千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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23話

 本山の入口、術者は一か所に固まり、侵入者を拒む。

 本山内部は空けていた。生徒たちには防衛陣を敷いた術者が護衛をしている。ネギにはネカネが付いていた。

 

「さて、どう来るか」

 

 エヴァンジェリンを横に、千雨が呟いた。

 

「ふん、あの爺のことだ。汚い手で来るにきまっている」

「闇の福音様を罠にはめたようにか?」

「うるさいっ!」

 

 エヴァンジェリンの暴走を止めるのを目的にやってくる関東の人間たちは、彼女が暴走していないのを認めれば、帰るのが道理だ。

 

「絡繰、またあの映像見せてくれよ」

「最高画質で編集中ですのでしばしおまちを」

 

 あの映像とは、エヴァンジェリンが登校地獄によって蹲っていた時の映像だ。

 

「そんなもの捨ててしまえ! このダメ従者!」

「あぁ、駄目ですマスター。そんなに巻いては」

 

 エヴァンジェリンが絡繰の背に肩車をされるように乗り、後頭部のねじを巻いていた。

 

「しかし、素直には帰らんやろな」

「腐ってるからな。あの爺は自分の思い通りにならんと気がすまん。そういう奴だ」

 

 ネギの事然り、関東の事然り、他の事でも、独断専行を地で行く人間だった。

 下の者の言葉に、耳を貸すように見えて、そばに置いているのは自分の意見に従う高畑のみ。

 権力に囚われた人間の典型とも言えた。

 上の者の権利と義務。それを忘れ、自身の欲と、関東魔法協会の会長としての権力を同じに考えてしまっている。

 でなければ、メルディアナ校長との私的な立場での約束で送られてきたネギという駒を、自身の欲のために使うことなどなかったのだから。

 

「奴さんたちが連絡してきてからかれこれ4時間。もうそろそろか」

「エヴァンジェリンはんを鉄砲玉にしたのは、夜襲をかけやすくするためでもあるやろうな」

 

 ここにいるのは防衛のための術者。そのほかには明日菜、エヴァンジェリン、セラス総長、ドネット。それに千草と千雨。関西のトップは本山の奥の間に座っており、幹部は国会へと向かっている者や、指揮を執っている者、皆せわしなく動いていた。

 

「千草様」

 

 偵察の一人が関東の様子を伝えに来た。

 既に本山の前の鳥居まで来たようだ。

 

「で、伝えたんか?」

「聞く耳を持ちませんでした」

 

 エヴァンジェリンの暴走は止まった。既に援軍は必要ない。そう伝える使者を関東の進軍している人間に出した。しかし、相手はこちらの言うことを信用しない。

 ならば、エヴァンジェリンを今ここに連れてくる。そういったが、変装などされている可能性があると一蹴。聞く耳を持たなかった。

 遠見で確認しろと言っても近くにいるのだから向かうと歩みを止めない。

 この報告を聞いているうちに人影が見えていた。さすがに生徒を連れて来てはいないが、魔法先生は全員がそろっている状態だ。

 

「此度はエヴァンジェリンがすまなかったのう」

 

 近衛近右衛門が口を開いた。

 

「ざけんな爺、味噌汁で顔洗って出直して来なはれ」

「なんだと! 貴様!」

 

 千草の物言いに後ろの魔法先生が食って掛かった。

 

「なんや? 魔法使いが大勢で来て、身分も明かさずにのたまい出す輩に、なんでこちらが礼を尽くさなあかんのや? 脳みそくさっとるんやないか?」

「おぉ、それはすまんかったのう。私は関東魔法協会の会長である近衛近右衛門じゃ。して、この件について、正式に呪術協会の長である近衛詠春殿に伺いたいのじゃが」

「うちの長は近衛詠春やあらへんからその願いはかまいまへんな。それは既に伝えとるはずやけど」

 

 千草の言葉に、近右衛門は首を横に振った。

 

「儂はその連絡を受けた。しかし、いきなりハイ、そうですかと言うわけにもいくまい。代々近衛家が継いでいた呪術協会の後任もおらん状況で、近衛詠春以外に長の資格も持つ者はおるまい。近衛のことを知らないとでもお思いかのう?」

「その腐った風習によって起きた独裁、関東の越権行為と侵略行為、その対応によって近衛詠春は他すべての呪術協会の者の同意によって、背任を理由に長の立場を解任され、逆賊となっております。そのことから、次代のものを近衛から出すことを止めました。関西の人事に口出すことはできないはずやけどな?」

 

 にらみ合う千草と近右衛門。千雨は目で合図をすると、隠れていたエヴァンジェリンが一歩前に出る。

 

「よくもやってくれたなジジイ」

 

 エヴァンジェリンの姿を見て驚く近右衛門。エヴァンジェリンが登校地獄の対象を変更した後、それをばれないように認識阻害をかけていたのだ。

 

「なんのことかのう?」

「ハッ……よく聞けよ後ろの魔法使い共。私がここにいるのは、このジジイの術式によって登校地獄を一時的に解除したからだ。そうでなければ学園都市麻帆良から出れないことをお前等も知っているだろう。それに、結界によって私の魔力が失われていることもな」

 

 魔法先生が近右衛門を見る。近右衛門は眉一つ動かさなかった。

 

「しかし、ならばお主はなぜ動ける。皆の者、こ奴は既に封印を解いておった。チャンスをうかがっておったのじゃ。魔法使いを殲滅し、英雄の子であるネギ・スプリングフィールドを殺す機会を!」

