彼は仮面をかぶって生きていく   作:なんちゃって提督

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久しぶりだからって張り切り過ぎた。場面飛ぶし、視点飛ぶしで凄く分かりづらいです。すみません。分かりやすい書き方を考えなければ……そしてキャラ崩壊が凄い(今更)

その代わりと言っては何ですが今回は新しいアイドルとの絡みがあります!
タイトル通り楽しい雰囲気のお話になっています!
ヒッシャ、ウソツカナイ!


仮面の青年はアルコールを嗜むそうです

ーーけて

 

 

声がする。

 

 

ーーた……けて

 

 

真っ暗闇で俺には何も見えないが、

 

 

ーーたすけて

 

 

しかし、確かに声だけは聞こえてくる。聞いた事のある声が、俺の名前を呼びながら、俺に助けを求める声が。

 

 

俺にはその声の主が分かったが、やはり何もできない。助けようと行動を起こすどころか、その声に返事をする事すらできない。そして、理解するわけだ。

 

 

ーーああ、また夢か、と。

 

 

声の主には二度と会うことはできない。それは絶対に覆らない決定事項だ。

 

 

この類の夢は俺が真実を知ったあの時から度々、俺を苛んでいるもの。あの事件が起こってしまったきっかけは俺にあるのだと、俺自身が叫んでいるが故に見る悪夢だ。

 

 

夢の中でも声の主は俺を責めるような言葉は吐かない。その代わり、助けを求め続ける。あの日、何もできなかった俺への当て付けのように助けを求め続けるのだ。

 

 

「ーーっ!!」

 

 

突然と暗闇が切り裂かれ、最早見慣れた自分の部屋の天井が目に映る。

 

 

「……畜生が」

 

 

あの日から何年経っても、何も変わらない。何も出来なかったーー否、何も気付けなかった己の無力さを思い知らされる日々は終わりそうにない。

 

 

とにかく、酷く嫌な汗をかいている。シャワーを浴びて少しでも気持ちを切り替えた方が良いだろう。今日もいつも通り仕事はあるのだから。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

出勤した僕は城ヶ崎さんとばったり出会った。こんなに早い時間に珍しいと思ったが、話を聞くとこれから撮影があるから準備の為に来たらしい。流石は美城プロダクションが擁するカリスマアイドルの一人、スケジュールは一ヶ月先くらいまでは埋まっているとの事。

 

 

そんな多忙な城ヶ崎さんが僕にこんな提案をしてきた。

 

 

「島村さん達を城ヶ崎さんのステージのバックダンサーに?」

 

 

「うん! 新人で良さそうな子達探してたんだ♪ それで、武内Pに聞いたらバイト君から許可もらってって言われたんだよね〜…それで、どうかな?」

 

 

ふむ、と少しだけ考える。既にユニットとしてデビューが決定している島村さん達だが、いつ曲を出すのかとかいつライブをやるとか、具体的な事は未定である。

 

 

今は発声練習やダンスの基礎トレーニングばかりで、そろそろ何か新しい事をさせてやらないと彼女達のモチベーション低下に繋がってしまう恐れがあった。それだけは何としても避けなければ、と考えれば答えは決まっていた。

 

 

「もちろん喜んでお受けします。こんな早い段階で貴重な経験をさせてもらえる事なんて滅多にないですしね」

 

 

「そう言ってくれると思った! でさ、その打ち合わせも兼ねて私もあの子達と一緒にレッスンしたいんだー。私の曲に合わせて踊ってもらうわけだし私が見た方が効率良いと思うんだよね」

 

 

「それはそうだと思いますけど、良いんですか? 城ヶ崎さんは忙しいでしょうに」

 

 

城ヶ崎さんの仕事はアイドルとしてのライブだけではない。人気のモデルとして雑誌の表紙を飾る事も珍しくない。そんな彼女がアイドルの卵の面倒を見る時間など取れるのだろうか?

