オーバーロード 四方山話《完結》   作:ラゼ

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久しぶりの更新です。プレイアデスな日々のネタをちょこちょこ挟んでいます。読めて嬉しかったもので…すいません。


学院編 6

 MOTTAINAI。

 

 勿体ない。勿体ない精神。それは昔から受け継がれてきた日本の善き心。百年前ほどには諸外国でもMOTTAINAIという言葉が少しばかり流行ったこともあるほどだ。少々面倒でもリサイクルの精神でエコを貫き通していたならば、今ほど世界は汚染されていなかっただろう――という、今は名ばかりの自然保護団体の言葉をオデンキングは思い返していた。

 

「ああ勿体ない。いや、ほんとに勿体ないなー…」

 

 何が勿体ないのか。それはオデンキングの眼下に広がる光景、屠殺場と化したカッツェ平野が答えである。超位魔法……まあ魔法とは名ばかりのスキルのようなものではあるが、当然魔法職のカンストプレイヤーであるオデンキングにもいくつかは使用できる。

 

 魔法の数に膨大を誇るユグドラシルの中でもそこまで種類があるわけではないが、意外と似たような効果を持つものも多い。例えば広範囲の破壊を目的とするならば《ソード・オブ・ダモクレス/天上の剣》や《フォールンダウン/失墜する天空》などが挙げられるだろう。広範囲の敵の殲滅及び、それを贄とした存在を召喚する《イア・シュブニグラス/黒き豊穣への貢》や、特殊なものならば特定の願いを叶えることができる《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》など、多岐に渡る。

 

 今オデンキングが使っているのは、いわゆる「湧き系」というやつだ。普通の位階魔法にもある《アンデス・アーミー/死者の軍勢》などに代表される、雑魚を大量に召喚できる魔法――の超位版といえば解りやすいだろうか。

 巨大な軍隊蟻のようなモンスターが次々と湧き出し、敵を屠る様は圧巻だ。ユグドラシル時代には『おい、地球防衛軍呼んで来いよ』『誰だよあの迷惑魔法使ったの』『蟻だー!』などと親しまれており、大群に無双するカッコイイ自分をムービーに撮る目的で割と使用されていた魔法である。

 

 そんな蟻の群れに蹂躙されるアンデッドを見て、オデンキングが思うことはただ一つ。『経験値が勿体ない』だ。いくら雑魚とはいえ、自分が召喚する蟻のように次々と湧き出る様を見れば、プレイヤーである彼がそう思うのも無理はないだろう。言ってしまえば、一円玉が次々と砕かれているのを見ているかのような感じだろうか。たかが一円、されど一円。たった数ポイントの経験値、されどあの数ならばかなりの経験値。ゲーマーには耐えられない光景だ。

 

 オデンキングがいまだソロのプレイヤーであり、ナザリックに所属していなかったなら話は別だった。カンストしているのだから、どう足掻いても経験値など無駄にしかならないのだから。けれど今は知っているのだ、ナザリックが保有するワールドアイテムの内の一つ『強欲と無欲』の存在を。

 

 装備している状態での余剰経験値を溜めることができる、破格のマジックアイテム『強欲と無欲』 前述した《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》など経験値を消費して使用する超位魔法はいくつかあり、いちいち使うごとにレベルダウンしてしまうのはデメリットが非常に大きい。それを覆すのがこのワールドアイテムの存在であり、敵と戦うならばできるだけ装備していたいアイテムだ。

 

「つか湧き過ぎだろ……なんなのこれ。あれか。イビルアインズ効果とでも名付ければいいのか」

 

 とはいえ、ユグドラシルではそうもいかなかった。なにせ装備している状態で戦えば盗られるリスクもあり、貴重なワールドアイテムをそうホイホイと持ち出す愚を犯さないのは常識である。しかも廃人同士の戦闘において装備品枠の一つを戦闘用ではないものに替えるとなると、その差が如実に表れるのだ。

 

