どうしてこうなった。
エ・ランテルの墓地にて相対する冒険者達を見ながら、カジットはこの世の理不尽さに嘆いていた。カジットの長きに渡る計画が破綻した理由。
それは言うなれば「運と間が悪かった」の一言に尽きるだろう。
あと1日計画を早めていれば、少なくともそれなりの負のエネルギーが死の宝珠に溜まっていた筈だ。
自身をエルダー・リッチと化し、永遠の命をもって母を蘇らせる研究を続ける。計画の完遂はせずともそれなりの成果は出ていた筈なのだ。
しかしその計画の第一歩、それはカジットの目の前の冒険者達によって歩きだすことすら不可能になった。
「なぜだ! この儂が5年間かけて作り上げた、血と汗と涙と努力の結晶が、30分足らずで崩壊するというのか!」
目の前の冒険者達ーーーアインズとその仲間達にその怒りを向け、叫ぶカジット。
「いや、そんなこと言われても…。というか自分で血と汗とか言うか? そういうセリフは爺さんが言うもんじゃないぞ」
悲劇の様相を呈しているカジットに対してはあまりにも軽すぎるアインズ達だが、実力差を考えるとこんなものだろう。
「儂はまだ30代だ!」
「嘘ぉっ!?」
どうみても初老は過ぎているその容姿に驚愕の声を上げるオデンキング。
「じゃあ、もしかしてこの騒ぎを起こして儀式をする理由って…」
アウラがカジットのある部分を見て、推測を口に出そうとする。
「ふん、知れたことよ。儂は集めたエネルギーを持って…」
もはや計画は頓挫しているというのに仰々しく腕をひろげ、邪悪な笑みをその顔に張り付かせるカジット。これも悪の様式美というものだ。
「成る程、若ハゲを治すんですね」
ナーベラルがアウラの言いたい事を察して言葉を続ける。
「違うわっ!」
必死に否定するカジットだが、その様子に一同は生暖かい目を向ける。
「負のエネルギーにより毛髪を復活させる…。その気持ちは痛いほどに解るが、エ・ランテルを滅ぼされても困るのでな。投降すると言うならば殺しはしないがどうする?」
この世界に来たときにそれを失ったアインズには少しばかり同情できる理由だったため、少々甘めの措置を提案する。
それに被害としては墓地に大量のアンデッドがわきだしたものの、十数分で消滅したため人的な被害は出ていない。王国の法律には詳しくないアインズはこの状況でカジットを殺した時に、世間がどう見るかも考慮に入れていた。
まず間違いなく問題は無いと思うが、物事に絶対は無い。軽はずみに殺してしまって後悔するよりも、実力差があるのだから捕縛で良いだろうとアインズは考える。
「ぐっ…!」
カジットも馬鹿ではない。召喚した多数のアンデッドを容易く蹴散らした相手に勝てるとは思っていない。特に切り札であるスケリトルドラゴンが全くと言っていいほど役に立たなかったのだ。
無効化出来るのは6位階までだの、どっちにしても一撃で終わるだの、カジットからすれば悪夢のようなものだ。なんにしても、今の状況が非常にまずいのはカジットも理解している。というか完全に詰んでいるのは間違いない。
いま敵対すれば死ぬ、捕まっても死罪は免れない、となればどうするか。引き渡された後のチャンスに掛けるにしても部下達は既に全滅、死んではいないようだが状況は変わりない。完全に捕縛された状態で外部の助けなしに逃走出来るとはカジットも思ってはいなかった。
前門の虎、後門の狼。どちらにしても破滅しかない二択にカジットは何か手段はないかと必死に頭を回転させるが、時間は待ってはくれない。
「返答が無いということは…敵対ということでいいのか?」
死の宣告にも等しい問い掛けが迫り、カジットは腹を括る。ここは人生の正念場であり、一世一代をかけた勝負どころなのだと。
生涯最高の危機であり、そして生涯最高のチャンスなのだとカジットは歯を噛み締める。
「…取引がしたい」
身体中に冷や汗をかきながら薄氷の上を歩くように慎重に言葉を選び、蜘蛛の糸のように細い可能性を手繰り寄せようとするカジットであった。
「皆さん大丈夫でしょうか…」
エ・ランテルの墓地に程近い、ギルドが遅まきながらもその場にいた冒険者達を招集してつくった防衛線で待機しているニニャがぽつりと呟く。
「だーいじょうぶだって。お前もナーベちゃん達の強さは知ってるだろ? それに今この場にアンデッドが来てないのが無事な証拠だろうさ」