 

 

「む、馬鹿にしないでよ。私だってスケジュール管理くらいはできるんだからさ」

 

 

その辺は城ヶ崎さんもプロである以上心配していない。彼女が予定を空けてくれるというなら願っても無い。むしろ僕が心配しているのは、

 

 

「城ヶ崎さんに負担がかかるような無理なスケジュールを立てたりしてませんよね?」

 

 

「……大丈夫だよ☆」

 

 

「ウインクしてもダメです。無理して体調崩したりしたら大事ですし」

 

 

「む、無理なんかしないし!」

 

 

「いいえ、城ヶ崎さんは昔から無理ばっかりしてます。僕がどれだけその無理に振り回されたと思ってるんですか。僕は貴女のマネージャーではなかったのに貴女の体調管理までさせられていたんですよ?」

 

 

初めて一緒に仕事をした時に彼女に目を付けられたのが運の尽きだった。スケジュールと体調の管理に始まり、彼女が地方で仕事する時には必ず連れて行かれた。一番酷かったのは千葉で仕事した後、午後から便で北海道に飛ばされた時か。まぁ、その話はまたそのうちにするかもしれないので置いておこう。

 

 

「昔は昔だし!? あの時だって部長から許可もらってたんだから問題なかったし!?」

 

 

「肝心の僕の許可はもらってませんでしたよね?」

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

ふむ、やはり素直で良い子だ。ついと弄りたくなってしまうのも仕方がないだろうと、僕の中で自己完結させる。

 

 

ちなみに例の北海道に飛ぶ時に「一人じゃ寂しいから付いてきて」と俯きながら言われた時は流石の僕も断れなかったわけで。思えば当時の城ヶ崎さんは中学生だったはず。そんな少女を一人で北海道 へーーやはり美城プロダクションはブラック企業で間違いない。

 

 

「……いや、むしろ僕が付いていく前提で話が進んでいたのか」

 

 

「ど、どういう意味?」

 

 

「いえいえ、あの頃の城ヶ崎さんは素直で可愛らしい女の子だったなー、と思い出しまして」

 

 

「……どうせ今は可愛らしくないですよーだ」

 

 

拗ねたようにそっぽを向く彼女に僕はサラリと言う。当然笑顔を作ることも忘れていない。

 

 

「僕は今の城ヶ崎さんも素敵だと思いますよ?」

 

 

「……ズルい」

 

 

城ヶ崎さんの顔が真っ赤だ。チョロい。

 

 

そう思っていたのを読まれたのか、結構強い力で殴られた……はて、何の話をしていたんだっけ?

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

城ヶ崎さんと別れた僕は早速、三人の教え子(仮)に話を伝えた。

 

 

「わ、私達が城ヶ崎美嘉さんのライブに……!!」

 

 

「すっごーい! 私達、美嘉ねえと一緒にステージに立てるんだ!」

 

 

「私達、もうステージに立つんだ……」

 

 

三者三様の反応。緊張、喜び、驚き。

 

 

「皆さんがメインのステージではありませんが、こんな早い段階で大きな会場、大勢の観客の前で仕事できる機会など滅多にありません。もちろん三人が自信が無いと言うのならばお断りしますがーー」

 

 

「やるよ!」

 

 

ふん、と意気込んだ本田さんが一歩前に出た。彼女は振り返り、渋谷さんと島村さんに向き直る。

 

 

「しぶりん、しまむー。やるよね!? せっかくライブのステージに立てるんだもん!」

 

 

「もちろんです! 私、全力で頑張ります!」

 

 

「全く二人共、少しは考えて発言しなよ……まぁ、やるしかないんだよね。やってみるよ」

 

 

話が早くて非常に助かる。大きなステージを前に臆するかと思ったのだが彼女達からそれほど不安は感じなかった。何というか……図太い子達だ。あの城ヶ崎さんですら最初のステージの前は緊張しっぱなしだったのに。まだ実感が湧いていないだけかもしれないが良い傾向だと捉える事にしよう。

 

 

「それで今日はいつも通りにレッスンするわけですが」

 

 

ビクリ! と三人が大袈裟な程に揺れた。そんなに萎縮しなくても……流石の僕も少し傷つくじゃないか。

 

 

「あと三十分程したら城ヶ崎さんがレッスンを見に来てくれるそうです」

 

 

「美嘉ねぇが!?」

 

 

