魔法少女うえだ☆マギカ 希望を得る物語   作:ハピナ

38 / 43

皆様10日ぶりです、気候がやたらと上下する時期になってきました。

体調にお気をつけください、日光を浴びるのはホント大事です。

さて、今回は泡沫の魔男を討伐した後の話から物語は再開します。

普段なら結界から出た直後からですが、今回はちょっとした変化球。

それでは物語の幕を再度上げましょう、最初は意識さえ明確はない視点。



(38)人嫌いの改心と暖かな和解

 

沈む意識は目覚める事を許さない、例えるなら頭のてっぺんから足の先まで水の中。

 

溶け出して散った意識は眠りを促すだけだ、それはまるで夢の中。

 

ふと身体の所々で暖かな感覚を覚えた、貫かれて空いた穴の傷。

 

痛みなく皮膚の内側が蠢き、元から何も無かったかのように治っていった。

 

やがて目覚める程の体力を取り戻し、泡がぱちりと弾けたかのように目を覚ます。

 

 

チョーク「うぅ……ん、あれ? ここって、リュミエールの本部?」

 

 

辺りを見渡せば、そこは広めにカーテンで仕切られた空間。

 

どうやら医務室の役割を持っているらしく、学校の保健室程の設備は整っている。

 

毛布を被せられた身体を起こせば、そこへ駆け寄って来る1人の少女がいた。

 

 

橋谷「良かった、目を覚ましてくれて……具合はいかがですか?」

 

チョーク「俐樹だ! うん、身体の痛みも無くなってるよ! 俐樹が治してくれたの?」

 

橋谷「えぇ、勝手ながら、ですが」

 

チョーク「だとしたら、それはとても嬉しい勝手だね!

……あれっ、前までリュミエールこんな場所あったっけ?」

 

橋谷「……ありがとうございます、この辺に新しくある家具は

知己さんが今回のお礼として作ってくれたのですよ」

 

 

相変わらずチョークの日本語は少しおかしいが、彼の言葉からは優しさを感じる。

 

それはさておき、俐樹はチョークの上半身に巻かれていた包帯を取った。

包帯を取り替えようとしたらしく、ベッドの傍らには新品の包帯が置いてある。

 

置いてある家具はどれも桜の木だ、まぁチョークに木材の知識は無いので分からないが。

 

 

大怪我のせいかほとんど吹き飛んでいたチョークの記憶、討伐後どうなったかは俐樹が教えてくれた。

 

主に前衛たちの活躍で泡沫の魔男は討伐されたが、結界が消えた後も大変だったらしい。

 

結界がグリーフシードに凝縮されて消えたとなれば、当然魔法使いたちは現実に戻される。

 

結局何が起こったかって、要するにそう広くはないアパートの一室に魔法使いたちが敷き詰められたのだ。

 

様々な長が揃ってたからパニックは免れたが、それでも事態の収拾には時間がかかった。

 

ただでさえ重傷者はいるし、エースは放心状態……密集した空間での浄化と治療の両立は難しい。

 

それでも、博師のソウルジェムと泡沫のグリーフシードが誰かに持っていかれることはなかった。

 

特に博師の事を気にしていた知己が最初に見つけ、事態が落ち着くまで守ってくれたおかげだ。

 

 

その後一通りの治療や浄化は終わったが、まだチョークの治療や利奈の浄化等が完全ではなかった。

 

そこで、リュミエールだけ帰宅前にこのリュミエール本部を訪れたという訳。

 

今本部にいるのは、リュミエールのメンバー全員と知己に博師とチョークらしい。

 

 

俐樹によってきちんとした治療を改めて施された結果、チョークの大怪我はほぼ完治していた。

 

あれほどあった穴が空いたような傷は少々痕が残ったものの塞がり、体力も回復している。

 

自分の身体が治った事を理解すれば、次に気になったのは利奈と博師だった。

 

俐樹に支えられながら治療スペースを後にして、仕切りになっていたカーテンを潜り抜ける。

 

その先はいつもの広間だった、その中心には円状に置かれた見慣れたソファーが複数。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

利奈は1度も孵化をした事が無かった、それ故にソウルジェムがキレイになるのも早い。

 

それでも穢れが溜まった事による精神の疲労はある、ソファーに座った身体は怠い。

 

