大尉とオーバーロード   作:まぐろしょうゆ

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ワーウルフ大好き。
スカイリムのMODに人狼系を大量につっこんだのはいい思い出。


悪い夢

永い永い時を独りで生きていた。

彼の同族は……群れは、もはや彼の遠い記憶の中に生きるのみ。

その彼が、とても変わった人間に出会って、

それからはとても楽しかった。

機械仕掛の太った人間に率いられ、

メガネを掛けた気狂い科学者が作った吸血鬼達と、

彼はとてもとても楽しく戦った。

大負けし、たまに勝ち、沢山殺して……最後は殺された。

楽しい夢を見る少年のように彼は心地よく逝ったはずだった。

 

「………?」

 

それがどうだろう。

夢から覚めると、彼は平原に寝ていた。

この世界はなんだ。

味と匂いがしないこの無味乾燥な世界はなんなのだろう。

自分はもともとこの世界の生き物だったのだろうか。

あのロンドンの狂騒は、取るに足らない一夜の夢だったのだろうか。

彼の着慣れたトレンチコートを風が通り抜けていくが、

彼の並外れた嗅覚に風が運ぶはずの匂いが反応しない。

 

「………」

 

彼は寝っ転がっていた上半身を起こすと、無造作に平原の草をむしって

ムシャリムシャリと草を頬張り咀嚼した。

土がついたままのそれをたっぷり噛み砕いてから飲み込んだが、

泥臭さも青臭さも全く感じない。

ここは一体どこだろうか。

彼は空を見ながら考え込んでいたが、その時気配を感じた。

得意とする嗅覚が機能しておらずとも規格外の身体能力を持つ彼の五感は、

充分に不穏な気配を見つけ出すことが出来る。

近づく足音。 ざっと5人。

 

「おっとこんな所にはぐれ異形種はっけ~~ん」

「人に化けててもわかっちゃうんだよワーウルフ野郎」

「こいつ初心者じゃねーの」

 

発言したのは5人中3人の人間。

人間……?

一瞬彼は首を傾げる。

匂いと味覚は、己の肉体に障害が起きているのかと思ったが、

耳を澄ましても目の前の者達から鼓動が聞こえない。

吐息が聞こえない。

先程感じた風も、違和感だらけだったが、とにかく色々おかしい。

しげしげと彼らを観察すると、実に古風な中世ヨーロッパ風の鎧姿。

剣や槍や斧や盾を手に持つ姿は似合っているものの、現代では珍妙な仮装である。

しかし、それにしても驚いた。

自分は、確かに銀髪赤眼で変わった容姿をしていると思うが、

それでも一目でヴェアヴォルフと見ぬかれたのは驚愕だ。

と、彼は思う。

 

「おいしゃべんないのお前。 そういうロールプレイ?」

「無反応ってつまんねぇなぁ」

 

草原に座りながら、黙って5人を見上げ続けるトレンチコートの男。

そんな彼を5人のプレイヤーキラー達は、

 

「うーし、つまんねーからとっとと殺そー」

「装備の見た目だけは気合入った懐古ミリオタ処刑開始~」

 

殺そうとしているようだった。

 

「…………?」

 

座り続ける彼は不思議だった。

この古めかしい、どこかオモチャじみた鎧の人間たちは、

こんなにも殺気を放たずに戦えるのか、と。

まぁ世の中そういう”イカれ”もいるものだ……と彼は知っている。

だが、何はともあれ自分の正体を容易く掴むのだから

とにかく処分したほうが良かろうと、最後の人狼はそう考え、

 

「…え?」

「あ?」

「え、うそ?」

「ん?」

「な…に」

 

高位レベル帯に属するプレイヤー5人の首を瞬時に捻り切る。

5人のPK達は、トレンチコートに身を包んだ人狼の動きを知覚することもできず消滅した。

まさに赤子の手をひねるが如くの瞬殺劇だったが、

しかし、逆に人狼の方こそ戸惑った。

殺した人間が消えた。

いや、そもそも彼らは人間だったのだろうか。

脈もない彼らは、高度なグールか何かだったのでは?

ヘルシング機関の新たな回し者? ミレニアムの失敗作?

そんな考えが一瞬頭に浮かぶ。

この世界はおかしい。

何もかもがおかしい。

濃深緑の帽のツバを指で掴むと深く被り直し、異常な世界を前に途方に暮れる。

そんな彼に、

 

「いやーお見事! すごい!

 助ける気まんまんでいましたが出る幕なし! 感服!」

「たっち・みーさんレベルじゃないですか!?

