彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
短め。
モモンガの執務室ではメリエルによる御茶会が開かれようとしていた。
そう、あくまで「御茶会」だ。
メリエルの戦いっぷりのスクロールでの閲覧は御茶会の後に、ということでクレマンティーヌも強制的にこの御茶会に参加させられている。
「……わざわざ私に人化するマジックアイテムまで使ってする御茶会って何ですか? エ・ランテルへ出立の為の準備とかあるんですが……」
「いいじゃないの。今後の方針の為にも必要よ」
そう言って優雅に紅茶を啜るメリエルにモモンガは視線を巡らせ、デミウルゴスとアルベドへと向ける。
モモンガからすればメリエルとの1対1であるなら、気を使わなくて済むのに、という思いがあった。
人化したとき、アルベドが「その御姿も素敵です!」と叫んだが、モモンガにとってはそういう反応は分かりきっていたので、特に焦ることもなく冷静に感謝を伝えていたりする。
そして、クレマンティーヌもいるにはいるが、彼女はあくまでメリエルのペットという立ち位置。
席に座っているわけでもなく、ただメリエルの後ろに控えているだけであり、特に気にする必要はない。
わざわざこんな御茶会で、守護者を出席させる意味はあるのだろうか、とモモンガは素直に思った。
「これはあくまで御茶会だから。非公式の、まったく命令とかそういうのは関係がない、ただ言いたいことを言うだけの集まりだから」
メリエルの言葉にモモンガは内心首を傾げる。
どういうことだ、と。
モモンガが疑問に思っている中、メリエルは告げる。
「端的に言うけど、王国も帝国も法国も、たった一滴の血も流さずに完全に屈服させる方法があるんだけど」
「……ふぁ?」
モモンガは思わず素で、間の抜けた返事をした。
しかし、そこはモモンガ。
伊達に濃いメンツが揃っていたアインズ・ウール・ゴウンのギルマスをやっていない。
「どういうことですか?」
問いにメリエルはにこにこ笑顔で頷く。
待ってました、と言わんばかりに。
あ、これヤバイやつだ――
モモンガはそう思ったが、もはや遅かった。
「ユグドラシル時代、素材として金や銀はごくありふれていたものだった。対して、王国でも帝国でも法国でも、金や銀は貴重なレアメタルとして扱われている。私は勿論、ナザリックの倉庫にも金も銀もそれこそ掃いて捨てる程にある……さて、これを市場に放出したら、どうなるかしらね?」
聞かなきゃよかった、とやっぱりモモンガは後悔した。
そんなことをすれば金・銀の価値は一気に下がり、それこそ路傍の石ころ程度にまで下がる。
王国も帝国も法国も、金貨・銀貨・銅貨を通貨としており、それらは偽造防止は勿論のこと、供給量などが管理されているようには思えない。
おそらく上位道具複製魔法《グレーターコピーアイテム》であれば、ユグドラシル時代では不可能であった、通貨の偽造も可能ではないだろうか。
そして、金や銀の価値の暴落がもたらすものは――
「……経済戦争ですか?」
「単なるマネーゲームよ。相手が反撃できないんだから、戦争になりえない。ゲームよ、ゲーム。ま、要は私達には取りうる選択肢が無数にあり、常に連中に対して主導権を握っている。それだけよ」
「そもそも絶望のオーラ垂れ流して、町中歩くだけで勝利できますからね」
っていうか、もう何かやばそうなのがいたら、メリエルさんぶつければいいじゃないんだろうか。
モモンガの頭に浮かんだものは、もっともシンプルでもっとも良さそうに思えた。
「で、やっていいなら、やるけど? それとも王国を丸ごと買い取ってあげましょうか? あるいは貴族達にカネばら撒いて、内戦起こして、双方に物資売って丸儲けとか、もしくは各地で食料買い占めて根こそぎ値段吊り上げて、餓死させるとか」
「やめてください本当に。っていうか、自分よりも悪の大魔王っぽいんですが」
「光と闇を備えると、最も邪悪なものになるという言葉があるようなないような」
「ダメです。精々、裏社会を掌握するとか、そんな感じで留めてください」
えー、と不満気な声を上げるメリエルにモモンガは溜息を吐く。
「アルベド、デミウルゴス。お前達からも何とか言ってやってくれ」
さっきから沈黙を保っているナザリックの最高頭脳達に話を振るが、モモンガはすぐにそれが間違いであったと気づく。
「流石です、メリエル様……そのような手段があるとは、このデミウルゴス、まったく思いも寄りませんでした」
