ひきこもりな彼女と働く僕   作:烈火1919

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 姫海棠はたては包丁片手に台所に立っていた。まな板の上にはジャガイモ、にんじん、たまねぎ、そして少量の豚肉が並べられている。

 

 時刻は既に夕方4時を少し回ったばかりだろうか。はたては何かを考え込むようにしながら、一人呟く。

 

「肉じゃが……作り方忘れたわ……」

 

 時は一時間ほど前に遡る

 

 

           ☆

 

 

 電話のベルがけたたましい声を上げ、それにつられる形ではたても読んでいた雑誌から目を離し電話が置いてある場所を見る。きょろきょろと家主を探すはたてだが、その家主がバイトに駆り出されたことを思い出し嫌々ながら席を立つことに。

 

 まったく……、今日はバイトがないといっていた癖に……、そうぶつくさ言いながらいまだ騒音を響かせる黒い受話器を取った。

 

「はいはい、こちら姫海棠はたてですが」

 

『まるではたてが僕の家の主みたいな言い方だね……。 せめて僕の名字を使ってくれないかな?』

 

「だってあんたの名字覚えてないんだもん」

 

『流石はたて、レベルが段違いだね』

 

 受話器を取った相手は、はたてが現在住んでいる家の家主であった。家主である青年は、洋菓子店でバイトをし日々のはたての生活費を稼ぐことに忙しい人物だ。おまけにはたてが家事を一切しないので、家でも外でも休まることはない苦労人である。しかし、青年は意外とはたてとの生活はこれが当たり前になってきているのかこの頃はフリしか言わない。

 

 人里で寺子屋をしている慧音は、妖怪と生活している青年のことを心配しているのだが、実害があるわけではないので慧音以外の人里の面々は既にはたてのことを気にしてない様子だ。そもそも、はたてが家から出ないのであまり面識がないのだが。しかしながら、青年のバイト先では中々に有名らしい。

 

 美少女といっても大袈裟ではない容姿なので、そういった部分もあるのかもしれないが。

 

 はたては電話の相手が青年だと分かったので、すぐさま受話器を置こうと耳から離す──が、それを青年は見越していたのか、

 

『はたて、電話切ったらイタ電しまくるからね?』

 

「あんたにメリットないでしょうに。というか、満足に雑誌が読めなくなるからやめて頂戴。それで、こんな時間になんの用かしら?随分、電話の向こうは忙しいようだけど?」

 

 はたてが興味半分、うんざり半分で青年に声をかける。実際、受話器越しからは忙しそうに動く女性の声や男性の声が聞こえてくる。青年は、そのはたての言葉に

「うん」と言い、早口にまくしたてる。

 

『ちょっと予想外なお客様が来て、いま店が大変なことになってるんだ。休みの僕が出向くのもわかる気がする。なんでも此処でもかなり偉い人みたいだから、店長も無下にはできないし。それに一人の女性はかなりの大食感で、さっきからケーキが追い付かないくらい。家を出る前に一時間で戻るって言ったじゃん?あの約束、守れそうにないかも』

 

「私よりケーキを選ぶのねっ!最低よっ!」

 

『なんでいきなりそんなにノリノリなの。声が笑ってるから臨場感もなにもないよ……。まぁ、なんで電話したかというとさ、このことを伝えるためと後はたてにご飯を作って──』

 

「さよなら、あなたとの生活は楽しかったわ」

 

 青年が最後まで言い終わる前に受話器を定位置に戻したはたて。一度大きく伸びをして、首をコキコキと鳴らしながら床に置いた雑誌を拾い上げると、卓袱台に広げ

て再び読み始める。鳴り響く電話。はたては立ち上がり、ひょこひょことした足取りで受話器を取る。

 

「はいもしもし?」

 

『あ、はたて!さっき電話が切れちゃったけど、僕は現時点をもってヤンデレ並みにはたてに電話をかけるからね!』

 

「はいはい、わかったから。要件はそれだけ?もしかしてさびしいの?その年でさびしいとか気持ち悪いわよ」

 

『せめて慰めてほしかった。って、そうじゃなくて!はたてに電話したのは、今日の夕食に作る予定だった肉じゃがを作ってほしいんだ』

 

「は?なんであたしが?」

 