浄化も終わって手の中に収まった赤いソウルジェム、それは不思議で暖かな魂の宝石。

 

 

ぐったりとして利奈は休んでいると、先程作られた治療スペースのカーテンが空く音がする。

 

そこには俐樹と治療を終えたチョークがいた、チョークの上半身は包帯に巻かれている。

 

精神はそんなに疲れていないらしく、怪我が治ったチョークはすっかり元気になっていた。

 

 

篠田「あっ! チョークだ、身体の怪我治ったんだね!」

 

清水「やはり治療専門の魔法少女に任せると違うな、目立った傷も無くなってる」

 

橋谷「えっ? あ……じっ、時間をかければ、誰でもこの位は治ります」

 

月村「何を今更、もっと自信を持っても良いのに控え目過ぎるのよ」

 

橋谷「ごっ、ごめんなさい!」

 

 

俐樹は芹香のキツめな態度に怖じ気づいてしまったらしく、思わず謝ってしまった。

チョークは謝る必要は無いと笑っている、顔を起こした俐樹はまだ怯え気味。

 

 

チョーク「利奈! 怪我はあまり無いみたいだねら利奈は大丈夫?」

 

上田「あぁ、うん……大丈夫だよ、ソウルジェムもキレイになったし」

 

清水「精神的に疲れてるみたいだな、色々あったしそりゃあぐったりしちまうぜ」

 

 

利奈はチョークに自分のソウルジェムを差し出した、確かに穢れもなく澄んだ状態。

 

だが肝心の利奈は顔色が悪い、もうしばらく休まないと元気とは言えないだろう。

 

これでも最初よりは回復した方だ、疲れのあまり上の空だった

利奈の意識はきちんとした方向性を得ている。

 

 

一方利奈の丁度反対側のソファーに座っている博師は、まだ意識が霞がかった様になっていた。

 

魔男の名残がまだ抜け切っていないらしく、感情の浮き沈みが小さくなってしまっている。

 

なかなか浄化仕切らない勿忘草色のソウルジェム、

チョークが様子を見に来る頃にやっと穢れが抜け切った。

 

 

根岸「ハチべぇ、博師君……大丈夫かな?」

 

ハチべぇ「博師の魂はまだ安定していないようだね、定着には時間がかかりそうだよ」

 

根岸「そう、なんだ……」

 

チョーク「博師はまだ具合悪そうだね、なんだか顔色が僕と同じくらいだなぁ」

 

根岸「え? あ! 君は確か、魔男の結界で私たちを庇ってくれた白い人」

 

チョーク「僕はチョークだよ!」

 

根岸「チョーク、さん? あの時はありがとう

 

 

知己は庇ってくれたこと気にして申し訳さそうにしていたが、チョークは特に気にしていない。

 

逆にチョークは博師の身を案じる、彼はつい先程まで魔男となっていたのだ。

 

ボス級の魔女や魔男に孵化をするのは、思った以上に魂に負担がかかる現象である。

 

 

チョーク「博師、大丈夫?」

 

 

起きてるのか眠っているのか分からない博師の様子、心配になったチョークは声をかけた。

 

すると、不思議なことに博師の目線は確かにチョークの方を向いた。

 

不安定な筈の博師の魂、これには知己の肩に乗ったハチべぇも関心を抱く。

 

 

津々村「……声が、聞こえたんだ」

 

チョーク「声だって?」

 

津々村「声、2回聞こえた……最初のはハッキリとした声だった、丁度アンタに似た声」

 

チョーク「僕? ……あぁ、あの時か! 確かに1度、君の名前を呼んだね!」

 

根岸「博師君の名前? えっ、呼んだ事あったっけ……?」

 

 

知己には博師が魔男になってしまっていた時、チョークが彼の名前を呼んだ記憶が無かった。

 

先程の魔男との戦いで前衛の魔法使いとして戦う時、

戦うチョークを間近で見ていたにもかかわらずだ。

 

敢えて言うなら知己の記憶は正しい、正確に言えば

チョークは『()()()()()では呼んでいなかった』のだから。

 

 

津々村「もう1つは、よく聞こえなかった……でも、最初のよりは強く心に響いた」

 

チョーク「僕、2回も博師の名前を呼んではいないよ」

 

ハチべぇ「それは本当に正しい記憶なのかい?

