こんなSSでもランキングに入るとは…流石はデミウルゴス。
さすデミ。
「本当にうちのナーベがご迷惑をお掛けして申し訳ない」
「こちらもうちのクレマンティーヌがご迷惑を」
宿屋の店主に男二人が平謝りする光景がエ・ランテルにある宿屋の一階で繰り広げられていた。
あの一騒動が終わり、慈悲の言葉に泣き崩れるナーベラルをアインズが宥めている傍らでクレマンティーヌが第7位階って何なのさ、っべー、マジやっべーと命拾いしたことに安堵する横でオデンキングがハムスケの頭を撫でていた。
「あのー」
「はいっ、あ、終わりましたか?」
泣き止んだナーベラルを後ろに連れアインズがハムスケを撫でくりまわしているオデンキングに声を掛ける。
「ええ、お待たせして申し訳ない」
「とんでもありません。元はと言えばこちらが発端ですから。本当に申し訳ありませんでした」
「いや、そんな…」
「いえ、初対面の方をみて笑いを溢すなど非常に礼を失する行為でした。彼女が怒るのも当然です。どうか謝罪させていただきたい」
そう言いながらオデンキングは深く頭を下げる。
「…わかりました。その謝罪、受け取りましょう。もう気にしていませんのでそれ以上は結構ですよ」
アインズは真剣に謝罪を繰り返す目の前の男を許した。
というかそもそも怒ってもいなかったがこのままでは頭を上げそうもなかったためだ。
「ナーベさん」
ナーベラルがビクンと体を震わす。
主が謝罪を受け入れたのだ、従者の自分がこれ以上何かを言うこともない。
至高の御方を笑ったことは業腹ではあるが目の前の男の謝意は充分に伝わってきた。
我を忘れ、殺そうとした負い目もある。
何より下手な受け答えをしてこれ以上、主に失望されるわけにはいかない。
「貴女の大事な人を馬鹿にしたこと、本当に申し訳ありませんでした。お詫びにもなりませんが、私に出来ることならなんでも致します」
「だっだだだいっ大事な、そそそ、いえ、私如きがっ…」
「ちょっ、ナーベ、戻ってこい!」
絶対失望された。死のう。
正気に戻ったナーベラルは本日2度目の絶望を味わった。
「それでですね、先程仰った詫びの分と言ってはなんなんですが少しどこかでお話出来ませんか? 幾つかお聞きしたいこともありまして」
アインズが意味ありげに問う。
「…ええ、構いませんよ。ちょうど私も話を聞きたいところでしたので。私が滞在中の宿屋でしたら防音もしっかりしていますから、そちらでよろしいですか?」
きっと聞きたい事は同じなんだろうな、と薄々気付きながらも二人共明言は避けていた。
宿屋の前についた一行はドアをくぐり二階へと向かう。
「悪いクレマンティーヌ。ちょっと込み入った話になると思うから、一階で待っててもらってもいいか?」
オデンキングの想像が正しければクレマンティーヌにとっては疑問だらけの話になる。
話の途中であれこれ聞かれるのも面倒だったので後で話が纏まってから、聞かれたら答えるくらいでいいだろう。
「えー、仲間外れー?」
「聞きたけりゃ後で話すよ。今は…。な?」
「はぁ、わかった。りょーかいー」
手をヒラヒラと振りながら、一階のカウンター席に向かうクレマンティーヌ。
「…彼女は違うんですか?」
主語を抜いたアインズの問いかけだが、オデンキングはしっかり理解している。
「ええ、此方に来てからの付き合いです」
「そうですか…」
アインズが少し考える素振りを見せた後、ナーベラルに声を掛ける。
「ナーベよ、私はオーディンさんと二人で話したいことがある。お前はクレマンティーヌさんの相手をしておいてくれ」
「は、いえ、ですが」
「命令だ」
「っ、かしこまりました。では一階でお待ちしております。何かあればすぐにお申し付け下さい」
ナーベラルは深くお辞儀をしたあとクレマンティーヌの元へ向かった。
部屋に入った二人は向かい合う。
アインズは勧められた椅子に腰掛け、オデンキングはベッドの端に腰を落ち着ける。
見つめ合う二人。
そしてオデンキングが最初に口を開いた。
「止まれ、ナーベよ」キリッ
ピクリ。アインズの肩が震えた。
「命令だ」キリリッ
ガタリ。アインズが動揺と共に思わず立ち上がり椅子が倒れる。
「お前達の命すら私の物であると知れぇーーーーーー!! ぶふっwww」
「ヤメテェーーーーーー!!!!」
まったく懲りていないオデンキングと、無効化されても再度わきあがる羞恥心に悶えるアインズであった。
「すいません、なんか同郷の人に会ったらなんかテンションあがっちゃって…」
「い、いえ」
ややあって落ち着いた二人は仕切り直して話を始める。
「改めて聞くまでもありませんが、〈ユグドラシル〉プレイヤーの方ですよね?」
