千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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26話

 目の前に現れたのは犬耳の少年。

 

「なんや千雨姉ちゃん、やっと出番か?」

 

 学ランを来た、活発に走り回っていそうな少年。跳ねた髪と不敵な笑みは、彼の特徴を一層際立たせていた。

 

「あぁ。と、いうことで小太郎、アーティファクトを出せ」

 

 しかしなぜ、千雨が小太郎を従者に従えているのか。本来表に出ない人間が……。

 

「あ、あれを出すんか? 今日は妖怪相手やないのに」

「いいから出せ。大一番だ、反論はゆるさねぇ」

 

 ものすごく嫌そうな顔をする小太郎だが、千雨は彼の言葉を一切無視して命令した。

 

「うぅ、アデアット……」

 

 アデアット。パクティオーした従者が手にすることのできる、専用アイテムを出すためのキーワード。しかし、小太郎はそれを拒絶した。なぜか

 小太郎の手には何も現れなかった。

 小太郎の足には何も付いていなかった

 小太郎の頭には何もかぶっていなかった。

 小太郎の服にも何も変化はない。

 小太郎の首には、首輪がつけられていた。それは鎖でつながれており、その先は千雨の手中に収まっていた。

 

「目標の撃破が最優先、死亡、骨折及び後遺症の残る怪我はさせんなよ。脱臼は大丈夫だ」

「いいかげん、この首輪やめてくれへん?」

「お前がしっかりと判断できるようになってからだ」

 

 暴走の多い小太郎を強制召喚するために行った仮契約。それが思わぬ副産物を生んだ。

 それがこの首輪だ。

 

「わかったわ。じゃあいくで! 西洋魔術師!」

 

「え!? ラステ……ブ!」

 

 突然の攻撃に対処できずに、頬に拳を食らったネギ。それを見てネカネが叫んだ。

 

「卑怯な! いきなり攻撃するなんて」

「よーいどんじゃねえんだよ、戦闘ってのはな」

 

 千雨は四方に札を投げた。壁や地面に張り付いた札が方陣を組み、結界が出来上がる。

 

「陰!」

 

 千雨は結界内に作用する術式を刻む。自分の有利になるように

 

「よわっちぃな、西洋魔術師は。いつも後ろでセコセコやってるからなよなよしとるんや」

 

 千雨は小太郎を軽く睨みつける。彼は、その視線に気が付いて慌てて次の動作に入った。

 右足を股関節から回した中断蹴りをネギにみまう。しかし、ネギはとっさにそれを杖でしのいだ。

 

「まだまだいくでぇ! ボロボロになりたくなかったらさっさと降参せいや!」

 

 右手の突き、左手の手刀切り、そして右ひざ蹴りからの左回し蹴り。さらにその回転を利用した裏拳。一撃で相手を潰さぬように、かといって障壁で防ぎきれるものでもない。すべてにおいて調整しつくされた攻撃。ネギはそれを必死に杖で耐えていた。

 

「くっ! 君はなんでこんなことをするんだ!」

「なんで!? 悪党をやっつけるのに理由なんてないわ!」

 

 小太郎の発言にネギが反応した。

 

「悪いことをやっているのは君たちじゃないか! 僕のクラスの皆を返してもらう!」

「ハッ……なにが僕のクラスや。誰もお前の事なんて待ってへんわ!」

 

 胸ぐらを掴んで投げ飛ばす小太郎。そして、間髪入れずに追い打ちをかける。

 

「お前等西洋魔術師は後ろっからネチネチとせこいことしとるから弱いんや!」

 

 体制を立て直し、杖を前方に構えるネギ。それを払いながらも小太郎は懐に入った。

 

「知っとるか? 千雨姉ちゃんは西洋魔術師に殺されたからこっちに来たんや」

 

 ネギは、その言葉に一瞬固まった。そこを見逃さずに小太郎が顎に一撃を入れる。

 首輪の鎖が少し、緩んだ感触がした。

 

