三月下旬。日本の高等学校では終業式を終え、次年度に向けて一時の長期休暇に入った頃。
米国の中心で、寒さに震えながら細道を歩く、二人の高校生の姿があった。
「さっみぃ。もっと厚手の上着を着て来ればよかったな」
「だから言ったでしょう。私の忠告を無視するからよ」
「無視はしてねえよ。予想以上に寒いだけだっての」
「同じじゃない」
米国ペンシルバニア州西部に位置する大型都市、ピッツバーグ。冬休みを利用した旅先としては、とても一般的とは言えない。勿論、アスカとコウも観光目的で米国を訪ねた訳ではなく、曖昧且つ明確な想いを胸に秘めた上での、二人旅だった。
「ここ、だよな」
「ええ。そうみたい」
二人が向かったのは、市内東部にひっそりと佇む霊園。事前に知らされていた情報を頼りに、両端に雪が残る坂道を上っていく。
手掛かりは複数あった。二十年前に夫を亡くし、同時期に妊娠が発覚した後、行方不明となった米国人女性。それらのキーワードを基に、結社のネットワークを駆使して調査を始めた結果、ジェーンの両親の身元が判明した。約一ヶ月前の出来事だった。
「……ん。アスカ」
「分かってる」
辿り着いた先には、ジェーンの父親。男性の名が記された墓標があった。
父と娘。互いの顔を見ることすら叶わなかった。父親は、母親は子供の名前を考えていたのだろうか。『ジェーン』という呼び名は名無しと同義。組織が与えた呼称に過ぎない。もしあったとしても、それを知る者はもういない。全部、過去のことだ。
「ねえ、コウ」
「ん?」
「……ううん。何でもない」
「大丈夫か、アスカ」
「ええ。そろそろ行きましょう。もう、充分だから」
想いを届けたかった。貴方が愛した女性は、人の身を捨てても尚、娘を愛していた。彼女も母を愛していた。その感情は、人間の証。最期まで、母娘の絆で結ばれていた。
私が何かを言える立場にないことは理解している。彼女もまた、他者を傷付け、命を奪い過ぎた。それは決して赦されることのない、罪なのかもしれない。
それでも私は、彼女の想いを胸に、これからも生きていく。
母を愛する、愛していた感情だけは、お互いに同じだったのだから。
「ちょうど昼時ね。折角だから、何か食べていく?」
「あ、それならあれが食いたい。あの白い箱のやつ」
「白い箱?」
「ハリウッド映画とかでよく出てくるだろ。これぐらいの箱で、中に焼きそばっぽい中華が入ってたりするあれ」
「絶対にイヤ」
「何でだよ!?」
そして私の隣には、彼。きっと私はこの先もずっと、こうやって歩いていくのだろう。
胸の温かさの正体は分からないけど、今は分からなくていい。だから、ずっと。
「そういや、ソラは今頃玖州にいんだよな」
「一人暮らしを始めてから初の帰郷だし、ゆっくり休めるといいわね」
「ユウキはどうだろうな。あいつも玖州は初めてって言ってたっけ」
「……待って。どうして四宮君が出てくるの?」
「あれ、聞いてなかったのか?」
―――アフターストーリーⅡに続く。