 そんなわけでナザリックでもあまり使う機会の無かった『強欲と無欲』であるが、この世界では装備品の枠を一つ潰そうがあまり関係はない。なにせレベル100とまともに戦闘できるものが極々僅かしかいないのだ。警戒を怠るわけにはいかないものの、あまり警戒しすぎるのも臆病というものだろう。

 

 だからオデンキングは、とても迷っているのだ。まだアンデッドが湧き出る内に『強欲と無欲』を借りてきた方がいいんじゃないかと。ワールドアイテムのナザリック外への持ち出しは一回ごとに話し合いで決める取り決めがなされているが、これは仕方ない、アインズさんも納得してくれる筈だ――とオデンキングは考える。

 

 何せアインズは割と勿体ない主義者……ぶっちゃけて言うと貧乏性である。使える者は親でも使え――とまではいかないが、日々事あるごとに人材がー、お金がー、アンデッドは疲労しないんだから積極的に使うべきだー、などと言っているのだから、そのエコ精神は推して知るべしだろう。

 

 まあ支配者として正しい姿勢であるし、そもそもナザリックの運営を真面目に考えていないオデンキングに問題があるのは間違いないのだが。それはデミウルゴスが優秀すぎるというのもあれば、ぶっちゃけて言うとあんまり学が無いので口出しする方が無駄じゃないかと思っているというのもある。自分は自分でやれること……つまり人間であることを利用した、種族間の融和や調整などに精を出すべきだとも思っているのだ。

 

「―――っ駄目だっ、勿体なさすぎる」

 

 そして彼は遂に限界を迎えた。99から100に達するまでの経験値、その数パーセント程はすでに溜まっていたかもしれないのだ。オデンキングからすれば勿体ないお化けが出るレベルである。

 

「ナーベラルちゃん、ちょっとナザリックに帰ってきます。大丈夫だとは思うけど、蟻が暴走しないか見ててくれる?」

「かしこまりました。何かあればすぐに御報告致します」

 

 よろしくー、と言ってその場から転移するオデンキング。その時点で蟻の湧きはストップしたが、既に十分な数が存在しており、そもそも一体一体のレベルはバラつきがあるとはいえ60前後にもなるのだ。カンストプレイヤーに対して効果はあまりない――腐っても超位魔法ではあるため、使い方次第では極悪な効果を発揮することもあるが――とはいえ、カッツェ平野のアンデッド程度に後れを取ることなどまずありえない。

 

 そして一方、オデンキング達が来る前まで奮戦していた冒険者や兵士はというと、目の前で起こっていることに唖然としていた。たった一人のマジックキャスターが使用した魔法で、自分達が苦戦していた全ての敵を壊滅させようとしているのだからそれも当然というものだろう。

 

 そしてその集団の中で上位にあたる強者、ブレイン・アングラウスは――

 

「お家帰る」

「な、何を言っているのだブレイン」

「絶対あの化物の関係者だ。もうお家帰る」

「ブレイーーーン!?」

 

 幼児退行していた。だがそれも仕方のないことだろう。ガゼフに敗れた後、血の滲むような修練に励み自信を手に入れた。そしてフルブレイク。どん底に落ちた後、クライムという眩しい輝きを見て自信を取り戻そうとした。そしてフルブレイク。

 

 そして今。皇帝の側近という地位を手に入れ、かつどの兵士をも凌駕する自分の実力を再確認し、逸脱者たるフールーダとて接近戦でならば充分勝機はあると調子に乗って――現実逃避とも言う――いた。しかし何度も自分の心を折った化物の同類を間近で見て、今度もきっちりフルブレイク。ブレインの心はもう限界なのだ、これは家に帰りたくなるのも仕方ない。

 

「あれは……ブレイン・アングラウス? 帝国で騎士になっていたのね」

「へえ、噂に聞く人物像じゃそんなイメージなかったけどな。おおかた皇帝になんか弱みでも握られてんじゃねえか? ブレイン・アングラウス程のやつを手に入れて大々的に宣伝しねえってのもおかしな話だしよ」