ルクルットが気楽な声を出して雰囲気を和らげる。実際に彼自身も墓地へ向かったアインズ達をどうこう出来る存在がいるとは思っていなかった。
「うむ、モモン殿達に加えてオーディン殿まで一緒であるからな。戦力としてはきっとアダマンタイト級にも劣ることはないのである」
ダインも同様に考えており、ルクルットの言葉に同意を示す。
「ああ、彼等ならきっと無事に帰ってくるさ」
いつもの如く爽やかに締めるペテル。そして彼の言葉通りに墓地の方から立派な魔獣に乗った男とその仲間達が帰還する。
「皆さん! ご無事でしたか?」
他の冒険者達からの視線が集中する中、気にせずにアインズ達に駆け寄る漆黒の剣。
「ええ、アンデッド達は全て殲滅しました。…ただ首謀者は既に逃走していたようで、捕らえることは出来ませんでした」
申し訳なさそうに、そして周囲に聞こえるようにアインズが結果を報告する。
「いやいや、それだけで充分だろ。あとは国にまかせりゃいいさ」
ルクルットがこれだけでも充分な偉業であるとナーベラルを褒めちぎり、いつも通りに辛辣な言葉を返されていた。
「そうですよ、街の危機を救ったんです。きっとランクも上がるんじゃないでしょうか!」
興奮したようにニニャが英雄の誕生を祝う。墓地から溢れかけるほどのアンデッドの群を殲滅したのだ。下手をすれば街が壊滅したかもしれないことを考えると英雄扱いも当然といえるだろう。
アインズ達のやり取りを見て、ようやく危機が去った事を認識した他の冒険者達も口々に彼等を褒め称える。
この日、エ・ランテルに「漆黒」と「ビリオネア」の二つのパーティが新たなミスリル級冒険者として登録された。
その日の晩。エ・ランテルの宿屋に泊まったアインズ達一行。
宿屋の客達も寝静まった頃、男女に別れた部屋でそれぞれ恋愛トークが開催されていた。
「そういえばオーディンさん、アウラに告白されたらしいじゃないですか。どうするんですか?」
アインズはそろそろいいかと二人をくっつける計画の初めの1手を繰り出す。
「あ、やっぱり知られちゃってますー? ふふふ、もう俺は確信してますよ。モテ期です。モテ期がきてるんですよ俺には」
このところの女性運の良さに非常に調子に乗っているオデンキング。モテない男が急にこんな状況になればこんなものである。
「モテ期…! あの誰にでも3度は訪れるというあれですか!」
モテ期。定説では存在するとされているがきっと実感出来る男は少ないだろう。
ただし、イケメンはその限りではない。
かくいうアインズもこの世界に来るまでは1度も実感したことのない空想の産物である。
「きてます、間違いない。前の蒼の薔薇の子達も……」
「あの、アウラ様。オーディン様のことなのですが…」
ナーベラルが恐縮しながらもアウラに話し掛ける。
「へ? え、えと、何?」
普段はメイドに話し掛けられた程度で動揺するアウラではないが、恋愛脳真っ只中の現在は別である。
「いえその…オーディン様のどこを好きになられたのかと前から疑問に思っていたのです」
ナーベラルは初めて出会ったときの悪印象こそ薄れてきたものの、正直に言って階層守護者ほどの人物が好意を寄せるのは少し違和感があったためこれを機に問い掛ける。
「や、やだなー。そんなの決まってるじゃん!」
「は、はい」
「例えば…………」
「はい」
「た、例えば」
「はい」
「……」
「……」
「あれ?」
アインズ達は非常に盛り上がっていた。まさに修学旅行の恋話トークそのものの、青春の1ページである。
荒廃したと言ってもいいほどの現代に於いては体験した者の方がきっと少ないだろう。
「いや、モテ期きてますよオーディンさん! もうこれはさっさと決めてしまうべきです!」
かつてないほどに調子に乗っているオデンキングを見てアインズは内心でほくそ笑む。なんてチョロいんだと。
「やっぱりですか! 即断即決、流石はナザリックの支配者! いよっ! オーバーロード!」
お酒飲んでましたっけ? と聞きたくなるほど熱に浮かされているオデンキングを見てアインズはだめ押しの言葉を告げる。
「やめてくださいよオーディンさん。ほらほらここはもういいですからアウラを口説きにでも……」
「え、えーと」
何故オデンキングに惚れているのか解らなくなってきたアウラ。よくよく考えてみればちゃんと話したこと自体、至高の御方の話を聞いた時ぐらいなことを思い出す。
「…あの、やはりもう少しお考えになられた方がよろしいかと」
