オーバーロード 四方山話《完結》   作:ラゼ

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学院編 2

帝国の首都アーウィンタール。人類の生存圏の中でもトップクラスに発展しているこの都市は名所ともいえる場所がいくつかある。その中でも最も人数が集まり熱気に包まれる場所がこの闘技場である。

 

腕自慢の猛者達が魂を削りあい、時には死人すら出るほどの熱き祭典。どんな素性であれ強ければ認められ、持て囃され、憧憬を集める。名が売れれば騎士として皇帝に見初められることすらあるのだからこの場所に栄達と野望を求めて闘志溢れる者たちが集うのも必然だろう。

 

そんな場所で今、この世界の頂点に近い強者達が勝敗を競い剣を打ち合わせていた。その名はオデンキングとアインズ。一部の者しか知らぬ「プレイヤー」であり、その気になればこの首都も大した時間を掛けずに滅ぼせるような存在だ。とはいえそんな事は殆どの観客は知る由もない。彼らに解るのは圧倒的な強者が拮抗しながらも凄まじい威力の剣技をお互いに打ち合っていることだけだ。

 

「すげえ…剣が当たる度に衝撃波みたいなの出てるぜ…」

「ああ…間違いなく闘技場の歴史でも一番の闘いだ」

 

視認すら難しい剣戟、しかし音だけで解る異常な威力の一撃一撃を理解して感嘆の声を上げる観客。彼らの言うことは間違っていない。剣で戦う彼らの実力は難度三桁を超える脅威の魔獣すら容易く屠るのだから。

 

―――しかし、見る者が見ればこう言うだろう。なんてひどい闘いだ、と。

 

「武技←↓→ ← ↓ BCPK↑←!」

「今のどうやって発声したんですか!?」

 

彼らは所詮近接の素人。上位の戦士から見れば、身体能力が異常なだけの人間―――つまり技術の無い、格下の戦士にも倒されかねない猛獣のようなものである。

 

闘っている彼らもそんなことは重々承知している。ならば何故こんなことをしているかというと、言ってしまえば単なるお遊びだ。闘技場に興味を示したアインズを見てオデンキングが誘った結果こうなっただけの話なのだが、やはりプレイヤーとしてPVPには負けたくないのは当然だろう。

 

無意識に真剣になっているあたり彼らのユグドラシル愛は根っからのものと窺える。元の能力値で戦えば被害は甚大どころではないのでこのような形での決闘と相成ったのだが、最近習得出来た武技というものをちょいちょい出していくのは試験運用の意味も含んでいるのだろう。

 

ちなみに先ほどの武技は発動すれば剣が光る、それだけだ。

 

「うおっ、眩しっ…」

「隙ありっ!」

「ような気がしましたが無効化でした」

「ぐわぁぁーーー!!」

 

意外と目くらましには使えるじゃんと怯んだアインズを見て突っ込んだオデンキングだが、視覚を目に頼っている訳ではないアインズには効果がなかったようだ。単なる振りだったのだが、見事に騙されて返り討ちにあった。

 

「く…なんて卑怯な…」

「どっちがですか」

 

いったん間合いをとって離れる二人。観客と二人の認識は絶望的な温度差なのだが、知らない方が良いこともあるものだ。少なくとも大半の客からすれば世紀の名勝負であり、これ以上はないほどの見世物なのだから。

 

「そろそろ決着といきましょうか…アインズさん」

「…いいでしょう。お互いの切り札で最後にしますよ」

 

緊迫した雰囲気が二人を包んだ。近付く決着の時に観客もゴクリと唾を呑み込み、闘技場の中央へと視線が集中する。

 

「パーフェクト・ウォリアー!」

「武技―――ってざけんな骨ぇ! その姿で魔法詠唱出来るのおかしいだろ!」

「何事も抜け道はあるんです」

「ぐわぁーーー!!」

 

ステータスの構成が魔法詠唱者から純粋な戦士のそれへと変化する魔法、パーフェクト・ウォリアー。とはいえスキルの構成までが変化するわけではないのでユグドラシルでは使いどころのほとんどない魔法ではあった。