 

僕が見た限り、魔男化した時の君は特にヒトの意識が少ない。

心に響くというのは普通、孵化した魔法使いには無い現象だよ。

 

相当な意思の方向性が無いと、チョークの様な例外意外は聞き取る事すら出来ないね」

 

 

ハチべぇの言う通り、魔法使いは一度孵化をしてしまえば

知り合いや親友さえ傷を付ける絶望の化身と化す。

 

もし聞き取れたとすれば、それが『相当な例外』だったとしか考えられない。

 

いや、確実にあるだろう。 終盤で利奈が危なくなったあの時、

魔男は確かに、知己が声を発した後に止まったのだから。

 

 

津々村「自分を、博師君って言ってた……あれ? じゃあ、あの声って知己の!?」

 

 

そうだと気づいた博師は途端に虚ろだった意識を明確にし、勢い良く起き上がった!

 

だが身体がついて行かなかったのか、頭を抱え再びソファーに背を預ける。

 

博師が確信を得るのは簡単だ、何故なら博師を『博師君』と呼ぶのは知己だけ。

 

 

津々村「っぐぅ!!」

 

チョーク「あぁ!? まだ動いちゃ危ないよ、博師の身体フラフラじゃないか!」

 

津々村「そうか、自分は確か……ソウルジェムを破壊してもらおうとして、絶望を……」

 

 

博師は力無くソファーの上に上がった自分の手を見れば、その指に見慣れた勿忘草色の指輪。

 

ソウルジェムに戻してみれば、魂の宝石は奥まで澄んだキレイな色をしている。

 

元は破壊しようとしていた物だ、ソウルジェムを持つ指は自然と力む。

 

 

ところが、それは盗られてしまった! 唐突に知己が博師のソウルジェムを奪い取る。

 

 

津々村「おわっ!? ちょっと、何するんだ知己!? それ自分のソウルジェムなのに!」

 

根岸「……博師君、どうして? 何であんな事させようとしたの!」

 

津々村「どうしてって……それは、自分が自分の事を心から嫌になっただけで」

 

根岸「博師君はいつもそう! 頭の中に溜め込んで、心の中に押し込んで!!」

 

津々村「……知己?」

 

 

知己は博師に対してかなり大きな怒りを示したが、その目元は涙で潤んでいた。

 

博師が無事ヒトに戻った事による対する暖かな安堵、

博師が魔男になってまで絶望した事に対する冷やかな悲しみ。

 

様々な感情がその涙に混ざって溜まる、やがて雫になれば頬を伝って流れ落ちた。

 

 

根岸「もう、自分が嫌だとか壊したいとか言わないで!

博師君消えたら悲しむ人はたくさんいるんだよ?

 

そうなる前に誰かに相談してよ、私じゃ力不足だけど……胸の内に押し込むよりは良い。

 

博師君の苦しみを分かったり無くしたりは出来ないかもしれないけど、

少しでも感情や言葉を吐き出して楽になったらそれでも良い!」

 

 

比較的大人しい知己にしては珍しく強い言葉だ、思わず博師も反論出来ず聞くだけになる。

身体は様々な感情が暴れて震えるが、博師のソウルジェムを持つ両手は決して力まない。

 

 

根岸「だからね? 博師、もし忘れられないくらい辛い事があったら……

 

博師の限界が来る前に、誰かに辛さを打ち明けてね?

 

……博師君が納得するまで、このソウルジェムは博師君が持つべきじゃない」

 

チョーク「えぇ!? ダメだよ、ソウルジェムが無かったら魔法使いは」

 

津々村「良いんだ、白いアンタ……ここからは、自分に任せてくれ」

 

 

博師は驚いて焦るチョークを止め、ソファーにもたれかかった重い身体を起こした。

 

 

津々村「知己……悪かった、ソウルジェムを破壊してくれだなんて言ってしまって。

 

自分の心は死んでいたんだ、多分今も死んでいる。

味方なんて誰もいないと思っていた、誰も信用出来なかった。

 

……でも、孵化をして魔男になって自分は思い知ったんだ。

どれだけ、自分が周囲に対して盲目だったのかを」

 

 