 電話越しにもかかわらず、可愛らしく小首を傾げるはたて。そんなはたてに、青年は苦渋の決断をするかのように続ける。

 

『わかってる、僕だってわかってるんだ!どうせはたてのことだから、ポイズンクッキングとか作っちゃうことは!どじっ娘属性がついてることくらい知ってるんだ!それで容姿だけはいいから許されちゃうんだろうなとか、そんなこと全部わかってるんだ!僕だってできることなら任せたくないけど、あのはたてだし、あのはたてだから任せたくないけど──それしかないんだ!』

 

「あんた電話越しで攻撃喰らわないからって好き勝手言ってくれるじゃない。ほんとあんたは一日一回、私に喧嘩売らないと気が済まないのね。誰がどじっ娘だ、誰がポイズンクッキングの料理人だ!私だって料理くらい作ろうと思えば作れるわよ!見てないさ!あんたが帰ってきたときには死ぬくらいの肉じゃが作ってやるから!」

 

 はたては大声を上げて、バンと受話器を叩きつけるように置く。その瞳には青年のにやけ面が浮かんでは消え、消えては浮かび、はたての心の奥底に沸くマグナをふつふつと煮えたぎらせる。

 

 「……帰ったら容赦しないわ……!」そう底冷えするような声を腹から出したはたては台所へと立つ。これが一時間前のことである。

 

 

           ☆

 

 

 立ったはいいものの、すっかり肉じゃがの作り方を忘れてしまったはたては、なんとなく青年が台所でやっていた作業を思い出そうとしながらじゃがいもの皮むきを行うことにした。

 

 包丁で不器用ながらも、皮を切っていくはたて。ところどころ、危ない部分はあるが──なんとか指を切ることなくじゃがいもを剥き終わる。なお、じゃがいもは

ふくよかな体から貧相なガリガリな体へと姿を変えていた。

 

 と、そこにはたては自分以外の気配を感じて振り返る。そこではたてがみたものとは、

 

「……ねこ?」

 

「にゃーん」

 

 茶色の毛並みにピンと立った黒い耳、二又のしっぽが特徴的なねこであった。緑色の帽子を頭にちょこんと乗せているのがなんとも可愛らしい。はたては持っていた包丁をまな板の上に置き、手を拭いてからねこに歩み寄る。

 

「ねこなのに服を着てるのね……。いや、それよりも……このねこ、どっかで見たことあるわね……」

 

「にゃにゃっ!にゃっ!」

 

 はたての独り言にねこは相槌を打つように頷いた──後、両手を広げるようにしてはたてに迫った。まるで小さな子供が母親にだっこをせがんでいるようでもある。

 

 はたてはしゃがみこむとねこを丁寧に抱き上げた。ねこははたての腕の中でごろんと一回転してすっぽりと腕の中に納まる。

 

「あら、意外とこのねこ利口ね。でもこのままだと、肉じゃがが作れないわ」

 

 さて、どうしたものか……、そうはたてが思っているとねこはそれに応えるようにぴょんと台所へと飛び移った。狭い台所に子猫が一匹入るとどうなるか、想像して

もらいたい。

 

「あ、こら! そこにいると料理ができないじゃない!」

 

「にゃ?」

 

「だーかーらー、そこからどきなさいって!」

 

「にゃにゃっ!」

 

 ねこははたての頭の上に今度は飛び移った。そこで器用に回転し、腰を落ち着かせる。

 

「まぁ……台所を占領されるよりはマシね。この子軽いし、べつに気にしなければいいか。いい?絶対に動かないことよ?」

 

「にゃ」

 

 頭の上に向かって注意を促すはたて。ねこはその声を受けて、こくりと頷いた。それに満足したはたてはまな板の上に置いていた包丁を再び手に取り、たまねぎの皮を剥きはじめた。たまねぎの皮を剥くたびに、はたては目を細めていく。

 

「くっ……!?なんで涙が出ないように工夫してくれてないのよ……!って、こら!?頭の上でばたばたしない!」

 

 青年に愚痴をこぼした瞬間、ねこははたての上のじたばたしだし、次いでその場からぴょんと大きく後方に下がってしまった。心なしか苦しそうな声をあげている。

 