 

しかし戦士縛りで闘っているこの状況では歴然の差が出るのは当然である。だがオデンキングの指摘も尤もなのだ。そもそも彼らが自分の魔法で作った鎧で闘っている間は魔法が使用できない制限があるのだから、オデンキングもその手段は最初から想定していない。

 

「私の勝ちですね。では約束通り班のリーダーはオーディンさんということで」

「く、また無駄な責任が…」

 

ただ闘うだけではつまらないということで学院の昇年試験の班長を決める賭けをしていた二人。面倒くさそうなその役職を押し付けあっていたのだが、結局オデンキングが無理やりに肩書を背負わされたようである。

 

「ところでさっきのどうやったんですか?」

「後で教えますよ。といっても使いどころは多分ないと思いますが…」

 

いまだ熱気冷めやらぬ闘技場だが、そんなものは無視して通路にそそくさと姿を隠す二人。今更に技を叫んでいたりしたことに羞恥を感じ始めたのだ。特にオデンキングは過去にも似たようなことをしたのに教訓を生かせていないあたりがポンコツっぷりを感じさせる。

 

「ところでそろそろ学院に行きませんか? アルシェちゃん達はもう行ってるみたいですし」

「ええ、そうしましょうか」

「幻術かけ忘れないでくださいね…あ、ちょっと露店に寄っていいですか? あそこのレインフルーツってやつが中々いけるんですよ」

 

始業時間を大幅に過ぎているが、自由すぎる二人には関係ないようだ。そもそも気が向いたら出席するという不良生徒ならぬ、特別生徒だ。校長すらもとある理由から懐柔できているのだからこの二人を注意するものなどそれこそ互いしかいないだろう。

 

そして転移する前に忘れないようしっかり骨の体から人間に見えるよう幻術をかけるアインズ。種族の変更は少々面倒な手順を踏むために普段はこれでいっているのだ。露店で間食を購入した後《ゲート/転移門》を使用して学院のすぐそばまで転移する二人。ちょうど昼食を終える時間帯のためそのまま授業に参加しようとしたのだが、今日は午前で授業が終わり昇年試験のための準備に当てるらしいとジエットから聞いて肩透かしを食らってしまった。

 

「無駄足か…あ、一応班長ということになったのでよろしくお願いしますジエットさん。それで準備ってどんな感じで用意すればいいですか?」

「解りました。そうですね…基本的には学院側が用意してくれています、馬車の手配や食料などですね。その選別や地図の管理、積み込みなどは生徒が各自でしなければいけません」

「ふむふむ、なるほど。付き添いの兵士の方はもう決まっているんですか?」

「いえ、不正を防ぐためにも当日にしか解りません」

 

いくつかの問答の後、話を終えるオデンキングとジエット。あまり時間を取らせても悪いかなと、苦学生でこの後も仕事があるのだという彼に別れを告げようとしたのだが、オデンキングは前々から少し気になっていたことを問いかける。

 

「そういえば…眼帯をされていますが、怪我なら治しましょうか? 差し出がましいことでしたらすいませんが」

 

そう、中二病患者が御用達のアイテム『眼帯』だ。もしかして痛いファッションなのかと思って触れずにいたアインズとオデンキングだが、話すうちにそんな性格でもないと解ったために問いかけてみたのだ。

 

アルシェからは昔の知り合いとしか聞いていないためジエットの事はあまり知らない二人。しかし少しの間とはいえパーティとなるのだから、その好で怪我を治すくらいはいいだろうと考えたオデンキング。しかし帰ってきた返事は想像を超えた中二度であった。

 

「いえ、これは魔眼を封じているものでして…」

「―――おっふ」

「…っ」

 

元の世界で眼帯を付けた人間がこんなことを言い始めたら頭の残念な人なのだろうという感想しか出ないが、生憎とここは異世界の魔法学校故にそんなことだって無いとはいえない。しかし現代人の感性からして少しだけ腹筋が緩むのは仕方ないだろう。アインズは顔を背け、オデンキングは自分の頬を抓って笑いを堪えた。

