千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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明けましておめでとうございます。
しょうもないお年玉ですが読んでいただければ幸いです。
行けるところまで1時間更新でいきます。
過去のコピーしてるだけだけど


22話

「そんな、まさか……あのジジ――」

「マスター!」

 

 突如エヴァンジェリンが蹲り、胸を押さえた。茶々丸が走り寄り、エヴァンジェリンを支える。

 

「なんだ? いきなり」

 

 千雨も、エヴァンジェリンの変動に驚きながら歩み寄る。すると、彼女から何度も何度もつぶやき声が聞こえてきた。

 

「……帰らないと、帰らないと明日の授業に間に合わない。帰らないと、間に合わない間に合わない間に合わない間に合わない――」

 

 千雨はエヴァンジェリンの姿に唖然とすると、その内容を理解したのか、小さく噴き出した。

 

「プッ……これが登校地獄かよ。何とも情けねえなおい」

「長谷川さん、これは」

「絡繰、こいつの呪いはどうやって解いてたよ」

 

 茶々丸の質問に、質問で返す千雨。茶々丸は、主のことを心配し、すぐに答えた。

 

「5秒に一回、学園長が許可証を押すことで呪いを誤魔化しています」

「なら簡単なことだ。学園長がやめただけだ。見てみろ、もうそろそろ次の動きがあるぞ」

 

 千雨は祭壇に続く道を見る。

 そこには既に小さく人影が見えていた。

 

「あぁ、いないと思ったらこう動いていたんだな、瀬流彦先生」

 

 駆けてくる瀬流彦を見て、千雨が呟いた。

 瀬流彦は、集団の前まで走ってくると、息を整えながら千雨に伝える。

 

「学園長が、エヴァ、エヴァンジェリンが暴走して、こっちにゲートを繋げた、と、連絡を、大丈夫だったかい?」

 

 瀬流彦は、身体強化をしたのだろう。かなりの速度で来たが、それでも息を切らせ、必死に走ってきた様子がうかがえた。本当に焦ったか、心配していたのだろう。

 

「やらかしてくれたよ、エヴァンジェリンがじゃなくて学園長がな。瀬流彦先生、アンタも担がれてるよ。麻帆良の結界で魔力を使えない奴が触媒のみで京都まで転移できるもんか」

 

 膝に手を付き、息を整えていた瀬流彦が、地面から千雨に視線を変えた。

 

「そんなはずは……、いや、長谷川君。学園長がエヴァンジェリンを止めるためにこちらに皆で向かうから持ちこたえてくれと連絡を!」

 

 その言葉を聞いた千雨は、セラスとドネットに視線を移した。二人は直ぐに頷き返してどこかへと連絡を始める。

 

「そんなもんでまかせだ、こっちに来るための言い訳だよ。全員! 本山を護れ! 今から来る魔法使いを一人たりとも入れるんじゃないぞ!」

 

 千雨はその一言だけをいい、千草のいたであろう場所へと駆け出した。

 大きな氷の塊が、あちらこちらに浮かぶ湖を超え、墜落したであろう森を探す。

 魔力の大きなこのかが目印となり、大まかな位置は既にわかっている。

 

「姉さん、千草姉さん!」

 

 千雨は叫びながら走り回った。千草を探して。

 

「千草姉さん!」

 

 走り続けると、刃物で切られた跡の様なものが、辺りに刻まれている場所に出る。いたるところに血痕も残っていた。

 千雨は焦燥感に駆られ、さらに歩みを早くした。

 

「姉さん! どこにいるんだ!?」

「ケケケ、コッチダヨ」

 

 返ってきた返事。しかしそれは、千草のものではなかった。しかし、返ってきた。その場所へと向かって、その相手を、見た。そして、先にいる千草を。血まみれになりながらもこのかを抱えて寝転がっている千草を。

 

「姉さん!」

 

 千雨は、その間にあった人形を飛び越えて、千草の下にたどり着く。直ぐにホルダーから札を取り出し、回復符を傷へと押し付けた。

 

「オチツケヤ、ツイヤッチマッタガシンジャイネェヨ。ウチノゴシュジンはマルイカラナ」

「少し黙れ人形」

「ケケケ……」

 

 人形――茶々ゼロを一言で一蹴した千雨は、そのまま氣を千草に送り込んで治療をする。それが済めば魔力で、限界まで。

 

「オイ」

「黙ってろ! お前は後でぶっ壊してやる!」

「ソコノガキノマリョクヲツカッテタンダロ? ツカエネエノカ?」

 

 茶々ゼロの言葉にはっとこのかを見る千雨。魔力タンクが、そこにはあった。

 サウザントマスターを超える魔力が。ほぼ空となったこのかの魔力、これを使えば、千草の傷が癒える。

 

「このかの、魔力か。お前、そこまで考えてこんなことしたのか?」

「ンナワケネェダロ。ヨワッチイクセニナマイキナツラガマエシテタカラツイツイヤッチッタダケダ」

「ケッ、そうかよ」

 

 少しでも、学園長を信じた自分を千雨は恥じた。これが学園長の指示なのだとしたら、このかは……一般人でいれただろう。

 

「ちょっと待っててくれな、姉さん」

 

 このかの胸に手を置いて、魔力を

 

「待ちなはれ」

「姉さん!」

 

 両手を地面に付き、体の支えにしながら、起き上がる千草。

 

「ウチは、大丈夫や。それより先に、今の状況を知らせて欲しいんや」

「ッ……今はエヴァンジェリンは無力化されてる。あれは生贄で、それを口実に関東が攻めてくる」

「なめ腐った奴や。他に報告は?」

「今のところは特にない。本山からも煙は上がっていない」

 