 いやいやいやもんのすごいですね! チートを疑ってます! 正直言って!」

 

100歩ほど離れた場所から叫んでパチパチパチと盛大に拍手する……、

銀色の騎士と重厚なローブで身を包んだ骸骨。

 

「!?」

 

骸骨を見て驚愕する人狼。

トレンチコートの高い襟と、深く被られた帽から覗く赤い目が見開かれる。

これが、大尉とモモンガの出会いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして2138年。

ユグドラシルは終了する。

ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの本拠地…ナザリック地下大墳墓には、

今現在2人のプレイヤーしかいない。

いや、正確にはプレイヤーは1人で、もう1人は”迷い込んだ人狼”なのだが。

 

「ヘロヘロさん帰っちゃいましたね……大尉」

「…………」

 

ギルド長・モモンガの言葉にコクリと頷く、軍服に身を包んだ人狼・大尉。

 

「最後の最後まで……大尉は徹底的にロールプレイ貫くんですねぇ」

 

モモンガは、彼が今まで喋ったのを見たことがない。

だから声を聞いたこともない。

戦ってる最中ですら、気合の声も呻き声もなにも出さない。

かつて、ギルドが賑やかだった時にるし★ふぁーやウルベルト達が

『大尉の声を聞き大会』を開いたことがあったが、

様々な悪辣トラップを物ともせず大尉は沈黙を貫いた。

ぷにっと萌えも途中参加し、その知略を存分に活かしあの手この手を行使したが、

とうとう大尉の声を聞くことは叶わなかった。

ペロロンチーノをして、

 

「大尉の無口の爪の垢を煎じて姉ちゃんに300gほど飲ませたい」

 

と言わしめたほどである。

そんなだから、今もやっぱりだんまりであった。

申し訳無いような、少し困惑したような赤眼の視線を骸骨のオーバーロードへと向けると、

 

「あっ、いいんですよ。 貶したりとかじゃなくて……純粋にスゴイなって思ったんです」

 

骨の手を胸の前でわきわき振ってそうじゃないアピールのモモンガ。

ふぅ、と短いため息をつく。

実に不思議な人だったな、と思う。

初めて見た時、自分と似た趣味の人だと強く感じた。

過去のドイツ軍の制服を事細かに再現した装備に身を包んだ彼を、

モモンガは(すっごいかっこいいぃぃぃ!!)と心の中で叫んだものである。

そして強い。 とんでもなく強い。

ユグドラシルの全プレイヤー中、

屈指の実力を持ったワールドチャンピオンのたっち・みーさんと同等。

 

(今思うと……PvPではいつも引き分けのたっち・みーさんと大尉さんだったけど、

 大尉さんって手加減してたような気がするな……

 ってこんなこと言っちゃたっち・みーさんと大尉に失礼だよな。

 ……あっ、大尉にはさん付け禁止だった)

 

さらに徹底的な無口キャラ。

何があろうとクールで、無口だった。 そのロールプレイを崩せたものは誰一人いない。

意思疎通は、もっぱら表情アイコンと地面に書かれるドイツ語。

 

「大尉はドイツ語が凄く上手でしたよね。 地面にすらすら書いてて、

 たっち・みーさんに翻訳してもらったら『さん付けはいらない』って言ってて………。

 今では日本語も書いてくれますけど…実はほんとにドイツ人だったりして」

 

モモンガの言に、ピコンっと笑顔で頷いてるアイコンが大尉の無表情の横に表示されて、

 

(うーん。 すっごいシュール)

 

と思いつつも、何気にモモンガが初めて掴んだ大尉の個人情報である。

 

「あっ、大尉ってほんとにドイツ人だったんですか」

「………(こくん」

 

無言で首を縦に振る。

 

「へぇー……ドイツかぁ。 本場だったんですねぇ大尉は。

 だったらパンドラズ―――

 なんでもないです」

 

(黒歴史の塊であるパンドラズ・アクターの監修を大尉にお願いすれば良かったかな…。

 でも、そもそも俺の厨二病が大爆発した切っ掛けは大尉のような……?

 大尉のせいじゃないでしょうか。 あの、歩く忌まわしき記憶は)

 

埒もないこと考えるモモンガ。

 

「……そういえば大尉って、何のお仕事なさってるんですか?

 あ、いやならいいです。

 働いてたってのは知ってるんですけど、

 そーいえば聞いたこと無いなぁって…その……思っただけで……。

 って何だか俺聞いてばっかですみません。

 大尉と会えるのも、もうすぐ終わるんだなって思うとつい」

 

骸骨のアバターから聞こえてくる彼の声は、少し涙ぐんでるように聞こえる。

大尉は思う。

自分の属す、新たな群れのリーダーは……随分泣き虫で優しい奴なのだな、と。

 

「大尉って、いつ俺がログインしてもずーーーっとユグドラシルやってましたよね。

 凄まじい廃人ですよ大尉は! ほんとに最後の最後まで廃人で完璧なロールプレイ!

 すごいです!