そんなアウラを見てやはり唯の勘違いなのではないだろうかと心配するナーベラル。
「で、でも…」
「気の迷いということもあります。こう申し上げるのもなんですがアウラ様はいつオーディン様に好意を持たれたのですか? そこまで親密になる時間があったとは思えません」
「う、うーん。…あれ? そういえば何でオーディン様なんだろ…。いや、でも…」
客観的な意見を聞いて頭が冷めていくアウラ。
「好き…? いや、うん。嫌いじゃないのは間違いない」
あー、解らん! と頭を振り乱すアウラにナーベラルが助言する。
「今、明確に答えが出せないのであれば保留するというのも間違いとは言えないのではないでしょうか。それを待てない男などはきっとアウラ様を大切には思っておりません」
然り気無くオデンキングを最低な男にする可能性を高めるあたり、何気に好感度の低いナーベラルである。
「そう、かな。……うん。もう少し、もう少し考えてみる。ありがとね、ナーベラル」
最近周りに春風が吹きまくっていたため、自分も恋をしたいという感情に振り回されていたアウラ。
今は本当に好きかどうかは解らないが、取り敢えず告白の言葉は撤回しようとベッドから立ち上がり隣の部屋へ向かう。
「じゃ、じゃあちょっと夜のデートにでも誘ってきますかねぇ」
少し気味が悪いといえるほどに顔を緩ませたオデンキング。アインズの計略のままに誘導され、隣の部屋へアウラを誘いにベッドから立ち上がる。
頑張って下さいと声を掛けるアインズを後にしてドアを開けた。
そして二人は邂逅する。前回とはまるで違う温度差には気付かずに。
「あ、オーディン様」
「うぉっと、アウラちゃん。どうしたんだいこんな時間に」
丁度よく同時に廊下に出た二人。テンションが振り切ったオデンキングはもしや自分に会いに来たのではなかろうかと妄想を膨らませる。
「あ、あの少しお話が…」
その言葉にオデンキングは確信する、あの夜の続きだと。
モテ期万歳、モテ期万歳と心の中で喝采を挙げながらキリッとした顔付きで格好をつけたセリフを吐く。
「みなまで言わずとも解ってるさ。感情ってのは自分じゃ制御出来ないもんだ。ただ素直になればそれでいいんだ」
クサイ、クサすぎるセリフである。
だが誰しも思い出の中にはある筈だ、女の子の前で訳の解らない見栄を張って後に黒い歴史と化すこういったセリフ回しは。
オデンキングにとってはそれが今であるだけで、特に問題があるわけではない。
問題があるとすれば廊下で話をしていることに気付いたアインズとナーベラルが頭に兎耳をぴょこんと生やしていることだけだろう。
「え…。じゃ、じゃあオーディン様は私の気持ちに既に気付いて…?」
「はは、流石にあれで気付かないわけはないって。大丈夫、俺は全てを受け入れる」
流石は至高の御方の友であるとアウラは感動した。
きっとこの方は最初から全てを解った上で色々と付き合ってくれていたのだと。
「…ありがとうございます。やっぱり、アインズ様のご友人は素晴らしい御方でした。」
「え? ああ、うん。ありがとう。じゃあそろそろ…」
変な評価をもらったが悪い感じではなさそうだとオデンキングは判断する。そしてここで決める! とばかりにアウラに近付いていく。
「はい。…オーディン様!」
「ああ!」
「勘違いに付き合っていただいてありがとうございました!」
「ああ!」
「じゃあおやすみなさい!」
「ああ!」
パタン。
「あ…え?」
肩を掴もうとしていた腕が寂しく宙に空回る。
「……え?」
乾いた男の声が静かな宿屋の廊下に吸い込まれていった。
アンデッド騒動があった次の日、アインズ達はギルドに足を運んでいた。
昨日は適当な依頼をこなすといった当初の目的は果たせなかったものの、騒動の発端の場所に偶然居合わせたおかげで売名に関しては充分なものとなった。
更に周辺諸国に網を拡げる秘密結社にもナザリックの手の者が入ったとなれば上々の結果と言えるだろう。
そんなアインズ達がめぼしい依頼はないかと探していると、同じくギルドに入ってきた漆黒の剣と目が合う。
「あ、おはようございます皆さん。依頼を探しに来られたんですか?」
ぺテルが皆を代表して挨拶をする。
「おはようございます。ええ、クラスも上がったことですし難度の高い依頼は無いかと探しているのですが…。意外とないものですね」
受付にも聞いてみたアインズだが、今のところは採集や雑用の依頼しか無かったようだ。