 

 当たらずとも遠からずである。まあしいて言うならば、宣伝しないのは単にジルクニフの中の戦力比較が狂ってきているからだろう。今更王国戦士長クラスの人材を手に入れたからといってそこまで喜べるものではないのだ。勿論有能な人材には変わりないため重用はしているものの、自国の主席魔法使いも王国戦士長3人分(主観)ぐらいにはなっているだろうし、法国の特殊部隊の方も王国戦士長1.5~2人分くらいの猛者はごろごろしているらしいと聞いては有難味も薄れるというものである。

 一番不憫なのは物差しの単位に使われている王国戦士長かもしれないが。

 

「あっ、蟻の群れに突っ込んで…?」

「…跳ね飛ばされたな。何やってんだあいつ?」

「なにか錯乱してたみたいだった」

「もしくは自殺志願かも」

 

 お家の方向に一直線なのはいいが、動揺しすぎである。そのまま蟻の波に引きずられていくと思われたが、エルヤーが見事な救出劇を披露していた。新生エルヤーは意外と仲間想いなのだ。

 

「おいおい、あいつも相当だな。帝国だけどんどん戦力増えてんじゃねえかこりゃ」

「そうね……でも終戦の宣言は出されている訳だし、悪い事ではないでしょう? むしろああいった人材を出し惜しみなく送ってきていることでそれがよく解るってものよ」

「まあそうだな。ちょいと前までなら示威行為にも見えたっちゃ見えたが…」

「アインズさん達の存在あればこそ、ということなんでしょうね」

「ま、そういうこったな。人類側からすりゃ頭が上がんねえぜ」

 

 腕組みをしながらそんなことを言っている彼女達は、物語によくある強キャラ臭が漂っている。これで影でも差して顔がよく見えていなかったら完璧だろう。まあ冒険者の頂点ではあるので間違ってはいないのだが。そしてそんな彼女達の前にオデンキングを見送ったナーベラルが降りてくる。

 

「良く解っているようで何よりです。そこまで理解できているならば、至高の御方達にタメ口を聞いてよいかどうかなど解りきっているでしょう? さっさと改めなさい」

「あ、ナーベラルさん……オーディンさんはどこに行ったんですか?」

「一旦ナザリックに帰還されました。あと、様を付けなさい下等生物」

「すいません、ナーベラル様」

「そこじゃないっ!?」

 

 若干ナーベラルの扱いがぞんざいになってきている蒼の薔薇。まあナーベラルが忠義を捧げている存在と割と気安く喋っているためだろう。人間とは無意識のうちに格付けしてしまうものなのだ。勿論強さにおいて劣っているのは理解しているが、自分達に危害を加えればナーベラルが怒られるだろうということもきっちり理解しているのだ。意外としたたかである。

 

「…それと、一回目だな」

「? 何を言っているの? 下等生物」

「二回目ね」

「…何を言っている、と聞いているのだけど? その小さな脳みそじゃ理解できなかったかしら、下等生物」

「三回目」

 

 下等生物と言った数、その回数である。下等生物と書いてガガンボと聞こえているあたり、この世界の強制翻訳の優秀さが垣間見れるというものだ。まあそれはともかく言う度にカウントされるのだから、ナーベラルにも何を数えているのかは解った。しかしそれが意味しているところは不明であり、額に青筋をたてて不機嫌さを主張している様子が見て取れる。

 

「いえ、オーディンさんが『そう』言われたら回数を数えておいてって仰っていたものだから」

「え」

「みんな仲良くしましょうっつってる組織の人間だからなー。そりゃそういうことは気にしてるんじゃねえか?」

「え、ちょ」

「冒険者にとって報連相は大事。しっかり伝える」

「なっ、待っ…!」

 

 教師がどこかに行った瞬間、イジメっ子が本性を現した。しかしイジメっ子ナーベラルにとって予想外だったのは、なんとボイスレコーダーで暴言を記録されていたことだった――みたいな感じだろうか。そしてちょっと涙目になっているナーベラルへ、ティアから更なる追撃が入る。

