千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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27話

 大剣の刃を盾にして、高畑と向かい合うアスナ。

 彼女は、一番彼の戦闘スタイルを知っていた。

 彼の師匠であるガトウに守られ続けていたのだから。

 記憶が戻った時に、一番最初にしたのは自己嫌悪だった。高畑を好いていたことの。

 助けてくれていたガトウの面影を残した高畑を好きになったこと。本質を理解しようとしないで、技と名前だけを引き継いだ高畑なんかに。

 そして、憧れと感謝と友愛を、恋愛へと誤認していたこと。ガトウに対し、失礼だと思った。偽りの気持ちで染めるのも、ガトウとの思い出をそんなものに挿げ替えるのも。

 次に出てきたのは、ガトウの最後の言葉。そして、現状。

 利用され続けていたアスナだからこそ、すぐに自分の環境を把握した。はめられたのだと。

 塗り固められた周りには、魔法しかなかった。消された記憶、誘導された精神で、ネギの隣に立っていた。これではガトウさんとの約束を守れないと。

 記憶を失いたくなかった。思い出を失いたくなかった。仲間を忘れたくなかった。

 なのに、忘れさせられた。最後は説得され、深い眠りについた。そして、目覚めればそれはなんて戯言か。結局、踊らされていただけだった。

 

「タカミチは、結局なにも分かっていない」

 

 ずっとガトウの後ろについていたタカミチ。けど、ずっと目を追っていたのはナギ・スプリングフィールドに対してだった。英雄に対してだった。苦悩の末に結果を得る捜査官より、一撃で敵を倒し担ぎあげられる英雄を尊敬していた。

 ガトウは、高畑にとって、魔法と言う手段を得るための道具だったのだと、アスナは気付いた。気付かされた。

 湧き上がる怒りと悲しみ。結局、立派な魔法使いなんて、英雄なんて我儘な奴が行う独善。それが許されるのは、本質的な英雄のみ。心から味方を助ける者。今NGOで人々を救っているだろう。敵を倒し、己の道を行くもの。ナギのような人間だ。危険性をはらみながらも、英雄の資質とは、本能的に真の敵を見つける。そして、双方に言えることは、周りを不幸にしない。仲間を見つけ、助け助けられるが、利用はしない。

 けど、高畑はそこが違った。英雄になりきれない英雄。

 

「あやまって、ガトウさんに、ナギに、皆に」

 

 ナギの生きざまを穢した高畑。ガトウの技を利用した高畑。

 

「善人ぶって、真面目ぶって、他人を利用してまで得た力で、その人たちの周りを壊してんじゃないわよ!」

 

 そのまま前に突進するアスナ。高畑はそれに対し、ポケットに手を入れて構える。

 

「君こそ、なんでわからないんだ」

 

 アスナの剣にいくつもの衝撃が走る。それを無視してアスナは高畑へと向かった。

 

「わかんないよ、タカミチの考えなんて。わかりたくない」

「ネギ君に君は必要な存在になっているんだ。なのになぜ拒む」

 

距離を取りつつ戦う高畑。前へと進み続けるアスナ。

 

「タカミチが、学園長が仕向けたことでしょ!」

「君が選んだんだ。そういう運命だったんだ」

 

 高畑の居合拳を避け、懐に入り蹴りを放つ。

 

「運命なわけない、これが運命だと言うのなら……」

 

 腹部にあたる直前に避けた高畑に、アスナは剣を振り下ろした。

 

「ここで止めるまでが運命なんだよ」

 

 剣が勢いよく、地面に刺さった。廊下の板が割れ、辺りに散らばる。そして、先に逃げた高畑を追って、戦場は庭へと移っていく。

 居合拳を連続で打つタカミチ。しかし、それをアスナはくらいながらも倒れなかった。

 

「私は負けないよ、ガトウさんのためにも。偽物なんかに」

 

 アスナは地面に剣を突き刺した。

 ここは千雨の結界の範囲外。それを確認し、両手を合わせて、手にボールを持っているかのように

 

「右手に魔力、左手に氣」

 

 咸卦法。究極技法、魔力と氣という、本来は反発するものを融合させて、爆発的な威力を生み出す。

 

「来て、タカミチ。教えてあげる」

「僕も、教えてあげよう。君の進むべき道を」

 

 アスナを真似るかのように、高畑も手を合わせた。

 

「いくよ、明日菜君」

 

 豪殺、居合拳。

 咸卦法を使用することによって、爆発的な威力を作る居合拳。

 居合抜きをポケットで行い、拳で発生される空圧を武器にする居合拳。それの強化バージョンだ。

 アスナはそれに、真っ向から立ち向かった。

地面に挿した剣を盾に、威力の高まった攻撃をかわす。

 そして剣を抜き、高畑を中心に円を取って間合いを測る。そこにすかさず高畑が居合拳の雨を降らせた。小刻みに居合拳を放ち、ある程度的が絞れたら豪殺居合拳を放つ。

 徐々にアスナは追いやられていった。

 

「逃げてばかりじゃないか、明日菜君」

「別に、タカミチなんていつでも倒せるもの。10年たってもこれくらいなんだから。咸卦法に何年かかったの? タカミチ」

 

 アスナの挑発。それによって、苦労をしていた記憶が呼びさまされた。ガトウの弟子だったころ、一瞬で、アスナは咸卦法を会得した。彼は、それに驚きながらも、嫉妬をしていた。

 

「言うじゃないか明日菜君。じゃあ、これでどうだ!」

 

 逃げ道をふさぐ攻撃の嵐。

 アスナはそこかしこに切り傷を作りながらも、それをことごとく避けていく。

 追うものと追われるものがはっきりとしているこの勝負。終わりは急に訪れた。

 

「……もういい」

 