「ガハッ……けど、千雨さんは生きて――」

「難しいことは俺もわからへん。けどな、それくらいひどいことを千雨姉ちゃんはされたんや!」

 

 膝立ちの状態だったネギを蹴り飛ばす。

 

「初めてあった時の千雨姉ちゃんは俺と一緒や。一人ぼっちで、前も向けとらんかった。その悲しさがお前にわかるんか!」

 

 ネギは「分かる!」そう言おうとしたが、踵が頭にのしかかってきて言えなかった。しかし、ネギの一人ぼっちと、千雨の一人ぼっちは同じなのだろうか。

 

常識が乖離し、一人取り残された千雨。

 一人、自分の追う夢のために無茶をするネギ。

 

 人為的に作られた孤独。

 勝つために用意された蠱毒の中で生かされている孤独。

 

 救いの手は伸べられず、

 数多の援助があり、

 

 幾年にもわたる葛藤の末、

 拒絶し逃げた先には、

 

 本当の理解者がいた。

 糸を掲げる操り士がいた。

 

 双方ともに、苦労はあっただろう。辛い思いもしただろう。だが、片方は立ち向かい、崩れる直前で救い出された。もう片方は思考を放棄し、ただ欲望を満たすにいたった。

 何が良くて、何が悪いのか、結論が出ることはないだろう。

 ただ、今この場で、小太郎にとって、ネギにとって大事なことは、そんなことではない。

 

「西洋魔術師のせいで、千雨姉ちゃんは苦しかったんや! いつも言っとった。本気で話せる奴は俺達だけやって。せやかて、その時いつも、聞こえるんや。『本当の友達が欲しいって』」

 

 それは、小太郎が千雨の事情を知っているから聞こえる幻聴。

 そして、千雨の長年の思い。

 麻帆良にいてはかなわぬ願い。

 

「人の幸せ奪っといて何が僕のクラスや! 人の人生奪っといて、人をモノみたいに扱うなや!」

 

 小太郎は、渾身の右をネギの脇腹に叩き込んだ。

 小太郎は誓っていた。この戦いだけは決して負けないと。

 千雨は言っていなかったが、千草がこっそりと教えていた。これは、千雨にとっての決別の戦いであると。今まで積み重ねてきたことの集大成であると。

 悲しみをなくすための戦いであると。

 だから誓った。この戦い、千雨のためにうまくやると。ミスはしないと。

 今まで助けられた恩を返すために。それが、小太郎が男として決めたことだった。

 

「立てや西洋魔術師。腐った根性叩き直したる!」

 

 

 

「はぁ、こっぱずかしいこと言ってんなよ。小太郎」

 

 鎖のリードを持ちながら、千雨はそこに立っていた。

 小太郎の首輪は、リードの先にいる人物に、小太郎の現状況を知らせる。視覚、聴覚を伝えるものだった。あと一つ、能力があるが、それは今回必要なさそうだ。

 

「さて、こっちもおとなしくしてもらいたいもんだね、ネカネさんよ」

 

 対するネカネは、毅然と立ち、構えてはいる者の、右手に火傷の跡があった。下には、墨となった杖が落ちている。

 

「あなたに、ネギは渡さない……」

 

 ネカネは体の至る所を隠している。耳、胸、手。おそらくは、魔力発動体があるであろう場所。

 

「渡さないも何も、受け渡すのに合意してないのがアンタだろうに」

「ネギは何も悪くないわ。罪を与えることなんてしていない」

 

 関西にいるときにネギが自身で起こしたことは、魔力の暴走とこのかの奪取くらいだ。交渉によっては罪を猶予処分にはできるものではある。

 しかし、この件で関東が屈することがあれば、関東にいるときの不祥事も浮上するのだ。その数々を知った今、それを関西が知っている今、ネカネはネギを助けるために犯罪に走った。

 

「『…』」

「汲々如律令! 我は『言』を拒絶する!」

 