 はたてはそんな子猫を見て、

 

「……そういえば、ねこってたまねぎダメなんだっけ?」

 

 そんなことを呑気に思い出す。はたての後方2mに避難したねこはただじっとはたてのほうを向いていた。まるで、たまねぎの出番が終わるのを待っているようである。

 

 はたては一度たまねぎと包丁を見比べると、ねこに笑いかけ一人たまねぎの皮を剥き、手ごろな大きさに切っていった。そしてボールに全部移し、手を洗い臭いを落とし──ねこの前にしゃがみこむ。

 

 「ほら、おいで。もうたまねぎは大丈夫よ」

 

 差し出された手をふんふんと嗅ぐねこは、安心したようにはたての腕の中に飛びつく。それを抱きしめたはたてはそのまま頭の上にねこを持っていく。ねこも心得ているように、ちょこんと座った。はたては台所に再び立ち、今度はにんじんを切っていく。

 

「材料を切るのはわかるんだけどねぇ……、ここからあいつはどうしてたっけ?」

 

「にゃー?」

 

「まぁ、あんたに聞いてもわかんないわよね。って、これくらいの大きさかしら?」

 

 はたてがねこに見えるように、頭より上の位置ににんじんを持っていく──と、

 

「にゃ!(パクリ)」

 

「あーっ!?あんたなにやってんの!?誰が食べていいっていったの!?」

 

「にゃー?」

 

「首傾げてもダメよ!まったく、こっちは私とあいつでギリギリの食糧だというのに──」

 

「にゃー……」

 

「うっ……、そんな声出されると……」

 

 先ほどまでの高い声より、何段階も低い声で出すねこ。どうやら、はたてに怒られてしまい本気でへこんでいるようであった。しゅんとするねこの様子が頭を伝ってダイレクトに伝わってくるはたて、ちょっと言い過ぎたかも……と、およそ青年が見ていたら笑い転げること間違いなしな感想を抱きつつ、ねこを撫でる。

 

「あー、ごめんごめん。こっちも言い過ぎたわよ。ほら、怒ってないから元気だしなさい。あいつの夕食のにんじんが減るだけだし構わないわ」

 

「にゃー!」

 

 小さな手のひらでべしべしと頭を叩くねこ。声からして嬉しがっているようだ。はたてもねこの感情の起伏の激しさに思わず苦笑する。

 

 たまねぎ、にんじん、そしてじゃがいもを切り終えたはたては、そこで手を止めてしまった。

 

 そう、ここからがわからないのだ。

 

 「とりあえず、鍋に水でもいれましょうか」そう口に出しながら水を鍋に入れていく。そして青年がやっていたように火をかけた。

 

「確か……じゃがいもを入れていたわね」

 

 先ほど切ったじゃがいもを沸騰していない鍋にどばどばと入れていく。 上から心配そうな声でねこが鳴く。

 

「え?あぁ、大丈夫よ。あいつと同じやり方をすれば肉じゃがくらい作れるわ」

 

 よしよしとねこを撫でながら自信満々に答えるはたて。既に青年とやり方は違っていたりするのだが、この場においてはたてを止める術を持つ人物が存在しないのではたてがこの事実に気づくことはないだろう。

 

 はたてがちょっと煮えてきた鍋ににんじんを投入しようとした瞬間、ねこが慌てたような声ではたてを止めた。ぴょんと床に飛び降り、器用に下の棚を開けがさごそ

と漁る。「なにしてるの?」そう声をかけたはたてにねこはあるものを棚から取出し、突き付けた。

 

「醤油に……みりんにお酒?」

 

 ぴょんと再び移動し、ほかのものを突き付ける。

 

「それとかつおだしに……お砂糖?それに油まで出して」

 

 一個一個、はたては指を突き付けながら物を確認していく。確認し終えて、ねこのほうを振り向くと嬉しそうに二又のしっぽをふりふりと揺らす。はたては、ぽんっと納得したように手を叩くと、叱るようにねこに言う。

 

「ダメよ、お酒なんかに手を出しちゃ。気持ちはわかるけど、ねこがお酒なんか飲んじゃダメじゃない。それにあんたもお腹空いてるのね。かつおのだしまで出しちゃって。まってて、もう少しで肉じゃがが出来るから!」

