千雨は今、空港にいた。
これからやってくる人を迎えるためだ。
とは言っても、関西で地位の低い千雨はあくまでおまけであった。
事情によって上にのし上げられた千草が交渉役として抜擢され、迎え役も同時に任命されていた。厄介なことを押し付けられたとも言えよう。
時間は朝の10時。千雨と千草は8時から空港に待機していた。
1本前の便で来られて、勝手に行動されるのを嫌ったためその時間に合わせてこなければならなかったのだ。
そのあいだに彼女たちは空港の朝食に舌鼓を打ち、空港内限定のコスメなどを購入したりしていたのだから、苦という感じではなかった。
一通り観光を楽しんだ後はカフェで最終の打ち合わせをしていた。
「しかしよく西の人間が納得したな」
「無駄に争いを起こしてもしょうがあらへんからな。先のない道なら玉砕覚悟もあるけれど、未来が見えてるのに戦争起こすバカはおらへん」
元老院も、自分の土地がなくなるなんて言うことがなければふんぞり返っているだけで、何もしなかっただろう。少数の犠牲者は無くならなかっただろうが。
「まぁ、納得してくれなければアリアドネーとの会合も意味がなくなるけどな」
「ナギ・スプリングフィールドに殺されたのがわかっとる人もおったから、どうなるもんかと思ったけど、意外とすんなりといきましたな」
「あの人は息子を殺されたんだっけ? そりゃネギ先生を殺せとかは言わねえよ。自分の息子がいなくなる悲しみってもんを知ってるからな。姉さんはこれでよかったのか?」
千草も大戦で両親を殺されている。何も思わないなんてことはないはずだ。千草と千雨の出会いも、千草が両親を大戦でなくしていたために、魔法使いを憎んでいたために生まれた出会いだった。
「今のこれが復讐や。あっちがやらかしたことの罪の重さをあっちに知らしめてわからせるんや」
確かに、今の状況も復讐にはなっているだろう。
死地に追いやった本人は排他され既に関西呪術協会から消え、関東はきっとてんやわんやだ。これからの日本の情勢を考えると、確実に一矢報いている。
千雨は千草の気持ちを確認しながら、自分の近しい人が消えることはないことに安堵した。
「しかし、この時間やともしかしたら一緒に来るかもしれんな」
「ネカネさんか? あんまり一緒に来てほしくないな。空気読んでほしいのだが」
招待した相手を出迎えるという行為と、罪人の引き渡しに応じる相手を迎える行為というのを同時に行うことは、二人としてはあまりしたくなかった。
しかしこの後、彼女たちはさらに頭を抱えたくなるような事態に巻き込まれることになった。
イギリスからの第2便。降りてきたのは深々と帽子をかぶって角を隠しているアリアドネーの総長。そして嫌な予感が的中したようで、ネカネ・スプリングフィールドが隣にいた。
そして、その隣にドネット・マクギネス。たしかウェールズの魔法学校兼魔法協会長の秘書をやっている人間だ。メガロメセンブリアをはじめとした魔法世界とのつながりは基本彼女が仲介しているので、彼女がメガロメセンブリアの特使の代わりなのだろう。要員を割く必要性も感じないということか。
更に隣に、いてはいけない人物がいた。千雨はその人物の前に歩み寄る。
「どういうつもりですか? 高畑先生」
「関東魔法教会の特使としてきた。ネギ君と麻帆良学園の人間の身柄を渡してくれないかい?」
ネギを個人で指名し、先に名を出していることからも高畑の思惑は簡単に見て取れた。
「それがなぜ国際便から来るのですか? 本来なら新幹線か国内便から来るはずでしょう」
「出張で海外にいてね。急いできたから国際便からになったんだ」
千雨は高畑の一切迷いない答えと、何も悪びれもしない様子にいらだちを感じた。
「それで、関東魔法教会は書状も謝罪状も何も持たずに来たわけだ。特使としてきた人間が最初に話した言葉が謝罪じゃなくて返還要求ってのはいいご身分じゃねえか? おい」
その言葉を聞いた高畑は、初めて気が付いたような顔をした。
