千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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25話

 目の前に現れたアスナ。

 

「明日菜、君?」

「タカミチ……」

 

 相対する二人。直ぐに言葉は出なかった。

 

「君も、無事だったんだね。さぁ、早くこちらに」

 

 差し出される高畑の手、もう片方にはネギの手が。彼もアスナを見つけ、嬉しそうにしている。彼女はもう、明日菜ではないと言うのに。

 

「何をしているの? タカミチ」

 

 ここでようやく、彼はアスナが、自分のことを「タカミチ」と呼んでいることに気付く。

 そして、その意味を知った。

 

「明日菜君、君……記憶が」

「戻ったよ。全部、思い出した」

 

 小さくつぶやき、高畑のほうへと足を進めるアスナ。手を取ろうとして、途中で高畑の手を強くはじく。

 

「あなたがこうやって差し出した手。そのせいで私は不幸になった」

 

高畑は呆然と、はじかれた手を見つめていた。

 

「なんで……」

「わからないのタカミチ、私が記憶を封印されたのはなんでか忘れたの? 私はガトウさんの願いで一般人として生きていくことを受け入れた。そうだよね、タカミチ。私は忘れたくなんてなかった。けど、ガトウさんの最後のお願いだったから」

「あぁ、だから僕は」

「ならなんで、私は今この場にいるの? このかと同室になって、ネギを無理やりそこに住まわせて、魔法の力に近づけて。タカミチ、あなたは何をしたかったの?」

 

 高畑は、アスナがなにを言っているのかわからなかった。アリカの妹であるアスナと、ナギとアリカの息子であるネギが一緒にいることに、英雄の娘であるこのかと一緒にいることに何の不都合があるのか、何が間違いなのかわからないのだ。

 

「ナギさんの息子なんだよ? 記憶が戻っているのならわかるだろう。それがどれだけ大事なことか」

「タカミチ……」

 

 知らなかった。高畑の目がこんなにも濁っていることを、アスナも明日菜も知らなかった。

 英雄に目を奪われた時から、彼の人生は変わっていた。英雄そのものにすべてをかけて、あこがれて、自身がそうであるように努め、尊敬する英雄の息子にそれを強要した。

 そして、詠春の娘であるこのかと、ガトウの忘れ形見であるアスナを近づけた。

 このかの側にいなければ、気にされることもないアスナも、高畑が保護者であって、関西呪術協会の長の娘で、関東魔法協会の長の孫のこのかと同室にされたら、組織の外から見れば確実に監視対象になっているだろう。事実、ネギが来てからではあるが、千雨はアスナのことも警戒していた。

 そこに、ネギがやってきて、住まわせているのだ。

 周りから見れば、詠春、高畑、ナギの2代目がそろっているように見える。事情を知っているものが見れば、そこにガトウとアリカも入るのだから、狙われないはずがない。

 平和で幸せな人生なんて、過ごせるわけがないのだ。

 そして、今の返答もそうだ。否定でも、説明でも、いいわけでもなく、彼はネギの事を口にした。アスナよりネギを選んだのだ。

 

「本当に、しょうがない奴ですね君は」

 

 アスナの隣に並び立つクルト。

 

「思えば君はそうでした。君は話を聞く真面目な人間に見えて、本質は自分の気に入ったことしかしない、理解しない我儘な人間」

 

 アスナの肩に手を置きながらタカミチへと言葉を投げかけるクルト。

 

「君は本質を理解していない。ガトウさんの言ったことは、『アスナちゃんを平和なところへ』だ。幸せに生きるためにね。決して魔法に関わらせて作り変えることによって幸せに思わせることじゃない」

 

 そうしてクルトは頭を垂れる。

 

「姫君、貴女の救出ができずに申し訳ありませんでした。これも貴女の身を案じるがため、どうかご容赦を」

「クルト、本当にそう思っていないのだから、そんな態度はやめて」

 

 冷ややかに言うアスナに、クルトはケロッとした表情で答える。

 

「あなたの身を案じてたのは本当ですよ。ただ、私はアリカ姫が戻ってきたときに、あなたが幸せでいないと悲しむから、身を案じていました。あなたが感じる違和感は、あなたへの敬意の部分かと」