魔法使いに魔女や魔男だった時の記憶が残るのと同じ様に、

博師にも魔男だった時の記憶が頭に残っていた。

 

それは一定で間隔で左に傾く景色、自分の記憶なのにまるで他人事のように感じてしまう。

 

当然だ、博師がそこに感じた感情は一切無いのだから。

魔法使いたちは色々言っていた筈だが、その内容は分からないと言う。

 

 

津々村「これだけ迷惑をかければ益々嫌われるかと思った、けど……実際は違った。

 

魔男の状態から解放された後も、わざわざ治療や浄化をしてくれた。

 

自分は《人嫌い》だ、でも……それもかなり過度だったらしい、もう少し心を開くべきか」

 

 

気がつけば博師は知己の方を見て話をしていた、虚ろだった意識は話す度にハッキリとする。

 

 

津々村「でも、自分自身を今すぐには変える事は出来ないと思う。

魔男だったとはいえ迷惑をかけた自分が、これ以上アンタらに迷惑をかけるなんてことは……」

 

 

博師がそうして話してる途中で、音の出ない歯ぎしりが博師の言葉を止めてしまった。

 

目は自然とまぶたを落とし、感情は申し訳無さと情けなさに溺れて行く。

 

ふと、落ち込んでいる博師の手が取られる……それは知己だった。

博師の拳になった手を解き、勿忘草色のソウルジェムを握らせた。

 

 

津々村「これ、自分のソウルジェム……」

 

根岸「急がなくて良いんだよ! 迷惑なんかじゃない!

私も博師の力になるから、ゆっくり慣れていこう」

 

津々村「……ごめん、ありがとう知己」

 

 

氷の様に冷え切っていた筈の博師のソウルジェム、

長く知己の手に包まれていたせいかほんの少し暖かだ。

 

浄化がし辛くなる程に孵化を繰り返した魂、希望など無いと決めつけた事もあった。

 

これ以上無駄な期待をしないようにと心を冷やかにし、いつしか絶望しか見なくなった日々。

 

それは今回の件で雪解けを果たしたのだ、まだ少し冷たさは残っているがこれは大きな進歩。

 

博師はやっと希望を感じていた、自分がいても良い暖かな場所を見つけ、

いつもそばにいたかけがえのない親友の存在を改めて実感したのだから。

 

 

 

 

その時だった……綿菓子の様な煙状で濁色の魔力が、博師の片目から激しく噴出したのは。

 

 

 

 

根岸「ひっ、博師君!?」

 

チョーク「ぅわあぁ!? ななななんだこれ!? たっ大変なことになってるよ!!」

 

ハチべぇ「君が慌てること無いじゃないか、これは君に起きている現象ではないよ」

 

チョーク「そういう問題じゃないでしょ!? 普通ヒトでこんな事起こらないよ!?」

 

津々村「知己も白いアンタも焦らんでくれ、自分自身に痛みは無い」

 

 

痛みの問題でも無い気はするが……魔男の時の無感情が

抜け切っていないのだろう、謎の魔力の噴出はしばらく続いた。

 

噴き出す濁色に勿忘草色が混じった様子は無い、どうやら博師の魔力では無いようだ。

 

なら、博師の片目から噴き出している魔力の正体は一体何だろうか?

 

流石にこれにはリュミエール本部にいた全員が注意を向けた、

やがて飛び出した魔力は1つに纏まり、不気味な球体になる。

 

そして、風船が針を刺されたかのような爆発をして……消えてしまった。

 

 

中野「ほっ、本当に大丈夫なのか博師? かなり凄いことになっていたけど」

 

津々村「…………」

 

根岸「大丈夫だよ、博師君」

 

津々村「……痛みは自分には一切無かった、自分の魔法でもないから心当たりも無い」

 

清水「俺も初めて見る現象だな、そういう情報も出回ってないし……ん?」

 

 

博師の安否を確認出来た海里が周囲の状況を確認すると、1人様子がおかしい人物がいた。

 

 

上田「俐樹ちゃん!? 急にソファーに座り込んじゃって、大丈夫?」

 

橋谷「すみません、ちょっと()()()()()()があったのを思い出してしまって」

 

清水「似たような事だと?」

 

橋谷「……はい、見ていたのは、優梨だけなので……私と優梨以外は、誰も知りません。

 

