エ・ランテル出発日の早朝アインズはデミウルゴスに《メッセージ/伝言》を使い、成り行きで王国に行くことになったと報告していた。ちなみに統括であるアルベドへの報告ではないのはお察しである。
「…ではそういう事で頼んだぞデミウルゴス。私の居ない間はお前が全権をもってナザリックを運営してくれ。期待しているぞ」
久しぶりの冒険者稼業とあってそれなりに楽しみにしているアインズ。特にオデンキングと一緒の冒険は初めてであり、ユグドラシル以来のプレイヤーとのパーティ編成となればテンションが上がるのも当然のことだろう。
それ故に自分が王国に数日掛けて行くこと、デミウルゴスにナザリックの運営を任せ「期待している」と声を掛ける事で何が起こるかは全く考えていなかった。とはいえ考えていたとしても答えに行き着くことは無かったのは想像に難くない。
「かしこまりました。アインズ様が到着するまでに全てを終える事を御約束致します」
主から直々に期待の言葉を賜ったデミウルゴス。感動に胸の内を震わせながらもその期待を裏切らぬよう計画の予定を早める。
「ウム…? まあ数日掛かるだろうからその間に骨休めをすることだ。最近は随分と働かせてしまっているからな」
アインズは王都に行くついでにセバスが拾った女と犯罪組織の件などをどうにかしようと楽観的に考えていた。
そしてそのまま王女に会うのもありかなどとお気楽思考をしており、生来の慎重な気質はオデンキングのアホさとアルベドの色ボケによりかなり薄められているのが伺える。
「勿体無い御言葉。このデミウルゴス、必ずや御期待に添う事を誓います」
デミウルゴスにとっての骨休めーーーつまり計画の一環で拉致する犯罪者で遊ぶことを黙認する。
言葉の裏でそれを仄めかすアインズにデミウルゴスは感激した。態々と時間を掛けて歩いて王都に向かい自分のストレス発散の事まで考慮して頂けるとは、と。勿論全て勘違いではあるが。
「ああ、では任せたぞ」
そう言って《メッセージ/伝言》を切りそろそろ出発の時間かなと少し離れた位置にいるナーベラル達へ合流すべく近付いていく。アインズが王都に到着した時どうなっているかーーーそれはまだ誰にも解らない。
アインズがデミウルゴスに《メッセージ/伝言》を入れる数十分前。オデンキングも帝国へ一旦帰還していた。流石にこれから更に数日以上帰らないとなれば心配させてしまうだろうと思ったためだ。
昨晩負った心の傷をクレマンティーヌに癒してもらおうとかそんな考えを持っているわけではない。
そんなこんなで自分達に宛がわれた部屋に直接転移したオデンキング。寝ているところを驚かせようという悪戯心もある。
薄暗い部屋の大きいベッドの上に盛りあがった布団を確認してそろっと近付く。しかし特に気配を隠す魔法を使用していたわけでもないので数瞬の後にクレマンティーヌが跳ね起きる。そしてオデンキングを確認すると雰囲気を和らげお帰りと声を掛ける。
「お帰りなさい、大丈夫だった? ……どしたの?」
起きたクレマンティーヌを見たオデンキングはじっと固まっていた。それはあられもない姿のクレマンティーヌにーーーではない。
彼女が寝るときは脱いでいるのは当然知っている。ならば何故固まっているのか、それはずばりクレマンティーヌに猫耳と猫尻尾が生えていたからだ。
「あ…これ? なんかマジックアイテムらしくて俊敏性が上がって気配にも敏感になる優れものなんだってー。闘技場の賞品で貰ったの」
オデンキングの視線が自分の頭に注がれているのに気が付きクレマンティーヌが説明する。
「……そこまで見られると恥ずかしいんだけど」
いまだに反応の無いオデンキングだが視線はずっと自分に釘付けなのだ。今更裸を見られたからどうということもないが、ここまでじっくり観察されると羞恥心が沸き上がるのもやむなしだ。
「に、似合ってないとか? もしかしてこれ意外と恥ずかしい…?」
少し恥ずかしそうに毛布を体に巻くクレマンティーヌ。そこまでがオデンキングの我満の限界だった。
