「ほ、本日は御日柄もよく」
「いや、めちゃめちゃ霧が深いですけど」
蒼の薔薇と戦っていたカジットだが、アインズやオデンキングの知り合いだったということでひとまず戦闘は終了した。そもそもアルベドとアインズの結婚式で顔を合わせていないのかという疑問があったのだが、まずは動揺するカジットを宥めるのが先決だと二人は的外れな挨拶をする彼に突っ込みを入れた。
「えー、とにかくですね、彼はそこまで危険な訳ではないので取り敢えず和解してもらっていいですか?」
「ほんとかよ? 顔を合わせるなり襲い掛かってきたんだが」
「それは……ほら、ね。ガガーランが……な?」
「どういう意味だオイコラ」
「イエ、他意はナイです。ガガーラン=サン」
「他意しかねぇだろうが!」
暗にお前の顔が怖いからだよと、含む言葉ありありでオデンキングがカジットを庇う。やはり本人が望んだこととはいえ人体実験にまで付き合わせた以上、多少の罪悪感が残っているらしい。
「というか披露宴で会ってないの? 大した人数でも無かったし顔合わせくらいはしてるもんだと思ってたけど」
「いやあ、知らねえな。ほんとに居たのか?」
「居ましたよね? カジットさん」
「えー、そうです、スライムに溶かされかかって居ました」
「それ居るって言わねえよ」
「そういえばソリュシャンちゃんの体から出てきてましたね……」
そもそもあれだけしっちゃかめっちゃかになった披露宴なのだから、異形種だらけのナザリックにおいてエルダーリッチを見た程度で印象に残るわけもないのだ。というより普通の人間は骨の違いなど解らない。そして見るからにアンデッドと仲が良さそうな彼等を見てついにジエットから疑問の声が飛んだ。
「あのー……そろそろ説明していただけませんか?」
「え? あ、ああ……えー、ううん……」
どうしましょうかとアインズに小声で相談するオデンキング。ここまできては誤魔化しようもないし、何より記憶の改竄は非常にMP消費が激しいため気軽に使用は出来ないのだ。こそこそと二人で相談しながら、どう説明したものかと二人で頭を悩ます。とはいえ既に時遅し、そう判断した二人は結局はそのまま全てを話すことを選択した。
「ジエットさん……実は俺達、普通の人間じゃないんです」
「知ってます」
「え?」
「え?」
どう考えれば普通に見えていたと思うのだろうかと、ジエットは非常に突っ込みたい衝動に駆られたが何とか我慢した。何せ王国でも名高い冒険者チームを個で圧倒する存在が、更に怯えるような存在なのだ。とぼけた様子は演技とは思えないが、だからと言ってむやみに逆鱗に触れるかもしれない行動をおこすのは愚かだろう。
「なんだ、やっぱりあの時見られていたみたいですよアインズさん」
「まあタイミング的には微妙でしたからね。ジエットさん……黙っていてくれたこと感謝しますよ」
そう言って人化を解くアインズ。人になるのは面倒な手順が必要な魔法なのだが、戻る時は一瞬だ。ついでとばかりに装備も普段のものに戻したその恰好は、まさに魔王もかくやと言わんばかりの威圧感を放っている。
更についでと言わんばかりにオデンキングも装備を普段のものに戻したのは、単なるカッコつけである。更に更についでにナーベラルがメイド姿に戻ったのは空気を読んだ結果で、出来るメイドであることを主張するためだ。頭に輝く白いホワイトブリムはその美しさをさらに引き上げており、ティアに涎を垂れさせるほどだ。
最後にアルシェだが、吐いた。
「ちょ、アインズさん、装備装備!」
「あ、すいません」
アインズは装備を変えた際、魔力を隠蔽する装備をつけ忘れていた。つまり、アルシェちゃんごめんちゃいということである。ちなみに間違ってはいけないところだが、別にアルシェは強大な魔力に敏感だとかアインズを極端に恐れているという訳ではない。
アインズが近くに寄るとその魔力の凄まじさに気付くのはのはある程度のマジックキャスターならば当然であるし、魔力を可視化できるという技能は元からアインズの事を知っているのならば吐く要素は無い。
ならば何故吐いたのかというと、これは単なる条件反射である。車酔いを起こしやすい子供が車の匂いを嗅いだだけで気分が悪くなるのと同様に、アインズと初めて会った際にショックを受けたアルシェは嘔吐が癖づいてしまったのだ。俗に言うパブロフの犬状態というやつである。
「う、うむ……すまんなアルシェ。大丈夫か?」
コクリと頷くアルシェに水差しを用意しながら背中をさするアインズ。ナーベラルが嫉妬したのは言うまでもない。そして何も反応を見せないジエットとネメルだが、なんと気絶していた。
「あれ……何故に。アインズさん間違えて絶望のオーラ出してませんか?」