僕は笑顔で頷く。本田さんは城ヶ崎さんをやたらと慕っている。城ヶ崎さんの方も後輩達の中で特に気にかけて可愛がっているようだった。城ヶ崎さんは面倒見が良いタイプであるし、もう一人の妹が出来たと思っているのかもしれない。ちなみに城ヶ崎さんが一番可愛がっている後輩は赤城みりあという少女で、年齢は十一歳。前に城ヶ崎さんに「ロリコンですね」と冗談を言ったら殴られた。最近の城ヶ崎さんは直ぐに暴力を振るってくるから少しだけ困っていたりする。

 

 

「さあ、城ヶ崎さんのバックに立たせてもらう以上、無様な姿は見せられませんからね。今まで以上に厳しくいきますから覚悟しておいてください」

 

 

「うへぇ……マジかぁ」

 

 

「が、頑張りますぅ!!」

 

 

「……やるしかないって言うなら、やってやるさ」

 

 

そこまで露骨に嫌がられると悲しいなぁ。島村さんに関しては既に涙目だし。そして渋谷さんは無駄にイケメンチックな事言ってるし。

 

 

レッスンを開始して三十分程してからやって来た城ヶ崎さんと交代で僕はその場から消えた。この後に武内Pとの打ち合わせがあるので城ヶ崎さんに任せる事にしたのだ。

 

 

城ヶ崎さんがたった三十分のレッスンで死にそうになっている後輩を見て、顔を引き攣らせていたのを僕は知らないままレッスン場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

武内Pと打ち合わせを終え、無事に本日の仕事が終わった僕は帰宅しようとした。すると武内Pから飲みに行かないかと声をかけられた。

 

 

人付き合いが苦手な武内Pから誘ってくるなんて珍しい、そう考えていた僕は彼と一緒にやって来た三人の女性を見て納得した。

 

 

「男一人はちょっと辛いですよね。気持ちは分かります」

 

 

「ええ、まぁ……」

 

 

「しかも相手がこの三人とは、ね。流石の僕も本気で逃げ出そうか悩みましたよ」

 

 

「実際に逃げようとしたじゃないですか……」

 

 

目の前に座っている大男からの恨みがましい視線を軽く受け流す。

 

 

僕が何をしたかと言えば面子を聞いた瞬間に戦術的撤退を試みたのだが、直ぐさま両脇をホールドされて連行され、彼女達の行きつけだという居酒屋に押し込まれたわけだ。

 

 

「私達を見るなり逃げ出そうとしたバイト君が悪いんです〜! あれは流石の私も傷ついちゃうわよ!」

 

 

彼女は川島瑞樹さん。元々は地方でアナウンサーをしていたらしいが、今や人気アイドルになった女性で僕を捕まえてここまで連れてきた一人。一緒に仕事をした事はないが、飲みの席で初めて会った時に気に入ってもらったらしい。こうして僕を度々拉致しては飲み屋に連れ込む常習犯の一人でもある。

 

 

「そうですよ。女性の誘いを断って逃げようとするだなんて失礼だと思いませんか?」

 

 

僕をホールドしたもう一人である千川ちひろさん。彼女がこの場にいる事に関しては説明不要だろう。武内Pいる所に千川さんあり、である。

 

 

「ふふ、バイト君も一緒に来てくれるなんて嬉しいです」

 

 

最後の一人、おっとりとした口調の女性は高垣楓さん。実年齢と見た目が釣り合っていない童顔のこの女性だが、侮ってはいけない。アイドルとしての実力は規格外。ついでに酒の実力も規格外だ。美しくも可愛らしい見た目に騙されていたら痛い目に遭ってしまう。

 

 

……何が言いたいのかと言えば、僕も高垣さんの犠牲者であるという事だ。端的に言えば潰された事があるのだ。酒的な意味で。

 

 

しかし、僕もせっかく誘ってもらった事だし今日は楽しませてもらうとしよう。

 

 

「武内P、乾杯の音頭をお願いします」

 

 

「……分かりました。では」

 

 

乾杯、と武内Pの飾り気のない言葉が放たれると同時にビールが注がれたジョッキをぶつけ合う。僕はそれを一気に半分ほど飲んでテーブルに置いた。

 