かつてアルベドにネコのコスプレをさせたように、オデンキングは猫耳娘が大好きだったのだ。結局集合時間に30分遅れたオデンキング。ナニがあったのかは言うまでもないだろう。
王都リ・エスティーゼ。王国で最も栄えるこの都にアインズ達一行は数日を掛けて辿り着いていた。
「やっと着きましたねー。モンスターの襲撃も無かったし、つまらなかったというかなんというか」
あわよくば格好良いところを見せようかと逐一周囲を確認していたオデンキングであったが特に意味はなかったようだ。
「はは、まぁ無事に着けて何よりです。しかし情報通り盗賊とかは影も形も見えませんでしたね…。いなくなったのは良いことですが一体どこに消えたんでしょう」
特にトラブルもなく到着したことに安心したぺテル。何とはなしに出発前に話題にしていたことを口に出す。
「そ、それより早く中に入りましょう。皆さん疲れも溜まっているでしょうし」
アインズが皆を急かす。微妙に強引な話題転換であったが事実でもあるため漆黒の剣のパーティは疑問に思うこともなく手続きを終えて都に入り、アインズ達もそれに続く。
「にしても…なんか変な雰囲気じゃねえか?」
取り敢えず宿屋を探そうかと歩く一行。歩いている内に少し街の雰囲気が浮き足だっていることに気付きルクルットが疑問の声を出す。
「そうですね…何かあったのでしょうか。ギルドに行って情報収集したほうが良さそうですね」
なんとなく悪い感じでは無さそうだが気になるアインズ。宿屋を取る班と情報を集める班にわける事を提案する。
「じゃあ俺はセバス…知り合いの所へ、モモンさん達はギルドに、ぺテルさん達は宿屋を探しに行くってことでいいですか?」
「解りました」
「ええ、問題ありません」
人数に偏りは出るがまさか街中で危険なことも無いだろうと全員が頷きを返す。
「では集合場所はギルドで…ん?」
解散直前に自分達に近付く者達に気が付いたオデンキング。人数も多くハムスケも居るため道の端に寄っていたアインズ達だが、立派な魔獣を連れて目立っている以上広い王都と言えどもこの邂逅は必然だったのだろう。
「お久しぶりです、オーディンさん…とナーベラルさん? もうこちらに来られていたんですのね。そちらの方々は…」
通りがかったのは蒼の薔薇のメンバーのラキュースとガガーラン、それにイビルアイ。たまたま所用あってこの通りに来ていた彼女達は巨体を持つ魔獣に目を惹かれて近付いたのだが、それが先日知り合ったオデンキングだとわかり声を掛けたのだ。
「ナーベ……ラル?」
ぺテルが自分が知っている名前より長くなった響きに疑問の声をあげる。
「え? あ、ええと」
焦るナーベラル。おろおろとアインズへと視線を移す。
「おう、良い美少年連れて…ん? なんだ女か」
そして自分好みの美少年を見て童貞鑑定眼を発動させようとするガガーランだがニニャが女の子だと言うことにすぐに気が付き落胆する。
「え、あ…ぼ、僕は…」
性別を暴露されたニニャ、本名を暴露されたナーベラル。二人ともに挙動不審になる。これはまずいとオデンキングがすぐにフォローを入れる。
「あ、ナーベラルというのはその…というかナーベというのが愛称で本名はナーベラルなんですよ。ねえ? アインズさん」
色々と問題発言が出たが、取り敢えず本名を出されてしどろもどろになっているナーベラルに助け船を出すオデンキング。内心でファインプレー! と自分に親指を立てる。
「え? ア、アインズ…様?」
あの見るからにマジックキャスターでアンデッドなアインズがこの全身鎧の戦士なのかとラキュースが驚いて声に出した。
「あ…」
最悪のプレーである。
「い、いやそのっ! ………………駄目だ何も思い付かん」
とっさに上手い言い訳を思い付く事もなく、早々に事態の収拾を付けるのを諦めてアインズにぶん投げる。
「ちょっ、おま…」
耐性により無理矢理に精神を落ち着けられるアインズだが冷静になったところで上手い言い訳を思い付くこともなく、繰返し小刻みに焦りの感情が振り返していた。
