やはり俺の文通生活はまちがっている。   作:発光ダイオード

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失敗書簡(其の五)

四月二十二日

 

拝啓。

平素は格別の賜り誠にありがとうございます。

由比ヶ浜と一色から聞きましたが、雪ノ下がもの凄く怒っている事が伝わってきました。確かにお前たちが馬鹿だの阿呆だの八幡だの言いたくなる気持ちは分かります。だが待て、しばし。

 

全ての元凶はお前の姉、陽乃さんにある。あの人が無闇矢鱈と活躍して、俺たちが惑わされるもんだから、やる事がどんどんエスカレートするんだ。その事は俺なんかよりも姉妹であるお前の方がよく分かっているはずだ。

冷静になれ。雪ノ下は由比ヶ浜と一色、三人の中で唯一の頭脳。考える事を止めてはいけない。感情に任せて殴り込みに来るような事があれば、それこそ陽乃さんの思うツボだ。

俺は一度陽乃さんに連絡を取る。そして陽乃さんから直接、雪ノ下に俺の無実を伝えてもらえれば、お前も俺の事を信じてくれるだろう。だから怒るのは待て、しばし。

 

それに怒ったらせっかくの綺麗な顔が台無しだ。

長いまつ毛。薄く可愛らしい唇。澄み切った河川の様に、艶やかに流れ落ちる黒髪。愛宕山のように悠然な面持ちで、神秘的にそびえ立つ鼻。美しく切り揃えられているのに、決して人工的に見えない眉毛。広すぎず狭すぎず、実に手頃な大きさの高性能な脳が入っていると思わせる額。そしてその両側に鎮座まします、ふにふにと柔らかそうな耳たぶ。ふわりとした風にそよそよなびく産毛の一本一本は完璧な調和をもって並び、射し込む午後の陽にキラキラと輝いて見える。

褒め出したらキリが無いほど雪ノ下はスバラシイ。

 

あまりにスバラシさに感服し、俺は自分の無能さを嘆いた。本当に俺は何も出来ない人間であった。怠惰であり、無力であり、ぼっちであった。

雪ノ下は立派だ。お前の才能の前には、俺なんぞ何の価値も無い人間だ。中学の連中と同じ高校に通いたく無いと言う理由でこの高校に入学した根性なしです。高校三年間をぼっちとして過ごそうとする全校のお荷物です。こんなに腐れゴミ虫が、雪ノ下の様な才色兼備の人に手紙を送りつけるのが、そもそも生意気なのだ。俺のみっともない文章で大切なパルプ資源が浪費され、地球温暖化が加速し、株価は下がり、日本の未来は暗くなる。

あぁ、何ゆえ俺は存在しているのだろうか。消えて無くなれ、地球と人類の為に。この独りきりの病室で、カステラの角に頭をぶつけて死ねばいい。もしお前が道を歩いていて俺が転がっていたら、遠慮なく踏んで行ってくれたらいいと思う。いや、むしろ踏んで欲しい。ゴミ虫を見る様な侮蔑の眼差しで踏んで下さい。トイレに入った後の上履きのかかとでムギュッと(中断)

 

 

【反省】

 

陽乃さんの事があったから、何とか雪ノ下を落ち着かせようと色々書いてはみたが、書けば書くほどおかしな文章になっていく。

前半はまだいい。だが雪ノ下を褒め称えた辺りから何だか分からなくなる。と言うかこれはどう読んでも褒めている文章じゃない。いくら愛宕山が千葉県最高峰と言っても全国の山々と比べられてはひとたまりもないし、雪ノ下の鼻だってそこまで低くはない。それに何処の世界に耳たぶや産毛を褒められて喜ぶ女子がいるのだろうか。これはもう、ただただ気持ち悪いだけだ。

そして後半は雪ノ下へのフォローのあまり、自分を下げに下げて何だか卑屈な人間になってしまった。これは俺の心からの言葉ではない。いくら何でもカステラの角で頭をぶつけて死ぬ必要は無いと思う。比企谷八幡は、そこまで無価値な人間ではないはずだ。ないはずだっ!

 

当然、こんな手紙を雪ノ下に送るわけにはいかない。送れば確実に罵られる。

下手に褒めたり卑屈になり過ぎたりしてはいけない。しかし、それなら一体何を手紙に書けばいいのか。

陽乃さんのせいで満身創痍になった俺には皆目見当もつかない。


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