妖因果奇譚   作:凸凹セカンド

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こんな話を読むなんて…なんて趣味の合う人なんだろう。感動した。


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 都会の喧騒を離れたとある田舎町に、旅行者なのだろう大きな荷物を持った男が二人、連れ立って道を歩いていた。舗装はされているがガードレールもなく足の短い草が一面に広がる田舎道である。

 車の通行もほとんどなく、道路標識も思い出したかのように立っていることから、あまり主要の道路として使われていないことが窺える。

 

「飯嶋、民俗学だから柳田國男ってのは安直過ぎたんだと思うぜ。だから教授に突っ込まれるんだよ」

「だからってフィールドワークにこんな田舎を指定するか?!」

「田舎は馬鹿にできねーよ?地域限定の因習や儀式は十分魅力的だと思うけどな」

「……根強く残ってるから怖いんじゃないか…」

「お前、そんなんでなんで民俗学専攻してんの?」

 

 飯嶋と呼ばれた男は、隣を歩く男を軽く睨む。

 睨まれた本人はどこ吹く風で、飄々とした表情を崩しもせず、寧ろ愉快そうに笑うと、ポケットから取り出したスマートフォンで地図アプリを呼び出す。

 

「ともかく、教授が強制したってことは、この地域が調査するに値するところってことだろ。時間はたっぷりあるから、まーがんばろうぜ。あーこの先右な」

「さっきから嫌な視線が…」

「ははっ!じゃあ俺から離れるなよー?調査どころじゃなくなるぜ。親父さんは来てないしな」

 

 快活に男が笑うと、飯嶋は「うう…」と背を丸めて低く唸った。その背中を、男は「大丈夫だって!」といいながら豪快に叩く。

 

「痛いって、手加減しろよ長谷川!」

「それだけ元気なら大丈夫だな」

 

 長谷川は口角を吊り上げてシニカルに微笑んだ。

 

 

 

 

 彼らの宿泊する旅館は、辺りは鬱蒼と茂る森に囲まれているが、日当たりはよく清浄な空気が包むなかに建設されている。

 館内も明るい照明と、暖色の色使いで、ほっと息をつく落ち着いた内装になっている。

 飯嶋はあたりを窺うように見て、納得したような表情をしたあと、ようやく肩の力を抜いた。

 視線を連れに移すと、連れこと長谷川はフロントで宿泊の受付を進めており、すらすらと記帳に個人情報を記入しているところだった。

 ボストンバックを肩にかけなおし、彼の後ろまで足を進めると、肩越しに氏名の間違いがないか確認するように指示されたので覗き込む。

 

「島じゃあない、嶋だ」

「ん、こう?」

「そうそう」

 

 記帳には、「長谷川 虎徹」「飯嶋 律」と、癖のある右上がりの文字で記載された。

 

 

 

 

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 客室にボストンバックを下ろすと、飯嶋はそのまま大の字に倒れこみ長いため息をついた。

 長谷川は飯嶋のボストンバックを軽々と持ち上げると、部屋の隅へ自分の荷物と一緒にまとめて置いた。

 飯嶋はそのままずるずるとだらしなく右手を伸ばして座布団をつかむと、自分の頭へと導いていくが、長谷川がさせじと足で押さえつける。

 

「なにするんだ」

「お前寝る気?」

「一休み…」

 

 呆れた長谷川がため息をつくと、入り口からくすくすと女性の笑い声が聞こえた。

 長谷川がそちらに視線をよこすと、この旅館の中年の仲居が「失礼しました。随分お疲れのようですね」と嫌味のない笑顔で頭を下げる。それに応えるように会釈を返すと、仲居は微笑ましいもの見るような目つきで二人を見たあと、備え付けの茶器に手を伸ばす。頬をかすかに染めた飯嶋がのろのろと起き上がるのを確認すると、長谷川は座布団から足を退けた。

 