 

「それで、僕はどうして連れて来られたんでしょうか?」

 

 

「嫌だなぁバイト君。プライベートで飲んでるんだから誘うのに理由なんてあるわけないでしょ!」

 

 

人気アイドルの川島さん達と男である僕や武内Pがプライベートでも一緒にいるのは宜しくないのだが、ウチのアイドルの方々はそんな事お構いなしと言い切る人ばかりだ。それだけ信頼してくれているのは悪い気はしないが、プロデューサー業務も担当する事になった僕からすれば複雑な気持ちだ。

 

 

 

 

 

「そういえば」

 

 

適当に全員が食べられる料理を頼み、酒も進んだ頃に、僕の隣に座っていた高垣さんが思い出した様に言ってきた。

 

 

「バイト君、プロデューサーとしてのお仕事も任されるって聞きました」

 

 

「はい。昔からやってみたいとは思っていたので任せてもらえて嬉しいですよ」

 

 

ビールからハイボールに切り替え、チマチマと飲む。お酒は飲む量ではなく、ペースが大事なのだと僕は既に学んでいた。

 

 

「そっかー、バイト君もそんな大きな仕事を任されるようになったんだね! お姉さん何だか嬉しいよ!」

 

 

川島さんが僕の肩を掴みながらそう言ってくる。この人、もう出来上がって来てるな。普段から距離の近い人ではあるが酔うと更に近くなる。絡み酒、という奴だろうか。こうやって絡まれるのは嫌ではない。むしろ川島さんが相手なので役得ではある。決して口には出さないが。口に出してしまったら通報されかねない。

 

 

正面を見れば千川さんに絡まれて武内Pが困っている。僕に助けを求める視線を向けて来るが、当然無視する。末長くお幸せにと言ってやりたい。というか千川さん、流石にビール飲み過ぎでしょう……そのジョッキで何杯目ですか。

 

 

絡んでくる川島さんを適当にあしらいつつ、僕の左側に座っている高垣さんを見る。日本酒を少しずつ飲んでいるのだが、それだけで絵になる女性だ。

 

 

これで「おちょこにちょこっと……ふふっ」と言っていなければ完璧なのだがこれも高垣さんの魅力だろう。そうに違いない。僕はグラスに三分の一程入っていたハイボールを飲み下した。

 

 

「おぉー飲むねぇ。かなり強くなったんじゃないのぉ?」

 

 

「自分の飲める量がやっと分かってきたんです。やはり、たまにはアルコールも良いですね」

 

 

だよねー! と僕と肩を組むように腕を回してくる川島さんを再度あしらう。お酒に強くなる事は医学上、あり得ないらしいのだが、詳しい事は医者でもない僕には分からない。

 

 

「一番最初に一緒に飲んだ時はさぁ、バイト君すぐに寝ちゃってさぁ。あの時はつまんなかったんだよー」

 

 

「その話、何回聞かせるんですか。恥ずかしいからやめて下さいよ」

 

 

酔っ払うと僕の失敗談を抉ってくるのも止めて欲しいものである。あの時は周りの酒豪達と同じペースで飲んでいたのがそもそもの間違いだった。

 

 

「あれだね、ウチの事務所に男はそれなりの人数いるけどさ〜。高垣楓ちゃんに看病された幸せな男は君しかいないもんね〜♪」

 

 

「そ、その話は本当に止めて下さい……本気で反省してるんですから」

 

 

僕が高垣さんに看病されたというのは僕が最初に飲酒をした例の日。いつの間にか眠ってしまっていた僕は高垣さんに連れられて帰宅したらしい。らしいと言うのはその時の記憶が全くないからである。

 

 

「ふふふ、もしまたああなっても(・・・・・・)面倒みてあげますから安心して飲んでくださいね」

 

 

ああなってもーーというのは、あれだ。僕が潰れて眠ってしまった後に面倒を見てくれたのが高垣さんで。目を覚ました僕がいた場所が高垣さんが住んでいるマンションの彼女が普段使っているらしいベッドの上だったという話だ。

 

 

「高垣さんも勘弁してください……あの時は本当に焦ったんですよ? 起きたら横に高垣さんがいたし」

 