「招待の日程は先程セバスさんにお伝え致しましたのでそれでよろしければまたご連絡をお願いします」
その間に漆黒の鎧は姿を隠すためかと納得するラキュース。王都に変装して姿を表しているということはここ数日の騒動はやはりアインズが関わっているのだろうと推測していた。
一方ニニャの方はバツが悪そうに仲間達の様子を窺うが3人共苦笑しているだけで騙していたのかと怒っている様子もない。
「あ、あの皆…」
違和感を感じながらも性別を偽っていたことを謝罪しようとするニニャ。しかし機先を制してルクルットが謝罪を押し留める。
「あー、何だ、その…俺達全員そのことは知ってるからさ、気にすんなニニャ」
「え…う、嘘…?」
予想外のセリフに固まるニニャ。
「つーかこんだけ長いこと一緒に居て気付かんわけなかろうよ」
このプレイボーイのルクルットさんだぜ? とウィンクしながら元気付けるようにおどけるルクルット。
「打ち明けてくれるまでは黙っておこうとは思ってたんだけど…」
まさかこんな状況になるとは、と笑いながら気にしてないよと優しく告げるぺテル。
「うむ、仲間ならば性別など関係ないのである」
些末な事だと一笑にふすダイン。
「みんな…」
うっすらと涙を浮かべながら声を詰まらせるニニャ。自分には勿体無い仲間だと申し訳なさと嬉しいさで肩を震わせている。
そして漆黒の剣が感動の1シーンを送っている間にひそひそとアインズ達は相談していた。
「(どうしましょう…。何か良案はありませんかオーディンさんっ!)」
お前のせいなんだから何とかしろやという視線でオデンキングに振るアインズ。
「(ないです)」
それをバッサリと切り落とすオデンキング。
「(もうちょい考えましょうよ!?)」
どうしようと頭を抱えるアインズ。焦るアインズの様子にあてられてナーベラルもおろおろとするばかりだが、そこでアウラが会話に加わる。
「(あのー、普通に偽名使ってたって言うだけでいいんじゃないでしょうか…?)」
訳ありの人間もそれなりに居る冒険者。偽名を使うことが普通というわけではないが、使っていたとしても何か事情があるのだろうと思われて終わりである。少なくとも漆黒の剣のメンバーがそれで何かしらの疑念を覚えるということはまずないだろう。
「…」
「…」
その言葉を聞いてオデンキングとアインズは見つめ合ったあと目を逸らした。
「流石はアインズ様です!」
「何が!?」
ナーベラルは平常運転である。
アインズ達と漆黒の剣の双方の話が終わり事情を説明しあう。アインズは訳あって偽名を使っていた事を謝罪し、ニニャは性別を偽っていたことを謝罪した。お互いにその程度で蟠りを持つわけもなく特に問題なく暴露大会は終了した。
では、と全員が気を取り直してそれぞれの目的の場所へ向かっていった。
「…私達、完全に忘れられてたわね」
後には原因である蒼の薔薇がポツンと残されていた。
クレマンティーヌの帝都散策記 2
オデンキングが帰ってきていた事を聞いて興奮しながら迫り来るフールーダを撒き、お供しますと着いてくるエルフ達を置き去りにしてクレマンティーヌは今日も今日とて闘技場へ来ていた。
「今日も歯ごたえなさそうな雑魚しかいないなー」
弱者をいたぶるにしてもある程度の強さはないとつまらないと、精神的に成長したクレマンティーヌ。このまま順調に成長すれば立派なバトルジャンキーになるだろう。
ちなみにナザリックの存在がある時点で順調にいくことは絶対に無い。強いやつは居ないのかと探し求めればダース単位で自分を片手間に殺せる強者が出てくるのを知っていればバトルジャンキーになる余地は隙間ほどもないだろう。
とにもかくにも今日の闘技場はつまらなさそうだと踵を返し、どうしたものかと広場で屋台の軽食を摘まみながら思案するクレマンティーヌ。
デザートの果物を咀嚼しながら、そういえばこのアーウィンタールに来てから大体の所は回ってみたが貴族の住宅が建ち並ぶ高級住宅街の方へは足を運んでいないなとふと思う。