千草は千雨の後ろであきれかえっている。
セラス総長はそれを見て唖然としている。それがどちらに対してなのかによって、関西の対応も変わるだろう。
「あぁ、そうだったね。今回はネギ君が迷惑をかけてごめんよ。それでネギ君たちのことなんだが――」
「やめなさい、高畑君」
千雨がさらに言葉を紡ごうとしたが、その前にセラス総長が止めに入る。
「あなたが今行っているのはかなりの悪手よ。
あなたは自分で関東魔法教会の人間として来たと言ったの。つまり代表者なのよ。
この子が生徒であるにせよそのような態度をとることは許されないわ。あなたがこれ以上馬鹿な真似をすると、戻ってくるものも戻ってこなくなるわよ」
「ま、私に言ったことは全て余さずに伝えるけどな」
そう言って千雨はポケットから録音機を取り出した。
「関東魔法教会に反省の色なし。そう伝えればいいんだろう?」
「ちょっと待ってくれ! なんで」
「高畑君、あなたはもう帰りなさい。あなたは事態を好転させることはできないわ。邪魔よ」
セラス総長による宣告に対し、高畑は言葉を詰まらせる。
「あなたができることは麻帆良に帰って事態の終着を待つだけ。他にはないわ。さぁ……」
セラスに促され、下がる高畑。
千雨は連絡を取り、高畑の魔法を一日限定の簡易封印をした後で自動車に乗せた。詠唱のできない高畑にとっては無意味なものだが、立場を分からせるのには十分なものだと判断したのだ。
後はそのまま順当に麻帆良に戻ることを祈るのみだ。高畑が脱走したり、運転手を麻帆良が拘束したら戦争が起きかねないのだから。
「お手を煩わせてしまって申し訳ありません、セラス総長」
千草が千雨の一歩前に立ち、頭を下げる。
それに対して気にしないでと答えたセラス総長はこれからの予定を早速聞いてきた。彼女もやはりネギの処遇が気になるらしい。
大戦期に前線で隊長として活動していた彼女も、やはり英雄寄りの人間であることに変わりはないのだ。
「私としては直ぐに本題に入りたいのだけれど。観光とかはその後がいいわ」
「でしたらそのように手配します。申し遅れました、私は交渉役を務めさせていただきます。千草・天ヶ崎と申します」
「こちらは性が先に来るんでしたっけ?」
「はい。日本での呼び方でしたら天ヶ崎千草。天ヶ崎が名字で千草が名前になります」
「ではよろしくお願いします。天ヶ崎さん。それで、こちらの子は?」
「今回の交渉補佐として共にさせていただきました千雨・長谷川です」
「よろしくお願いします」
千雨は自分の名が呼ばれると、頭を下げておじぎをした。セラス総長の興味は千草より千雨に向いているようだった。
「私はドネット・マクギネスです。よろしくお願いします」
「ネカネ・スプリングフィールドです」
千草と千雨は名乗りを上げた二人に対して、同じように名乗り、握手をして答えた。
「では、行きましょうか」
セラスを誘導し、千草はセラスと一緒の車に乗った。
千雨はドネッドとネカネと一緒の車に乗って本山へと向かった。先の高畑の行動もあり、その間の余計な会話は一切なかった。そうでなかったら、ネカネが同じような行動をしていたのかもしれない。
基本和室の多い本山だが、外来用の洋室も数室はある。それに和室の座椅子も座高の少し高いものを用意しており、今回セラスが選んだのはそちらの方だった。和室に移動して認識阻害と遮音の符を使う。
「今回のことは全て録音させていただきます」
先ほどとは違い、了解を得てからスイッチを押す。
相手もそれを予想していたのか、特に反論はなかった。
「さて、本来ならばアリアドネーと関西呪術協会の仲を良くしようと思い、場を設けた会合でしたが、今回最初の議題はそうならなくなってしまいました」
千草から提供された話題の内容を、その場にいる全員が把握していた。
「その話題を話す前に、ドネッドさん。あなたの立場を明確にしていただけますか?」
「私は今回、ウェールズ魔法教会の代表の一人としてこの場にいさせていただきたいと考えております。それと、これを……」