 

「え、嘘!? 私それは初耳なんだけど!」

 

 

しまった。これが藪蛇という奴か。川島さんが凄まじく楽しそうに瞳をキラキラさせている。そんな瞳で僕を見ないでください。貴女が期待している展開なんてありませんでしたから。

 

 

「私もよく覚えていないんですよね。バイト君の家が分からなかったからとりあえず私の家に連れて帰って……シャワー浴びて寝ようと思ってたはずなんだけど気付いたら私も寝ちゃってたみたいで」

 

 

高垣さんは笑いながら言っているが、残念ながら酒の席だというのに全く洒落になっていない。

 

 

「あの日は僕の方が悪いので強くは言えないんですが、高垣さんはもう少しアイドルとしての自覚を持った方が良いです。一歩間違えたら……いや、一歩間違えなくてもスキャンダルですよ」

 

 

「んー…私は気にしないんですけどね」

 

 

「アイドルとしてというか女性としてどうなんですかそれは」

 

 

「もちろん誰でも良いわけじゃないですよ? バイト君なら大丈夫だって思ってましたから」

 

 

「それは何というか、信頼してくれているのは光栄ですけど。男として見られてないのかって思ったら複雑ではありますね」

 

 

「ふふ、一人の男性として見られたいんですか?」

 

 

 

「……失言でした。忘れてください」

 

 

 

「こらぁー! 私を放置してイチャつくんじゃないよ全くー!」

 

 

「あら? 瑞樹ちゃん妬いているの?」

 

 

「私だって楓ちゃんに介抱されたいのよー! バイト君ばっかりズルいわ!」

 

 

「そっちですか……」

 

 

ちょっと残念なんて思ってない。断じてない。

 

 

「ふふふ、瑞樹ちゃんが寝ちゃってもちゃんと家に連れて帰ってあげるから安心して良いわよ。お姉さんに任せておいて」

 

 

「お姉さんって高垣さんの方が歳下じゃないですか」

 

 

全く、酔っ払いの会話のテンポに付き合っていたら疲れてしまうな。しかしたまにこういう日もあっても良いかもしれないとも思うので文句ばっかりは言えないわけだが。この人達のノリに付き合ってこれ以上弱みを握られても困ってしまうし。

 

 

騒がしくも楽しいこの時間に癒されていると思う自分がいるのも確かだった。

 

 

「……そろそろ良い時間になりましたし、帰りましょうか」

 

 

僕が言った時、女性陣からは「えー」という文句の声が。目の前の武内Pからは安堵の息が。武内Pが女性の扱いが分からなくて困っている様子は見ていて中々面白いが、今日の所はこの辺りで勘弁してあげようと思う。

 

 

「えー。私まだ飲み足りないよ〜」

 

 

「明日も仕事があるんですから我慢して帰りましょうね」

 

 

「むぅ〜、誰でも彼でも君の甘いマスクに騙されると思わないでよね〜」

 

 

むぅ〜って……川島さんが幼児退行している気がするのは僕の気のせいだろうか。それにしても川島さんはもう少し自分の歳をーーそこまで考えた時点で僕の頬が思いっきり引っ張られた。

 

 

「いたいれふかわひまひゃん……」

 

 

「バイト君〜? 最近ちょっと生意気になってきたんじゃないの〜?」

 

 

アイドルになった女性は全員、相手の心を読む特殊能力でも身に付けてしまうのか? それとも僕が分かりやすいだけだろうか? 恐らく前者だろうと僕は思う。ここのアイドルは何かと人外な人が多いし。

 

 

「武内P、そっちの酔っ払いを連れて帰ってあげてください。僕はこっちの二人を家まで送り届けます」

 

 

「いや、しかし……」

 

 

「タクシーに全員は乗れないですよね?」

 

 

「うっ……」

 

 

「まさか酔い潰れた女性を一人で帰してしまうつもりなんですか?」

 

 

「……分かりました。千川さんは私が責任を持ってお送りしますので。バイトさんは高垣さんと川島さんをお願いします」

 

 