 

「黙ってほしかったら、脱ぐべきあぶっ!?」

「ごめんなさい、この子ちょっと変態なの」

 

 追撃が入りかけた、が正解だろう。ラキュースの見事なカカト落しが決まり、その美脚から繰り出された一撃によりティアはダウンした。

 

「でも貴女の主様二人が人間と仲良くしましょうって言ってるんだから、頑張るべきだと思わない? 私達もナーベラルさんと仲良くできれば嬉しいなって」

「……」

「別にマジで告げ口するって訳じゃねえさ。つーかオーディンも本気で俺達がそうするとは思ってねえだろうよ。言わば俺達への信頼でもあるし――お前への信頼でもあるんじゃねえか? それを裏切るかどうかは知らねえけどよ」

 

 間違ってもそんな高尚なことを考えるオデンキングではない。単に仲が悪そうなら少し仲裁しなきゃと思っていただけである。

 

「…………努力はしましょう。上等生物」

「もう少し努力できないかしら!? というか上等生物ってなに!?」

「くっ、まだ足りないの?」

「まだもクソも、名前で呼べばいいだろ? ほれ、ガガーランだ。ガガーラン」

「……ガガー…」

「そうそう」

「ガガー…ランボー…」

「混ぜてんじゃねえよ!」

 

 ガガンボとガガーラン。まあ似たようなものだろう、ナーベラルが間違うのも無理はないというものだ。ガガーランとランボーも似ているので、それも無理はない。全てはガガーランがガガーランたる由縁である。

 

 結局、オデンキングが帰ってくるまでこの喜劇は続くこととなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓のとある廊下。尻尾を揺らして楽しそうに歩いているルプスレギナと、帰還したオデンキングがばったり鉢合わせる。

 

「あれ? ルプー、何してんの?」

「ちわっすオーディン様。散歩っす」

「ああ……犬だもんな」

「狼っすよ!」

「(人狼じゃなかったっけ…?)あ、そうだったっけ。ところでアインズさん知らない? さっき帰ってきてる筈なんだけど」

 

 休暇を嫌がるナザリックの配下ではあるが、ルプスレギナは割とさくっと休暇を楽しんでいる。それはアインズの命令ということもあるし、あのデミウルゴスでさえ休暇をとったのだから下の者もそれに習うべきかという風潮が広がったせいでもある。意外な効果が出てアインズも少しほっとしたことは言うまでもない。

 

「《メッセージ/伝言》も繋がらないんすか?」

「えっ」

「…オーディン様、忘れてたんすね」

「い、いやほら。結構重要なことだから。《メッセージ/伝言》は割と信憑性に欠けるって常識だからね、うん」

「ナルホド、さすがオーディン様っす」

「いま絶対嫌味なほうの『さすが』だった気がする…」

「気のせい気のせい」

 

 ナザリックで一番オデンキングに気安く接するルプスレギナ。それゆえにオデンキングも一番話しかけやすく、さばさばとした彼女の話し方は聞いていて心地よいと思えるほどだ。なお中身が黒いことも当然知っているが、そもそもナザリックで黒くない者を考えた時、数えるほどしかいないためそこは気にしないようにしているらしい。

 

「取り敢えず《メッセージ/伝言》で居場所聞けばいいんじゃないっすか?」

「…いや! 重要なことだし! 詐欺にあうかもしれんし!」

「なに意固地になってんすか…」

「別に普通なんですけど!」

「りょうかいっす。じゃあ一緒に探すの手伝いがてら散歩するっす!」

「散歩がメインなんだ…」

 

 何故かナザリック探索を始めなければならなくなったオデンキング。人間、見栄を張ると碌な事にはならないというよい見本である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六階層、森林にて。

 

「絶対こんなところに居る訳なくないか?」

「私の本能が囁くっす! ここに何かがあると!」

「そりゃなにかはあるだろうけどさ…」

 

