オーバーロード 四方山話《完結》   作:ラゼ

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愛しき名 それ故に

帝国にて客人として扱われ、フールーダへの魔法の指導料としてかなりの大金を貰ったオデンキングは今、ナザリック地下大墳墓に帰ってきていた。

 

定期的に帰ると言いながら既に一月近く経っているため流石にまずいだろうと思ったためだ。

本当は一週間ごとには帰ろうと思っていたオデンキングだが、観光に夢中になり情報を収集出来なかったためにずるずると引き延ばした結果がこれである。

 

明日やろう、やっぱり次の日、次の週明けにはなんとかなってるさと《明日から頑張る詐欺》で自分を誤魔化しつづけ、結局は棚からぼた餅のような形で上手くいっただけだったので少々顔を合わしづらいオデンキング。

 

そのためナザリックの入り口前を熊の様にうろうろしている様は完全に不審者であった。

ちなみにクレマンティーヌは、オデンキングが一旦ナザリックへ帰ると言った瞬間に凄くいい笑顔でいってらっしゃいと同行を拒否していた。

 

《ゲート/異界門》で直接ナザリックの入り口前に現れたためまだ警戒網に引っ掛かってはいないがこのままではすぐに気付かれるだろう。だが、その前に丁度トブの大森林から帰還したアウラと鉢合わせた。

 

「うぇっ!? オ、オーディン様!?」

 

驚愕の声を漏らしアウラは頬を真っ赤に染める。

ハムスケの上に乗りながらオーディンの事を考えて悶々としていたアウラ。そのタイミングでまさかのナザリック前での偶然の再会である。

 

既にゆだった乙女脳になっている彼女はこれが運命というやつだろうかとか、まさか私を迎えに出てきてくれたのだろうか等と明後日の方へ向けて順調に迷走していた。

 

「へ? おお、アウラちゃんとハムスケか久しぶり。元気にしてたか? 今日も可愛いなー」

 

そう言いながら一人と一匹に近付いていきハムスケの頭を撫で付ける。あくまでもハムスケに向けて可愛いと言ったオデンキングだが、この状態のアウラにそんな言葉を掛けたらどうなるかは火を見るより明らかである。

 

「か、かわっ!? ほ、本当ですか? オーディン様!」

 

なんだか勘違いされていると思ったオデンキングだが流石にそれを否定するほど野暮ではない、アウラが可愛いのも事実には違いないため肯定の言葉を返す。

 

「ああ、前に見た時より可愛くなってるんじゃないか? 成長期ってやつだな」

 

オデンキング的にはダークエルフで寿命も長く、成長速度も段違いに遅いアウラに突っ込み待ちの冗談を言ったつもりであったが、その言葉にアウラは更にテンパる。

 

褐色の肌であるというのに見て解るほどに顔を真っ赤に染め、あうあうと言葉に詰まるアウラ。

 

それを見てオデンキングも流石に何かおかしい事に気付く。

ラノベの鈍感系主人公でもあるまいし、ここまであからさまだと自分が可愛いと言ったことに照れているのだとオデンキングは悟る。

 

勘違いじゃないよな? 自意識過剰なロミオ男子になってないよな? と自問自答しながら、いつフラグを建てたんだとオデンキングは悩む。まさかこれが誰の人生にも三度はあるというモテ期なのだろうかと考えたところで、警備の者から連絡を受けたアインズが態々と転移をして二人の前に現れた。

 

「お帰りなさい、オーディンさん。結構、期間が空きましたけど大丈夫でしたか?」

 

良いタイミングなのか悪いタイミングなのかは誰にも解らないが、アインズのおかげで空気が変わる。

 

「ただいまです、アインズさん。いやー中々に手間取ったというか、観光に夢中になりすぎたというか……ははは。」

 

すいません、つい遊びすぎちゃいましたと正直に謝るオデンキング。

 

「まあまあ、別に仕事と言うわけではないんですから気になさらないでください。そういうことならまだ情報収集については手付かずですか?」

 

部下ではなく友人なのだからそんなことは気にしないと、謝るオデンキングを宥めるアインズ。

 