「いやいや流石にそれはないですよ」
どうしたんだろうと首を捻りつつ、まあそのうち起きるだろうと休憩の準備を始める二人。クリエイト系の魔法で椅子や机を創り出し、帝都で評判のお菓子と紅茶を並べていく様子を見てナーベラルが慌てておしとどめるのはここ最近のお約束でもある。
そして少し落ち着いたところでカジットに何故こんなところに居たのか問いかける。確かにアンデッドにとって住みやすい場所ではあるが、だからといって元人間の感性で此処に住もうというのは普通躊躇するだろうと。
「ああ、いえいえ。儂も儂で高みを目指す研究をしておりましてな。なにせお二方でも母の完全な復活は難しいとのこと。まずは自分を高めようという結論に至りまして。この場所でなら自然に死の螺旋のような状況を作り出せるのではないかと推察しておるのですよ。事実ここ最近ではデス・ナイトやエルダーリッチ等の高位アンデッドの自然発生率が上がっております。お二方が言う『れべる限界』でしたか? あれを前の実験とは別方向にアプローチしておりまして、上手くいけば死の螺旋で発生したエネルギー全てを取り込んで限界を突破出来るのではないかと」
「へえー! そりゃ凄い……けど、出来てもアンデッド限定、かな。アインズさんならいけたりするんじゃないですか?」
「ええ、気になりますね。ただどういう理論に基づいて検証しているのか……カジットさん、今レベルどのくらいでしたっけ」
「おおよそ50強といったところですな。その辺りで成長が止まったと前回の実験で仰っていたでしょう?」
「ああ、そうでしたね……ふむ。限界というのはそれ以上が無いからこそ限界足り得ると、そう結論が出ていたんですがね。だからこそ私達は人化という、存在そのものの変質に可能性を見出してその方面から――」
喧々諤々と議論を交わす三人。最近とみに進みだした、レベルの研究に力をいれているだけはあって議論に熱が入るのも仕方のないことだろう。カジットが成長して自分達に危害を及ぼさないかという危険性は考慮しない。何故なら実験前に契約を交わしてその可能性を潰しているからだ。
「おいおいおい、ちょっと待ってくれや。聞いてると随分物騒な話じゃねえか? 色々言いたいことはあるんだが、取り敢えずこれだけは確認させてくれ。今ここに来てるやつらは大丈夫なのか?」
「え? あ……そういえば。カジットさんどうなんですかそこのところ。流石に実験よりは人命を優先したいんですが」
「む……? ここに来ている、というのは?」
「あ、そこからか……」
オデンキングは今のカッツェ平野の現状をカジットに説明し、生徒や騎士の安全は大丈夫かと問いかけた。高位のアンデッドが出現すれば生徒達や並みの騎士では対抗しきれないのは明白であるし、デス・ナイトクラスになると高位冒険者でも厳しいだろう。死の螺旋とやらに興味は尽きないが、流石に人の命には代えられないのだ。
「ふうむ、そういう訳でしたか。まあ深くへ入ろうとしなければ大丈夫でしょう。基本的には高位のアンデッドが出現すればそれに引きずられるようにして出現率とアンデッドの質が上がるようですが、儂がそこそこの期間滞在してこの程度ですから直ちにどうこうなるということはない筈です」
「ああそれなら良かった。でも中止にはした方がよさそうですね。えーと緊急時の連絡網、と」
当然、生徒の安全のためにパーティごとに《メッセージ/伝言》を使用出来る者が随伴している。不測の事態があれば救援を求めることも出来るし、全体に撤退を促す際の手順も決められている。
「えーこちら2-B班。全パーティ撤退を伝えるようお願い致し……え? マジですか? はい、はい……」
「どうしたんですか? オーディンさん。何やら慌てているような雰囲気でしたが」
「出たみたいです、エルダーリッチ。幸い高位冒険者のチームだったみたいなんで撃退したらしいですけど」
「運が悪かったんですかね……? とりあえず撤退を始めてるなら問題ないでしょう」
「ええ。あ《メッセージ/伝言》がきました。はいはいこちら――ええ!?」
明らかになにかあったようなオデンキングの驚きかたに全員の注目が集まる。《メッセージ/伝言》での通信を終えた彼に視線が集まり、それに対して心得たと頷き先ほどの通信の内容を話し始めるオデンキング。
「なんとデス・ナイトまで出てきたそうですよ。今は持ちこたえているそうですが不味い事態です。救援に向かいましょう」
蒼の薔薇の面子にナザリック組、そしてカジットは予想外の事態に面くらいながらも立ち上がって戦いの準備を始める。カジットはどう考えても行かない方がいいが、雰囲気的にやられたらしい。