 千草は千雨の肩を借りて立ち上がる。

 

「大丈夫なのか? 姉さん」

「戦闘は、無理や。交渉ならなんとかやな。それで、手筈はどうなんや?」

「私の方でやれることはしたよ。あとは相手側だ」

 

 このかの下へ歩み寄り、一塊になる。千雨は一回茶々ゼロを睨みつけ、転移符を使って元の場所に戻った。

 

「千草様!」

「誰か、治癒術師を! 応急手当はしたが、傷が深い!」

 

 固まっている術師の中から数人が駆け寄って、千雨から千草を受け取る。

 今この場にはエヴァンジェリンと茶々丸が脇に寄せられ、セラス、ドネット、瀬流彦は一塊になっていた。

 千雨はエヴァンジェリンの方へ歩み寄った。

 

「絡繰、こいつは治って……ないよな」

 

 そう言いながら、術者の一人から渡された書類を差し出す。

 

「これをエヴァンジェリンにサインさせろ。これで一時的にだがマシになるはずだ」

「リスクはあるのですか?」

「ちょっとはあるが、現状のそいつは生贄の鉄砲玉だ。この状況を打破しないと意味ないだろ」

 

 千雨に差し出された書類を、茶々丸は手に取った。

 彼女は書類の中身を読んで、固まった。

 

「これは……」

「まぁ、そういうことだ。いいからさっさとサインしろ。どうせリターンの方が大きいんだ」

「……はい」

 

 茶々丸はエヴァンジェリンの手にペンを持たせ、その手を上から包み込むように掴んで、サインをさせた。

 

「帰らなくちゃ帰らなくちゃ帰らな……あ、」

 

 エヴァンジェリンのつぶやきが止まり、目の焦点があってくる。その後、二三分呆然としていたが、ふとあたりを見回した。

 

「わたしは……」

「目が覚めたかよ、ロリババァ」

「む、貴様!」

 

 千雨のかけた声に振り向き、威嚇するエヴァンジェリン。それを千雨は書類を前に出すことで止めた。

 

「いいのか? 私に危害を加えたら契約違反でさっきの状態に戻っちまうぜ?」

 

 ひらひらと書類を見せつける千雨。エヴァンジェリンはそれをふんだくって読み始めた。

 

「なんだ! これは!」

「契約書類だよ。一応大学扱いの学校の非常勤講師だ。あんたはこれから1年に一回講師として本山で魔法に対する講習を行うこと。これで年に一回登校することで呪いは他の行動を阻害しない。毎日登校しなければいけないわけでもなく、生徒でなければいけないわけでもないんだろ? 登校地獄っていうのは」

 

 千雨から出た発言に呆然とするエヴァンジェリン。狸か狐にでも化かされたかのように。

 

「契約の中に関西呪術協会の人間に危害を加えないとあるからな。給料出すからちゃんとしてくれよ、キティちゃん」

「ぐぬぬぬぬぬ!」

 

 千雨の発言に、地団駄を踏んで悔しがるエヴァンジェリン。

 

「本当はこんなんで済ませようとは思わなかったんだがな。お前の従者が姉さんをズタズタに引き裂いて殺そうとしたんだからな」

 

 からかいの目から一瞬で本気の目になって睨みつける千雨。

 

「なッ……!? そんな筈は――」

「あぁ、本当に殺すつもりはなかったみたいだがな、切り裂かれていたのは本当だ。家族が死にそうな傷を負わされているのを見てこれで済ますんだ。感謝しろよ、童」

「……すまない」

「そう思うんなら何もすんじゃねぇよ。お前のせいで糞爺達が来るんだ。邪魔にならねぇように端によってろ」

 

 エヴァンジェリンは、おとなしく茶々丸と共に脇に退く。

 

「長谷川、茶々ゼロは……」

「アンタの家族は殺してねえよ。後で拾いに行くか魔力供給をして戻らせろ」

「……すまない」

 

 一度振り返り、家族の安否の確認をしたエヴァンジェリンは、そのまま元のように歩き出した。

 その間、千草はセラスと話していた。

 

「総長はん、準備の方は?」

「大丈夫です。あとは呼ぶだけでこの場に」

「ドネットはんは?」

「確認に時間がかかりましたが、特定議員の個人戦力がこちらに向かってくるそうです。場合によってはあちらにも兵がいる可能性が」

「ウェールズは?」

「メルディアナの校長が向かっておりますが、移動手段がない我々は時間が……」

「意志と誠意が伝わってくればええよ。あの屑どもと比べたら」

 

 やってくるであろう先を見つめて千草は答えた。

 今、この後で起きることに対するために、国が動いている。ウェールズ、イギリスの姿勢が分かった時点で、魔法使いがみなあちらに付くわけではないということが分かった。

 これは、大事なのだ。魔法都市として学園都市がいいように使われていた。

 国はこれを関西呪術協会から聞き、臨時の、国民に知らせない国会を開いていた。

 そしてこれは、国連へと持ち込まれた。緊急の案件として。当然だ。日本だけで済む問題ではないのだ。

 そうなれば、これを止めなければ将来どうなるのか。それを知っているのは魔法世界の破滅を知っている数人のみだ。それ以外は、何とでもなると考えるだろう。旧世界の人間の言うことだと。

 しかし、知っている人間は、この時期にこのような行動がどういった結果を及ぼすのかを知っている。

 6700万人の将来を、この案件は決定付けるのだ。

 魔法世界の、裏の事情で済むと思っている人間の侵攻は、世界を破滅に導いて行っていたのだ。


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