 

「にゃーーーっ!?にゃっ!にゃにゃっ!?」

 

「はいはい、そんなに喜ばないの」

 

 ねこの必死の軌道修正は姫海棠はたての手によって、あっさりと崩れることになった。

 

「けどそうねぇ……、せっかく出したんだし色々と使ってみようかしら」

 

 酒を取り、鍋にどばどばとブチ込んでいく。 青年がチビチビと使っていた調理酒ががんがんなくなっていく様は青年が見たら卒倒するかもしれない。酒を入れたはたては、次に醤油を取りこれも同様にどばどばと入れていく。一瞬にして、鍋の中がドス黒く変わっていく。思わずねこの耳が垂れ下がる。

 

 はたてはくるくるとお玉で鍋を掻き混ぜつつ、スプーンでスープをすくい味見する。

 

 口に流し込んだ瞬間、超高速で吐き出した。

 

 いつも通りの表情で、蛇口から水を流し、手ですくい口に含み腔内を漱いでいく。

 

 ぺっと吐き出し、タオルで口を拭き、ねこに向かって優しく語りかける。

 

「はい、あーんして?」

 

 ねこは逃げ出した──が、はたてがそれよりも先に二又のしっぽを掴み逃げられないようにして自分の胸に抱きかかえる。

 

「もうダメじゃない。 ほら、あんたも食べたかったんでしょ?」

 

「にゃーっ!?にゃーっ!?」

 

 その日、青年の家ではねこの悲鳴にも似た泣き声が辺りを支配していた。

 

 ちなみにはたては豚肉を入れ忘れていたことに最後まで気づかなかったようだ。

 

 

           ☆

 

 

 時刻は既に8時を過ぎていた。バイトからようやく解放された青年はふらふらとした足取りで最後の気力を振り絞って家路への道を歩く。

 

「う~……あのピンク髪の人化け物じゃないのか……。なんであんなにケーキ食べられるんだ?それに流し目でこっち見てくるし……。あぁ、身震いが止まらない。そして別の意味でも身震いが止まらない。これから家でどんな惨劇が繰り広げられるのか」

 

 両手で自分の体を抱く仕草をする青年。それというのも、家に帰ったらはたての料理が待っているのである。いまさらになって青年は思う。どうしてはたてに頼んでしまったのだろう……と。やはりキツいけど自分がやったほうがよかったのではないか?

 

 後の祭りであるのだが、そう思わずにはいられなかった。

 

 そう思っている間にも足は家へと伸び、やがて玄関の前に到着した。

 

 一度大きく深呼吸してから、玄関の戸に手をかける。

 

「どうせ、はたてのことだから失敗して僕がやれとか言い出すのに1票」

 

 ガラガラ

 

「おかえりなさい。夕食、作ってあげたわよ」

 

「……え?」

 

「なによその顔。あんたが命令したんでしょうが」

 

「いや……そうだけど……。はたてがほんとに作るとは思ってなくて……」

 

「ほんと顔面殴りたいわ」

 

 エプロンをつけたはたては、青年を睨みながら奥へと引っ込んだ。

 

 青年がそんなはたての姿を見て、バツが悪そうな顔をしながら中へと入る。そこには、二人分の肉じゃがとご飯が並べられていた。そして、ぐったりとしているねこが一匹。

 

「はたて、そのネコは?」

 

「さぁ?勝手に家に入ってきてたわよ。それより、食べましょう。私お腹ぺこぺこなのよ」

 

 青年を席に座らせて、自身も向かい側に座ったはたては、青年が食べるのをじっと待つ。

 

「……なんか、恥ずかしいね。こういうの」

 

「さっさと食べなさいよ。私はそんな気持ち微塵もないし」

 

「わーお……」

 

 まぁ、わかっていたことだけど。そう心の中で呟いた青年は自分の箸を持ち可愛い深皿に盛られた肉じゃがを一口放り込み──

 

「やっぱり……あんたでも無理だったのね。うーん、料理って難しいわね」

 

 はたては泡を吹いて倒れた青年を見ながら、困ったような顔でそう言った。

 

 勿論、次の日青年は一日中布団で過ごすこととなった。

 




幻想郷には二又のねこが結構いそう

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