特に面白い物も無さそうだがとにかく暇をもて余しているのだ、何かあればいいなとクレマンティーヌは歩きだした。
高級住宅街。それは主に帝国の貴族が住んでいる、アーウィンタールでも屈指の治安のいい区画である。しかしかつては貴族達を家主としていた豪奢な家屋達も、今は住むものが居ない無人の家となっているものも少なくはない。
それは鮮血帝と呼ばれるジルクニフにより大量の貴族達が粛清や没落の憂き目にあったためだ。貴族の力を削ぎ、皇帝に権力を集めるために残虐なことも躊躇なく実行したジルクニフ。
だがそれにより貴族の悲劇は増えたものの、平民の笑顔はもっと増えたことがジルクニフが今でも強く支持されている理由の1つなのは間違いない。
そしてそんな清閑な住宅街を歩き回りやっぱり時間の無駄遣いだったかとつまらなさそうにこの区画を後にしようとしているクレマンティーヌ。
そんな彼女の前に待望の騒動がやって来た。
目の前の邸宅から飛び出てきたのは5才程の幼い双子の少女、そしてその二人の手を引く魔法使い然とした美少女だ。
そしてそれを追いかける激昂した男ーーー恐らく父親だろう。顔を真っ赤にしながらあらんかぎりの声を上げて少女達を罵倒している。
やれ今までの恩を忘れたか、やれ親を捨てるのかと中々の小物っぷりがクレマンティーヌの嗜虐心を刺激している。
そんな男に対して少女の方は努めて冷静に言葉を返している。恩はもう充分に返したと、貴方達が生活を改めない限りは帰るつもりはないと言い捨てて双子の手を取り歩きだそうとした。
そして振り返った瞬間こちらを見ているクレマンティーヌに気が付き足を止める。その表情にはまずい人物と鉢合わせたという感情がありありと見てとれる。
既にクレマンティーヌは冒険者やワーカーの間では危険人物として有名なのだ。
少女は刺激しないようにゆっくりと動きながら逃亡を図る。しかし無情にもその怯えた表情と仕草がクレマンティーヌの琴線に触れてしまったようだ。
「何か困り事かなー。お姉さん…何か手伝ってあげようかー?」
底意地の悪そうな笑みで少女に近付くクレマンティーヌ。頼っても絶対に良いことにはならないと確信できる嗤いだ。
それを見た少女ーーーアルシェはやっとこの身に降りかかる不幸から逃れることが出来るタイミングで、更なる不幸がやって来たことに怒りと悲しみがない交ぜになる。
何故今なのか。運命がこの両親から逃げ出す事を許さないとでも言っているのか。アルシェはそんなことは絶対に認めないと、両手に感じる妹達の体温を勇気に変えて気丈に立ち振る舞う。
「何も困ってはいない。私達は急いでいるからこれでーーーー」
「そこの冒険者、娘を止めてくれ! 報酬は支払う!」
その言葉を聞いたクレマンティーヌは更に口を歪ませる。
「そうなんだー。そう言われたら協力するしかないなぁー。家族は一緒に居るべき…だよねー」
微塵もそう思っていなさそうな態度でクレマンティーヌはアルシェの目の前に立ち、逃げ道を塞ぐ。それを見たアルシェは意識が遠退きそうになるのを必死に耐える。
ここにきて、ここまできて、こんなことになるなんて酷いじゃないかと信じてもいない神を呪う。
ついさっきまではクレマンティーヌを恐れながらも感謝していたアルシェ。しかしここにきての障害がクレマンティーヌだったことに運命という皮肉を感じざるを得ない。そんな現実逃避の思考をしながらアルシェはこうなった経緯が走馬灯のごとく脳裏を掠めるのを感じていた。
アルシェ・イーブ・リイル・フルト。
この歳にして第3位階を使いこなす若き天才魔術師。生まれは貴族だが、ジルクニフによる貴族の選別により没落した過去を持つ。それ以来、人によっては蔑みの視線で見られる「ワーカー」の仕事を請け負いながら家族と使用人の財政を支える事になったアルシェ。
彼女ほどの魔術師であればそこまでのことをせずとも一家族を養う程度のことは簡単だっただろう。しかし現実には借金に次ぐ借金により装備を新調することすら覚束ない有り様だった。
