彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「……で、どうするんですか?」
ナザリック地下大墳墓第十階層にある玉座の間。
荘厳なるこの場で――モモンガはわりと本気で困っていた。
ニグンをはじめとした陽光聖典の件は既に片がついた。
メリエルは拉致した巫女姫と持ってきた死体をナザリックへ転移させた後、ニグンらの前に戻り、嘘と真実を交えてニグンらの疑惑を煽りたてるように巫女姫の件に関して説明していた。
信じずにいきなり斬りかかってきたので、やむなく殺したとそういう感じの説明である。
ニグンらはそっくりそのままその説明を信じこんでしまい、ますます上層部に対する不信感を強める結果となった。
そして、メリエルは幾つかの提案をしたのだ。
天使が降臨したこと等を上に報告する代わりに、メリエルにビーストマン等をはじめとした諸々の情報を彼らの機密に当たらない程度で流してもらうこと、土の巫女姫の件は天使がやったと報告しないこと、とそういった具合である。
モモンガが本気で困っているのは攫ってきた土の巫女姫の扱いである。
「とりあえず目を治して、額冠を外しましょ。なんか無理に取ると発狂するっぽいけど、ペスか最悪、私が何とかできるでしょ。んで、その後は私のペットに……」
「自重しろ変態」
「いいじゃない、減るもんじゃないし」
「……まあ、いいですけどね。私としても実験体を提供していただきましたし、情報も手に入りますし」
「身寄りのない少女とか中世時代なら一発で娼婦落ちしかないから、これもまた救済よ」
自分の欲望に忠実なんだよなーとモモンガは溜息を吐く。
とはいえ、妥協案をすかさず示す。
「ま、まあ、とりあえず件の少女はメイド見習いとでもしておきましょう。もしかしたら、何かに使えるかもしれませんし」
「……まあ、仕方ないわね。とりあえずはそうしてあげるけど、次はもう問答無用だからね」
「次って何ですか、次って」
「次は次よ。巫女姫はスレイン法国に対するカードとして使えるかもしれない。もし何なら、巫女姫を悲劇のヒロインに仕立て上げて、スレイン法国に対する周辺諸国の世論を煽って、袋叩きにすることもできないわけではないかもしれない」
だから自重する、とメリエルは告げる。
それを聞き、モモンガは純粋に尋ねる。
「……どうなんでしょうね、それ。効果あるんですか?」
「まあ、戦争仕掛けるにも、国とかになってくると国民が納得できる大義名分が必要だし。利があれば、周辺諸国は動くでしょう。んで、とりあえず目標は世界征服だかでいいの?」
守護者達、なんか世界征服だーって燃えてるけど。
そう続けたメリエルにモモンガは困惑気味に告げる。
「どうしてこうなったんでしょうね?」
「優秀なんだけど、深読みし過ぎるのも問題よね……まあ、ユグドラシル時代は世界征服できなかったし、所詮こうなったのも何かの縁。どうせなら夢の続きとでもして、やってもいいかもね」
私達に寿命があるかどうかも分からないし、と告げるメリエルにモモンガはゆっくりと口を開く。
「……未知の世界に来たのに、引きこもる、というのはアインズ・ウール・ゴウンとしては『らしくない』ですよね」
メリエルは不敵な笑みを浮かべる。
「モモンガ、ユグドラシル時代はギルマスって仲裁とか雑務ばかりだったけど、あなたはもはやそうする必要はないわ」
モモンガをまっすぐにメリエルは見る。
モモンガは無意識的に背筋を伸ばす。
「どうするか、決めるのはあなたよ。私はあなたに従う。最初にそう言ったけど、改めて言わせてもらうわ」
モモンガは知らず知らずに「ふふふ」と笑いがこみ上げてきた。
何でこの人はこんなことを言えるんだろう、と。
しかし、それはモモンガにとって何よりも嬉しく感じることだ。
「ええ、分かりました。それでは我々らしく、世界でもとりますか。ちょうど良い暇潰しになるでしょうし」
「了解したわ、モモンガ。あ、それと私が裏切るときは事前に書面にして配るから」
「あー、それなら安心ですね。私が裏切るときもそうするとしましょう」
そう言い合って、お互いに笑う。
モモンガは精神が強制的に沈静化させられるが、そんなことに構わずに笑う。
都合、モモンガの精神作用無効化が10回発動したところで、メリエルが尋ねる。