 

 そう言って、高畑の方へと向き直る。

 

「しかし、本当に心配しているように見えて、実際は人をもののように見る人間と、別の目的ながら実利を求め、あなたを助ける人間、どちらをあなたは信じますか?」

 

 アスナは高畑とネギを見た。そして、クルトを見た。

 

「明日菜さん!」

 

 そこで初めて、ネギが口を開く。

 

「明日菜さん! まだ皆さんが捕まっているんです! 協力して下さい! タカミチも来てくれたから、手分けすればきっと助かります!」

 

 何ともずれた物言い。しかし、しょうがなかった。ネギは現状を理解していないのだから。誰が敵で、誰が味方かもわからない。今の会話も、アスナとあやかの喧嘩や、ウルスラと3-Aの喧嘩のようにしか感じ取っていなかった。

 彼は朝倉が起こした事件により拘留され、余罪が出てきたが、現状、京都においては自身で何一つトラブルを起こしたと考えていないのだ。

 彼はこれを関西の襲撃だとしか理解せず、関西によって囚われたクラスメイトを助けなければならないと考えていた。

 だから、いつも通りにアスナに頼んだのだ。

 しかし、アスナは答えない。もう彼女は何も知らない明日菜ではないのだ。

 

「ネギ、あんた、自分のやったことが分かってるの?」

「え?」

 

 ネギは期待していた。文句を言いながらも、仕方がないと言って協力してくれる明日菜を。いつもの持ち前の元気な返事で、味方してくれる明日菜を。しかし返ってきたのは違う言葉。

 

「ネギ、アンタは、自分がなんでここにいるのかわからない?」

「ぼ、僕は、関西の人たちに捕まって」

「違うよネギ。アンタは、やったらいけないことをしたの。だから捕まっていたの」

 

 ネギは理解できなかった。自分は悪いことをしていない。何一つ間違ってはいないと確信していたからだ。

 そして、僅かにあった違和感に気付く。アスナが、いつも目の前にいるような明日菜ではないのだ。少し落ち着きを見せた表情。諦めの入った少し沈んだ眼。

 何も知らない、アスナの記憶が封印されていたことすら知らないネギは、修学旅行初日の千草の言葉を思い出す。

 

「貴女は、誰ですか?」

「ネギ?」

 

 いきなりの言葉に、アスナも真意を掴めなかった。

 

「明日菜さんを操って、僕たちを倒そうとして、僕は許さないぞ!」

 

 明日菜はネギに対して、明らかな拒絶をしたことはない。少なくとも、切羽詰まった状況においては、必ず助けてくれる姉のような存在だった。

 明日菜は、ネギの味方だった。そう仕向けられていた。

 だからこそ、元にもどったアスナをネギは拒絶する。自分の頭で考えられるようになったアスナを拒絶する。ネギ自身ではなく、ネギの行動を。

 ネギはそれが信じられず、頭の中から都合のいい情報を引き出して、アスナに拒絶された理由をでっちあげる。

 隣には高畑。後ろにはネカネ。

 前にはいつもと違うアスナ。それに知り合ってもいないクルト。

 どちらが正しくて、どちらが間違っているのか。

 高畑は立派な魔法使いじゃないか。ネカネは自分の姉でメルディアナの講師じゃないか。

 対してあちらはどうだ。知りもしない人間に、自分を否定した様子の違うアスナ。

 どちらが味方で正しい人間なのか。敵が正しいなんて言うことは今までなかった。だから、敵は間違っている人間だ。

 だったら

 

「僕は、あなたたちを倒します!」

 

 ナギから受け継いだ杖を振りかざし、前に向ける。

 自分の正義を貫くために!