「いえ、そこはなんとかなりました。話すと結構長いので取り敢えずお邪魔してもいいですか?」

「当然ですよ、お邪魔なんかと言わずに自分の家のつもりでいつでも帰ってきてください」

「あはは、そう言っていただけると有り難いです。ほら、アウラとハムスケも行こう」

 

アインズが現れてからはずっと畏まっている彼女達に声を掛ける。

 

「おお、アウラとハムスケもご苦労だったな。任務は上手くいったか?」

「はい! 蜥蜴人の全部族と交渉が完了しました。いつでも来てくれとのことです!」

「某も頑張ったでござるよ、殿!」

「うむ、そうか良くやったぞ二人共。間違いなくナザリックが此処に転移してから一番の功績だ。褒美を考えておくがよい」

「はい、ありがとうございます!」

「某、まだまだ殿の役に立つことを証明するでござるよ!」

 

望外とも言えるほどのねぎらいの言葉に有頂天になるアウラとハムスケ。それを見たオデンキングがアウラに社交辞令の言葉をかける。

 

「おお、アウラちゃんもなんか手柄挙げたんだ? またその話も聞かせてよ」

 

日本人の文化ともいえる「また誘ってください」「また何処かで」「また違う日にでも」という果たされることの方が少ない約束の常套句「また」の言葉を何気なく使用したオデンキング。

しかし、それは今の恋愛脳なアウラには完全にお誘いの言葉に聞こえていた。

 

「は、はぃ……あの、じゃあ今夜オーディン様のお部屋で、お、お話ししますね」

「え?」

「え?」

「じゃ、じゃあ、お先に失礼します!」

 

何気に不敬な行為であるが羞恥で頭がいっぱいのアウラはそれに気付かず、逃げるように去っていった。残された二人に微妙な雰囲気が漂い、一匹はその空気に首を傾げている。

 

「……オーディンさん、いつの間に…? そういえばアルベドがオーディンさんは随分女の子に対して手が早いと言っていましたがこれ程とは…」

「いやいやいや俺もまったく心当たり無いですから! ナザリックを出る前は全然普通だったんですよ!? いったい何がどうなってるのか……。ハムスケ、何か知らないか?」

「うーん、某にも思い当たることはござらんなぁ。申し訳ないでござる」

 

人間的な恋愛の機微に疎いハムスケはどうしてアウラがこうなったのかは気付いていなかった。しかしアウラがオーディンに対して発情しているのは解っている様でなんてこと無いように言葉を続ける。

 

「アウラ殿はオーディン殿と番になりたいのでござろう? 特に問題は無いように見えるでござるが…。子孫を作るのは生物としての責務でござるよ」

「ぐふぅっ!」

「ア、アインズさん? どうしたんですか?」

 

最近生産性の無い行為に耽っているアインズはかつても聞いたその言葉に余計にダメージを受けた。

 

「な、なんでもありませんよ、オーディンさん。そう、私はアンデッド…何も問題は無い。死の支配者にそんなものは……」

 

ぶつぶつと良く解らないことを呟き始めるアインズにちょっと引いているオデンキング。

 

「ま、まあ取り敢えず中に入りましょう。此処で話していても仕方がないですし」

 

空気を変えるために無理やりテンションを上げて話しかけるオデンキング。その言葉にアインズも気を取り直し、全員で入り口に向かう。

 

「オーディンさん」

「何ですか?」

「避妊はちゃんとしてくださいね」

「はいっ!? いやいや、俺があんな小さい子に手を出すような人間に見えますか?」

「でもペロロンチーノさんの同志なんですよね?」

「……」

 

顔をそらして聞こえない振りをするオデンキング。正直に言って美少女に迫られて断る自信など全く無いのだ。

現実世界ならともかく此処は異世界で、外見はともかく実年齢は相手の方が上というならば尚更だ。

 

「ま、前向きに検討する所存です」

 

結局は一世紀以上変わらない政治家のおためごかしの言葉にて言葉を濁すオデンキングであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夜明け、朝食をご馳走になっている蒼の薔薇の一同。昨日の晩もそうだが、いったいどうすればここまで美味しい食事が出来上がるのか疑問に思いながらも贅を凝らした料理に舌鼓をうっていた。