「あはは、いつでも難度の高い依頼があったら街がもたないですよ。それにここのところ護衛の依頼もなんだか少なくなってるんですよね」
ニニャが苦笑しながらアインズに最近のエ・ランテルの近郊の情報を話はじめる。
「そうなんですか? 街を出る人が少なくなっているということでしょうか」
至極当然の考えを口にするアインズ。だがその言葉はルクルットにより否定される。
「いやー、別にそういう訳じゃないんだわ。人の出入り自体は特に変わってねえんだけどさ、盗賊の襲撃とかがパタッと止んじまったらしくてなあ」
「うむ、モンスターが出なくなったわけではないから護衛がいらないということはないのであるが…」
「護衛の数を減らす人は結構多いんだよなあ」
盗賊が減るのはいいことだがパーティの財政に直結するだけに、複雑な気持ちになるのだろう。
「まあまあ、盗賊が減ることはいいことじゃないか。それに俺達は冒険者、モンスターを狩るのが本職さ」
ぺテルがなんとも偽善的な発言をするが、彼の場合はこれが本心である。
「ま、そうだけどよ…ん? どうかしたかい大将」
少し動揺したようなアインズにルクルットが問いかける。
「い、いえ、何でもないです。そうですか、犯罪者が減っているのですか…」
盗賊が減ったとしか言っていないのに墓穴を掘りかけているあたり、割と動揺しているようだ。
「ということは皆さん、前の様にモンスターを狩る毎日ですか?」
そういえば出会った時もそうだったな、とオデンキングが話に加わる。
「ええ、そうなんですが…」
ぺテルが少し言葉を濁す。アインズとオデンキングがどうしたのかと問いかけようとした瞬間、ニニャが口を開く。
「僕たち、王都の方へ拠点を移そうかと思ってるんです。あっちなら依頼の量も多いだろうし、経験も積めるでしょうから」
ニニャがリーダーに変わって宣言する。
「あはは、という訳なんです。俺達には少し早いかとも思うんですが」
ぺテルが恥ずかしそうに頭を掻き回す。
エ・ランテルから王都へ拠点を変えるということは、生活が一変するということだ。ある意味安定しているこの状況を捨てるというのはそれなりに覚悟のいることだろう。
だが彼等には夢があり、覚悟もある。冒険者とは未知への挑戦に心踊らせてこそだ。
アインズとオデンキングはその気概を眩しく思い、ふとユグドラシルのことを思いだし微笑む。
「ただ、僕達はあっちの方にはあまり詳しくないので少し不安もあるんです」
護衛の依頼で王都に行ったことはあるものの、長期滞在したことはない。ましてや拠点を移すとなれば不安も当然だろう。
不安そうなニニャを見てオデンキングは重要な事を思い出した。
この世界に来て一番最初にした「この恩は必ず返す」という約束をまだ果たしていないのだ。この機会を逃せばまたいつ会うかも解らない。
王都に行ったことはないとはいえ、セバス達がそれなりに情報を集めているだろうし蒼の薔薇とは面識もある。多少の手助けは出来るだろうと考えたオデンキングはアインズに事情を説明し、王都への同行とセバスとの情報の共有をお願いする。
それを快諾したアインズに礼を言い、オデンキングはニニャに話し掛ける。
「王都へ行く日程は決まってるんですか?」
「ええ、実は今日には出発している予定だったんですが昨日の騒動で延びてしまって…」
明日には出発するという言葉を聞いてオデンキングは同行を申し出る。
「俺も王都へ行ったことはないんですがそれなりの伝はあるんです。よかったら旅に同行させてもらえませんか? こちらに来た時の恩をまだ返していませんし」
「いや、恩なんてそんな大したことは…」
予想通り漆黒の剣全員が遠慮するが、ここで引いてはいつまで経っても恩は返せそうにないと判断したオデンキングは無理矢理に約束を取り付けた。
「情けは人のためならずとも言います。この状況が幸運であると思うならそれは皆さんの人徳が掴みとった幸運で、享受すべき事柄だと思いますよ」
本当にいい人達だなと思いながらオデンキングは明日の出発時刻を確認して、アインズ達に了解をとったのであった。
クレマンティーヌの帝都散策記 1
クレマンティーヌの朝は意外と早い。
二人に割り当てられた豪華な部屋で目が覚め、猫のようにのびをした後に横のベッドを確認しオデンキングが帰ってきていないことに少し落胆する。