 ガサゴソと草木をかき分けて進んでいく二人。こんなところにアインズがいるわけないとオデンキングは思ったが、しかし次の瞬間ふと思い当たる。アルベドとの逢瀬をこの森でひっそりと楽しんでいる可能性もあるか、と。それはそれでどっちにしろ探してはいけないし、そもそもカジットとイビルアイを招いている時点でそんな状態になっているわけはない。が、オデンキングは割と馬鹿なのでそのまま探し続ける。まあ本当の理由はルプスレギナが楽しそうにしているからではあるのだが。

 

 ちなみにカッツェ平野のアンデッドはそろそろ殲滅完了しそうな勢いである。彼はいったい何をしにきたのだろうか。

 

「ほらオーディン様、あそこっす!」

「…? 何かあるか?」

「私の鼻は誤魔化せないっすよ、シーちゃん!」

「へ? ……ああ、なるほど。《シースルー・インヴィジビリティ/透明化看破》 ……トトロ?」

 

 果たして、そこに居たのは巨大なトトロに乗ったメイちゃん――ではなく、スピアニードルにしがみ付いて……というより張り付いているシズ・デルタの姿であった。彼女はこのスピアニードルしかり、某イワトビペンギンしかり、動物愛護ロボットのような面があるのだ。

 まあ愛護というよりは無理やり愛でているだけなので基本的に迷惑がられているだけなのだが。

 

「シズちゃん? そこのスピアニードルさんすごい嫌がってそうなんだけど」

「問題ない」

「あっはい」

「そこはビシッと言ってやらなくちゃ駄目っすよオーディン様!」

「えー……ルプーがお姉さんなんだから、むしろそっちの方が」

「りょうかいっす! シーちゃん、駄目っすよ! お姉ちゃんの言うこと聞くっす!」

「拒絶拒絶拒絶」

「無理っすオーディン様!」

「速いなおい!? 姉の威厳は!?」

「ないっす!」

 

 プレアデスの中で一番威厳と無縁な存在がルプスレギナであるのは間違いないだろう。為す術もなく無視される二人は、自分達が存在しているのかすらちょっと自信がなくなってきたほどである。それにしてもこの支配者、全然支配できていない。

 

「次行くっす!」

「あ、ほっとくのね…」

 

 負け犬と負け支配者。仲良く六階層を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二階層、黒棺にて。

 

「絶対嫌だ! こんなとこにアインズさんが居る訳ないだろ!?」

「私の直感が囁くっす! ここになにかあると!」

「嘘つけ!」

 

 ゴキブリ蠢く黒棺。ナザリックの傑物達ですら恐れる最悪の場所である。そこかしこを埋め尽くす大小さまざまなゴキブリは、生理的な嫌悪感を最大限に催させる。当然ルプスレギナも怖気が走る場所なのだが、オデンキングが顔を青くしているのを見て我慢しているのだ。敬意を払い、けっして侵せぬ存在が怖気づく様はルプーに奇妙な満足感を与えてくれる。そのためならば少しの我慢などどうということはない、と酷すぎる性癖を思う存分満たしているルプスレギナであった。

 

 ここの主、恐怖公はいまだ見当たらず、ゴキブリが這いずり回る音と――奇妙な咀嚼音が聞こえてくる。ポリ、ポリ、ポリ、とこの場に見合わぬ軽妙な音だ。その音の方に彼等が進んでいくと、この恐ろしい部屋に一輪の花が咲いていた。

 

「エ、エントマちゃん?」

「オーディン様ぁ? ご機嫌麗しゅうございますわぁ」

「あっはい。…うっぷ」

「このようなところに、どうされたんですのぉ?」

「いや、アインズさんを探しに……っている訳ないか、はは、は。あんまり食べ過ぎて、お腹壊さないようにね」

「お気遣い、ありがとうございますぅ」

 