 ほんとに………。 すごいです……。 ずっと…ナザリックを、守ってくれてて。

 お、俺と一緒に……アインズ・ウール・ゴウンを……、

 ナザリック地下大墳墓を守ってくれて………ありがとうございます」

 

廃プレイヤーなのではない……大尉はただログアウト出来ないだけなのだが。

頭をグッとさげる死の支配者を静かに見守る人狼は、

軍靴をカツ、カツ、と響かせながらゆっくりとモモンガへ近づき、

剥き出しの頭骨を優しく二度三度撫でてやる。

大尉には、この優しき群れのリーダーが時折赤子に見える時がある。

 

「た、大尉」

 

撫でられるなどいつ以来だろう。

なんと……渋くてクールでかっこいいのだこの人は。

男が惚れる男とは、こういう人の事を言うんじゃなかろうか。

しかも撫でられると暖かく、そして血の流れを感じる時がある。

ユグドラシルとはいえ、そんなことはあるはず無いのに。 これは仮想現実なんだから。

でも……とモモンガは時たま考えたことがあった。

 

(大尉って……色々とスゴイ特殊だったよなぁ。

 表情とか瞬きとか、動いてるって感じる時があるんだよなぁ。 ホントに生きてるっていうか。

 あと強さとかも明らかに普通じゃないし…………解析とかやってたのかな。

 でも、監視が厳しいユグドラシルでそんなこと……出来ないよなぁ、普通)

 

まぁ大尉だしいいか。 とモモンガはいつもそう結論づける。

ペロロンチーノがかつて自分を慕ってくれたように、自分は大尉を慕っている。

もちろん、変な意味ではなく純粋に尊敬している。 …そのつもりだ。

彼が無口ロールプレイをしていなければ、ギルドマスターに全力で推薦しただろう。

モモンガは、自分がのめり込みやすい性格だ、と感じている。

このユグドラシルにしろ、アインズ・ウール・ゴウンにしろ、大尉にしろ。

憧れの感情が、大尉のアバターを特別なものに見せているのだろうなと思う。

そういうことも、自分ならあるかもしれないと理解していた。

 

「…………(くいっ」

 

大尉が首で急かす。

どうやらもう行こう…ということらしい。

 

「……そうですね。 そろそろ時間もありませんし」

 

そう言ってモモンガが席を立つと、

大尉が黙って指を指していた。 その指の先には豪奢な黄金の杖。

 

「スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン?

 …………そう、しますか。 これで……最後なんですもんね」

 

アインズ・ウール・ゴウン全盛期の、総力の結集の象徴。

それを持って円卓を後にする2人。

目指すは玉座だ。

大尉は黙ってモモンガの後ろを歩いてくれる。

そのことがとても心強い。

背中に圧倒的な安心感がある。

道中に執事のNPCセバス・チャンと、その部下・戦闘メイドのプレアデス達。

 

「付き従え」

 

ナザリックの王が一言コマンドを告げると、彼らは機械のようについてくる。

そこに安心感と温かみはない。 大尉とは比べるまでもない。

 

(そりゃそうだ。 大尉はプレイヤー……プレアデス達はNPC。

 ……そういえば、ワーウルフのメイドがいたよな。

 ルプ…、そう、ルプスレギナ。

 なんだか彼女を見る時の大尉はちょっと悲しそうなんだよな……なんでだろ)

 

モモンガにわかれ、と言う方が無茶だろうが、

大尉はルプスレギナを見る度に、この世界ではない”故郷の世界”の群れを少しだけ思い出す。

それはミレニアムよりも前の群れの仲間。

自分一人を残して絶滅してしまった、正真正銘の夜のミディアン。

モモンガ達と出会って、アインズ・ウール・ゴウンと出会って様々事を学び、理解した。

この世界はまやかしであると。

つまらぬ仮初めの、夢の世界。

自分以外に生き物は1人もいない。

このよく出来た人狼のメスも、所詮血の通わない偽物なのだ。

モモンガらといるのは不思議とリラックスできたが、

それでも真の人狼にとってこの世界は覚めない悪夢に近い。

血の滴る肉の味。

血と鉄が焼ける臭い。 硝煙の香り。

相手を絶命せしめる感触。

身を切り裂く刃の痛み。

銀歯を心の臓にねじ込まれ、死の闇に微睡む感触。

全てがこの世界には足りなかった。

 

やがて一同は玉座に到着。

中央に鎮座する重厚な王の椅子に、モモンガはどっしり座ってみる。

ちょっとだけ偉そうに。

すると大尉が真横に立つ。 しっかりと伸びた背筋が逞しい。

NPCのアルベドの、丁度反対側だ。

モモンガは座りながら思いを過去へ飛ばして懐かしむ。

懐かしんだり、突然何かを思い立ったかのようにコンソールを呼び出したり、

アルベドを見てあんぐりとため息をついたり。

コンソールを呼び出して何やらいじっている。 大尉は興味なさそうにそれらを眺めていた。

やがて人心地ついたのか、NPC達を跪かせたモモンガは、

 

「あと20秒………。

 ねぇ大尉。 俺は本当にあなたに感謝してるんです。

 大尉は、皆がいなくなってしまっても……ずっとそのキャラを貫き通して、

 ホントにずっと俺の側にいてくれた。

 俺……大尉と守り通したこのナザリック地下大墳墓が、大好きです」

 

モモンガの声はいよいよ泣き出しそうな子供のそれだ。

大尉は最後までただ黙って聞いていた。

5秒、4秒、3秒、2秒、1秒。

0秒。

 

その瞬間、大尉は紅の瞳を見開く。

匂いが、空気が変わった。

最後の真なる人狼の血がざわめきだす。

跪く者達から匂いが漂う。

空気の動きを感じる。

周囲の命の鼓動が聞こえる。

大尉の悪夢が終わった。

 


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