武内Pに一番面倒な酔っ払いを押し付け、会計を済ませた僕達は気分良くお店を出た。強引過ぎる気がするが、これが皆が幸せになれる展開なのだ。武内Pには幸せを築く為の礎になってもらおう。

 

 

先に二人をタクシーに押し込んで見送り、僕達もすぐにタクシーに乗り込んだ。助手席に乗った僕が川島さんの住所を伝え、タクシーは発進した。

 

 

しばらく進んだ辺りで高垣さんが運転手に、

 

 

「行き先、変えてもらって良いですか?」

 

 

そう言って川島さんではなく、高垣さんが住んでいるマンションの住所を伝えた。タクシーが行き先を変えるべく進行方向を変える。

 

 

「瑞樹ちゃん、寝ちゃったから今日は私の家に泊めてあげようと思って」

 

 

「ああ。なるほど……あれだけ騒いで勝手に寝るなんて、自由な人ですね」

 

 

「そこが瑞樹ちゃんの良いところですよ」

 

 

そうかもしれないと内心で頷いておく。

 

 

「高垣さんの家だったら僕もそこで降りますかね」

 

 

「どうして?」

 

 

「高垣さんの家から歩いて行ける距離のマンションに住んでいるので。酔いを醒ますついでに少し歩こうかと」

 

 

「てっきりまた私の家に泊まりたいのかと思いました」

 

 

「……違いますからね。あれは不可効力です」

 

 

私は別に構いませんけど、とか言ってるが無視する。僕も男なのだからその辺りは警戒してほしいものだが、言っても分かってもらえそうにないので相手にしないに限る。

 

 

「あ、ここで」

 

 

タクシーが目的のマンションの前で止まり、料金を払って降りる。川島さんは高垣の肩を借りて降りたが、まだ半分は夢の中にいるようだ。高垣さんは慣れた様子で川島さんを運んでいる。

 

 

「今日はお疲れ様でした。最初は面倒だなって思ったんですけど、やっぱりたまにはこうやって誘ってくれると嬉しいです」

 

 

「ふふ、毎回誘ってあげますよ?」

 

 

「高垣さん達に毎回付き合ってたら身体も財布も保ちませんよ」

 

 

戯けて言ってみせると高垣と小さく笑い合う。僕の立場上。友人という訳ではないと思うが、城ヶ崎さんの例のようにこういった関係は悪くない。

 

 

「それでは、また。おやすみなさい」

 

 

さて、何だかんだで気分転換になったし、これから待ち受けているであろう激務にも耐えられそうだ。明日の予定は何だったかなーー

 

 

「私は誰ですか?」

 

 

考え事を中断して、はい? と思わず振り返ってしまった。

 

 

声の主は当然高垣さんだ。いつの間にか川島さんを下ろして真っ直ぐに僕を見つめている。地面に寝かせるとか高垣さん、意外と外道ですね……と茶化そうと思ったのだがそんな空気ではないようだ。

 

 

「……謎かけですか?」

 

 

酔っ払っているが故の妄言か。それとも駄洒落が好きな高垣さんならではのものか。

 

 

しかし聞いても高垣さんは何も言わない。ただ、真っ直ぐに僕を見ている。その瞳で何を見ているのか、僕には分かりそうにない。

 

 

「……高垣楓、貴女はそれ以外何者でもないと思いますけど」

 

 

当たり障りのない、つまらない回答。それしか思いつかなかった僕は彼女の答え合わせを待つ事しかできない。

 

 

「そうです。私は、高垣楓ですよね」

 

 

「へ? あ、合ってるんですか?」

 

 

あっさり答えを当ててしまったらしいが、いよいよ訳が分からない。

 

 

「私は私です。シンデレラガールなんて見に余る名誉まで頂いてしまいましたが、私は私以外にはなれません」

 

 

……本当に意味が分からない。彼女は意味もなくこんな事を言う人ではないし、何か意味があるのだろう。しかし僕が考えたところで答えは出ない。

 

 

呆然としている僕を見て、高垣さんは小さく笑っていた。

 

 

「ごめんなさい、変な事を言ってしまいました。少しだけ飲み過ぎたみたいです」

 

 

「あ、ああ。そうですか……ほんと、飲み過ぎには気をつけてくださいよ? 身体に良くないです」

 