心配させるのは、嫌だったので、みんなには、隠していたのですが……

 

情報があまり無いとなると、もう話すしかない……と思います、私の勝手な考えですが」

 

清水「懸命な判断だと思うぜ、その似たような事を話してくれれば俺たちとしても助かる」

 

 

知己が博師の目を診る間、俐樹は深呼吸をしてから『似たような事』について話し始めた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

それは俐樹がリュミエールに入って間もない時の話だ、落ちかけた夕日は沈んですっかり夜。

 

 

橋谷「あの……大丈夫ですか? 私の事、送ってもらったりして」

 

下鳥「構わないわよ? 事前に帰りが遅くなるって言ってあるもの。

それに、まだ分からないわよ? 帰り道に出くわす危険性だってある、今日は甘えなさい」

 

橋谷「……すみません」

 

 

リュミエールに入る事を嬉しくもあるが、俐樹は素直に喜べないでいた。

 

今も狙われてるかもしれない自分が、あのリュミエールに守ってもらって良いのだろうか?

 

あまり活動的になれない病弱な自分が、足を引っ張るのではないだろうか?

 

不安が混じる申し訳なさが、俐樹の喜びを減らしてしまっている。

 

今だって優梨に守られながら送ってもらっている、ふと俐樹の口から出た言葉は暗かった。

 

 

橋谷「私、こんなに、多くの人に、面倒を見てもらってしまって、良いのでしょうか……」

 

下鳥「悲観するのはやめなさい俐樹、大きな勘違いをしてるわよ」

 

橋谷「……優梨?」

 

下鳥「だって私と俐樹は友達よね? 友達なら助けるのは当然じゃない!

 

それにリュミエールの仲間でもあるわ、仲間同士でも助け合うのは当然よ。

 

甘えていいのよ? もっとみんなを頼りにしなさい、誰もお荷物だなんて思わないわ」

 

橋谷「……!? どっ、どうしてそれを?」

 

下鳥「分かるわよ、俐樹は私の()()()だもの」

 

橋谷「そんな、私は、私……っ!」

 

 

目の前には友達になってくれた優梨、その瞳は心の奥底まで見透かされていそうだ。

 

その表情は優しげに笑っていた、頼っても良いのだと彼女は笑う。

 

『甘えても良い』……1人で抱え込もうとしていた俐樹には、なにより友好的な言葉。

 

阻まれていた筈の喜びの感情が沸き上がる、瞳を潤すのは嬉し涙。

 

この人達に私は甘えて良い、頼りにして良い……そんな安堵に俐樹は希望を感じた。

 

 

 

 

流れ落ちそうになる嬉し涙……だが、その前に俐樹の片目から異様な物が吹き出した。

 

 

 

 

橋谷「……ゃ!? きゃあああぁぁぁ!?」

 

下鳥「なっ、これは……! 俐樹落ち着きなさい、俐樹!!」

 

橋谷「嫌、何ですかこれええぇぇ!!」

 

 

噴き出したのは見知らぬ濁色の魔力、煙状の魔力が噴き出し最後は球体に纏まって弾けた。

 

 

下鳥「俐樹、大丈夫かしら? 凄い悲鳴を上げていたけど」

 

橋谷「大……丈夫です、痛覚といった症状はありませんでした」

 

下鳥「……やはりね」

 

橋谷「えっ?」

 

下鳥「何でもないわ、ちょっとその魔力に心当たりがあっただけよ。

私がリュミエールに入るのはまだ先ね、しなきゃいけない用事がさらに増えたわ」

 

 

相変わらず優梨はその笑みを崩さなかった、何を考えているのかは表情から読めない。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

橋谷「その後優梨にこの事を秘密にしてもらうようお願いして、

後は私のお家まで送ってもらったんです……わざわざ」

 

清水「魔力に心当たりか……明日、優梨に念話とかで聞いてみるのも1つの手だろうな」

 

上田「じゃあその用事が終わったら、優梨もリュミエールに入ってくれるって事だね!」

 

月村「分からないわよ、その用事の他にも用事があったって話だったじゃない」

 

篠田「まだまだリュミエールは賑やかになる可能性があるんだね、あたし楽しみだよ!」

 

 

俐樹の話が終わった頃になると、知己が博師を診るのがちょうど終わる。

 

