漆黒聖典と風花聖典。普段は顔を合わす事すら無いこの2つの部隊だが今その例外がナザリック地下大墳墓の前に展開されていた。
前者はカタストロフ・ドラゴンロードの情報を求め、陽光聖典を滅ぼしたのが何者か知っている、もしくは何か関係している可能性がこの大墳墓にあると思い足を運んだ。
後者は漆黒聖典の裏切り者であり叡者の額冠を盗み出した大罪人、クレマンティーヌの足跡をたどりこの地にたどり着いた。
各々、目的は違うものの大墳墓に潜入するという事は一致している。
信仰している神こそ違うが協力することとなったのだ。
そして今、彼等は混乱の極致にいた。
「や、山と、河…?」
誰ともなく呟いたその言葉は状況を的確に捉えていた。
「俺達、大墳墓の前に…あれ?」
彼等はまさに大墳墓に突入する直前だった。
それが今は山と河に囲まれている。
声を発した男でなくとも混乱して当然だった。
そして彼等の中でも一際、素晴らしい力を感じる装備に身を包んだ男が驚愕の声を上げた。
「っ!! カイレ様は何処だっ!!」
そう、彼等の上役でもあり護衛対象でもあるカイレが消えたのである。いや、この場合消えたのは彼等の方だ。
その声に反応した訳ではないだろうが周りから次々とモンスターが姿を現す。
集団から悲鳴と驚きの声が上がる。
「な、何故こんなところにアンデッドが湧き出す!?」
「いや、それよりなんだこの数は!!」
実際はそこまでの数ではないのだがその巨体とおぞましさに威圧され恐怖に駆られる集団。
アンデッドの名前はスケリトルドラゴンとデスナイト。この世界でならば非常に強敵となるアンデッドだ。それが数十と襲い掛かってきたのだからたまったものではない。
だが混乱する集団に雷鳴の様な声が轟く。
「乱れるなっ! この程度我々にとっては窮地でもなんでもない。下がれっ」
先程上役が消えたことに驚き声を上げた男だ。漆黒聖典の隊長であるその男にとってはこの程度は問題にならないようである。
そしてそれは事実であった。瞬く間に漆黒聖典の仲間達と共にアンデッドを駆逐していく。最後のアンデッドを倒した瞬間、景色が歪み彼等は元の場所に立っていた。
「カイレ様は、居られぬか…」
周囲を見渡すが誰も居ない。策に掛かったかと悔しがる。そんな彼等の前に一人の少女が現れる。
「おやおや、誰かお探しでありんすか?」
その少女は一目で最上級と解る装備に身を包み、こちらを挑発するような視線で眺めている。
男は警戒しながら声をかけようとしたが後ろから悲鳴が上がったため何事かと思い振り向く。
「ぐぶぅっ!! ひ、ひぃっ!?」
そんな少女を見た漆黒聖典の一人が情けない声を発した。
「た、隊長…」
「どうした」
「あ、あの女、あいつは、あいつは…隊長よりも、つよ、強い」
彼は漆黒聖典第11席次であり、実力的にはたいしたことはないが相手の強さを計れるという貴重なタレントを持っていたため在籍を許されていた。
そしてその男が断言したのだ、人類どころか全生物という枠組みの中でも最上位に入る漆黒聖典の隊長が目の前の少女に劣る、と。
「おや、もしかしてタレントというやつでありんすか?」
少女は男がいきなり実力を見抜いた事に関心をよせる。
「ひぃっ、こっちに来るな!!」
少女は一歩たりとも動いていないが興味を向けられただけで恐怖を感じた男は悲鳴を上げながら後ずさる。
そしてその態度から事実なのだろうと隊長と呼ばれた男は認識した。
「お前が、カイレ様を拐かしたのか?」
間違いないだろうと思ったが一応確認する。
「ふむ、あの老婆のことを聞きんしたならその通りでありんすよ」
素直に認める少女。
威圧感に圧されながら、男はこの大墳墓の主であろう少女を睨み付ける。
「…要求はなんだ?」
最重要項目はカイレの奪還だ。話が通じるのならそれに越したことはない。
「おや、存外に素直でありんすのね。手間が省けんした」
少女は微笑んでいるが此方を見つめる眼には一切の油断がない。
「あの御方は我等にとって欠かせない方だ。解放してくれるのなら出来る限りの条件を飲もう」
そう言って要求を待つ男。
「そんなに緊張しないでおくんなまし、条件は一つだけでありんす。今居る全員がこのナザリック地下大墳墓の6階層まで足を踏み入れる事、これだけでありんすの」