一枚の封筒が千草に手渡された。
「本国のメガロメセンブリアからの書状です。お納めください」
「ウェールズの魔法協会はメガロメセンブリアの支部的なものなのですか?」
千雨が確認の意を込めてドネットに質問する。
「そうとらえてもらって構いません。私たちの上には連合、メガロメセンブリアの意志決定のもとに自治区ごとに協会が置かれています。日本でいうなれば国家と県。アメリカの連邦政府と州と考えてください」
その確認を取った後、千草に封書を開けさせる。最初に確認した理由は、これを開けた後に質問すると、言い訳を与えるチャンスを与えるからだ。
フェイトの情報によって知っているその内容を確認した千草は、ドネットとネカネに向き直る。
「あなた方はこの内容については知っていますか?」
「いいえ、封をされていたので見ておりません」
「これが、その内容どす」
千草が皆に見えるように、中に入っていた紙を机の上に広げた。
そこには「ネギ・スプリングフィールドを即刻解放せよ」と辞令が書かれていた。ネカネの顔が真っ青に染まっていく。
「これがそちらの答えということでよろしいおすか?」
「ま、待ってください! これは……」
ドネットは立ち上がり、声を荒げるも、次の句を言えなかった。
先ほどウェールズはメガロメセンブリアの支部的な存在であると言ってしまったために、分けて考えるということはできなかったのだ。
本部の言葉がここで明文化されているために、ここでドネットが何を言おうと変わるものではない。
「これで、ネギ・スプリングフィールドを返せるとお思いでっか? 私たちはあんたらの部下でも手下でも奴隷でもあらへん」
「申し訳、ございませんッ!」
畳に着くぐらいに頭を下げるドネット。
千草も千雨もそんなものに興味はなかったため、セラス総長に視線を向けた。
「どうしたらいいと思われますか?」
「これは……」
千雨がセラス総長に聞くが、セラス総長には答えられない。これまでの行為をみて、それでもなおネギを返せと言えるはずがなかった。
言葉に詰まる彼女を見ながら千雨は書類を3人に渡す。
「これは?」
「これまでに麻帆良でネギ先生が行った行為と、修学旅行内で行った行為。それと、本来どれくらいの罪になるかを計算した結果ですね」
それは優に人の一生を超えていた。
「それは魔法世界や魔法使いの法の場合ですからね? こっちだと正直極刑になります」
敵対行為や挑発行為をしてきたのだから当然と言えば当然だった。
「それと、これは記憶を見て知ったウェールズ時代のものです」
禁書庫に無断で立ち入ったりなどの悪行から、生活の様子まで事細かく書かれていた。
ネカネとドネットの顔色は既に土気色になっている。
「これは、ひどいわね」
「でしょう?」
千雨がセラス総長を見る。セラス総長が千雨を見る。お互いの視線がぶつかって、場が静まり返った。
それが何分続いただろうか。セラス総長がゆっくりと口を開いた。
「魔法使いとしても、そうでなくてもこの行為はあまりあります。これは、卒業試験は終わりですね。ネギ君の返還も無理でしょう」
「そんなっ!?」
ネカネが悲鳴をあげた。
「まぁ当たり前ですけどね」
「けれど、」
セラス総長に相槌を入れる千雨。セラス総長は言葉をつづけた。
「この調査書を見るに、ネギ君の今までの行為の元凶は他にあると見ています」
「というと?」
「ウェールズに麻帆良、双方の魔法使いたちのネギ君への教育がネギ君をここまでにしたのでしょう。
私たちのところではこんなことはありえない。騎士団の規律と精神の育成は行ってはいけないことくらいの分別は完全につけさせております。我儘を許して特別扱いをすることが生徒のためにならないことを知っていますので」
セラスは千草へ視線を移すが、千草は視線をそらす。
千雨は移った視線を受け入れた。
「ご立派ですね。それで? 結局あなたは何が言いたいのですか?」
「ネギ君は私たちが、アリアドネーがあずかるというのはいかがでしょうか?」