彼は仮面をかぶって生きていく   作:なんちゃって提督

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みなさん本当にお久しぶりです。


仮面の青年は新しい仕事を任されるらしい

結局、渋谷さんは346プロに所属する事になった。武内さんの根気に負けたと彼女は言っていたが、どんだけ粘ったんだあの人は。まぁ、仕事に対するあの情熱は見習うべきかもしれない。

 

 

何はともあれ、渋谷さんの加入によってめでたくシンデレラプロジェクトの三人の欠員のうち二人目が埋まったことになる。

 

 

そして先日、ついに最後の一人を武内さんが連れてきた。その少女とは僕も既に顔合わせを済ませていて、これから島村さんと渋谷さんと顔合わせしてもらう事になった。

 

 

「バイトさん、新しい人ってどんな人なんですか?」

 

 

武内さんより顔合わせの場所に指定された部屋に向かっている途中で、僕の右側を歩いている島村さんがそう聞いてきた。やはり新しいメンバーの事が気になるらしい。ちなみに左側を歩いている渋谷さんは346の本社ビルに来たのが初めてのせいか、物珍しそうに辺りを見回している。

 

 

「そうですね……一言で言うならーー」

 

 

「やっほー!」

 

 

僕が説明しようとした時、背後から元気一杯な声が飛んで来た。その声に驚いた島村さんと渋谷さんがギョッとした感じで振り返った。

 

 

「あ、バイトさんじゃん。こんにちわ!」

 

 

「はい、こんにちわ。でも後ろから大声出されたら驚くじゃないですか」

 

 

「あはは、ごめんごめん……ってバイトさんは全然驚いてなかったから良くない?」

 

 

「これでも驚いたんですよ。声に出さなかっただけで。それに、ほら。僕よりもこの二人がびっくりしちゃったみたいなので」

 

 

そう言うと、やって来た少女は少しだけ申し訳なさそうに、

 

 

「あー、驚かせちゃってごめんね?」

 

 

「い、いえ。別に良いんですけど……」

 

 

「おにいさん、この人誰?」

 

 

小声で聞いてきた渋谷さんに、出来る限り茶目っぽいトーンで答えた。

 

 

「さっきの話の続きなんですが、一言で言えば……こんな人です」

 

 

横にいる二人が「え?」と声を出しながら目の前の少女に視線を向ける。視線の意味に気付いたらしい少女は、これまた元気一杯に自己紹介をしてくれた。

 

 

「それじゃあ二人がバイトさんやプロデューサーが言ってた私以外のシンデレラプロジェクトに補充されたメンバーなんだね! 私、本田未央! よろしくね〜!」

 

 

「本田さん、改めてよろしくお願いします」

 

 

僕も一応頭を下げて、島村さんと渋谷さんに自己紹介をするように促した。

 

 

「わ、私は島村卯月っていいます!」

 

 

「渋谷凛。よろしく」

 

 

「ふんふん、覚えたよ! 二人ともこれから頑張ろうね!」

 

 

想定より早いタイミングでの顔合わせになってしまったが大した問題ではない。この後、武内さんの方から何らかの話があるだろうし目的の部屋には行かなくてはならないのだから。

 

 

「三人とも、お喋りは歩きながらにしてください。武内さんが待ってますから」

 

 

「おっと、そうだったね。それじゃ行こうか。しぶりん、しまむー!」

 

 

「は、はい」

 

 

「しぶりん……? まぁ、いいけどさ」

 

 

馴れ馴れしいとも言える本田さんの言動だが、この場においてはプラスの方向に働いたようで安心する。この調子でそれなりの友好関係を築いてくれればいいのだが。

 

 

歩きながらも会話を続けるこの三人は良い友人であり、良いライバルになるだろう。何故かそう直感した。

 

 

この三人でユニットを組ませるのもありかもしれない。機会を見て部長や武内さんに提案してみよう。

 

 

ところで元気一杯と言うと、本田さんと島村さんのキャラが被りそうだが、実はそうでもない。

 

 

島村さんはもちろん元気一杯ではあるのだが、どちらかと言えば天然な部分の方が目立つ。これまでレッスンを見てあげたり話をしていて感じた事だ。

 

 

どこか抜けているというか……しかし、それすらも自らの武器にするというのがアイドルというものだろう。島村さんは是非ともそのままのキャラでいてもらおう。

 

 

出会ったばかりで何とも言えない今、この三人の相性が悪くない事を願うばかりである。

 

 