「で、次はどうすればいい?」
「これからですが……エ・ランテルという城塞都市に向かおうと思っています。冒険者として情報収集をしようかと。どうですか?」
「勿論、いきましょう」
メリエルは即答した。
あまりにも予想通りすぎる答えに、モモンガは苦笑する。
「ただ、問題は2人共行くのは守護者達がそれを許すかどうか……」
「ここはオールラウンダーである私が行くべきね。最悪、エ・ランテルとやらを我が軍勢で覆い尽くせば良いし」
「情報収集だって言ってんででしょーが!」
「とりあえず征服して現地民共に銃剣向けながらお話すればいいじゃない!」
どこの英国だ、たまげたなぁ、とモモンガが思いながらも、笑いが再びこみ上げてくる。
もし1人だったら、こんなやり取りもできなかっただろうに、と思ったのだ。
「……まあ、今回は譲ってあげましょう。ええ、今回は」
意外とあっさりとモモンガはそう言った。
メリエルは思わず首を傾げる。
その様子に、モモンガは実は、と前置きし、言葉を紡ぐ。
「冒険者として、有名になってください。偽名を使って」
「別にいいけど、どうして?」
「他のプレーヤーの情報を集める為です。有名になれば、色々な情報も集まってくるでしょうし」
なるほど、とメリエルは納得する。
「それじゃ、ちょっと行ってくるわね」
「え?」
「いざ行かん! 未知の大冒険へ! とぁ!」
転移門を開き、あっという間にメリエルは消え去った。
「……まあ、いいか。何だかんだでうまくやってくれるだろうし」
モモンガは気にしないことにして、自身は宝物殿へ向かうべく、アルベドへメッセージを送るのだった。
メリエルは転移門でカルネ村へ行き、そこからフライ《飛行》とパーフェクト・アンノウアブル《完全不可知化》を使用し、空を飛んでエ・ランテルにやってきた。
しかし、彼女はすぐに冒険者組合へ行こうとはせず、強い奴探しをまず行うことにした。
要するに、現地民を水先案内人として使ってやろう、という思惑だ。
無論のこと、弱くても問題ないのだが、この世界の強い奴と戦ってみたい、という自分の欲求に従った結果だ。
「ブーステッドマジック《魔法位階上昇化》、ワイデンマジック《魔法効果範囲拡大》、人物調査《ヒューマンリサーチ》」
メリエルの目の前に広がる全ての人々が次々とそのレベルとステータスが表示されていく。
人通りが多い為、その数は膨大だが、調査《ヒューマンリサーチ》のオプション効果であり、下位のレベル帯の表示を消していく。
20レベルまでのレベル帯のステータス表示を消せば、誰にもステータスは表示されていなかった。
これは20レベル以上の者がこの場には存在していないことを示している。
効果を発動させたまま、メリエルは歩き出す。
「……マジで誰もいねぇ」
20レベル以上なら、と思ったが、行き交う人々は皆、表示されない。
屈強そうな戦士や狡猾そうなローブ姿の魔法詠唱者ですらも、皆、20レベルに達していない。
それはつまり、メリエルが望む、ちょっとした戦闘すらも行えないレベルなのだ。
もしかしたら、と思って冒険者組合のある建物に入って、見回しても、誰も該当しなかった。
「最悪だわ」
そう言いながらも、手近な露店を覗く。
見たことのない果物や野菜、小物などなどがずらりと並んでいる。
城塞都市とはいいながらも、結構に品揃えは豊富だ。
「やっぱりちょっと失敗したかなぁ」
メリエルとしては未知の冒険、未知の強敵、そういったものに心を震わせていた。
しかし、先ほどまでいた冒険者組合、そこにあった依頼書が貼られた板を解読魔法を使用し、内容を見たところ、予想していたものよりもかなり簡単過ぎるクエストばかりだった。
ぶっちゃけてしまえば、エ・ランテル内で事が済んでしまう、おつかい系のクエストやお手伝い系のクエストしかなかった。
メリエルが望むのはドラゴンとかそういった強いモノと戦う、戦闘系クエストだ。
派手好きな彼女としてはそういったものを即行で倒しにいき、ドヤ顔で凱旋する、というのを思い描いていたのである。
「なんか冒険者って、派遣労働者みたいね」
身も蓋もない言い方だったが、メリエルは自分で言って、腑に落ちた。
モモンガってもしかして、こういうのが冒険者だって、知っていたんじゃ?