 

「そふっ、そうですか…ちなみにどんな魔眼かお聞きしても?」

「正直大したものでもありませんけど」

 

そういって眼帯に手をかけ外しながら説明するジエット。実際その通り、幻術を見破り更には看破してしまえば相手にも伝わってしまう程度の魔眼なのだからさして貴重といえるわけでもない。むしろ常時展開していればトラブルの種になりかねないのでわざわざ封じているほどだ。

 

「幻術を見破る魔眼なんですけどね、ほらぶっちゃけ外しても見た目には解らないで」

「―――レインボンバァーッ!」

「目がぁぁぁーーー!?」

 

先ほど購入したレインフルーツを弾けさせてジエットの目に果汁スプラッシュをくらわせるオデンキング。まさかそんな都合の悪い魔眼だったとは思わず、動揺してしまった結果だ。ちなみにアインズはジエットがうずくまっているうちに退散済みである。

 

「な、なにを…っ」

「し、失礼しました。蠅が飛んでいたので」

「どんな理由ですか! というか何か叫んでいたでしょう」

「いや、ほんと申し訳ない、はは。偶にありますよね、持っている果実を弾けさせたくなる時」

「……」

 

本当はもっと突っ込みたいジエットだが、相手が相手だ。むしろさっきの突っ込みもたちの悪い貴族相手なら問題だろう。渋々と追及を諦める。そしていつの間にか姿を消したアインズに首を捻るが、慌てながら誤魔化すオデンキングのある発言によってそんな疑問は吹き飛んだ。

 

「いや、はは何か用事があるとかで…うん。―――そ、その、お詫びと言ってはなんですが何か困っていることがあったら力になりますよ、ほんと」

「本当ですかっ!」

「おわっ、いや、私が出来る事に限りますけど」

 

ジエットが魔法を使って仕事をし、魔力が尽きても雑用までして金を稼ぐのには訳がある。それは病気の母親を治療するという目的があるからだ。普通の病気ならばジエットが一月も働けばなんとかなる程度の金額で賄えるのだが、不幸にも母親の罹った病は高位の魔法でしか治療が望めない類のものだ。

 

扱える神官や冒険者も一握りである以上、非常に高額な金銭を要求されてしまう。ジエットが卒業して騎士団入りを目指しているのもそのためである。国仕えのエリートともいえる騎士団はそれだけ給金も高い。今の小遣い稼ぎ程度の―――それでも魔法を使っている以上普通に暮らせるだけの金額ではある―――そんな端金とは文字通り桁が違ってくるのだ。

 

しかし今目の前の人物が言ったことはその苦労を一気に飛ばせる可能性があった。ジエットも別段楽をしたいわけではない、しかし母親がいつまで持つかも解らない以上早期的な解決はなによりも優先されるべきだ。

こんなことで言質を取ったように捉えていいのか、というのは貴族には通用しない。彼らが特権階級であるのはその発言に責任が伴っているからなのだ。高位の貴族であればあるほどに自分の発言には気を使うのだから、皇帝に気安く接していると思われるほどの彼らが前言を撤回するわけもない。そして無理やりに学院に入学出来るほどの権力を持つ彼らが母親の病を何とか出来ないわけもない。何より「詫び」と言ったのだ。「貸し」ではない。つまり払うべき対価が存在しないのだから、後になって恩を笠にきて無理難題を言われる可能性が非常に低いということだ。

 

「お願いがあります、病気の母を治していただけませんか」

「は、はあ…そのくらいでしたら問題なく。生きてさえいれば何とかなると思います」

「―――っ!」

 

未曽有のチャンスだと、そう思って即座に願いを言ったジエット。果たしてそれは、あっさりと肯定された。言質を取っただのと喚いても結局は相手次第なのだ。ましてや貴族と平民、それも本来ならば学院という接点がなければ出会うはずのないほど断絶された差のある関係。だが目の前の男は間違いなく約束した、母を治すと。

 

気負いもなく、大したことでもないように。 外連味もなく、何でもないように。

 

治すと約束した。

 

「ありがとうございますっ!」

「あっはい…」

 