三人の会話をBGMとして聞きながら歩き続けて目的の部屋に到着した。ノックをして「どうぞ」という声を聞いてから中に入った。僕の後に続いて三人の少女も部屋に入る。

 

 

「失礼します。お待たせしました……部長?」

 

 

「やぁ。お邪魔してるよ」

 

 

「あ……」

 

 

「エレベーターの人……」

 

 

部屋にいるのは武内さんと千川さん、それに何故か今西部長だった。そして渋谷さんと島村さんが部長を見て驚いているようだが何故だろう? 後で理由を聞いてみようかな。

 

 

「……皆さん既に顔合わせを済ませているようなので早速始めたいのですがよろしいでしょうか」

 

 

僕を含めた四人はコクコクと頷く。それを確認した武内さんは手に持っている書類を見ながら喋り出した。

 

 

「島村さん、本田さん、渋谷さん。私達346プロは貴女達を歓迎します。そして私達は全力で貴女達が夢を叶える為サポートします……何か質問はありますか?」

 

 

「えっと……」

 

 

武内さん、何も説明していないのに質問も何も無いでしょう。ほら、島村さんが質問しなきゃいけないと思って困っているじゃないですか。

 

 

「はい!」

 

 

「どうぞ本田さん」

 

 

「TVに出たりとかCD出したりとかはいつになるの?」

 

 

「……検討中です」

 

 

「質問、いい?」

 

 

「どうぞ渋谷さん」

 

 

「歌とかダンスとかの練習って毎日あるの?」

 

 

「……毎日ありますが渋谷さんなど学生の方には学業面に考慮したスケジュールを組みたいと考えています」

 

 

「は、はい」

 

 

「どうぞ島村さん」

 

 

「えっと、私達っていつ頃ライブ出来たりするんですか?」

 

 

「……検討中です」

 

 

この人大丈夫か? 意外と三人から質問されてるけど八割方「検討中」で済ませてしまっている。昔のミスを引きずってるってのもあるんだろうけど流石にコミュ障だと言われても不思議じゃないレベルの会話だ。表情全く変えないし。

 

 

「これで敏腕プロデューサーなんだからなぁ」

 

 

「?」

 

 

「こらバイトくん、失礼よ」

 

 

速攻で武内さんの後ろに立っていた千川さんに釘を刺された。この人、普段は気がきくし優秀な人なんだけど武内さんが絡むとちょっと怖いからなぁ……これも恋は盲目というやつだろうか。当の武内さんは彼女の好意に全く気づいていないが若干不憫だと思っている。

 

 

「武内くん、質問コーナーはそれぐらいにして」

 

 

「はい……質問がまだあるようでしたら後ほど聞きますので一先ず本題に入らせて頂きます」

 

 

ーー本題か。

 

 

質問コーナーをする為だけに僕達を呼んだわけではない、それは分かっていたので武内さんの言葉を待った。

 

 

「まだ確定ではありませんが、私達としては三人にユニットを組んでもらって活動してもらいたいと考えています。そこで……」

 

 

おお、武内さんもこの三人を組ませようと考えていたのか。敏腕プロデューサーの彼と同じ事を思い付いたとは僕も中々優秀じゃないか。そんな調子の良いことを考えていた僕だがすぐに自分の耳を疑う事になる。

 

 

「三人にはそちらにいるバイトさんの元でレッスンや仕事に励んでもらいます」

 

 

「え?」

 

 

僕? と聞くと部長と千川さんが満面の笑みで頷いてくれた。

 

 

ーーちょっと待ってくれ。流石に話が読めない。

 

 

武内さんに説明を求めようと視線を送ると、申し訳なさそうに首元に手を当てていた。

 

 

「分かりやすく言うとね、バイトくんには三人専属のプロデューサーになってもらう事になったの」

 

 

「プロデューサーって……僕が、ですか?」

 

 

「正確にはプロデューサーと同じ様な仕事をしてもらう、だね」

 

 

部長は笑顔のままそう補足した。

 

 

「……一応理由を聞いても良いですか」

 

 

「理由いくつかあるのですが……一つ目として単純にバイトくんの将来を考えて経験を積ませたいというものです」

 

 

それはそうだろうな、と思った。

 

 

大学を卒業してここに正式に就職した時に即戦力であるに越した事はない。只でさえ人材が不足している職場なのだから。

 

 

「もう一つの理由は武内くんの負担を減らしたいという事です」

 

 

部長がそう説明した。僕的にはむしろこちらの方が大きな理由であると考えた。

 

 