「カジットと言ったか? 先ほどの言葉に嘘は無いんだろうな。流石にタイミングが良すぎて疑念を持つぞ」
「む……まあ確かに状況的には疑われても仕方がないがな。儂がこの二人相手に嘘をつくと思うか?」
「まあ、あまり気にしなくてもいいだろう? イビルアイ。 所詮はデス・ナイト程度のものだ。私やオーディンさんにかかればどうということもない」
イビルアイがカジットに不信の目を向け、アインズがそれを宥める。中々に珍しい役回りと取り合わせだが、三人共がアンデッドということを考えれば意外と自然なのかもしれないとオデンキングは面白そうに眺めていた。そして彼らを見つめて、やっと思い至った。カッツェ平野に限らず、アンデッドはアンデッドを呼び水として湧き出るものだ。つまりそれが極まったものが『死の螺旋』であり、そしてカジットの言が真実ならこのカッツェ平野において高位のアンデッドが集中すると強いアンデッドのポップ率が跳ね上がる。
ということは――――
「ふうむ……しかし何故こんなことに。儂の検証結果からすればこんなことは――」
「まったく、この面子で普通に終わるとは思っていなかったがいったい誰のせいだ誰の――」
「学園生活を楽しむ筈だったのにな……なんなんだこの状況は、まったく――」
ぶつぶつ文句を言っている三人を見て、オデンキングは限界まで息を吸い込んで叫んだ。
「お前らのせいだよ!!」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
せいだよ、せいだよ、せいだよ……と木霊した声は、空しく霧の中に吸い込まれていったのだった。
クレマンティーヌのナザリック事情 1
《ゲート/転移門》により帝都に転移させてもらう筈だったクレマンティーヌ。しかし彼女は今途方に暮れていた。《ゲート/転移門》の先は柔らかいベッドかそれとも皇宮の前か、どちらにせよ凝り固まった体を休めようと靄をくぐった彼女だが、その先はなんとナザリック地下大墳墓の真ん前だったのだ。
「あのばかちんめー……どうやったらそんな間違いするのよ」
そんな間違いをするからオデンキングなのである。本人に詰問すれば、めんごめんごと軽く返されること請け合いだろう。マーカーを付け間違えたバーカーを相方にしたクレマンティーヌが悪いのだ。だがバーサーカーな彼女にはお似合いである。
「入るべき……? いや、でも、ぐぬぬ」
オデンキングがギルドメンバーになった時点でクレマンティーヌの扱いも結構なものにはなっているのだが、当然そこには至高の御方に近しい人というこということで嫉妬の感情も含まれる。調教された猛獣とはいえ、近くにいれば緊張するのは人として当然だろう。
「まあいいか。お邪魔しまーす」
どのみち旅装も何も持っていないのだから選択肢はあってないようなものだ。徒歩でここまで来たことのないクレマンティーヌには街の場所などおおよその方向ぐらいしか解らない。腹を括って魔窟へと侵入するのであった。
「おや……クレマンティーヌ、何故ここに? 至高の御方らと出かけたと聞いたでありんすが」
「ちわー、ちょっとね。ナーベラルが独り占めしたいって言うから」
「な、なんですってぇ……あの小娘……グギギ」
ナチュラルにナーベラルを売り渡すクレマンティーヌ、これこそ外道というやつだろう。歯ぎしりをして悔しがるシャルティアを見ながら両手を合わせて合掌しているが、後悔の念は欠片も持ち合わせていないあたりが彼女らしいとも言える。自分の安全のためならば人身御供ならぬドッペル御供も躊躇しない決断力が彼女にはあるのだ。
「おおこわ。私は客室まで行くからまたねー」
「ちょいと待ちなんし、せっかくだからわらわもついていくでありんす。たまには腹を割った『じょし会』とやらも悪くないでありんしょう?」
「…物理的に腹を割ったりしない?」
「せんでありんすよ」
気の進まないクレマンティーヌをよそにシャルティアの中ではもう決定事項となっているようだ。のろのろと進むクレマンティーヌの横を優雅に、そしてパッドがずれ落ちぬよう細心の注意を払って横並びで歩く。
「ところでクレマンティーヌ、知っているでありんすか?」
「…何を?」
「くふ、アウラが……あのおチビがオーディン様を狙っているという話でありんすよ。至高の御方になられたら心変わりなんて意外と現金でありんすの」
「は? えぇ……マジで?」
「マジもマジ、大マジでありんす。うかうかしてると横から掻っ攫われるでありんすよ。今日はそのへんも話合いましょう? 具体的に言えば私とアインズ様が結ばれる方法とか」
「え、いや、えぇ? ディンちゃんってそんな趣味あんの?」
「それはもう、我が創造主ペロロンチーノ様と趣味を同じくされておられるのよ? 間違いなくバッチこいでありんす」