 

「アインズさん、急に出ていっちゃったけどどうしたんでしょうね」

 

蒼の薔薇との食事兼談話中にオーディン帰還の報を受けたアインズ。少し心配していたため、マナー違反も気にせずにオデンキングの元へ向かったのだ。

 

「すぐ戻ると言っていたんだ、そろそろ帰ってくるんじゃないか?」

 

イビルアイの言葉通り、程なくしてオデンキングを連れたアインズが戻ってきた。

 

「お待たせした、食事中に申し訳ない」

 

無事オデンキングの安否を確認出来たアインズは今更に割りとマナー違反だったことに気付き謝罪した。

 

「いえ、ご馳走になっているのにとんでもありません。そちらの方を迎えに行かれたんですか?」

 

態々とナザリックの主が出迎えたのが、見る限り普通の人間だったことを意外に感じるラキュース。

 

「ああ、紹介しよう。私の友人で人間のオーディンさんだ。彼もかなり優秀なマジックキャスターでな、親しくしてもらっている」

「あ、どうも。オーディンと申します、よろしく」

 

道すがら蒼の薔薇について聞いていたオデンキングは無難に挨拶をする。それぞれが挨拶を返し、オデンキングに視線を向ける。自分達を余裕でくだしたシャルティアの主が優秀だと言う人間だ、それも当然だろう。

 

その視線に、まさかこれもモテ期の効果かと盛大に勘違いするオデンキング。浮かれすぎて普段ならまず言わない歯の浮くようなセリフを口に出していた。

 

「いやー、しかしアインズさんに聞いていましたが最高の冒険者パーティの方々がこれほど美しさも兼ね備えておられるとは。同席出来て光栄です」

 

その言葉を聞いたアインズは「うわぁ…」的な視線でオデンキングを見つめ、後で冷静になった時にこの時の話を振ってやろうと決意した。

 

「あら、ありがとうございます。私達も優秀なマジックキャスターに会えて光栄ですわ」

 

貴族として世辞に慣れているラキュースはさらりと受け流した。ティアは男の評価等はどうでも良く、ティナはもう少し小さければなと残念がる。カガーランは童貞では無さそうだなと鋭く見抜き、イビルアイは魔法を使う者としてその実力に興味を示した。

和気藹々と話は続き、食事も終わる頃合いにアインズがラキュースに問い掛ける。

 

「皆さんはお帰りは徒歩なのかな? 足が無いのならばこちらで馬車を出させていただくが」

 

そこまでお世話になるわけには、と断るラキュースだったが客人を徒歩で帰すわけにはいかないというアインズに最終的には感謝しながら意見を折ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では日時が決まり次第、先程伝えた者に連絡をいただけるだろうか」

「はい、確かに承りましたわ。態々見送りに来ていただいて感謝致します。今度は王都でお会いしましょう」

 

アインズはラキュース達にセバスとソリュシャンの事を伝えていた。

何かあってあちらで顔見知りになり、後でアインズの配下の者だということが解った時に何か企んでいるのかと邪推されるのを嫌ったためだ。

 

それにセバスが少々厄介な事になっていると報告を受けていたため、王国の裏事情にも詳しい彼女達と伝を作るのも悪くないだろうと考えたのだ。

 

割りと重要そうな事態なのに、アルベドの攻勢に疲れデミウルゴスに丸投げしたのを忘れていたためでは決してない。そう、決してないのだ。

 

馬車を見送り、見えなくなったところでオデンキングが気になっていたことを問い掛ける。

 

「そういえば馬車に色々積み込んでましたけど何だったんですか?」

 

見る限りそこそこの装備品や消耗品のアイテムを積み込んでいたのを不思議に思っていたオデンキング。

 

「ああ、あれはシャルティアと模擬戦をしてもらったお礼です。かなりのレベル差があったんですが割りと善戦していたので、少し奮発しました」

「へぇー! やっぱり侮れない人も沢山いるもんですね。俺も帝国の闘技場で戦ったんですけど経験の差ってやつを思い知らされましたよ」

「私もです。単純なスペック差だけで戦っているとまずいと知りましたよ」

 