この会社にいるプロデューサーは当然の事ながら武内さんだけではない。しかし彼はこの会社でトップクラスの実力を持っている。それだけに担当するアイドルの数も相当なものだ。

 

 

仕事人間。

 

 

その言葉がぴったりと当てはまるような働きぶりなのだ。仕事=趣味と言ってもいいかもしれない。まぁ、特に趣味を持っていない僕も彼と似たようなものか。

 

 

とにかく武内さんは僕や千川さんが心配するほど働く男なのだから部長の言葉も十分過ぎるほど納得がいった。もしも武内さんが倒れて他の人間が彼の仕事を代わりにやるとなれば社内中で悲鳴が上がるだろう。冗談でもなんでもなく。

 

 

「バイト君にもそろそろ新しい仕事を覚えてもらおうと思っていたので」

 

 

「それがプロデューサー業務ですか」

 

 

「私としては三人の新しいシンデレラ達と成長していくのも良いと思ったんですけどね?」

 

 

部長にこうまで言われては断れない。そう思った僕は困ったような笑顔を作る。如何にも仕方なく引き受けます、といった雰囲気で。

 

 

「どこまでこの三人の力になってあげられるか分かりませんが頑張ってみます」

 

 

僕の言葉に部長は頷く。千川さんも拍手をしてエールを送ってくれている。武内さんだけが心配そうに首元に手を当てたまま僕をジッと見つめていた。

 

 

ーーなんにせよ、これでスタートラインか。

 

 

僕が346プロに入った目的。

 

 

あの子が見たかった景色を代わりに見に行くという目的を叶える第一歩。

 

 

ようやくここまで来た。

 

 

僕の力で彼女達をアイドルに育て上げる。その自信はある。むしろ自信しかないと言っても良い。

 

 

「……と、いうことなので三人共。改めてよろしくお願いしますね」

 

 

「うん、こっちこそよろしくね!」

 

 

「よろしくお願いします。頑張りましょうね!」

 

 

「……よろしく」

 

 

元気良く返事をしてくれた二人とは対称的に渋谷さんの声は小さかった。二人と比べて静かな渋谷さんとは言え、少し元気が無いというか。

 

 

「渋谷さん? どうかしましたか?」

 

 

「あ、ううん。ごめんちょっと考え事してた」

 

 

そう言って僕から視線を外した。後で話を聞いてみた方が良さそうだ。この三人のプロデューサー的な立場になったわけだし彼女達のメンタルケアも立派な仕事だろう。

 

 

この後、簡単に僕と三人のこれからについて説明を受けて話は終わった。これからレッスン場に向かって歌とダンスを見ることにしてある。もちろん、この三人が揃って練習するのは今日が初めてだ。

 

 

着替えを済ませてからレッスン場に集合と指示を出してから僕も着替える為に更衣室に向かった。

 

 

理由はもちろん、今着ているスーツから動きやすいジャージに着替える為だ。

 

 

この会社には勿論、専属のトレーナーがいるが人数は少ない。アイドルのレッスン時間が被って仕舞えば当然人数が足りなくなるわけだ。

 

 

そこで僕の出番。大学に通いながら様々な資格を取得したおかげでアイドル達に声の出し方やら身体の動かし方やらを教える事ができるようになっていた。

 

 

何でもできるが特化した部分は何も無い。そんな自分に対して文字通り「器用貧乏」だと自嘲したのはいつだったか。そんな事を嘆いてももう後の祭りというものだが。

 

 

着替え終わってからレッスン場に向かうと既に三人が待っていた。

 

 

「お待たせしました。それでは早速ですが、レッスンを始めます」

 

 

はい! という元気な返事を聞いて頷いてみせる。

 

 

「島村さんは既に分かっていると思いますが僕のレッスンは相当キツイです」

 

 

言葉に島村さんが大きく揺れた。ううむ、少しだけやりすぎたかも知れない。まだどのくらい練習させたら良いのか分からないのは僕にとって大きな課題である。

 

 

「泣き言は聞きませんからそのつもりでお願いします……おや、返事はどうしました?」

 

 

は、はい! という返事を聞いたのでレッスンを開始。今日は二時間程しごくつもりだ。彼女達に指導をしている最中は僕も一緒に身体を動かしている事が多い。

 

 

ーー運動は良い。

 

 

集中して動いている時は余計な事を考えずに済むのだから。

 

 

軽快な音楽と共に、三人のアイドルの卵達とのレッスンがスタートした。

 




久しぶりなのに全く話が進まない…だと。

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