 それに乗じて、高畑とネカネも構えた。二人は理性的に、アスナとクルトを倒さなければいけないことをわかっていたから。今助け出したネギを安全な場所に送り届けるために。

 アスナは、ポケットからパクティオーカードを取り出して、それを破いた。

 

「明日菜さん!」

「ネギ、アンタは甘やかされただけ。アンタが悪いわけじゃない。私も騙されていただけ、どちらが悪いわけでもない。けど――」

「無知なガキには教えてやらなけりゃいけないな。年上の人間として」

 

 アスナの言葉を、引き継いだ。

 アスナは、その相手を求めて後ろを振り向いた。

 

「どうせこっちに来てると思ったぜ」

「……千雨」

 

 そこには、千雨の姿があった。

 千雨はアスナの横にまで行くと、小さなペーパーナイフのようなものを取り出した。

 

「これは?」

「私の魔術特性は刻むことだ。符に文字を刻み、さっき話した銃のように、弾丸に魔力を刻む刻印やルーンを刻む。そしてその一つ」

 

 ペーパーナイフのような大きさのものは、巨大化し、一つの剣となった。

 

「これは概念を刻んだ剣。その試作品だが、何もないよりはましだろう」

 

 かのアーサー王の所持していた剣、エクスカリバー。とある作品から生み出した。魔力を付加された剣。そのような力こそないが、魔法剣としての役割を帯び、魔法使いとの戦闘に足る力強さを備えていた。

 

「んでもって、お前がやらなけりゃいけない相手はあいつじゃなくてこっち」

 

 指さす相手は高畑だった。

 

「今までの恨みつらみ、全部ぶつけてこい!」

「……ありがとう千雨。ネギの事、よろしくね」

 

 軽く背を押して高畑の方にアスナを追いやる。アスナはそのまま、千雨から受け取った剣を構え、高畑と相対した。

そして、千雨はネギへと向く。ネギは、憎しみのこもった目で千雨を見ていた。

 

「んでもって私は先生だ」

「千雨さん! なんでこんなことをするんです! 早くみんなを返してください! あなたのやっていることが分かっているんですか? 魔法使いなんでしょう、なんで良いことに魔法を使わないんですか!」

 

 ネギの訴えを千雨は鼻で笑った。

 それはそうだろう、千雨にとって、ネギの皆を返せと言う言葉は、クラスメイトを洗脳下に戻せと聞こえているのだ。それを知りもしないで自分が正義だと思っているネギに対し、同情を感じるとともに、嫌悪感をあらわにする。無知とは、罪なのだ。

 何が善で、何が悪かを判断できないものに、それを語る資格はない。

 善は裏を返せば悪となる。悪は、裏を返せば善となる。その微妙な判断が下せない人間は、自分の正義を善と押し付ける。

 

「あんたは、何も言ってもわからないことぐらいは知っている。だから、ここは悪役としてやらせてもらおう」

 

 だからこそ千雨は、今悪としてネギの前に立った。ネギに対しては悪である。場合によっては他のクラスメイトに対しても悪であるだろう。今までの人生を壊すのだから。しかし、千雨の善は、誰に対して悪であっても行わなければならなかった。自分の人生を否定しないために、被害を拡大させないために。今のネギが間違っていることを教えるために。ネギの価値観を変えるために。

 後ろにいるネカネも、ネギと一緒に構える。

 

「じゃあ、私はこちらですかね」

 

 千雨の隣にクルトが来た。初対面だが、お互いの立場も立ち位置も把握しているだろう。

 頼りになる英雄の欠片。しかし

 

「いや、あんたは見学だ。私たちがここは受け持つ。お偉いさんにこんなことさせられない」

「ふむ……達ですか。まぁいいでしょう。しかし、加勢、すべきところではさせていただきますよ」

「それは願ってもないな。よろしく頼む」

 

 千雨の言葉を聞いて、一歩下がったクルトは、アスナと高畑の戦闘と、ネギ達と千雨の戦闘、どちらにも割り込めるように位置を取った。

 

「さて、先生。いや……ガキ、始めようか先に生きた人間が、教育をしてやるよ」

 

 符を手に取り、構え、戦闘態勢を取る。

 そして、空いたもう片方の手に持つのは、

 

「パクティオーカード!? なんで極東の陰陽師が!?」

 

 ネカネの驚きの声を無視し、千雨はそれを宙に投げる。

 

「悪いね。私は和洋折衷、どちらでも行けるんだ。来い!『長谷川千雨の従者、犬上小太郎』!」


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