あとで問い詰めよう、とメリエルが心に決めていると、視界の端にステータス表示が一瞬だが見えた。
彼女は知らず知らずに口元に笑みが浮かぶ。
ようやく出会えた、ちょっとした戦闘ができる相手。
彼女はゆっくりとその後を追い、その姿を捉える。
相手は30レベル程度の軽装の女戦士だった。
金髪のショートカットとその白い肌がなんとも言えない魅力を醸し出している。
メリエルは決意した。
アレを私のペットとする、と。
路地裏へと入ったところで、件の女戦士は足取りを止めた。
そして、ゆっくりと振り返る。
「私に何か御用?」
どことなく小馬鹿にしたような口調だ。
「んー、簡単に言うと、ちょっと戦わない? 私さ、退屈なのよ。あ、私はメリエルっていうの。あなたは?」
「あら、ご丁寧に。私はクレマンティーヌよ。んで、戦いたいって、あなた、魔法詠唱者?」
「そうねぇ、それでもあるわ。ちょっと場所をかえましょう。おすすめの場所を教えてくれるかしら?」
メリエルが案内されたのはエ・ランテルにある墓地であった。
バハルス帝国との小競り合いにより、死者の数もそれなりに増える。
その為にエ・ランテルの墓地は広大であった。
そして、墓地の奥まったところで、クレマンティーヌとメリエルは対峙した。
「いいわねぇ……私、あなたみたいな綺麗な子を嬲り殺すっていうのは大好きなの」
スティレットを抜きながら告げ、クレマンティーヌは獰猛な笑みを浮かべる。
彼女としてはちょうど良いカモ、という認識に過ぎない。
「奇遇ね。私もあなたみたいな子は大好きよ。だから、全力でいかせてもらうわね?」
「ええ、どうぞ。強いって思ってる相手を叩き潰すのも私は大好きだから」
メリエルの言葉にクレマンティーヌはほくそ笑む。
どうせ大したものは出てこないだろう、と彼女は高をくくった。
そして、メリエルは装備を纏う。
何かあったらまずいから、と彼女はインベントリに自分の最強装備――勿論、ワールドアイテムを含む――を放り込んで持ってきていた。
一瞬のうちに、メリエルは装備を整える。
その変わった様にクレマンティーヌは目をぱちくりとさせるが、それだけでメリエルは終わらない。
「フライ《飛行》、マジックブースト《魔力増幅》、グレーターラック《上位幸運》……」
次々とメリエルはバフを唱え、総数30を数えたところで、ようやくバフを唱え終わる。
律儀に待っていてくれたクレマンティーヌにメリエルはにっこりと笑う。
「待たせてごめんなさいね。じゃ、はじめましょうか?」
ゆっくりと自身の得物である腰に吊り下げた剣を鞘から引き抜く。
その刀身は透き通っており、まるでガラスのようであったが、そこには何やら複雑な文様が刻まれていた。
構える様はとても魔法詠唱者とは思えず、歴戦の戦士を思わせた。
魔法詠唱者でありながら、熟練の戦士でもある?
そんなデタラメな存在、あるわけが――
クレマンティーヌは自身の思考に思い当たる節が一つあった。
漆黒聖典 番外席次
六大神の血を引く、先祖帰りのアンチクショウ――
「……神人か。てめぇ」
「神人? あいにくと、そんな低俗な輩ではないわね。ああ、ごめんなさい。そういえば、まだ少し全力には足りなかったわ」
「は? どういうことだ?」
クレマンティーヌの問いに、メリエルは再び口を開く。
「風神、怪力乱神、心眼……」
次々と自己強化スキルを唱えていく様にクレマンティーヌは顔色を失う。
彼女から見れば、魔法詠唱者が自己強化の武技を使用したのだ。
そして、これがメリエルが取得しているワールド・ガーディアンの恐ろしいところだ。
ワールド・ガーディアンは魔法職でありながら、戦士系の職業・スキルもほとんど制限なく取得できる上、ステータスの伸びも抜群だ。
通常の魔法職であるならMP等の魔法系のものが良く上昇するが反面、戦士系職業を取得したとしてもHP等の伸びは良くない。
だが、ワールド・ガーディアンはどちらも抜群に伸びる。
簡単に言ってしまえば、ステータス全部の伸び率が非常に良い。
それが故に、魔法職でありながら前衛も務められ、バランスブレイカーの魔法職と呼ばれるようになったのだ。
「あ、それとちょっと試してみたいものがあるから、使わせてもらうわ」
そうメリエルは宣言し、告げる。
「幾億の闘争の記憶《ハンドレッド・ミリオン・バトルオブメモリー》」
瞬間、クレマンティーヌは全身総毛立った。
放たれるのは圧倒的な殺気。
あまりにも濃密過ぎるが故、彼女はまるで陸に上がった魚のように、口をパクパクとさせることしかできない。
スティレットは手から離れ、地面に突き刺さる。
