを使い続けているのだろう。
「王家の魔力を味わいなさい」
「ゲッ……『召喚』」
小声で召喚されたのは、千雨の従者だった。
「『パンツめくれー』!!」
「なんや!? アスナの姉ちゃんが変態――なんやこれはーー!?」
何もわからずに召喚された少年は、そのまま魔力の本流に飲まれていく。
身を盾として主人を護ったのだ。
「ふぅ、あぶねえな」
時間をかけて糸を解いた千雨は体制を立て直していた。
「千雨、結構ひどいわね」
「撃った本人が言うんじゃねえよ『パンツめくれ』の変態さん?」
アスナの額に青筋が走る。
ここで千雨が逃亡を図ろうとしたが、ここで待ったの声がかかった。
「ふむ、そういえば長谷川。おまえの本気を見たことがなかったな」
「あ?」
ついと出てきたエヴァンジェリンが、ふとそんなことを言い出した。
「お前が行った戦闘は知っている。実際見たわけではないがな。しかし、それはお前の知恵であり力ではない。戦闘の実力は高いと言えるのだろうが、試合として、純粋な魔法使いとしての戦闘力はいかほどなのだ?」
確かに。そうアスナは相槌を打った。
千雨は搦め手を使って戦闘する。相手を追い込む戦い方をする。その為に格上とでも戦える。しかし、純粋に全力で戦っている千雨を見たことがないのだ。
「それはガチンコでやっての話か? 純粋な魔力量での魔法の威力の話か?」
「お前は道具使いだからな。一対一の搦め手なしの戦闘での話だ。神楽坂の持っている銃にしたって、お前の魔力運用量の少なさを補うものだろう?」
「まぁ、そうだが……」
カートリッジシステムは、一時的に魔力総量の高い相手と同格の、それ以上の力を出せるものだ。それを使った戦い方、真正面での戦い方もできるのではないかとエヴァは聞いたのだ。
「では、それをやってみろ。相手はそうだな……神楽坂とそこの犬コロでいいだろう」
「だから名前違うって……まぁ、千雨と戦うのはいいけど」
「ちょっと待て。戦う理由がないだろう!」
「私が直々に授業をしてやろうと言うのだ。講師の授業も受ける者が居なくては意味がないだろう?」
クックと笑いながら、紙を見せつけるエヴァ。なんだかんだ言って、丸め込まれたことに対し、鬱憤がたまっていたらしい。おそらく、その後には地獄の特訓が待っているのだろう。
「それに……」
エヴァンジェリンの言葉を、いつの間にか来ていた茶々丸が続けた。
「千雨様から離れた小太郎様の成功率は20%。本日も油断による失敗で、5件連続未達成です。小太郎様を鍛え治す意味でも……」
「そうか……」
その言葉を聞いた千雨は、エヴァンジェリンに戦闘の場所を聞くと、小太郎を背負っていった。その顔は、非常に影がかかっていたが、清々しいまでに笑顔だった。
そして別荘内。
「なんでそんなおびえてんのよ。アンタ結構強いんでしょ?」
千雨から受け取ったままのエクスカリバーを構え、銃を腰に挿したアスナが隣でしっぽを丸めてがたがた震えている小太郎に聞く。
「姉ちゃんは千雨姉ちゃんのお仕置きを知らんからそんなことが言えるんや……」
いつも活発な少年は、こころなし声も小さかった。
「どういうことよ」
「……見てればわかるわ」
そう言っている間にも千雨がやってきた。
「悪いな。時間がかかった」
「別にいいわ――」
振り返ったアスナは、必死で噴き出すのをこらえた。
「なによその恰好!」
「あんまり人前で着たくはないんだけどな」
今の千雨の姿は、一言でいうなら魔王、二言で言うなら白い悪魔。
人が見たらこういうだろう。高町なのはのコスプレと。
「最大戦力はこいつなもんでな」
右手に持った赤いビー玉のようなものを空へと投げる
「セットアップ!」
収納の刻印が刻まれたそれは、機械製の杖を出現させた。アスナがリリカルなのはを知っていればすぐに逃げただろう。
二丁拳銃を持ったオレンジ色のツインテール少女の末路を知っていたなら。そして、コスプレの内容を知っていたなら。
「私の力、紙卸だ」
普通は神卸と呼ばれ、神をその身に宿す行為だが、千雨のそれは特別だった。
麻帆良で育ち、孤独を過ごし、現実とアニメや漫画、非常識との境界線が分からなくなった少女はオタクとなった。そして、常識が間違っていないと知ってもなお、自身の精神の安定のためにオタクの道を走った。そこで、現実逃避の手段として起こしたのが、漫画やアニメに入り込むことだった。主人公になりきり、その気持ちになってアニメを見る。そうすることで楽しんでいた。コスプレもその延長。そして、自分を認めてほしいと言う自己顕示欲でもあった。
その時に生まれたのがこの紙卸である。
自身がキャラクターになりきることによって、その人物の行動をとることができるのだ。
「じゃあ……『はじめようか』小太郎」
小太郎は、体を跳ねておびえた表情で千雨を見る。
「『なんで、教えたとおりにやらないのかな。本番で練習したとおりにやらなかったら、教導の意味、ないよね』」
紙卸の怖いところは、なりきるところである。たとえば、神卸の場合、その神が対象に入るわけだが、千雨の場合、自己催眠に近いものがある。よって
「『少し、OHANASHIしようか』」
すこしばかり誇張表現が入ってしまうこともあるのだ。
小太郎はすぐさま逃げようとした。しかし、すぐに結界に阻まれる。
「どうしたの? 小太郎、知ってるでしょ。ほらアスナも構えてよ」
空中で手を大きく広げた千雨(なのは)はこういった。
「『知らないの? 大魔王からは逃げられない』んだよ」
こうして、戦いは始まった。