だいぶ温度差がある二人だがジエットは肩の荷がおりたような気分に晴れやかな笑顔を、オデンキングは誤魔化せた事に安堵の笑顔を浮かべていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てな感じでルプーに《ヒール/大治癒》で治してもらってきたんですよ。まさかあんなタレントがあるとは」

「ですねー…完全にアウトだと思いました」

「まあよく考えれば知られても記憶を弄れば済む話でしたけど」

「仮にも皇帝の前で国民の洗脳の話とかやめてくれないか? あ、その一萬ロン」

「また!? 山越とかやめてくれない!?」

「はは、中々に面白いなこの麻雀とやらは。貴族に広めれば儲かりそうだな、それはそうと飛びだぞオーディン」

「…なら今度はこの魔法のベルトを」

「余は本当に身ぐるみ剥がされる人間をみたのは初めてだ」

「もうやめておきません? オーディンさん」

 

次は運が向いてくるからと謎のポジティブさで続行を叫ぶオデンキング。彼ら―――オデンキングとアインズ、それにジルクニフとランポッサⅢ世が何をしているかというと22世紀でも廃れることなく続くギャンブルの代名詞、麻雀である。

 

偶に組織のトップ同士で集まり歓談しているのだが、今日は異世界の遊びに興味を示したジルクニフとランポッサに麻雀を教えることとなったのだ。ルールを説明した後に賭けをしようと提案したオデンキング、初心者から毟る気満々であったがそこは天才の皇帝ジルクニフ。瞬く間にルールを把握して逆にオデンキングから魔法のアイテムなどを毟りとっている。

 

「む、和了っておるな…天和だったか? ざんにオール」

「ば、馬鹿な…これが王の天運か…っ!?」

「だからやめようって言ったのに…」

「くっ、領地が削られた…」

 

王と皇帝は麻雀で領地を取り合っているようだ。最悪である。

 

「領地と言っても人類未踏の森ではな…余が生きている間に開拓出来るとも思えん」

「だが放っておけば同じ轍を踏むことになるだろう? 蜥蜴人と友好を結ぶのも急務とは言わんが進めなければならんしな。まったく、お互い頭の痛いことだ」

「然り」

 

とはいえ語り合っている通り、削りあっているのはトブの大森林の一部のみ。放置すればまたぞろゴブリンの脅威が発生するかもしれないのだから、これは領地というよりも監視しなければばらない領域というべきか。下手をすれば割合が増えるのは負担でしかない。もちろん開拓が進めば潤沢な資源が出てくる可能性が大きいのだから損というわけではないが、やはり最初の持ち出しが大きいというのは王国からすると厳しいものである。

 

「いっそのことナザリックを国家にしてしまえばいいんじゃないか? 迫害を受ける者たちの拠り所にもなるだろうし」

「いやいや勘弁してほしいですね。支配者というだけでもきついのに王様とか…ねえオーディンさん」

「魔導王アインズ・ウール・ゴウン…意外といいんじゃないですか?」

「実行するならば余も労力は惜しまんな」

「3対1か…くく、これはどうしたものだろうなアインズ殿?」

 

すわ裏切りかとオデンキングに視線をやるアインズだが、そんなものはどこ吹く風とばかりに理牌しているのは昼間のパーフェクト・ウォリアー事変のことを地味に根に持っているからだったりする。

 

器の小さい男、オデンキングである。

 

「いや待ってください……ナザリックが国になれば王になるのはオーディンさんじゃないですか?」

「はい!? いやいやあり得ないでしょう。俺のどこに王要素があるんですか」

 

というかナザリックに所属する全員が認めないですよとアインズの悪足掻きを跳ね返すオデンキング。しかし彼は気付いていない、ある意味この場で最も自分が王であることに。

 

「要素も何も…あなたの本当の名前はオデンの王様じゃないですか」

「あ…」

「ロン、インパチ」

「ああ…」

「あ、余もそれロン。満貫」

「だあああーーー!」

 

単なる冗談ではあるが、ナザリックは今日も平和である。

 





クロコダイーン!


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