それは何故か。一言で言うならば「親の愚行」の結果である。
アルシェの父親は没落の事実を受け入れず、ジルクニフさえ失脚すればまた過去の栄光に返り咲く事が出来ると本気で信じていた。
実用性もない高価な品物を金もないのに買い漁り、今だフルト家の力は衰えておらぬと皇帝に見せ付けるのだと空回りを続ける。
その結果が膨大な借金だ。普通ならば元貴族とはいえ金貸しもここまで貸し付けることはありえない。
だがアルシェがなまじ優秀だったが故に回収の目があると踏んだ金貸しは利息のためにどんどんと貸し付けていた。アルシェが稼いできても更に借金が増えている。数えるのも馬鹿らしくなったその繰返しにアルシェは遂に親を見限る事を決意した。
しかしそれでも親は親、せめて今ある借金は何とかしたいと頭を悩ませていたアルシェはふらりと立ち寄った闘技場で信じられないものを目にする。
遠目に見ても解る程の凄まじい魔力量を持った男が闘技場に登録しているのだ。近付けばその魔力にあてられただけで吐き気を覚える程の量。そんな男が闘技場に新人として登録し、あまつさえ超大穴として出場する。
魔力を看破するという自分のタレントにはこれまでも助けられてはいたが、これほどまでに感謝したのは記憶にないアルシェ。限界まで張り込み、見事大金を手にする事が出来た。
その男は結局一回しか出場することはなかったがもう片方ーーー相方のクレマンティーヌという女は頻繁に出場していた。
すぐに賭けにはならない程の強さであると認識され、観賞用の試合が主にはなったものの最初の数回を同じように最大金額まで張り込んだアルシェは遂に借金を返せる程の金額に手が届いた。
あの化け物のような魔術師の相方が普通な訳もないと判断した自分を褒め、借金を返しても多少は残る金で暫くは妹達と穏やかに暮らすことが出来ることにアルシェは喜んだ。
金貸しに金を叩きつけ、これからは親の借金は一切関知しないと啖呵を切った。そのあと父親に最後のチャンスとばかりに生活の改善を要求したが予想通り受け入れられる事もなく怒りを顕にするばかりであった。どこか浮世離れした母も説得には失敗し、もはや完全に愛想を尽かしたアルシェ。
そして早々に荷物をまとめ妹達を連れて家を出ようとした矢先にクレマンティーヌと邂逅してしまったのだ。借金を返すのに間接的に助けてもらった人物が今度は自由を妨害する。これ以上の皮肉はないだろう。
やはり賭け事などを利用したからこんなことになったのだろうかと考え出したところでクレマンティーヌの甘ったるい声により現実に引き戻されるアルシェ。
「じゃー……行くよー?」
「っ! 下がって!」
問答無用とばかりに剣を向けてくるクレマンティーヌに妹達だけは守らなければと無理やり背後に下がらせる。
自分の身長とかわらない杖を構え対峙するアルシェだが、脳裏によぎるのは同じワーカーだったエルヤーの悲惨な末路。あんなことにはなりたくない。だが自分の背には守るべき妹達が居るのだ。それだけで恐怖を飲み込み、沸々と勇気がその身に滾る。
「絶対に、守る」
そして両者の間にある空気が最高潮に高まった瞬間、それは起きた。
「ミツケタァ…」
如何なる魔法を用いたのか、ソレはマジックアイテムにより感知の感覚が鋭敏になっている筈のクレマンティーヌの背後をいとも容易く取っていた。
「~~っ!!」
最近は毎朝のように感じている怖気に、クレマンティーヌの体中に鳥肌がたつ。
「師は…師はどこに居られるのだクレマンティーヌ殿ぉ…」
ご存じ、我等がフールーダ・パラダインその人である。
普段はオデンキングが帝都に居ないことは理解しているため朝に撒けばそれで終わりだったのだが、今日はクレマンティーヌがジルクニフにオデンキングが帰って来ていたと話していたところの部分だけ偶然聞いてしまったためにずっと探していたのだろう。
ねっちょりという擬音が相応しいような近付きかたでクレマンティーヌに迫りオデンキングの場所を問うフールーダ。