くつくつと笑いながらなんてことないだろう? と要求を突き付ける少女。
男は思う、十中八九罠だろうと。だがどちらにしても救出するには入るしかないのだ。少女に肯定の頷きを返す。
「結構。ではついて来なんし」
振り返り背を見せる少女。一瞬槍を突きだそうと思ったが悪寒を感じて取り止める。恐らく止められる、と。
「行くぞ」
怯えている風花聖典の隊員達に指示を出す。
漆黒聖典の隊員達は11席次を除き、修羅場を潜り抜けているだけはあって物怖じせずに歩を進める。
墳墓の中とは思えないほど、階層を降るごとにその様相を変える有り様に漆黒聖典の隊長である男は驚いていた。
この広大な空間だというのに虫一匹の気配も感じないこの状況に異様を感じる。
だが驚いてばかりはいられない。
少しでも情報を引き出そうと前を歩く少女に話し掛ける。
「この大墳墓の主から直々に案内されるとは光栄だな。随分と広大な建築物のようだが何階まであるのか聞いてもいいかい?」
自分よりも強い少女。それがこの大墳墓の主でないわけがないと、それを前提に問い掛ける。
対して少女はその言葉を聞いて肩を震わせた。
「く、くひゅっ。そ、それは自分の眼で確かめなんし。出来るなら、の話でありんすが」
何かを抑えつけるかのような雰囲気に疑問を覚えるが、やはりそう易々と情報を出しはしないかと残念がる男。
そしてそうこうしている内に目的の場所へ辿り着く。
森林を抜けた先にある闘技場のような場所だ。
そして彼等は悪夢に出会う。
闘技場の奥、その場には似つかわしくない立派な玉座の周りにそれは揃っていた。
美しいという言葉が霞むほどのメイド達。
強者の雰囲気を漂わせる執事。
蟲の体を思わせる白銀の異形。
闇妖精とおぼしき、まだ幼さが垣間見える双子。
悪魔のような特徴を持った男と女。
そして何よりも、何よりも目を引く玉座に座る存在がそこにいた。
集団から誰ともなくポツリと言葉が上がった。
「死の…神…?」
まさしく、此所にいる全ての隊員が脳裏によぎらせた言葉である。
漆黒聖典。
スレイン法国神官長直轄特殊工作部隊群「六色聖典」の内、死の神スルシャーナに仕える一部隊、それがこの部隊の名称である。
仕え、崇めるとは言うものの別段彼等は神を信仰しているわけではない。
いや、第5席次のクアイエッセ・ハゼイア・クインティアのように崇め奉るものもいるにはいるが、少数派だ。
それは何故かと問われれば彼等は言うだろう。
神に祈れば戦いに勝利出来るのかと。
普通の宗教に限らず、宗教家というものは地位が上がれば上がるほどリアリストにならざるを得ないものだ。
勿論地位が上でも敬虔な信者はいるし、リアリストといっても信仰がない訳ではない。
ただ、組織というものは信仰があれば成り立つというわけではないのだ。そしてそれは、漆黒聖典という特殊な環境に身を置く彼等にも言えることだった。
戦闘が必然的に多くなるこの部隊では神の祈りなどより自分の実力を上げるほうがよほど有益なのだ。
スレイン法国でも最高位に近い地位を持った集団が一番信仰が少ないのは随分と皮肉的である。
だからこそ、そんな漆黒聖典の隊長であるからこそ死の神かも知れない存在に出逢っても平静を保っていられたと言えるだろう。
だが、そのせいで気付いた。
まだ周りに目を向ける余裕があったからこそ気付いてしまったのだ。
玉座の周りに立つ者達が持つ巻物やガントレット、あるいは杯や短杖のようなアイテムは自身がここ数日で散々見てきた秘中の秘ともいうべきアイテムと同じ気配を放ってはいないかと。
「隊長…ぅ。あれは、あれは…」
震える声で何かを伝えようとした11席次だが恐怖によりもはや最後まで言葉を発することは出来なかった。
だが言われずとも解る。
自身より強い少女が玉座の横、異形が並ぶ列の端に歩いていきその身を置いたのだ。
その意味が示すのは他に並ぶ者達と同格という事実。そして何より玉座に座る者の配下である、ということなのだろう。
この男が少女を前にして平静を保っていたのは、漆黒聖典には自分よりも更に格上の番外席次がいるからに他ならなかった。
彼女と自分が共闘すれば倒せるだろうと、だから先ずはここから生きて帰るのだと、先程まではある意味で心に拠り所があったのだ。