 ネカネが口を開く。そこに千雨はすかさず札を構えた。氣を利用するタイプのものだ。

 千雨が最初に敷いた陣、それは魔力を分散し、働きを減らす効果を持つ陣だ。千雨が西洋魔術師相手のために使っている常套手段でもある。

 陰陽師は氣を使って符を発動させることもできる。刹那なkんかがその例として挙げられるだろう。

 しかし、西洋魔術師は魔力を運用することで魔法を発動させる。氣を使うことはできない。これは、属性を扱う魔法と、五行を扱う陰陽師の差と言えよう。感化法を使うことが考えられない状態では、それほどアドバンテージにはならない。しかし、こうやって魔力の運用を難しくさせてしまえば、あとは氣の勝負になる。

 そして『言』を拒絶し詠唱魔法を使わせない。無詠唱の魔法は高が知れている上に、相手は魔法戦士ではない。

 ちなみに、小太郎が障壁を軽々破っているのも、それが原因である。

 

「くっ……なら!」

 

 体内で魔力を運用し、ネカネが体当たりをしてきた。『戦いの歌』である。

 千雨はそれを正面に見据えて、符を一枚放り投げた。

 

「お札さん、くるりとまわって一回転」

 

 炎が符より飛び出し、ネカネを囲うように渦巻いた。一瞬の先には、服がところどころ焦げたネカネの姿。ネカネは治癒魔法でそれを治す。

 

「おー、さすがに治癒魔法は得意なんだな」

「えぇ、おかげさまで」

 

 千雨の軽口に、ネカネが乗ってきた。距離を取りながら、次の策を考えているのだろう。

 

「けど、ネギ先生があんまり治癒をしているところを見たことねぇけど、教えてやらなかったのか?」

 

 学年末試験のときの明日菜の怪我を思い出し、聞く千雨。答えは既に分かっているが、あえて問いただす。

 

「えぇ。あの子はあまり、他のことに夢中だったから」

「薄情なんだな、先生も、アンタも」

「何をっ!」

 

 千雨はネカネの動きをけん制しながらも続けた。

 

「だってそうだろう。6年前のあの日、アンタらは見たはずだ。石になっている友人を、仲間を。なのに治癒魔法が得意な肉親がいながら、それを解こうともしない。飛び級までする天才がいながら、それを行おうとすらしない。場所もある、知識もある、才能もある。なのに何考えてんだお前等は」

 

 ネカネは、それに対して何一つ動揺しなかった。

 

「ネギはナギさんの息子よ。もっとやるべきことがあるわ」

「それは、先生が望んでいることか? 逃げる先に用意したものじゃないのか? 本当に望んでいるものなのか?」

「えぇ。ネギがナギさんのようになるためには、目をつむらなくちゃいけないこともあるのよ。今回のように! だから、逃がすの! 魔法世界まで行けば!」

 

 そこで、別の声が混じった。

 

「ネカネさん、残念なから無理ですよ」

 

 クルトが後ろから声をかけてきた。

 

「ゲートは全て私の私兵が封鎖しております。逃げても本国から先回りしてね。それに6年前の事件は、我々元老院が起こしたものです。ネギ君を殺すために」

「えっ……」

 

 ネカネの、両膝が折れた。

 

「えげつねぇことすんな、アンタも」

「いえ、私は関与していませんよ。過激派の数人が起こしたものです。もっとも、その過激派と言うのが、今関東を助けようとしている者達ですが。まぁ、このままアスナちゃんを捉えようともしているのでしょう。そんなことはさせませんが」

「ちげえよ……まぁ、いいけどよ」

 

 もう少し、詳しいことを聞きたかった千雨だが、ネカネは、もう何もしゃべれるような状況じゃなかった。最後の救いも断たれたのだ。

 ネギはもう、助からない。それが分かったのだ。

 

「なんで、ネギがなにをしたというの……」

 

 ネカネの呟きが空へと消えて行った。


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