「遠いところをおいでになられたのですか?」

「ええ、東京からフィールドワークに」

「あら、学生さんですか?」

「ええ、恵明大の学生です。民俗学を専攻していましてね、貴女は地元の方ですか?よかったら昔からある不思議なことやお話、民話、口伝で伝わる地元のお話とかご存じでしたら教えていただけませんか?」

「あら、そうですね…このあたりだと…」

 

 飯嶋は仲居から受け取った茶器に口をつけると、仲居から情報を収集する長谷川を眺めた。飯嶋は口下手というほどではないが、昔から自分の体質のせいで対人が苦手であるし、初対面の人間と和やかに会話するのが得意ではないので、今回の調査に長谷川が付いて来てくれたことを口にはしないがありがたいと思っていた。

 幸運なことに仲居が地元出身であるようなので、長谷川はメモ帳とスマートフォン片手に彼女の話の要点をまとめてメモしている。

 ぱたん、と掌サイズのメモ帳をしまうと、仲居に礼をいい、立ち上がる。

 

「さ、行くぞ飯嶋」

「一休み…」

「俺たちは旅行できたんじゃあないぜ?」

 

 長谷川の無情な台詞に、飯嶋は肩を落とした。

 仲居がそんな彼らを見て笑っている。

 

 

 

 

 長谷川虎徹は上機嫌でこの娯楽の少ない田舎町を歩き回っていた。

 九州は飯も美味いし、空気も綺麗だ、肺の中が満たされる。自分の周囲の人間は自分が幼いころから煙草を嗜むものばかり。幼少期から父親でさえ禁煙とは程遠い量を呑むので、正直副流煙で臓腑は真っ黒になっているのではないかと心配したほどだ。

 真新しいものはないが、初めて訪れる場所というのはそれだけでわくわくと好奇心を疼かせるものだ。彼の旅の連れはそういう楽しみかたより、彼の体質から寄ってくる本来見えてはいけない(・・・・・・・・)ものの対処のほうが重要らしい。小心者らしく懸命に虚勢を張っているのが短い付き合いでも、長谷川にはよくわかった。

 

「飯嶋、そんなに心配するなよ。なんかあったらちゃんと対応してやるって」

ここ(・・)、多すぎ」

「お前んちとどっこいじゃね?」

「うちは、垣根を越えなきゃそんなに酷くない」

 

 長谷川の言葉に、飯嶋はむっと唇を尖らせ抗議するが、「まあ、でも」続く長谷川の言葉に口を閉ざす。眼鏡のセンターを押し上げて、山の稜線までくっきりと見える、遮蔽物のない周辺を見渡す。

 

「東京よりより自然に近いからな…神道的にいえば、寧ろ多いのは理にかなってるよ」

 

 神道が確立する以前、崇拝されてきたのは「カミ」以前の山や森、獣の精霊であった。その中には、(神・霊)()タマ(魂・霊・魄)の他に、モノ()()ヌシ()と呼ばれる存在がある。精霊崇拝と呼ばれるこれらの信仰に狩猟採取民族が信仰していた「荒ぶる神」や「邪しき神」が取り込まれ日本独自の「八百万の神々」という存在が確立したのである。

 長谷川は、東京のような大都会の中では消えて久しい、それら自然霊が彼らの本拠地より多いのは寧ろ当然のことと捕らえていた。

 彼は足を止めると、メモ帳をめくり、首を巡らせると、森の中を指差す。

 そこには、茂る森林の中で、影に同化するように立つこじんまりとした社が建っていた。

 

「ほら、見ろよ、あれ。仲居さんの言ってた社」

「うん…なんか出そう」

「出そうじゃなくて…おそらく本来奉られていた存在はいないね。その代わり、別の存在がそこを間借りしている、と」

「やめろ、マジで、帰ろう」

「お前何しにここに来たんですかね?」

 

 彼らは、そんなやりとりを三日ほど繰り返しているのであった。

 

 

 

 

 

 

 


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