 

 近右衛門の声があたりに響く。

 

「儂が解いたと言うのなら、なぜ今自由が効く! こ奴は関西と手を組んで、かつての英雄、侍マスターまでも手にかけた! 英雄殺しの組織と悪魔に耳を貸すでないぞ!」

「はん、爺。お前のところに関西の長が変わった連絡がいっていた時、お前と碁を打っていたのは誰かを忘れたのか? なぁ、刀子とやら」

 

 エヴァンジェリンの言葉により、視線が刀子へと向く。

 

「あなたに答える必要があるのですか?」

 

 それに対して刀子は質問に答えない。

 その反応を見た千雨は、一歩前に出た。

 

「あんたも仕事熱心だよな、刀子先生。あんたを無理やり別れさせた奴の言うことを聞くなんてよ」

「な、なんですって?」

 

 刀子の額に青筋が浮かぶ。

 

「あんた、離婚したんだろ? まぁ、本当に愛想つかされたのかもしれないけどよ、魔法使いと神鳴流の恋愛だ。障害だってあっただろう。なのに、そこまでして結婚した相手と10年もしないうちに別れた。なんでだ? そいつは今どこにいる?」

 

 千雨は魔法先生の中から相手を探す。

 

「あの人は、今は麻帆良にいません。本国にいます」

「そうだよな。人事か何かだったんだろ? なら、アンタならついていきたかったんじゃないのか? 普通なら」

「ええ。しかし、既にその時には破談していました」

「そうか。それは、アンタを麻帆良に残すために仕組まれたんじゃないのか?」

 

 千雨は反論が起きる前に続きを言う。

 

「世界樹、あれは恋愛に関しては非常に効果の高い洗脳効果があるのは知っているな。麻帆良祭では警備が出るくらいには。22年に一度はその余剰魔力で一般人の告白が完全に洗脳の呪詛になるわけだが……魔法使いにはその逆もできることは知っているか?」

「どういうことですか?」

「反転。魔法使いならその力によって縁談を成功させ、その逆に破談させることも可能ってことさ。タロットカードの逆位置ってしってるか? 意味が全部逆になるんだ。魔法使いが抵抗する能力を持っていることはあるが、氣を常に張っているわけではない剣士に、信頼している自分の組織を警戒して、それを未然に防ぐことができるか?」

 

 千雨の言葉に対し、すぐに刀子は近右衛門の方を見た。

 

「儂はそんなことはしとらん。惑わされるでないぞ」

「そもそもなんでアンタが、なんで青山鶴子がいまだにいい仲なのに、事情知ってる相手とすぐに破談になったんだよ。それに、関西の人間なら、魔法使いをなんですぐに好きになった。最初っからアンタを捕まえたかったんじゃねえのか? 魔法使いの秘書さん?」

 

 刀子は身を隠しながら、学園長から距離をとった。

 

「実際に、私は麻帆良の結界の影響を受けないからつまはじきにあった。影響を受けている人間は、結界を作っている人間の好きなように作られている可能性がある証明になる。刀子さん、あんた、自分で記憶消去されたかなんて疑うかい? 自陣でさ」

「……」

「アンタの体、どれくらい遊ばれてんのかね」

「貴様! 言っていいことと悪いことの区別もつかないのか!」

 

 黒人の教師、ガンドルフィーニが声を荒げる。

 

「あんたも、昔のことは覚えてないんだろうな」

 

 千雨は、彼を見てぽつりとつぶやいた。

 そして、正面に向き直る。

 

「やっていない証拠がどこにある! 暴走していると言ったエヴァンジェリンはここに健在! 今回の発端は、魔法の秘匿意識の薄い見習い魔法使いに、常識から逸脱した行動をとった麻帆良の生徒、そして、こちらへ虚偽の申請をして多くの戦力を投じた麻帆良側にあるだろう! 修学旅行のついでに親書だと? 馬鹿にするなよ!」

「こんなもんで、受け入れるわけあらへんやろ!」

 

 近右衛門の書いた親書が投げ捨てられ、地面に落ちる。それには、襲撃を予測した近右衛門の言葉と、デフォルメされた似顔絵が描いてあった。

 

「一般人を盾にして行軍とは、立派な魔法使いはんはやることが違いますな」

「お主等のその発言。国際問題になるぞ」

 

 落ちた親書を部下に見られる前に燃やす近右衛門。しかし、後ろの数人は既に目を通していた。

 それよりも、千草の発言に対しての反応の方が強かったようだが。

 

「ならへんよ。勘違いしているぬらりひょんを馬鹿にしただけやからな。立派な魔法使いの行動としてふさわしくあらへんと言っただけや」

「しかし、お主はその口でネギ・スプリングフィールドの行動を侮辱したわけじゃ。英雄の子を侮辱してタダで済むと思っとるのかの?」

「それについて、ご質問があるのですが」

 

 千草との会話を中断させ、ドネットが前に出る。

 

「なぜ、ネギ君が修行以外のことをやらされているのでしょう」

「なぜ? 修学旅行の一環じゃ」

「修学旅行に裏に関わることをさせる風習があるなんて知りませんでしたわ。修行内容は『先生』であり、魔法使いの修行をさせていたわけではありません。それに、あなた方は一般人への魔法ばれを容認していた。違いますか? あなたの行動は、すべて自身への利の追及であり、ネギ・スプリングフィールドを利用しているに過ぎないのではないのですか?」

 

 ドネットが、近右衛門を睨みつけた。

 そして、本山に轟音が鳴り響いた。


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