顔を洗い朝食を取った後は軽く城内を見て回る。稽古をしている騎士達に修練という名の虐待をしてみたり、帝国最強とかぬかしている四騎士で遊んでみたり、忙しそうな皇帝をからかってみたりと中々に客人の身分を満喫している。
昼食の前にはもはや日課となったフールーダとのやり取りが繰り広げられる。
師よ、師よぉー! と、いまだ帰らぬオデンキングを探し求めクレマンティーヌの元へやってくるフールーダ。
だからまだ帰ってきてねえっつってんだろ! と言っているにもかかわらず夢遊病患者のようにフラフラと近付いてくるフールーダにさしものクレマンティーヌも気味悪さを感じ、城を後にする。
闘技場まで足を伸ばし、最強の男とやらをボコボコにした後は中央の広場で屋台の食べ歩きだ。お気に入りの果実を2つ手に持ってぶらぶらとアイテムなどを見て回る。
歩いていく内に少し暗い雰囲気の場所にまで来てしまったクレマンティーヌ。見てみると、禁制の品や奴隷などを売っているようだ。
やはりこういう雰囲気が自分には合っているなと、既に懐かしさすら感じる様になってしまったアンダーグラウンドな空気に目を細める。適当に歩いているとふと視線を感じたクレマンティーヌ。気になってその方向に目を向ける。
見てみればそれはエルフの奴隷達だった。鎖に繋がれ悲惨な状況だというのに、クレマンティーヌを目にした彼女達は救世主にでも逢ったかの様に感謝の念を向けている。少し気になったクレマンティーヌは近付いて話し掛けてみた。
要領を得ない話し方ではあったが、要約すると前に闘ったエルヤーと言う男の奴隷であり酷い扱いを受けていたが、クレマンティーヌによって救われたという話だ。
クレマンティーヌはそれを聞いて笑いが込み上げてきた。今もなお奴隷でありながら、救われたとのたまっているエルフ達。これを滑稽と言わずして何と言えようか。
口元を歪めながらクレマンティーヌは彼女達を嘲笑する。それはただの偶然だと、お前達を取り巻く状況は何も変わっていないのだと。
それを聞いて瞳の輝きが消え失せるのを期待したクレマンティーヌだがそれでも感謝している、とこちらを見つめている彼女達を見て少し苛立ちを感じる。
こいつらは、諦めている。
生きることを、喜ぶことを、楽しむことを諦めている。
哀しみに浸り、怒ることを忘れ、ただ状況に流されて暗い感情に閉じ籠っている。
クレマンティーヌはそれを見て、今はどうでもよくなってしまった兄の事を思い出しかつての自分に思いを馳せる。
神童と呼ばれた兄に必死に追い付こうとして努力した自分。敵わないと知りつつもがむしゃらに進んだ。
同じ漆黒聖典に所属することとなっても「クインティアの片割れ」などと、自分にとっては屈辱的な通称で呼ばれまだまだ届かない状況にも心を折ることなく復讐に身を委ねた。
そんなクレマンティーヌから見た彼女達はなんと無様だろうか。
それなりの美貌に、エルフである以上は魔法も使える筈なのに下卑た奴隷商に言いようにされている。
もちろん魔法への対策は何かしらしているだろうが、それでもクレマンティーヌからしてみればこんな屈辱的な状況に到っても行動を起こさない彼女達は理解出来ない。
だから話終わった後はもはやどうでもいいと一瞥することもなく立ち去ろうとした。その奴隷商の言葉が無ければ、だが。
常人の聴覚を遥かに凌ぐクレマンティーヌには少し離れた後もしっかりと聞こえていたのだ。
冷やかしかよ、ババア。という声が。
それからの事は語るまでも無いだろう。
エルヤーと同じ道を辿った奴隷商。何も悪いことはしていないというのに悲惨な事になった彼は国からの厚い看護の後、それなりの額の口止め料を貰い商人に復帰した。以降は人の悪口は絶対に言わない誠実な人物として大成したとかどうとか。
そしてクレマンティーヌはというとこの一件により皇帝から小言をくらった後、部屋に戻り一人ごちる。どうしてこうなったんだろうと。
傍には自分をかいがいしく世話する3人のエルフが居たそうな。
お待たせしました。
意見をいただいてから結構悩みましたが自分では満足出来る文に出来たので投稿致します。後、別段ハーレムにする予定はありません。
ただ確かに前回の話はそう見られるのも仕方ない部分があったのは間違いないので改訂致しました。
自分の感覚だけではやはり難しいものです。自分的にはより良い文に変わったとは思えましたので、きつめの意見をしてくれた方々には感謝しています。
ありがとうございました。