知己は博師の身体や魔力に至るまで問題は無かったという、

彼女の診断によって確実に博師の魔法ではないと確定したのだ。

 

ただ、それが誰の魔力でどんな魔法なのかはまだ分かっていない。

 

とにかく、この辺りでリュミエール本部にいる魔法使い達は一通りの回復をおえた。

 

謎の魔力の噴出の正体を今知るのには情報量が少なすぎる、

ある程度の会議をした後に今日の所は解散とした。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

篠田「それじゃあね! 2人共、仲良くしながら帰るんだよ!」

 

月村「……余計なお世話よ」

 

上田「うん! また明日ね、絵莉ちゃん」

 

ハチべぇ「絵莉、この後の僕は君についていけば良いのかい?」

 

篠田「クインテットの方でこれからグリーフシードの整理をするんだ、

多分危ないのもいくつかあると思うから、ハチべぇに回収して欲しいの!」

 

 

途中まで3人で歩いていた帰り道、分かれ道で絵莉は利奈と芹香に一旦の別れを告げた。

 

そこからしばらくは利奈と芹香の帰り道は同じだ、気まずい空気が2人の間で流れている。

 

まぁ、その気まずさも先程と比べたらだいぶ薄まった方だ。

 

沈黙のままある程度の距離を歩いた、考えを改めたのは2人分かれるまで半分を過ぎた頃。

 

芹香に話しかけようと利奈は横を向いたが、先に言葉を発したのは芹香の方だった。

 

 

月村「……悪かったわね、あんな酷い事を言っちゃって」

 

上田「芹香! あの……えっ?」

 

月村「あの時、電話で嫌なことがあってかなり気分が悪かったのよ。

寝不足で苛立ってもいた、利奈も分かる通りの最悪な状態」

 

上田「そんな! 私だって、最悪な状態だって分からなかったのに」

 

月村「……あれは本心じゃないわ、リュミエールを脱退ですって?

そんな事する筈無いわ、あんな事を言ったのは愚かだったと思う」

 

 

芹香は深く反省をしているのか、制服姿で背負ったリュックサックを握る力は強くなる。

 

口を噤んで俯いていた彼女だったが、突然両肩を掴まれ驚いて前を見た。

 

そこには何とも言えない表情の利奈がいた、難しい顔だが必死さは伝わってくる。

 

 

上田「芹香は悪くない! 私だって、芹香の事分からなくて不謹慎だったよ。

 

辛いんだったら無理に話しかけなきゃ良かったんだ、様子を見てそっとしておけば良かった。

 

悪いのは私だよ、だから……そんな顔しないで!」

 

 

利奈も利奈なりに考えていたのだろう、だから今日の魔男に対し利奈は強気な行動に出ていた。

 

話す事が苦手な利奈の、彼女なりに考え工夫した気遣いだったのだろう。

 

優しさはあるがそれにしては必死過ぎる、利奈の態度に芹香は肩に置かれた手を退かした。

 

 

月村「そんな必死にならなくて良いわよ、言いたい事はちゃんと伝わるから」

 

上田「本当!?」

 

月村「いつもことじゃない、利奈が口で物事を伝えるのが下手なことなんて」

 

 

そっちか! だなんてツッコミが頭に浮かぶ、利奈はその場で軽く愕然とした。

 

そして2人は思わず笑ってしまう、いつもの調子が戻ってきた。

 

これは『仲直り』と言っても良いだろう、噛み合わない言葉はもう無い。

 

2人の長い喧嘩が終わったのだ、何故無駄に笑い合う事を我慢して来たのか。

 

危うく互いに謝りたいのに機会を完全に逃す所だった、もう利奈と芹香は大丈夫。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

そこは店の並ぶ明るい商店街、芹香は利奈と別れた後に自宅があるこの商店街を訪れていた。

 

寄り道? それは違う、何故なら彼女の家はこの商店街の一部。

 

もうすぐ自分の家に着く……そんな時だった、防犯用の持たされたスマートホンが鳴ったのは。

 

それは芹香の家の番号からの着信だった、仕事の合間に電話して来たのだろう。

 

家からの電話は大抵母親からだ、芹香は早めに終わらせるつもりで電話に出た。

 

 

「もしもし」

 