「ああ、いと高き御方……何という叡智でありましょうか」
ダメだコイツら、頼りにならねぇ――
モモンガは5秒くらいで助け舟を諦めた。
そして、視線を彷徨わせ、クレマンティーヌに行き着いた。
やめて私を巻き込まないで、とクレマンティーヌは必死に視線を逸らしていたが、モモンガはダメで元々とばかりに告げる。
「クレマンティーヌ、色々と事情に詳しいんだろう? 何か言ってくれないか? この中では唯一の現地の住人だろう?」
私に振るなクソ骸骨野郎
クレマンティーヌは心の中で盛大に罵ったが、顔には勿論出さない。
しかし、若干頬が引きつっているのはご愛嬌。
「わ、私は……そ、そうですね……」
全員の視線を感じながら――デミウルゴスとアルベドからは変なこと言ったらブチ殺すという殺気混じりの――クレマンティーヌは震える声で何とか良い手はないかと考える。
「め、メリエル様が……圧倒的な御力で、敵を嬲り殺しにしているのが、み、見たいなーって……」
『お前には失望したぞ! クレマンティーヌ!』
モモンガは即行でクレマンティーヌにメッセージを送った。
しかし、彼女もヤケクソだった。
元々、いい子ちゃんでいるのは彼女の性に合っていなかった。
そうであるが故に、無茶振りにブチ切れた。
『うっせーぞ! このクソ骸骨! 私にどうにかできるわけねーだろうが!』
『黙れ駄犬! メリエルさんが勘違いして軍勢出して真正面から戦争仕掛けたらどうするんだ!』
『軍勢ってそもそも何なんだよ! 知るかクソが!』
盛大な罵り合いがメッセージにて繰り広げられている中、メリエルは静かに口を開く。
「まあ、そうねぇ……制限を加えるのも、また一興。とりあえず、それらの経済的な選択肢は緊急的な事態までは封印しようと思うんだけど、どうかしら?」
「そうしてください。下手に引っ掻き回すと、どこでしっぺ返しがあるか、わかりませんし」
モモンガはすぐさまそう言って、すかさずクレマンティーヌにメッセージを送る。
『良くやったぞ、クレマンティーヌ』
『……色々非常識過ぎるだろ、お前ら』
クレマンティーヌのもっともな指摘に、モモンガは無言で肯定した。
「とはいえ、外貨調達は急務ね。まあ、クレマンティーヌが何か適当なことやって稼いでくれるって信じてる」
クレマンティーヌは飼い主の無茶振りに天を仰いだ。
「何かあるでしょ?」
問いかけてきたメリエルにクレマンティーヌは告げる。
「私ができるのは冒険者か、あるいはワーカーとして稼ぐくらいで……」
クレマンティーヌはそう言って、あることを思い出した。
そういえば、王都には八本指とかいう、裏組織があったな、と。
「メリエル様、王都には八本指という裏組織があります。そこを襲撃すれば誰からも文句を言われることなく、通貨を調達できます」
「何という便利な組織。これは間違いなく私に壊滅させられる」
「犯罪組織から金銀財宝を奪ってはならない、なんて法律はありませんから、全く完全に問題ありません」
それでいいのか、と思わないでもないモモンガだったが、まあ、そういった組織の一つや二つはいいだろう、とし、口を開く。
「それじゃ、情報収集のついでにそれも潰して、目ぼしいアイテムやら何やらを一切合切奪ってください。何なら、ニューロニストに頼んで操り人形にしてもらいましょう」
「操り人形にした方がいいわね。下手に潰すと、あちこちに影響しそうだから……あ、いい子がいたらもらうからね」
モモンガの提案にメリエルはすぐさま承諾した。
最後に彼女の要望を出すのも忘れない。
「ハイハイ、好きにしてください。で、他に何かありますか?」
「次にニグンからの情報収集の分析だけど……専門の部署を作って、そこで分析をした方がいいわね」
「デミウルゴス、任せたぞ」
「お任せくださいませ、モモンガ様」
そんなやり取りを見て、クレマンティーヌは違和感を感じた。
ニグンって、あの陽光聖典の?
あいつも軍門に下ったのか。
信心深いあいつをよく引き込んだな、とクレマンティーヌは感心してしまう。
どんな手を使ったんだろうか、と彼女が思ったところで、モモンガが締めの言葉に入っていた。
「私はこれより、ナーベラルとともにエ・ランテルへ向かう。メリエルさんはソリュシャン、クレマンティーヌとともに王都へ。ナザリックの警備等の諸々はアルベド、デミウルゴス。任せたぞ」
「あ、モモンガ、スクロールどうしよ?」
「……もう八本指だかと戦うときに小規模展開で見せた方が早いんじゃないですかね?」
「それもそっか」
最後が若干、締まらなかった。