 アスナが、剣をいきなり小さく戻したのだ。

 高畑は、その様子を見てほっと息を吐いた。

 

「やっと降参か。分かってくれたんだね、明日菜君」

 

 警戒しながらも近寄る高畑。それをアスナは、そっと手をあげて制した。

 

「もういいよタカミチ。もう、ガトウさんの技を穢すのはやめて」

 

 高畑は、進めていた足を止める。

 

「何を」

「これで、ずっと名を馳せてきたの? こんな中途半端な居合拳で」

 

 呆然とする高畑。

 

「中途、半端だって?」

「そう、中途半端。なにも分かってない。タダの技術すらできていない出来そこない」

 

 アスナの指摘に青筋を浮かべる。そして、高畑は叫んだ。

 

「明日菜君! 君に何が分かるんだ。僕の居合拳は師匠を超えた! 十何年も修行をして手に入れた力だ!」

 

 アスナは静かに首を振る。

 

「違うよ。これはガトウさんの居合拳じゃない」

「なら、なんだと言うのか、見せてみてくれないか!」

 

 攻撃を再開する高畑。今度はさらに速度を増し、アスナを追い詰める。

 それをアスナは、涼しい顔で避けた。

 

「なっ!?」

「機動が丸見え。居合拳だけじゃ直線しかない」

 

 アスナは腰から取り出した。先ほど千雨に渡された銃を。

 

「それならこっちと変わらない。見えなくても、軌道が分かったら意味がない」

 

 そう言いながら、何発も弾丸を放つアスナ。その弾道は、直線、曲線、誘導弾。さまざまな種類のものが飛び出した。それを踊るように避ける高畑。

しかし、

 

「グッ……」

 

 いきなり足をかばうような仕草をする。

 

「どうしたの? タカミチ。ただの居合拳だよ」

「君は、ポケットに手を入れてなんか」

「銃を取り出したじゃない。刀の居合を模した拳なのに、銃を抜くときにできないと思ったの?」

 

 隙を狙って銃弾をさらに増やすアスナ。弾丸の残弾を気にせずに、打っては装填し、高畑を追い詰める。

 

「だけど、この程度なら」

 

 弾丸に込められているのは千雨の魔力だ。やすやすと高畑によって防がれる。

 

「何の問題もない」

 

 一撃の軽さを確認した高畑は、一瞬で間合いを詰めた。苦し紛れに明日菜が蹴りを放つ。

 

「そんなもの効かな……」

 

 また一瞬、高畑の動きがぶれた。

 

「さっきも言った。ポケットだけが手段じゃないって」

 

 居合とは、加速をつけて行う剣捌き、もしくは、初動からの太刀筋という2種類によって最速の一手となっている。

 居合拳は、その捌きを利用したものだ。

 なら、走らせるものがあれば、場所があればそれは居合となる。

 

「居合拳ってね。拳法なんだよ、こぶしじゃないの」

 

 今の明日菜は地面を蹴り飛ばしながら、その勢いで空圧を作ったのだ。

 中国拳法にも、支えの手をまわしながら、その腕の加速で速度を上げ、威力のある突きを放つ動作がある。それも、また居合と言えるだろう。

 なにも、包まれている必要はないのだ。

 

「居合の初動の速さと、その勢いで空圧を作り出したり、魔力や氣を放出する。それが居合拳。よく見ればわかったはず。なんどもガトウさんはやっていたから」

 

 しかし高畑は気が付かない。気が付けない。

 なんでか。

 

「技しか見ないから。力しか見ないからわからない」

 

 豪殺居合拳に居合拳。それは代表となる技であった。それ以外は副産物や、おまけである。

 基本、そして極意。それは確かに高畑の使う居合拳。

 しかし、技を真似ただけでは真に使えているとは言わない。

 

「それに、別に空圧だったら、居合の必要もない」

 

 神鳴流だって、そのまま刃で氣を飛ばす。

 アスナは拳で氣の入った氣弾を放つ。

 それを高畑は避ける。

 しかし、アスナの狙いはそこではない。居合の中で速度を上げる。それは確かに必要だが、限界の速度が決まっているわけでもない。高畑とて、常に最高速で居合拳をするわけではない。では、別に速度が乗っていれば

 

「居合の必要もない」

 

 ただのストレートで空圧を飛ばせる。氣弾は誘導が可能。しかし、見えてしまう。だが。空圧は一直線だが不可視のものだ。

 

「速度、そして距離のある攻撃、不可視の恐怖、捌き辛い攻撃。これが居合拳」

 

 ガトウを注視していればわかるはずだった。

 直線起動の拳だけが居合拳のはずがないと。

 圧倒的な力、それを目の前にしていたから気が付かなかったのか? それを追い求めていたから気が付かなかったのか。居合拳を技としてしか見られなかったから気が付かなかったのか。

 ナギに憧れ、ガトウの弟子になった高畑。その矛盾が、バランスの崩壊を生んだ。

 

「……それが、どうしたと言うんだ」

 

 高畑は、アスナの攻撃を受けながらも、威力を乗せた居合拳をアスナに向かって放った。

 アスナは、一歩後ろへ下がる。

 

「だからと言って、僕と明日菜君との実力の差が縮まることはない。それが居合拳だと言うのなら、後でそれを学べばいいだけだ」

 

 高畑は前に一歩強く踏み込んだ。

 

「覚えればいい。そして、また一歩僕は強くなれる」

 

 本質を見抜いていない高畑。アスナはガトウの本質を伝えようとした。しかし高畑が見たのは技術の力。

 高畑が見ていなかったガトウの面影は、技術の重要性にかき消された。

 見てなかったのなら覚えればいい。力をさらに伸ばせると。

 思いは、伝わらない。力だけが、伝わった。


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