月村「何かしら? 私、まだ帰ってる最中なんだけど」

 

「あぁ……急にごめんな芹香、ちょっとだけ話をしたくてな」

 

月村「……父さん? 店番は?」

 

「今は一旦母さんに任せている、芹香も忙しそうだし手短かに済ませるよ」

 

 

普段芹香の父親は仕事が忙しく、滅多に芹香に電話をしない。

いやしないと言うよりはする暇が無い、事実芹香も驚いている。

 

当然、芹香は自分の父親が何を話すのかは全く予想がつかなかった。

 

一呼吸おいた後に発せられる父の要件、その内容に芹香はまた驚かされた。

 

 

 

 

「芹香、もう転校の事は心配しなくて良いよ。 芹香は、芹香のしたいようにしなさい」

 

 

 

 

月村「……えっ?」

 

「母さんも心配してたぞ、芹香が最近寝ていないからって。

あまり無理するんじゃないぞ? 大事な娘なんだからな」

 

月村「ちょ、ちょっと待って! だって、お母さんが」

 

「お母さんと俺とで少し話をしたんだ、もう少し芹香の事を信じてやってくれってな」

 

月村「お父、さんが?」

 

「それじゃあ仕事に戻るぞ、芹香も気を付けて帰って来なさい。

家に帰ったら家族で話そう、今日の晩ご飯は芹香の好きなシチューだよ」

 

 

父親の声に混じって聞こえる微かな母親の声、どうやら彼は妻に呼ばれていたらしい。

 

後半の言葉はほとんど早口だった、『早く切らなきゃ』という焦りが垣間見得る。

 

それでも、芹香にはこれで充分だった。

 

 

 

 

悲しくも無いのに涙が流れる、安心と安堵が心を包む。

 

体調を崩すほどに苦労し、悩み込んだ時間は無駄にはならなかった。

 

芹香は父親の優しさに救われたのだ、この日からやっと眠れる日々が再び始まるだろう。

 

両手に機械の熱を帯びた電話を握れば、縋りたくなる程の暖かさが伝わってくる。

 

そして芹香の指にはまっている指輪、その橙色の魂の宝石は暖かに輝いていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

物語はここで、やっと1つの区切りを得る事になる。

 

今まで落し物を渡してくれても、その人物を拒否をするような博師。

 

この日を境に《人嫌い》があろうとも、知己の力を借りながら関わろうと努力するようになる。

 

まだ色々な物を心の中に抱えているが、彼はやっと花組の一員となれたような者だ。

 

彼の目から濁色の魔力が噴出した事態も、これからその実態が明らかになっていくだろう。

 

 

 

 

利奈たちはまだ知らない、この『濁色の魔力噴出』が

物語を次に進める軸ことなど今は分かりやしない。

 

 

 

 

………………………………

 

 

次回、

 

 

 

「白橋直希です、今日からここ第三椛学園でお世話になります!」

 

 

 

「久しぶりなのぜぇ~~! みんな元気してたか? あたしはこの通り回復したのぜ!」

 

 

 

「全く……隠すつもりが無かったとしてもよ、教えてくれたって良かったじゃない」

 

 

 

「あれ、お姉!? 何でお姉ちゃんがここにいるの!?」

 

 

 

〜終……(38)人嫌いの改心と暖かな和解〜

〜次……(39)増える花々と妹は踊り子〜

 

 

 

魔法使いは運命に沿う。

 





まさに『やっと』1つの区切りです、本当に長かった。

博師は花組の中でも、かなり難しい性格を持つ人物の1人でした。

どう人嫌いな彼を花組に馴染ませるか、試行錯誤は難航しましたね。

それも今回で一段落、やっと余裕を持って執筆を進めれそうです。

39話より日常編に入ります、個人にスポットライトを当てる予定。


雑談としては、やはり今のよく変動する微妙な時期についてですね。

暖かくなったり寒くなったり、これでは桜も混乱してしまう。

たまに雪をかぶった桜なんてのもありますね、見たことないですが。

寒い地域だと桜が咲くのは遅くなりますね、大抵は5月かな。

今年も私は花見に行こうと思ってます、桜は毎年見ても飽きませんもの。


それでは皆様、また次回。 39話は登場人物盛りだくさんでお送りします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。