 そそくさとこの場を後にするオデンキング。ちなみにルプスレギナはいつのまにか外に退避していた。黒棺を出た後、外でチョコンと体育座りをしていたルプスレギナに拳骨をかまし、頬を引っ張る。

 

「俺って一応ギルメンだよね! そうだよね!?」

「ほうひぇんでごあいまう、おーふぃんはま」

「この駄犬がー!」

「おおふぁみっふ」

 

 しばしこねくり回した後、さらに探索という名の散歩は続く。オデンキングは退く時は退くし媚びるのは得意だが、美女が居る時はあんまり省みないのだ。アホともいう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 9階層、皇家套房にて。

 

「あの、お風呂場とか居る訳……いや、なくもないかもしんないけどさ」

「私の中の何かが囁くっす! ここに何かあると!」

「……」

 

 絶対ねーよ、と思いつつ少しだけお色気的なトラブルを期待するオデンキング。懲りない男である。

 

「どれどれ……ってソリュシャンちゃん? なんでこんなとこに」

「…っ! オーディン様。失礼致しました」

「あ、いやそれはいいんだけど、ここ男湯…」

「…ルプスレギナをお連れしているということは、湯浴みでございますか? ならばこの私に是非御命令ください!」

「ええっ! なんかキャラが違……じゃなかった、いったいどうしたのさ? 何かあったんならできる限り聞くけど」

「……」

 

 思いつめたような顔で懇願するソリュシャン。いつも優雅にそつなくこなす様子はそこになく、焦りともつかぬ感情が見え隠れしているようだ。

 

「…アインズ様は、偶に湯浴みをされています」

「うん? ああ、そう聞いてるけど」

「ですが、三吉君を使われるなら、私を使っていただきたいのです! 私であれば三吉君の代わりを充分に勤め上げられる筈です! メイドの本分を果たしたいのです!」

「(ルプー、三吉君って?)」

「(アインズ様の体を洗ってるやつっす)」

「(ふーん……? ソリュシャンちゃんが洗いたいって言ってんならやらせてあげりゃいいのに。アルベドに気を使ってるのかな?)」

「(どうっすかねえ)」

 

 涙ながらに力説するソリュシャンに、オデンキングは肩に手をおいて優しく微笑みかける。見る人が見ればいやらしい笑みだとも言うだろうが。

 

「別にそのくらいいいよソリュシャンちゃん。メイドの務め、立派に果たしてもらおうかな」

「オーディン様…!」

「アインズさんにやってると思って、充分腕を振るってくれればいいよ。仕事ぶりをアインズさんに伝えれば、ソリュシャンちゃんに洗ってもらうこともあるかもしれないし」

「はい…!」

 

 役得役得と、お風呂に入る準備をするオデンキング。彼の察しがもう少しよければ三吉君の正体と、何故ソリュシャンが洗いたがっているかも理解出来ていただろう。しかし彼は、美女が絡むと馬鹿になる。

 

「じゃあよろしくー」

「はっ!」

 

 喜び勇んでソリュシャンに背を向けるオデンキング。ちなみにルプスレギナが何をしているかというと、こっそり覗き見をしていた。オデンキングの裸体を見たかった――などという訳はなく、これから起こることを既に予見してのことである。ニマニマとした笑みはその腹黒さを存分に感じさせている。

 

「では、洗わせていただきます」

「は――もがっ!? ちょ、むぐっ!?」

「ぶふっ! オーディン様、最高っす!」

 

 三吉君とはアインズの体を洗う『スライム』であり、当然ソリュシャンの洗い方も彼と同様になるのは自明の理だ。なんだかヌメっとした感触とともにソリュシャンへ沈んでいく自分の体を見て、オデンキングは一つだけ思った。

 

「(狼って調教できるのかな…)」

 

 まあ調教しようとしても手玉にとられるのは間違いないだろう。満足げなソリュシャンと、腹を抱えているルプスレギナが男湯に居るシュールな湯浴みの光景であった。

 





そういえばプレアデスが仕事してない…

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