彼女達の間には一つ重大な齟齬が発生しており、それはアウラが見た目的に男の子であるという事実から発生しているものだ。クレマンティーヌはアウラの事を中性的な男性だと認識しているし、シャルティアが同性愛もいける変態だということも知っている。
つまり彼女は今オデンキングの事をショタもいける変態だと勘違いし、アウラもシャルティアと同様に同性愛趣味の、ホのつくダークなエルフだと認識してしまったということだ。
「いや、えぇ、その、ど、どっちが攻め?」
「何故に返しがそうなるのかまったくもって解りんせんが、まあおチビが積極的にいくでありんしょう。そうなりたくないのならまず私と作戦会議でありんす! 解っていると思いんすが、ギブアンドテイクは基本。同時にアインズ様の――」
「……っ! か、可愛い顔して! せ、攻めなんだ。意外とあっちの方はぜ、絶倫とか?」
こんな状態のクレマンティーヌのことをどう表すか。こことは違う異世界にいまだ残る名言でいうなら間違いなくこうだろう。“ホモが嫌いな女子なんかいません!!”と。異世界に新たな性癖の風が吹いた、そんな瞬間であった。
「ぬし、もしや寝取られ趣味が?」
「はあ!? いやいやそれはない……ない、けど。ちょっと見てみたいかも」
「…変態でありんす」
「いや、あんたが言うな」
「そういえばその恰好もよく見ると……! そ、その尻尾はどこへ繋がっているでありんすか!?」
「尻を見るな尻を! どう見ても腰に繋がってんだろうが!」
どんどん言葉に遠慮がなくなっていく二人。これも仲良くなったといえるのだろうか。クレマンティーヌとシャルティアは《ゲート/転移門》を使用するのも忘れて横並びで意見を交わしあっていく。
「ふーん、アインズサマとねえ……じゃあシャルティアもその方面でいけば?」
「ど、どういうことでありんすか?」
「つまり奥さんが邪魔してくるなら奥さんから落とすとか。騎獣乗りを殺すならまず騎獣から殺すじゃない?」
「な、なるほど! それは盲点でありんした!……いえ、よく考えたらダメでありんす」
「なんで?」
「あの大口ゴリラを愛するのは流石のわらわも無理無理無理。わらわも選ぶ権利がありんす」
「ゴリラ……? どこが?」
アルベドに関しては結婚式での素晴らしい美女っぷりしか記憶にないクレマンティーヌ。大口ゴリラなんて言葉とはかけ離れていることに首を捻るが、まあこの場所のことだから化物に変身するぐらいのことはやってのけるか、とかなり正確に見抜いていたりする。
「とにかくもっと建設的な意見が欲しいでありんすよ!」
「うーん……まあ男なんて結局単純だからねー。一人の女を愛しきるなんて幻想だって、幻想。奥さんに飽きた頃合い見計らって寝取れば?」
「うむむ……それだといつになるか解ったもんじゃないでありんす。わらわは一刻も早く寵愛をいただきたいのよ」
話している内に階層を通り抜け、客室すら過ぎ、Barに繰り出した二人。恋の話には酒が必要だろうということで意気投合したようだ。しかし中には先客がおり、少々険悪な雰囲気まで漂っている。
「私がツアレを保護しているのはアインズ様も認めるところ。彼女はまだ情緒不安定なところもありますから、無闇に刺激するのは控えてくださいデミウルゴス」
「おや、私は単に人の恋愛の機微について質問をしただけだよセバス。なにせオーディン様からの『勅命』は中々難しいものでね。彼女もナザリックの一員として役立てば認められると思わないかい? このままでは単なる――」
「彼女は今メイドとして訓練をしています。それ以上はツアレの存在を認めたアインズ様をも貶めることになりませんか? デミウルゴス」
「これは失敬。しかし恋愛というのは中々に理解し難くてね。どうだろうセバス、この際君にご教授願うというのも選択肢の一つだろうか」
「……私からツアレにそのような感情はありません」
表面上は穏やかな会話だが、その裏には含むところだらけの恐ろしい会話である。どんな勇者もこの会話には首を突っ込めないだろう。出来るとすれば、それは空気の読めないおバカちゃんだけである。
「珍しい組み合わせでありんすな。しかも丁度恋愛話! わらわ達もまーぜーてー」
「おい、ちょ、おまっ……あ、あははー、こんにちはー。わ、私はこれで失礼しよっかな、なんて」
「これはシャルティア様、クレマンティーヌ様。失礼致しました、こちらへどうぞ」
「おや、そちらも珍しい組み合わせですね。もちろん結構ですよ」
このナザリック地下大墳墓で、異色過ぎる組み合わせの会話が今まさに始まろうとしていた。
ダーク♂エルフ アウラ爆誕
あ、別にハーレムにはなりませんので