アインズが核心に触れる。
「はい。あちらではオデンキングと名乗っていました」
「オデンキング…オーディン・キニング。成る程」
確かに現実に名乗る名前としては不適当だろう、とアインズは納得した。
「モモンさんのネームはそのままなんですか?」
「いえ、そちらは冒険者用の名前でして〈ユグドラシル〉ではモモンガという名前でプレイしていました」
そして今は、と改名した名前を名乗ろうとしたところでハタと思案する。
「アインズ・ウール・ゴウン」は〈ユグドラシル〉でも有名なギルドである。
但し悪名高いDQNギルドとして。
勿論、最盛期にはギルドランキング9位に輝いたり最強のプレイヤーの一角「たっち・みー」が所属している等、純粋に賞賛する者も多くいたがそれでもプレイヤーの大半は良い印象は持っていないだろう。
そしてそれはギルドメンバー全てが異形種であることにも起因している。
見た目が醜悪なものが多い異形種を嫌っているプレイヤーはそれなりにいるのだ。
目の前の男はどうだろうか。
自分がアンデッドだと知れば顔を歪めるかもしれない。
〈ユグドラシル〉ではそうではなかったかも知れないが現実となった今、生理的に嫌悪を催すかもしれない。
だがどちらにしてもこの世界に「アインズ・ウール・ゴウン」の名を轟かせることを目的としている以上、この男は無関係ではいられないだろう。
アインズの正体を知って負の感情を見せるなら、計画の邪魔になることは間違いない。
その時は…。
「どうかされましたか? モモンさん」
急に黙りこんだアインズを見てオデンキングが首を傾げる。
そうだ、どのみち事ここに至って隠し通せるわけがない。
まず異形種であることを見せて反応を見よう。
アインズは黒騎士の姿を解き、本来の姿を現す。
どうなるのだろう。そして、否定されたら自分はどうするのだろう。
反応が無いアインズを見て心配したオデンキングはどうしたものかと迷っていた。
するとアインズはおもむろに立ち上がるとオデンキングを見て少し逡巡した後。
骨になった。
「おわっ!! ビックリしたー。モモンさんオーバーロードだったんですね。…あ、今もしかして笑うとこでした?」
一発芸だったのか?とオデンキングは首を捻っている。
「(軽いっ!! 悩んでた意味なかったよ!!)」
アインズは内心で突っ込みをいれる。
「へー、今はアインズ・ウール・ゴウンって名乗ってるんですか。…ん? アインズ・ウール・ゴウン?」
「はい」
「あのアインズ・ウール・ゴウン?」
「そのアインズ・ウール・ゴウンです」
同郷を見つけたと思ったら有名なPKギルドの異形種だったで御座る。ナニソレコワイ。
聞けばこちらにはギルドごと転移したあと、世界にその名を轟かせギルメンやプレイヤーを探すために改名したらしい。
「…やっぱり印象悪いですかね?」
アインズが気まずそうに尋ねる。
「へ? あ、いやいや別にそういったことに偏見とかはないですよ。異形種のフレンドも結構いましたし。というか、そうだ、ペロロンチーノさんとヘロヘロさんて「アインズ・ウール・ゴウン」所属でしたよね? あの人達とはフレンド登録してましたし」
「本当ですか!!」
アインズが興奮しながら身をのりだしてくる。
どこか琴線に触れる言葉があったのだろうか。
「ええ、特にペロロンチーノさんとは変た、じゃなかった紳士の集まりによく参加して議論しあったものです」
「ああ・・・」
オデンキングの性癖を大体把握したアインズであった。
[ユグドラシル紳士同盟第4部門〈フォーティーンエイジス〉]
ペロロンチーノとオデンキングが所属していた変態の集まりである。
「そこでペロロンチーノさんが啖呵を切ったんですよ。「エロに敬意を払わぬものに負ける道理などあるものか」って。凄かったですよ。流星群でも降ってきたかと思いました、あの属性ダメの連射」
「あはははは!!ペロロンチーノさんらしいです」
アインズとオデンキングの間で話が弾んでいた。
「アインズ・ウール・ゴウン」のメンバーとフレンドであったと判明してから随分とフレンドリーになったアインズ。
アインズ様はギルメンを誉められるとアインズからチョロインズに変身するのだ。
「ふー…あ、もうこんな時間か。クレマンティーヌ達、随分待たせちゃってますよ」
「うわっ本当だ。まだまだ話し足りないんですが…そうだ。良かったらギルドの方に招待させていただけませんか? オーディンさんなら大歓迎ですよ」
「おお、マジですか? あの1500人のプレイヤーでも最後まで踏み入れなかった場所に…いいんでしょうか」
NPCのカルマ値が極悪をぶっちぎっていることは思考の端の方に追いやっているアインズである。