だがこの状況は、こんなことは想像の埒外である。
間違いなく此所にいる戦力だけで法国は滅ぶ。そう確信しながら男は生まれて初めて、いや番外席次に味合わされた過去を含めると人生2回目の絶望を感じていた。
「ふむ、アインズ様の御前でその態度は非常に不敬と言わざるを得ませんね。『ひれ伏したまえ』」
デミウルゴスが支配の呪言を紡ぎレベルが40以下の隊長以外をひれ伏させる。
「っ!…」
もはや絶体絶命か、と生を諦めかけている男に声が掛けられる。
「ようこそ、我がナザリック地下大墳墓へ。精々歓迎させてもらうとしよう」
死の支配者の声が、静まりかえる闘技場に響いた。
この状況で生きて帰るには何をすべきか。
男は体の内から染み出してくる絶望に耐えながら必死に考える。
今殺されていないということは話をする余地が多少なりともあるということだ。
あちらがただ遊んでいるだけだ、という可能性を考えなければだが。ならば今すべき事は――――
「まずは謝罪を。この大墳墓に立ち入ろうとしたことを心より御詫び申し上げます」
支配の呪言に掛からなかったその身を自身の意思でひれ伏し謝罪をする。
「ぇ?」
「この様な偉大なる御方がおわすとは夢にも思いませんでした。我等が無知をどうか御許し戴きたいのです」
頭を垂れ完全に服従の意思を見せる。今窮地に立っているのは自分達だけでなく法国そのものだ。
受け答え如何によっては逆鱗に触れる可能性があるのだと、絶対に刺激せぬよう慎重に言葉を選ぶ。
「う、ウム。殊勝な心掛けだな人間よ。その謝罪、受け取ってやろう」
男はその言葉に光明を見出だす。
「貴様等の事情は理解しているとも。そしてそれに対する答えも決まっている」
その言葉に、やはりカタストロフ・ドラゴンロードと何かしらの繋がりがあったのかと身を構える。
「私は陽光聖典について何も言うことはない。勿論貴様らが追っているオーディンとクレマンティーヌを引き渡すことも有り得ない。貴様らに残された道は肯定と恭順以外は無いものと知れ」
文句は無いな、とばかりに絶望のオーラが叩き付けられる。
「え?」
「え?」
予想外の答えに男はつい疑問の声を漏らした。
だが次の瞬間、恥をかかせれば殺されると思い直し言葉を紡ぐ。
「さ、流石は偉大なる死の王。我等の目的など既に見通されておられたのですね」
ヨイショする。命をかけた全力のヨイショだ。
「当然だ。矮小なる存在だということをその身にしかと刻み込むのだな。人間にしてはそこそこやるようだが我等の前では所詮、塵芥に過ぎぬ」
よ、よしセーフ。行けるぞ、頑張れ私!ファイトだ私!
「仰る通りで御座います、偉大なる御方。もし叶うのならばその尊名をお聞かせいただけませんか?」
ゴマどころか魂をすりおろしながらへりくだる。かつて俺様人間だった彼からは信じられない成長っぷりだ。
「ほう、ならば知るがよい。このナザリック地下大墳墓の主にして、死の支配者。そして敵対する者に絶望と死を告げる、我が名はアインズ・ウール・ゴウン」
凄まじいプレッシャーを感じながら、死の神スルシャーナでは無かったのかと男は複雑な心境になる。
「ご尊名、しかと心に刻み込みました。私の名は…」
手順が逆になってしまったが名乗り返そうとする男にアインズは片手を上げる。
「よい、私が覚えるのは価値ある者の名だけだ。名乗りたければそれ相応の輝きを見せるのだな、人間」
「はっ。大変失礼致しました」
いける、そうだ。帰ったら休みを取って故郷のピッツァでも食べに帰ろう。随分と休暇を取っていない。なに少しくらいなら上も認めるさ。
「さて、では答えを聞こうか。貴様等がこれから起こすべき行動はなんだ? 心して答えよ」
この質問、これさえ間違わなければきっと大丈夫。そうだ、帰れるのだ。帰ったら自分でも認めていなかった番外席次の少女への淡い思いにも素直になろう。プロポーズするのもいいかもしれない。彼女は強い男にしか興味がないが、いいさ当たって砕けろだ。この死地を潜り抜けた私に恐れるものなどない。そうだ、私は、帰ったら結婚するんだ。
「我等は…」
「お疲れ様ー」
部屋に集まった者達に一連の計画の発案者として乾杯の音頭をとるオデンキング。
「いやー、アインズさんの支配者っぷり凄かったですよホント」