そして、またクレマンティーヌも両膝をつき、喉を押さえて苦悶の声を上げる。
「ふーん、コレ使うと、どうも殺気とかそういうのが放たれるっぽいのね」
幾億の闘争の記憶はゲーム上では一種のオート機能であった。
ダイブしてプレイする、という関係上、どうしてもリアルでの肉体能力も影響してくる。
しかし、闘争の記憶系列のスキルは戦った敵の数だけ、自動で防御なり攻撃なりを行ってくれる機能だ。
戦った敵の数が多ければ多いほどに、その自動攻撃や防御は機械の如く緻密な反応をしてくれる。
メリエルの幾億の闘争の記憶は闘争の記憶系列の最上位のスキルにあたる。
リアルでの肉体能力の差を埋める為の一種の救済スキルと思いきや、ワールドチャンピオンでもこのオート機能はスキルを取得し、使えば発動する為、上位と下位との差は縮まることはなかったりする。
今、メリエルは次々と脳裏にクレマンティーヌの殺し方が浮かんでくる状態だ。
オート機能はないようにメリエルは感じたが、それでもどのように動けば良いか、というのが分かるのは彼女にとって非常に助かった。
そして、クレマンティーヌに対してメリエルは内心、失望していた。
たとえ30レベルとはいえ、あれだけ煽ってくるのだ。
何かしらの隠し玉の一つ二つ、持ってると思っていたのだ。
だが、現実は無様に虫けらのように這いつくばっている。
「……まあ、性格とか加味して考えれば、上出来でしょう。で、クレマンティーヌ? さっさと立ち上がって戦ってくれないかしら? この私が全力で戦ってやるのよ。こんな機会、滅多にないわ」
クレマンティーヌは答えられず、口から泡を吐き出し始めた。
いよいよもってヤバイ兆候に、メリエルは溜息一つ、せっかく発動した幾億の闘争の記憶を解除すると、クレマンティーヌは荒い呼吸を繰り返し、仰向けに寝転んだ。
「クレマンティーヌ、私、あなたみたいな子が大好きって言ったでしょ?」
上からクレマンティーヌの顔を覗き込み、そう告げる。
彼女の紅い瞳は何が言いたいんだ、とメリエルに問いかける。
「私の強さは……まあ、分かってくれたでしょう。だから、私はあなたの命をどうにでもできると分かるでしょう」
「……何が言いたいんだ?」
メリエルはにっこりと天使の笑顔で告げる。
「私のペットになって。情報収集とか雑魚敵掃討とか夜のお供とか色々やってもらいたいのよ」
クレマンティーヌは予想外の言葉であったが、冷静に思考を巡らせる。
この化け物はあの番外席次よりも圧倒的に格上。
逃げる術もなければ助けもない。
「……何でよ」
クレマンティーヌの小さな呟きに、メリエルは首を傾げる。
「何で……私の周りは……私よりも格上なの……」
クレマンティーヌは戦士として十分過ぎる程に優秀だ。
しかし、彼女の兄は更に優秀だった。
当然に、クレマンティーヌが劣等感を持つ。
どれだけに優秀さを示しても、兄には及ばない。
しかし、メリエルにとってそんな事情は知ったことではない。
また、彼女は我を通すタイプだ。
故に、彼女は告げる。
「安心なさいよ。私より上は存在しない。クレマンティーヌ、あなたは頂点を見たの。だから、私だけを見ていればいいし、他の雑魚が煩わしいなら、私が消してあげるわ」
クレマンティーヌはその言葉を脳裏に浸透させるやいなや、笑いがこみ上げてきた。
もう笑うしかなかった。
自分にとって都合が良すぎるのだ。
目の前の存在は自分が漆黒聖典を抜け、叡者の額冠を盗んだことも知らない。
ズーラーノーンに属そうとしている事も知らない。
自分の容姿を気に入ったらしく、殺そうとしない。
そして、何者も寄せ付けない絶対の強者。
魔法詠唱者にして戦士という神人もかくやと思わせるデタラメっぷり。
おそらくは魔法も第三位階どころか、下手したら第六位階クラスも使えるかもしれない。
自分の庇護者として、最高に最適な存在だ。
「ねぇ……私のドコを気に入ったの?」
クレマンティーヌは両腕をメリエルの首に絡ませる。
それは決して、絞殺しようとしうものではなく、恋人にするような優しいものだ。
「容姿は勿論だけど、一番は性格かしらね。可愛い性格しているじゃないの」
クレマンティーヌは呆気に取られた。
性格を可愛いと言われたことは生まれてこの方、初めてのことだった。
「見たところ、あなたは冒険者狩りを結構やったみたいね」
そう言いながら、クレマンティーヌを両手で抱え上げる。
いわゆるお姫様抱っこと呼ばれるものだ。
「ねぇ、ちょっと私も目的があってね」
「目的って?」
問いにメリエルは不敵な笑みで告げる。
「世界征服ってやつよ」