「ええ、そんなことお気になさらずに。都合の良い日はありますか?」
「そうですね…近日中にバハルス帝国に向かう予定だったので、明日か明後日の朝にエ・ランテルを出発します。その時に寄らせてもらってもいいですか?」
「はい。楽しみにしていますよ」
話を終えた二人は階段を下りナーベラルとクレマンティーヌのもとへ向かった。
そこで見たものは死屍累々の冒険者達だった。
「あらー、ナーベちゃんもハブられたんだー。お姉さんと一緒に呑みたいのー?」
さっき殺されかけたというのにナーベラルをからかうクレマンティーヌ。
懲りない性格はオデンキングとそっくりである。
「黙りなさい下等生物。誰が名を呼ぶことを許しましたか」
膠もなく毒を吐くナーベラル。
「おおこわ。でも私の相手をしろってさっきご主人様に命令されてたよねー。名前を呼ぶことも許さないなんて、相手をしてるとは…言えないよねぇ?」
ナーベラルの狂気ともいえる忠誠を見ていたクレマンティーヌは、命令された以上は絶対に手を出せないだろうと確信してからかっているのである。
「ぐっ、盗み聞きとはさすが下等生物。ですが命令を受けた以上、相手をして差し上げましょう」
これ以上期待を裏切る訳にはいかない。
そんな心情を完全に見透かされているナーベラルであった。
程よく酒も進んだところでクレマンティーヌは気になっていたことを問いかける。
「で、あんたら何者なのさー。こうも自分より強い奴がポンポン出てくると自信なくなるんだけど」
オデンキングと出逢ってから多少落ち着いたクレマンティーヌ。
嫉妬の感情はあるものの、立て続けに強者に出逢うこの一連の状況は偶然ではないのだろうと思い好奇心から尋ねてみた。
偶然である。
「あなたが弱いだけでしょう」
ばっさりと切り返すナーベラル。
「ふーん、第7位階を使えるナーベちゃんが強くないって? それこそ冗談でしょ。今個人でそこまで使えるマジックキャスターはいないよー?」
ちなみに第7位階だと知ったのは諍いの後にオデンキングに教えてもらったからだ。
「う、そ、その、いやそれは…」
本来ならば第3位階まで使えるマジックキャスターで通すつもりであった彼女はどう返答したものかと答えに詰まる。
そんな彼女に救いの手が差し伸べられた。
「よお、姉ちゃん達。二人で呑んでるのも寂しいだろ? ちょっとこっちこいよ。俺達が付き合ってやるぜ」
テンプレ異世界物に150%の出現率を誇る、荒くれ系残念絡み屋冒険者だ。ちなみに150%とは一つの物語に出て、さらにもう一回出てくる確率が50%という意味である。
「さっさと目の前から失せなさい下等生物。今なら、その耳に障る不愉快な声で話し掛けたことを許して差し上げます」
窮地を救ってもらった礼として、ナーベラルは話し掛けてきた下等生物に優しい言葉をかけた。
「こっこいつ、銅のくせしやがって…!!」
もともと自制なんて言葉が脳味噌から無くなっているような荒くれものである。
思いもよらない罵詈雑言を受け、一瞬で頭に血が昇る。
「このクソアマがっ!!」
首にかけたプレートからなりたての新人冒険者だと判断した男は、掴みかかろうとしてナーベラルに手を伸ばす。
そして次の瞬間には左腕の掌に風穴が出来ていた。
「楽しくお喋りしてるんだから邪魔しないでくれるー?」
度数の強いウィスキーを左手に持ち、今男の手に風穴を空けたスティレットを右手でブラブラとさせながらクレマンティーヌはニヤニヤと嗤っていた。
冒険者がメインで宿泊するこの宿屋の一階は食事処兼酒場であり、当然利用客の大半は冒険者だ。
職業上、乱暴なものが少なくない冒険者に酒が入れば揉め事は日常茶飯事である。
それでも暗黙の了解として刃傷沙汰だけは起こさないというのがこの宿屋に宿泊する冒険者の共通認識であった。
それが今、カウンターに座りふざけた様に笑っている女に破られた。
「おいおい嬢ちゃん。流石にそこまでいくと見逃せねえぜ…」
周囲の冒険者達が殺気だちはじめる。
もともと男の誘いが度を超すようなら助け船をだそうと様子を窺っていたのだ。
予想外の展開にはなったが、この店で剣を振るった人間を見逃すわけにはいかない。
悪しき前例を作らないためにも、この女はある程度傷めつけられ見せしめになってもらう必要がある。
そう考えた冒険者達はまずは取り押さえるために立ち上がると、クレマンティーヌとナーベラルを取り囲んだ。
結果は冒頭の通り、そこら中に散らかった椅子と机の残骸と平謝りするアインズとオデンキングの姿が答えだ。
ちなみにナーベラルもクレマンティーヌも殺すのは我慢しました。誉めてあげてください。