「キモいっ! 近寄るな!」
げしげしと蹴られながらも這い寄ってくるフールーダにさしものクレマンティーヌも恐怖心を抱きそのまま後退する。そしてその先には先程まで対峙していたアルシェ。
普段なら絶対にしない行動だが、あまりの気持ち悪さについアルシェの後ろに回り込み両肩に手を掛けフールーダに対する盾にするクレマンティーヌ。そして何という偶然かその盾はフールーダに対してかなり有効な盾であった。
「せ、先生…?」
「お前は…アルシェか。急に姿を消したかと思えばこんなところに居たとはな。魔法の研鑽は積んでいるのか? いくら天稟の才があろうとも放置すれば錆び付くものだ。独力だけでは自分の才能の限界を勘違いすることも多い。もし伸び悩んでいるのなら尚のこと…」
「誰だお前は」
殆んど気持ち悪いフールーダしか見たことが無かったクレマンティーヌは、一瞬でボケ老人から帝国の重鎮に戻った彼を見て自分の目がおかしくなったのかフールーダがおかしくなったのか、それとも世界がおかしくなったのか判断がつかなくなってしまった。
フールーダに事情を話すアルシェ。もう戦うような雰囲気ではなくなったのは残念なクレマンティーヌだが、そんな事よりもどんなマジックアイテムにも勝るものを見つけたことに感激していた。
「…そうか。そういった事情ならば仕方ない、か。だが魔法省はいつでも門戸を開いている。もし何かあれば頼るがいい」
「…ありがとうございます」
ペコリと頭を下げるアルシェ。ちらりとクレマンティーヌの方へ視線を向け、もう大丈夫そうだと安堵した。
「じゃあ私達はもう行きーーー」
その瞬間クレマンティーヌがガバッとアルシェを抱き締める…もとい羽交い締めにする。
「逃がさないよー?」
甘かったかとアルシェは苦しげに顔を歪める。こうなればフールーダに頼み込むしかないと助けを求めようとしたところでクレマンティーヌが耳元で告げる。
「アルちゃんは今日から爺の盾役に就職することになりましたー。お金はいっぱいあるから弾むよー」
「…え?」
「な、何を…! 娘は渡さぐふぅっ」
「おっさんは黙っててねー」
クレマンティーヌが皇帝に厚遇され城で暮らしているのは有名な話だ。そこで働くとなればおそらく親の干渉を避けることができ、妹を守るために四六時中見張る必要もないだろうとアルシェは考える。更には給金も弾むらしいとなればありがたい仕事なのは間違いない。
クレマンティーヌは恐ろしいが、聞いた話によればエルヤーの奴隷だったエルフ達は彼女に保護されて幸せそうに暮らしているらしい。懐に入れば案外優しいのではないだろうかとアルシェはメリットとデメリットを天秤にかけ、決断した。
「…よろしくお願いする」
その日から帝都の城で働く少女が3人追加されたそうな。
おまけ
エ・ランテル出発の前夜 オデンキングのその後
パタン。
無情な音を響かせオデンキングの前で扉が閉まった。そのまま十数秒ほど固まっていたオデンキングだが落ち込みながらも再起動する。虚しさを覚えながらアインズが居る部屋の扉を開けたオデンキング。
「…」
「…」
目が合う二人。しかしアインズは耐えきれずにサッと顔を背けた。
「…モテ期」
「え?」
「勘違いでした、モテ期」
「あっはい」
「…」
「…」
再び室内に静寂が訪れる。これはまずいと思ったアインズはなんとか立ち直ってもらおうと、ついでにパンドラズ・アクターの件について意趣返しをしようと思い立った。
「…ただ素直になればそれでいいんだ」キリッ
先程オデンキングが新たに創りだした黒歴史を掘り起こすアインズ。
「ぐぅっ! こ、このタイミングで死体蹴り…だと…?」
「死体は私ですよ」
「笑えないんですけど!?」
慰めているのか貶めているのか解らない発言だが取り敢えずツッコミをする余裕は戻ったオデンキング。結局グダグダと話し込んでしまい二日続けて徹夜と相成ったのであった。
ギャンブルは怖いのです。
かるだもさんが挿し絵を描いてくれました。猫耳可愛かったのでつい書いちゃいました。