話ながらナザリックへ戻っていく二人。オデンキングは気付かなかったし、アインズは自覚が薄かった。この世界は装備品やアイテムのレベルがユグドラシルに比べて相当に低いということを。

馬車の中でユリ・アルファにアイテムの説明を受けた蒼の薔薇が、最後の最後まで格差を思い知らされたのはまた別のお話しである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕刻、ナザリックのBarにてアウラとシャルティアが珍しく酒を酌み交わしていた。アウラがシャルティアに相談したい事があると持ちかけたためだ。

 

珍しいこともあるものだとシャルティアは驚いたが、いつになく真剣な様子に茶化すこともなく了承した。

 

「いい加減に話して欲しいでありんすが。話すのをためらってばかりでは相談も何もありんせんよ」

 

なんとも様子がおかしすぎるアウラに、常のようにからかいを含んだものではなく優しげな声色で諭すシャルティア。なんだかんだで仲は悪くないのである。

 

「その、さー。……あ、あんたって、あっちの経験あるんでしょ? その、どうすればいいのかと…」

 

もじもじとしながら、か細い声で問い掛けるアウラ。

 

「はぁ? あっちって…………!! ま、まさか…そんな!? 第2夫人は妾の物、いきなりしゃしゃり出てきて奪おうとは片腹痛いでありんすよ!」

 

アウラの言葉に、遂に参戦するのかと戦慄するシャルティア。そしてその言葉を受けてアウラも思い出す。オデンキングには妻ではないようだが、近しい関係のような女性がいたことに。

 

「そ、そんなの関係ないじゃん。それに夫人なんてことは言ってなかったし、まだ決まってない!」

「な、なんですって!? もしかして私は騙されていたでありんすか!? く、くぅー、ならば今夜にも夜這いに向かわねば…!」

「夜はもうあたしが誘ってもらってるし!」

「な、なんですってー! こ、このオチビ! いつのまに…」

「ふふん、あんたに魅力が無いからでしょ? それに態々あたしが帰ってきた時に出迎えてくれたんだから。き、きっと相思相愛よ」

「あ、あの時…! 確かに…いやでもあれはオー」

「どっちにしても! 今日の夜は邪魔しないでよね!」

 

名詞が抜けているせいで大変なことになっている二人。どんどんとヒートアップしていくが、聞く限りかなり不利になっていることに気付くシャルティア。

もはやここは第2夫人などとは言っておられず、アウラを懐柔し、一緒に可愛がってもらうことを決意した。

 

「オ、オチビ、良く聞くでありんす…」

「な、なによ…」

 

ぜいぜいと息を荒げ舌戦を一旦終了する二人。

 

「カップルが別れる一番の理由を知っていんすか?」

「え? そ、そんなの知らないわよ」

 

急に話を変えるシャルティアにいったいなんなのかと訝しがるアウラ。

 

「それは! ズバリ初夜での失敗で不仲になるケースでありんす! おそらくこのままでは失敗して捨てられること間違いなし!」

「う、嘘…! そんな…どうすれば…」

 

なんだかんだで不安に思っていたアウラ。シャルティアの阿呆な言葉にも不安を掻き立てられる。

 

「安心するでありんすよ。私が一緒に居て上手くいかせてあげんしょう。勿論、一番手は譲りんす。あれほどの御方がたった一人の女に縛られるのは良くないとは解っていんしょう? それにペロロンチーノ様とぶくぶく茶釜様は姉弟。つまり私達も姉妹同然でありんす。一緒に幸せになるべきではないかと思いんせんか?」

 

一気に言い切ったシャルティア。無茶苦茶である。

しかしもはや恋愛と不安と対抗心でぐちゃぐちゃになっているアウラの頭には、天啓のような言葉に聞こえてしまった。

 

「い、いいの?」

「勿論でありんすよ。さぁ、一緒に幸福を掴むでありんすよ。殿方が興奮する衣服も見繕ってあげんしょう」

「う、うん」

 

勘違いはここに極まる。そして事態は更けゆく夜に移っていく。




それ故に、勘違い!

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