 

りょーかいしました、と可愛らしく敬礼の素振りまでしてくれる高垣さんはいつもの高垣さんだ。先程の様な雰囲気は微塵も感じられない。

 

 

今度こそ、高垣さんに別れを告げて僕の住んでいるマンションへと足を向けた。

 

 

「……ほんと、どういう意味だったんだろうな」

 

 

一人で呟いてみても答えてくれる人がいるわけもなく。

 

 

高垣さんの意味深な表情はしばらく僕の頭から離れなさそうだなと思った。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

青年が遠ざかっていくのを見送った高垣楓はあの日の出来事を思い浮かべる。

 

 

『えー? バイト君寝ちゃってるの? まだまだこれからだっていうのにー』

 

 

『瑞樹ちゃん、そんな事を言わないでください。バイト君もこんな感じだし、今日はこの辺でお開きですね』

 

 

『仕方ないかぁ。それで、どうする? まさか放っておくわけには……』

 

 

『家が近いって聞きましたし、私が連れて帰って寝かせてあげます』

 

 

『まさかのお持ち帰り、だと!? 楓ちゃんってば大胆だね〜♪』

 

 

『ふふふ。他の娘達にバレたら大事かもしれませんね』

 

 

その後、瑞樹は明日も早いから自宅で寝ると言って別れた。

 

 

タクシーでマンションに戻った楓は青年に肩を貸しながら歩いて部屋へと入った。青年は苦しいのか、小さく唸っている。少しでも楽にしてあげたくて、背中を軽くさすってあげていた。

 

 

『もう少しでベッドですからね〜。頑張ってくださ……きゃっ!?』

 

 

ベッドまであと一歩の所で不意に、青年の身体が傾いた。彼の体重を支えきれずに楓も一緒にベッドに倒れ込む形になってしまった。

 

 

『え、ちょっ、ちょっと大丈夫!?』

 

 

『う……』

 

 

『えっと、お水かしら。それとも吐けるように容器を……』

 

 

楓が少しだけ焦り始めた時、青年の瞳が少しだけ開いた。しかしそれはすぐに閉じてしまう。

 

 

『あ、起きました? まだ気持ち悪いですか? それとも』

 

 

『……きょう、の』

 

 

 

目を閉じたままーー寝言かもしれない。それは楓の言葉に対する返事ではなかった。

 

 

『ステージ、きれい……だった』

 

 

彼は目を閉じたまま何かを見ている。

 

 

『やっぱ、おまえじゃなきゃ、ーーじゃなきゃ、いみが……』

 

 

彼の口から漏れ出た名前は知らないものだった。当然だが、楓以外の美城に所属しているアイドルの名前でもなかった。正真正銘、楓が聞いたことがない名前だった。

 

 

そして何より楓が衝撃を受けた事は、眠っているはずの彼が涙を流していた事だ。

 

 

寝ている時、人間は素の部分が出ていると聞いた事がある。だからあの日のあの言葉は青年が抱えている何か(・・)なのだろう。

 

 

そしてきっと、その何か(・・)は青年が決して他人に触れて欲しくない領域に存在する何か(・・)なのだ。

 

 

その証拠のようにあの時、彼が楓を掴んだ手は余りにも弱々しかった。まるで壊れ物を扱うように。

 

 

だからこそ楓は無性に知りたくなってしまった。異常とも言えるほど笑顔を絶やさない彼が抱えているものの正体を。

 

 

 

 

そんな回想を終えた楓は瑞樹を立たせて自分の部屋へと向かった。

 

 

「ーーさん。それは貴方にとってどのような人だったのですか?」

 

 

「んー…楓ちゃん……?」

 

 

「あ、起こしちゃいましたか。もう少しでベッドですから頑張ってくださいね」

 

 

「は〜い……楓ちゃんも一緒に寝よ〜…」

 

 

ベッドに潜り込んだ瑞樹は、そんな事を提案した。

 

 

「もちろんです」

 

 

収納スペースから布団を引っ張り出すのも面倒だったので楓は瑞樹の言葉に従って同じくベットに潜り込んだ。

 

 

 

 




何か良い書き方を考えなくては……

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