場にいる者達がまさにその通りだとアインズを称賛する。
「流石はアインズ様。何もせずともその御威光だけで屈服させた手腕、お見事で御座いました」
「凄かったです!」
「か、かっこよかった~」
「くふぅっ…。あ、また替えなきゃ…もう」
今、彼等は計画の終了を祝いささやかな宴を開いていた。まだまだやる事はあるので本当に小さなものだ。
「何、大したことではないとも」
照れた様子で謙遜するアインズ。
「いやいや、計画の大筋は決めていましたけどセリフはアインズさん次第でしたからね。もうカリスマが溢れ返ってましたよ。あれなら闘技場じゃなくて玉座の間で迎えたほうが良かったですねー」
結果論ですが、とアインズを褒める。
「いえいえ、そんな…」
いやいや、そんなそんなと言い合うアインズとオデンキングを嬉しそうに見る守護者達とセバスとプレアデス。
和やかに時間は流れていくのだった。
宴が終わりデミウルゴスとコキュートスは二人で飲みなおしていた。
話題は当然だがアインズについてだ。
「今日ハアインズ様ノ偉大サヲ再認識サセラレタナ、デミウルゴス」
「ええ…そうですね」
少し考え込むデミウルゴス。
「ム、何カ腑ニ落チナイコトデモアルノカ?」
不思議そうに問い掛けるコキュートス。いつも不適な笑みを絶やさないこの同僚が考え込むのは随分と珍しいのだ。
「おそらく…いや、間違いないですね。コキュートス、アインズ様はおそらく最初からこの結果を予想されていました」
合点がいったと結論を出したデミウルゴス。
「コノ結果トハ、戦闘モナク恭順ヲ示シタコトニツイテカ?」
意外そうに尋ねるコキュートス。
「ええ、アインズ様はご自分の威光と相手の弱さを見切り、最初から戦闘など起きないと知っておられたのです」
「ダガソレナラバ何故計画ヲ立テワザワザ用意周到ニアレホドノ準備ヲシタノダ?」
当然の疑問だろう。
「おそらく3つ…アインズ様のこと、もしかするとまだまだ理由はあったのかもしれませんが今、目に見える結果はそれだけです」
底知れぬ自分の主に嬉しそうな様子で語り始める。
「まずは1つ目、ワールドアイテムの確認ですね。結果的に使用したのはナザリック前での山河社稷図のみでしたが、世界が変わった以上その性能が変化していないか確認したかったのでしょう」
デミウルゴスは話を続ける。
「2つ目。これはオーディン様と我々で共同作業をすることでまだしこりのある者達との連帯感を高めるため」
最後に、とグラスを傾けながら言い切る。
「3つ目。オーディン様に明確にこちら側に立っていただき、ナザリックへの帰属意識を持たせたかったのではないかと思います」
「ム…ドウイウコトダ?」
「アインズ様は新しき友としてオーディン様を認めておられるが、やはり人間と異形種に壁があるのも事実。ギルドに入っていただくという形を取らないのもその壁があるからです」
アインズ・ウール・ゴウンに所属するには異形種でなければならない。それは守護者達も知っていた。
「だからこそ、目に見える繋がりがないからこそアインズ様はせめてオーディン様にナザリックに対して、ここは貴方が帰るところであると思ってほしかったのではないでしょうか」
デミウルゴスにはもうオデンキングに対しての負の感情は殆ど薄れていた。
「成ル程…」
主の心情に思いをはせ少しの間、沈黙が流れる。
「そしてオーディン様もその感情に気付いたからこそ、計画を発案しアインズ様の想いにお答えになられたのです」
「裏デソノヨウナコトガアッタトハナ、御二方ノ考エノ深サニハ驚カサレルバカリダ」
「ええ、オーディン様は謙遜なされていましたが、きっとアインズ様にもひけを取らぬ智謀をお持ちなのでしょう」
御二人の絆に乾杯、とコキュートスとデミウルゴスはグラスを合わせた。
当然のことながら、全て勘違いである。
クレマンティーヌ「出番…」
次話からはギャグいっぱいに戻りますので。
捏造部分:隊長と11席次の口調 山河社稷図の効果(空間隔離系統というのは事実です) 風花聖典の戦力 漆黒聖典の信仰とかどうの 11席次が隊長よりシャルティアを上と判断したこと(両方とも並べればどっちが強いかくらいは解るんじゃないかと思いました) 隊長と番外席次の関係
くらい、かな? たぶん。
評判悪そうなら書き直しますね。